カテゴリー「原発ゴミ批判」の15件の記事

2017年2月10日 (金)

「社員だけが非公開の内部情報にアクセス」と自慢するあさくらトンコツ氏の見栄

前に福島第一排気筒問題で一部作業員、偽科学関係者が振りまいた安全神話を書いた時にもこの方観察して思ったのだが、11人の部下を率いて1F廃炉現場にいると称しているあさくらとんこつ氏って、身内でもバカにされてるんじゃないだろうか。

あんまり使いたくない表現だけど、地頭が絶望的に悪い。

【1】論文で勉強しろ。でも本当に重要な情報は教えないよ。
相手の皮肉は勿論、連ツイの矛盾にすら気づかない愚かさ。分からないなら、勉強する意味は無いだろう(新発見狙いの研究者やクレムノロジーとかは除く)。

この話を聞いて思い出したのは、私も勉強しようと思って電力会社や電力中央研究所の図書室に問い合わせしたところ、外部からの閲覧は受け付けていないと冷淡に回答された経験だった。あさくらトンコツ氏が居た研究所というのは、大方そういう所だろう。彼の主張は見せないと断言している図書室に来いと言ってるのと同義だが、一体何を考えているのか。

【2】ネットの喧嘩如きで守秘義務のある話を持ち出す
一般産業界を含めてほぼマナーだと思われるが、守秘義務の直接当事者なら、黙るのが普通である。内部告発や批判的研究が例外扱いされているのは、密室でのインモラルな行為を晒す事に公益があるからだ。意味も無く社内で研究中の開発品についてペラペラ喋ったり、図面の存在などを誇示するのはアホのやることだ。

勿論、分野によっては日本の情報公開のレベルが低くて、中国などの方がしっかり開示していることや、以前は詳しく説明していたが、今は表面的な発表に留まると言った時期による差もあるだろう。

規制の厳しい業界だと契約によっては、その仕事をしてることも話すなという文言もあるようだ。かつて、シャープ亀山ディスプレイに市場価値が認められていた時にも、そんな話を聞いた。

ていうか、私もサラリーマン(非原子力業界)の端くれだけど、職場にこんなのいたら…だなぁ。研究所で重要なデータへのアクセス権を持っていた人が廃炉の現場に回ってるという事は、懲罰人事を想起。口が軽いので外されたのでは?

余談だけど全体が見えない人って、細かいことでは器用って結構あるんだよね。国の言うことには何でもヒラメな一部のマニア向きの表現だけど、『レッドサンブラッククロス』にスターシステムで出演した真田中将もそういう台詞を与えられてるよ。

ある意味現場向きの楽天家。絶望の職場と思ってないのだから、雇う側からすれば使い易いのだろう。

【3】お手製企業広報の罠
「自分で語ろう」と煽っていた東電のような例外(コロラド氏のtogetter参照)はともかくとして、推進陣営の構成員をやっているなら、企業プロパガンダは広報に任せておくのが筋。意味の無い愛社精神の発露は内輪でもドン引きである。

もっと言えば、広報の外注先にしても企業の担当が決めているので、わざわざ井上リサとか、アゴラ御一行様の垂らす釣り針に食いつくのはアホだろう。原発プロパガンダにもピンキリがあり、公式系は嘘を入れたり、不都合な情報を教えないことはあっても、普通は他者への直接的な悪口は入れない。東電が嫌われる理由の一つが「慇懃丁寧だが、内容は冷淡」という態度だが、そのことを良く表している。勿論、公式系が問題無いという事では無く、彼等も原発事故の戦犯であることは、「テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した福島第一原発」で論じた。

ネットで営業してるPA業者は公式系より更に悪い。感情に任せた悪口が山盛りで、紙にも残し、広報請負人としてクオリティは最低と言って良い。在特会や日本会議のような反社と同レベルである。

【4】本質的に詐欺師の話法
「詳細は知っている。教えないけど、大したことは無いんだ」

あの事故の後、初めて会った人間にこんなこと言われて信じる人いるのだろうか(笑)。

そんな話を聞かされても「本当に見れないか試してやるから文書名教えろ。開示請求するから」で終わりである。特に原発のコストの話など、機密に指定しやすい技術の話では無く、お金がメインの話である。経済産業省お得意のモデルプラントなどという空想は止めて、各社の収支見通しをあさくら氏が見たというレベルまで細かく開示するのが筋だろう。それが出来なければ消費者や株主に対する背信である。

彼を見ていて救い難く馬鹿だなと思うのは、社員として一定のアクセス権を付与されたり、学会誌を購入していれば事足れりと思っている能天気さ。私の経験から言うと、学会誌は学会員を肉屋の豚として扱う事もあり、思ったほど有益な情報が得られない。クロニクルに並べたブログ記事を見直して思ったが、津波想定にせよ、地震想定にせよ、本当に重要な話は学会誌以外から発掘したし、他人の学会誌論文を鸚鵡返しするだけでは無理だった。

大きな本屋の科学コーナーに何冊か置いてある企業研究者向け論文の指南本を読めば分かるけど、経営判断に係わったり現状の方針を否定するような研究は社内の審査で跳ねられる。企業技報の論文がバイアスかかっていたり、深みに欠けているのは機密だから、と言うだけではない。そういうことを見越して社会への問題提起はブログなどで私的に行なえとアドバイスする本もある(例:石田秀人『はじめての「技術報告書」』工学社 2008年)。

もっとも、業界の現状を肯定するだけのあさくらトンコツ氏や、勤め人系の原発推進オタクには縁の無い話だろう。彼等が会社の方針に合わせた話を企業を通じて発表出来ないのは、憎たらしい外部の連中に自慢話が出来ないからである。企業技報は私的な自慢も禁止だから。

【追記:いい年して「ジオン軍の階級章だぞ!」】

ユーキムさんとあさくらトンコツさんの原発のコストについての議論 - Togetter

一連の流れを推進派自らがまとめている。どう読んでもあさくらトンコツ氏は「ジオン軍の階級章だぞ!図が高い」以上のことを言えてないのだが、いい年して小学生のように信じ込む奴輩が集まっている。

ま、後ろから指差されてても外向けなら「俺はエースパイロットだ。階級章大事にしろよw」位の法螺は吹けるからね。揃いも揃ってアニメ大好きな割に肝心なことが何も学べてない様で何よりだ。

2016年2月24日 (水)

福島第一排気筒問題で一部作業員、偽科学関係者が振りまいた安全神話

最近、おしどりマコ氏がダイヤモンドオンライン記事「まったく報じられない「排気筒問題」と2号機「大惨事」の危険性」や大阪大学の講演で福島第一原発排気筒の倒壊懸念について発言し、菊池誠、竜田一人他、原発推進を標榜する宣伝屋のような一部原発関係者等が嘲笑の的にする事件が続いている(「イチエフ排気筒の話」ほか)。

規制委員会や東電ですらこのリスクを認めつつあるのに、止める気配も無く、自己正当化に終始している。本記事では既にダイヤモンドオンラインで指摘されている問題点を補足する形で、反証を示し、排気筒が抱えるその他の潜在リスクについても提示する。

【1】劣化しないという安全神話
残念ながら、震災前どころか建設時の材質強度を維持している前提で書かれているのは、東電資料の方なのだが。この人、大丈夫だろうか?
この件で、コロラド氏が先行ツイートしているが、煙突はメンテナンス需要があるので、ネットで確認可能だけでも複数の企業がサイトでPRしている。劣化を放置するとどうなるかも掲載されているので見てみよう。

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鉄塔支持型煙突の損傷例(ツカサテック)


次もツカサテックの写真だが、もっと興味深い。

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母材との微妙な材質差で電位でも発生し、ボルトが腐食したのだろうか。

ツカサテックの写真は福島第一と同時期、同規模の鋼製煙突が載っており、比較に最適である。

【2】目視検査だけで十分だという安全神話
このツイートに限らないが、煙突メンテナンス業者の挙げている検査項目を見る限り、目視だけで十分であるかのような発言は完全な虚偽である。

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放射線問題が無ければ肉厚測定は人の手で行う。下記の業者の紹介には「高層工作物の為、肉眼では不具合な箇所の発見が困難なので合理的な維持・管理が特に必要です。又、点検により基礎データを収集し、一歩先んじた補修計画がより安全であり、且つ経済的です。 」と書かれている。

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点検・調査」日本鉄筋コンクリート工業

この板厚測定器、原理は超音波を使う。ちょっと検索すれば測定器メーカーサイトで売られている。現状が続く限り防食塗装は不可能なのだから、板厚は今後ますます問題になる。現時点だけを見て「使わない理由」を並べ立てる強弁(むしろ、必要性は増していると考えるのが妥当だろう)が、如何にピントのずれた、事実上の安全神話であるかが分かる。このような「作業員」の「現場感覚」に基づいた下らない放言は、無視しなければならないだろう。

原発作業員を称するあさくら氏の発言の場合はそれだけではない。近づける残り3本も補修工事したとは一言も書いてない点がポイントである。近づけるなら何故修理しないのだろうか。
上記は少しも誇張的な表現が無い。あさくらトンコツに強がりを吹きこまれた11人の部下が可哀想だ。なお、コロラド氏が指摘していた打音検査も一般の煙突検査で使用されている。

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煙突の点検調査」大正鉄筋コンクリート株式会社

福島第一第二の下請け企業は東電の働き掛けで福島原子力企業協議会を作っているが、その傘下には250社程度の会員企業がいる。当然、いい加減な放言をする「作業員」を管理出来ない職場もあるだろう。壊れてる高経年の物にお墨付きを与えること自体、一般産業でも異常なことなんだけどね。
一連の議論で一番得心した部分がここである。調べ物を始めたばかりの人が良く陥る罠として「欲しい情報は誰かが整った文書として持って来てくれると勘違いしている」とか「すぐ総花的に取り掛かる」というものがある。今回、推進派が嵌ったパターンがこれらとなる。

【3】修理・補強など不要であるという安全神話
竜田一人は軽率なことに東電の排気筒の報告書を盲信しているが、震災前に次のような例があった。

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浜岡が基準地震動1000Galを採用した時、排気筒が不適合になったため、このような補強が行われ見た目も変わった。要するにそれまでの耐震性にダメ出しということである。

福島第一でもこういった経緯はあった。建設時、排気筒の重要度分類はかつての区分でAクラスで設計の前提となる地震動は S1(現行基準Sdに相当)と呼ばれるもので、一般的な対外説明で使われていた基準地震動S2(現行基準Ssに相当)の3分の2しかなかった。

具体的には、S1は180Galであった。この値は、東北地方太平洋沖地震で1号機地下で観測された約440Galの4割以下である。排気筒の先端部は揺れの大きさは何倍にも増幅するので、部材の一部が折損したのは当然である。

また、福島第二の排気筒は震災発生時点で補強工事中だったが、一連の議論では何故か無視された。震災前の2006年、新しい耐震指針の元、福島でも基準地震動は再評価で引き上がったため、補強が必要となった。しかし、東電の工事は浜岡より数年遅れだった。よく対策の遅れで使われる「背景」として、中越沖地震で柏崎刈羽が全機停止し、浜通りの原発依存が強まったことが挙げられるが、浜岡と福島第二は運転しながら補強をしていたので、無関係である。

なお、排気筒の文書が出た後福島第一の基準地震動は900Galまで引き上げられているので、東電文書は内容的に古いものとなった。浜岡の1000Galに近いが、技報には次のような一文があるのは気になるところだ。

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いずれにせよ、あさくらトンコツは11人の部下を連れて浜岡原発か煙突補修業者の事務所に行き、「お前等は放射脳、やってること、無駄(笑)」と笑いものにしてくれば良いのではないか。なお、福島第二の排気筒は、三菱系の重工工事が建設したと記憶している。下記のように、三菱も煙突の改修補強に関して提案営業をしているので、福島第一と違って補強工事着工するだけの根拠を提出するなどの結果に、漕ぎ着けたのかも知れない。

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煙突メンテナンス」三菱メカトロシステムズ

私は現役の原発建屋設計者に取材した際、浜岡活断層問題を解決できる見込みがないとの証言を得たこともあり、廃炉すべきと考えているが、この種の部分的な努力を全く評価しない訳でもない。

【4】塩害を警戒する電力会社
電力会社は元々、沿岸に発電所を持つので塩害に対して警戒心が強い。

海岸に近い地域では、風と波の作用により発生する海塩粒子が風によって運ばれ、がいしや電線被覆、金属の表面に付着する。当然のことながら、大気中に含まれる海塩粒子の量は海岸に近いほど多く、塩害の影響は海岸から数㎞程度が最も大きくなります。
また、台風の後などは、河川の河口付近を中心に海岸から20㎞程度までに及ぶことがあると言われています。(中略)各電力会社では、過去の実績や、限界ESDD(等価塩分付着密度)とその発生頻度により塩害対策地域を設定しており、図に示すように海岸線からの距離はおおむね1~4㎞以内となっています。

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『電気技術者』2013年11月号

このため、海岸沿いの発電所や各種工業プラントは防食塗装と言って塗膜を厚くしたり、塩害に強い成分の塗料を選択する(そもそもこうした耐塩耐候性を求められる塗料は工業用塗料に分類され、一般家庭用の塗料と材質が違う)など、内陸の施設とは異なった対応を取っている。

また、「塗ったら終わり」ではなく補修塗装も行なう。何故なら、電力会社自身が震災前から、上記工業用塗料について「長期の防食は期待出来ない」と記載しているからである。この記述は『原発と大津波』冒頭にも登場した『火力原子力発電土木構造物の設計 増補改訂版』(1995年)P329で確認したものだが、同書ではもう一つの欠点として、「衝撃に弱い」と書いてある。

数年前から廃墟ブームが続いているが、廃墟というのは言わば「メンテナンスを止めた結果」でもある。このように考えれば、排気筒が辿る道も分かるだろう。これが簡単に解体できる、或いは半永久に維持出来ると勘違いしたのが彼等の驕りの始まりである。

【5】微風振動および突風のリスク
煙突と言えば風のリスクなのだが、どこも触れてないので書いておく。元々、東電設計という会社は発電所の煙突や排気筒の設計業務も得意としてきた経緯がある。その東電設計OBが執筆した『建築のいろいろ』という本がある。

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『建築のいろいろ』P97(1994年、非売品)

安全神話の語り部はこういう内輪物を知ってても隠す。良く覚えておこう。昔話と思う向きもあるかも知れないが、先のツカサテックにも微風振動のリスクは上がっている。

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福島第一の排気筒は、トラスの一部が切断した状態になっている。本来のバランスを欠いてるなら微風振動の影響をより受けやすくなっていることは考えられるだろう。『火力原子力発電土木構造物の設計 増補改訂版』での煙突分類に、福島第一の排気筒を当て嵌めると鋼製鉄塔支持式に分類出来る。鉄塔支持式煙突は(地震力より)静的風圧荷重の方が支配的とされている。

