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2020年3月17日 (火)

【Fukushima50】吉田所長の津波無視を庇う門田隆将の話には嘘がある【原作者】

【『Fukushima50』は何故批判されるのか】

3月6日、シネコン各社が一席空けて鑑賞するように注意喚起する中、映画『Fukushima50』が公開された。本作に限らず「コロナ不況」で観客の出足は極めて低調だが、最初の土日は動員トップだったようである。

本作について、作り手は「どちらにも偏らない」といったお決まりの文句で宣伝を図っているが、ここ数年の原作者の極右化や、映画化を提案した故津川雅彦氏(公式パンフレットによる)の所業等から、原発関係者を翼賛するため右派が企画したことはばれてしまい、猛烈な反発を受けている。

反発を受けている理由は色々あるが、最も大きいと考えられるのは次の2点。

  1. 吉田氏が、事故前に本店で原発津波対策の責任者として、大津波の想定を先送りした当事者であることに触れていない。
  2. 日本原電の東海第二原発や東北電力の女川原発が津波想定・対策をして事故を回避した事実に触れていない。

これを無視して話を組み立てても、全て無駄だし、マイナーな話でもないのですぐにばれる。

「現場のことを知ってください」といったPRも傲岸だろう。「だったら東電のロゴ位正しいものを使え」と言いたくなるし、現場を取材した人は沢山いる。その言動自体が「門田だけが現場を知っている」かのような商業臭の強いものだ。

とまぁ、色々と論点はあるけれども、今回は門田氏が本店時代の吉田所長をどのように見ているかを検証する。昔からのブログ読者にとってはおさらい記事となる。

【「偏った意見」と「嘘」の違い】

本題に入る前に、普段から思っていることがある。

偏った意見を述べている人は、嘘つきなのだろうか。

ざっくり議論する程度なら、嘘つきと表現することも差し支えないと思う。万国共通で世の習いだから。しかし厳密に解釈すると-イメージとしては相手を裁判にかけるとか、学術レベルで検証するといった場面を想像すれば良いのだが-嘘つきとは言えない場合がある。

今回の門田氏が正にそれで、不都合な事実を述べなかったとしても、厳密には「考え方が東電に偏っている右の人」となる。彼を批判する添田孝史氏がHBOLに投稿した記事の題名も「福島核災害を「美談」に仕立て上げた映画『Fukushima50』が描かなかったもの」である。

勿論、偏った主張だけでも、社会的には問題だ。簡単に言えば、大量殺人犯がたまたま日常生活では親切な人だったからと言って、そこだけを取り上げて善人だと言い張ったら、大変な事だろう。だが、政治・社会問題ではこの手の印象操作は頻発する。

だから、今回門田氏の主張を精査し、氏が都合のいい事実だけ取り上げているのみならず、主要な部分で嘘が混じっていることを示す。

【「大胆な計算法」は本当か】

上述のように、門田氏は『死の淵を見た男』で本店時代の吉田氏を描かず、『Fukushima50』でもそうなっている。私はコロナウイルス予防のため、映画を見ることが出来てないが、クランクアップ時の記者会見、予告、有料パンフレット(結構ボリュームはある)、周木律氏によるノベライズ版をチェックした。いずれも本店時代の描写は無く、津波は「想定外」とされている。映画を見た人達の報告も同じである。

実は門田氏は原作出版後、本店時代の吉田氏について文章を公開していた。核心部分を引用する。

いま、吉田さんが「津波対策に消極的だった人物」という説が流布されている。一部の新聞による報道をもとに、事情を知らない人物が、それがあたかも本当のようにあれこれ流しているのである。

私は、吉田さんは津波対策をきちんととるための「根拠」を求めていた人物であると思っている。新聞や政府事故調が記述しているように、「最大15.7メートル」の波高の津波について、東電は独自に試算していた。これは、2002年7月に地震調査研究推進本部が出した「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という見解に対応したものだ。

そもそも、これはなぜ「試算」されたのだろうか。これは2008年の1月から4月にかけて、吉田さんが本店の原子力設備管理部長だった時におこなわれたものだ。

それは実に大胆な計算法だった。どこにでも起こるというのなら、明治三陸沖地震で大津波を起こした三陸沖の「波源」が、仮に「福島沖にあったとしたら?」として試算したものである。

もちろんそんな「波源」は福島沖には存在しないので、「架空」の試算ということになる。だが、それで最大波高が「15.7メートル」という数字が出たことによって、今度は、吉田さんは、これをもとに2009年6月、土木学会の津波評価部会に対して波源の策定についての審議を正式に依頼している。

つまり「架空の試算」をもとに自治体と相談したり、あるいは巨額のお金を動かすことはできないので、オーソライズされた「根拠」を吉田さんは求めていたのである。この話は、私は3回目の取材で吉田さんに伺うことにしていたが、その直前に、吉田さんは倒れ、永遠にできなくなった。

故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか」(門田隆将公式ブログブログ「夏炉冬扇の記」2013年7月14日)

この見解はその後、対談や吉田調書に関する単行本などでも踏襲されている。

「大胆」という言葉の意味をネットの国語辞書で引くと「普通と違った思い切ったことをするさま。」とある。

これに照らすと先の引用で下線を引いた部分は嘘である。考え方に新規性が無く、ありふれていたからである。それを時系列順に挙げていこう。

【「架空の津波」を対策に活かした先達の知恵】

そもそも、大津波が何故起きるのかというと、学校で習ったプレートの沈み込みをイメージしてもらえば良いが、プレート境界となる海溝沿いで大規模な地滑りが起こり、大量の海水が上下に動くから、である。明治三陸津波は岩手県沖の日本海溝で起こった。日本海溝はその南側にずっと続いているから、同じような地滑りで同じような津波が起きるだろうと言うことは、プレートテクトニクスに沿った考え方としては常識だった。勿論、日本海溝ばかりではなく、簡単に言ってしまうと世界中の海溝で同じような津波が起きる恐れがあると考えられていた。

だから、明治三陸地震の波源を他の領域に移して津波シミュレーションを行うことは、1980年代から行われていたのである。

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  • 「津波に関する研究 その2」(1983年)についてはこちらの記事で詳説
  • 「宮城県津波被害想定調査」(1986~1988年)についてはこちらの記事で詳説

いずれも、明治三陸の波源を南に移設したシミュレーションである(精度に問題があったり、規模を小さくしたことで、15.7mに匹敵する波高を福島沖で得ることは出来ていない)。なお、電力業界全般としては、やはり同時期に津波シミュレーションに手を出していたが、東電は当時の技報を全て非公開としているので、社外のシミュレーションを見てどんな試算をやっていたかは闇のままである。普通の企業なら古い技報位は公開しており、子会社を含めてお蔵入りを続けている東電の姿勢は異常だ。

ともあれ、東電が試算する25年も前に公開されている計算法は、全く「大胆」ではない。

「門田氏が言い過ぎたにしても架空は架空だったろ」と粘る人もいると思う。

しかし、そのうちの一つは宮城県が防災のために行った津波想定である。2000年代の津波想定では別の波源に代わったが、それまでは門田氏の言う「架空の波源」が津波対策を講じる根拠になっていた。

門田氏が紹介している2002年の地震調査推進研究本部の考え方も、これに沿ったものだ。

また、土木学会は2004年に福島沖で地震が起きるか専門家などにアンケートを取ったことがあるが、添田氏によれば、その時も多数派は起こると考えていたことが明らかとなっている(『原発と大津波』P78~P79)。

更に、2004年に発生したスマトラ沖地震津波を他山の石として、国土交通省は5か年の緊急対策を立案、その根拠には日本海溝沿いのどこでも大規模な地震津波が起きる、という前提に立ち、GPS波浪計配置や閘門管理システム等の予算を執行した。

GPS波浪計広域配置計画の検討で利用する断層条件は次の通りとする。

(1)日本海溝沿いの地震断層
日本海溝沿いのプレート間大地震は 1611 年三陸沖、1677 年房総沖、1896 年三陸沖が知られており、大きな津波を引き起こしている。地震調査研究推進本部の長期評価によれば、これらの地震は同じ場所で繰り返し発生しているとは言いがたいとのことであり、配置計画を検討する際の想定断層は、三陸沖から房総沖の日本海溝沿いに海溝軸に沿って並べて配置する。

 

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本編1 P2-24(リンク)(平成17年度国土施策創発調査費 津波に強い東北の地域づくり検討調査

見ればわかるように、地震研究推進本部の長期評価をそのまま引き継ぎ、M8級断層が日本海溝に沿って房総沖まで切れ目無く直列に想定されている(本件についての詳説はこちらの記事)。

この他、日本原電が「根拠は十分」と判断して如何なる学会にも諮らず、津波対策を実施していたことは上述の通りである。

実は、日本原電に津波対策をするように働きかけたのは、茨城県だった。茨城県は中央防災会議が「根拠が薄い」と捨てた波源を使って津波シミュレーションを実施し、県内の原子力施設に危険を感じたのだった。県の考え方は事実上「架空の試算」に頼ったようなものである。

また、東電社内にも「津波対策をきちんととるための根拠を求めていた人」より積極的に立ち回った人がいた。津波想定の実務を担当した社員(高尾誠氏、原子力部土木調査グループマネージャー)や、高尾氏より高い役職についていた山下和彦氏である。彼等は、15.7m想定を弾き出した時点で津波対策に乗り出すべきと考えており、一旦は経営陣もその方針で動いていたが、2008年7月に上層部の「ちゃぶ台返し」で葬られたことが裁判で開示された資料により明らかとなっている。彼等に比べれば、吉田氏は地震津波の知識も無い只の消極的なおっさんに過ぎなかった。詳しくは、LEVEL7での添田氏の公判傍聴記や取材レポートを参照されたい。

【まとめ】

門田隆将氏が吉田氏を庇おうとして主張した内容は嘘だったと言える。

今回引用した文章全体の意義も崩れてしまう。「それは実に使い古された計算法だった」では締まりがない。

関連して冒頭の「事情を知らない人物が、それがあたかも本当のようにあれこれ流している」も実際は「詳しい内情に基づく本当の話」であった。端的に言えば添田氏の方が門田氏より詳しい。「『架空の試算』をもとに自治体と相談したり、あるいは巨額のお金を動かすことはできない」も事実に反しており、結局門田氏の主張は嘘ばかりだった。

氏は右派論客として原発事故以外にも様々な物議を醸している。そのことは別の場で批判されてきたし、これからも続いていくだろう。だからここで腹いせ的に「歴史や政治で問題発言をしているので、よく知らないが原発でも嘘つきに違いない」といった雑駁なことを言うつもりはない。しかし、きちんと検証してみても吉田所長の件では、氏の主張に信憑性は無いと考える。

2019年8月18日 (日)

元東電木村俊雄氏が提起した炉心流量問題を考える

前回記事「木村俊雄氏の文春記事に書かれた「炉心専門家」を嘲笑する人達」は元東電の木村俊雄氏に対する外形的な部分での嘲笑を批判した。

今回は門外漢なりに、その内容について検討してみたい。

【1】木村氏が指摘した炉心流量の問題とは

まず流量の計測方法を説明しておく。原子炉圧力容器の中にはジェットポンプというものがある。一般的なポンプのイメージとは異なり、ラッパ丈の直立パイプで、20本が圧力容器内壁に取り付けられている。このジェットポンプを直管として利用し、差圧を測ることで炉心流量を求める。流量計は、直管上下の差圧を見ているのだ。

木村氏の主張は当初は炉心流量のデータが開示されていないことの指摘だった。現LEVEL7のジャーナリスト木野龍逸氏等の助力でデータが開示された後は、内容を吟味した。

BWRは、定格出力で運転中は再循環ポンプを回し、圧力容器内の水を入れ替えている。これは、沢山の水を送り込むことで、膨大な熱を取る仕組みと考えてよく、強制循環という。地震などで安全のために原子炉を停止すると、強制循環の必要も薄れるので、再循環ポンプは止める。これをランバックと言う。ただし、圧力容器内は上と下で温度が異なるので、自然な水の対流が残り、燃料の崩壊熱を除去するのに一役買っている。これを自然循環と言う。

311の時も、原子炉が緊急停止した際、数十秒で自然循環に移行した筈だったのだが、木村氏は公開されたデータから炉心流量がゼロとなっていることを読み取り、1号機では津波到達前に小破断LOCA(冷却材喪失事故。配管に小さな亀裂が入って水が抜けてしまう事故のこと)が起きていた可能性を主張した。これが『科学』2013年11月号に掲載され、この頃の講演動画で詳しく説明された。

新潟県が設けた技術委員会でも木村氏の主張は取り上げられたが、東電の回答は、炉心流量が地震発生直後にゼロとなったのは、少ない流量表示をローカット(0と表示すること)したからで、水が抜けたからではありませんよと反論している。これが2015年から2018年頃のことだ。

その後、東電訴訟の一つ、いわゆる田村訴訟で新しい情報を入手したので、『文芸春秋』2019年9月号への記事掲載に至った。ただし全体の論旨構成に大きな変化はない。

今回は、この問題を論じる。前半は工学的な取り扱いが中心だが、後半は社会問題への適用について述べる。

【2】計測機器とローカット

一般に電気電子計測の分野では、「通常」使用しない範囲に数値が来ることを考えなかったり、少量のノイズにより指示値がぶれるのを嫌う。特に7セグのデジタル表示の場合は見た目にもコロコロ数値が変わるので嫌われる。そのため、ローカット(ある閾値以下は強制ゼロ表示)にする傾向がある(「ローカット機能とは」『用語集』株式会社ソニック)。

計測機器メーカーの仕様・取説などでもしばしば登場する(例:『デジタル微差圧計MODEL KS-2700シリーズ取扱説明書』株式会社クローネ P4,P12)。

原子力業界が突然持ち出してきた「謎の概念」ではない、ということである。

【3】東電のローカットに関する説明を読み解く

東電は新潟県技術委員会のために作成した以下の2本のスライドで「低流量域では、わずかな差圧誤差で大幅な流量誤差が生じる」ので「10%フルスケール以下の値はゼロとみなす」と説明している。

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これを、差圧式流量計(オリフィス式流量計)の一般的な説明とクロスチェックしてみよう。

差圧式の理解を深めるため、この形式の弱点とされるポイントを挙げ、それが正当であるか否かを論じてみましょう。

1)流量範囲が狭い
 自乗特性のため、測定できる最大最小流量比が3:1程度しかとれないといわれます。これは差圧伝送器の性能が向上した今日、状況が少し変わりました。一方、流量範囲はこの程度で十分という反論もできるのです。差圧式流量計の測定範囲は、絞り機構の 設計と差圧レンジの設定で自由に選べます。したがって、比較的狭い流量範囲でも、実際に使う範囲に合わせれば、実用上困るこ とはありません。使用流量域が当初の計画から変わる場合には、差圧伝送器のレンジ再調整かオリフィスプレートの交換で対応で きます。

※2)~5)は本記事に関係無いので省略

佐鳥聡夫「流量のお話 第2回 差圧式流量計」東京計装株式会社

測定範囲は変更できるが低流量対応にするにはオリフィスを交換しなければならない。つまり、圧力容器の中に入って交換する必要があるので、運転中には不可能と言うことだ。

10%ローカットについては次の説明から業界での常識と判断出来る。

通常,オリフィス流量計では低流量での誤差が大きいため,流量10%以下では流れていないものとしてカットして使用しているが,ある取引においてカットせずにオリフィス流量計+積算計でカウントしていた。その取引の長期間停止中に0.5%程度ゼロ点がずれていた。オリフィス流量計の流量は差圧のルートに比例するため,わずかな差圧0.5%誤差が流量7%で積算されてしまった。

●対策

誤差量に気づき,積算しなおした。その後は,10%以下の場合にカットされるようソフト上で処理を行った。

●差圧流量計のゼロ点

 オリフィス流量計は導圧管を通じて圧電素子により差圧を計測して,差圧伝送器で信号に変換し,開閉演算を行い流量比例信号として出力します。開閉演算する理由はオリフィス流量計の計算式の√を解くためですが,低流量(ゼロ点付近)の時にはこの開閉演算によりその値は拡大し,わずかなゼロ点誤差が大幅な流量誤差となってしまいます(表)。(以下省略)

