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2017年3月 6日 (月)

【平日の3.11を】『君の名は。』ティーチイン(仙台)に行ってきた【祭日に投影】

新海監督が『君の名は。』のティーチインをするというので仙台駅前のTOHOシネマに行ってきた。今回はそのレポート。当然ネタバレ前提なので未見の方は気を付けてください。また、組紐、扉、月の満ち欠け、トンビ、光と影、神話等、様々なギミックが指摘されている作品ですが、当記事で重点を置くのは殆ど災害映画としての側面です。

※本業多忙につき通常のシリーズ記事が滞っていますが、3月11日までには仕上げたいと思っています。

久しく行っていなかったティーチインを実施した理由はただ一つ、3.11から6年、想定外のロングランが遂にアニバーサリー報道の跋扈する時期まで続いてしまったからだろう。

そして、私も誘惑を押さえ切れず(大仰かも知れないが)スベトラーナ・アレクシエービッチと同じ観察者の轍を踏んでしまった。それは恐らく監督達も同じ。東宝は営業データから細かく動向をチェックできるだろうが、空気感ばかりはその場にいないと分からない。被災地の人達はどう受容しているのだろう、という疑問は当然湧いてくる。

生まれてこの方アイドルのおっかけとは縁のない人生を歩んできたので、舞台挨拶付き上映会は初めてだ。入れ込んだ理由は、よく言われているような点で高く評価しているからだけれども、私の場合、一般的ではない要因が幾つかある。まずはそこから。

【『君の名は』に入れ込んだワケ】

○倫理問題

「現実の災害を玩具にして」という倫理問題が言われることがある。『風が吹くとき』など、起こる前にディストピアを提示する映画には大きな価値があった。後追いで作られた架空の原発事故を描いた映画監督が何か言っていたそうだが、訴状作りの役にも立たない。起こってしまった後にそういうアプローチは意味をなさず、うんざりするだけ。必要とされるものは追悼や内省を促す作品である。

もしも原発事故の責任を主題に据えるのであれば、実録ベース以外に道は無い。

○郷土映画

自分の体験とシンクロし易い、現代の要素がある作品でないと私は没入までは出来ない。歴史物、SFなどどれも好みだが、時代や国が大きく異なる場合、対象にホイホイと憑依することはこれまでも出来なかった。

新宿は、今は引っ越したけれども多感な10代の頃に過ごした街で、一時期は働く場でもあった。単純に郷土が出てくるのは嬉しいし、「東京だっていつ消えてしまうか分からない」という一言は、到底無視出来ない。

新海作品を特徴付ける美しい街の風景も、「今の東京を心象風景として刻み付ける」ようにも使われている。そういった監督の意図はとてもフィットした。

ただ、地元民視点から見ると、通学で電車依存となっている瀧の有り様はちょっと違和感がある。千代田区六番町から新宿駅近郊の高校までなら、晴れの日は徒歩か自転車だよ。その方が体力もつくし。都会育ちだから歩くのは慣れている、そういう逆説がある。

○瀧と同じことをしてきた

3.11以降「知り合いがいる訳でもないのに」津波想定や原発建設の(各事故調が無視した)経緯について徹底的にリサーチし、実質的にデータマンとしての役割を果たした。これは、クロニクルの各記事を御覧頂ければお分かりの通り。興味を持たれた方は少しでも目に止めていただけると有り難い。

だから、劇中で瀧が糸守について執拗に調べるシーンがなぁ。瀧の個人的な人探しとの違いはあるが、本質で重なるものもあるから、寓意として共感出来る。焦点を合わせてる部分が人の内心だからだろう。特に「何故心を締め付けられる?」という体験。東電や津波に関係しないのでアップしてないが、双葉郡各町の広報誌、特に2000年代のものを読むのは正直きつい。絵に描いたような幸せそうな住人、特に子供達の、基礎自治体目線ならではの、自然な笑顔が多数収められている。その後、キュウイの里も、桜並木も、個人的な縁を言えば松島の市街も全部駄目になったことを知っているとね(立ち入り禁止が解除になったエリアもあるにはあるが)。

果たして監督は、子供を意図的にカットに入れているのだろうか。

○趣味は部室

重い話が続いたが、廃部室もある種の郷愁を掻き立てる。学生時代、「趣味は部室です」と自己紹介するほど部室に入り浸っており、パソコン、アマチュア無線共手を染めた。90年代から2000年代前半に正にああいう感じで。スチール製のラックや作業台替わりの会議机、古いソファ。私の友人にも勅使河原のように、自室が部室的レイアウトになってしまった人が何人かいる。

なお、糸守の高校は高台にあり、電波環境は良好そうだ。アマチュア無線にあつらえ向きだろう。

【上映中に気づいたこと】

満員となった客席の雰囲気は東京に比べて違和感は無かった。もっともこの映画、普通の娯楽映画に比べると少し違っていることが多い。強いて言えばクラシックの演奏会と彼岸に寺社内で開放された談話室を合せたような感じ。

上映中は東京より真剣に見ている人が多かった。ギャグシーンで笑い声が殆ど聞こえてこない。もっとも、笑い声に関しては年が明けた頃から顕著になってきた現象で、リピーターが極めて多いことを示している。最近は初見のファミリー層が多数来館する休日昼下がり以外、笑い声を聞くことは殆ど無い。

以下、時系列順に感想を書く。パンフレット等で解説済みの話はほぼ外したつもり。ギミックに関連する人文系の知見だが、あまりマニアックなものには立ち入らない。試写会頼み?の『ユリイカ』や一見論評よりは地に足の着いた内容になったかと思う。

まず、この映画を民俗学・神話から読み解くにあたっても、監督が規定した表のテーマと裏のテーマで読みが変わってくる部分がある。三葉が弥都波能売神(みづはのめのかみ)からの引用に始まって、神話の男女逢瀬等々、表のテーマに係る解釈がネットでは殆ど。正直、設定として上手く当て嵌めた、以上の感動は無い。私が問題にするのは当然、裏テーマ。名前の話にしても「水神」と来れば津波絡みと読むしかない。

  • OP直前の「美しい眺めだった」。ティーチインの前から何となく思ってたことを思い出したので書いておく。彗星を題材にした理由の一つは、ネットでは九州の須賀神社絡みと言われているが、2つ目のテーマに沿った場合、異なる解釈が可能である。

    監督自身もどこかで言っていた気がするが、『日本書紀』などの神話を参照したものらしくネットでもそういった解釈がなされている。注意しなければならないのは、『日本書紀』はその後続刊が編纂され六国史と称されたこと。その最終巻『日本三代実録』になると神話的色彩は無くなり、現代の行政組織が発行する年史とほぼ変わらない事跡の羅列となる。そして『日本三代実録』の時代には貞観地震があり、冒頭の描写はその記述「光が見え隠れして昼間のように明るくなった」(現代語訳)に倣っていると思われることだ。なお、原文では「流光」と記される。

    表テーマは恋愛論的に解すると幻想となり、神話(国生み神話)との相性は良いとされる。しかし、裏テーマは神話というより事実を元にした寓話や実録との相性がある。ティアマト彗星がメソポタミアの海の神となっているのは当然裏テーマに沿っているが、その姿も地震に由来するということだ。

    なお、記述から分かるように貞観地震の発生時刻は夜。地震時の発光現象は幾つか目撃報告はあるが、予知の役には立たないとされ、まともな地震学者(と思われてきた人達)からはオカルト扱いされてきた、という事も本作の裏テーマに絡めるには良い材料である。恐らくこれが正解、というか災害映画としての意味になる。とは言え、当地自ら宣伝に回っているのでなければ、震災後何もしてこなかった映画ファンは須賀神社の聖地巡り程度に留めておくべきだろう。
  • なお、最初の特報CMは主に本シーンを素材にしているが、数あるCMでも台詞と音楽のテンポが最も整合している。
  • ティアマト彗星。10月2日、4日の方は「軌道が正しく描かれてない」などと言う批判に何故多くの人が飛びついたのかさっぱり分からない。全編通して地表との位置関係を考えれば「キャッチーだから」導入したとの公式発言通り、絵的にはビジュアル重視は明らか(TVニュースを見直すまで気付かないとは、何を見ていたんだろう)。むしろ適度に割り切っていて気持ちいい位だと思う。監督の認識がもう少し現実寄りにあることは、小説版の彗星描写(OPでレシプロ機並みの降下だったのが「秒速20㎞」など)から自明のことだ。
  • ニュースの模式図でもう一点。拡大図では地球、彗星、月の順に並び、作中の地表からの視点とは一致している。後半出てくる10月4日のニュースではピークが19時40分となっており、大体転ぶ時間に近い。
  • 胸の件、シーンとしてかなり配慮した跡も見られるが(ここで詳しく論じられている)、昔こんな深夜帯の萌えアニメみたいなことしてる人じゃなかったけどね。こっちだってそれ目的で来てる訳ではないし。
  • 旨そうな飯は精々50年代生まれまでの絵描きの専売と思っていたが、この朝食は美味しそうだ。良い物を見た。防災無線の個別受信機は意外にもここ2・3年で普及したものだそうで(リンク参照)、その辺りの取材もしっかりしている。
  • 登校する姉妹。オロナミンC風の広告がある階段で四葉はお米屋さんの話をしている(字幕版で分かる)。
  • テッシーからカフェと聞かされて目の色を変える二人。中京圏の喫茶店文化を知っているのだろう。北限は高山付近だから憧れもひとしおだ。自然な描写になっており実に上手い。
  • 瀧(三葉)達のカフェ巡り。ネットの一部でブルジョアとクレームが付いたが、下らない。そりゃ世の中苦学生もいるし、須賀神社周辺にもそういう学生向けのアパートはありましたよ(何十年も前の話だけど)。でもバイトしてる訳だし。小金を稼いで某高級焼き肉屋に行ったり、馬車道巡りしてる友人を身近で見てきたので、特に違和感は無いな。あの高級カフェが東京の全てでは無い位、日本で生活してたら誰でも分かる事だし。
  • レストランで奥寺に嫌がらせする山本(字幕版で分かる)。これもバイトで陥る窮地あるあるだな。私も昔、初日にこの手の揉め事に巻き込まれて、しかも被害者がお客だったのでクレーム貰ったんだよね。その後はそこそこの対応力付けたが。だから、バイト初日の三葉は、本当に凄い。
  • 導入部の締め、前前前世。107分しかない尺で、何故こんなに展開が速いのか。120分程度にしてアースバウンドに回したエピソードを映像化する道もあった筈である。最も直接的な理由は全体のテンポが乱れるからだろうが、他にも理由はあると考える。本作の表のテーマ、ボーイ・ミーツ・ガールだ。

    二人は互いを認識してから深い愛を確信するまで劇中1ヶ月しかかけてない。愛に限らず一般的に、他者と深い信頼関係を構築するには短過ぎる期間だ。それを解消したのが入れ替わり。身体感覚で互いの本音に触れるという、凡そ現実では不可能な行為の繰り返し。隠し事もほぼ不可能。だから、当人達すら意識しない内に、急速に距離を詰めることが出来た(アースバウンドでの入れ替わることなど不可能なテッシーの描写が良い対比となっている)。「リアルに」心理描写を考えるとそうなる。種々のギミックはあくまで装飾。だから導入部の展開を省略しても意味は通る。

    勿論、災害映画としては、「会えばすぐわかる」という、無くしたらPTSDレベルの信頼関係が、現実を反映するために必要だった。
  • バスケで飛んだり跳ねたりする三葉(瀧)。人の体なのだから余り無理はしない方がいいぞ。本気でバスケやってるとひざ痛めること位、中学時代バスケ部だった君なら知っているでしょう。
  • 御神体に奉納しに行く途中映る、送電線が2導体x4組の鉄塔。通常、送電線は3相交流が流れているので、3本で1回線を構成する。更に細いOPGW(架空地線)が塔頂に1本加わることもある。あの送電線にOPGWは無いので数が合わない。なお、この送電線はパンフレットVol.2表紙にも確認出来る。

    糸守変電所のモデルは新信濃周波数変換所の撤去済みの設備だそうだが、ロケハンした際に直流送電線もお遊びで入れたのか。ネットの電力設備オタクがこの送電線に興味を示さないのも謎である(なお3.11後、高山付近に新規に周波数変換所の設置が検討されている)。
  • 丸の内線の走行音がE231系以降の通勤型に置き換えられている件。エンドロールと東洋経済の記事を読むとJR東日本企画が参加しているので、それが理由だろう。裏テーマを考慮すると、登場する鉄道事業者で只のビジネスではなく社命・メセナとしての意味があったのはJR東日本だけ。
  • 最初の秋祭り。御神灯(神に供える灯火)が町の規模に比べて異常に多い。この御神灯は町長説得の失敗後も背景に登場し、停電で一斉に灯を消す。ティーチインで後述するイメージに沿った意味が与えられているのだろう。
  • 司、奥寺先輩と乗った東海道新幹線の3列シートが山側になっていると鉄道マニアがはしゃぎ、東洋経済の記事でもJR東海が絡んでいれば避けられたと示唆していたが、2冊目のパンフレットにある通り、現実の鉄道と意図的に違えている部分があり、総武緩行線でも四谷駅到着シーンは左右反転していたりする。3列シートの件も、表面的な理由は観客の視線移動にあり、裏の意味としては下り列車で3列シートが東京側を見て左になる位置、即ち東北新幹線の暗喩だろう。