風という点からのリスクは東電も昔は把握していた。『東北の土木史』という福島第一の建設期に書かれた本があるが、P177には次のようなエピソードが紹介されている。
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突風の発生頻度という点では、本州にしてはリスクがある場所と言えるだろう。勿論、事故前の排気筒はこうした突風にも耐えてきたし、大抵の煙突は60m位までは設計上の考慮はしているが、条件が格段に悪くなり、今後、耐えられる保証は無い。

現状、排気筒について思いつくままに述べてみた。やはりビジュアルで示せるなら、そういったものは活用すべきと考える。最後の最後だが、原発推進派の作業員たちは、煙突のメンテナンスについて何らTogetterに事例紹介をしなかった。何故出来ないのか大変に疑問である。そういったことをスルーし、ひたすら他人の尻馬に乗るだけのryoFCのような者はバカな一部作業員以上に軽蔑されるべきだろう。

※暫くブログを休んでいたが、久々に投稿した。順次再開出来ると良いと思う。
※2016-3-9:一部ブラウザで画像が見えないトラブルがあったので画像ファイルに入替。関係ツイート引用等内容見直し。

2015年1月22日 (木)

~報道ヘリは爆音の主役だったのか~阪神大震災の自衛隊員証言(ソース:ryoko174さん)への疑問(追記あり)

阪神大震災から20年を迎え、様々な追悼行事が行われ、メディアで検証報道も行われた。

そのような中、次のような書き込みが人気を博していることを知った。

原発事故以来奇妙な藁人形論法を駆使して弁護の論陣を張ることでおなじみの、ryoko174氏である。

撃ち落とせとまで罵る自衛官の証言は初耳だ。

もっとも、報道ヘリに対する悪評は確かに当時から存在した。

05.救出現場では、周囲の人の証言や生き埋め者の声が生き埋め箇所特定の頼りだった。静寂確保のために、取材用ヘリコプター等の騒音が問題だったとの指摘もある。

01) 現場へ駆けつけた警察・消防職員は、家族や周囲の人から情報を集めながら生き埋め箇所の見当をつけ、呼びかけに応える声を頼りに掘り進んだ。
02) ヘリコプターなどの騒音が救助者発見の障害となったとして、サイレント・タイムを設ける必要性も指摘された。
阪神・淡路大震災教訓情報資料集(内閣府)

「政府としてはマスコミをたしなめる機会は逃がしたくないだろう」とうがった見方も出来るが、1回目は「取材用ヘリコプター」とあるが2回目は「ヘリコプター」としか書かれていない。

次に、大学での問題提起を見てみよう。

東京や大阪から乗り込んだマスコミに対しては、被災者の辛い気持ちをまったくかえりみない取材態度だとか、首都圏が大地震に襲われたときの参考にしたい思惑が見え見えだ、というような悪評が少なくなかった。とくにヘリコプター取材は、その騒音が倒壊家屋の下敷きになった人たちの救出活動の妨げになったとして、現地での評判はいちじるしく悪かった。

災害報道はどうあるべきか - 東京大学

ここで、敢えてヘリ以外の「悪評」まで引用したのは理由がある。悪評と言うものは、時としてデタラメな論理すら正当化してしまうものだからだ。現地入りした際に被災者を刺激する様な言動を控えるべきなのは当然だが、「首都圏が大地震に襲われたときの参考にしたい」のは当たり前で、理の通らない感情論である。

更に調べてみると、時期による違いを挙げる記録もある。

震災直後の飛行目的のほとんどは、報道取材、偵察飛行だったが、その後物資搬送、人員輸送などに利用された。
第1期・初動対応(地震発生後初期72時間を中心として)

しかし、偵察するのも、爆音を立てているのも、報道ヘリだけなのだろうか。

災害にあった直後怪我をしながらも大きな声で助けを求める人がいても取材のヘリ救助のヘリなどの音で声だとかき消されることが多いからです。 私はこの話を聞いた時ものすごいジレンマが起こっていると感じました。 情報を伝えるため、人を助けるためのヘリが助けを求める命の声をかき消しているからです。
阪神淡路大震災20年感謝と希望を伝え、オリジナル笛を作りたい

伝聞ではあるが、多少ニュアンスは異なっている。

やはり、定量的な検討が必要だろう。震災時、どんなヘリが神戸上空を飛んでいたのだろうか。

某所で知ったが、西川渉氏は当時のヘリに関する報道記録をまとめている。初期の3日間に着目し、機数への言及があるもの、報道以外に反感を買いそうな目的の飛行を抜粋してみた。

17日12時すぎ、近畿管区機動隊など県外の警察官2,418人とヘリコプター7機が出動。
15時40分、小沢国土庁長官らが自衛隊機で伊丹空港に到着。ヘリコプターで災害地域を上空から視察。
19日9時すぎ、スイス災害救助隊員25人が捜索犬12頭を連れて関西空港に到着、自衛隊ヘリコプターで直ちに神戸入りした。
11時40分頃、羽田空港を自衛隊機で出発した村山首相が被災地視察のため大阪空港に到着、土井たか子衆議院議長とともに政府専用ヘリコプターで上空から視察。
17日午前、東京消防庁、千葉、川崎、横浜、名古屋、京都各市消防局に対し防災ヘリコプターの派遣を要請。計6機が現地に向かった。
ヘリコプターをチャーターしている企業もある。セブンイレブン・ジャパンでは、ヘリコプター7機をチャーターした。
18日、経団連は被災地への救援物資輸送を円滑に進めるため、業界団体や企業に対しトラックやヘリコプターの提供を要請する。
朝日航洋では東京に駐機しているヘリコプター12機を急きょ大阪の八尾空港に送り込んだ。

阪神大震災とヘリコプター ――5年前の報道記事を再読する――

数の上では圧倒的に災害対応活動のためのヘリが上空を舞っていたようだ。例えば消防関係に限っても27機も参じていたことが下記からも分かる。これに方面隊全力で活動した陸自他の自衛隊機、警察、民間業者が加わる。

阪神・淡路大震災は、多数の消防・防災ヘリコプターが大規模に救援救助活動を行った我が国の初めての事例であり、全国から16団体(計27機)の消防・防災ヘリコプターが参加して救急搬送、物資輸送、人員輸送、調査等に活躍した。(延べ活動機数1,336 回)。

2 阪神・淡路大震災の教訓
  (1) 阪神・淡路大震災では、多数の消防・防災ヘリコプターが活躍した一方、通信連絡網の寸断により、応援ヘリコプターの把握やヘリコプターの参集拠点、補給場所の選定等の調整に時間を要した。
  (2) ライフラインの途絶などにより、ヘリポートの使用に著しく制限を受けたり、道路、 交通機関が遮断されたことにより、航空隊員の参集や燃料輸送が困難となり、初動措置対応に支障が生じた。

大規模災害時における消防・防災ヘリコプターの広域応援体制検討委員会報告書(概要)

教訓の記述は現場上空で無駄な旋回やホバーを強いられたのではないかという疑問を想起させる。

今度はネット上に公開されている消防関係者の手記を見てみよう。

1月17日は、情報収集が中心に実施された。救援物資搬送は当初2週間特に弁当パン等の食料を中心に実施した。18日に航空部隊の会議を実施した。18日早朝の段階では、山崎パンの工場から東遊園地(三宮)まで可能な限り運ぶという情報しかなく、準備不足の中で会議を始め、参加された方々に多大な迷惑を掛けた。

会議の途中で山崎パンの工場近くの中学校のグランドを半ば強引にお願いして臨時の離着陸場とさせていただいた。

山崎パンの工場近くの中学校のグランド~東遊園地のルートでは一度に投入できる機数は、5機が限界(飛行にかかる時間は10分程度なので離着陸時等に上空待機することになる)であるので午前午後の2班に分けることにした。

18日午後には六甲アイランドの生協から食料を出していただけることになった。また、臨時離着陸も増加させることができたので別のルートを作成することになった。臨時離着陸場では、民生局の職員により誘導等をしていただいたが、事前の打合せができなかったので大変ご迷惑をお掛けした。

19日からは、スケジュールを事前に作成することができるようになり作業の流れがよくなった。また、陸上自衛隊の大型ヘリコプター(チヌーク)が救援物資を王子公園まで運び、消防関係のヘリコプターが、各地点まで運んだ。

(中略)当初2日間各航空機は、それぞれの機長の判断とパイロット共通のコモンセンスにより運航されていたというのは、神戸市内の縦横5~10キロ高さ150~400メートルの間に常時10機以上のヘリコプターが飛行していたが事故もなく運航されていたからである。

阪神・淡路大震災 消防職員手記(消防局本部・消防機動隊)

あの狭い市街地上空に常時10機以上滞空となると、ヘリの爆音が聞こえない方がおかしい。また、離着陸場所も注目である。中学校のグランドや公園など、普段はヘリなど縁の無い市街地の中に入り込まざるを得なかったことが分かる。恐らく、「震災の帯」に響いた航空騒音の殆どは、救助活動の上で避けられないものだったのだと思う。

その一方で、初動対応が情報収集中心となり、市民のフラストレーションを高めたことも想像出来る。立ち上がりの事情は流通業者も同様だろう。

実は、震災当時場外場と呼ばれる臨時の着陸場が市内に多数設けられていた。

阪神大震災では垂直離着陸の出来る特性を生かし、不足する飛行場・ヘリポートを補う場外場が数多く設けられた。
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場外場の分布(●) 神戸市街地に多数設けられている
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阪神大震災におけるヘリコプタの離着陸施設の利用と今後の課題

上記論文によると神戸市内だけで各機関合計45か所。これだけ拠点が設けられていると、周囲の建物による反響音も半端ではない。

さて、ネット情報を調べるだけでは能が無いので「ヘリ=報道ヘリと誤判断した人は、何がそうさせたのか」を考えてみた。

  1. 現場は殺気立っている
    生きるか死ぬかの瀬戸際にある被災者や現場で作業する各機関の職員に取っては「ヘリが五月蠅い」というところが重要なのであり、そのヘリが何処の所属であるかは二の次だったのではあるまいか。そういった人達にとってはヘリをしげしげと眺めているヒマは無いとも考えられる。
  2. 民間ヘリの塗装は区別できない
    赤なら消防、濃緑系なら(陸上)自衛隊などは一般人でも判断出来そうである。しかし、警察辺りから塗装の判別は怪しくなり始め、民間業者の塗装が区別出来るのは常設ヘリポートの周辺住民・関係者・マニア位だろう。特に12機を専従で送り込んだ朝日航洋は要注意だと考えられる。理由は単純で社名に「朝日」と入っているから。長く使われている塗装は、リンク先の写真のように機体の脇にも書き込まれている。デマの発信源としては申し分ないように思われる。
  3. 報道ヘリを飛ばしているのは民間の航空会社
    2.とも絡むが、次のリンクを見て欲しい(報道取材 中日本航空株式会社ニュース現場にいち早く駆けつける、報道取材ヘリコプター 朝日航洋株式会社)。物資も運んでいた朝日航洋などは功罪両面があると言えるだろう。
    Asahikouyou_2
    資本力の大きなキー局などは専用機を所有してるのだろうが、この辺の事情を踏まえて批判している連中、どの位いるんだろうね。

真の原因は定かでは無いものの、多数のヘリが入っていた事実を無視して「SAM(キリッ」などと言う自衛官を釣れてくるryoko174氏は色々な意味で筋が悪い。そこに食いついたRTが3000に達しているのも問題だ。良く考えもせず賛同RTした割合が5割としても1500人はリテラシーなど無いということだろう。

まぁ、近年田母神、佐藤をはじめとして自衛隊出身者の中に残念な主義信条を持った人がいる現状を鑑みると、「今必要な物はSAM(キリッ」って隊員が実在する可能性は否定できない(勿論皮肉である)。

もう一点、時事に関連して指摘したいことがある。あの震災当時、神戸上空は多数のヘリが滞空する状況となった。これは見方を変えると、神戸市上空が普天間基地周辺のような状態になったとも見做せるだろう。経緯はどうあれ、人口増加の顕著な県で市街の真ん中にヘリ基地を設けると言うことは、相応のストレスを与えるということでもある。

軍オタやネット右翼が声高に糾弾しているが、例え金を貰っていても、騒音は消えないからねぇ。沖縄の住民がヘリを嫌がる理由位は理解した方が良いと思うね。

2014/1/24:追記
報道とそれ以外を切り分けたい向きもあるだろう。しかし、彼等の立場に近い目線で書かれた物を見ると本質的にはどこのパイロットも同じであることが分かる。

例えば、朝日航洋の業務紹介ページには次のような記述がある。

入社後の2年間は飛行訓練を受け、旅客輸送業務や測量送電線巡視など様々な業務を担当しました。幅広い仕事を経験できることは、当社の魅力の1つだと思います。

現在担当しているのは報道業務。テレビ局と契約し、事件・事故、資料映像を撮影するためにヘリの操縦を行っています。当社に常駐しているテレビ局のクルーから依頼を受け、天候に問題がなければ10分後には飛び立ちます。

報道はスピードが求められるので、迅速に対応することが重要です。そのために、毎朝搭乗するヘリの座席の位置を調整し、使い慣れた自分専用の地図やヘッドセットなどを装備しています。

基本的には待機している時間が多いのですが、待機中は仮想の目的地を決めてのフライトプランづくりや飛行シミュレーションを行っています。

心がけていることは、安全が第一ですが、テレビ局のクルーが求めている映像を撮れるようなフライトです。

(中略)目標は、高校時代から憧れていたドクターヘリの機長になることです。
朝日航洋の人と仕事 (航空事業)操縦職 ヘリコプター

キャリアを見る限り「報道は操縦がいい加減で、それ以外はまとも」というのは只の思い込みの可能性が大である。

事業用(仕事活用編)の免許(『ヘリコプター・飛行機パイロットの夢叶えませんか』内)の説明では特に飛行目的で格差のような記述は無い。それどころか「民間」というカテゴリーに「防災」と「報道」が並び「(テレビ局は民間のヘリコプターをチャーターすることが多い)」と補足されている。一方、養成学校の一つ「大阪航空株式会社」は八尾を拠点とし、警察出身者を教官に迎えている。説明には「ヘリコプターを運航する使用事業会社や新聞社のパイロット、航空機メーカーのパイロットなど、現在では多くの分野でパイロットの募集が行われております。」と、新聞社は自社で機体を持っていることもあるようだ。朝日新聞の募集ページが残っているのでそれも引用しよう。

募集職種     操縦士(小型ジェット機およびヘリコプター)
応募資格     1975年4月2日以降の生まれで、飛行機または回転翼航空機の事業用操縦士以上の技能証明書を有し、第1種航空身体検査の基準を満たす方。総飛行時間1000時間以上の経験を持つ方を歓迎しますが、それ以下でも、年齢や資格、経歴を考慮します。
選考方法     書類選考のうえ複数回の面接をします。1次試験は12月7日(日)に東京で実施します。
試験内容は面接、模擬飛行装置(FTD)での実技、筆記試験です。