エピソード③流量計測-オリフィス流量計「 ゼロ点誤差の思わぬ影響 」」『計装Cube』No.31 2008年8月

私に『トランジスタ技術』やCQ出版の技術書で解説されてる様な、デジタル回路の高度な知見は無い。そう断った上で述べるが、開閉演算とは平方根を求めることで、これを二進のAND,ORの組み合わせでも使ってやってるのだろう。

従って、東電の説明は上記の限りでは矛盾が無い。

【4】建設時の外部電源喪失試験と同じだった福島事故

木村氏は講演で、プラント建設後の起動試験経験もあり、炉心流量その他のパラメータを読み解くことはとても慣れていた旨を語っている。起動試験は細かく分けると100項目以上からなるが、その中に外部電源喪失試験という項目がある。木村氏が「今回の事故は試験でやっていたことが現実となった」(大意)と述べているのはこの外部電源喪失試験を指す。

これも嘘である。原子力黎明期に起動試験結果を公開の場で技術報告するのはよく行われていた(例:「福島原子力発電所1号機の起動試験」『火力発電』1971年10月 )。

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後年それが無くなったのは、単に技術的新規性が無いから誰も投稿してこなかったという、あらゆる枯れた技術製品で起きている理由からに過ぎない。読めば分かるが、そもそも起動試験とは、自動車で例えるなら「ブレーキはかかるのか、かかり具合はどうか」「エンジンは焼き付いたりしないのか」といったことを確認するための試験であり、既に公開されている耐震性能などと同様に、安全上はむしろ公開すべき情報である。

しかも東電はTwitterに無用な情報をばら撒いたことを認めた、柏崎刈羽勤務の社員A氏(HN:へぼ担当,TwitterID:hebotanto)を処分出来ておらず(いわゆる見て見ぬ振り状態)、内部統制は崩壊している。

【5】島根2号機の外部電源喪失試験はローカット無しだった

ところで、上述の福島第一1号機の論文だが、試験項目には外部電源喪失試験が無い。しかし私は、BWRに関して更に2プラントの起動試験結果を入手した。東海第二(BWR-5,MarKII-GE型)と島根2号機(BWR-5,MarkI改良標準型)である。それぞれの外部電源喪失試験を見直したところ、東海第二は炉心流量はゼロ表示となったが、島根2号機では炉心流量はゼロ表示ではなく、11870T/Hが900T/Hとなっていた。

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出典:「第6編起動試験」『東海第二発電所建設記録』日立製作所、1978年11月P595(全体リンクはこちら

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出典:「第6編起動試験」『東海第二発電所建設記録』日立製作所、1978年11月P596図45

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出典:『島根原子力発電所第2号機建設記録 起動試験編』中国電力 P331

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出典:『島根原子力発電所第2号機建設記録 起動試験編』中国電力 P335(グラフ全体へのリンクはこちら

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出典:「地震動による福島第一1号機の配管漏えいを考える」『科学』2013年11月P1225図2
※スキャンデータは伊方訴訟提出資料より。

なお、木村氏は福島第一1号機の炉心流量のグラフについて上図のように、14時48分24秒頃から-7000T/Hの異常なマイナス値(図中A)や直後のスパイク(図中B)が乗っている旨も指摘したが、東電は流量計のゼロ表示仕様だと説明した。しかし、東海第二、島根2号機共にそのようなマイナス値もスパイクも認められない。更に、島根のグラフは後で書き改められた形跡も無いように見える(スパイクについてはこれ以上の分析は控える)。

先の東電の説明はメーカーの仕様書を丸写ししたような印象があり、スクラム後の自然循環時に、炉心流量を計る必要性への考察が抜け落ちている。しかし、中国電力では流量表示に意味を見出していたことが伺える。

ATOMICAの自然循環の説明にはこうある。

軽水炉の一次(原子炉)冷却系には炉心を熱源とした循環ループがあり、通常運転時は一次冷却材ポンプ(原子炉主循環ポンプ)などの外部からの駆動力により原子炉冷却材が強制循環されている。このポンプが停止した際にも原子炉冷却材の密度分布による差や一部にボイドが発生することによってループ内に原子炉冷却材の循環(能力)を生じる。このような循環を自然循環(自然対流)という。沸騰水型原子炉では、原子炉圧力容器内自然循環だけで定格流量の半分に近い出力で運転を行うことができる。自然循環は、冷却材喪失事故時や、何らかの原因によるポンプ停止時に炉心の除熱をする上で重要な役割を果たす。

自然循環」『ATOMICA』

Twitter上には「再循環が止まってるから流量はゼロで当たり前だ」と言う「識者」がいるがとんでもない間違いである。

この説明を踏まえると、低流量域(=自然循環)はLOCA時は重要となるので、測定誤差が拡大したとしても、流量がゼロか否かの判断は出来るように、ローカットしなかったのであろう。

島根2号機の起動試験は1988年に行われた。先のような運用法に至った理由として考えられるのは、TMI事故(1979年)、チェルノブイリ事故(1986年)だろう。これを受けてシビアアクシデント時のプラントパラメータ把握に力点が置かれたと思われる。

福島事故前のアクシデントマネジメント(AM)の基本理念は、現有設備に最小限の追加投資を行って最大のポテンシャルを引き出すことである。1988年時点でこの考え方は公式の方針とはなっていなかったが、BWROG(BWR Owners Group、GE原子炉ユーザーの集まり)等で議論された可能性はあるだろう。自然循環時の炉心流量が一応計測可能であるなら、平時よりローカット設定を解除(一般的な計測機器ではユーザー側で解除可能な機種がある)すれば良い。

【6】運転特性図は何時書き改められたのか

上記推測を補強する資料もある。まずは先の『火力発電』誌に掲載された福島第一1号機起動試験の記事から運転特性図を引用する。

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この特性図は炉心出力0%の時、グラフ左の自然循環曲線もX軸が0%に収束するように描かれている(なお作成法は右記参照。「特集・原子炉熱流力設計の諸問題」『原子力学会誌』1972年5月P42)。

図の引用は省略するが、東海第二、島根2号機の起動試験にも運転特性図は掲載されており、自然循環が0-0収束するのは同じである。

次に、木村氏の講演動画からキャプチャされた運転特性図を示す。

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出典:「運転特性図」『木村俊雄さん「過渡現象記録装置データの重要性について」-Togetter

自然循環曲線が0-0収束していないことが分かる。こちらの特性図の方が実態的なアクシデントマネジメント策を検討するには向いている。

木村氏自身が述べていることだが、実際には出力0でも自然循環が残るので、90年代に定格(出力での)炉心流量の10%程度に収束するように特性図を書き改めたそうである。事実、2000年代後半より刊行されたオーム社原子力教科書シリーズの『原子炉動特性とプラント制御』(2008年)P95には木村氏が提示したものと同じ図が掲載されている。

Twitterの原子力関係者は木村氏批判にかこつけて、「運転のことならまずATOMICA」とツイートしているが、ATOMICAのBWR運転に関わる解説の出典を見ると、1971年の『電気計算』の記事に行き当たる。この記事は私も持っており、東電の川人氏(後の柏崎刈羽所長)が書いた非常に良い説明だが、時代が古い。ATOMICA依存も程ほどにという一例である。

2019年8月30日追記
東海第二の起動試験にも参加した某メーカーの炉心技術者より説明をいただいたので紹介する(もっとも、電源喪失試験には不参加だったとのこと)。

木村氏が90年代に関わった「炉出力-流量」線図の書き換えだが、初起動時(起動試験時)は古い図で間違いはないそうである。

具体的に述べると、最初の図は起動試験用にGEが提示したもので、燃料は全て新品のため崩壊熱がない。一方、木村氏が示したものや、近年の教科書に掲載されている図は、相当程度燃焼も進んで崩壊熱がある状態なので、自然循環が起きる、とのことであった。

その他、パラメータの見方等にも専門家ならではのご意見を頂いた。感謝いたします。

勿論、中国電力もその後東電に合わせてローカット設定にしている可能性はあるだろう。その場合は、津波の問題と同様、東電の都合に合わせた結果ではないか、という観点の検証が必要である。逆に、東海第二が運開後何年かして、島根2号機のような新型プラントに合わせている可能性もある。勿論、津波におけるその種の検証と同じく、必要なら当時のメールも引っ張り出さなければならない。

また、この点から新潟県の技術委員会が何を求めるべきなのかも浮かび上がってくる。

  1. 東北地方太平洋沖地震で自動停止した健全プラント(女川、福島第二、東海第二)の過渡現象記録装置のデータ開示
  2. 流量計のメーカー型番、取扱説明書、納入仕様書等の開示
  3. 文春木村氏記事での問題提起と併せ、東電見解の妥当性再検討、ローカット処理の妥当性を検証すること

技術的問題は【10】で結論を与えることにして次節は社会的な側面を議論する。

【7】木村氏の主張に欠けている視点

それから、木村氏の科学/文春記事や講演会動画に欠けている観点として、東電訴訟をしている被災者達に対して、その分析がどう役に立つのかを示していない、という問題がある。

(9月1日追記)よく言われるのは、物証(配管クラックの現物)で地震によるメルトダウンを証明できていないという点や、所外の放射線量が上がり出したのは津波来襲から数時間経過した後、といった点である。木村氏は建屋内の放射線が早期に上昇していたと反論しているが、所外の放射線量などについては反論していない。私も、木村氏の論に説得力が欠けると感じているのはこうした点なのだが、本節では少し視点を変えて論じる。

木村氏は講演動画で「『こうすれば事故を回避することが出来た』と論じている人達がいるが、そんな馬鹿なことに拘るのは止めて原発を廃止しよう」(大意)と語っていた。確かにそのような議論は原発推進派から多く出されていたが、回避可能性に関心を持っているのは推進派だけではない。一般に損害賠償訴訟や刑事訴訟では、予見可能性と回避可能性を証明する必要がある。つまり、回避可能性の知見は被災者に与えられるべきものなのである。白石草氏の懸念も、そう言うニュアンスだろう。

なお、大阪訴訟では原告は地震動破壊説を準備書面(裁判所に対して被告の何が悪いのかを詳しく説明した文書)に取り入れたが、東電は「壊れていない」と反論して問題設定そのものを避けたので、結局津波問題に論争の重点が移った。

しかし、訴訟に持ち込まれた事例が発生した以上、先々のことは考えておかなければならない。

【8】地震で破損していた場合に備え、主張する内容を考える

では、木村氏の主張を被災者達は訴訟でどのように取り扱えば良いか。これは、地震で壊れたか否かの検討に固執する限り絶対に解けない。

以下、「破損の有無」「東電の認識」の2条件で4通りに場合分けして考える。

  1. 地震で1号機は破損しておらず、東電も破損していないと信じている場合
    →これは、木村氏や田中三彦氏等が誤っている場合である。
     原告団は津波原因説をベースに裁判を戦えば良い。
  2. 地震で1号機は破損していないが、東電は破損を認識している場合
    →論理的にあり得ないパターンのため検討から除外する。
     ※これまでの訴訟で東電は破損していないと主張しているため。(1)(3)(4)のいずれかの理由であろう。
  3. 地震で1号機は破損しているが、東電は破損していないと信じている場合
    →これは、東電技術陣が科学信仰で思い上がっている場合である。
     この場合、木村氏や新潟県技術委員会がどれだけ検証し切れるかがキーとなるが、短期間で成果が出たとは言いかねるため、原告団は津波原因説をベースに裁判を戦っている。
     問題は調査等により(偶然)破損が証明された場合、東電側は正当な理由で主張をスイッチ出来ることにある。即ち、「事故前も事故後〇年間の間も予見出来なかったので、予見可能性は成立せず、我々は無罪である」との主張にスイッチする。
  4. 地震で1号機は破損しており、東電も破損を認識している場合
    →これは、いわゆるデータ隠しなどにより、表面上破損していないと主張している場合となる。原告団の対応は(3)と同じになるが、東電側は(3)と違い、訴訟に最も効果的なタイミングを選んで、予見不能だから無罪説にスイッチすることが出来る。
     ただし、(3)と異なるのは、虚偽説明をした証拠がどこかに残り、特に法廷での虚偽説明は、信用失墜リスクが大である。

原告に寄り添った考察としては、事実が(3)(4)の場合であっても、受け身の姿勢に留まらない言説を用意することとなる。受け身とは、「更なる調査を後追いで要求する」等の行動のことだ。特に、物書きが調査を東電任せにしていると、時としてカーゴカルトの二の舞となる。

【9】LOCAによるメルトダウンを防ぐために東電は何をしてきたか

そんな言説が成り立つのか。私も一晩考えたが、そもそも論に立ち返ればよい。勿論、素人文明論に広がらない程度の論である。

そもそも、東電や国はLOCAが起きたらどうすると言ってきたのか。そう、LOCAが起きた時のために各種の注水手段が準備されてきた。LOCAとは小破断を含め、過去40年以上「典型的な事故想定」として扱われてきたものだからである。

だから私ならそれに乗ってしまう。即ち、注水設備は何故使用できなかったのか。事故を早期に収束するためのプラントパラメータは何故読めなかったのか。答えは簡単。1時間経たない内に津波が到達し、全電源を喪失したからである。つまり、木村氏の論も結局は、各訴訟で最も重点的に主張され、証拠も充実している、大津波の予見可能性、回避可能性の問題に回収されるということである。上記(3)で述べた東電の無罪論(想定)は、あくまで地震動に対してのみ有効な論で、事故全体の予見という観点からは切り札として使えないようにしなければならない。

この論旨展開は木村氏にとっては不服かも知れないが、電源喪失が無ければプラントパラメータの異変に気付く機会が与えられることになるのだから、何も不整合は生じない。実際、東海第二で除熱に必要なRHR系海水ポンプの水没(本震直後ではなく、3月11日の晩に発生)を直ちに把握出来たのは、発電所が電源喪失していなかったからである。何も把握出来なければ、事態はより悪い方向に進んだのは間違いないところ。

福島第一1号機の場合、木村説によれば3月11日17時代に炉心損傷開始となるが、電源が生きていれば炉心損傷まで進展しても水素爆発を防げた可能性は高まる。要するにTMI事故程度での収束と同義。原告にとっては津波対策を取っていれば、FPの放出量を早々に帰宅出来る程度以下に抑え込めた可能性(INESのLEVEL5以下で収束できた可能性)が高まることが最後の砦であって、1号機がTMI-2のように溶けてオシャカになろうが本質的には知ったことではない。周辺住民が居住可能であれば、原子炉が再使用できるか否かは電力会社の金儲けの問題でしかないのである。

上記の論を採用した後に、1号機が地震でLOCAを起こしていたことが証明されても、木村氏が以前から指摘する通り、再稼働のハードルが上がるだけだろう。被災者の救済と再稼働は別の問題だからである。もっとも、既に再稼働に対しての課題は様々なものが指摘されており、耐震性不足もその中に入っているのだから、私は屋上屋ではないかと思っている。

【10】木村氏の指摘から浮かび上がる技術課題

地震でLOCAが起きてようが起きていまいが、議論は既にかなりされてきている。木村氏の論から汲み取るべき真に新しい技術課題は、①安易なローカット設定の採用や②観測者を混乱させる-7000T/Hの異常減少、スパイク表示など、計測機器の仕様に集約される。

これは真のユーザーフレンドリーとは何かと言うべき課題だが、原子力機器では殆ど触れられてこなかったと思う。

調べてみれば分かる。原発事故と計測機器に関する有名な問題として「原子炉水位計がシビアアクシデント時に使えない」という話が指摘されているが、計測原理の欠点によるもので、性質的に異なる課題である。

また、「計測機器の統計的不確かさ」なら理工学部生の実験用副教材では定番の記述だし、一般産業分野で古くからある話である(例:「第15章 計測の信頼性と測定の不確かさ」『標準化教育プログラム[個別技術分野編-電気電子分野]』日本規格協会、2009年)。しかし、誤読を誘発する表示の問題は異なる。