    その傍証に、東京駅の乗り換え案内サイン(柱に貼られている大きなサイズのもの)で縦に2種のサインが並んでいるものは実際の東京駅では殆ど見かけない(こちらのブログにある程度)。写真展における「山陸」と同種の意図と考える。

    他にも海岸沿いに近い白砂青松の風景は映さず山、田園、トンネルを映すことで東北新幹線に近い印象を与えている。
  • 3発目が落下してひょうたん型になった新糸守湖を高校からのぞむ。新しい隕石の方が大きなクレーターを作っている(小説でも言及がある)。これは、M8.5程度と推測されている貞観地震に比較し、東日本大震災の方がM9と規模が大きいことに対応している。

    小学生向け図鑑などで、大地震の大きさを比較する時、震央を中心として円を地図上に描いたものがあった。監督の故郷の湖をモデルにしたことは明らかにされているが、大きさを違えたことに関しては図鑑からヒントを得たのだろう。

    なお、それまでは何気ないシーンでも雲が動いてることが多かったが、このシーンでの雲は静止画である。
  • 旅館での司と奥寺。ビールのロゴがSAKAKI?となっている。冒頭のカフェでテッシーが飲んでいたコーヒーはサントリーのBOSSと明記されていたのと対照的。様々な事情で本来の姿でコラボ出来なかった商材も多々あることを示している。
  • 口噛酒を飲んだ瀧はトリップし、二葉の死を目撃する。不治の病で死んでしまうことから、双葉郡を暗示しているのだと思う。アースバウンドでは生前の姿が描かれており、更なる現実の暗喩について思いを巡らせたこともあるが、これ以上は厳しいかな。一葉、四葉は語呂合わせだろうね。
  • 瀧がトリップ中に目にした三葉。小説だときちんとした口語文だが、映画は「ちょっと、東京行って来る」「ええ?」←参考文献は匿名掲示板ですかねぇ。
  • 作戦会議で後ろ頭を掻く。髪を切ったので地が出し易い。頭は後に面接でも掻く。前後するが肘で付いた後のあの笑い、パンフレットを読むと思い入れありそうなんだが「異界からの使者のように」と指導したのかね。
  • 小説版だと作戦会議で、瀧の内心として「生きていればどうにでもなる」との独白がある。確かに死んでしまうことに比べたら、また、東京の人間が発した言葉としては説得力がある。だが、実際の震災後、生き地獄と言って良い不遇に陥った被災者にとっては、素直に受け入れられる感情であるかは疑問だ。もっとも、それを扱うことはこの映画の範疇を超えてしまうのではあるが、私も多少は見聞してきた以上、言及しておく。瀧君は大人になったら是非そういうことも知ってほしい。
  • 町長の態度も現実の暗喩と気づく。自分の娘さえ馬鹿にして病人扱い。町長だけではなく小学生すら同じ態度を取る。社会が、3.11前に警鐘を鳴らした人達をどういう態度で相手していたかを多少なりとも知っていると、被災地を含めてかなり内省を促す表現。観客も東京より厳粛だった(気がする)。驕れる地方政治家には良い薬だろう。
  • 三葉(瀧)が思い浮かべる御神体は2016年の様子なので川は増水している。その後、1回目の死亡時から瀧の体に飛んできた三葉のシーンとなる。噛み口酒の小瓶が描かれていないミスもあるが、新糸守湖を臨む際、背景に映る川の増水は引いている。2013年10月2日から10月4日まで糸守で雨は降っていないので、片割れ時は料年共水が引いているのが正しい。ところが、片割れ時終了後のズームバックにて2013年に切り替わる際、川の水は増水したままになっている。ソフト化の際修正入るだろうか。
  • 美濃太田行きのローカル線。高山本線では2015年までキハ40が現役だったようだ。ひと昔前の地方を象徴する車両で、国鉄色に塗ってしまえば普遍性はより高まり、2013年の描写にはあつらえ向き。時期の問題も配慮があるのだな。東海道新幹線は海側が2列になっており、上記と併せて完全に反転。
  • 片割れ時。観客が感極まっているのは死者が蘇り、あるべき場所に魂を収めたことなのに、台詞上は三葉の方から「瀧君がいる」と言っている。ちょっとしたテクニックだが、場面の立体感を高め、二人の相手に対する心遣いが感じられる。夢灯篭の旋律を使用し作品の一貫性もある。いや待て。OP主題歌は当初案を差し替えて夢灯篭になったそうだが、この劇伴が先に生まれ、後から主旋律を取って作曲したのだろうか。音楽雑誌の特集記事でもその点を掘り下げた記述は無かったな。
  • なお、片割れ時のやり取りを瀧の視点から眺めた小説版では、監督が知ってか知らずか最近問題視されている「恋愛工学」を全否定してることも好評価ポイントだ。
  • 三葉につられて笑う瀧。正直変な笑いだと思っていたので、上白石氏がベタ褒めしていたのが不思議だった。よくあるスタジオの生声と録音の差かなと思っていたのだが、極音上映で聴くと神木氏の熱演が伝わってくる。
  • 「再演の日」になってキャラデザで気づいたこと。主人公二人は完全な美形としてはデザインしていないとどこかで読んだ。常時美形として描かれてるのは奥寺。三葉は瀧を「ちょっとイケメン」と形容した。それでも美形としての印象が強いのは「何かに真剣になっているシーン」での作画管理が厳格だから。そうやって顔に心を映し出したということ。逆に導入部のほのぼのシーンは記号を多用し全体的に緩い感じ。基本的な演出技術だろうけど実に上手い。
  • 自分の体に戻った三葉が夜の山道を全速で走り、停電してるのに皆が迷わず避難出来る理由。小説を読んだら彗星は月明かりより明るいと書かれていた。瀧は当然知っていた。だから停電のアイデアに同意出来たのだ。
  • サヤちん「完璧犯罪」、テッシー「ここからは冗談ではスマンで」(小説版)、「二人仲良く犯罪者」。電源を落とすことは「完璧な犯罪」であると言っている。現実では、変電所を含めて電源(これは発電所を指す業界用語でもある)を落としてしまった東電は、想定除外で裁判となっている。何となく、原発村に対する暗喩を感じる。まあ監督は毎日新聞のインタビューで「価値観訴える映画、作りたくない」と言っており、暗喩としては曖昧過ぎるからこれも厳しい解釈ではあるが。
  • スーパーカブの後ろ側に見える送電線。良く見るとなんか弛度がおかしいな。東宝はちゃんと予算を当ててやれよ。
  • 倒壊する糸守変電所の鉄塔。ところで、糸守はスタッフにより一部の場面で糸森に変えられている。つまり、糸森変電所が夜に爆破され、鉄塔が倒壊する。夜ノ森線へのメタファーだろうか。変電所なのに周波数変換所をモデルにしたのは「入替」にかけてるんだな。
  • 祭りの中、楽しそうに彗星を眺める村人たち。現実との対比で言うと、当時そこまで呑気では無かったため、観客はやや距離感を感じるシーンでもある。 何故なら、地震後はとるもとりあえず指定の避難所なり高台に向かっていたのが実際の被災地の姿だからだ。
    しかし、ここでカメラが映している人達は、避難し切れなかった、何らかの事情でしなかった人がモデルであって、
    生者たる被災者ではない。一連のシーンでのんびりしているのはそのためだ。
  • 劇中歌の歌詞は一見するとその場面で進行中の出来事とは無関係である。しかし、登場人物(専ら瀧。外から村にやってきた者としてキャラ作りされているため)の回想を歌っていると解すると全てが分かる。

    スパークルの場合、「遂に時は来た。昨日までは序章の序章で」は作戦の開始に合わせているが、実際には「再演の日」にやってきたことを思い返して語っている。
    停電の直前は「自分が電車の中などで、日頃三葉をどう思っていたか」を瀧が回想する視点。デート失敗後、糸守の絵を描いているシーンに対応し、台詞は無かった所である。敢えて台詞を消すことで、スパークルでの回想に説得力を持たせている。
  • また、人間開花版だったと思うが、フルで聞くとあの叫びには愛だけではなく慟哭も含意していることが分かる。MVとして再編集された映像からも明らかである。
  • 町が停電していく様子を空から見る。画面右上に炎上する変電所が確認できる。彗星落下後、テッシー達が日本の頑迷な官憲に逮捕されなかったのは、功績や住民の口裏もあろうが、物証たる変電所の残骸が吹き飛ばされてしまったことも影響しているのだろう。勿論停電の記録は残っただろうがね。
  • 鳴り響く警報。あの日私は現場にはいなかった。だが「トラウマになるから辞めろ」と言われつつ、実態解明のため何百回も津波襲来時の動画を見てきた。だから、あのシーンは直ぐに分かることだったが、西日本を中心にその再現だと素で分からない方もいるようである。そういう映像から目を逸らす人達も沢山おり、既に「忘れられ」始めているのかも知れない。だからここに敢えて書き残す。
  • 「知るかアホ。これはお前が始めたことや。」と叱咤するテッシ―。そう。この場面に限っては、表のテーマ「ボーイ・ミーツ・ガール」は個人的事情として封印され、裏テーマが完全な主役に躍り出るのだ(三葉は冒頭で愚痴を言っていた割には町の人達を見捨てずによく頑張ってはいる)。
  • 「こんな田舎でテロなんかあらすけ」と言ってるのは防災課の職員。宮水俊樹の前でおろつくのは防災課長である(字幕版で分かる)。
  • 彗星が落下し爆発する。高校上空から1~2秒程度の描写だが、空を見ると雲がドーナッツ状に変形している。市原悦子氏が広島、長崎を髣髴させるとコメントされており、「製作陣は流石にそこまでは意識していないでしょ」と思っていたが、あの核実験のような雲の広がり方を目にしての感想だったとしたら、絵的にそういう面はあるかも知れない。
  • ネットで議論となった話の中に、「作戦の首謀者3人はどうして逮捕されなかったか」というものがある。役場は事情を把握しているので、物証(変電所)が消し飛んでいても3人の間だけでの隠蔽は困難である。また、瀧が読んでいるネットニュースのように、写真も撮られてしまっている。

    恐らく、覚悟を決めた三葉にキーがある。つまり、彼女は隠そうとしたのではなく、目が座ったまま「爆破したのは私たち。避難してもらうためにやったの」と俊樹に告げたのだろう。あのシーンは典型的な父殺しだが、事態の本質を明瞭に告げることで、俊樹には娘の意志を尊重し、庇護する動機が生まれる。そうして、役場を巻き込んで隠蔽してしまったと考えるのが実は最も筋が通っていると思うのだが。

    監督は2冊目のパンフレットで瀧は異界の食べ物を食べて三葉になっていったと書いているが、三葉も瀧的になっていった面はあると考えるのが自然だろう。その意味でも三葉が決断力ある人物として振舞ったことは想像に難くない。
  • 瀧が就活で着ているリクルートスーツは本当に似合ってないのが素晴らしい。一方、就職後に着ている背広は板についたものだ。流石、実質的な勝負服になっただけのことはある。
  • 夕暮れ時に奥寺と瀧が眺める風景。防衛省の通信塔が印象的だが、あれ、近くで見ると結構塗装が劣化してるんだよね。塗りなおさなくても大丈夫なのかな。
  • 糸守の人々のその後。花屋の男に牛丼を食べる女。「ジェンダーをテーマにしないと決めた」と言う監督の自己認識が作品の随所に反映されている。実のところ「入れ替わりで性格が変化する」という設定を当然視している辺り、監督の無意識なジェンダー観が垣間見えて興味深い。2冊目のパンフレットにあった言葉を補うなら、思考の性差を先天的(=肉体に宿る)物と考えていないことが良く分かる。宮崎駿、引退撤回したそうだが、早逝した弟子にも抜かれていた貴方が、今から追いつくのはもう無理だな。それは罰だよ。
  • 先に、二葉=双葉郡の暗喩と書いた。最終的に糸守町の住人は助かるが、町が壊滅(一部は消滅)し、自治体として機能不全となる未来は変えられなかったことが、エンディングの上京した若者達から見て取れる。観客は結構分かっているが、あのシーンはそういう悲しみもある。監督だかRADWIMPSは「先の見えない不安な時代」と言っていたけどね。だからこそ「もう少しだけでいい」「何でもないや」という所に繋がる。
  • エンディングのボーイ・ミーツ・ガール。インテリから集客目当てと批判されたが、元の興収目標20億なのに監督が可哀想だ。生き残ることで出会いの機会に繋がるという災害映画との表裏一体の関係からすると、あれしか無かったと思う。素晴らしいのはこの二人が再度出会うことで、監督がパンフレットで言った「後は想像の範疇」に東京組と糸守組の大円団が射程内に入ること。貴樹に見せつけてやったれw
  • しかしながら、最低でも勤続4年目以降と思しき三葉はともかく、瀧はようやく見つけた就職先に振り落とされないように通ってる筈が、朝から仕事サボってデートか(西村智道風)。彼、試用期間中だよね。あの涙って「やっちまったのかー俺は」的ニュアンスかねw 5分後の醜態が見たくして溜まらない。
  • スタッフロール、英字幕版の時はいたく簡略だったが、北米公開の際は全訳した方が良い。余韻を楽しんでもらうべきだ。
  • ようやく幕が上がった。これだけやってオリンピックや現代の皇室のような、人を分断するワードを作中で一切使っていないのも大したものである。