2014年社会人採用試験 航空部 報道パイロット

他社で経験を積んだベテランを募集しており、内容はかなりしっかりしているように思われる。最近はそこらの書店で「パイロットになろう」的なムック本も売られているのに、したり顔で「マスゴミ糾弾」に便乗している一部軍事マニアや航空マニアは只のメカフェチであることが確定した。

パイロットの能力に差が無ければ、社有機か、チャーターか、防災目的の測量・撮影なのかを一見で判断することは益々難しそうだ。そもそも区別の意味がどれだけあるのか。

2014/1/26:追記2
さて、多くの方にご覧いただき感謝します。一部に元住民からの御指摘もあった。例えば、kumakuma1967氏には色々コメントを頂き「空中写真測量各社の市街地での緊急の自主空中測量は1/20からが中心」そうである。しかし、運航会社の存在とパイロットの問題については当方が調査した事実で説明には十分だと考える。彼は「ヘボ仕様では商売にならん」と言うが、西川氏の記録が示す通り、震災への適応性に憎悪に近い疑問を呈されたのは消防その他も同じである(『セキュリタリアン』は能力が無いことを以って反論したが、何時までもその状態では困る)。何にせよ開発するのは航空機材に手を突っ込んだメーカーである。

また、氏は「素早い対応で報道はテロップで撮影時刻入れるのやめたよね」と述べている。このように当時、メディアで反省が無かった印象があるが、上で出てきた手記にはこんな記述もある。

今回の震災に限らず事故現場上空において無理な飛行をする取材機が散見されるのが残念だが、今回は取材機相互が無理な飛行をするヘリコプターに注意を受けたパイロットもそれ以後反省して安全に配慮して飛行したことはすばらしいと感じた。
阪神・淡路大震災 消防職員手記(消防局本部・消防機動隊)

同職種という繋がりからは自然に思う。浅井久仁臣氏によると「マスコミ各社が消防関係者や被災者の苦情を受けて検討会を重ねていた(略)が、ハッキリした結論を出さぬまま立ち消えになってしまったらしい」(災害時の報道取材ヘリ問題)とのことだが、同じパイロットが雇い主によって操縦の仕方を変えると言う点にメスを入れないとどうしようもないだろう。事故を起こして真っ先に死ぬのはこの人達でもあるのだが。

この他、ラジオ関西は『震災報道の記録 『被災放送局が伝えたもの』』という記録を残している。問題点に触れている部分はリンク先で読んでいただくとして、1月17日20時42分に「この時間でも上空に取材ヘリがいる。」と書かれているのが注目点。夜間なら判別は不可能だろう。また、1月19日午前7時10分「長田区のリスナーからマスコミの取材ヘリがうるさくてラジオが聞こえない」との通報があったと書き残している。発災直後は救助活動とも競合しただろうが、決して当日だけが問題だったわけではない。

また、kumakuma1967氏は早野教授のRTが散見されるので思い出したが、東日本大震災当時、右派・軍事マニアを中心に「メルトダウンは無い」等とデタラメを吹聴してその後も平然としている者達がおり、メディアに対する敵愾心を持つ層とラップしている。彼等に報道ヘリを批判する資格があるかは疑問である。少なくとも阪神の報道ヘリは事実を映しており、その価値は比較にもならない。

逆に言えば、初期のヘリ報道にはそれなりに価値もあった。例えば、あの震災で鈍さが問題になった村山首相は偶々6時にTVを付けて第一報を知ったが現地の映像は無かった。その時点では当局関係の連絡網も首相の役には立たなかった。麻生幾『「情報」官邸に達せず』にはその後も「テレビさえ点けていなかった」と書かれているそうだが、このこと自体麻生幾氏が「映像を見たら違っていたかも」と感じたということ。村山(自社さ)政権は他の問題もあろうが、国民一般が事態を飲み込むのに果たした役割も似たようなものである。空撮にはそれだけの力があった。建築等の専門家も解説の参考にしていた。過剰取材は批判されるべきだが、全くメディアが無いのも問題だね(参考:「震災と政治(2)阪神・淡路大震災と政治」)。

2014年8月25日 (月)

「日本で原発が動き出したのはオイルショック後」と放言するPolaris_sky氏

「日本の原発は高度経済成長を支えた」という誇大宣伝が1000件以上RTされる

上記のように誇大宣伝する者がいる一方で、推進派の「有名人」(原発憲兵)にはこんなことを布教している者もいる。

>オイルショック後、日本の電力の30%を担ってきた原子力発電所魚拓
>オイルショックからはじまったエネルギー危機を解決するための策
魚拓
>レベル低っw日本で原発が動き出したのはオイルショック後魚拓

ポラリス先生のご見解です。凄いなぁ、日本産業界の先見性と突貫工事(棒)。

こういう人ってつくづく年表とか見ないよね。周囲のお仲間も誰も彼の放言をフォローしてないし。lm700j君とかひまわりアイコンとか。彼等は高橋一博氏と違って無闇に攻撃的なのが特徴だが、水に落ちた犬を叩くために徒党を組んだだけなので、相互の信頼関係みたいなものはないんだろうね。

さて、前回記事でも示したが、1973年冬のオイルショックまでに運開していた原発は5機あり、ショック直後の1974年にも3機が稼動している(前回記事はオイルショックで救援併入された福島2号機までだったが今回は1974年分も全てを列挙)。

・東海発電所:1966年
・敦賀1号機:1970年
・美浜1号機:1970年
・福島1号機:1971年
・美浜2号機:1972年
・島根1号機:1974年3月
・福島2号機:1974年7月
・高浜1号機:1974年11月

ところで、オイルショックがあって翌年に稼動できる程原発って簡単に造れただろうか?違うよね。何年も前から工事始めて完工しただけだ。で、チマチマと増設・小改良を続けて30%を担うようになったのは昭和から平成への境目だということも電源別発電電力量の実績などを調べてみると大体つかめる。結果として、推進派がバカにする高橋裕行氏のコメントに出てくる「20年」の方が3割が維持された期間としては近い。ポラリス氏は40年間と思っているらしいが誇大宣伝である。

コラム
世界に目を向けると、オイルショックを機に一気に同型の原子炉を「量産」した例もあって、フランスが該当する。フランスの原発コストが安価で知られてきたのは同タイプの炉を短期間で建設するという周到な計画に基づいた結果であって、只原発だから安いと宣伝していた訳ではない。日本でも標準化の努力はされたが、フランスほどの結果は出せておらず、原子炉は大きくPWR・BWRの2系列に分かれ、更に各サイトで少しずつ仕様が異なっている。

これだけで終わっては面白くないので、オイルショック直前にどのような原発建設を構想していたか、電力業界で作る中央電力協議会の公表資料を下記に引用しよう。

Karyoku197305_tab1 出典:『火力原子力発電』1973年5月

アルファベットで表しているものは「場所を特定しない」条件で計画に組み込まれたものである。同時期に2箇所で立地活動をしている場合や、立地点の方を後から探す場合などには、このようなカウントの仕方が便利だろう。また、運開時期は計画上のもので実際とは異なる。以前紹介した東電で福島の敷地高を決めた小林健三郎氏が行った適地研究と見比べるのも良いだろう。

携帯で読んでいる方のために各社の計画数だけ箇条書きしてみよう。

・北海道電力:2機
・東北電力:5機
・東京電力:25機
・中部電力:9機
・北陸電力:3機
・関西電力:22機
・中国電力:4機
・四国電力:4機
・九州電力:5機
・日本原電:3機

壮観の一語に尽きる。オイルショック前の計画数だけで福島事故前の建設実績55機を超え、80機以上。実績数の方が多いのは原電と九電位か。私は事故後、脱原発寄りに考え方を変えたが、こうした大風呂敷に一種の魅力がある(あった)ことは否定しない。未成鉄道や高速道路計画とかと同種の趣があるし、当時どのような未来を思い描いていたか、技術観の一端を知る事も出来るからだ。本来、原発推進派の一部は「新幹線は何km出る」と同じ無邪気な感覚でこの種の計画を掘り起こしては弄んでいたものだが、最近は劣化が激しく、技術史的にも何の益も無い。軍クラのようなオタク集団は広報資料に罵倒加えてばら撒くだけだし、業界人は明日のお飯のためか、ひたすら聞き飽きたホラを吹くのに必死である。

例えば泊原発に見える国策としての原発建設(2014.8.9)というまとめで次の指摘がある。

上記の表を見ると北海道電力は2機だけのラインナップで、泊3号機の芽は無かったことが分かる。本州の過剰なまでの計画数と比較すると、この事実はコロラド氏の指摘を裏書きする。例えば「他社での立地が行き詰ったため障害の少ない地方電力を狙って増設」といった道筋が考えられる。このように、過去の計画表から汲み取れる内容は多いだろう。

本題に戻すと、ポラリス氏の説明はこの表からも誤りと分かる。更に言えば、1960年代、中央電力協議会はこれと同種の計画を毎年提出していた。

私は、電力会社が少しかわいそうになってきた。推進派の都合でオイルショック前の努力を無視されたり。外交官もそうだ。オイルショック後の解決策で一番役に立ったのはアラブ各国の機嫌を損ねない友好政策だと思うが。幾ら日本政府と業界が間抜けとは言え、ポラリス氏よりは周到である。原発も「少しは動き出していたが、沢山ある訳ではなかった」というだけのことなのだが、何でもゼロイチに還元するから珍論が跋扈するんじゃないのかな。今回の与太も↓正にこんな感じのコメントが相応しい案件。


まぁその場その場で適当なPA(宣伝)を打って来た結果がこういったずさんだから自業自得でもあるが。レベル低っw

【追記】2014/8/25:運開の細部、中央電力協議会の表説明を改める。

2014年8月11日 (月)

「日本の原発は高度経済成長を支えた」という誇大宣伝が1000件以上RTされる

「日本の原発は高度経済成長を支えた」←また酷いデタラメである(魚拓)。偶には記事にする。

まず、時系列が変である。通常、高度経済成長とは第一次オイルショック(1973年冬)までを指す。より正確には1954年(昭和29年)12月から1973年(昭和48年)11月までの19年間だそうだ。オイルショックが高度成長に止めを刺している以上、「高度成長期を支えた」一例であるかのように「オイルショックの落ち込みを補った」が続くのは、真偽以前に表現として不自然なのである。更に不自然なのは不況で落ち込むのは需要であり、供給がそれを補うのはあり得ないということ。「電気は溜められない」が特徴の電力事業では尚更である。

73年と言う年は同時代人にとっても、TVの映像でしか知らない人にとっても高度成長終焉というイベントのお陰で印象深いので結構覚えているかと思うのだが。

次に、「高度成長期」に運転を開始した原発を数えてみよう。なお、これ以前のものは研究炉や実証炉ばかりで電力生産にまともに寄与するものはない。

・東海発電所:1966年
・敦賀1号機:1970年
・美浜1号機:1970年
・福島1号機:1971年
・美浜2号機:1972年
・福島2号機:1974年7月

まず押さえておきたいこと。高度成長の前半期に稼動していた原発はゼロである。高度成長期全期間を通じても、正式に運開していたのはたったの5機に過ぎない。片手で数えられる。自ずと当時の発電量や設備容量に占める割合も想像がつくというものだ。リンク先のグラフを読めば分かるとおり、日本の原発は高度成長を支えていない発電電力量の推移)。勿論、19年続いた高度成長期の最後の数年間で少しばかり発電したと言う見方は出来ようが、その貢献度は当時落ち目だった石炭火力や、高度成長前半期には主役の座を火力に譲っていた水力にも劣るのである。

なお、福島原子力発電所は福島第二の計画が具体化したことに伴い、1974年に福島第一原子力発電所に改称したので注意が必要である。福島2号機はオイルショック前にパワーアップテストの工程まで進んでいたため、出力制限して救援のため併入された。

また、長年約3割の発電量を担っているという宣伝が繰り返されたため麻痺している人も多いが、3割弱に達したのは昭和も終わりに差し掛かった頃である(電源別発電電力量の実績)。3割とは平成時代最初の20年ほどの話。バブルは遠くなりにけり、という時間感覚の問題なのだ。

余談だが、高度成長期に運開した原発はいずれも出力が小さく発電単価は大きくなりがちで、導入炉としての性格が強かった。だから、当時の火力発電に比較しても、何処まで競争力を持っていたかは疑問である。言い換えれば原子力発電の技術が成熟するまで大量導入を控え、火力一筋を継続する道も十分な現実性を持っていたと考えられる。フランスやスペインは実際にそのような道を辿っており、荒唐無稽と言う訳でもない。そして、オイルショック時に稼動していた原発は、OPECに対して何のブラフにもなっていない。

また、意外と知られていないのは、オイルショックのため原発の建設ペースは落ち込みを経験したと言うことだ。

しかし、これも小中学校で習った社会の勉強を思い出せば、自然と理解出来る。高度成長期に考えられていた日本の未来像は実際の姿とかなり異なっているからだ。簡単に言えば、それは重厚長大産業への極端な依存であった。苫東、むつ小川原といった失敗の見本のような工業開発は本来そのために準備されたものだ。しかし、現実にはオイルショックによる原料費高騰や人件費の漸増などによりそのような路線は修正を余儀なくされ、軽薄短小な精密機械工業やサービス業の拡大が進展する。それで電力が高度成長期に考えられていたように伸びる訳もない。

しかも、福島第一について言えば、工事が遅れたことは幸運だった。福島原子力建設所所長であった中村良市氏は次のように述べている。

②工期の延長
需給の落ち込みにより、電源建設工事は軒並み工期を繰り延べる事になりました。忘れもしませんが正月15日(昭和50年1月15日)突然電源計画課長から呼び出しがあり5、4および6号を1年ないし1.5年工期を延長してもらいたいという事を通告され、その理由をるる説明されました。工程表を明日までに提出せよということになりその晩は徹夜で工程表を作る羽目になりました。その時決めた運開日がその後実際に運開した日であります。

3号機はすでに試運転に入っておりそのままいくことになりました。さて、これからが大変でして5、4号機は据付がだいぶ進んでおりましたので、長期の保管体制に入らなければなりませんでした。まず保管体制の検討、建設工事人員の再配置などの検討が必要になりました。

6号機はPCVの据付が完了した段階ですが、大部分の機器は現場に到着しており、また、タービンなどGEよりの輸入機器も多く1年以上どうやって完璧な状態にして保管するか大問題になりました。

6号機建屋の近くに大々的な保管倉庫を作りGEの指導のもとに綿密な保管体制にはいりました。

工期延長はいろいろな事態を起こしましたが、一方、この頃から発生したSCCに対する対策、改造を実施することができた事など、良い面も多々ありました。また6号機は設計の遅れを取り戻すことができ、給水系のFCVをMG controlに変更することが出来たことなど、その後の安定運転に寄与することが出来たとおもっております。

中村良市「原子力発電開発の道程(2)」

面倒なので専門用語の説明はしないが、何となく時間的な余裕が取れたことは分かるだろう。『原子力の社会史』などの通史を読むと、1970年代は日常的な運転においてもトラブル続きで、その対策に追われた苦しい時期だったことが記されている。高橋氏の言うように強引な稼動を行なっていたら、上記の改良を反映する暇は無くなり、現実の福島第一以上にずさんな設計・施工の原発となっていたことは疑いない