ヒューマンエラーの見地から取り上げられても良かった筈だが、原子力で取り上げられてきたのはTMI事故以降実施された制御盤のミミック表示化(制御盤をよく見るとスイッチとスイッチが色のついた線で結ばれてる。プロセスの流れに沿って機器の機能的な関係を系統線図で表したもの。)や、情報のモニタ表示化の是非位。

オーム社原子力教科書シリーズの『ヒューマンファクター概論』を読むと「機器が故障する」「人が誤読する」ことに力点が置かれているが、炉心流量計は故障していないし、誤読を誘いやすい数値を示すことへの配慮は同書の記述から読み取れない。この教科書が参照しているWASH-1400,NUREG-CR1278を全て精読した訳ではないが、制御盤への反映状況を見る限り、明らかにバックフィット対象事項ではなく、余り期待は出来ない。

必要なら電中研なり適当な学協会で研究会を設けて対応すべきだろう。

(2019年9月27日追記)私の意見だが、今回取り上げた運転関係者への負荷を減らしつつ、必要な情報を伝える中国電力のやり方が最も正当と考える。ただし、測定範囲を下回る値については、流量の有無のみ伝える二値的な表示になっているとより適切だ。

理由は、運転員に本質的でないことで面倒をかけるのは次の3つの理由により避けるべきだから。

  1. 第一に、運転員はただでさえ、個別の機械の癖や特性を把握することで忙しいことが挙げられる。『日本原子力発電社報』1971年1月号に「運転直員の一週間」という記事があるが、そのことをよく伝えている。名前は個別に出さないが、後年書かれた外向きの運転紹介記事もこの点は一貫している。計測機器に由来する波形の歪みは、原子炉の挙動を知る目的からすれば、本質的な知見ではないし、緊急時は誤読の要因になる。
  2. 二点目は彼等の経歴にある。運転員(直員)の多数派は高卒入社の技術系社員。原子力屋としての登竜門的ポジションにある。80年代の所内報によれば、20代が過半を占める。

    前回木村俊雄氏の記事でも書いたが、学歴を盲信した侮りは誤ってる。運転員として配属されると原子炉の運転操作のため専門的な教育がなされ、また年単位で勤務していく中で習熟度も上がっていく。とは言え、彼等に与えられた仕事は計測メーカーの設計者ではなくプラントの運転者である。その点から言えば、本来は無駄な知見であり、無くても仕事ができるようにするべきだろう。
  3. 三点目は、運転員にかかる心理的ストレスである。

三点目に関しては、手に入れた福島第一所内報に次のような一文が載っていたので引用する。

Gensiryoku_fukushima198207p22upside

皆さんは観光地に遊びに行き、ロープウェイに乗ったことはありますか。ロープウェイで深い谷底の真上にきた時、「もしロープが切れたら」とか「機械が故障して止まったら」など考えたことがありませんか。その時の恐怖と複雑な気持ちは、言葉では言い表せません。それと同じように原子力発電所が安定運転中であっても、もし機器の故障で何か起きたらと考えると妙な気持になります。中操で盤面に向かっていると、精神的に押しつぶされそうになるのです。その時、どうしようと悩むことより、私は主要プラントパラメータの動きに注意し、アナンシェータ(注:警告表示)の発生に一つ一つ対処し、確実に処理していくように心がけています。

われら中央操作員」『原子力ふくしま』1982年7月

似たストレスを抱える例としては乗り物の運転士が挙げられる。15年ほど前『運転協会誌』(鉄道業界誌)に「開拓者たち」というシリーズが連載され、その中である保安装置を開発した動機として、「運転士達が自らのミスにより事故を起こす悪夢に日々悩まされていたこと」を挙げていた(「開拓者たち TNSの誕生」『運転協会誌』2003年7月)。

所内報の記述はTMI事故(1979年)の影響が見られる。当時高木仁三郎などもこうした心理的プレッシャーが常時あることを指摘していたから、私が中国電力のやり方を推す理由としては、ある意味古典に属する。ただし所内報は、社外からの目線ではなくて、東電のBWR運転員による裏書となってることに価値があり、当記事に繋がっていく重要なものである。古典ではあるものの、しばしばメーカー技術者にさえマスクされて見えない、ユーザー視点であるとも言える。

付け加えれば、この種の「専門家」「業界人」はしばしば、本質的とは思えない現場知識の自慢、異常に生真面目な態度、反対派の幼稚な悪ふざけに対する無理解への絶望感と過剰な敵意、などを示すことがある。全てこの恐怖感の投影だろう。

【11】おまけ

最後にその「どうしようもない業界人」の一例として当ブログではおなじみ「水処理業界のあさくら氏」のツイートを紹介する。

 

指示待ちの姿勢が軽蔑されてることにいい加減気付こうね。全てが露見したら、君もたないと思うよ。

※2019年9月27日:【10】に個人見解追記。

2019年8月17日 (土)

【本音は】木村俊雄氏の文春記事に書かれた「炉心専門家」を嘲笑する人達【只の嫉妬】

木村俊雄氏が文芸春秋2019年9月号に投稿した記事を巡って、ネットではちょっとした騒動になっている。

この騒動については色々思う所があるが、今回は外形的な部分、つまり記事タイトルの「炉心専門家」という肩書への嘲笑を論じる。なお、公平を期すために述べると、私自身は炉心に限らず「原発の専門家」ではない。

まず、IWJに限らずメディアは関心を持ったところに取材に行くのであって、只の取材動画を「繋がり」と呼ぶのは違和感がある。裏を返せば自分のところには取材に来なかったという、単なる嫉妬ではないだろうか。この人の場合、答えは簡単で、炉心どころか原発に勤務した経験すらないからだろう。だから、推進派を含めて、取材される価値が全く無い。

「炉心専門家」は法定された国家資格ではないが、明らかに原発内での職能を分かり易く示しただけのことである。

詳しい知識を持っているかどうか以前に、ああいった巨大インフラ・巨大組織は役割分担があり、原発に勤務していたから何でも知っているだろうというのは間違いである。

似たようなことは以前もあった。推進派に嫌われてる小野俊一氏だが、IWJが取材に来た時、東電時代の職能をどうとでも取れる何でも屋のように表現されてしまい(正解は2Fで保修屋→本店で計画課勤務)、困惑していた動画を見たことがある。

当ブログでもよく引用するコロラド先生こと牧田寛氏はHBOL連載記事のタイトルを命名するのは編集者だと言っている。今回もそれらと同じパターンだろう。

それから、木村氏が311の分析記事を書けるのは不思議でも何でもない。原子炉の基本的な仕組み、水位や炉心流量の計測方法は変わっていなかったのだから、辞めた人の体験が議論に役立つのは当たり前のことである。例えば、流量の計測方式は差圧式を採用しているが、2000年代、超音波式に変更しようという構想が進められていた(「超音波流量計の導入で, 日本でも原子炉出力向上は可能か?」『日本原子力学会誌』2007年1月)。他、中性子のゆらぎから流量計測しようとする試みもあった(「中性子ゆらぎ信号を用いた炉心流量計測技術の開発」『日本原子力学会誌』1997年9月)。これらを東電が実適用していれば、彼の経験談は通用しなかったかも知れない。

次に、木村氏の経歴にある「原子炉設計」が福島第一の完成後だからおかしいと噛み付いている人がいる。別におかしいとは思わない。福島第一原発は約40年運転したのだが、その間運転方法(起動・停止の方法)や燃料は何度か変更されている。細かい話だから一般向けに言わないだけで、学会誌や専門誌を調べるだけでもその一端は把握出来る。例えば10年程前に『原子力発電が分かる本』という入門書を書いた榎本聰明氏は、80年代まで盛んにその手の論文を投稿していた(炉心設計の取りまとめ役だったんでしょう)。311の数年前に書かれた原子力工学科学生のインターンからも「すぐに終わる様な仕事じゃなさそう」位のことは誰でも分かる(「テプコシステムズ滞在記」『日本原子力学会誌』2007年1月)。

森雪 (TwitterID:@Premordia)さんは、原発プラントメーカーの社員と思しき人物である。炉心に限った話ではないが、メーカーだけが技術者を抱えている訳ではなく、ユーザーの立場で物を考える技術者達はどこにでもいますよね。完成した原発にも「原子炉設計」の仕事があり、物によっては論文の種になるのは、常識だと思うのだが。

これも大間違い。まず、携帯電話販売店に対する蔑視感情が垣間見える。そして、「原子炉に燃料を装荷して運転計画を立てる行為」の性格を一言で言うと、色々な工学的要素が絡みあい、手間暇がかかっているので、(梱包された)一般の荷物とは違う。原発は莫大な電力を取り出せるからその手間暇のコストを無視出来ていたのであって、そうでなければとても割に合わない仕事である(現在では他の発電方式に比べてもコストは高いという見方が一般的になったが)。

よく「原発はお湯を沸かしているだけ」と簡単に説明する人達がいるが、その伝で行けばあらゆる職業は簡単に表現できることにいい加減気付いてはどうだろうか。パン屋は小麦を焼いてるだけ、電車は車輪を転がしてるだけ、火力発電所はやはりお湯を沸かしてるだけだが、どれも一人で維持出来る代物ではないし、速成も不可能。それを本気にするのは、全てが中途半端で何の仕事も出来ない人か、自分だけが尊い仕事をしていると信じ込んでいる、他者に対する想像力の欠けた無敵君の類だろう。

そういう感覚を持たないで知識も無い人間が人の肩書を小馬鹿にする。業界人が悪乗りする。こっちから見ていると笑うしかない。そのような反応自体が、(原発に限らず)技術と組織に依存した産業に不向きな人材であることを示しているからだ。

こんな連中がデカい顔をして闊歩してれば国が傾くのは当たり前である。牧田氏は日本の原子力業界は五大核大国に比べれば猿のようなものだと嘲笑しているが、確かに反反原発の反知性振り、猿頭振りを見ると、反対派が存在しなかったとしても原子力立国は到底無理だろう。

 

学歴差別は問題外。実は、例の東電柏崎で炉主任をしていたへぼ担当が(ある意味)心底嫌っていたのが学歴差別だったのだが。

現場感覚に欠ける学者は腹一杯。実はこれもへぼ担当がしばしば表明していたこと。このバカ者のような言動に右顧左眄されることなく、実務家は自由に物を言っていけばよい。一日8時間授業で電気工学の実務を叩きこまれた東電学園OB/OGの方が、御用学者よりは実のあるコメントをしてくれそうだ。

1時間でなれるそうだが、もちろん間違い。木村氏は東電時代に柏崎刈羽の起動試験要員も経験している。起動試験と言うのは、原発の建設が終わった後に実施し、ソフト屋の言葉で言えば結合テストや総合テストのようなもので、数ヶ月は続く大規模な内容である。

そして、原子力学会誌に掲載されたインタビューによれば、起動試験要員は訓練プログラム無しの場合、10年の経験を経て一人前となる専門技術職である(「原子力発電所の新規建設は, 今後, 有能な系統試験技術者と起動試験技術者を必要とするが, 十分な人員が確保できるのか」『原子力学会誌』2006年12月)。

原発反対派の側についた専門家が同じ専門家集団たる推進派を馬鹿にしているのは、利益相反体質、組織病理、職員倫理の荒廃の果てに事故が起きたことを指しているのであって、1時間の講習で炉心の専門家が養成できると信じている訳ではない。

たかだか文春記事についた肩書一つでこのような蔑視感情が発露されるのは、結局は世間的に名の通った企業・団体の構成員およびかつてそうであった者に対する嫉妬だろう。私もある部分ではへぼ担当と同じ思考パターンの持ち主なので、見ていて殺意が沸いてくる。見苦しいのですぐ止めて欲しいと思います。

当時の所内報を読むと、木村俊雄氏は1983年度入社で双葉町出身、そのまま福島第一の発電部に配属された。発電部とは、中央操作室で運転員が所属する部署だ。同期の配属には姉川尚史(現:東電原子力技監、フェロー)氏が人事課に配属されているのが興味深い。ま、単なる巡りあわせと言えばそれまでだが、こんなことも嫉妬を増幅させる要因になりそうだ。

そう。これは擁護に値しない。事故直後から彼は実名で活動しており、今回とほぼ同様の記事を投稿している(「地震動による福島第一1号機の配管漏えいを考える」『科学』2013年11月)。

時系列滅茶苦茶。放射能で認知でも歪んでるのかね。御愁傷様。

2019年6月 2日 (日)

東電裁判被告の武藤栄に原子力損害賠償制度の検討委員をしていた過去

福島原発事故の責任を巡って刑事・民事に渡り、様々な訴訟が提起されている。その中でも当時の東電会長であった勝俣恒久、取締役副社長原子力・立地本部長からフェローに転じた武黒一郎などは刑事訴訟や株主代表訴訟の被告に名を連ねている。取締役副社長(代表取締役)原子力・立地本部長だった武藤栄もその一人だ。

ところで、こういった幹部を含む原子力部門の重鎮達が、その出世の過程でどんな仕事をしてきたのかだが、津波対策についてはかなり解明されたものの、その他の点は断片的な裏話が目立ち十分に解明・論評されていない。

武藤の場合、2000年代初頭に電事連原子力部長に出向し、原子力損害賠償制度に関する調査に参加していたが、これもまた、ネット上で話題になっていない。

事の発端は、2001年度予算で、原子力委員会が原子力損害賠償制度に関する調査を三菱総研に発注したことに始まる。その調査の検討委員の一人が武藤だった。紙版の報告書は入手し、冒頭には配布対象者に向けて「引用、転載には承認が必要」といった(著作権法の観点から第三者には完全に無意味な)文言があるが、内閣府がネット上で全文公開している。

 原子力損害賠償制度検討会報告書 平成14年3月(内閣府HP)

内容は国家間で原子力損害賠償について共通のルールとして生み出されたパリ条約・ウィーン条約を、アジア地域に適用するにあたっての課題を調査したものであった。あまりなじみのない条約だが、ヨーロッパを中心に締約国を増やしてきた。日本、アメリカ、ロシアといった(当時の)原子力大国は入っていないが、日本の場合は無限責任制度であるのに対し、条約の方は有限責任制度であること、損害賠償額の上限が原陪法に比較しても低すぎることなどを理由としていた。それが2000年代に入る頃には「無限責任制度を有する国であっても法的整合性の面で特段の問題が無いように改められ、また、賠償措置額も大幅に改善された」ため、このような検討が行われた。

ただし、チェルノブイリ原発事故や福島原発事故に対応できるような内容ではないので、一部の法研究者以外は注目してこなかった。

しかし、原子力損害に関する業界周囲の考え方を知る上では参考になる点もあるし、武藤氏の脳内にどのような知見がインプットされているかを確認する上でもこのレポートは重要である。よって、現在進行中の訴訟を意識し、特徴的な記述を抜き出してみよう。

なお、「パリ条約/ウィーン条約」に関しては(推進側を含め)解説サイトが幾つかある。また、本文中で触れる東電の動向についてはLEVEL7や福島原発告訴団/支援団掲載の裁判傍聴レポートを読むと深く理解できる。

【原子力損害賠償の一般的性格】

4.わが国を含めたアジア地域原子力損害賠償制度の必要性
(1)制度構築のニーズ
  原子力損害は、人身および財産に与える影響が甚大であることが予想されるとともに、その性質上、損害原因の特定および結果の予測が非常に困難である、という特殊性を有している。
 こうした特殊性を有する原子力損害の賠償処理を、従来の過失責任ルールの下で行おうとするならば、被害者は、非常に困難な加害者の特定及び過失の立証に直面することとなり、被害者の救済は実際問題として非常に困難となる。また、仮にこの問題が解決されたとしても、加害者である事業者に賠償資力が備わっていなければ、被害者の救済は画餅に帰すこととなる。


 したがって、被害者救済を迅速かつ十分に行うためには、まず第一に、1)無過失責任制度、2)原子力事業者への責任集中、3)この責任の履行を担保するための損害賠償措置の事業者への強制、を柱とする、原子力損害賠償制度を確立することが必要不可欠であるといえる。


 そして、原子力事故が越境損害に結びつく可能性があることを勘案するならば、原子力施設を有する国のみならずその周辺の国々においても、原子力損害賠償に関する適切な法制度が整備されることが重要である。このとき、大規模かつ複雑な賠償処理において、国家間での賠償の公平性が担保されるようにするために、その制度内容は国際的・地域的に統一されたものとすることが望ましい。