【ティーチイン】

上映が終わり、満場の拍手で監督を迎えてティーチインが始まった。

「県外から来た人手挙げてください」は面白かった。3分の1位だろうか。安易に首都圏と考えてしまいそうになるが、東北地方は高速と新幹線が整備されるにつれて、各県間の移動が定着していったという話を読んだ記憶が蘇ってきた。行楽客は当て嵌まりそうだ。新幹線の場合、福島から20分で仙台に着いてしまう。県外からの来客も主力は東北地方の人達ではないだろうか。後述の質疑でも1人は青森から来たと言っていた。

リピート率も手を挙げて確認。4分の3位だろうか(なお最高は405回の方)。

なお、世代は広汎に分布、というか30代以降がとても目立つ。この件については公開初期にカップルを憎悪?していた「意識の高い人達」の評を信用してはならないw

動員数に話が及ぶ。2016年は邦画当たり年と言われたが、海外展開で期待できる戦略商品は本作だけ。監督はそのような意図は無かったとしつつも、多くの人に届く映画を作りたいという思いは持っていたそうだ。興味深いのは、神社周りの描写以外は、普遍的な日本の生活風景を紹介する構成にもなっていること。(社会問題の指摘はともかく)まだまだ変な日本の描写は散見されるからなぁ。改善に繋がれば嬉しいね。お互い。

【準備していた質問】

質疑応答では20名程が挙手。30分では時間的に厳しく、7~8名程で終わってしまった。製作中の苦労話、次回作のこと、趣味嗜好のこと、などなど。糸守町の中学校について、この日まで誰も設定を練っていなかったというのは、面白い検討抜けだった。

国内の観客動員を九州の人口と比べたり、自身の実家の小海町の人口を例示したり、監督は計数にも明るいようだ。小説にあった「電車に一両100人詰めて」等の表現は語呂と雰囲気重視なのだろう(通勤電車の定員は座席が50~60人程度、立席を含め140~150人。150%の乗車率なら210~225人となる。中央緩行線は朝でも空いてるが)。

なお、私は次のような質問を用意していた。

名取が放送をかける前「私、本当にやるん?」と三葉に向かって迷いを見せ、その後覚悟を決めて実行しますが、教師達に止められます。それは劇中での必然性があっての行動と結果であることは勿論ですが、見ているのは我々観客です。なので、ずっと疑問に思っていました。「本当に演るん?」て誰に向けて言ったのかなぁ、と。最初は観客だと思いました。警報からの一連の流れはそれまでの稲村の火からややスイッチし、3.11の明瞭なオマージュだと我々は知っています。でも、良く考えると我々が答える質問ではないですよね。

だから、映画館に足を運ぶことが永遠に出来なくなった人達の御霊に向けて、「宜しいでしょうか」と尋ねたのかなと。

実際の出来事をモチーフにフィクションを作ることはどなたでもやることですが、中にはこれはどうかと思うような使われ方もある。監督の場合は、一連の言行から受ける印象として、それをやったら相手がどう受け止めるか、考えて行動する方とお見受けしました。このように考えると、最後の一押しをするのは神職でもある「本物の三葉」でなければならないし、名取は「お姉ちゃん」を演じる訳ではありません。そして、町長や教師達が「普通の大人」としての役割を示すために「誰が喋っている」と止めに入り、「何てことしてくれたんや」と叱責して、放送のシーンが終わる。そうすることによりお会いしたことのない御霊への礼と謝意に代えて、お帰り頂く。祭り、つまり祭礼の中で起こった出来事(芝居)として眺めるとストンと腑に落ちる。そういうメッセージを込めているのでしょうか。もしそうであったとしたならば、演者の方達も了解済みで収録されたのでしょうか。

映画館への道中色々考えたが、仙台という土地柄、と客層を予想し上記に決めた。隕石とラスムッセン報告について尋ねるよりはマシだったと思う。もっとも、指名されたとして、最後まで淡々と話せたかどうかは、正直自信が無い。なお、小説版ではこの日を「再演」と位置付けている。テッシーが「ここからは冗談ではスマンで」と言っているのは既に紹介した通り。

【震災は平日に起きたのに、彗星は何故祭りの日なのか】

私が言いたいのは「この映画は大津波を石碑や神社仏閣で示すことで伝承した事実がモチーフ」「夢のお告げを受けた少女が人々を災害から救う」という既にリリース済みの「裏話」ではない。そんな話をここで繰り返しても今更意味は無い。また「劇中では三葉が生き返ったから再演なのは当たり前」ということでもない。

監督はあるインタビューで「全身全霊で作りあげた」と語っていたが、恐らく映画を使って本気で慰霊する気だったのだろう、という事だ。

一般的なストーリー解説では「彗星が落ちたから宮水神社で祭りを行なって伝承するようになったという設定」と理解されている。

コラム
飛騨に近い美濃地方で輪中を設けている地域では、水害のあった日を祭礼の日に指定し、水神を祭る例も見られる。和歌山県広川町の津波祭りは伝統としては浅いが、あの「稲村の火」を伝える。大津波で犠牲になった人々の霊を慰め、稲の束に火を放ち、この悲劇が二度と起こらないように堤防を築き上げた浜口梧陵の遺徳をしのぶとともに、住民の津波災害に対する啓発につながっているという。

だが、これだけでは3.11映画としてのモチーフを説明するには不十分だ。例えば、2011年3月11日は只の平日(金曜日)。祭りなど無かった。だから、入れ替わりの設定などを導入したとしても、事実に倣えば、普通の日に落とすことになる筈だし、伝承が話の過程で明らかになれば十分。祭りの日に災禍を合せることまでは必要ない。ところが、この映画では曜日はモチーフと揃えているが、わざわざ祭りの(ハレの)日としている。更に言えば、震災は月日までは予報されていなかったが、彗星(と祭り)は月日まで予告され、作中で大衆は心待ちにしているのである。寓話化としては「祭りを楽しみに待つ大衆」は余計なのだ。

要するにストーリーの中で整合を求めることは限界があり、我々の生きる3.11後の社会とのダイレクトな働きかけを考えた方が良い。それが、実際に慰霊を映画の目的とするという事。

宗教的儀式の詳細は良く知らないが、「祭り」をWikipediaで引くと「祭祀は、神社神道の根幹をなすものである。神霊をその場に招き、饗応し、慰め、人間への加護を願うものである。さまざまな儀礼・秘儀が伴うこともある。」とある。つまり、サヤちん(の演者)がある種のイタコ(これも東北は有名)として神霊を招くためには、祭りの日という設定が必須。それは人為による再演だから、「予告するもの」なのだろう。誰もいない神楽殿が開かれたままになっているのも、トラ・トラ・トラではないが、何かを暗に示しているのでは。

本格的な巫女が主役となるのも上述の一般的ストーリー解説で理解されているが、それだけなら設定過剰だろう。映画の形式をとった祭礼なので、巫女(神職)でないとダメなのだろう。もし津波のモチーフ借用に留まるなら、若い頃の宮水俊樹のような、学者など一般人による謎解きという筋書きだけでも、十分成立する。

なお、監督や主要スタッフのインタビューを幾つも読んだが、彼等が災害映画としての文脈を語る時は、生者を慰めるための話しかしてこなかった。しかし、目に映るもの、話の構成に対する素朴な疑問を整理してみると、死者に向けて語っている側面は否定出来ない。監督は広い層に作品のことを知ってもらいたかったとのことだが、よく知らない内からアニメで慰霊を公言すれば、どんな反応が返って来るか。それを予想して語らなかったのだろう。

死者に往年の人格を認め、映画館に招く気だったとして、饗応や生者への加護はともかく、どうすれば肝心の慰めになるのか。作品を観賞して台詞を言霊とし、魂にあるべき避難誘導を経験させ、未練を断ち切っていただくことは勿論だろう。東北の身代わりとして招魂に使った宮水(糸守)を祭礼の後に焼くのも自然な解釈と言える。だが、監督が見せたかったものは心を揺さぶられている生者、すなわち観客の姿だろうか。それが最も無難かつ合理的な結論に思える。

私は霊性の存在は信じていないつもりだし宗教活動も不熱心で万事形式だけだが、親族の位牌の前で一言二言話かける位はやっているし、理由も無く黄昏時に墓参りをしようとは思わない。そういう人なら結構いる。原理主義ではなく、そういう人達への映画だ。

多少は調べ物もしたが、Web上にこの問いへの答えが既にあるのかは分からない。或いは一葉婆さんが小説で語ったように、安易なテキスト化は憚られているのかも知れない。公開初期も、動員数の割に本作の反響が伝わってくるペースが全体的に遅いと言われていたから。祈念の場と感じた観客はそうなる。

従って現時点では数ある解釈論の一つに過ぎないのだが、補強材料はある。演者のインタビューで、ビデオコンテと台本見ただけで涙流してたと読んだが、音楽も書き込まれた背景も無いのに、想像力だけで本当に感涙できるかな、と。演者の人達というのは、一般の人に比べて場の想像力が高い傾向にあるから、以心伝心で了解という事もありえるが。

ただし、上記の疑問に対して、監督の思考を伺えるお答えが全く無かった訳ではない。

「幸せになりなさい」が村上春樹のオマージュではないかとの指摘があったそうだ。だが、監督に製作中そういう意識は無く、公開後に指摘されて気付き、自然に身に付いたものとして受け入れたというような話をされていた。

また、特に印象に残ったのは、自分がその場で決めたこと、あるいは逆に人に指摘されて譲ったことを後から眺めてみると、内心ではその選択が正しいと思っていたからではないか、と述懐されていたことだ。

これらの話から、半ば無意識に作品にある種の性格を付与していることが分かる。

結局、3.11絡みの話は出なかった。このタイミングで公開初期以来久々の、恐らく上映期間中最後となるティーチインを開いたことが全てと、皆了解していたからだろう。

という訳で、行ってみるものだなと感じた一日でした。

あと、片割れ時に入室してきた若い女性二人組、後で「イオンシネマ名取にもいましたね」って監督に言われてたねw イオンシネマ名取からの移動時間考えても遅すぎです。前でガサゴソされると興を削ぐんでもう少し考えてほしかったな。せめて旅館のシーンまでに来れないものか。金曜までの疲れが残っていたために東北大での取材を諦め、17時37分の下りやまびこで到着して最前列最短経路で即ダッシュ、前宣伝終了直後の41分頃に入室した私が言うのもなんだが。

【追記】監督のツイートなどにもあるように一区切りしたいという事で、3月末で公開終了を予定との映画館も現れ始めたようだ。つまり、映画通り夏にスタートして桜の季節に終わりを迎えることになる。凄いなぁ。

参考文献:小説版2冊、パンフレット2冊。および『ユリイカ』、ネットメディア上のインタビューなど。特に、17年1月1日のハフィントンポストのものはかなり踏み込んでいる。『女性自身』や『東洋経済』の記事も興味深い。個人の感想では「追悼の儀式としての「君の名は。」」(映画.com)が最も私の意見に近い感想だった。

当記事を執筆後、3月11日にはTBSにて『君の名は。』の真実を放映、同時期、銀座松屋で『君の名は。』展が3/20まで開催されていた。当記事の考察・論評部分にこれらの情報は反映していない。実は、TBSの放送では入れ替わりを導入した意味として「貴方だったらどう行動したか」というメッセージだと明かしている。この言葉を聞いて、それは読み切れなかったと思ったものだ。私も洞察力をもっと磨かなければならない。また何故、瀧が中の上レベルの生活水準なのかも得心した。それは東京に住む監督が自らに課した小さな罰なのだ。

また、『公式ビジュアルガイド』は最も製作意図を丁寧に追った文献だと分かってはいたが、記事執筆後、ある種の答え合せを兼ねて松屋で購入するまで未見だったことを付記しておく。