高橋一博氏を見て分かる事は、62歳だからと言って自分が生きた時代を正確に覚えてるとは限らないと言う、至極当然の話である。高橋氏は仕方ないにしても、それにも増して問題なのはこんな与太が現時点で976件もRTされてることだが。殆どが賛意のRTじゃないのこれ。こんなデタラメをあり難がって放射脳叩きに勤しんでる原発推進派は知恵無しのバカだね(笑)。

2014/8/16:タイトルが分かりにくかったので変更

2014/8/24:追記、一部表現見直し
続き→「日本で原発が動き出したのはオイルショックの後」と放言するPolaris_sky氏

沢山の方に御覧いただいたようで感謝いたします。

今回のような誇張・デマへの疑問を提起しながら日頃は原発の歴史研究記事もやってます。例えば下記など。御笑覧頂ければ幸いです。

-東北電力の企業文化は特別か-日本海中部地震津波では能代火力造成地で多数の犠牲者

小林健三郎が選んだ「原子力適地」-中部電力浜岡原発などは除外-

茨城県の「要請」は明記せず日本原電の対応を「自主」「独自」と喧伝する危うさ(追記あり)

2014年6月 9日 (月)

吉田調書をスクープした朝日新聞を叩く門田隆将氏の問題点

今回は吉田調書をスクープした朝日新聞を叩いてるオタク共は『海上護衛戦』に墨でも引いて読んでろの続きである。

【ウェブサイトで取材記録を公開しない門田隆将氏の批判に欠ける「説得力」】

実は、バランスを欠いて党派的な言動を重ねているのは前回批判したネット右翼系のオタクだけではない。政府事故調とは別ルートで吉田氏に接触したと思われる門田隆将氏もそうである。彼のブロゴス記事を見てみよう。

私は吉田さんの生前、ジャーナリストとして唯一、直接、長時間にわたってインタビューをさせてもらっている。私がインタビューしたのは、吉田所長だけではない。

当時の菅直人首相や池田元久・原子力災害現地対策本部長(経産副大臣)をはじめとする政府サイドの人々、また研究者として事故対策にかかわった班目 春樹・原子力安全委員会委員長、あるいは吉田さんの部下だった現場のプラントエンジニア、また協力企業の面々、さらには、地元記者や元町長に至るまで、 100名近い人々にすべて「実名」で証言していただいた。

私がこだわったのは、吉田さんを含め、全員に「実名証言」してもらうことだった。そして、拙著『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』が誕生した。

「お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事」(2014年06月01日 06:28)

私は『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』は読んだし、門田氏のウェブサイトも見てみたが、彼がインタビューした100名の関係者との問答集一覧は掲載されていなかった。飯の種とは言え、結局は、門田氏や出版社と言うフィルターを経て世に出ている訳だ。このことは、後述する菅直人叩きへの腐心や、事故前に吉田氏自身が津波対策を怠った件のバイアスとなって表れている。

なぜ調書の吉田証言を「直接引用」をしないのだろうか。ひょっとして、そうは吉田所長が語っていないのを、朝日新聞の記者が“想像で”吉田氏の発言を書いたのだろうか。

「お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事」(2014年06月01日 06:28)

御自身が範を示せば、この言葉には説得力が伴うだろう。

15/5/14追記
この記事を書いて1年が経過した。その間津波問題に関しては添田孝史著『原発と大津波 警告を葬った人々』が上梓され、添田氏はネット上に「補足と資料」のサイトを開設、独自性の強く貴重な取材成果をアップしている。嘘だと思うなら貴方の目で確認されることをお勧めする。同じ話を使いまわすだけの門田氏とは雲泥の差であることが分かる。

更に、添田氏は精力的な追加取材を敢行し、Twitterでリアルタイムに第一報を報じ続けた。福島原発告訴団は2015年春、同書出版後に発掘された新たな福島沖の津波想定の成果を盛り込み、検察審査会に強制起訴を求める上申書を提出した(ココココを参照。新資料発掘は私も行った。当ブログ2015年2月2015年3月の記事を参照して欲しい)。元政府事故調関係者もこうした動きを見て失敗学会を通じて緊急フォーラム研究会を実施し、これまでの姿勢を修正しつつある。英雄吉田という虚像は既に崩壊している。

【俗的な「ドラマ」の取材にプライオリティをつけて失敗した門田隆将氏】

門田氏は長時間以上インタビューをしながら分秒の対応策に時間を割き過ぎたために、本店時代の津波対策の件を先送りした。

この話は、私は3回目の取材で吉田さんに伺うことにしていたが、その直前に、吉田さんは倒れ、永遠にできなくなった。

故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか」2013年07月14日 16:31

前2回の取材で大まかなことは聞いていたとも語っているが、この手の話は「真理は細部に宿る」ということもある。細部を聞けなかったのは、門田氏のマネジメントの失敗である。事故時の対応振りもそれなりに重要だが、周辺の補機類や資材まで流出させた津波の規模を思い起こせば、直近数年の経緯で勝負はほぼ決まってしまっていた。門田氏は同書冒頭に、吉田氏の健康状態は既に優れなかったと記している。ならば、事故前の経緯を優先して聞くべきだった。

しかし、門田氏の取材方針からか、同書は事故時の官邸との対立など、マスメディアが「ドラマ」として面白おかしく書きたててきた部分をクライマックスに持ってきている。この点は朝日新聞のしてきたことも大同小異だが、門田氏も同じ穴の狢ということだ。門田氏に、朝日新聞を批判する資格など無い。

政府事故調の聴取方法は良くも悪くもオーソドックスで検察の取調べを参考としたと言う。吉田調書は門田氏の取材では浮かび上がらなかった本店時代の詳細を白日に晒す可能性を秘めていると言える。

ただ、私はこうも考える。ひょっとしたら、門田氏は自らもフィルターを通して吉田氏を描いたことを客観化されてしまうのを恐れているのかも知れない、ということだ。

【吉田氏を都合よくアイコンとして使っているのは門田隆将氏】

なお、前回のブログでも触れたように吉田所長についてこんな的外れの評価をしている者がいる。

しかし、実際に『死の淵を見た男』を読めば、吉田所長を使いでのあるアイコンとして物語化し、英雄視していたのは門田氏なのは明らかだ。四式戦闘機弁務官氏は『死の淵を見た男』を読んでいないのだろう。

門田氏は恐らく東電との意見やプロモーションに関する摺合せを経て、吉田氏にコンタクトした。吉田氏にコンタクトを取ることが出来たジャーナリストとして、特異なポジションにある。論壇での立ち位置はともかく、その成果は誇っても良いことだただし読み手が注意しなければならないのは、その立場を保持する限り、門田氏はいかようにも書くことが出来るということだ。同等以上の情報を入手した朝日新聞の出現は、寡占市場を崩すようなもの。正に想定外だったのではないだろうか。

私は、『死の淵を見た男』を「東電が欲した物語」と見なしている。東電事故調は自己弁護という役割は100%果たしたものの、東電の視点で見た場合、カバーしきれなかった点がある。それは社員のメンタル面への気配り-正当化のための物語の提供-であり、この役割を果たすのが、『死の淵を見た男』である。太平洋戦争敗戦後、軍や軍人の正当化を(部分的にでも)図る役割を担った代表例として、「ジャーナリスト」伊藤正徳の著書がある。これと同質のポジションだろう。

今回の震災で被災したもう一つの電力会社、東北電力もこの手法を使い、町田徹『電力と震災』を上梓した。私が東北電力に原発の件で何度か問い合わせした時、同社の広報担当者は自社社員の書いた記事と並べて、『電力と震災』を参考文献に挙げてきた。そのことから『電力と震災』の位置付けが分かるし、私はこの経験から、『死の淵を見た男』も東電にとって同様のツールであるとの感を益々強めた。だからこそ、『死の淵を見た男』は様々な視点で読み解く価値がある。しかし、そういった分析視点は、東電の宣伝対象であるネット右翼や科学オタク、金儲けのことで頭が一杯の一部再稼動支持者には無い。

なお、吉田氏は発売された本書を目にしているがその時の反応は次のようなものだったという。

脳内出血で倒れて4か月後に出た拙著を吉田さんは大層喜んでくれた。そして、不自由になった口で「この本は、本店の連中に読んで欲しいんだ」と語られた。

「故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか」2013年07月14日 16:31

私から見れば彼は「本店の吉田」でもあり「現場代表の吉田」でもあり「東電の吉田」でもある。同書に描かれたのが「本店の吉田」でないことは確かであろう。

【本店管理部時代の津波対応をオミットした『死の淵を見た男』】

「物語」という視点を導入したからには、限定的ではあるが、その解体作業にも手を付けておかねばなるまい。つまり、『死の淵を見た男』が抱える問題点である。

最も重要な点は、吉田氏の本店時代の津波に対する姿勢が本書でオミットされていることだ。何度か読み直したが、やはり見つからない。門田氏はこの件をブログで補足している。

『死の淵を見た男』は2012年末の出版だが、本店時代の件は2011年時点でメディア報道で触れられていた。同書は政府、国会、民間、東電の主要4事故調報告書を参考文献としているため、門田氏も当然この件は執筆時に知り得た筈である。明らかに重要なエピソード。にもかかわらず、書籍外で補足するという選択をしたのは、例え弁護のためのロジックを用意していたとしても、美談として製作した同書に水を差す内容だったからではないのだろうか。

【自分の本に書いた話すら都合が悪いと無視する門田隆将氏】

そのブログ記事「故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか」は奇妙な記述が垣間見られる。

いま、吉田さんが「津波対策に消極的だった人物」という説が流布されている。一部の新聞による報道をもとに、事情を知らない人物が、それがあたかも本当のようにあれこれ流しているのである。

私は、吉田さんは津波対策をきちんととるための「根拠」を求めていた人物であると思っている。新聞や政府事故調が記述しているように、「最大15.7メートル」の波高の津波について、東電は独自に試算していた。これは、2002年7月に地震調査研究推進本部が出した「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という見解に対応したものだ。

そもそも、これはなぜ「試算」されたのだろうか。これは2008年の1月から4月にかけて、吉田さんが本店の原子力設備管理部長だった時におこなわれたものだ。

「故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか」2013年07月14日 16:31

この程度のことは事故調と一部新聞の報道を取り纏めたらすぐに分かる事である。門田氏は「事情を知らない人物」でもあるまいに、今更何を言っているのだろう。そして、残念ながら、「津波対策に消極的だった人物という説を流布」しているのは門田氏自身でもある。次の記述と比べてみよう。

なぜそんな事態になったのか。吉田にもわからなかったのである。

「この時点で、テレビで津波情報は流れていましたが、そんなに大きいものが来るとは、気象庁からも出ていないわけです。僕は、もしかしたら、津波が来て、(四円盤の)非常用の海水ポンプのモーターに水がかかることがあるかもしれないと、考えていました。また、引き潮になった時に水がなくなりますから、どうすればいいのか、そのへんの手順を考えないといけないと、思ってたんですよ。それで、津波対応として、いろんなポンプの起動手順だとか停止手順だとか、そういうものをもういっぺん確認しておくように指示を出していました。それでも、大きくても五、六メーターのものを考えてのことです。まさか、あんな十何メーターの大津波が来るとは思ってませんでした

(『死の淵を見た男』P57)

確かに、気象庁の津波警報が津波を過小評価し、大被害に繋がったのは巷間指摘される。この点は吉田氏の証言は当時の状況と一致する。しかし、十何メーターの津波が来ると本気で思っていなかった(頭の中で想定内に入れていなかった)ことも、この証言からは読み取れる。それが、「津波対策に積極的だった」と言えるだろうか。

門田氏は月刊誌に詳しくレポート記事を書いたとのことだが、各事故調報告の後追い程度の内容で「吉田氏は仕事をした」と強調する程度の物なら、価値は無い。吉田氏は「十何メーターの津波が来る」と思えなかったから学会の権威を借りることにし、具体策は延期したと受け取る方が余程自然である。また、学会のオーソライズ自体も表面的な理由かも知れない。90年代末から、東電は原子力部門を含めたコスト削減策に血道を削っていたからである。

巷間伝えられるところによれば本格的な対策費用は400億、致命的な部分に限って数億から数十億といったところと目されるが、例え後者の金額であっても、原子力部門としては避けたい出費だったのかも知れない。そのような小規模対策は単年度予算に収まるだろうが、「吉田氏の在籍した年度の予算に与える影響は大きい」と解することも出来る。

そもそも、東北電や日本原電がオーソライズを待たずに対策(日本原電は吉田氏と同時期、ただし問題もある)した以上、門田氏の弁護は根本的に無理がある。日本原電の例は民間事故調報告書にも書かれている筈だが、同書を参考文献に挙げてる門田氏は何処に目をつけているのか。

【協力企業に関する恣意的な取扱い】

次のような記述も見られる。全面撤退か否かで揉めていた15日前後の様子に関しての批判だ。

一連の朝日の記事の中には、実質的な作業をおこなったのは「協力企業の人たち」という印象を植えつける部分がいくつも登場する。しかし、これも事実とは違う。放射能汚染がつづく中、協力企業の人たちは吉田所長の方針によって「退避」しており、作業はあくまで直接、福島第一(1F)の人間によっておこなわれているのである。

お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事 2014年06月01日 06:28

確かに、運転員は元々東電社員から養成されているし、ベントのための建屋への進入はプロパーの所員から選抜したそうだ。消防車からの放水も15日頃に限っては東電社員だけで実施したらしい。しかし、そんな状態で長く続けられる筈も無い。門田氏は次のように書いている。

この日の朝、死に装束をまとって座っているように見えた吉田ら幹部たち「六十九人」を除いて、福島第一原発の免震重要棟から退避してきた東電社員と協力企業の人々は、六百人近かった。

福島第二原発の体育館に、彼らは収容されている。しかし、「六十九人」の懸命の闘いにも、限界があった。特に原子炉への注水活動の人員不足が時間を経るにつれ、露呈し始めたのだ。

「どうしても、数少ない残った人たちだけでは活動が難しかったと思います。それで一度は第二の体育館に退避した人たちも、徐々に第一に帰り始めるんです。線量の高いところに戻るわけですから、葛藤があったと思います。

(『死の淵を見た男』P280)

事故発生当初から、対処は協力企業無しでは成立しなかった。それどころか同業他社の力も借りている。例えば、町田徹『震災と電力』には3月11日当日、福島第一に向けて急行する東北電力の電源車の記述がある。東北電力ばかりでなく、事故調での記述を読めば分かるようにあの日、福島第一に向っていた電源車は自衛隊のものなどを含め数十台に上っていた。