具体的な賠償額と範囲を除けば、方向性としては正しい記述である。

【越境損害に対する見解】

2.国際的原子力損害賠償諸制度の沿革及び概要
(1)歴史的背景
国際的な原子力損害賠償制度は、各国の国内法とほぼ同時に整備されてきた。原子力損害賠償制度の確立に取り組む先進諸国は、越境損害の問題に対応するためには共通の国際的枠組みが必要であると考え、国際条約の整備についても原子力開発の初期の段階から着手した。この結果、1960年には経済協力開発機構(OECD)により、原子力の分野における第三者に対する責任に関する条約(以下「パリ条約」という。)が採択され、(発効は1968年)、1963年には国際原子力機関(IAEA)の下で、原子力損害の民事責任に関するウィーン条約(以下「ウィーン条約」という。)が採択された(発効は1977年)。


ところが、1986年に発生した旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所における事故は、国際的な原子力損害賠償制度のあり方について大きな問題を投げかけた。チェルノブイリの事故の際、旧ソ連政府は、越境損害に対する損害賠償を規定している国際条約に加盟していないことを理由に、国外で発生した損害に対しては、何らの賠償をも行わなかった(国内では2000年までに2,000億ルーブル以上を支払ったとされる。)。すなわち、それまで30数年をかけて整備されてきた国際的な原子力損害賠償制度は、チェルノブイリ事故に対して機能し得なかったのである。このような事情の下、IAEAを中心として、損害賠償措置額の増額、条約締結国の拡大の必要性等について、活発な検討が開始された。その結果、パリ条約とウィーン条約との連携により被害者救済措置の地理的範囲の拡大を図ることを目的としたウィーン条約及びパリ条約の適用に関する共同議定書(ジョイント・プロトコール)がIAEAとOECDの原子力機関(NEA)との共同作業により1988年に作成され、また1997年にはウィーン条約の改正議定書及び原子力損害の補完的補償に関する条約(以下「補完的補償条約」という。)がIAEAにおいて採択された。

※下線は筆者による。

越境損害に言及しているのも興味深い。当たり前だが、彼等は安全神話を利用する一方で、実際に事故が起きたらどのようなハレーションを生むのかについても、知見の更新を続けていた(詳細は割愛するが業界は、越境損害に関して本レポートの他にも様々な研究を行っていた)。

このことは後程もう一度取り上げる。

【原陪法3条但し書き削除の提案】

2) 免責事項
 原賠法においては、「異常に巨大な天災地変」又は「社会的動乱」による原子力損害について、原子力事業者は免責とされている。


 一方、ウィーン条約改正議定書においては、「武力紛争行為、敵対行為、内戦又は反乱」に直接起因する原子力損害について、運転者は免責とされている。したがって、我が国がウィーン条約改正議定書を締結する場合には、少なくとも「異常に巨大な天災地変」による原子力損害の扱いについて、何らかの調整を行う必要がある。


 条約を締結するに当たっては、原則として、条約の規定に過不足なく対応できるよう措置する必要があることから、ウィーン条約改正議定書締結についての対応策としては、「異常に巨大な天災地変」による原子力損害を、原賠法の免責に関する規定から削除することが必要になるものと考えられる。


 この対応をとる場合、従来、免責となっていた事項についてのリスクは、責任集中されている原子力事業者が負うこととなる。しかしながら、この点については、原子力事業者は、その結果、何らかの追加的負担が生じることに強く反対している。従って、その主張に従えば、原子力事業者に追加的な負担が生じないような仕組みが可能であるか否かを検討することが必要となる。

「5.条約と国内法との関係 (1) ウィーン条約改正議定書との関係」

驚くべきことに、ウィーン条約には事故を起こした原子力事業者の免責条件として「異常に巨大な天災地変」が規定されていないので、削除が妥当と書かれているのだ。ただし、規定を削除したことによるリスクの追加に対して原子力事業者は反対とも記されている。

検討委員会に入っていた現役の原子力事業者の代表者は武藤だけである(他に原電の顧問が一名)。業界における東電の立場が盟主であったこと、他社は東電よりのりしろを付けて予防的に対応する傾向があったこと、武藤の社内での地位を考えると、ただのメッセンジャーであるとは言い難く、武藤個人の意思も反映された意見と考える(盟主扱いは事故前より一般紙にも見られる。例えば「原発耐震補強 迷う東電」『日経産業新聞』2007年8月21日32面)。

レポートが作成された2001年度は土木学会で「原子力発電所の津波評価技術」が審議されていた時期に被り、翌2002年に安全率を1にして(不確実性を見込まないで)発行されたのはよく知られた事実である。また、2002年には東電の津波想定実務の担当者(高尾誠)が原子力安全・保安院に40分も電話で抵抗して大津波の想定を拒否したことが、裁判の過程で明らかになっている。本レポートの「原子力事業者の見解」はこれらの動きと軌を一にしている。即ち異常に巨大な天災地変に対応するための追加コストはそれが予防のためであれ賠償であれ支払いたくない、ということだ。

高尾氏は数年後には反省したのか、2008年には大津波の想定を認めて対策するように社内で活動するのだが、武藤が出席した御前会議は津波対策を延期を決定した。「原子力事業者にとりマイナスになることは一切行わない」という考えを変えなかった。

また、原子力委員会や国も、無限責任を基本とし、災害多発国でもある日本の原賠制度から、「異常に巨大な天災地変」による免責事項を削除する代わりに、必要な天災リスクを予防するための資金を電力会社に助成したり、国家が肩代わりすべき賠償積み立て金を確保する等の措置を行わなかった。そもそも、条約加盟国が本当に天災リスクの少ない国ばかりなのかという点も考慮した形跡がない(欧州でも南部は地震リスクが存在し、洪水リスク等も常々指摘されている)。彼等もまた、東電同様に逃げたのだと言える。

【その後の推移】

その他、このレポートの後にどのように事態が推移したのだろうか。

  • パリ条約、ウィーン条約共にチェルノブイリ事故レベルの損害を補償するためのスキーム(賠償額の桁単位での引き上げ)は行われなかった。
  • 日本はパリ条約、ウィーン条約、補完的補償条約いずれも署名も批准もせず、越境損害賠償についてのスキームを整備しなかった。
  • 原子力損害賠償法から異常に巨大な天災に関する規定は削除されなかった。

上述のように、武藤や電事連が補償の拡大充実について調査研究・ロビー活動に積極的だった事実は見当たらない。

そして福島原発事故直後の2011年3~4月には、案の定東電から「異常に巨大な天災地変」なので免責規定を適用すべきとの主張がなされた。かつて、武藤を通じて追加のコストを支払うことに反対した、あの異常に巨大な天災地変に東日本大震災が該当するというのだ(当ブログ他で指摘されているように、予見も回避も可能だったため、そのような指摘は当たらない)。

この件で、原電出身で自民党から転じた与謝野馨経済財政相と枝野官房長官は怒鳴り合いう事態となった。しかし枝野氏が押し切り、東電は免責されることは無かったものの、後に業界の巻き返しで経営破たんの形は採らず、半国有化されるに至った。

【事故後8年経って振り返った時の視点】

訴訟の場においても原陪法3条但し書きの精神を引き継ぐ形で「異常に巨大で回避不可能な災害」という観点に収束するように、被告側弁護団が論じている。

しかし、そもそも条約への整合化がなされていれば、最初からこのような論理がまかり通る余地は皆無だったと言える。免責という法益をちらつかせることで無駄な議論や『免責法理のプロパガンダ』を生み、時間稼ぎをしてきた東電・政府関係者の罪は大きい。

むしろ、このレポートの存在により電事連はもとより、武藤個人も原子力損害賠償制度について、通常の東電原子力部門社員より詳しく知った状態で、津波対策の延期を決定した東電経営陣の2008年の「御前会議」に出席していたことが分かる。当時のことに関して言えば、原賠制度のスケールの大きさから、真面目に論じる必要があったのは最高幹部達であり、勝俣、清水といった面々も武藤からレクされていた可能性を考えておくべきだろう。

勿論、この調査が原子力委員会による発注だったことも重要な観点である。制度の運用者で制度設計や立法にも官僚などと共に影響を与える者が、電事連の代表者と共にレポートを作成していたことは、訴訟における彼等の正当性~当時の制度に従っただけ~といった論理に重大な問題が潜んでいることを示す。

越境損害についての考慮も同様である。本文を読めばどちらの国で裁判を行うかについてもこのレポートは制度化の必要を認めている。

4) 裁判管轄、単一法廷

 原賠法においては、裁判管轄に関する規定が、特に置かれていないことから、国際裁判管轄に関する判例法によれば、原子力損害賠償請求訴訟についての裁判管轄としては、被告の住所地(本拠地)国に加え、事故発生地国及び被害発生地国に認められることになる。


 一方、ウィーン条約改正議定書においては、裁判管轄について「その領域内で原子力事故が生じた締約国の裁判所のみに存する」と規定されるとともに、「自国の裁判所に裁判管轄権が存する締約国は、一の原子力事故に関して自国の裁判所のうち一の裁判所のみが裁判管轄権を有することを確保しなければならない」と規定されている。


 このため、同議定書を締結する場合には、我が国以外の締結国における原子力事故の被害が我が国に及んだ場合に当該事故発生国に裁判管轄権が特定されることに関して、問題点等の検討を行っておく必要がある。
 この場合、我が国国民は、外国で訴訟を行うこととなり、我が国において訴訟を行うことに比べ、言語の問題、旅費等の経済的負担、事故発生国と我が国との民事訴訟に関する裁判手続における法令の定めや慣習等の内容の差異等が生ずることが考えられる。
 しかしながら、同議定書締結により、

  • 同議定書に規定される原子力損害については、越境損害であっても確実に 合計3億SDRまでは賠償措置が講じられることとなることから、同議定 書を締結しない場合に比べ確実な被害者の救済が図られること、
  • 前述の被害者の訴訟に伴う負担等に関しても、同議定書に規定された被害発生地国による代位請求や紛争処理手続により、かなりの程度、緩和されることとなると考えられること
等から、同議定書の締結は我が国にとり十分な利点を有していると考えられる。

 我が国が同議定書を締結する場合には、裁判管轄の一元化を実現するため、我が国が事故発生地国である場合に、裁判手続法上、一つの原子力事故による原子力損害について裁判管轄権を有する我が国の裁判所を一つに特定するための国内法上の措置を講ずる必要はある。

 

「5.条約と国内法との関係 (1) ウィーン条約改正議定書との関係」

※下線は筆者

越境損害で被害を受けた国民が外国で訴訟を起こすことになる・・・これが現実化したのがトモダチ作戦に参加した米兵訴訟である。条約に未加入、或いは未署名という点では米国も日本と同じ状態であり、日米共に、法の欠缺を放置していたことになる。

東京電力ホールディングスは6日、東日本大震災の支援活動「トモダチ作戦」に参加した米空母乗務員らが福島第1原発事故で被曝(ひばく)したとして、医療費に充てる基金創設などを東電に求めた2件の訴訟の判決で、いずれも米国の裁判所が訴えを却下したと発表した。

東電によると、2件は米カリフォルニア州の南部地区連邦裁判所に提訴されたもので、それぞれ10億ドル(約1120億円)の基金を求めていた。判決は4日付で、裁判所は却下の理由を「審理する管轄と権限を有しない」とした。

東電は「当社の主張が認められたと理解している」とコメントした。〔共同〕

トモダチ作戦の訴え却下 原発事故で米裁判所」『日本経済新聞』2019年3月6日

トモダチ作戦訴訟についてはネットメディアでも数件報じられているが、裁判の管轄権が主要な争点となり、原告側擁護の立場から河合弘之弁護士は渡航にかかるコスト、日本側の裁判制度の瑕疵などを指摘し、米国での提訴につなげた経緯がある。しかしそもそも論として、事前に被害者に寄り添った制度化をしておかないから、このような時間と議論の年単位での空費が起こるのである(なお、米国はウィーン条約には参加していないが、上述の「補完的補償条約」は福島事故までに批准していた)。

今後、海洋汚染の拡大が確認された時点で、同様の事態が他国とも生じる恐れが高い。

なお、業界側は事故後、「原子力損害賠償制度に関する今後の検討課題~東京電力(株)福島第一原子力発電所事故を中心として~」(日本エネルギー法研究所、2014年)にて事故前の議論についても触れている。事故被害の巨大さから津波想定の問題をはじめ、かなり踏み込んだ法的検討はしているが、原陪法3条但し書きに関する議論や裁判管轄権に関する制度の不備を放置したこと等について、事故前の知見を批判的に分析はしていない。ADR等の裁判外の賠償手続きについても迅速性を強調する等の自賛?が目立つ。

今後、注意を払うべきなのは、原発事故訴訟が提起されてから、武藤が法的知見と経験を被告および補助参加人、弁護団と共有してきた可能性が高いことだろう。彼らの構築するロジックを細部まで検討すると「単なる津波対策の免責」という観点だけでは理解しがたい文言が見つかると、弁護士やウォッチャーの間でしばしば指摘されている。これらを素朴なカルト信仰の変形として理解する向きも多いが、今回のレポートやその他の業界内でクローズする専門知見を反映した行動と見るのが、被災者に対して公正な被害補償を達成するうえでは適切と考える。

2019年4月 3日 (水)

へぼ担当の正体が判明したため、東京電力柏崎刈羽原子力発電所に抗議した

以前当ブログで告発したへぼ担当(TwitterID:@hebotanto)だが(この記事この記事など)、その後彼自身および元妻、軍事ライターdragoner氏(PN:石動竜仁氏)等が公開している情報から正体(実名・詳細経歴等)が判明した。彼は本当に東電原子力部門社員としてツイッターで問題行為を続けていた。

このため、証拠となる文書を添えて東京電力柏崎刈羽原子力発電所に抗議した。

以下、メールの一部を公開する。

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2018/07/04

突然のメール、失礼します。
岩見と申します。

ネット上を主な活動の場にしているへぼ担当というハンドルネームの人物が、東電グループ社員であることを仄めかし守秘義務違反を含むモラルハザードを続けている件について、連絡します。
近年はTwitterでhebotantoというアカウントを取得し活動しているようです。

彼の問題ですが、数々の暴言、安全神話、異論者との対話拒否、守秘義務違反、同僚後輩の悪口、インサイダーへの異常な関心等です。それらについては下記にまとめています。
http://iwamin12.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/dv-cc1d.html
http://iwamin12.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/post-c042.html

(中略)奥様が東京電力健保組合に言及して、社員であることが当人以外の発言でも証明されています。

http://archive.is/0RQFk

また彼は、(中略)以上の条件を加味して推定すると、A氏(注:メールでは実名)が該当します。

A氏が本名で登録している幾つかのSNSを見ると、職務経歴、現在の居住地(中略)、B氏との関わりが載っています。これらはへぼ担当のtwitterの書き込みと完全に一致しました。

彼は(中略)炉主任を取得、他に技術士、ボイラ・タービン技術主任者を取得、技術評価の仕事の他、311後はガスタービン発電機車の保守業務などにも関わったようです。

(中略)原子力安全にとって重大な脅威であり、処分をお願いします。

===================

設楽 親
2018/07/04
To 村田, 大嶋, 自分

情報ありがとうございます。

こちらでも調べて対処致します。


********************************

東京電力ホールディングス(株)

 柏崎刈羽原子力発電所

         設楽 親

(中略)
********************************

責任を全うするため技術力の向上と組織力の強化に取り組みます

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2019/03/28

柏崎刈羽原子力発電所
設楽様

御無沙汰しております。岩見です。
根拠について添付ワードにまとめましたので、送ります。

様々なウェブサイト、SNSに記録を残していること、
古い版とは言え〇〇〇〇会名簿に東電社員として記載されていること等が根拠です。

不躾な連絡であったとはいえ、予想通り半年以上部下の方を含め返信も無く、呆れております。

特に今年に入ってから顕著ですが、ニッカウヰスキー、済生会病院、世田谷年金事務所、立憲民主党などSNS上の問題発言が原因で有名企業、団体等の人物が相次いで処分を受けたり、著名政党が新人の推薦を取り下げるなどの事例が相次いでいます。