17年4月3日追記。なお、防災無線が鳴っていなかった件もTBSの放送後に初めて知った。当ブログ執筆時には知らなかったし、知っていたとしても関連付けて推測出来たかは疑わしい(“閖上の悲劇”の原因に「新事実」も 名取市、防災無線メーカーへの厳しい指摘が並んだ検証委報告案の全容)。

17年5月9日追記。本論を余りに飛躍していると見る向きもあろうが、東北学院大が取り組んでいる一連の社会学研究『霊性の震災学』等を参照すれば、まずまず妥当な内容と了解いただけると思う。

17年5月14日追記。下記2つを参考サイトに追加。M Sato(※名前を誤記し抗議を受けたので訂正)伊藤氏の主張に同意するものではない。あるインタビューで都市と星などSFを例示した監督は無意識にそのフレームを拝借した可能性はあるだろうが、彗星の人格性を前面に出したとしても、本作の2つのテーマからはずれ、それを強調することに、物語上の意味も、監督が意図していた社会的意義も無い。付言すればエンドロールのスペシャルサンクスに海外SF作家の名は無い。ただし描写の観察力は優れている。

伊藤弘了「恋する彗星――映画『君の名は。』を「線の主題」で読み解く」2017年1月23日

M Sato「映画「君の名は。」考察メモ 第2版」 2017年5月14日

17年5月21日追記。彗星のテーマ性の部分を見直し、加筆。

上野誠「映画『君の名は。』と『万葉集』

2017年1月 3日 (火)

瀬川深氏の『君の名は。』批判に見る名誉白人風味の皮相性

普段政治的な不満を代弁してくれる人であっても、全ての面に同意するとは限らない。よくあることだ。

その一例が海外から日本の欠点なるものを親切に指摘する、名誉白人達である。確かに彼等の指摘する社会問題は野党支持者を中心に国内でも深刻だと考えられており、それを打開するために努力は必要である。共感出来る主張は多い。

だが、私が時たま思い出すのは、警察予備隊の創設に関わった米軍人フランク・コワルスキーの言「アメリカに心酔し、アメリカ人の気に入ろうとする日本人からは、いつも遠ざかるようにした」である(『日本再軍備』P139)。旧軍将校や一部自衛隊幹部などを指している。彼等は表向き日米友好プロパガンダに乗りながら、実際は戦中の失敗をさして省りみることも無く「日本のシビリアンコントロールは只の内務軍閥」と不平不満を言い続け、軍国主義の復活を夢想してきたからだ。

鏡のような存在を見ていても思い当たることがある。例えば、日本スゴイ番組に登場し、耳触りの良い甘言を弄する石平やケントギルバート。彼等はよく「模範的日本人像」を示すことがあるが、元々日本に住んでいる人達がそれを字義通り受け取っているとはとても思えないときがある。「心の綺麗な欧米人」をすぐ暗示する名誉白人達も、この裏返しのような存在である。

瀬川深氏は積極的に意見を発信している人士の1人だが、そういったものを感じることがあるので、今回『君の名は。』を例に書き出してみた。

監督でさえ公開間もなく公式に認めざるを得なくなった本作の裏テーマ、震災映画としての性格を全く理解していないことが伺える。以前感想をアップした時にも述べたが、『君の名は。』は時間を遡ってリプレイしている。科学の限界を超えており、未来でも実現しそうにない魔法の技術。現実には無理だと認めたのと同じなのである。道理に基づき、筋の通った住民避難では意味が無いということだ。何故ならば、この映画はそれがかなわなかった2万人を意識した作品だからである。

ついでに言えば「なんか年寄りが曖昧に語っている昔話」は、市原悦子が声を当てた祖母の事なのだろうが、壁画と大火のくだりから分かるように典型的災害伝承をモデルにしている。現実に津波伝承は災害研究で重要視されており、そこから学んで大津波を回避した実例もある。嘲笑する態度はあの東電と全く同じ姿勢と言えるだろう。

後はツイートの時系列順に沿うが、何だかなあ。

私は小林よしのりの差別主義を批判する者だが、10数年前彼の漫画に晒された辺見庸氏のことを思い出した。彼はNews23にて「左翼に興味を持ってくれない民草」を小馬鹿にしながら、その民草が熱狂しているワイドショーは「自分も面白い」と自白してしまったのだ。まぁ、洋画厨や海外ニュース厨のゴシップ根性との相性を見ていれば、当然の本音ではある。 瀬川氏のひるね姫の件も正にそれではないのかね。

そもそも、邦画の予告批判自体、虚偽に近い誇張である。2016年秋~冬にかけて10回は映画館に行ったが、予告がかかっていた邦画を思い出すと、「何者」「闇金ウシジマくん」「土竜の唄」「本能寺ホテル」「相棒」などだった。恋愛物に限っても「僕の妻と結婚してください」「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」等高校生が主役ではない作品も混じっている。単に瀬川氏が女子高生に「お前は映画館に来るな」とおっさん目線で生活指導したいだけではないだろうか。

そういえば、関連してこんな評もあった。

こういった表現を眺めていると、『君の名は。』は女子高生ばかり出てくる作品に見えるが、実際には主人公格の三葉と脇役で登場する友達、名取早耶香の二人だけ。また、「ギャルゲー的描写」は確かにあるが、恋愛映画にもかかわらずべクデルテストは結果としてパスする。何故なら、女性同士の会話の大部分は宮水家および早耶香との間で行われ、男性以外の内容も多いからである。なお、男性の話題であっても「悪名を残した繭五郎の言い伝え」のような恋愛性と無縁な例もある。

フェミニストに媚びての発言だろうが、果たして邦画やシネコンで流している内容を誇張してまで、必要なことなのか。

『シン・ゴジラ』はプロパガンダとして使われるリスクを承知の上で官僚に協力を求めて製作された。動員数は注目すべきだろうが、単に現実の政府のデタラメと対比すれば虚構性を指摘することは簡単であり、情の面でもあの上から目線のために『君の名は。』やジブリ作品ほどの膾炙・浸透は果たせていない。

『君の名は。』に分かり易いプロパガンダは無いが、話の構成を震災責任を免責したい勢力に利用される可能性は警戒すべきだろう。

要するに「何で怪獣は東京ばかり襲うの」「ガンダムなんて非現実的」の輩である。ハリウッド映画にも「宇宙の音」「見えるレーザー砲弾」があり、低予算ミニシアター系も不条理な筋書き・誤魔化しは幾らでもあるのですがねぇ。

名誉白人瀬川氏の家族観が狭量であることが良く分かる。まず、一葉婆によれば宮水家は政治と距離を置いてきたため、町長選では政治力というより、箔付けとして利用したことが伺える。次に、政治家は世襲が多いが「世襲でなければ絶対ダメ」と言う程ではない。初当選した市町村長を見ていれば、大半が男性であるにも関わらず頻繁に姓が変わっていることからも、分かることだ(もちろん、私に世襲・男系を推奨する意図はない)。

また、家庭生活の乱れどころか、前科者さえ政治家にはありがちでホームラン級とは到底言えないだろう。バツ1で首相になった例もあるというのに、違法ですらないバツ1未満の別居に対する偏見は不愉快ですらある。

本質は候補者が建前と本音を使い分け、それまでの利権システムを温存する意思を持っていることだろう。『君の名は。』は冒頭でそれを明示している。

話に絡んでこないのに、瀧が片親であることに理由付けが必要なのだろうか。私も東京っ子だったが80年代時点で、当人が深刻なメンタルに陥ってる訳でもない状況で、そんなこと詮索するような空気は小学校のクラスですら希薄だった。2010年代なら尚更。大方離婚だろうが珍しくも無い。本当に親リベラルなんですかねぇこの人。

「じゃらんとかるるぶのグラビアみたい」なのは遠景の時である。映画は日常風景の描写が主体。雑然とした古民家の和室や学校もそうだし「カフェは無いのにスナックは2件もある」ような田舎のどこが「じゃらんとかるるぶのグラビアみたい」なのだろうか。脳の構造を疑う。

日常描写主体なのは震災映画として「地方にありふれている=東北にもある物」を示す必要があったからだろう。要はファーストフード化する地方とか、昭和期の評論でしばしば見かけた「どこの県庁所在地に行っても駅前が似ている」という視点と同じようなものだ。

瀬川氏によれば二十歳を過ぎた仕事を持っている、3年年の差カップルの存在が整合性を破たんさせるらしい。正に叩きのための因縁。

世の中にはクラシックも騒音扱いする者がいるが、上記も自分が理解できない音楽は全て騒音と見なす人間が一定数存在する、という一例。物凄い音量で流れていたかのようだが、実際は只のJ-POP系挿入歌である。その程度の難癖。加えて疑問なのは歌詞が映画の内容とリンクしていることがそこまで珍しいのだろうか。

それにしても、小説家が他人のヒット小説の映画版にこれでもかと唾を投げつける姿は実に見苦しい。恐らく名誉白人にありがちな、「国産映画がヒットしているから叩く」という動機からだろう。本業の医学のため(憧れの?)海外暮らしするのは勝手だが、思い込み過多な拗らせもここまで来るとちょっと。

『君の名は。』が最近のディズニー作品程PC等を意識しているとは思わない。本来は興行収入目標15億の作品であり、ギャルゲー臭は過去の作品のようなニッチ向けの名残と思われる。作品が万人向けとして受容される中では、弱点になり得るだろう。しかし、言外の目的があるか知らんが、欠点を「発明」してまで叩き続けていると、結局は自身に返ってくるだろうことは警告しておく。

2016年12月 4日 (日)

過去のブログ記事を一覧化して原発クロニクルを作りました

当ブログを立ち上げてから、原発問題の検証を中心に様々な試論を展開してきた。

立場はどうであれ、原発に関心を持つ方に読んでもらえればとの考えで始めたことだが、大分数が増えてきたので、一覧記事を作ることにした。プロフィールにも当記事のリンクを貼っている。

津波想定・地震想定の問題はおおむね時系列順としている。市販の広く流通している解説本や幾つか立てられた事故調の説明をなぞるだけという記事作りに陥らないよう、心掛けた。そのため、殆ど知られることのなかった原発の新たな姿を明らかにすることが出来たと自負している。

【敦賀原発】

【ターンキー契約】
初期BWRターンキー契約の本当の問題点~原電敦賀1号契約を中心に~(1)2016.11.6

初期BWRターンキー契約の本当の問題点~原電敦賀1号契約を中心に~(2)2016.11.11

【福島第一原発】

【津波想定】

東電事故調への疑問 2013.08.06

東電事故調への疑問(第2回) 2013.08.06

東電事故調への疑問(第3回) 2013.08.06

東電事故調への疑問(第4回) 2013.08.06

東電事故調が伝えない事実-津波に対する考え方を整理出来なかった小林健三郎- 2014.05.06

津波記録が容易に入手出来ても敷地高に反映する気の無かった東電原子力開発本部副本部長小林健三郎 2014.06.23

【事故検証は】東電資料より10年も早かった1983年の福島沖津波シミュレーション(前編)【やり直せ】 2015.03.03

【文献は】東電資料より10年も早かった1983年の福島沖津波シミュレーション(後編)【公開せよ】 2015.03.03

【貞観再現】先行研究を取り入れ明治三陸津波を南に移設した宮城県の津波想定調査(1986~88年)【東電動かず】 2015.7.30

中央防災会議の想定は社会にどのような影響を与えるのか-津波対策を強化していった火力発電所の例- 2015.4.11

福島原発沖日本海溝での地震津波を前提​にGPS波浪計を設置していた国土交通省 2015.02.22

日本原子力技術協会が2007年に提起した想定外津波対策-社外からの予見可能性は具体的でなくても良い- 2015.3.14

アメリカにあったMw9.3の津波シミュレーション-「Mw9.0を想定出来なかった」という言葉の背景- 2015.8.26

【地震想定】

福島原発1号機建設期に指摘された地震想定の問題点-原研大弾圧を横目に- 2014.10.06

あり得た第三の選択肢-500Galの仕様も検討したのに実際は値切られた福島第一原発1号機 2014.05.04

【設計指針】
小林健三郎が選んだ「原子力適地」-中部電力浜岡原発などは除外- 2014.05.07

福島第一原発の審査で外された「仮想事故」-予見可能性からの検討- 2014.04.29

長時間の電源喪失を無視した思想的背景-福島第一を審査した内田秀雄の場合- 2014.04.29

寿命25年、安全率1倍が前提だった「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003) 2017.2.12

【非常用電源】
非常用発電機が水没した新潟地震を無視する日本の原子力産業 2014.08.30

福島第一と台湾金山原子力は事故前から姉妹交流-奈良林直氏の海外視察レポートでは経緯に触れず、津波対策だけ宣伝 2014.09.05

【外部電源】
地震で壊れた福島原発の外部電源-各事故調は国内原発の事前予防策を取上げず 2014.11.15

電力各社の原発外部電源-関電美浜・原電東海第二は開閉機器更新の実施未定- 2014.12.28

開閉機器メーカーの活動実態-各事故調が食い込まなかった津波対応、更新提案、カルテル- 2014.12.28

【配電盤】

【東電には】電源盤を2階に配置して建設された日本原電敦賀1号機【都合の悪い話】 2017.3.20

【原発プロパガンダと情報公開】
テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した福島第一原発 2016.5.8