14日の3号機爆発の時もそうだ。happy氏は『福島第一原発収束作業日記』に「その日(14日)は朝方の暗い内から作業してたんだけど、「免震棟に戻れ」って指示があって全員戻ったんだ」と書いている。この後吉田所長の訓示があり、一時退所している。要するに、縁の下の準備などは下請け依存だったということだろう。ちなみに、3号機爆発の際は門田氏の大好きな軍人(自衛隊員)も負傷している。放水(つまり、作業)のために展開していたからだ。その過程は彼自身も書いている。

朝日新聞の「逃げた」という表現はまたぞろドラマをやろうという意図を感じなくも無いし、その過程は吉田氏に限らず様々な記録も残っている。だからその批判は分かる。しかし、門田氏が主張していることは「華々しく前線で戦う兵士は志願兵だった」「正規兵だった」「海戦の肝は東郷提督の回頭命令だった」などと言うのと同じで、日常のプラント維持に欠かせない支援部隊や兵站部門を無視した難詰である。

止めとして『死の淵を見た男』から一行引用しておく。

福島第二原発に退避した人たちが、続々と第一に帰ってきたのは、三月十六日である。

(『死の淵を見た男』P287)

一日で戻ってくる程度の期間でしかないのなら、その前後の期間がそうであったように、作業の「量的な主力」は「協力企業の人たち」だろう。この間には協力会社の一つ、原子力防護システムに勤務するベテラン消防士が、同社の本社と掛け合って放水作業に参加するまでのやり取りも描写されている。かように門田氏の健忘症は、党派的である。

【『死の淵を見た男』にもあった吉田所長の「オーバーな表現」】

朝日には厳しく、推進派や反反原発には甘い傾向は門田氏の著書を読んだ筈の読者たちにも見受けられる。例えば、吉田調書から引用した朝日新聞に対して「チャイナシンドロームなんて言葉を使う訳がない」という批判がある(【吉田調書】当時、吉田所長は細野豪志首相補佐官に電話で「炉心が溶けてチャイナシンドロームになる」と言ったのか?-Togetter)。しかし、これは俗語としての使用であるのは一目瞭然だ。しかも、『死の淵を見た男』が発売された時にこうした言葉の揚げ足取りは問題にもならなかったのである。

非常用ディーゼル発電機が津波で停止した際の様子を門田氏は次のように描写している。

いつの間にか吉田には、何かが起こった時に、”最悪の事態”を想定する習性が身についていた。吉田の頭の中は、この時点ですでに「チェルノブイリ事故」の事態に発展する可能性まで突きぬけていた。すなわち、「東日本はえらいことになる」という思いである。

(『死の淵を見た男』P58)

なぜ吉田氏の証言を「直接引用」をしないのだろうか(笑)。

それはともかく、推進派は事故前、チェルノブイリ事故について比較すること自体を否定していた(松野 元『原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために』参照)。事故後も福島との相違点をネットの内外で強調して回った。民間事故調が近藤駿一氏の被害想定を公開した時にも、推進派は「菅直人による政治的な誇張」と嘲笑していた。門田氏の表現は、それらを全て覆すものだ。

ちなみに、『死の淵を見た男』には海水注入問題について班目氏の次のような証言がある。

海水注入を優先して行わないと、本当にチャイナシンドロームになりますので、私は何が優先かというと、とにかく冷やすことですから、海水注入を優先するように言ったんです。

(『死の淵を見た男』P223)

上記より、「プロがチャイナシンドロームなんて言う訳がない」と主張した反反原発全員の主張が崩壊する。揃いも揃ってバカで無能な癖に、下らないまとめでグダグダと意味の無いツイートを重ねているのが良く分かる。

吉田氏の活躍を最初に報じたのは2011年5~6月頃の『週刊現代』だったと記憶する(後で調べたら5月7日号で「日本の運命を握るヨシダという男」とい う記事が掲載されている)。その頃から率直な物言いをするという評が伝えられていた。そのような人物なら「禁句」を設定するとは思えず、政府事故調に対し て「チャイナシンドローム」、門田氏に対して「チェルノブイリ級」と語ったのであろう。むしろこれは、事故の重大性を分かりやすく表現するための、吉田氏 なりの気配りと解することが出来る。周囲が、どこの媒体が報じたかで党派的にデタラメな毀誉褒貶を加えているに過ぎない。

同じような話は「メルトダウン」という単語に対してもあった。メルトダウンと炉心溶融-Togetterに詳しいが、NRCのウェブサイトでは普通にFAQにも載っている。反反原発は事故発生時、メルトダウン自体を否定し、溶融不回避と悟ると今度はメルトダウンという言葉を福島事故が当て嵌まらないように歪曲して解釈しようとした。結局、原子力安全委員会委員長という、これ以上無い権威的職位にあった班目氏が、『証言 班目春樹』P64にて「メルトダウン」という単語を使用したことで止めを刺された。

【まとめ・補論】

上記のように、門田氏や推進派の言行を点検してみると、恣意性によりその場その場でいい加減な表現が垣間見られる。また一連の記述と弁明を読んで思ったのは、先ほども述べたが門田氏が後方兵站の重要性を意図的に軽んじて必要以上の英雄視を行う傾向があることだ。菅直人 の「悪役振り」を強調し、わざわざ従軍慰安婦騒動に例えるところにも、本質的に右派であることが伺える。ちなみに、慰安婦問題では今年になって軍の新資料 なども発掘されているのだが、何故わざわざそのような墓穴を掘る言動を取るのか。

ただし、比較して改めてわかったのは吉田氏は門田氏にも政府事故調にも率直な意見を述べていると思われることだ。2つの証言を相互に比較しても矛盾は少ない。そうしたことは、朝日新聞の取材班を含めた、調書を精読した者達には良く分かっていたのだろう。

もう一つ、門田氏の本を最近の寸劇混じりのNHKスペシャルじみていると揶揄する向きがある。私もそう思う。海抜4mのエリア をわざわざ「四円盤」と呼ぶのは、圧力抑制室を「サプチャン」と意味が失われた略語を使って粋がるのと似ている。こうした言動は竜田一人のマンガ「イチエフ」で「ふくいちなんて呼ぶ奴はいない」と自作を宣伝する行為にも見出せる。「事情通を気取る心理」というべきものだろうか。非常に興味深い。

2014/6/10:内容はほぼ同一だが全面改訂、加筆を実施。

2015/5/14:冒頭にその後の顛末を加筆。
結局、朝日の要求に応じて政府が開示した聴取録からは津波想定に関して驚くべき新事実が発見された。予想通り、脇役に過ぎなかった吉田調書ではなく、保安院の小林調書にある「津波に関わったらクビ」をはじめとする一連の証言である。また、添田孝史氏の『原発と大津波』により新証拠が多数提示され、当ブログでもダメ押し的に多くの新資料を提示した。最早、検察官がどれほど政府の顔色を伺って恥を晒すかだけが、問題点だと言える。

片や、門田氏はWILL、産経をはじめとする右派メディアに露出を重ね、完全に御用評論家のポジションで安定、底の浅さを晒す結果に終わった。当記事のコメント欄を読んでも「政局」「右左」にしか興味の無いネット右翼が反感を持っていたことが分かる。

2014年6月 2日 (月)

吉田調書をスクープした朝日新聞を叩いてるオタク共は『海上護衛戦』に墨でも引いて読んでろ

原発事故から3年経過した2014年5月になって故吉田昌郎所長が政府事故調に語った証言記録、通称「吉田調書」が朝日新聞に流出し、原発論議を沸かせている。

興味深いのは、日頃「情報は公開されている。反対派が調べないだけ」といった主張を声高に強調してきた反反原発(原発推進派)の間で反発が激しいことだ。

今回も、軍事オタク・反反原発界隈を中心として眺めてみよう。

軍事オタクとは言いかねるがこんな科学オタクもいる。

加藤アズキ氏の発言は【事実と真実】 吉田所長の「調書非公開」を望む上申書の趣旨について 【遺志と恣意】というまとめにまとまっている。上の解釈だと「吉田氏は神という肥大した自意識の持ち主」となるのだが、いいのか。

なお、サニー氏もこのようなことを述べている。正直失望。

一応、科学者代表としてこの人も挙げておく。

こうやって脊髄反射するから春雨と馬鹿にされるのでは。他にも何時もの連中がツイートしたりRTしたりしてるだろうがきり無いからこの辺で。

結論から言うと、彼等の主張は著しくバランスを欠いている。

【1】中味と入手経路の問題は別

まず、軍事オタク共が類似例として引く西山事件だが、情報の入手経路と公表された内容の問題を摩り替えるという、ネット右翼に典型的な反応に過ぎない。西山氏がどうであれ、密約として締結したことは日本政府が責を負う。相手が米国だから心情的に世間の支持を得たに過ぎない。もし中国相手のODA供与に関する「密約」などだったら、今の世なら袋叩きだろう。しかも、今回の件は外交問題ですらない。元々は政府が公開していれば済んだ話である(上申書の件は後述する)。

朝日新聞にしても同様で、調書の丸写しはメディアとしてハードルが高いが、工夫は出来るだろう。実際に例もある。東電テレビ会議の一件がそれだ。朝日新聞はこの問題のためだけに『プロメテウスの罠』とは別に本を一冊出版しており、公平性の高い仕事も出来ることを改めて証明した。何せ「文化大革命の軽い奴」を所望された石井孝明氏も賞賛する一冊だ。

後は吉田調書で同じことをすれば良い。まぁ多分、するだろう。それまで待っても遅くは無い。闇雲に騒ぐネット右翼はその程度の予想も出来てないし、文献も読まない。

【2】朝日新聞は原発報道では大手五大紙で最も優れている

そもそも、例示に西山事件を引くこと自体も疑問を感じる。他新聞の案件であり、外交問題だから、共通点が少ない。四式戦闘機弁務官やMIBkaiのようなネット右翼系軍事オタクは「朝日と毎日は一緒」「左翼=反原発」と主張したいのかも知れないが、『東電帝国―その失敗の本質』他で示された通り、朝日毎日両社共、社の方針として原発を容認してきた過去を持つし、その件に対する検証も進められている。要は、そう単純では無い。原発報道に対する朝日の底力を測るには、「「反対派のせいで建替え出来なかった」「対策出来なかった」というデマ 第2回」で取上げた下記の記事を示す方が適切である。

ドイツでも、七〇年代から過酷事故対策の研究に着手。八六年にPWR、翌年にはBWRにガス抜きパイプを設置するよう勧告が出て、既に大半の原発の 格納容器に取り付けられた。米国でも八七年から過酷事故時の格納容器の性能を改善する作業が進められ、八九年、BWRにガス抜きパイプを設置するよう勧告 が出されている。欧米の動きについて日本の電力関係者は「チェルノブイリ事故で盛り上がった反原発運動を鎮める狙いもあった」と話している。

ある電力関係者は「日本では手続きに時間がかかる。外国の動きに影響された面もある」と打ち明ける。「対策の遅れは、積極的にやりたくないという業 界の意向を反映したもの」と原子力情報資料室の高木仁三郎代表。「スリーマイル島事故の反省から、原子力安全委員会が八一年に出した五十二項目の『安全対 策に反映させるべき事項』もあまり実施されていない。こうした姿勢こそが問題」という。

BWR、PWRともにガス抜きパイプを設置した国がある中で、日本の場合はBWRとPWRで違った対策をとるのはなぜか。スウェーデンのように、放射性物質を極力外部に出さない方式をとる必要は無いのか。「原子力発電に反対する福井県民会議」の小木曽美和子事務局長は「過酷事故は絶対起こらないという説明から、発生の可能性を認めたことは評価できる」としながらも、「この対策で万全なのか」と不安がる。対策をとる前に、方針が決まるまでの議論をガラス張りにすべきだろう。とくに、BWRの地元ではパイプを開いて放射性物質を放出しても大丈夫なのか、住民が納得できるようにきちんと説明する必要がある。

「原発過酷事故対策は安全か」『朝日新聞』1994年2月17日朝刊4面より抜粋

福島事故前、一般紙の原発記事でここまで踏み込んで過酷事故対策の課題を示したのは朝日新聞だけである。確か、現物は7・8段抜きの、平時の新聞としては結構スペースを割いた内容だった。抜群のセンスであり、歴史に残る価値ある報道である。吉田調書の件で朝日の的確性を難詰する者達が絶対に知りたがらない事実でもある。偶に調査報道や私のブログに対して「後からなら何とでも言える」と反駁されたことがあるが、上記は事故の17年も前の記事である。

更に遡ると、朝日新聞は1980年に『原発の現場 東電福島第一原発とその周辺』を出版している。当時から推進反対を両論併記した入門書兼調査報道の一類型として、高い評価を受けてきた本である。このような鳥瞰的な視点を加えた福島第一原発の本を、推進側は遂に書き得なかった。『共進と共生』?『電力県ふくしま』?無価値とは言わないがあんなの所詮記念誌でしょ。

【3】政府事故調や吉田氏自身にバイアスがある

また、吉田調書を非公開にした政府事故調の問題点、更に言えば吉田氏自身のそうした姿勢に偏りがあることを無視している。政府はこの特集に対抗して吉田氏の上申書を公表、内容を抜粋すると次のようなことが書かれている。

これらの聴取結果書合計7通の中には、私が貴委員会(※編注:政府事故調)から聴取を受けた際に他人に対する私の評価、感情、感想を率直に述べた部分があ ります。これらは、私の事故当時の判断、認識を述べたものではなく、貴委員会からの聴取を受けた際の私の感情や感想を率直に表現したものであり、聴取時の 私の心理状態や聴取の雰囲気、聴取に当たった担当官との関係、前後の文脈等をきちんとふまえていただかなくては誤解を生んでしまうと危惧しております。

さらに私が貴委員会からの聴取を受けた際、自分の記憶に基づいて率直に事実関係を申し上げましたが、時間の経過に伴う記憶の薄れ、様々な事象に立て続けに 対処せざるを得なかったことによる記憶の混同等によって、事実を誤認してお話ししている部分もあるのではないかと思います。そのため、私が貴委員会に対し て申し上げたお話の内容すべてが、あたかも事実であったかのようにして一人歩きしないだろうか、他の資料やお話ときちんと照らし合わせた上で取り扱ってい ただけるのであろうかといった危惧も抱いております。

ハフィントンポスト記事の抜粋を参考)

吉田氏には申し訳ないが、言い分としては稚拙である。何故か。一つ挙げるとうした証言は「事実を誤認してお話ししている部分」があるのが当然と承知した上で、読み取るべきものだからである(オーラルヒストリーと見なせば既に一般化している)。現場にいた当事者が神様ではない、そんなことは当たり前である。また、感情で動く面があることを否定してはいけない。調書を入手した政府や朝日新聞がすべきことは、先ほども述べたようにそれをなるべく原形に近い形で提示することに尽きる。

ちなみに最悪なのは「墓までもって行く」であり、それを公然と肯定したのが「関係者に配慮」と言い換えて口ごもった原子力学会事故調である。文献踏査もろくったましないし、糞レポート以外の何物でもない。