数年前には復興庁参事官、東日本大震災直後には東電社員も同様の問題発言で処分されていますね。

A氏の一連の発言も同様のソーシャルメディアリスク事案です。
近年では世論に加え、法制度的にもこのような問題への視線は厳しいものとなっています。
機密情報漏洩リスクもさることながら、下記に示すように、社外の委員会において反対派を出席させるものの結論は予め準備したものとし、口封じ対策する旨のツイートは、東電の信用を根本から破壊するものです。

20150118_hebotantobougen

注:元ツイートは以下
https://twitter.com/hebotanto/status/556644728066699264(魚拓:https://archive.fo/DgCBN)
https://twitter.com/hebotanto/status/556652836017020929(魚拓:https://archive.fo/yNfuF)


色々な宿題が残っていると当の反対派などから不満が表明されている新潟県の技術委員会に対してどのように説明するつもりでしょうか。

事はA氏本人だけの責任では済まないと考えます。(後略)

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さて、メールで示したように他の類似案件では調査期間は長くても数日である。従って、これは本店と現場が連動した、東電の意図的なサボタージュに他ならない。

A氏の社会的属性は下請の作業員ではなく、高卒が多く採用される一般の原子炉運転員とも異なり、原子炉主任技術者・ボイラ、タービン主任技術者である。少し古い情報源ではあるが、東電内では、福島事故でも議論となった運転操作基準の改訂にあたり、改訂案を審査承認出来るだけの技能を有するとされていた。実務における技術的重要度は極めて高いと考える。

そのような重責を担当し得る人物が関与したネット工作の継続期間、趣味・業界人への浸透度合いも過去問題発言をした一般の人士と桁違いである。

なお、彼の技術力自体は高いので、批判記事だけではなく次のような記事もアップしている。

電気火災の脅威を力説し旧式原発3基の不安全を証明した東電原発職員へぼ担当氏

このような問題を抱えておりながら、東京電力は柏崎刈羽原子力発電所の再稼働がスムーズにいくと考えているのだろうか。再稼働の前にはA氏が嘲笑した委員会のひとつである、新潟県技術委員会の調査が完了することが必要とのことだが、その役割は完全に形骸化したと見るべきだろう。なお、同委員会委員の田中三彦氏他によれば、東電はこの委員会で提起された多くの技術課題の解明に消極的な対応を続けているそうだ。

私は次の処置以外に解決策は無いものと考える。

  • 柏崎刈羽原子力発電所の安全審査が完了した6,7号機を含む全基の廃炉
  • A氏はもとより、上記メール前に通報した東電お客様相談窓口で調査を放棄する旨の回答をした部門の関係者、設楽所長以下発電所関係者の処分

実は、この8か月間、私は改めて東電の態度を観察していた。電気火災の記事を読めばわかるが、A氏の暴言には地元の消防の能力を嘲笑した書き込みも含まれる。ところが東電は、2018年秋にトンネル内のケーブル火災を起こし、早期に鎮圧出来なかった。かつて、2007年の中越沖地震後、火災に対する可燃物の対策が不備との理由で、柏崎市は消防法を理由に柏崎刈羽原発の運転停止を命じている。A氏がその意趣返しをしたかったのかは分からないが、不必要な舌禍であり、自衛消防隊の能力に見合わない発言だったことは疑いないものである。

ある意味では、A氏の個人的な非違行為が問題なのではない。これは、福島事故を経験した後の、東電の安全文化がどのようなものなのかを示すための、一種の試験だったのである。その結果は上記のように、相も変わらずの無視・無為・無策である。社外から何度も津波対策を求められても吉田所長以下一丸となって拒否を続けた事故前と、何ら変わるところが無い。むしろ「そんな金があるか」という意味の言葉を吐き捨てた吉田氏より一段と悪くなっている。

どのような高度な技術を駆使しても、根本的なモラルが破綻している集団に責任を全うして原発を運営することは不可能である。誰の目にもよくお判りいただけると思う。

同時に、この情報を2018年夏の時点で掴んでいながら、何の裏取りの努力もしなかった一部の「原子力問題に詳しいジャーナリスト」についても猛省を求めるものである。例えばかつて復興庁参事官暴言ツイート事件を暴いた毎日新聞は、子会社が電力会社の広告を受注してきた過去からかは不明だが、何の反応も示さなかった。広河隆一を持ち上げ続けた挙句、態度を急変させた某ライターもそうであった。

結局、こういった人達は、ネット時代以前の旧来の党派性に凝り固まった取材しかできないのではないか、私はそう疑問に感じている。

※文中、敢えて個人名を示さなかった個所がある。添付した文書をアップしないのも同様の理由である。ただし一部市民団体・弁護士・牧田寛・添田孝史氏他数名の原子力問題ライターには回送している。

2019年1月19日 (土)

【和製ブラウンズフェリー事故】北電火発が経験した浸水火災【再稼働に一石】

技術者が福島原発事故を眺めた時、一般防災に役立てられることを含めて、少しでも多くの教訓を抽出したいと考える。当然のことだ。

一方で、自らの能力を意図的に低く偽り、警告から目を背けた原子力村の住民がいる。

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往年のNHK教育テレビ番組『できるかな』のノッポさん。作者不詳の恫喝文句が付け加えられ、ネットで流通している。

検証や訴訟の場で責任を問われた者達が「実は工作が苦手だった」「はてはてフム~♪」と放言するのが流行っているが、それで済まされる訳がない。小さなお友達相手の番組じゃあるまいし。

近年、原子力規制庁が問題にしているHEAF問題もその一つだ。今回、HEAFに潜む盲点を明らかにしたい。

【そもそも、HEAFとは何か】

日本語では、「高エネルギーアーク損傷」という。

高電圧、高電流の放電によって金属が気化し、爆発する現象のことで、電源盤とか配電盤と呼ばれる機器の動力回路で発生する。他のケーブルや配電盤/電源盤に延焼するため、とても警戒されている。

アメリカでは2000年代初頭よりNRCが研究していたが、日本で注目されるようになったのは、311以降のことだ。その理由は、女川原発1号機で被災時に発生し、規制庁が研究課題に取り上げたからである。

経緯はこうだ。地震直後は外部電源が生きていた。しかし、発災10分後に常用系高圧配電盤の一部をHEAFによる電気火災で損傷し、起動変圧器が停止。これにより外部電源を受電できなくなったため、非常用ディーゼル発電機での電源供給に切り替えた。

Ntec20161002_fig21_2 NRA技術報告 NTEC-2016-1002『原子力発電所における高エネルギーアーク損傷(HEAF)に関する分析』原子力規制委員会 2016年3月

女川1号機の高圧配電盤がHEAFを起こした理由は、盤内に据え付けてあった遮断器が、地震動で壊れたからである。この遮断器は非常用ではなかったので、耐震性の低いタイプが使われていた。

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【参考1】HEAF火災発生防止対策(国内:女川1号機)『HEAF火災規制化(新知見)に対する事業者の取組み状況および今後の対応について』電気事業連合会
先ほどの写真の盤の中に、遮断器が収められていた。

電力各社や電気事業連合会は、この対策として次のような内容を考えている。

  • 原発の盤用遮断器を耐震性の高いタイプに入れ替える(女川他、各原発で実施済み)
  • 非常用発電機でHEAF火災が起こらないように遮断器(を収納した盤)を追加。
  • 電源盤が故障しても原子炉建屋の回路から切り離せるように、リレーを高性能なものにする。
  • 燃え移らないように、電源室を複数に分離したり、ケーブルトレイを発火源から離して設置する(以前より実施)。
  • 万一燃え移った時のために、難燃性ケーブルや延焼防止剤を使用する(以前より実施)。

対策は、事故が起きないようにする対策と起きた事故が拡大しないようにする対策の2種類がある。ただし、これから紹介する事例を読むと、前者は十分ではないことが分かる。

そう、地震動を気にして研究を開始したことにHEAF対策の欠陥が潜んでいるのだ。

【奈井江火力発電所を襲った水害】

本件が取り上げられなかった理由は単純で、「原子力発電所のトラブル」に拘り過ぎていたからだろう。

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【参考3】国内における火災事例『HEAF火災規制化(新知見)に対する事業者の取組み状況および今後の対応について』電気事業連合会

電事連が提出した資料はNUCIAから火災事例の一覧表を作っている。よって、火力発電所のトラブルは集計しなかった。だが、火発にも原発の参考になる事例はある。

1981年8月、台風12号の直撃を受け北海道電力奈井江火力発電所が冠水した。発災当時も電事連内部などで参考例として各社に情報共有がなされたと思われるが、ここでは、『北海道火力原子力発電ニュース』Vol.43(2000年)に掲載された所員の回顧録「台風12号の直撃を受けた奈井江発電所 」をもとに説明する。

奈井江火力発電所は台風襲来の直前に運転停止操作を実施し、所内の電力を賄うため、外部電源の受電に移行した。

その後、所内の冠水により機器操作用の直流電源が接地で故障し、起動変圧器用の遮断器が制御不能となった。

このため、特別高圧回路を開放することができず、本館1階の4kV高圧母線が短絡接地し、その短絡電流によるアークが室内の制御ケーブルトレイに燃え移って火災を起こし、全館停電となったのである。

Karyokugensiryokuhokkaido2000no43p8

なお、炎上したケーブルは可燃性ケーブルであり、延焼防止剤も塗布されていなかったため、ケーブル延長の8割を焼損した。

【コラム:外部電源・所内回路・起動変圧器・遮断器・母線とは】
電気に慣れている読者には説明不要だが、以下解説。

外部電源とは屋外の変電所につながった送電線のこと。電気エネルギーは電圧が高いほどロスが少なく送ることが出来るので、送電線の電圧は17万Vとか50万Vなどとても高い(特別高圧という)。しかし、電圧が高いことは電気機器を使用する観点からは危険且つ不便なので、発電所の中では一般の工場と同じように低い電圧に降圧する。降圧後は所内回路と呼び、6900V,4160Vなどの所内高圧回路、480V,220Vなどの所内低圧回路がある。

いずれも3相交流だが、3本の線を回路図に書き込むと煩雑なので、1本に省略して表したものを単線(結線)図と呼ぶ。

Dbook_karyokushonaikairo_p6_6

d-book 火力発電所・所内回路と付属変電所』P6より青字加筆。奈井江火力は建設時期から上図に準じた構成と推測される。

起動(始動)変圧器とは、発電開始前に外部電源を受電して、所内の様々な機器を動かすためのもの。その他、発電所が停止した際に外部電源を受電するためにも使われる。普通は、ボイラーや原子炉とは別の場所(屋外の場合も)に設置されている。

遮断器とは電気回路の入り切りをするための機器である。奈井江で制御不能となったものは(恐らく)特別高圧用。盤に収納するようなサイズではなく、屋外に設置されたがいしの化け物のような形をしたものをイメージすれば良い。これに対して、女川で壊れたものは所内高圧回路で使用するもので、盤内に収納されている。いずれも入り切りする回路の電圧は高いが、操作用に低圧の直流電源などを使用する。

なお各機器を表す図記号はJISで決まっているが、国際的なIEC規格と同じものを使う方向で2000年頃大きく変わっている。

母線とは、上記d-bookの単線図で横に渡っている線を指す。所内高圧回路や所内低圧回路の特に動力用に使用される導体(銅などでできた平板)。配電盤の奥に設けてあり、それ以外の部分もバスダクトという形で保護されているので、一見では分からない。建屋の外にある主母線になると、交流1相ずつ丸型の配管に収めてあり、相分離母線と呼ばれる。

詳しくは参考文献欄のd-book 火力発電所・所内回路と付属変電所』などを参照してほしい。

ボイラーを原子炉に置き換えれば、原子力安全の分野でよく知られている、ブラウンズフェリー1号機火災事故(1975年)と同様の問題と見ることができる。その原因がブラウンズフェリー事故の原因となったロウソクの炎が燃え移ったことでもなく、女川のような地震とも異なり、水害という所に特徴がある。しかもブラウンズフェリーと異なり、2階の電気室、3階の中央操作室も全焼していた。影響は大きい。

Karyokugensiryokuhokkaido2000no43_2 よって奈井江の事例は津波対策、HEAFの両方の視点から大きな意義を持つ。

【1980年代前半にとられた対策】

電力業界も無策ではなく、福島第一は1970年代末より順次ケーブルに延焼防止剤を塗布しており、6号機に至って全面的に難燃ケーブルを採用して建設された。

当然のことだが、奈井江火力復旧に当たっても、延焼防止剤の塗布や敷地、建屋への浸水防止策が講じられた。

また、奈井江の教訓を水平展開したのか、1983年に発行された『JEAG-3605 火力発電所耐震設計指針』の10章では、盤据え付け位置が配管破壊で冠水、浸水しないことが明記された。

Jeag36051983_p257_2 「10.3.2 屋内開閉装置」『JEAG-3605 火力発電所耐震設計指針』(1983年)
クリックで拡大可

更に、津波想定をしておきそれよりも高い位置に電気室を設けることも明記された。原発の場合は敷地全体を建設時の津波想定より上にする、ドライサイト原則があるが、火力の場合は重要な電気室だけは守るということであろう。

なお同指針は火力発電所の電気室が2階に設置されることが多いので2階に設置するとも述べている。地震の揺れを警戒して地下室に設定される傾向が大きい原発とは異なっている。ただし、原発でも電気室を2階に配置している事例は敦賀1号機などがある。

【外部電源が生きていたまま津波で浸水した場合、福島第一でも火災が発生した可能性がある】

以上、只の昔話ではないことが分かったと思うが、今日的な問題提起としては2つある。

一つ目は福島原発事故分析の盲点。2016年頃までホットな話題だったのは、大津波の想定は確実だったのか、という予見可能性の問題だった。民事・刑事裁判が進んでから言及されるようになってきたのは、「想定できたとして、対策は間に合ったのか」という回避可能性の問題である。訴訟では、回避可能性も後知恵抜きで証明する必要がある(個人的には、原告側にそこまで完全な証明を求めることは酷だと感じているが)。

さて、有名な2008年の15.7m試算だが、その前提条件は福島沖で明治三陸地震と同規模の津波地震が発生することである。津波地震とは、陸上での揺れはそれほど大きくないが、津波の規模が大きな地震を指し、明治三陸の場合、沿岸での震度は最大でも4に過ぎなかったとされている。したがって、この試算では揺れは問題となっていない。

実際の福島事故ではまず震度6強の地震動で外部電源がすべて破壊されたが、もし外部電源が生きていたまま津波が襲っていたら、奈井江と全く同じ環境条件が成立し、電気室、中央制御室等で電気火災の危険が大きかった。これは、後述のように他の被災原発と条件が異なるからである。

福島事故は地震動による電気設備の破壊と津波による施設全体の破壊などが重畳した複合災害である。そのことが却って、それぞれが個別に起きていた場合のリスクを見えにくくしている。このことは、得られる教訓も自ら絞ってしまうことにもなる。

とはいえ、複合災害に誤ったアプローチをしている人もいる。よく地震の影響を強調するあまり「津波は原因ではない。」と口走る研究家がいるが、津波災害に対し、大変傲岸不遜な態度だと思う。申し訳ないが、人間性すら疑わざるを得ない。事故分析はわかっていることから順番にやるしかないのである。

【15.7m想定を公式に採用していたら、福島第一は消防法令不適合となった】

ここからは、回避可能性の議論に戻る。「15.7m想定をもし採用していたら、どうなったか」という「もしも」を考えるということである。

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「壊すために作るんだよ!」――なつかしの工作番組「できるかな」のノッポさんが79歳にして大暴走。(ねとラボ)より

原子力施設も消防法令の規制は受ける。例えば、「発電用原子力設備の技術基準を定める省令」の4条の2には昔から火災による損傷の防止規定があり、その消火設備および警報装置の設備は消防法の規定を準用すると解説にある。

蓄電池(直流電源)は原発にとって最後の砦的な性格の電源だが、消防法施行規則12条では設置場所は雨水が侵入しない場所であることを定めている。

また、消防法を頂点とする法体系の下層には基礎自治体による火災予防条例があり、ここでは直流電源に加えて非常用発電機についても、水が入らない場所に設置するように定めている。