チェック機能を放棄していた福島県の外郭団体が発行元である、「原子力かべ新聞」の問題点 2014.01.02

「”自分の言葉”で語ろうよ」の掛け声からは程遠かった電力マン向け「原子力一口解答集」による受答えのマニュアル化 2014.01.04

【美味しんぼ】井戸川氏を喜々として反原発の見本扱いする反反原発達の間抜けさ【鼻血】 2014.05.12

震災当日、原発について暴言を吐いていたのはJSFだけだったのか-f_zebra氏編-2013.8.14

吉田調書をスクープした朝日新聞を叩いてるオタク共は『海上護衛戦』に墨でも引いて読んでろ 2014.06.02

吉田調書をスクープした朝日新聞を叩く門田隆将氏の問題点 2014.06.09

門田隆将氏が描く東電撤退問題での歴史修正主義的態度 2014.06.23

津波対策を切り捨てた吉田所長が菅直人に「発言する権利があるんですか」-産経報道で判明、佐藤賢了を髣髴- 2014.08.19

【4号機水素爆発】
東京電力は非常用ガス処理をどのように考えてから福島第一原発を建設したか 2014.05.01

福島第一3・4号機水素爆発にまつわるこぼれ話①②③ 2014.05.04

福島第一3・4号機水素爆発にまつわるこぼれ話④⑤⑥-舶来技術はどれほど信用できるのか- 2014.05.04

水素が逆流して爆発した4号機の対策に無関心な東電事故調と推進派専門家達 2014.04.28

貰い事故で原子炉を1基失ったのに「安全性を損なうものではない」と匿名で意見する電力会社の「信用」 2014.05.06

【7・8号機増設】
福島第一原発7・8号増設に関し数百件リツイートされている「反対派のせいで建替え出来なかった」というデマ 2013.11.20

「反対派のせいで建替え出来なかった」「対策出来なかった」というデマ 第2回 2013.12.04

【付録】「事故は反対派のせい」を信じて「正義」の側に立とうとした反・反原発な人達 2013.12.24

【下請問題】
【竜田一人に】下請多重構造の解消策は東電社員が直接作業すること【惑わされるな】2016.3.3

【社会的影響】
311の寓話としては『シン・ゴジラ』より『君の名は。』が上 2016.9.19

【平日の3.11を】『君の名は。』ティーチイン(仙台)に行ってきた【祭日に投影】 2017.3.6

【東海第二原発】
茨城県の「要請」は明記せず日本原電の対応を「自主」「独自」と喧伝する危うさ(追記あり) 2014.3.31

東海第二発電所の津波対応をめぐる日本原子力発電との質疑 2014.4.23

日本原電が一般向けには説明しない東海第二電源喪失対策先送りの過去 2017.2.15

【女川原発】
-東北電力の企業文化は特別か-日本海中部地震津波では能代火力造成地で多数の犠牲者 2014.08.11

【大飯発電所】
古書店で入手した三菱の週報を読み解く-原発事故対策を中心に- 2014.12.09

【OFケーブル】
東電新座地中送電線火災と老朽OFケーブルQ&A集 2016.10.19

【柏崎刈羽に】原発とOFケーブル火災リスク【大量敷設の実績】(追記あり) 2016.10.23

【30年前から】東電老朽OFケーブル火災で勝手な広報を行ったへぼ担当氏【ほったらかし?】 2016.11.28

【関係者のモラル】

「社員だけが非公開の内部情報にアクセス」と自慢するあさくらトンコツ氏の見栄 2017.02.10

【デマ拡散】
「日本の原発は高度経済成長を支えた」という誇大宣伝が1000件以上RTされる

「日本で原発が動き出したのはオイルショック後」と放言するPolaris_sky氏

福島第一排気筒問題で一部作業員、偽科学関係者が振りまいた安全神話 2016.2.24

【マスメディア論】
報道ヘリは爆音の主役だったのか~阪神大震災の自衛隊員証言(ソース:ryoko174さん)への疑問(追記あり) 2015.01.22

烏賀陽炎上事件を再検証する~原発被災地住民がよそ者を取り囲んだ事例~ 2016.4.30

烏賀陽炎上事件を再検証する2~謝礼を要求する守銭奴を炙り出した事例~ 2016.5.5

2015年8月26日 (水)

アメリカにあったMw9.3の津波シミュレーション-「Mw9.0を想定出来なかった」という言葉の背景-

【要約】

「東北地方太平洋沖でMw9.0の地震は想定出来なかった」-これは実務家のみならず、日本の地震学界で当然の前提とされてきた。震災直後には新書まで発売され、地震学会は2011年秋のシンポジウム「地震学の今を問う」で事実上敗北宣言している。

この流れに便乗し、責任回避のため「Mw9.0」や「M9」を宣伝する向きがある。それに対し「大事なのはマグニチュードでは無く津波の高さ」と反論してきたのが添田孝史氏など責任を追及する人達である。私もそう思う。

しかし、アメリカには想定例があった。今回の記事では視点を変えてMw9.0が本当に想定できなかったと言えるのか、その主張の背景を検証したい。新説を豊富にキープ出来るだけの研究環境が、我が国には本当にあるだろうか。

【本文】

今、地震学者等の検証の仕方を振り返ると、情報源を追えるようになっているかが気になった。後に初代原子力規制委員長代理となる島崎邦彦氏は「比較沈み込み学」により下記の思い込みが形成されていたと説明している。

1980年には,沈み込む海洋プレートの年代が若く,プレートの移動速度が速い沈み込み帯で,M9クラスの地震が起こるとの説が発表され,注目を集めた。当時知られていた超巨大地震や巨大地震のマグニチュードを,二つのパラメターでほぼ説明できたからである(中略)。
ただしプレートの移動速度については,移動速度の遅い海溝で2004年スマトラ沖地震M9.1が発生するに至って,疑問が生じていた。
島崎邦彦「超巨大地震,貞観の地震と長期評価」『科学』2011年5月号

この箇所には肝心の「疑問を提起した論文」の出典が無い。もっとも、島崎氏の論文は全体では14個の出典が明記されており丁寧な部類である。また、島崎氏自身が1994年に投稿した論文を自己参照していないが、私は先駆的事例だと思う。概略を引用する。

例として日本海溝やアリューシャン海溝に沿う沈み込み帯を考えてみよう。これらのプレート境界に沿って、プレート間の相対運動は連続的に変化している。(一方で)ある程度十分長い期間をとれば、プレート境界に沿って、変位量は一定とならなければならない(中略)。
(特定区間の)プレート境界で「固有地震」が限りなく繰り返し発生すれば、プレート境界に沿う変位量一定の条件が満たされなくなってしまう。条件を満たすためには、「固有地震」の変位量が小さい部分(変位が不足している部分)での変位が必要となる。変位の不足がどのように解消されるかは(中略)次の場合が考えられる。

  1. 「固有地震」一サイクルの間に非震性のイベントによって滑りが起き、変位の不足が解消される
  2. 「固有地震」一サイクルの間に、小地震が多数発生し、変位の不足が地震時変位の累積によって解消される
  3. 「固有地震」一サイクルの間には解消せず、数サイクル後に地震性and/or非震性の滑りによって解消される

この最後の場合が、超津波地震発生の原因となる。

島崎邦彦「バリア破壊による津波地震の発生」『月刊地球』1994年2月号

海溝型地震の模式図を思い出せば分かるように、「プレート境界」では片方のプレートが下に潜っていくため「沈み込み帯」と呼ばれている。一口に日本海溝と言っても三陸沖のように地震の記録が多い(滑り量の多い)場所と福島沖のように地震が少なく「地震空白域」と思われていた場所があるが、例えば1000年など長い期間をとれば、どこでも滑りの総量は等しくなければならないというのが島崎氏の主張であろう。

地震学者の松澤暢氏は震災後に書いた論考で次のように述べている。

津波があまりに巨大であったために、海溝近くで分岐断層が動いたと考えた研究者が多かったが、海底地殻変動のデータ解析により、プレート境界が少なくとも50m程度は滑ったことが明らかになった。
(注:分岐断層とプレート境界は別の物として区別している)
この巨大な滑りは地震学者に大きな衝撃を与えた。プレート間の相対速度は年間8cm程度なので、単純計算でも600年分程度以上の滑り遅れを解消したことになり、そんなに長期に渡って、東北地方のプレート境界が滑り遅れを蓄積できるということが予想外であったからである。

(中略)我々が犯した大きな過ちは
(1)プレート境界の強度が弱いように見えたことからM9の地震は起こせないものと判断したこと
(2)100年の測地測量のデータからプレート境界で大きな歪エネルギーは蓄積されていないと判断したこと
(3)すべり遅れの大きな領域が海溝近くに存在するとは考えなかったこと
が挙げられる。
松澤暢「2011年東北地方太平洋沖地震が与えた衝撃」平成23年度 海洋情報部研究成果発表会予稿集 海上保安庁

私は地震学の素人だが、(2)(3)は島崎氏の仮説に相当するように見える。問題は、松澤氏も、震災前に疑問を呈した人を紹介していないことである。他の方の論考はもっと雑なものもある。引用はしないが、例えば地震学者の尾池和夫氏が業界専門誌『電気評論』2012年7月号に投稿した記事は、総論とは言え引用文献が一つもない。

なお、島崎氏が指摘した「非震性の滑り」はその後「ゆっくり滑り」と名付けられ、日本の地震学者の少なからぬ数が日本海溝で超巨大地震が起きない理由に考えたようだ。ただし、加藤愛太郎氏は巨大地震で解消される可能性に言及していた論文を紹介している。地球物理学寄りの媒体だからなのかも知れないが、誠実な姿勢と言えるだろう。

もし,太平洋プレートの沈み込みにより生じる全ての滑り遅れが地震で解放されるのならば,過去50年以内に発生したM7~8の地震時滑りの合計は,長期間で平均をとれば9 cm/年に相当する量にならなければならない。しかしながら,その値は2~3 cm/年とかなり小さく,地震による滑り遅れの解放率(サイスミック・カップリング率)が低いことが以前から指摘されていた(中略)。

太平洋プレート境界面上のサイスミック・カップリング率が低いという観測事実について,非地震性滑りによって説明できるのではないかと,多くの研究者が考えるようになった。一方,非地震性滑りだけでなく,巨大地震,巨大な津波地震等によって解放されるという主張も唱えられていた(Kanamori et al., 2006)。

加藤愛太郎「2011年東北地方太平洋沖地震の特徴について」『地球化学』46号 2012年

ジャーナリストには先駆的研究を発掘してきた人もいる。しかし、次の記事は研究者や学会が自発的に委託して書かれたものではないだろう。

東日本大震災が発生する4年前、「地震予知連絡会会報第78巻(2007年8月)」に、古本教授は、「東海から琉球にかけての超巨大地震の可能性」と題する論文を発表している。

(中略)論文を重視しなければならないのは、2007年時点において、「地震予知連絡会会報」という権威のあるメディアで、「日本付近で言えば、ここで取り上げる 西南日本から琉球にかけての地域はもちろん、東北日本弧や千島弧、場合によっては伊豆─小笠原弧ですら対象とすべき」としていた事実である。すなわち、東日本大震災の発生可能性を指摘していた、とも受け取れる。

細野透「南海トラフ巨大地震を上回る「最悪の地震」とは何か」『日経BPnet』 2012年10月3日

米国出身の地震学者ロバート・ゲラー氏は震災直後、次のように述べ、英語の出典を複数挙げている。

過去100年間で、沈み込み帯におけるマグニチュード9以上の地震は5回発生している。この事実は、沈み込み帯の地震の最大規模は、その地質学的条件にあまり依存しないことを示唆している(中略)。

1960年代(中略)多くの国において、大地震の長期予測を行うために、地震活動度とプレートテクトニクスを結びつける研究が進められた。(中略)しばらくの間大きな地震が発生していない「地震空白域」では大地震の発生が差し迫っている、という仮定である。しかし、この地震空白域仮説は実証されなかった。何万年もしくはそれ以上の時間スケールにおいて、地震や非地震の総すべり量とプレート間の相対運動の量は一致しなければならない。しかし、現在では、このプロセスは、定期的でも周期的でもないことが判明しており、3月11日の地震はこれを確認させるものであった。

日本の地震学、改革の時」Nature 472, 407–409 (2011年4月28日号)

島崎氏等と異なり「特定の部分で一定のサイクルの固有地震が起こる」という仮説自体を否定している。

実は、海外にはMw9クラスの津波地震を想定していた例がある。想定を行ったのは米海洋大気局(NOAA)。2004年のスマトラ沖地震(Mw9.3)によるインド洋大津波を受け、日本同様津波研究に以前よりも力を入れるようになった。海外の研究機関の中では日本の研究者にも良く知られており、人材交流もあるようだ。

元々、米国の津波警報は太平洋上の自国領や信託統治地域、友好国への津波襲来に備えて発達してきた。スマトラ沖地震後は、2006年のオアフ島パールハーバーを皮切りに、2008年のマウイ島カフルイ、2010年にはハワイ島ヒロから見た遠地津波の影響を調べるため、最大でMw9.3の波源モデルを太平洋岸18ヶ所に配置してシミュレーションを実施した。

私は、論文で挙がっている出典全てを読破する英語力は持たないが、海溝の地質条件に囚われない配置は、ロバート・ゲラー氏が挙げていたような議論を根拠としたのかも知れない。

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2006年の論文より最悪ケースの想定を説明した部分を抜粋

そして、想定した波源の一つが東北地方太平洋沖だった。2010年の論文では波源位置の詳細も添付されている。研究者が求めれば、詳細情報は2006年に入手可能だっただろうが、この波源を使って本州沿岸の津波高を求めようと考えた研究者はいなかった(但し、内々に試算した可能性までは否定出来ない)。

下記に論文タイトルを示す。

Tang, L., C. Chamberlin, E. Tolkova, M. Spillane, V.V. Titov, E.N. Bernard, and H.O. Mofjeld (2006): Assessment of potential tsunami impact for Pearl Harbor, Hawaii. NOAA Tech. Memo. OAR PMEL.