上申書には国会事故調への懸念についても言及されているが、それは吉田氏が類型的東電社員だったことの証明である。東電社内報『とうでん』は 「原子力、”自分の言葉”で語ろうよ」といったPA記事を社員向けに流してきた。吉田氏もまた、こうしたバイアスを植え付けられた一人である。例え調書の公開先を限定するにしても、国会事故調は立法府の事故調であり、党派的な判断基準で資料を制約すべきではない。国会事故調で津波問題に取り組んだ添田孝史氏は私のブログを紹介して頂いた際、小林論文を「新たな資料」とツイートしている。このことは、東電が小林論文を国会事故調に提出しなかったことを暗示する。吉田氏や政府事故調の態度にも同質の恣意性があるように思われる。

政府事故調以外に調書を示すのが問題なら、客観性を維持するために例えば民間事故調や学会事故調にも示すとか、やりようは幾らでもあった筈だし、相互に批判すれば良いだけの話。実際、政府事故調の主要委員は『福島原発で何が起こったか-政府事故調技術解説』で国会事故調を批判している。

多くの人間の生死に関わる決断を行なった事例が多数記録されている例としては第二次世界大戦の政軍関係者のものが代表的だ。米国は戦後、旧敵国関係者にも詳細な質疑を行ない、自国公式戦史に反映、調書自体も公開している。これは情報公開の本質である「判断を読み手に任せ、一方向の歴史観押し付けをしない」という観点から満点の対応と言えよう。

勿論、戦史研究の世界では、当人や遺族に許可を貰うハードルがあるのも知っているが、今回は政府事故調の作成した調書であるから、ライターの取材活動と同一レベルでは比べられないだろう。

【4】吉田特集の真価は更なる情報開示を促したこと

朝日新聞の吉田特集は、事故調査の進展に明らかにプラスの効果をもたらした。自民党が政権に復帰してから国会事故調の収集資料を非公開のままに留め置くなど後ろ向きの対応が目立ったが、スクープを受けて政府は合意の取れた関係者については調書を公開する方針を示したのである。全面開示で無い点は宿題だが、ただ盲目的に政府の言うことだけを支持し、或いは脊髄反射的に「左翼」を叩いて回る上っ面だけの右派軍事オタクや科学オタクやそれに同調するライター等には、このような成果は期待出来ない。

しかも政府事故調が調書を取った関係者は数百名に及ぶ。朝日新聞が撤退問題に一石を投じた件は耳目を集める手段としては有効かもしれないが、吉田特集の本当の価値はそんなものではない。吉田氏の後に続く、膨大な調書の開示へのトリガーになったことが重要。そこを意識しないで場当たり的に引用された僅かな分量の記述に良し悪しを述べても無駄である(しかも朝日新聞の記述を良く見ると別の内部資料も手に入れている)。

【結論】朝日新聞を叩いてるオタク共は『海上護衛戦』に墨でも引いて読んでろ

ここで挙げたような一部軍事オタクや科学オタク等は歴史に対する姿勢が朝日新聞以上に不誠実である。何せ「墓までもって行く」を直接間接に支持してるのだから。こんなあっけなく、ネット右翼の分派に過ぎないことを暴露したのは想定外だった。戦史研究では昔から問題になっていることなのに、「原発問題」に置き換えただけで全く応用出来ていない。そんなに吉田調書をはじめ、原発再稼動やら推進運動に不都合な記述が世に出るのが嫌なら、今後は歴史研究など一切止め、ナチスの手口に学んで焚書活動に邁進されたら如何か(傍迷惑極まりないが)。

最近、奇しくも『海上護衛戦』が角川文庫から復刊された。私の父はあの本の初期の版を持っていたが、当時は一部関係者の名前を伏字にしてあった。出版から約20年、戦後30年余りを経た再版時にこの伏字は公開された。朝日新聞が原発推進だったことも頭から抜けている間抜けな軍事オタク達は、角川版を手に入れてもう一度墨でも塗ったら良い。そうすれば、理想的な『海上護衛戦』が完成する。

まぁ、墨塗り教科書、墓までお持ち帰りで満足する程度の頭でしかないのだし、『アーロン収容所』に出てくる絵本のシェイクスピアで「学位」を貰った植民地人(彼の場合は自分のせいではないが)と同等の扱いが分相応だろう。

※ここで挙げた例が軍事オタクやライターの全てではないことは当然である。例えば山崎雅弘氏は常識的な感想をツイートしている。

2014年5月12日 (月)

【美味しんぼ】井戸川氏を喜々として反原発の見本扱いする反反原発達の間抜けさ【鼻血】

※今回の記事は後半に面白いものも載せているので是非読んで欲しい。

『美味しんぼ』騒動が喧しい。石井孝明氏が「リンチ」待望発言をしてJ-cast記事になり、そのコメント欄はTwitterと異なり批判一色である。以前、私は「高木仁三郎が生きていたら推進派はやっぱりボコボコにしたと思うよ」という記事にて、この世にいない高木仁三郎氏にのみ敬意を払う石井氏の姿勢を疑問視したが、当の石井氏自身が「文化大革命の軽い奴」を煽動することになった。

今回の騒動は10数年前の『国が燃える』連載中止を思い起こさせる。結局南京事件はあり、無かったと言い張るのはbuberyのような「メルトダウンじゃないだす」に同調した右派位のもので(証拠、ちなみに彼のナチに対する姿勢も疑問な材料もある)、議論の対象は大分前から犠牲者数に移行している筈である。東中野修道は訴訟で改ざんを指摘され、日本南京学会は私的団体の域を超えられず瓦解した。それが現実である。

さて『美味しんぼ』騒動である。ネットユーザーには騒ぎを起こす体質は以前からあった。主にTwitterでブームとなっている反反原発派が良い見本である。まとめには相手をすぐに「獲物」呼ばわりし、面白けりゃそれでいいという態度が垣間見える。数名のTLを追うと一日中そういう行為に明け暮れている。軍事クラスタとかな。

私は、連載の続きがあることが分かっている時点で雁屋氏を難詰したり、擁護するのは時期尚早だと思った。批判が時期尚早だと思ったのは、最初に騒ぎになった回では医者が鼻血の効果を否定しているシーンがあるからである。また、擁護に関しては、雁屋氏の過去の言行を見る限り、放射能原因説を支持する可能性も予測出来たので、「雁屋氏は放射能の原因ではないと思ってるかも知れない」といった、余りに都合の良い忖度はどうかと考えていた。だから、「まぁ次の回次第だな」程度が私には妥当な線だったのだ。

ちなみに、私も震災後福島には何度も行っており、飯館村で舞い上がった埃を浴びたりしてるのだが、鼻血は出ていない。だが、井戸川氏は発災時から現地で避難を指揮していた。受けた放射線量は桁のレベルで異なるだろうし、ストレスも一般の避難民以上であると推測出来る。

しかし、最近の井戸川元町長への批判は度を越しているように思う。例えば、事故後体調がおかしくなったといった話はアーニーガンダーセン『福島原発事故 真相と展望』(2012年)にも書かれている(ガンダーセン氏の本には鼻血の件は出てこないが)。同書は新書だが、内閣のお偉方まで参戦する程のバッシングは受けていない。偶々別の理由で再読していたのでこの本を例示したが、多分、そういう話を書いているのはガンダーセン氏だけではないだろう。

また、その手の批判Tweetは後日時間があれば代表例をアップするが、電波電波と連呼する割に、井戸川氏がどのような人物であったかは全く知らないようだ。

井戸川氏は、震災前原発増設を歓迎していた。その証拠が下記の記事である。

Energyforum200904_2_3

「福島原発増設を信じた「双葉町」が陥った落とし穴」『エネルギーフォーラム』2009年4月号

さて、この件は何を教えてくれるだろうか。次の可能性が考えられる

  1. 反反原発派は双葉町が抗議した事実に便乗したいので、津波対策等々に無関心なまま増設話に傾斜していたかつての町の姿や大熊町議会が安定ヨウ素剤の戸別保管を議論したのに不採用のままにした事実など無かったことにしたい
  2. 反反原発派は基本的に原発推進=科学的と思っているので、彼等から見て「放射脳」である井戸川氏が「科学の粋を集めた安全性の高いABWR」推進派であった事実を無かったことにしたい
  3. 反反原発派はそもそもネットで面白おかしく騒げれば満足なので原発が無ければ食べていけない事実上消滅した町に興味が無い。どうせゴミ置き場にする予定だし爽快感さえ得られれば大満足

3辺りは「死の町」と述べた反対派を吊し上げにしていることからも伺い知れよう。放射線の影響を軽く見積もったとしても、無人で荒れるがままに放置されたゴーストタウンは「死の町」以外の何物でもなく、経済的な価値も全て毀損されている。下らない揚げ足取りで吐き気がする。私も反対派にしばしば過剰な放射線リスクを煽る風潮があるのは知っているが、「死の町でないならお前が双葉町の高線量地帯に住んでみろ」という反感を覚えた。

そもそも、記事中にあるように、為政者としての井戸川氏は極めてまともで優秀だったのだ。増設は歓迎していたが、井戸川氏の前の代の町長、岩本忠夫氏時代に見られた増設目当ての大型事業などは次々に見直しし、赤字自治体からの脱却を図っていたのである。電源三法交付金さえ貰えれば安泰であるかのような景気の良い発言を良く聞くが、与えられた財源と機会に対してどのように対峙していくかは、その町村の政策も大きく影響する。要は、岩本時代はお金を使い過ぎたのだ。また、インタビューにあるように、仮に増設が実現しても過去のパターンの繰り返しを避けようと原発依存脱却への努力も重ねていた。そういった努力については『世界』2011年1月号の葉上太郎の記事に詳しい。なお、事実関係の描写において、業界誌の『エネルギーフォーラム』と『世界』の記事で差異は殆ど無かった。双葉町の赤字から震災前の両派が何を読み取っていたかを考える上でこの相似性は興味深い。

以前も書いたことだが、増設話の挫折に関してTwitterの反反原発派は徹底して避ける傾向にある。そもそも知ろうともしていないのかも知れないが。これは浪江小高原発の建設中止に至る経緯と並んで非常に都合の悪いエピソードなのだ。元々は、岩本時代の1991年に「誘致」決議をしたことから始まる。

なお、岩本氏も元々は社会党系の反対運動家として名を売っていたが、1985年の町長選では原発容認派に転じて初当選を果たした。反対派時代には真偽のはっきりしない噂話を信じ込み、県議を辞任する騒ぎも起こしている。いわば「放射脳」的なエピソードにも事欠かない。少し調べればこんなことはすぐに分かる。田原総一朗が70年代に出版した『原子力戦争』にも描かれるくらい、原発と社会の歴史では有名な話なのだ。その調べ物を徹底してしないのが反反原発。情報弱者振りを露呈しているとも言える。

岩本氏については震災前の『政経東北』バックナンバーほぼ全てや新聞各紙記事をELDBで調査、DBに登録の無い福島民報は縮刷版で調べもしたが、擁立するに当たって、双葉町民が彼の「放射脳振り」を「科学的に転向」させたという話はついぞ聞いたことが無い。当選後は地元マスコミ・業界誌にしばしば登場するようになった岩本氏は、過去の姿勢について

「あのころの第一原発一号機はトラブルが多かった。立地町民そして県民の生命、財産を守る立場から数多く質問したのは事実だが、それを反原発とみるか安全重視とみるかは勝手ですが…。十年以上の歳月が流れ、原発立地町も増え、安全性もグンと高まっていると思う

記者の目「「反原発」返上した岩本・双葉町長」『エネルギーフォーラム』1986年9月

と述べるにとどまっている。残念ながらこの言葉は科学的とは言えない。彼は津波について質問したという話を聞かないし、放射線の位取りを間違えた質問も行っている。安全性向上は改造を繰り返した事実を見れば確かにあったろうが、本来必要なレベル、方向性(防災対策)で抜けがあったのは明らかだ。大体彼が元々居た団体名は「双葉郡原発反対同盟」なのだから「安全重視」は、反対運動の存在が結果として電力にそのような軌道修正を選択させることはあっても、字義通り読めば一種の詭弁である。

そういう過去を現実政治としてなあなあで容認したのが双葉町民である。結局は科学ではないのだが、反反原発の頭の中にはそういう黒歴史はこれっぽっちも無い。これっぽっちも無いということは、反反原発の建前論やしたり顔で反対派に投げつける「もっと勉強しろ」といった発言の数々が、実は表面的なものでしかないことを示している。

井戸川氏は『政経東北』2008年3月号で中越沖地震に関して次のように答えている。
Seikeitouhoku200803 当時は手を差し伸べる側であり全体として余裕も感じられるが、特にこの部分に注目したい。

原発を稼働していくうえで、最も優先すべきなのは『安全・安心』のはずです。安全より経済性を優先するというのは、決してあってはならないと思います。電力会社と信頼関係を築いていくためには、まず電力会社が原発を安全に運営できるという実績をつくる必要があり、その実績を見て、われわれも信頼できる会社だと判断することが出来ます。

鼻血の件を鬼の首を取ったように暴れている面々の中には東電の責任をひたすら免責しようと論陣を張っていた者がいたのを思い出す。しかし「経済性」のために僅かな対策費を理屈をつけてケチるという、正にマンガ的な行動が白日に晒されてしまったのが現実だろう。今はただ、ため息しか出ない。

※5/12夜追記
【福島県が自信を持って地元町村に薦めた「科学マンガ」】他

朝にブログ記事をアップした後、遂に福島県も過剰反応し『美味しんぼ』批判を始めたようだ。よろしい。そういうことなら、福島県があの描写にそのような非難をする資格があるかどうか、次の3つのエピソードを踏まえて読者の方にも考えていただきたい。

まずは、かつて地元住民向けの広報誌に掲載していたマンガを見てみよう。

Atom_fukusima_199011p10

Atom_fukusima_199011p11

※出典:「原子力発電所はなぜ海岸にあるの?」『アトムふくしま』1990年11月号P10-11

これが福島県の望む公平で科学的なマンガであった。福島県はこうしたマンガやポンチ絵を数多く配布したが、そのことについて検証したという話を寡聞にして聞かない。

2番目に取り上げたいのは、事故発生時に起こった、ある醜悪な事件である。県立医大が医療従事者に認められている安定ヨウ素剤服用の権利を濫用し、こっそり学生と近親者にまで配って庇いたてた上、長期間沈黙していたのだ。地元住民には服用を指示せず、与えられたのは安全だと信じさせるための情報ばかりだった。本当に健康に問題ないレベルだったとしても、シビアアクシデントでは事態がどう進展するかは予断を許さない。予防服用が常識である。

あれ以来私は、県の関係者を軽蔑している。石井孝明氏のような反反原発派は『プロメテウスの罠』を単なる電波本だと中傷しているが、プロメテウスの罠はこの問題をきちんと報じ、当時招聘された山下氏がいい加減な予想を立てて外した姿を含め、その欺瞞も衆目に晒している。マスメディアとして一応すべきことはやっていると言えるだろう。