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消防法体系(能美防災株式会社HPより)

こういったことは以前より専門書で注意喚起もなされているものである。

  • 『工場電気設備建設マニュアル』電気学会,1981年 P437-438
  • 『実務に役立つ非常電源設備の知識』2005年8月、P165

なお条例は法律・省令では無いが、ハードロー(法律、省令)と実質同格に機能しているソフトロー(条例、企業憲章等)の代表例である。

なお、実際の例として、中越沖地震の際、柏崎市が柏崎刈羽原発に停止命令を出した。この時は、変圧器火災を早期に鎮圧できず、所内の危険物管理に問題があるとされた。停止直後、安倍首相や甘利経済産業大臣が発電所を視察し、東電会長だった勝俣以下、当時の首脳陣もメディア対応に当たった。結局原子力安全保安院は消火栓の整備や化学消防車の配備を決定し、消火栓は福島事故で注水に使用された。15.7m評価が東電内で揉まれる、前年のことである。

従って、15.7m対策を取る方針に転換した状況下で運転を継続するには、これら設置場所の水密化(水密扉への交換、ケーブル貫通穴のシール等)を完了させるまで、運転を停止する必要があった。消防法施行規則を無視するという選択肢は絶対にありえない。

奈井江で得た知見は15.7m想定を知らされた技術者や規制側の態度をダメ押し的に硬化させる効果を持ったと考えられる。保安院やJNESの溢水勉強会関係者にとっても、上述の民間規格JEAG3605や東電変電部門の「水害対策設計基準」等(後述)は、規制上参考になり得ただろう。

火力原子力発電技術協会で取り上げられた以上、知見の入手は容易であったし、日立と東芝により建設・災害復旧された発電所のため、メーカー経由でのノウハウ入手も可能であった。

また、『東電労組史』各巻の記録によると原子力開発初期に火力部門から多数を転籍させていた。また『電気情報』1993年3月号の池上亮元東電副社長インタビューによると、福島第一は他の原発と技術交流する以前より、東電の鹿島火力発電所とも技術交流していた。こうした事情から、福島第一は少し古い火発に詳しい者が多かったのである。

要するに、15.7m想定を採用した場合、福島第一は津波対策を終わらせて再稼働していたか、停止したままかの二択しかなく、回避可能性は十分に成立する。

  • 対策が終わっていた場合:過酷事故は起こらない。
  • 津波対策工事未了で停止していた場合:①調達に期間を要さない車両類、緊急資機材程度は高台に保管となっていたと思われる。②また、核燃料は十分冷却されており、電源復旧の対処時間には日単位での余裕が生じる。③更に、炉内圧力は大気圧に近いため、注水が極めて容易である。よって過酷事故には至らない。

だから、東電や国は賠償責任を取らなければならない。東電は法廷で、運転を継続しながらの津波対策を2008年から始めても間に合わなかった、という前提で主張しているが、そういうやり方は想定津波が主要な建屋の敷地より低い場合のみ(福島第一では10m以下)許されることだったのである。

Yomiuri20120219 『読売新聞』2012年2月19日より(『福島第一原発事故・津波被害に関するサイト』管理人撮影のものを引用)。

読売新聞が作った比較図を見ると違いが良くわかる。福島第一に記載してある6.1mは東電の正式な想定だが、捨てられた15.7m評価は他サイトと異なり、建屋の敷地高より上なのである。女川や東海第二は敷地高より津波想定が下なので、原子炉建屋の水密化は法令上も、また物理的にも必須では無かったのだ。

【再稼働の安全審査にも影響】

二つ目は、再稼働原発の安全審査にて、水害(津波,高潮,洪水,溢水等)或いは雪害,塩害,果ては工事用車両やヘリ、ドローン等の接触によるケーブル接地からの波及事故にどう対応するのか、ということ。

私もメーカー資料や工認図面を読める立場にないので、公開資料の範疇での議論となるが、規制委員会も電事連も、そのような観点でHEAFを扱っていないようだ。

Fupc_heaf_kangaekata2_20170613 2.電源系統設計を踏まえたHEAF火災対策の考え方『HEAF火災規制化(新知見)に対する事業者の取組み状況および今後の対応について』電気事業連合会

上図を見ると、起動変圧器や予備変圧器の上にある遮断器(長方形の図記号)でのトラブルについて何も設計上の見解を示していない。資料を読んでいくと、外部電源を受電中に所内高圧回路が故障した場合や、外部電源を喪失した場合のHEAFは想定しているが、水害等により外部電源そのものが悪さをし、HEAFに波及する可能性は考慮していないように思われる。

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【参考7】規制側質問回答補足(D/G受電遮断器の追加または移設を行う場合の課題)『HEAF火災規制化(新知見)に対する事業者の取組み状況および今後の対応について』電気事業連合会

もっとも、東海第二のように、元々電気室が狭いと建設記録にまで書かれているプラントで、遮断器を収めた電源盤の増設が出来るのかは疑問だ。電事連が資料にここまではっきり書くということは、日本原電の対応に困惑している証拠。

しかし今後は水害による地絡リスクそのものを減らす対策も必要だろう。

電気技術者の中には、HEAFの事例を見て、自家用電気設備内のトラブルが、地域の配電線全体を停電に追い込む「波及事故」を思い起こされる方もいるだろう。波及事故でも高圧電源の短絡はありふれており、浸水による制御電源の喪失も報告されているからである。つまり、それだけノウハウの蓄積はあるということも言える。

以下の観点から課題のみ示す。

【シーケンス制御的アプローチ】

制御電源(直流電源)の設計を見直すこと。例えば『受変電設備をシーケンス制御する』(電気書院,1981年6月)「5.4 制御電源」には、制御電源は運用パターンを考慮し、範囲を区切って分割しているのだという。また、保護の観点より見た地絡、電源喪失時の検出技術(64Dと呼ばれる地絡検出継電器による監視など)も確立していた。

ただし、同書刊行直後に発災した奈井江の例を見ると、検出だけでは十分ではない。制御電源の分散配置などによる回復や、遠方監視ではなく現場での手動を含む操作について考慮が払われていないといけない。例えば、全てを一か所から給電するのではなく水密化された電気室にパッケージ化された直流電源盤を設けることも検討に値するだろう。

柏崎刈羽などは蓄電池を多重化しているようだが、直流地絡対策としてどういう考え方をしているのか、資料を読んでも文章では明記されていない。一方で正興C&Eの資料などを見ると、地絡保護技術も年々進歩はしているようである。

遮断器側の検討も必要だ。「シーケンス図読み方のポイント」『産業技術者のためのシーケンス制御ガイドブック』(電気書院,1974年)には、「電源喪失時の動作は安全側か」という段落があり、対象機器の特性をよく検討しておく旨が記載されている。なお、雑誌記事をまとめた同書には遮断器、断路器の制御も詳しく記載されており、主回路に通電したまま操作出来ない断路器の場合は、インターロックが充実しているという。遮断器の場合も、水害を想定して安全側の動作をするようにインターロックを追加することも考えられる。

電事連の資料では非常用ディーゼル発電機は運転継続のため保護をパスするなどの設計思想があると述べているが、外部電源の場合は現行の規制での位置付け上、そこまでの運転継続性は求められていないと思われる。そういう点でもインターロックによる水害影響阻止の思想は受け入れやすい。

なお、制御電源に低圧交流を採用したり、古い設備では圧縮空気を使用しているケースもあるが、設計目標に厳しい水災害を考慮すべきという点では同じである。

【建築設備的アプローチ】

これは、建屋の内外で分けて考えるべきだと思う。

現状特に注意が必要と思われるのは建屋の外部である。開閉所等の屋外機器に配線されているケーブルなどだ。収容しているトラフやダクトの水密化、耐水ケーブル化が達成されているか、改めて検証する必要がある。

何故なら、規制庁や電事連の資料を見ても、原因に老朽化や施工不良は挙げているが、水害(災害)への言及は無いからである。なお、奈井江火力は被災時に運転開始10年程しか経過しておらず、老朽化が原因ではなかった。

東電が編纂した『変電技術史』(1995年)第11章を読むと、幸いなことに1977年「水害対策設計基準」を制定し、建屋外部の防護策についても色々定めていた。Tepcohendengijutsup563

「第11章第1節 変電所の設計」『変電技術史』東京電力(1995年)P563

また、同書P564によると1989年以降、周辺環境の変化等を踏まえ毎年各変電所の対策をチェックするように定めた。こうした事実は東電や規制委員会等の公開資料で触れていないので、発電所構内の変電設備に展開出来ているか(部門別に蛸壺となっていないか)を確認すべきである。

一方、建屋内部は福島事故後水密化工事済みであり、水災害リスクは根本的に除去されつつあるが、接地(地絡)防止処置については注意が必要だろう。

建物を水密化するには二重の防護策が取られている。第一が建屋外部への出入り口の水密化。第二が、出入口を開放しっぱなしで被災する等、建屋の中に水が入ってきた時に、重要な電気設備が置かれている部屋への浸水を食い止めるための、各部屋への出入り口の水密化である。

つまり、建屋の出入り口から水が入ってきて、各部屋の防水扉が最後の盾となっている時に、浸水した通路等に布設されているケーブルが接地して、事故を貰わないようにするにはどうするか。これを考えなければならない。

HEAF対策は、さほど大きな金額を投じなくても実施出来、作業員の被ばくリスクも基本的には存在しない。破局噴火など人類の科学水準では不可能なレベルの災害とは性格を異にする。しかしきちんと対処しておかなければ、また、どうでもいいようなトラブルが発展して大事故に至る。逆に言えば、水害型HEAFのような低いハードルは、電力と規制関係者の倫理水準がどの程度なのかを推し量る一つの材料ともなるのである。

【参考文献・Webサイト】

19/1/22:炉内圧力、および地絡について柏崎刈羽・正興C&Eへの言及追加。

19/1/23:中越沖地震で柏崎刈羽が消防法に基づき停止命令を出された件を追加。

2018年12月30日 (日)

「その筋の権威な広河さん」を知らなくても社会運動は出来る

フォトジャーナリストの広河隆一がDAYSJAPAN編集部に出入りしていた女性達に性的暴行を働いたというスクープが週刊文春から出た。

反反原発は勢いづき、リベラル左翼陣営でも多くは広河を批判している。ともかく今のところ、被害者叩きの流れになっていないのはまだしもである。

そういえば、旧DaysJapanの版元だった講談社の漫画にこんなセリフがあった。

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藤島康介『逮捕しちゃうぞ』(講談社)2巻より

日頃から歴史修正の常習犯に事実を突きつけてきた論客、外教氏の指摘は的確だ。

しかし、Twitterを観察していた所、極一部に、党派性を剥き出しにして被害者そっちのけで反反原発の広河批判の揚げ足を取ろうとしている者がいた。著名な論客ではないので具体的な引用はしないが、止めておいた方が無難だろう。この件に関して一義に悪いのは広河、次に(権威主義的な)黙認者達だからである。

また、反反原発な人達や一部カメラマンによると、知らぬ存ぜぬを貫こうとしている人がいたようだ。

確かに、Twitterで言えば、社虫太郎氏のように四六時中ネトウヨの性規範を馬鹿にしてきた人にはばつの悪そうな話ではある。私もオタクを輩出してきた理工系出身だが、ネトウヨでも、性的なことに興味が無い、又は二次元ゲームの消費等に留まっている者は、ああいう物言いは言いがかりと取る。だから、暴行魔がリベラルから出ると容赦ない批判に繋がるのである。

一方で、自分のことを考えてみたが、右にも左にも彼のことを運動の司令塔であるかのように権威として評価してきた人達がいるようだが、「広河隆一って誰?知らんわ」という感じだったので、「知らぬ存ぜぬ」だったのは私だということになる。

そう、私は広河隆一の本を読んだことが無い。DAYSJAPANも買ったことが無い。

勿論情報を求めて本屋や図書館には通っている。だから、広河の著作は原発関係や国際紛争の棚で背表紙を見てはいたものの、後述の理由からノーマークだった。

ここで言いたいのは血統の良さを自慢する類の行為ではない。広河の影響など受けなくても、というか広河に限らず、その筋の権威をいちいち持ち出さなくても、社会運動も研究も出来るということだ。

311前に私が居た推進陣営でも似たような違和感を感じることはあった。あちらはあちらで特定の「先生」を祀り上げる信者達がいた。東電のへぼ担当だけがやっていた訳ではないのである。しかし、原発の構造を学ぶのに、その先生とやらの名前を印籠のように持ち出すことが必要だろうか?この違和感が後に専門家不信につながっていった。

原発の問題一つとっても、個別具体的な課題となると相応の勉強も必要だ。1人でカバーできる権威などいない。Twitterでは原発関係の問題なら何でも流暢に語っている人が多くいるが、ウォッチ歴が長いからそう出来ているか、ニュースを次々論評しているかが大半だ。自分で調べ物や取材をしながら「広汎に渡って」語ると言うのは、普通は出来ないことである。

ある原発関係の懇親会で、Twitterで人権・情報公開について立派なことを述べている著名な方が居た。私は当時、偶々その人が過去に手掛けた案件に近い問題を扱っていたので話を振ってみたが「ふーん。」で終わり。けんもほろろな対応を取られたことがある。まぁ、無名だからしょうがないけどね、と納得した物だった。Twilogで言行を確認したところ、広河やパフォーマンスに秀でた著名人達を持ち上げ続けた末、スクープ後に態度を急変させていた。正直自業自得ではないかと思う。

私の場合、広河に関心を持たなかったのは、彼がやっていることがこのブログで問題提起してきた領域と殆ど被っていないことにある。事故前の津波の問題や、再稼動の問題で、広河の言が役に立つ場面は殆ど無いと思われる。

もう一つ、このブログを書くにあたって、只の報道のコピーは避けていることもある。例えば被曝。私は個人としては20mSv帰還反対論に立ち、菊地誠等の言行には批判的だが、そのジャンルでの独自研究はしていないし、裏取りにリソースを要する分野なので、特に新規性の強い記事は書いていない。プラントの安全性の問題についても本業は原発設計者ではないので、格納容器内部の問題は、教科書的知識と対抗専門家の主張を確認・紹介するにとどめている。

更に辛辣なことを言うと、広河の主張自体も、誰かの拝借・後追いがかなりあると反原発側の一部には見なされていたように思われる。例えば、ある著名なジャーナリストの過去のネット書き込みを確認してみたが、広河への言及はゼロ。また、元プラント技術者で原子力市民委員会の筒井哲郎氏は、Amazonで公害、原発関係書を膨大な量レビューしており、中には広河と被る、福島やチェルノブイリの住民避難の問題や被曝の問題に触れた作品も多い。しかし、広河の著作のレビューは全く見つからない。過去に目にした記憶も無い。

広河は7人も被害者を出し、証言から常習性が高い。反被曝についても言行不一致の様だ。となると、70年代のイスラエルのキブツ時代から全部検証しなければいけないとすら思う。

おしどりマコ氏などの追記を読むと、仕事上の付き合いがある女性全般に声掛けしていたようだ。資生堂が『ダルちゃん』というマンガを自社ページに掲載していたが、その時の違和感に近い。何で、仕事上の付き合いしかない相手といちいち性的関係を持たねばならないのだろうか。職場恋愛を否定するものではないが、今回はそれですらなく、意味が分からない。

そして、未だに分かって無い者が左右に散見されるが、性犯罪は党派を選ばない。

縁起でもないツイートだが、広河と違って、普段よく参考にしている方がそういったトラブルを起こした場合のことは、一種の予防的思考として考えたことはある。上記の添田氏が当事者となったケースを想定すると、得意分野は情報開示なので、開示された文書自体は躊躇なく利用し続けるだろう。ただし、コメントを無批判に引用し続けるかと言えば、当然一言断るだろうし、代替性のある一般的コメントの場合は引用はしなくなるだろうね。

今回は、その筋の権威を知らなくても、元来それぞれが持っているカラーを維持したまま運動は出来ることを述べた。勿論、既に誰かが言っていることを自分が最初に思いついたように装って書いたり、無勉上等路線を奨励している訳ではないことは付け加えておく。