Tang, L., C. Chamberlin, and V.V. Titov (2008): Developing tsunami forecast inundation models for Hawaii: Procedures and testing. NOAA Tech. Memo. OAR PMEL-141, 46 pp. [PDF]

Tang, L., V.V. Titov, and C.D. Chamberlin (2010): A Tsunami Forecast Model for Hilo, Hawaii. NOAA OAR Special Report, PMEL Tsunami Forecast Series: Vol. 1, 94 pp.

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2010年の論文添付図を元にNOAAが設定した波源に朱色で着色。震源域はざっと東北地方太平洋沖地震の2倍はある。参考に2008年の論文に掲載された諸元を示す。

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コラム
NOAAの津波シミュレーションでは、各波源はMw7.5、100X50kmの格子状の大きさを持つすべり量1mの基準断層(unit source)を変化させて表現する。上記表中では基準断層をTSF(tsunami source function)と称している。領域をそのままマグニチュードを1(32倍)大きいMw8.5とするには、すべり量を約32倍の大きさ(31.55m)に取る。領域面積を大きくとるには、unit sourceの枚数を増加させる。上記日本海溝の場合、KISZと呼ばれる沈み込み帯(subduction zone)に配置したsources No. 22~31行のA,B列を波源に取っており、すべり量は基準断層の29倍(29m)である(元論文ではKISZ AB22T31と表現し、KIS zoneのAB22 to 31を意味している。格子の採番は研究により異なっているらしく、2006年の研究ではKISZはKKSZとなっている。)。

基準断層など、NOAAの津波シミュレーションシステムの詳細は下記論文を参照のこと。引用しないが特にPDF20枚目、38枚目に注意。一例では太平洋岸4か所でMw7.5,8.0,8.5,9.0の津波を発生させてハワイ島ヒロでの波を計算している。日本では東北大の今村文彦教授と共同研究している研究者、阿部郁男氏が論文中でこの予測システムを紹介したことがあり、津波工学者には知られていたようだ。

Gica, E., M. Spillane, V.V. Titov, C. Chamberlin, and J.C. Newman (2008): Development of the forecast propagation database for NOAA's Short-term Inundation Forecast for Tsunamis (SIFT). NOAA Tech. Memo. OAR PMEL-139, 89 pp. [PDF]

参考に2014年、NOAAが行った東北地方太平洋地震を解析した波源モデルを示す。

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Wei, Y., A.V. Newman, G.P. Hayes, V.V. Titov, and L. Tang (2014): Tsunami forecast by joint inversion of real-time tsunami waveforms and seismic or GPS data: application to the Tohoku 2011 tsunami. Pure and Appl. Geophys., 171(12), doi: 10.1007/s00024-014-0777-z, 3281-3305.
図中1~6の番号を振られた色の付いた格子が解析により求められた波源である。全ての格子が想定域内になっていることが分かる。

スマトラ沖後の日本研究者の動きと比較してみよう。津波工学者の越村俊一氏等のように、震源と同じスンダ海溝沿いのプレート境界で津波想定を行った例はあった。

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インド洋における巨大地震津波災害ポテンシャルの評価」海岸工学論文集Vol. 52 (2005) P 1416-1420

上図(1)(2)の間にスマトラ沖の波源(震源域)が存在している。越村氏らは「インド洋全体の津波災害ポテンシャルを評価するために、スンダ海溝沿いで発生しうるM9クラスの巨大地震を想定し、4通りの津波波源(発生シナリオ)を設定」したと述べている。「津波災害ポテンシャルを評価」はNOAAの研究に通じる目的だ。しかし、この波源を他の海溝に移設して解析しようとはしなかった。しかも本文を読めばわかる通り紙数制限のため十分な説明が出来ておらず、NOAAとはページ数に一桁の差がある(その後「巨大津波の広域災害評価」を発表しているが分量に大差はない)。

また、秋田大の松富英夫教授は『地質と調査』2005年2月号で地震研究推進本部の長期評価を再検証するよう求めている。しかし、日本海溝の長期評価更新案が出来たのは7年も後、震災の直前だった。しかも電力業界からの干渉を受けた(「電力業界が地震リスク評価に干渉した4つの事例」)。

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コラム
過去のブログ記事でも述べたように、地震研究推進本部は2002年に日本海溝沿いのどこでもMw8.2の津波地震が起こり得るとの長期評価を公表している。これに対し、「起こらない」と決めてかかったのが中央防災会議であり、東電であった。土木学会は学者に対して行ったアンケートで「起こらない」が少数派であることを把握していたが、東電に異を唱えることはなかった。ただし、土木学会もMw9のアンケートはしていないようだ。

原発反対派の中でもスマトラ沖に刺激され津波に関心を持った例はある。東井怜氏や共産党の吉井英勝氏などであるが、当記事では名のみ紹介に留める。

一つ言えるのはNOAAは、日本の主流派とは逆の道を辿っていたということだ。

ここからは震災後の振り返りで、先駆的事例の提示に何故消極的だったのかを考える。時間のある方はもう少し私の駄文にお付き合いして欲しい。

まず「後から一部の先駆的事例を取り上げても、世間は責任回避と受け取る。」といった理由が考えられる。

次に考えられるのは、細々とした材料に拘るあまり「予見出来なかった」と決めてかかることだ。一例は地震学者の瀬野徹三氏である。

McCaffrey (2008)はどの沈み込み帯でも同じようにM9の巨大地震を起こしうるとし,比較沈み込み学を否定した.
しかしMcCaffreyの考えは,グーテンベルグ-リヒター則でも固有地震説でも,琉球など大地震を起こさない弧をすべて合わせた長大な地域でM9の地震がこれまで起こってこなかったことから否定される.一方,比較沈み込み学が成り立っていても東北 日本沖の地震の起こり方が常識として受け入れられていた場合,それを乗り越えることは不可能に近い.仮に先入観なしに判断を行える立場にいたとしても,貞観の津波堆積物やバックスリップの分布からM9というランク付けを行うことは容易でない.

瀬野徹三「プレート学から巨大地震はどう理解されるか?」2011年6月25日

(予防的に?)Mw9を仮定した例があるのだから、ナイーブに過ぎる見解だろう。

また、「対応する意味が無い」と決め付けたケースもあると思われる。次の論文は震災後に書かれたものだが、Mw10以上の地震に関してはそうした心情が読み取れる。ここではMw9に係わる部分だけ引用しよう。

たとえば,M9が起こった場合の地震動や津波のシミュレーションが十分になされて,その結果が広く伝えられていれば,今回の地震の際にも,より早く,より正しい津波警報が出せたはずである(中略)極めて荒い概算ではあるが,M9の先験的発生間隔としては500~1000年くらいを考えてベイズ推定を行えばよいと考えられる.

(中略)本稿で述べたのは,最大規模の地震についての極めて荒い推定にすぎない.学問的には極めて稚拙なレベルの話であり,通常,学会等での検討の俎上に載せられるような話ではない.ましてやM10が必ず起こると主張しているものではない.しかし,このような検討を無意識のうちに避けてきたことが東北地方太平洋沖地震の被害を大きくしてしまった原因の一つであったという反省のもと,あえて述べさせていただいた.

松澤 暢「最大地震について」『地震予知連絡会会報』89号 2013年3月

Mw10やMw11の地震は国家や文明の存続すら怪しいという点で破局噴火に似ている。しかし、Mw9の場合はそこまでの被害には至らず社会は持続する。巨大さや低頻度に囚われず、対応が必要なグレーゾーンの領域だったのではないか。その種の災害に対して学問的精緻さをどのレベルで設定するかが問題とも考えられる。

勿論利益相反行動の結果と言う考え方もある。地震学は活断層カッター問題津波想定問題予知利権問題が示しているように、動機には不自由しない。地球物理学者の島村英紀氏は震災直後から次のように述べている。

今回の大震災でも、(中略)福島原子力発電所の原発震災についても、「想定外の大きさの地震と津波に襲われた、人災を超えるもの」という心理に日本人を誘導しようとしている企てが透けて見える。

(中略)気象庁が発表したマグニチュード9というのは、気象庁がそもそも「マグニチュードのものさし」を勝手に変えてしまったから、こんな「前代未聞」の数字になったものだ。

いままで気象庁が長年(中略)使われてきた「気象庁マグニチュード」だと、いくら大きくても8.3か8.4どまり。それを私たち学者しか使っていなかった別のマグニチュード、「モーメント・マグニチュード」のスケールで「9.0」として発表したのである。

すべてのことを「想定外」に持っていこうという企み(あるいは高級な心理作戦)の一環なのではないだろうか。

島村英紀「あとがき 追記1」『地震列島との共生』

上記のどの理由であるにしても、日本の学界でよく見られる検証の仕方は不親切だと感じる。

コラム
検証方法で参考になるのは福島原発事故における政府事故調の例だ。福島事故で想定外として扱われた事実の一つに、建屋内の水素ガスが爆発した件がある。従来は格納容器内に水素ガスが溜まることは想定されていたものの、建屋内に漏れ出すことは考えていなかったという。しかし、政府事故調は(やや消極的であるものの)、アメリカで建屋内の水素爆発を想定した論文が2本執筆されていたことを指摘している。Mw9の件も、そうした事例紹介は必要だろう。

またNOAAの研究を読むと、事故後盛んに紹介された海外の津波対策事例も疑問が沸く。良く挙げられたのはカリフォルニア州ディアブロキャニオン原発と台湾金山原発。しかし、「Mw9の津波地震はどこのプレート境界でも発生し得る」との前提に立つならば、これらの原発の津波地震想定も書き換えられなければならない。その場合、当地のハザード曲線(下図右)も変わることになる。

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佐藤 暁『原子力規制のグローバルな状況と日本』原子力情報資料室主催 2014年4月18日

「海外の優秀な原発」は今後の想定に耐えられるのか。よく「日本は原子力技術で世界に貢献を」といった声を聞くが、福島事故の教訓を水平展開するならば、その一つは津波について各国の過小評価バイアスを検証することだろう。

私は滞米経験どころか上述のように英語も不得手だが、最後に、日本と米国の研究環境の違いについても述べる。著者の一人は恐らく中国系で女性である。日本で通説に背く論を提示した場合、不利益を被る業界から人種・性別バイアスによる口撃が米国より強くかかるかも知れない。逆に国策に沿っている場合、実力無視で小保方氏のように祭り上げる可能性もある。そのようなリスクに思い至ったのは、日本の電力業界が女性を「宣伝PA師」として「活用」し、型に嵌った知識ばかりを植え付けた前例があるからだ。その結果、役立たずを量産し、米国に約40年遅れて漸く初の女性運転員を養成する有様だった。その結果、宣伝・PA業界は女性が多くを占めることになったにも関わらず、自浄作用が希薄となった。例えば、下記に出てくる津田和俊と酋長仮免中なる2人の人物は、原発や被曝の問題で政府の方針に反対する「非科学的な」女性アカウントを見つけては、嫌がらせを繰り返している。

持論を押し付けるために、「手篭め」と恫喝するのが、原子力PAである。したがって、もし津波工学を修めるだけの優秀な女性が日本に留学したとしても、どれだけの人がアイデアを論文で問うまでに至るのかは、疑問がある。

15/8/28:ロバート・ゲラー氏の部分を加筆、その他全般修正。
15/8/30:分かりにくい部分の表現を改めた。
15/9/8:加藤愛太郎氏の論文を紹介。
16/5/2:末尾の表現修正。