最後に取り上げたいのは『原子力と冷戦』に載っていた話で、県の職員が内部メールであっさりバイアスに沿った答弁を準備しようとしていた件である。

筆者はビキニ米核実験等の調査研究でストロンチウム90が、とりわけ成長の激しい子どもたちに蓄積されやすいことを分析した報告を見ており、証拠を残すために(中略)福島県議会議員が県議会にて乳歯の保存を訴えた。ところが、『毎日新聞』2012年12月19日付の報道によると、福島県庁の「県民健康管理調査」検討委員会担当者が、筆者のことをさして「反原発命の方の主張だからこの質問には乗る気にならない」という以下のメールを「県民健康管理調査」検討委員会あてに送って情報収集していた。

各委員様 健康管理調査室〇〇

明日から開会の9月議会の質問で、自民党柳沼淳子議員から「将来的な、ストロンチウム90の内部被ばくの分析のため、乳歯の保存を県民に呼びかけてはどうか?」という質問があがってきています。このままだと、「専門家の意見も聞きながら検討してまいりたい。」といった答弁になりそうですが、現在の状況を踏まえると、あまり意味はないといった知見・情報はないでしょうか?質問議員ではないですが、反原発命の方の主張でもあるようで、あまり乗る気になれない質問です。情報があれば至急お願いいたします。

高橋博子「封印されたビキニ水爆被災」『原子力と冷戦』P138-139

著者の論文はビキニ実験の被害者を追った内容であるが、こういったあらかじめ結論を決めてからその結論に沿った権威を探す方法は半世紀前にも見られたとのことだ。科学を扱う者には不向きな態度であると言える。というか、呆れて物が言えない。その福島県がどの口で両論併記を行った漫画家を非難できるのだろうか。

5/14夜追記:沢山アクセス頂き「過去の井戸川氏がどうあろうと」他反論も幾つかあった。私としては、
①(不当な)言論封殺の問題の他に
②町民を含めて科学ではなく党派性で判断をしている人が沢山いる
③批判する側の「科学」もデタラメが混じっており、県の責任は重い
といったことも言いたかった。

また、原発立地町は昔から放射線の「科学的教育」も盛んである。井戸川氏もそうしたパンフレットは見て来ただろう。しかし過去チェルノブイリ甲状腺がんの歴史と教訓(当初の被害予測が過小だった)や「汚染水はコントロール」みたいな話もあり、現時点でエビデンスが揃って無くても10年オーダーの目で見ないと結果は分からないということだ。

「熱が下がらないのでインフル」「鼻血だから放射能」の類が極端になるとEM菌やらに行きつく問題を知らない訳ではない。だが、水俣などを引き合いに出す人はある種の歴史パターンから判定しているのであり、そうした見方を封殺するのは流石に間違いだが、「放射脳」レッテルは「法敵」全般に乱発される。参考として、東電が事故調報告を出した際どれだけ不都合な情報を黙っていたかは東京電力福島第一原子力発電所事故の各記事を参照して欲しい。放射能絡みの話は少ないが、権威を盲信することの問題はここからも理解出来ると思う。

あの県は広いので県内での人口移動も多く、県外への転出で人口も減っている。南相馬の道の駅で入手した観光案内には子供だけ避難させている親が出ていた。一見危機感を感じてるようだが自分自身までは移動しない中間的なタイプでもあるということだ。月並みだが脱原発志向が強い他は、県民の考えもばらつきがあるとしか言いようがない。

2013年12月24日 (火)

【付録】「事故は反対派のせい」を信じて「正義」の側に立とうとした反・反原発な人達

「反対派のせいで建替え出来なかった」というデマ

「反対派のせいで建替え出来なかった」「対策出来なかった」というデマ 第2回

上記2回の記事で「反対派のせいで建替え出来なかった」をはじめ、「事故は反対派のせい」というタイプの論は破綻していることを示した。

軍事や歴史を趣味にしていると時々「正義など無い」といった高みから見下ろすような諦観に出くわすことがある。勿論一面ではその通り。しかし、争いごとの当事者となるとどうしても正義を欲するのが人間でもある。以下に示すのはその実例。仇敵に倫理的責任を被せることで正義の確保を図った者達である。攻撃性が目に付くが、見方を変えるとある意味いじましく哀れさすら漂う。

パターンとして若干変化形もあるがそれらも解説を付す形で引用した。20例以上あるので長いですよ(当落選上と判定した例などは次回紹介)。

togetterなどでも積極的にコメントしている者が含まれる。ネット右翼からは若干フォーカスをずらし、軍事マニアや保守層的な傾向の持ち主に重きを置いて調べた。彼等はネット右翼層に比べればオタク知識などを逃避先に選べる分、一見書き込みも知的に思わせる面があるが、結果は御覧の通り無残なものだ。以前、原発事故発生時に「メルトダウンなどあり得ない」と騒いだ者も何人か含まれている。しかも、今回の場合は事故発生時と違って判断するだけの時間もヒントもあったのだ。

原発推進派の誰もがこうではなく、例外もいるところにはいるのだろうが、それはそれ。読者の皆さんも是非参考にした上で、このアホで間抜けな面々の転倒した倫理観を笑ってあげてほしい。何、遠慮することではない。彼等が事故以来散々やってきたことの裏返しに過ぎないのだから。

【赤峰 翔@三重@showark、愉快溶解ふれーりあ@_dmp、伊藤寛 @haijimaoyaji、フォージャー・B・フランカー @FBFlanker】

@showark設計が新しいほうが安全性は高い。効率も上がってる場合が多い。そもそも、反対運動がゆがんでるから起きた事故でもあるんだが>福島第一>RT 2013年11月16日 - 2:36

@_dmp 11月16日@showark 「新設するな、動かすな」←一応わかる 「新設するな、古いのは事故らせるな、電気代は上げるな」←ファッ!?

※自己紹介によれば@showark氏は東亜・ニュー速上がりで民主・社民嫌いとのこと。絵に描いたようなネット右翼系オタクである。

@showark@azukiglg @haijimaoyaji 何でも反対・何でも阻止が原子力発電の安全性を損ねる一因になったのは否めないかと。2012年12月28日 - 22:22
@haijimaoyaji@showark @azukiglg 安全基準を厳しくしたり避難計画を作成したりすると、ほら危ないじゃないかと思われてしまう、というやつね。(#^.^#)

@FBFlankerまあ、用地買収がすんなりと進むぐらいなら老朽原発を無理して動かさんわな…
@showark@FBFlanker あれだけ反対運動が騒がしいのに用地取得だけでどれだけかかるかと。それが事故の引き金になってるという意味では完全にしっぺ返しなわけですが。まあもちろん、安全性を向上する努力が足りなかったという指摘はあるにせよ。2012年3月3日 - 6:15

※@FBFlankerは「もっとエジプト人を殺せ」と喚いていた軍事マニアにすり寄って恥を晒した前科あり。

【まようさ@mayousa_desuga】

@mayousa_desuga
原発建設反対運動が、古い原発を延長して使い続ける原因だったってのに、古い原発は安全対策の基準がいろいろアレってのが判明した今でも同じ絵を描こうとしてるとかアホすぐる 2012年4月13日 - 23:25

ABWRの7・8号機は新設中止で、旧式で津波もかぶってる5・6号機は使用続行検討中って言うんだから反対派大勝利(棒 QT @Keloring あんな半世紀前のポンコツBWRと今のAPWR、ABWRは違う、追加で安全対策すれば大丈夫なんだって認識されてるんじゃない #futenma 2011年4月6日 - 21:17

※メルトダウンなどしていないと騒いで悪名を轟かせた軍事クラスタの一人。情弱で虎の威を借りるのですぐ引っかかる。リツイートしている38人もいかにもな面々。中でもへぼ担当というアカウントは電力会社の原発技術職にありながら、震災発生前、「地震による津波影響など評価して問題ないことは確認済み」と放言し会社の宣伝資料に促されるまま数年にわたって一方的な宣伝を続けてたクズ社畜である。なお後段のやり取りも何故か普天間タグに投げ込まれているのも彼等の心理を推し量るのに有用な材料である。それとけろりん @Keloringクン、「あんな半世紀前のBWR」に適当な対策工事でお茶濁したのは東電だよ。勘違いしないようにね。

※なお、2013年晩秋以降、5,6号機も廃炉の方針となったことが報じられている。

【松浦晋也@ShinyaMatsuura】

@ShinyaMatsuura
安全性確保のためには、さっさと第一世代原発を廃炉にして新型に更新すべきなのだが。反対運動があるから既存設備を使い続けるというのは、安全性確保の面では、政策的敗北だろう。2012年1月17日 - 4:16

※松浦氏がこういうホラに引っかかったのはとても残念だ。氏のブランド力か113件もRTされているのはもっと残念。

【ryoko174 @ryoko174 】

@ryoko174
原発事故を防ぎたいと言いながら原発の安全対策は無駄と言ったり、廃炉希望と言いながら廃炉作業にケチをつけたり、オスプレイは危険だから反対と言いながらオスプレイを凧揚げで撃墜しようとするような人々は、言葉とは裏腹に別の目的があることを自ら明かしてしまっていますよ。2013年11月18日 - 16:56

@ryoko174
【続】例えば浜岡原発の22m防潮堤を「もっと高い津波が来たら無意味」と批判する反原発派がいました。 ならば何mの防潮堤なら納得するの?そもそも防潮堤に反対することは原発の安全性向上に寄与するの?防潮堤無しで津波に襲われる方が事故リスクは高いのでは。2013年9月6日 - 6:05

@syakaiha8 9月6日@ryoko174 そもそも南海トラフで起きた実績もないM9.0を想定した対策も過剰に思えます。南海トラフの実績は最高で宝永地震のM8.8。M9.0が起きる確率なんかほぼゼロに等しい。

※流石セミプロ宣伝師だけあり、RTも200件を超えて食いつきが良い。なお、浜岡原発の防潮堤を無駄なものとして批判していたのは池田信夫である。ryoko174さん、アゴラに弓引くんだ。勿論中部電力は防潮堤反対意見など相手にもしなかった。再稼動の是非は防潮堤だけで決める事では無いだろうが、上記は賛否両派が留意するべきである。

※東日本大震災は「近代以降人類が記録に残している範囲内」では実績は無かったとも言われている。早速値切りを始めて安全対策を妨害する推進派の姿が凛々しい。

@ryoko174
原発事故を防ぐための安全対策。 国富流出の最小化。 核廃棄物処理問題の解決など。これらの促進は反原発・原発容認の立場を超えて利害共有できるはずなのですが、なぜか強硬に反対する反原発派が少なくない点が不思議ですよね。2013年9月5日 - 2:15

@ryoko174
原発の安全対策を否定する #英雄橋 氏は、反原発運動しつつ原発事故の再発を願うナンセンスさを自覚しては。2012年12月14日 - 6:41

@ryoko174
「ゼロリスクでなければ反対 →ゼロリスクは不可能だが仕方なく絶対安全と説明する →絶対安全が一人歩きして安全対策の想定に漏れが発生」 という日本の伝統芸能は海外には通じないと思いますよ。2012年7月28日 - 16:01

※彼女はこの種の屁理屈を多用して人気を集めているのが良く分かる。最後のものは「伝統芸」の説明としては不適当であり、電力会社すら青ざめるのではないだろうか。

【加藤AZUKI=楠原笑美@ゴゴゴゴゴゴゴ @azukiglg】

@azukiglgそして、老朽化した施設を解体して新しい炉に置き換えることを困難にさせたのは、反対運動ですよね。故により安全な設備への置き換えが先延ばしになってしまったわけで、加害者は「反対運動」だと言えますね2013年1月3日 - 21:27

@azukiglg「自分達は安全神話に騙されていた被害者」と口を拭う反対運動こそが、設備をより安全にするための障害になっていた、と断じてよいと思います。2013年1月3日 - 21:28

@azukiglgまた、「反対運動が活発になればなるほど、原発関連技術への恐怖心が増す」というのは貴方ご自身が理解されているでしょうけれども、そうなると「原発を安全にする技術の施工」や「核廃棄物処理施設の建設」などにも待ったが掛けられてしまいます2013年2月2日 - 0:52

※見事なまでのストライク。なお、彼は以前福島原発の建設費をインフレーション無視で現在に適用するツイートをしたことがある。

【井上リサ @JPN_LISA】

@JPN_LISAより安全性を確保する為のオスプレイの「飛行訓練」まで大袈裟に煽るマスコミと煽られて騒ぐ反対派。原子力発電所が避難訓練をしようとしたら「やっぱり危ないんじゃないか!」と騒ぐ原発反対運動となんだか似てるな。どっちが危ないんだか。2012年10月4日 - 18:27

※東北電の平井副社長を神格化して女川原発詣でをコーディネートしているPA師。わざわざオスプレイと結びつけるのがワンパターンである。記録者としての偏り具合は宣教師のビスカイノ程度に過ぎないが、彼女にはそういう猜疑心が無いのが限界かな(笑)。ブログを含めて。避難訓練の話といえば、2000年代、浜岡町長が県の防災訓練に文句をつけて不参加だった一件を朝日かどこかの地方版が報じていたのを思い出すが、彼女はそういうことを言いたい訳ではあるまい。

【E-WA / いーわ(臼井 飜)@ewa4618】

@ewa4618もんじゅにも六ヶ所村にも安全化改修にも反対しといて今更何を言う。RT @kikko_no_blog: …推進派は…反対派の「増え続ける使用済み核燃料はどうする?」「大地震や津波で電源が喪失したらどうする?」「大事故が起きたらどうする?」という指摘を無視してきたお前らが言うな!2012年12月7日 - 14:29

@ewa4618
鳩山が原発反対デモに参加? 福島第一原発のメンテナンス停止をなかったことにして安全対策改修を仕分けた張本人が? なんで皆袋だたきにしないの?www2012年7月20日 - 2:22

※はいストライク。メルトダウン騒動では評価してたので残念。福島第一のメンテナンス停止云々は意味不明。ちなみに事故数ヶ月前の『原子力eye』で東電は真反対の1号機宣伝記事を売り出していた。幾ら東電が糞つったってこの人の言う通りだったら軽過ぎるよ。根は深い。

【玉井克哉(Katsuya TAMAI) @tamai1961】

@tamai1961
老朽化した発電所を新鋭機に代える。安全性は明らかに上がる。しかし感情的な反対が予想されると、そうした決断はできない。かといって発電量に不安があるので、老朽機の即時廃止もできない。「自然エネルギー」で代替せよとの原理主義が横行する限り、ずるずると老朽機を稼働させ続けるほかない。2011年8月13日 - 11:08

※RT189件、流石大学教授だけあって影響力もそれなりである。しかし戦艦玉井もあえなく爆沈。

【守口大根 @m_daikon 】

@m_daikon知り合いの原発反対する人に「なんで反対するの?」って聞いたら「危ないからに決まってるじゃない」だって。じゃあ「安全対策したらOK?」って聞いたら「それでも危ないことにかわりはない」だって。「何が危ないの?」って聞いたら「そりゃ危ないに決まってるでしょ!」だって・・・。2012年6月30日 - 22:40