2018年11月10日 (土)

【おしどりマコ氏に加え】東電下請あさくら氏が晒したマンスプレイニング【あの妹まで】

あさくらめひかり氏(Twitterアカウント@arthurclaris氏、以下あさくら氏)は何故ネット上でPA(パブリックアクセプタンス、要は宣伝)に励むのだろうか。

Arthurclaris_1059097150036959232 ツイートURL:https://twitter.com/arthurclaris/status/1059097150036959232

冒頭で上記のようなツイートを固定する程の熱の入れようである。東電のかなり上位(一次位)の下請で働いているようだが、これほどの態度は関係者でもあまり一般的ではない。

【デマバスターとしてはセコい】

最近は2018年9月に立憲民主党から出馬を表明したおしどりマコ氏とその擁護者に反応して、日々上から目線でバトルを繰り広げている。

 

冒頭画像はその一例だが、下記のようなことも書いてる。

これらの反論ツイート、元を辿れば私のブログ記事「福島第一排気筒問題で一部作業員、偽科学関係者が振りまいた安全神話」という、おしどり氏の問題提起をフォローする目的で書いた記事にリンクしている。つまり、私のブログを確実に認知した筈なのに攻撃してこないのは、以前、私に社内資料自慢を晒されて恥ずかしいと思ってるとか、碌でもない理由なのだろう。

後、私のサイトも「放射線脆化で排気筒倒壊」とは書いてないのだが、ブログを紹介してくれる方やbotには多少言葉が拙くても感謝してるので、あさくら氏のやってることはその意味でも迷惑。

なお、「放射線劣化」と「マコ」を外して書き直したツイートには執筆時点で直の返信は無し。

妹様には感謝申し上げます。

【あのへぼ担当すら二の足を踏む筋悪な東電擁護】

論争から2年半経過したが、私の評価は基本的に変わらず、東電信者を信用していない。一例としては、あさくら氏は東電の目視検査を盲信し、何の懸念も表明しなかったが、1年後、東京新聞が新たな破断個所を報道した件について、沈黙していることがある。

正確には、この件以外を材料に非難ツイートするようになった。その前に礼の一つも述べたらどうか。

その後東電は、目視検査にドローンを投入し、破断個所が増えても耐震性は変わらないとの主張にシフトしたが、これも当てにならないと見るべきだろう。

何故なら、ドローンを使用したところで目視検査には限界があるからである。

煙突のエンジニアリング企業であるツカサテックのウェブサイトを改めて見てみる。

 

【鋼板製煙突】リンク

検査のランクはA~C型の3コースに分かれており、診断結果に確実性が持てるのは、厚さ計など各種検査機器を使用するC型だけとなっている。

【鉄塔支持型煙突】リンク

簡単な一次点検、詳細な二次点検に分かれ、一次点検では板厚は梯子、プラットホームを使用して、超音波板厚計により計測し、煙突内部のライニングも撮影する。一次点検で異常が見つかった場合は二次点検を実施。ゴンドラに人を乗せて板厚計、レンチ等の治具を用いる、となっている。

しかし、福島第一の排気筒は下部を中心に高線量部があるため、こういった検査は不可能だ。

原発の地震想定、基準地震動についての説明も同様で、「倒壊の危険があるから解体」と書いていないのも当然である。上記の事情を汲んだ霞が関文学と同種の、当たりさわりない表現に過ぎない。

強い言葉で否定して後から言い訳。これである。

なお、実は、一連の論争にて、お仲間から師匠格と目されているへぼ担当(アイコンはこちら)は、あさくら氏の主張を全く紹介していないし、自ら排気筒の件で弁明もしていない。

へぼ担当は腐っても技術者である。当然だろう。それだけあさくら氏の主張は筋が悪いのだ。

【排気筒問題は誰が議論してきたのか】

そんなことよりあさくら氏と排気筒の経緯を見ていて気付いたことがある。それは、相手が女性だとより攻撃的になるということ。いわゆる、マンスプレイニングである。

マンスプレイニングという単語は原子力や理工系で使用される語では無い。Wikipediaの説明をそのまま引くと、男を意味する「man」(マン)と解説を意味する「explain」(エクスプレイン)をかけ合わせたかばん語。一般的には「男性が、女性を見下ろすあるいは偉そうな感じで何かを解説すること」という意味である。

実は、排気筒の問題が議論されるようになったのは、おしどり氏の東洋経済記事が切っ掛けではない。以前から他の人達によって問題提起されていたことである。

著名な原発産業関係者・(元)技術者が排気筒問題に何時から参戦したのかを追ってみよう。

【2013年】

東電発表時に、ハッピー氏がこの問題に言及したのが嚆矢だろう。

そこにオノデキタこと小野俊一氏(元東電原子力部門技術社員)が続いた。

当時、ハッピー氏は福島第一で働く最も有名な原発作業員であり、小野氏もネット上では多くの耳目を集める存在だったから、あさくら氏が知らない筈はないのだが、彼が直接言及したツイートを発見することは出来なかった。(小野氏のツイートは拙いが、職歴等から判断すれば、セシウムのため人によるメンテが不可能という趣旨だと考える。)

【2014年】

 

化学プラント設計者の集まりである「プラント技術者の会」にて筒井哲郎氏がこの問題に対する技術提案を公開した。

IRID技術提案その1 1&2号機スタック転倒防止

筒井氏はTwitter上での知名度は低いかもしれないが、プラント技術者として半世紀にわたる経験を持っているばかりでなく、大変な勉強家でもあったため、311後の脱原子力運動で、技術問題を提起する中心人物の一人として活躍されている方である。

別に論争を煽るつもりは無いが、原発推進派の技術者にとって、反対派の技術者の方が論敵としての重要性は高いと考えるのが普通の相場観だと思う。しかし、この時もまた、あさくら氏は何ら言及も反論もしなかった。

なお、現在は東電がロボットとクレーンを用いた解体計画を策定したので、誰でも手軽にその内容を読み上げることができるが、当時、そのような便利な『台本』はPA師に与えられていなかった。

【2015年】

赤旗がこの問題を取り上げた。

福島第1原発 排気筒 耐用基準超えか専門家 腐食進み「危険な状態」倒壊なら放射性物質飛散も」『しんぶん赤旗』2015年2月20日(金)

この記事は直接は技術者の手になる訳ではないが、一般論として、日本共産党の情報収集力に一定の評価が与えられることも多いため、取り上げる。

 

上記のように、あさくら氏は赤旗を購読する家庭に育ち、現在も投票先は共産党と称している。後者は疑問だが、前者は人格形成上「親の思想に反発するというパターン」に合致するため、信頼性は高いと考える。そういう人は、赤旗電子版などの記事に目を通すものだ。

しかし、この時も彼は赤旗の排気筒記事に批判は加えなかった。

 

2018年11月に入ってからの言い訳。ブロックなどTwitter外から見ればどうということもない。何より、赤旗は政党機関紙ですがね。

【2016年】

おしどり氏が採り上げるとあさくら氏等は大騒ぎを始め、何かにつけて粘着するようになった。数が多いのでまとめのみ紹介する。

イチエフ排気筒の話 - Togetter

いや、2年半後の次のツイートだけは取り上げる。

支離滅裂。「悪くはなかった」なら今までの「おしどり氏に対する」誹謗は何だったんだろうね。

なお、東洋経済の記事を読むと、おしどり氏は広瀬隆氏からこの話を振られているのだが、解説をフォローした広瀬氏への批判はほぼ皆無だったことも付け加えておく。かつては社会現象までなった人物で、311後も活動されている方なのに。

また、Twitter上ではコロラド先生こと、工学博士で40年来の原子力業界ウォッチャーである牧田寛氏も参戦したが、あさくら氏は牧田氏にはあまり関心を示さず、おしどり氏への粘着を継続した。

おしどり氏への粘着の仕方も独特であった。彼女は複数の現場関係者の情報提供を受けていることは度々公言しており、それ故に公安も関心を示した。また、竜田一人を含めて、原発ライターや作業員の手記を見ても、東電の方針に反発する者の存在は何度も示されているが、あさくら氏はそうした支援者達には目もくれず、おしどり氏に異様な熱意を見せた。

なお2016年から2018年8月末まで2年半続いたバッシングは、全て彼女の政界進出宣言の前の出来事である。

この間、上杉隆が都知事選(2016年7月31日開票)に立候補したが、あさくら氏は上杉批判には、おしどり氏に対する程の労力を投じていないようだ。上杉氏に対する批判は立候補を表明する以前のツイートが目に付く(なお、私は上杉氏の活動には疑問を多く感じることを付け加えておく)。

「政治の場に上げるべきではない」は、後付の理由に過ぎなかった、という事も明白だろう。

【2018年】

11月、ネトウヨ兄のデマを正す妹bot (@demauyo_tadaimo) というTwitterアカウントがこの問題をテンプレート化して発信すると、真っ先に反応した。現在は、冒頭で紹介したように彼女への反論をツイートトップに固定している。なお、言うまでも無い事だが、ネトウヨ兄のデマを正す妹とはbotなのであり、作者が女性とは断定できない、筈である。にも拘らず反応した、という点に注目したい。

なお、原発問題全般において、彼が自発的に長期間攻撃している対象は、「反〇〇」(〇〇時事問題で変わる)といった大きな括りを除くと、あさくら氏に直接批判している人を除いて、余り数は多くない。

これを、マンスプレイニングと言わずして何と言うのだろう。

まとめると、あさくら氏はハッピー、小野俊一、筒井哲郎、牧田寛の各氏(それと私)のような男性技術者や原発作業員、赤旗の様な性別を感じさせないメディアの批判はスルーするが、おしどり氏や女性を模したbotには、技術者でなくても強い関心を示す人物である、ということだ。むしろ、技術者というハードルが無い相手だからこそ、お得意の東電エンブレムチューンで威圧出来ると考えたのだろう。

でも本物のエンブレムチューンがそうだったように、そういう態度はダサいよね。

【黙って廃炉作業してれば由】

以上が、この2年半で付け加わったあさくら氏の失敗だが、彼は最近、言動の横柄さで反感を買い、nagaya2013氏他数名のTwitterアカウントから猛烈な反撃を受ける結果となった。確かに馬鹿な奴だと思うが、東電の中枢や稼動中の原発で重要な職務に就いてる訳でもないので、私は勤務先や実名暴きまでしようとは思わない。なお、私は毎日新聞日野記者による復興庁参事官暴言ツイート暴露事件は、全面的に支持している。

ただ、あさくら氏が今後も突っ走り続けるのであれば、新たな攻撃者を呼び寄せることになり、以下のへぼ担当が辿ったものと全く同じ道を歩むだろうと警告しておく。

 

 

 

 

その時、東電は貴方を守るのだろうか。

18/12/7:牧田氏の指摘を反映し「30年」を「40年」とした(ちなみに、私自身は浜岡と電気の史料館、三菱重工みなとみらい技術館、港湾技研の津波実験見学、国会図書館初入館、電験初受験がいずれも2005年から2006年で、それ以前はウォッチと言える程のことは何もしていないからまだ13年である)。

2018年9月26日 (水)

【竜田一人】東電が決めたフクイチという愛称を穢れと罵る推進派【井上リサ】

最近福島第一原発の呼び方に関して、おかしな発言をみかけた。

「イチエフ」だってカタカナでは?

調べてみると前からそんなことを言っている。

井上リサさんは私設原発応援団として各地の原発周辺の小旅行を企画運営されているプロのPA師。今アカウント名を「— 井上リサ☆10.6柏崎刈羽紀行」にしてるみたいだけど、どうせならへぼ担当に事の顛末聞いてみたらどうだろうか?彼の最初の配属先は福島第二で、時期からすれば、後で紹介する小野俊一氏とは違い、リアルタイムに見聞していた筈なのでね。

こういった発言で思い当たる人物と言えば、竜田一人。代表作『イチエフ』の冒頭シーンのセリフ「1Fをフクイチなんて言う奴はまずまずここにはいない」である。まぁ後述のようにただのでまかせなのだが。

彼のツイートを読み進めていくと、フクイチという言葉が偉く気に食わないらしい。

彼等の様な怒れるPA屋(パブリックアクセプタンス、要は宣伝屋)達ばかりでなく、現役・元関係者にも変な固定観念が蔓延している。

・今日は俺たちの職場、"1F"に皆様をご案内しよう
・1Fは「いちえふ」と読む
・現場の人間 地元住民 皆がそう呼ぶ 1Fをフクイチなんて言う奴はまずまずここにはいない

 まさしくこのとおり。以前「フクイチ最高幹部の独白」と言った書物が出ましたが、現場の人間が自分たちのことを「フクイチ」と言うはずがないのです。一体なぜ、このような題名にしたのか(書かれている内容をよめば、確かに現場取材したことはわかりますが)私には理解できません。「いちえふ」「にえふ」と呼ぶのが、東電・地元の習わしです。この単語を間違って使っている人間は、100%現場の経験がないと断言してよろしい。

小野俊一「モーニング掲載「いちえふ」-元原発技術者としての目から」『院長の独り言』2013年10月22日

だそうである。

東京人が使うんだそうだ。

ところが、(残念ながら?)彼等の主張は誤りである。特に井上さん、「穢れ」とか安易に使うような話じゃない。

何故なら、「フクイチ」とは東電が1990年代から2000年代にかけて、地元向けPRで盛んに使用していた愛称だからである。

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論より証拠と言う感じでしょ。そのまんまのタイトルな広報誌があった。本店の社報ではここまで強調していないから、東京の言葉とは言いかねる。

次の画像も興味深い。

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『共進と共生 福島第一原子力発電所45年のあゆみ』P29

このように、地元住民への広報誌の他、1997年以降、毎年10月には発電所で『ふくいちふれあい感謝デー』なるお祭りもやっていた。ずっと住んでいる古株なら知っていると思うのだが、彼等は何をしていたのだろうか。

1993年には本店勤務となった小野俊一氏が1996年5月に初開催された『ふくいちふれあい感謝デー』を知らないのは無理もないことだ。

しかし、@mikunyoさんの場合は悪いが、ご尊父様の話をちゃんと聞いてたの?と言いたい。何せ、次の『政経東北』PR記事の最後の段を読むと、毎年4000人も来いてたそうだ。かなりの地元民が知っていることになる。

 

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『政経東北』1999年5月号

ちなみに2001年には物揚場で「ふくいちふれあいフィッシング」も開催している。参加者は以前ブログで採り上げた剥き出し海水ポンプを背にして悠々と釣りを楽しんだに違いない。

これは、浜通りの方らしさを感じるコメントですね。

どうしてこの方の印象に残らなかったのかということについては、発信する側の問題もあったと思う。上記のイベントは2002年に東電が例のトラブル隠しの不祥事を起こして社長引責辞任、全プラントが検査で停止したのをきっかけに何年か自粛された。他に2001年に911テロもあったが、その年の10月13日にはふれあい感謝デーを開催しており、警備強化は最大の理由とは思われない。ふれあい感謝デーは2007年10月に再開された。

なお、2010年には「ふくにファミリーデイ」なる職場参観も存在した。

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「ワーク・ライフ・バランス」を考えるきっかけづくり”家族の職場参観”『電気情報』2010年4月

今思い返せば、中越沖地震対応とバックチェックで東電全体としては多忙だったと思われる時期に、よく開けたとある意味感心する。また、「ふくにファミリーデイ」が企画されたのは311後賠償問題で矢面に立ち、女性問題で辞任した石崎芳行氏が所長だった時だ。元々優秀なPAを打てる人物として、ある意味評価もしていたが、職場参観などを見ていても、ネットでのリンチを伴った恫喝的なPAよりは健全で好感も持てる。

どちらの呼び方も正当性がある以上、何を選ぶかは好みの問題。職場としていた方には「イチエフ」が愛着があるのは分かる。

 

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ただ、自業自得で親しみを込めた「ふくいち」(「ふくに」)のPRがしぼみ、311でトドメを刺された一方、業務でしか使わない「イチエフ」(「ニエフ」)という無味乾燥な言葉だけが生き残ったとは言える。これはある意味、地域社会との関係を表象している。311以来、原発周辺は文字通り仕事関係の人ばかりで、暢気に祭りなど出来る風景は無い。