2015年7月30日 (木)

【貞観再現】先行研究を取り入れ明治三陸津波を南に移設した宮城県の津波想定調査(1986~88年)【東電動かず】

※15/8/2:記事タイトル修正。拡散願います。

以前、損害保険料率算定会の津波研究(1983年)を紹介したが(前編後編)、今回はこの研究を実際の場に応用した例を紹介し、1980年代の東電が無想定のままであったことについて、問題提起したい。

添田孝史氏は『原発と大津波』冒頭で次のように述べている。

「津波についての新発見」→「原発の安全性検討」→「必要な対策を進める」→「安全が確保できたか第三者がチェック」という安全確保の基本となる手順は、事故の四〇年前に原発が建設されて以降、一度も回されていなかった。

結論から述べると、1980年代に想定への取り込みを行っていれば、2002年に実施された津波対策(第3者に値する者よるチェックは無かったが)は10年以上前倒しで実施することが出来、一度ならず二度以上このサイクルを回すことが可能だった。失敗学的見地からも、「時期遅れと不徹底」の視点は重要であり、ある意味「時期遅れ」だから「不徹底」をカバーすることが出来なかったと言える。以下、詳細について述べていく。

実は、津波シミュレーションをいち早く実際の施策に取り入れた例が東北地方にある。1986年から1988年にかけて津波想定調査を実施した宮城県である。監修はあの東北大の首藤信夫、算定会の研究を参考にしたものだった。

しかも、そのモデルの決め方は2000年代の中央防災会議などに比較して、的確な予防原則に立っていたと言える。貞観津波、慶長津波を前提に県南の被害を考慮し、モデルそのものは記録がより多く残っている明治三陸津波の波源を宮城~福島北部沖に配置したらどうなるか、としたものである。

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『宮城県津波被害想定調査に関する報告書』(1988)P33

これは、算定会モデルで取り上げたMYモデルそのものだ。

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なお、文中で出てくる相田(1977)のモデルとは、相田勇「三陸の古い津波のシミュレーション」(1977)を指す。日本で最も早期に計算された津波シミュレーションだが、そこで明治三陸津波の規模はMw8.4とされていた。つまり、宮城県の波源モデルはそれと同等の規模ということだ。

もちろん、宮城県はこの計算結果を元に、各地域において津波防災のためどのような対応が必要なのかを想定調査報告書の後半で書いている。ハード的には避難先になり得る建築物の整備や石油タンクなどの防護、ソフト的には地域ごとの浸水高を示し、ハザードマップの原形として活用を促している。

宮城県民にとって災難だったのは、2004年に更新された新しい津波想定(宮城県第三次地震被害想定報告書 第五章)ではこの波源モデルが削除されてしまい、県南の津波想定が甘くなってしまったことだ。これには下記ツイートの事情にも関連している可能性が高いが、本記事では参考として提示するにとどめる。意欲のあるジャーナリスト諸氏に、一般防災における不作為もどんどん追及していただきたい。

本題に戻ると、電力業界が表立って津波シミュレーションに関心を示し始めたのも1980年代である(1990年代の七省庁手引きからではない)。宮城県が津波想定調査を始めたのとほぼ同時期、関西電力と電力中央研究所は日本海側の津波評価を目的にシミュレーションを導入、その概要を専門誌『電力土木』1986年1月号に発表していた。報告記事は特定の港湾に焦点を当てて解析するスタイルを取り、「十分な再現性を持つ」(P83,85)「十分に実績値を再現している」(P85)といった強気のコメントが並ぶ。当時、彼等がシミュレーションをどのような目線で見ていたかがありありと伝わってくる。

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「数値解析による津波予測手法の開発」『電力土木』1986年1月号

ここまで状況が揃っていて、東電が手を付けない合理的理由は無かったと考えるのが自然だろう。予見可能性の点から言えば、宮城県と同じことをすればよいだけの話だったのだ。

コラム
なお、東北電力は宮城県が津波想定を進めていた同時期に、女川2号機の設置許可申請のため、独自に津波想定を行っていた。この想定は「女川原子力発電所における津波評価・対策の経緯について」という東北電力の資料で確認出来る。こちらも元は相田勇「三陸の古い津波のシミュレーション」(1977)を参考にしている。私の質問に対して東北電力は相田氏の研究をそのまま引用するのではなく、地形データを用意して自前でシミュレーションした旨を回答している。

宮城県の想定では女川原発は4.8mの津波高となっている。計算では算定会研究同様に海面変動のみ考慮し潮位を無視しているから、朔望平均潮位 を加算すると6.2mになるが、東北電が行った自社のシミュレーションでの値、9.1m(海面変動7.7m)には及ばない。差が生じたのは、東北電は女川原発に最も厳しくなるような波源モデルとしてKC-3と呼ばれる慶長津波のモデルを採用しており、場所はMYや宮城県のモデルより北に位置しているからである。一方で東電は、福島第二の設置許可申請でも小名浜のチリ津波想定を踏襲している。日本原電は東海第二の防潮壁を新設したが、設置許可はおろかプレスリリース一つしていないことは2014年4月の記事で書いた通り。やはり、知見の取り込みという点で、東北電力の対応は全く異なっている。

ただし、宮城県が80年代に実施した津波想定には問題がひとつある。計算結果のバラつきを考慮していないことである。

少し調べれば分かるが、津波シミュレーションは大まかな傾向は掴めるものの、その精度はあまり高いものではない。添田孝史氏が首藤・今村等津波研究者達の共通的見解として述べている「余裕倍半分」もそこから来ている。下記は首藤氏が1990年代に書いたものだが、参考に紹介する。途中の計算が分からない人は最後の2行だけ読んでほしい。結論が書かれている。

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出典:「量的津波予報検討会の開催について」資料5

相田のK、χは、既往津波を模擬した際の「実績値/計算値」を比較する際に使われる。過去に発生したことが無いが海底の断層などから発生が予想される計算も、方法自体は既往津波と変わらないから、似たような確かさになることが予想されるというわけだ。

首藤氏は目的により使い方を考えろということも述べている。一般防災なら不確かさを見込まず、計算結果をそのままそのまま使っても良いかも知れない。しかし、より保守性を重く見る原発防災の場合は、余裕掛けを行わなけれならない。地震動では「建築基準法3倍」規定などでこうした考え方が活かされてるが現象面からは津波の方が必要性が高い。

何故ならば、津波の場合、構造的な限界値を超えた場合の機能維持の余裕はほぼゼロだから。水が入ってはいけない部位に水が入ったらどうなるか、誰でもわかる話である。地震は想定より多少大きくても壊れないかも知れないが、被水は違う。

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出典:もっかい事故調オープンセミナー「原発と大津波 警告を葬った人々」発表資料P62(リンク

ネットの一部ではこうした事情を全く理解すること無く当方の算定会記事を批判しているひまわりのような者がいる(ちなみに彼は東北電力が潮位を考慮していることすら理解していない。前回取り上げた中央防災会議も同様なのだが)。だが、「津波高4.56m以上は来ないから4.6mで万全だ」「4.56mに満潮位を加えたら事足りる」といった考え方は極めて危険なのだ。

実は、宮城県想定調査の冒頭には次のような一文が掲げられている。既往最大論への警鐘は算定会研究の考え方を引き継いだものであり、首藤氏の本来の考え方とも一致している。

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また、政府事故調が作成した首藤調書に出てくる「『電力土木』での警鐘」は1988年11月号での話で宮城県での想定調査と同時期である。宮城県ですら備えていた津波防災に、東電が鈍いままであったことへの、焦りがあったのではないか。

Denryokudoboku198811p11首藤信夫「津波」『電力土木』1988年11月号P11より

このように見てくると、シミュレーションによらないもう一つの方法、堆積物調査を併用しながら東北電力が女川原発周辺の津波研究を見直したのはごく自然な流れであり、貞観津波や慶長津波に着目し、再評価する発想は独創的ではなかったことも分かる。もちろん、そのような方向に研究を進めていく方が好ましい。

仮に東電が1980年代に津波想定を改めたとすれば、算定会研究を参照したと考えられる。前回記事で述べたように、算定会FKモデルでは大熊の波高(海面変動)は4.56m、潮位や不確かさを考慮しても8m程度の想定が現実的なラインであり、1980年代にこれ以上大きな津波を考えるには、宮城県同様に規模をMw8.4にする必要があっただろう。

ただし、津波高が10m以下でも遡上高は10m以上になり得ることは留意しなければならない。

上記画像は東京新聞等の報道でも見ることが出来るが、8mの津波が来た際の浸水を表している。1980年代に遡上高をシミュレーションすることは難しかったろうが、「遡上高」という概念は当時から存在している。

一方で東電は算定会の研究から2002年までの間、津波対策と呼べる施策を行わなかった。非常用DGは海水冷却方式で、そのポンプは4m盤にある。従って4m盤のポンプが死んだらDGは止まる。しかし、首藤調書によれば『電力土木』寄稿後「強く反発を受け、以来、1995(H7)年に通産省の原発の設置許認可をやる安全審査技術顧問になるまで電力会社からは嫌われていた。」とあり、無駄に時間を空費したのが実態だったようだ。

問題がひとまず前進したのは、設計基準を超える事態、つまりシビアアクシデント対策の一環で、1998年に空冷DGを備えた共用建屋が完成した時だが、この建屋を計画した1993年の設置変更許可申請を読んでも津波対策の文字は出てこない。従って5,6号機の空冷DGは結果として役立ったに過ぎない。

これは、対策の元になるPSA(確率論的安全評価)対象が機器の故障など、内的事象に限定されていたからである。

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資源エネルギー庁『軽水型原子力発電所におけるアクシデントマネジメントの整備について検討報告書』1994年10月P15

DGの増設については上記資源エネルギー庁レポートのP12,P36-37などでその意義が説明されているが、大津波などの外的事象をカバーすることは考慮していない。だから、蓄電池と配電盤は共用建屋でも地下室に配置されたのだろう。そして10m以上の津波で全滅した(下図参照。浸水状況を示す「福島第一原子力発電所共用プール建屋防水対策について」も参照)。

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運用補助共用建屋地下1F,1F平面図『福島第一1号炉  原子炉設置許可申請書(完本)』2002年4月より プラント技術者の会様取得資料

宮城県は一般防災を考慮していればそれで一定の責務を果たしたとも見做し得る。だから、宮城県の失敗は不確実性に関する議論を省略してしまったことと、2004年の新想定で貞観の考慮を深める方向に行かず、中央防災会議同様に考えることを辞めてしまったことである。女川町はもっとひどく、チリ津波想定から最後まで脱却できなかったらしい(「女川町を襲った大津波の証言」の各種報道より)。宮城沿岸を巡る旅に「女川歴史民俗紀行」と名付けている御仁には申し訳ないが、女川湾は明治まで殆ど見向きもされない場所だったそうだから、貞観の記録が無くても仕方ない。

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宮城県土木部港湾課「地方港湾の歴史を探る(女川港)」『港湾』1975年7月P37

一方、東電事故調報告書のP17には建設時のチリ津波想定の件について、「設置許可申請書に記載されているこの津波高さについては、現在でも変更されていない。」と記されている。女川町の失敗は、東電の失敗にも一脈通じることが分かる。これらに比較し、1980年代の宮城県想定の先進性は歴然としており、東電福島の問題のみならず、一般防災の津波想定経緯を解明する上でも、重要な意味を持っていると言える。

2015年4月11日 (土)

中央防災会議の想定は社会にどのような影響を与えるのか-津波対策を強化していった火力発電所の例-

今般、私のちょっとしたひらめきによる史料発見と添田孝史氏の尽力により、2つの津波想定が開示された。追跡調査頂いた添田氏にはお礼申し上げます。

1999年3月に、国土庁と日本気象協会がまとめていた福島第一原発の津波浸水予測図

平成16年度東北地方の港湾における津波対策基礎調査報告書(2005年3月)】(関連記事はこちら

以前にも紹介したが、添田氏が指摘するように、中央防災会議(内閣府運営)は地震研究推進本部(文部科学運営)の長期評価を否定してしまい、東電の津波対策不作為を助長した。2004年のことだ。

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出典:もっかい事故調オープンセミナー「原発と大津波 警告を葬った人々」発表資料P49(リンク

しかし、今回開示された想定は中央防災会議の所掌していた津波想定と社会的な意義が近接しており(どちらも一般防災、かつ政策に直接影響する。国土庁の想定に至っては内閣府防災担当の前身組織)、それだけに中央防災会議が下した判断が未知の知見などによるものではなく、東電同様、組織的サボタージュによる結果であることを裏付けるものとなった。