「フクイチ」批判者にはそれが見えていない。見えていないばかりでなく悪意の無い関係者・元関係者まで地域の記憶を改ざんしかかっているのは、とても興味深い現象だと思う。

私は、発電所の呼称に拘って現場感を演出しても仕方がないと思っている。そもそも、「イチエフ」という呼び方も、1974年以降に生まれたものである。何故なら、その年まで福島には原子力発電所は1ヶ所しかなく、今の福島第一原子力発電所は単に「福島原子力発電所」と呼ばれていたから。古い文献ではその名前で載ってるから、CINIIで試してみるといい。

それが福島第二の建設準備が本格化し、建設事務所を開くことになって第一、第二という名称に変更されたのである。以前の略号は、号機単位では「NF-1」(福島1号機)、「NF-2」(同2号機)という塩梅だった。1号機を建設していた頃まで戻ると原子炉建屋を指して「TEPCO-1」などとも呼ばれていた。地元紙が「大熊原発」と名付けてみたこともある。まぁ、どれも定着はしなかったが、人に歴史ありならぬ、原発に歴史ありである。

コロラド先生こと牧田寛氏が言及していた「原子力村」の件と言い、どうしてPA屋は自分等の業界で発明した単語を憎悪するのか。リニアに邁進する葛西敬之氏ですら、「国電と言う言葉を使う人の話は信用しません」なんて言ってるのを見たことが無い。

それにしても、たかだか言葉1つに思い込みで憎悪をたぎらせてる井上リサと竜田一人には「バーカw」と言っておきたい。特に竜田氏。代表作のマンガで最初のコマから間違えちゃって赤っ恥ですなぁ。今更直しようもないと思うけど、公益性の観点から批判した次第。

2018年7月30日 (月)

【規制庁も原電も】東海第二のケーブルは大量の傷がついていた【把握せず】

運転開始から40年を迎える東海第二原発の再稼働問題だが、2018年5月2日、市民団体(再稼働阻止全国ネットワーク)の申し入れにより、参議院会館にて第二回規制庁ヒアリングが行われた。

その際、市民団体側から明らかにされた重要な事実がある。東海第二原発は建設時にケーブルに大量の傷がついた、という指摘である。311後に限っても、日本原電が規制庁や茨城県に提出した資料は膨大なので遺漏はあるかも知れないが、この問題について自ら言及した文書は見かけた記憶が無い。

この件について更に調べたので取り上げる。

【1】ケーブル問題の分類

東海第二の問題に、ケーブルが挙げられているのは、関心を持っている方ならご存知のことかと思う。大きく分けると次のようになる。

  1. ケーブルの寿命は一般的には30年、特殊な個所に使用する原子力用でも40年であり、建設時のものは全て寿命が来ている。
  2. 建設時のケーブルは非難燃性(可燃性)であり、ケーブル火災や貰い火には脆弱である(同時期に難燃性ケーブルを採用可能だったのに、何もしなかった)。
  3. ケーブル布設時に大量の傷が付いている。
  4. 原電は再稼働に当たって立てた計画で、古いケーブルの交換は一部のみに留め、残りはケーブルトレイに防火シートを巻くだけの計画としている。

今回取り上げるのは、この内、建設時の布設に問題があり、大量の傷が付いているという話である。

【2】日立内部の記念資料に語られた布設時の失敗

傷の件はこれまで大っぴらには議論されてこなかった。古い資料に埋もれていたと言って良い。そこで、何時もなら古い『原子力学会誌』や『原子力工業』などをめくることになるが、そういったものは原稿の分量が少なく、中でもケーブルについて言及したものは今のところ見つけられなかった。

ところで、東海第二発電所の建設史・工事誌は原電が編纂したものと日立製作所が編纂したものの、少なくとも2種類が存在している。

このうち、ケーブルの傷が付いた過程について詳細に触れているのは、日立の編纂した『東海第二発電所建設記録』である。

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(改ページ) Nt2construction_record_no4p433 「第13章 電気計装」『東海第二発電所建設記録』P432-433

しかも、『東海第二発電所建設記録』に記録された傷の数でさえ、過少申告の可能性があるのだ。

日立OBが回顧談を持ちよって2009年に『日立原子力 創成期の仲間たち』という記念誌を頒布した。その中のあるOBが東海第二のケーブル布設について語っており、傷の数は3000ヶ所と書かれているのである。

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日立工事(現日立プラント建設)金田弘一「日立原子力 創成期の思い出」
『日立原子力 創成期の仲間たち』P463

【3】真の損傷個所は3000ヶ所以上の可能性も

私の推測では、真の傷の数は3000ヶ所でも済まないかも知れない。何故なら、上記の金田氏も述べているように、ケーブルトレイに布設後に破損個所を発見するのは難しいからだ。それに、補修せずにそのまま延焼防止剤を塗布してしまえば、傷を隠してしまうことは物理的には可能だろう。

『東海第二発電所建設記録』を読むと当時、設計のまずさから延焼防止剤を塗布した後にケーブル布設をやり直すことがよくあったことが分かる。そういう部位は、特に問題だろう。経年を経た物ではないとは言え、一度剥がした個所もあり、布設したケーブルの中には、そのままのルートで良しとされたり、別のトレイに載せ替えただけのものもあったのではないだろうか。その場合、剥離による損傷は容易に隠蔽出来る。

工期に余裕の無い中で、損傷個所を隠蔽する動機も生まれやすかったと思われる。現に、東海第二と福島第一6号機の建設工事にも参加した菊地洋一氏の『原発をつくった私が、原発に反対する理由』を読むと、配管工の間では不良施工や見えないリスクの隠蔽が横行していた。電設技術者は例外と言えるのだろうか。

なお、昭和電線の場合、関西電力との共同研究を経て経年固化した延焼防止剤の剥離剤を製品化したのは2001年のことである(「新製品紹介 延焼防止剤用剥離剤「ショウピールα」」『昭和電線レビュー』2002年No.1)。つまり、建設当時はそういう便利なものは無かった。

【4】発注者に黙って編纂?日立の記録を把握していない日本原電

なお、この話には余談がある。日立が建設記録の編纂を終えて発行したのは1978年11月だが、原電は当時、本社および発電所に設けた資料室(図書室)に収録していないのである。どうしてそれが分かるかと言うと、1970年代後半より社報に「資料室だより」というコーナーが設けられており、毎月の受入図書が掲載されていたからである。

なお、『日本原子力発電五十年史』(2008年10月)は社内外の広汎な文献を調査していることが巻末の参考文献一覧から分かるが、ここにも載っていない。

そのため、上記2図書の内容について原電にメールで問い合わせた際には、下記のように、情報提供への謝辞という形でしか返信が無かった。

送信日時: 2017年10月10日

岩見様

お問い合わせいただき、ありがとうございます。

関連書籍に関する情報をいただきまして、ありがとうございます。
貴重なご意見として承ります。

                                           日本原子力発電株式会社
                                                      地域共生・広報室

日本原電に限ったことではないが、電力会社はある意味親切でもあり、質問を投げると「~のように検討しています。」と自信を持って返信してくるのが通例である。このような返信は見たことが無い。

実務をやっていく上ではキングファイル等にまとめた設備管理の帳簿などを元にするだろうから、当時の原電担当者がそれらにきちんと記録をしていれば、日立の建設記録がなくても問題は無いが、反応を見ている限りでは、どうも把握すらしていないようである。

【5】当時の施工技術でも防止出来た

さて、当時の施工技術で布設時の傷を回避することは出来なかったのだろうか。次の理由から、可能だったと考えている。

  1. 『東海第二発電所建設記録』に前回サイトでの経験を反映できなかったと書かれている。つまり、ノウハウは存在しており、その水平展開に失敗した。また、『日立創成期 原子力の仲間たち』にも一旦ケーブル布設を中断して補修した後は、養生を厳重にするなどして傷がつかないようにした旨書かれている。
  2. 当時すでに延線工具の一部や入線潤滑剤が商品化されていた。つまり、工事業者にこれら設備を使用するように指示したり、社内で規定を採番・マニュアル化するべきだった。

1については、金田氏はその後の技術開発を自讃しているが、中味をよく読むと分離延線工法の成果は手間を減らしたことにあり、同工法以前に傷を付けずに布設出来なかった訳ではない。原子力プラントにおけるケーブルの布設は、分量こそ多いとはいえ、一般の建築物と同種の工事であり、担当する業者は原子力と兼業でやっている例が多く、慣れている筈だからである。

一方で原子力関係の技術書でケーブル布設に関する資料は限られており、過去のブログ記事で参照した『原子力発電所の計画設計・建設工事』(1979年)等にも傷を付けないためのノウハウの記載は無かった。

では、この程度のことも出来ていなかったのだろうか?勿論そんなことは無い。当時業者が用いていた手順書にも書いてあったが、やらなかっただけが真相だろう。

『東海第二発電所建設記録』の記述は上記の通りだが、『日立創成期 原子力の仲間たち』によれば、布設工事の再開後は養生したと書いているが、当たり前の予防措置に過ぎない。

なお、『日立プラント建設株式会社史1』(1979年)P224には火力発電所の3倍のケーブル布設量であり、工事計画や施工管理の上で、従来の経験では対応出来ない問題が多かったなどと書かれている。本当にそうなのかは疑問が残る。原発の建設は既に初体験ではないので何の説明にもなっていない。

東電子会社の関東電気工事が残した文献を読むと、上記の私の推測をある程度裏書することができる。

関電工は電設業者向け専門誌の『電気と工事』に度々技術記事を投稿していた。特に1976年は何回もケーブル布設に係わる投稿があり、特に11月号の「ケーブル延線作業の合理化と実務ポイント」は東海第二のケーブル布設最盛期に投稿された。ケーブルに傷を付けないための延線器具の使用法の他、布設時の注意点として「外観に損傷が無いか」「ケーブル相互の間隔は良いか」と明記しており、これを事前にコピーして現場に配布するだけでも以後の布設における損傷は防止できた筈である。

『関電工50年史』巻末の「主要実績工事」によれば同社は東海第二の電気設備電線管・ケーブル布設工事を日立プラント建設より11億4000万円で受注し、1973年11月から1978年8月まで従事したとなっている(運開と同時に電気メンテナンス工事も受注)。つまり、ケーブル布設の当事者である。

なお、関電工に先立ち中部電力も『電気と工事』1974年6月号に「金属管工事の基本作業」(電線管布設の記事)を投稿し、「電線は同時に入線すること」などと書いていた。電線を同時に入線しないと相互に擦れて傷が付くことが、現場のノウハウとして存在していたと思われる。

仮にそのようなノウハウを東海第二のケーブル布設に関わった全ての電設業者が知らなかったという、あり得ない仮定をしても、関電工の記事に書かれている通り、破損が無いか逐次確認していれば、3000ヶ所もの傷を作る前に、初期の布設時点で自分達のやり方に問題のあることに気づいた筈である。

筒井哲郎氏も自サイト『筒井新聞』の「原子力工学の対象範囲」で書いておられたが、原発建設工事の大半は一般産業施設の技術の範疇であり、それは先程書いたようにケーブル布設も同様である。原子力工学の参考書では頁数の制限もあり、省かれているのだろう。ダメ押しに化学プラントの仕様書の書式集なども調べたところ、1981年に発行された『プラント建設工事における標準仕様書』(IPC編)で例示すると、電気設備・工事の仕様だけで60ページ以上あり、布設時に傷を付けないようにするため、どのような設計・工事の配慮が必要なのか、一通りのことは書かれている。

例えば電線管については「金属管およびその付属品の内面および端口はなめらかにし、電線の被覆を損傷する恐れの無いものでなければならない。」「金属管内の電線は容易に引替えることが出来るように施設しなければならない。」などとある(同書P407)。

2は、特に分かり易い例として、入線潤滑剤を取り上げる。東海第二のケーブル布設工事には全く登場しないので、使用せずに布設されたと思われる。一方、『電気と工事』には電設業者向けの広告枠が毎号数十ページ確保されており、現代のネット通販サイトやメーカーカタログと同じような役割を果たしていた。これらを調べていくと、現在も使用されている延線工具の多くは1970年代末までに誕生していることが分かる。入線潤滑剤を日本で最初に発売したのはデンサン(商品名:デンサンウェット)で、同社Webサイトを見ると、1974年発売と書かれている。『電気と工事』をチェックしていくと広告は1976年まで登場しないが、当初の2年は一般には販売せず、大手業者限定だったのかも知れない。

1974年発売なら余裕だし、1976年からだったとしても、ケーブル布設の最盛期には間に合う計算である。

入線潤滑剤の特徴は可燃性ではないことなので、使用することによる副作用は考えにくいが、例えば布設後の延焼防止剤塗布工程に邪魔だったとしても、拭き取ってから延焼防止剤を塗布すれば良いだけだろう。ケーブルピットへ導入していく際の特定の角部と擦れないようにする等、使用箇所を限定しても効果は得られたはずである。なお、先ほど紹介した『プラント建設工事における標準仕様書』P407には入線潤滑剤の材質に関する制限規定が設けてあり、使用することが前提となっていたことが読み取れる。

【6】傷のついたケーブルを放置するとどうなるか。

最後に、ケーブルに傷が付くことによるリスクについて、電設業界や原子力業界がどのように認識しているかを、電気設備に代表的に使われているCVケーブルを例に示す。

Denkigijutsusha201601p24
「電気設備のトラブル事例と劣化診断について」『電気技術者』2016年1月P24

上記第6表によると、ケーブル内部への水分の侵入など、他の劣化を促進する要因とされている。また、同第9図から分かるように、地絡火災等を助長する要因として認識されている。

また、この表には記載されていないが、損傷個所を補修したテープとケーブルシースは異なる材質であり、40年間の間に固形劣化などで隙間が生じている可能性を考えないといけないだろう。『東海第二発電所建設記録』に登場するハイボンテープとはブチルゴムを加硫せず自己融着テープとした商品名で、かつて日立化成からも発売されていた。他社の同等品の説明によれば、耐候性に優れ、40年以上の使用が可能とされるが、それでは限界は何年であるかの説明はないので、保証出来るのは40年までと解さざるを得ない。

原子力業界でも損傷したケーブルの問題は311前から承知済みで、一足先に劣化した海外のプラントを対象にした研究では次のように解説している。

元来の施工が悪く,発熱や周囲との摩擦等により劣化加速されたような施工不良が26件(28%)と多い.
原子力発電所におけるケーブル故障の傾向分析」『INSS JOURNAL』2007年P312

これらは、防火シートを巻くことでは解決出来ない問題である。『INSS JOURNAL』では劣化診断を海外よりまめに行うことで、未然防止していると分析しているが、いわゆる故障率曲線で寿命末期に現れる摩耗故障は、件数が急激に伸長するとされているし、劣化診断随時行って一部のケーブルのみ補修するやり方では結局つぎはぎだらけとなり、計画的な保全の考えには適さない。

また、以前から何度もブログで言及しているように、東海第二の電気室は1ヶ所に集約されており、2001年の台湾馬鞍山での電源喪失トラブルのように、一ヶ所でも発煙火災を起こすと部屋全体に煙が充満して人による操作などは全く不可能となるし、難燃化されていないケーブルは難燃化の後に普及したハロゲンフリー化(有害な煙を出さない)もされていないので、健全な電気機器の接点なども発煙によるススが付着して不良となってしまう恐れがある。

【7】まとめ

高浜1,2号機などもケーブルの寿命や非難燃性では同じ問題を抱えている。一般的な技術論文に加えて、三菱系の灰色文献(『MAPIの想い出』他数種類)をチェックしたが、今のところ布設時の稚拙な施工により大量の傷が生じたという記録は発見出来ていない。よって、ケーブルの傷問題は、現在廃炉となっていないプラントの中では、東海第二特有のリスクと言えるだろう。このリスクが規制庁に提出された各種評価に織り込まれているとは、とても思えない。やはり早急な廃炉しかないだろう。

【参考】

本文に記載した以外を含め、下記を参考にした。

※2018年8月26日、【参考】節追加。

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