良く、原発PA宣伝師の言い分として「東電を責めるなら同様に津波不作為を起こした国や自治体の不作為を責めなければならない。」といったトリッキーな言説を目にする。

例えば、添田孝史著『原発と大津波』のAmazonレビューにて星1つをつけている津波防災関係者と思しき人物も上記のようなレトリックを弄している(震災前から津波防災関連書をレビューしていることと「その文面」から容易に推測出来る。)。

不思議なのは、津波防災関係者がそのように考えているのであれば自らそのような行為を行うべきだが、全く何もしていないところ。何時も通り面白科学の解説に留まり組織事故の面は軽んじる。

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Amazon『原発と大津波 警告を葬った人々』レビューより

このトリックの仕掛けは一般防災行政や自治体を責めたところで原子力行政や東電の不作為が軽減される訳ではない、という点から目を逸らす事にある(他にもM9の強調、予防原則の否定など定番ネタが見られる)。だが、逆に言えば一般防災に不作為が存在していれば、相応の追及が必要なのは事実である。その典型が七十七銀行や大川小学校の問題だろう。しかし、彼等原発推進派は往々にして極端な親権力であり、口先だけで一般防災の不作為も追及することは無い。調べれば結局原発の津波防災に跳ね返ってくるような「新事実」が露見することを恐れているのかも知れない。上記の例のように、申し訳程度に一言二言が関の山である。

しかし、私は最近、中央防災会議の不作為に関して意思決定に対する説得力ある評価が可能なことに気付いた。今回は、こうした点に着眼し、一般防災と原子力防災の両面に問題提起を行ってみたい。

原発と津波を巡る筋論としてこれまで責任を追及する立場からなされてきた主張は「原電東海や東北電女川のように、中央防災会議に囚われず、低頻度の巨大災害も独自に対策に取り入れていくのがあるべき姿だった」(それが出来ないなら廃炉にすべきだった)というものだろう。

しかし、自主性が期待できない東電のような事業者の場合、法学上の扱いはともかく、実際的な面からは社外から警告して対策を強制する(断れない環境を作る)ことも、一つの解決策だったことは明白である。

実は、中央防災会議の想定を前提に、津波対策を強化した電力会社の例がある。それは四国電力橘湾発電所で、原発ではない。日本海溝沿いに位置してもいない。そのためか、これまであまり注目されては来なかった。だが、組織の動きを比較する上では材料足りえる。

Tachibana01橘火力港湾サービス (株)」(四国電力HPより。なお護岸は奥村組画像)が施工)
なお、電源開発も隣接して火力発電所を保有している。

橘湾は東電の小林健三郎氏によって原発立地点候補地に挙げられたこともあるが、1990年代末に徳島県の旗振りで埋立・開発を進めるにあたり、津波想定が見直されている。なお、造成工事の完了は1997年で発電所の開所は2000年である。その経緯を土木学会論文集から抜粋してみよう。

現在は, チリ津波を設計対象偏差として, 橘湾内の大潟漁港海岸, 橘港海岸, 福井川河口, 後戸漁港海岸の各々海岸保全施設(一部河川管理施設)に関して,DL+4.6mの一律高さで整備が完了している.しかし, 文献調査(表一1)や当時の再現シミュレーション結果(図一2)を見るとおり,チリ津波よりも南海道津波の方が規模が大きく, 地元住民のヒアリングにおいても, 「津波といえば南海道」ということであった。

橘湾の開発に当り徳島県は港湾計画の一部変更が必要であった. 港湾計画は運輸大臣の定める「基本方針」に適合しなければならない(港湾法第3条). 「基本方針」の第4条の1には「港湾施設を海岸保全施設と有機的連携を図りつつ整備し, 国土, 人命及び財産を十分に防護すること. また港湾施設の整備に当たっては, 国土保全上の見地から周辺海域及び沿岸への影響について十分配慮すること.」 と述べられている. そこで, 埋立による津波の沿岸への応答を予測し, 設計対象津波を南海道津波へ変更することを目的に, 徳島県「橘湾津波検討委員会」が設置され, 委員に学識経験者,運輸省及び法律上の各管理者, 並びに電気事業者が選任され, 検討されることになった.

(中略)対象津波を変更したこと, 並びに埋立に伴って津波の応答特性が変化することなどから, さらに対策が必要となった.

(中略)この断面図のように, シミュレーションにより得られた必要防護高さまで海岸保全施設を嵩上する必要がある.津波による自然災害は, 台風に伴う災害に比較して低頻度巨大災害である.また, その地域の災害に対する切迫度が未解明であること, 対策工を行うに当たっては, 地域の経済活動や土地利用の形態,そこに住んでいる人々の生活, 限られた財源等々, 制約条件が多く存在するが, 関係者に理解を得られるよう努力していかなければならない.

橘湾の津波対策について」『土木学会論文集』Vol. 1997 (1997) No. 565 P 129-138

この論文は造成工事の完了後に出ているので昭和南海対応のため追加対策が必要だったのだろう。嵩上げされた堤防の高さは最大でも1mとは言え、法的な課題を指摘しつつ、対象津波をチリから昭和南海地震に変更していたのである(もっとも、この時対象津波を当地の歴史津波としては小振りな、昭和南海津波に選定した判断には疑問が残るが)。

注目すべき点は、橘湾発電所が311前に取った津波対策はこれで終わりでは無かったことだ。対策強化のきっかけは中央防災会議が2003年12月に「東南海・南海地震対策大綱」を決定したことである。中央防災会議は昭和南海を参考にせず、大規模な歴史津波(1707年宝永津波)を参考としていた。

○津波の高さ分布
宝永地震の津波の高さ分布に、安政東海地震の紀伊半島以東の津波の高さ分布と、安政南海地震の紀伊半島以西の津波の高さ分布をそれぞれ重ねる。この際、各地震発生時の潮位を減じて、それぞれの津波の高さを補正し、同一地点で津波の高さの資料が複数ある場合は、最大値をその地点の津波の高さとする。

(※著者注:分布図は省略。イメージを掴むため最悪ケースの津波高を引用)

Chuobosai200312nankaitsunami

東南海、南海地震に関する報告」中央防災会議 2003年12月(図表編はこちら

四国電力の対応は素早かった。「東南海・南海地震に対する当社の対策について」(2004年9月21日)というプレスリリースによると、2004年3月には委員会を立ち上げている。そして、浸水予測もやり直し、送電網(変電所の嵩上げを含む)を中心に20億円の津波対策費を計上したという。

防災科学技術研究所には橘湾発電所の被害想定が載っている。

四国電力の行った東南海・南海地震による各火力発電所の被害想定結果を表7に示す。その結果、坂出発電所だけが運転継続可能であり、他の発電所は自動停止に陥ることが予測された。

津波被害について、橘湾発電所と阿南発電所では、1階部分が水没する結果となった。阪神淡路大震災での関西電力・神戸製鋼の発電所被害や、芸世地震での西条発電所の被害状況を参考にした結果、四国内の発電所では、ボイラーと電気集塵機が一部破損されるという予測となった。また、阿南石油火力発電所では、地盤の一部液状化が予測される。

3.5.1.2.A-5  発電所・工場・プラント向け防災システムの開発・ 研究」(高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト 、平成17年度成果報告書)防災科学技術研究所(総括成果報告書はこちら

※防災科学研究所は2003年から5ヶ年で「高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト」を行っており、四国電力は緊急地震速報の活用で協力していた。

このため、四国電力は2004年から2008年の5ヵ年計画を立て、発電所の津波対策の強化を図った。

東南海・南海地震に対する四国電力(株)の対応】
○ 四国において発生を考慮すべき想定地震として、東南海・南海地震について中央防災会議の想定を基に設備被害の想定と対策等を立案
○ 国、自治体等の動きを受け、設備対策等のハードをはじめ、防災・復旧、広報といったソフト面を含めた総合的な対策を実施
平成16~20年の約5カ年でハード・ソフトの両面から実施する対策:
ハード面
[被害軽減対策]
津波による浸水防止対策
(防潮ゲートの設置/主要機器の一部嵩上げ  他)
②緊急地震速報の利用
[早期復旧対策]
③衛生通信設備の追加配備
ソフト面 ④防災計画の整備と防災訓練の実施
四国電力(株)橘湾発電所における 対話事例」 於  徳島県阿南市 環境省

宝永地震は以前から既往最大津波を引き起こしたことで知られ、100~150年間隔で発生している南海地震の中でも極めて大きい。つまり、宝永クラスに限れば、その発生頻度は低くなる。それでも、四国電力は津波ゲートや機器嵩上げの対策を取り、「その時」に備えたのである。

なお、機器嵩上げ等の対策については防災科学研究所で一段詳しく補足されている。

i) 津波による被害防止
地震による被害防止とあわせ、津波による水没防止が重要な課題である。1階面に設置されている補機・制御盤が水没すると想定されるので、防潮扉の設置・移設・基礎かさ上げにより対応する。現状は、気象庁の津波警報により避難・対策開始(人・船)しているが、将来的には、緊急地震速報を活用できることが期待される。

3.5.1.2.A-5  発電所・工場・プラント向け防災システムの開発・ 研究」(高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト 、平成17年度成果報告書)防災科学技術研究所(総括成果報告書はこちら

以上が「中央防災会議が従来より厳しい津波想定を示した場合に電力会社が示す反応」の例である。

もし、中央防災会議が地震研究推進本部の長期評価を取り入れ、福島沖の日本海溝沿いにM8級の津波地震を想定していたならば、仙台以南の南東北の津波防災も大幅なテコ入れがなされたのは自明だろう。社会に与える影響は大きく、単なる案山子団体とは違っていたことが良く分かる。島崎邦彦氏は『科学』記事で、福島沖日本海溝の津波地震を中央防災会議事務局の官僚に潰されたことに後悔の念をにじませたが、改めて当然の実感だと思う。

勿論、311後の巨大災害リスク見直しの流れの中で、橘湾の津波想定も再評価され、朝日新聞には警鐘を鳴らす記事が載った(「阿南の火力発電所、対策上回る浸水も 南海トラフ想定で」『朝日新聞』2013年2月7日18時33分)。だから311前の対策を以って、四国電力の南海地震への備えが完璧だったなどと主張するつもりはない。橘湾もまた311を横目で経験し、更なる対策強化に走っている。

最後に原発と津波対策の点から述べておく。

「中央防災会議が長期評価を取り入れていれば・・・」←誰でも思いつく仮定である。だが、その有効性(権威性)を示す材料として、四国電力橘湾の例は実に興味深い。東電も四国電力と同様の対応を決断した可能性は極めて高いと評価できる。公企業に取って行政の権威には(表向きは)従わなければならないからである。それが判っているからこそ、面倒な裏工作を重ねて「規制の虜」を作り上げるのだろう。権威が無ければ体面を取り繕う必要は一切なく、地元民や負け組外郭団体にそうしてきたように、虫けらのように踏み潰してしまえば良い。彼等はそう考える。

一方で視点を変えると、東北電、原電に続き四電も「海溝上の津波地震」に備えていたことが明白となった。火力発電所にすら新しい津波知見を取り込む四国電力、一般防災より厳しい水準を要求される原発に何もしない東京電力。中央防災会議が正反対の態度を示した事情はあると言っても、チリ津波→昭和南海→宝永地震という一連の脱却過程を眺めると、自主性にも違いが認められる。

橘湾発電所の建設期と同時期の東電と言えば、1983年の算定会シミュレーションに始まり、1997年の七省庁手引きや福島県による津波調査等の指摘(後2者は『原発と大津波』を参照のこと)により、チリ津波レベルからの脱却を必要としていたにも拘らず、2002年まで引き伸ばす怠惰振りを既に発揮していた。実に対照的である。それは311を経て、決定的な差をもたらした。

「そもそも、姿勢が火力発電所以下の原発防災って何だよ・・・」普通ならそう思う。東電は例の申し訳程度のモーター嵩上げ以外、碌な回避可能策を講じてない。中央防災会議が誘発したとは言え、冒頭に示したものを含め、きっかけは幾らでもあったのが実態である。やはり東電には法廷の場でも責任を課す、それがあるべき司直の姿ではないだろうか。

【追記】2015/4/12
建設期にはヒアリングを行い、環境省主催の対話でも津波対策の質疑に分からないことは分からない旨回答しているのは好感が持てる。地元団体の要望に聞く耳を貸さなかった東電(『原発と大津波』P107-109参照)との落差はもちろんのこと、東北電力のやり方よりも進んでいると言える。東北電力は社内に地元出身者を多数抱え込むことにより地域のリスクを吸い上げて難を乗り切ったが、敷地高の引き上げを強硬に主張したのは平井氏唯一人だった。住民へのヒアリングで意見を吸ったという言い伝えはまだ見ていない。橘湾の場合も同様に、四電、徳島県なら「地元出身者」を標榜することはできただろう。問題は松山出身の人や吉野川流域出身の人でも「地元出身者」扱いすると、阿南沿岸という限られた地域のリスクは吸いきれない可能性があることだ。これを補うにはヒアリングで得た知見を取り込むことが大切となる。

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