※今回調査した中ではRT720件と大きな影響を与えている。名前を仮名にして上手く物語化したところにフィットしたからであろうか。ま、事故には何の関係も無い話。

【ひまわり @powerpc970】

@powerpc970燃料プールは本来、燃料交換の際の一時保管用。中間貯蔵施設で保管すべきなのに、それにも反対したのが反原発。結果、原子炉立地住民にリスクを押し付けた。普天間県内移設に反対し、結局普天間の固定化に役立った「反対派」の活動と全く同じ構図。2012年1月16日 - 20:07

※燃料プールが原子炉建屋に付属して建てられることはBWRでは普通のこと。福島第一原発の燃料プールはその後建設された原発に比較し容量が過少のため共用施設が建設された(『原子力eye』どころか『国会画報』にも載っている。当然設置変更許可申請対象)。リラッキングも考えられたが、推進派が津波擁護で好んで使う「国の審査」もパスした上でのこと。あの共用施設に関する情報がネットに少なかったから、自分の想像で補ったと考えられる。本質的には再処理工場の技術的不備による稼動遅延が原因であり、サイクル維持という政策マターが背景にある。中間貯蔵施設の計画は再処理工場より遅い2000年代である。なお、この人物は普天間ヘリ問題の件で軍事ブロガーJSFとも諍いを起こし「放射脳」と指摘されている。

【ええな@核ネコ機関 ?@WATERMAN1996 】

@WATERMAN1996@powerpc970 @yamashita99 @ricapon 反対派に大局観が無いのは今に始まった事じゃないけどね。彼らからすれば安全性を高めること自体が既成事実を認めることであり許し難い事なのだから。2012年1月17日 - 1:42

@WATERMAN1996@robo7c7c 私も分かりません。絶対反対を唱える人とは妥協点を見出す事も出来ませんから。絶対反対派に弱みを見せられないという思いが、安全神話のもとになっていたのではないですかね。事故の可能性は否定できませんと言おうものならつけ込まれると

※反対派の顔色を見ないと対策が不可能、という事実が証明出来ないと上記の主張は何の意味も成さない(その種の述懐があっても改良工事をしていたらの全てが破綻する)。禄に調べ物もせず思いつき放言する悪癖やめたら?この件に限らずこのお方は万事がそういう傾向にあるね。そのTLはナナシロボ氏とのものだが、地元の古参自民党員であるロボ氏からすら呆れられている。

【あんぱん @anpan_2634 】

@anpan_2634安全神話なんて、反対運動が激化するから、必要な改良工事や取り換え・更新が出来なかっただけの話。2013年8月7日 - 4:26

※RTは17件だが、@umi_tweetという感情過多のJNSC会員がRTしているのは注目だろう。

【各務原 夕(原動機付き猫車) ?@nekoguruma 】

@nekogurumaていうか、安全性向上化改修に対する反対運動って、本当に成立し得るのかな、とも思う。「反対派の横槍で改修できなかったから~」ってよく聞きはするんだけど、今ひとつ確信が持てるソース見つからないってのもあるんだけど2011年10月29日 - 3:06

@nekogurumaうーん、色々聞いてみると、反対派による安全対策潰しってのはありえるのか 2011年10月29日 - 3:06

※震災の晩に上司の車に便乗して早期帰宅。メルトダウンの件で強烈な罵倒をばら撒いて平然としている鬼畜女。今回も疑問を持ったのに、結局流されて自己検証も出来なかったので×。色々聞いているって全部ツイート、噂話のことで1分も判断に要してないんでしょう?「ネットde真実」の典型ですな。

【arabiannightbreed @a_nightbreed 】

@ardbeg32 対策がとりたいんじゃないんですよね。安心を得たい。安心というのがふさわしくなければ、心を安定させたい。「原発は危険」「東電は悪」というフィルターをかけてしまえば、入ってくる情報は反原発派の行動を補強するもののみになる。心が安定する2012年9月1日 - 9:18

※軍事クラスタの罵声をまとめる腰巾着。しかし、上記の批判は事故に何の関連もなく、対策放置の言い分にしか過ぎなかった。

【不破雷蔵(懐中時計) ?@Fuwarin 】

@nekoguruma ねねね。一つ質問してもいいかな。何で「反原発」なんだろう。「反原発事故」「反原発災害」じゃなくて。後者だったら、自己対策、リスク軽減、さまざまな対応、医療体制の充実、WBCをはじめとした放射線周りへの研究投資とかになるから、賛成する人一杯出てくるのに。2012年3月21日 - 2:37

※アイデア出しても採用されなければ無意味。永嶋氏のように「おれの顔を潰すのか」と面罵された例もあるしその被害者自身が出版で一悶着起こしているようでは。他にも、事故調にせよ添田孝史氏にせよ各種検証本にせよ幾つも上がってる。このようなツイート自体がネットde真実、叩いた者勝ちというパターンを如実に示すものである。

【菊池雅志 ?@MasashiKikuchi 】

@MasashiKikuchi
日本には、地震、津波などの自然災害のリスク以上に、「選挙ウケばかり狙う政治家リスク」「視聴率や部数しか考えないマスコミリスク」「何でも文句つけて反対すりゃいいと思ってる大衆リスク」があるので、原発を安全に運用するのは難しいかも知れない・・・。貧困国に転落するのも選択かな…。2012年5月5日 - 21:36

※文句つけると安全に運用できない。←はいストライク。RTは197件。

【xtreme@kekeke7】

@kekeke7
@iwakamiyasumi @saitoyasunori そんなポーズも単なる反対のための反対でしかないことはサルでも理解できよう。何せ鳩山はCO2の25%削減を実現するため、自民党の組んだ原発安全対策費をも大幅にし分けした上で原発の大増設を推進していた張本人なのだからw 2012年4月13日 - 9:08

原発を大増設しようとすると安全基準が下がるらしい。原子力村すら馬鹿にした意味不明な珍論である。2006年の耐震基準改定もバックチェックも知らないのだろうな。後麻生政権以前の自民党は原発の津波対策工事に予算を付けたという事実は無いよ。その金は電力各社が賄っている。ワルちゃんというより足り(ry

【TOHRU@原発推進※デマ撲滅!@tohrub1104】

@tohrub1104原発新設・置換を必死に阻止しようとするのは原発が安全であっては困る人達だ。堅牢で廃棄物の少ない新規原発に反対する理由は無い。 #原発推進 ⇒計画段階の原発9基 安倍政権で容認の可能性も(産経新聞) - Y!ニュース

【木下 (黄色でない) @onece_a_fool】

@onece_a_fool旧式の原発を廃炉にして新しいより安全性の高い原発を作ることに反対する。 #反原発がアホだと思うとき 2012年1月18日 - 4:21

清水正孝に言え #推進派がアホだと思うとき

【かみーゆ@艦これ @kamille_a、たけっち(3度目の復活) @take_judge】

@kamille_a原子力とか政治とか、賛成派、多数派の中でも問題点はあって、地道な話し合いで身内同士で改善必要だけど、それよりか反対派が桁違いに有害でノイジーなので、潰すので手一杯になっちゃう。無能なやつらは有能な人たちがクリエイティブに使えた筈のリソースを奪ってる 2013年3月25日 - 5:19

@kamille_a反対派が能力がないので、建設的批判によって体制側が成長できない、という負のプロセスは何にでもあって、原子力は完璧にダメだった。技術力ゼロの狂気の反原発相手に、無茶苦茶な安全神話で押し通さざるを得なくて、地道な安全性向上の機会が無かった。2013年5月9日 - 2:55
@take_judge@kamille_a それはいえますね。

※今、彼の自己紹介にあるかは知らないが、以前のそれによると日立を実質1年で辞めたそうな。社会への復讐心でこうなったとしか思えない残念な人で、資格は精神障碍者3級。ウヨニートが政治に首突っ込んで無能と言ってるのは胸が熱い。@take_judgeも即答で「それは言えますね」だってさ。ついでに、この手のツイートを熱心に収集していた憑かれた大学隠棲lm700jやPC職人X PCengineerX辺りも彼と同じ考えであると思われる。

【ともにゃん@二日目ヒ-08b@TOMO_NYAN】

@TOMO_NYAN
テレビで見る原発反対派は原発止めろの一点張りなのは不思議っちゃ不思議。具体的な安全対策の見直しを!とか、代替エネルギーの研究開発に予算を!とか全然見たこと無いのは気のせいかな。そういうの無しで原発止めたとして、核燃料もエネルギー問題も消滅しませんで。

ともにゃん@二日目ヒ-08b@TOMO_NYAN
原爆犠牲者の為の追悼式典をさ、反核のプロパガンダに使うのって良くないと思う。反原発のデモもあったらしいけどさ、ここで兵器と発電技術を同列に扱うのに納得できない。ナパーム弾にも使われたガソリンを使う自動車は全廃!って言ってるようなもん。原子力の関係者にも、原爆の犠牲者にも失礼だ。posted at 19:19:38

※コミケ(C85)で高速増殖炉本を配布。1件目はどこに目をつけて歩いているのだろうという話。2件目も歴史を知らないとしか思えない(核オプションを見据えて練習台替わりに原発に手を出した鹿島守之助など、その種の例は事欠かない)。

ナパーム弾の例は典型的詭弁である。この例の問題点は、原発事故の被害は1件当たりでは自動車と比較にならないという相違の無視だが、順当な返しをするならば「ドライバーとしての適格性を欠いている者に自動車を与えてはいけない」「免許試験場もザル」ではなかろうか。このような価値観の持ち主が無邪気に執筆した技術解説本は、ある種の怖いもの見たさのようなものがある(真っ当に収集するなら、C85よりciniiだよ)。

※14/2/14松浦氏関連で下記追加。
【大貫剛(野生) ‏@ohnuki_tsuyoshi】

@ohnuki_tsuyoshi
ある知人に聞いたが、やはり東電は以前から、福島第一原発7・8号機稼動後に1~4号機を廃炉することを考えていたそうだ。もしそうなっていたら、福島第一原発事故はなかった。申し訳ないが、ソースは明かせない。22:43 - 2012年8月6日

@ohnuki_tsuyoshi
こういう議論がいまだにオープンにできないこと自体、原子力を考える上で健全な環境ではない。もし東電が事故前にこれを言っていたら「じゃあ1~4号機は危険なんだな、今すぐ止めろ」「そもそも原発は危険なんだ、7・8号機も反対」となっていただろう。22:45 - 2012年8月6日

「名前も明かせない知人」より「麻生政権時代の東電回答」の方が公式性では上である。前にも書いたがそりゃ東電関係者が脳内でバーターを考えたり、会議でネタにすることは十分あるだろう。問題はそれが正式なものになるかどうか。切り捨てられた理由に当時の経済性評価が絡んでいないか、である。こういう人に特徴的だが、事故前表には出なかった社内で津波想定を切り捨てた件は弁護するが、名前も明かせない裏事情は平然と投入する。矛盾だろ。こんな「ソースは俺!」「ソースは2ch!」みたいなのと同類の論を進めておいて反対派をデマゴーグ呼ばわりしているのが反・反対派の悪弊である。

米国軽水炉の延長運転自体は珍しくも無く、既に取り上げたように東電も20年以上をかけてその準備をしてきた。「民主党が延長したから論」も推進派が飛びついたデマの一つである。大貫氏の問題点はそれに留まらない。資料が残っていることから分かる通り推進派が言うようなタイプの「オープンな議論」とやらは普通に重ねられていた。大貫氏が知らないだけである。このような人物が東京都の土木事業や宇宙開発の仕事をしていることに戦慄する。

2013年12月 4日 (水)

「反対派のせいで建替え出来なかった」「対策出来なかった」というデマ 第2回

「反対派のせいで建替え出来なかった」というデマ

本記事は上記の続きである。そう。あれだけ長かった前回記事に、まだ続きがある。すみません。それでも御笑覧いただければ。特に【5】【7】が重要。例によって後で多少文章の修正は入れると思う。

【5】浜通りは数ある原発サイトの中でも取分け電力が強い影響力を行使出来た

浜通りは原発立地点として見ても他地域に無い特異性があり、極めて政府に従順である意味「優秀」なことで知られていた。この現象は佐藤栄佐久が知事になり、国策に疑問を突き付けた1990年代後半以降も県との対立と言う形で継続した。事故後に隆盛した批評家達のフィルターを通したくなければ、当時の『福島民報』、『福島民友』といった新聞や、県内経済誌である『政経東北』、『財界ふくしま』などを猟歩すれば良いと考える。

そのような中、今回取り上げたいのは業界専門誌の一つ『アトム』が休刊直前の1981年8月号に掲載した「原子力発電立地の効果と問題点-福島県の場合-」である。浜通りには東電の原子炉10基の他、勿来、広野、原ノ町、相馬、新地と言った多数の火力発電プラントも計画・建設されてきた。このため、東電は建設スケジュールを調整して雇用の平準化を計り、1980年代半ばまで20年に渡って一定の雇用水準が維持されるように配慮したという。

このことで、通常建設が終了したら他地域に移動する特殊技能を持った建設労働者達の多くは、精々浜通り内での移動に留まることになった。運転開始後の定期検査要員は常時雇用というより臨時工であるが、配管や復水器など、技術的に共通する要素のある火力・原子力プラントが多数立地したことは、建設期ほどでなくても、一定量の雇用が残ることを意味し、定期検査時期を相互にずらすことで常に雇用を生み出すがことが可能であったことを意味している(ハッピー氏が著書で指摘するように後年このメリットは薄れたが)。このような特徴は少数の原子炉が孤立して立地している多くのサイトには当て嵌まらないものであり、同記事でも最後に注記している程だ。加えて浜通りにはこれといった産業が育たなかったので、人口希少の田舎で電力の存在感は文字通り「圧倒的」であった。若狭沿岸と浜通りは「原発銀座」の異名を取るが浜通りはこれに加えて「火力銀座」でもあり、往時、電力は恐らく若狭をも上回る存在感であっただろう。

そのような地域において、過酷事故も無い内から反対運動が育つという前提を当て嵌めるのは間違っているだろう。昔産経新聞が好んで取り上げたこととして、学校における自衛官の子息イジメがあった。あれは、地域における自衛隊の存在感が定量的に希薄なら教師も強い立場に立てたと思われる。例えば都内の基地の場合などである。しかし、生徒の大半が電力と係わりのある親の子である教室で、例え日教組先生でも原発批判を種にそんな類の行為が続けられるのだろうか、という疑問がある。私は人よりは調べた方だと思うが浜通りで自衛官イジメに類する教組の地元校支配の話を読んだことが無い。そんな教師がいたら産経と同じく、真っ先に晒し者にして袋叩きにしそうなものだが、推進派の息がかかったメディアにも出てこない。逆に『ふるさと再発見』(1975年)には地域の老人までが原発勉強会を組織するほどの啓蒙振りに触れている。町の広報誌は毎年定期的に技術者を募集している記載が載ってるし、まぁ典型的な美味しい就職先だったのが実態だろう。

※反対派としては自分達が少数派であると声高に主張することは都合が悪い。『原発の現場』にて岩本忠夫が多少ふれたように、場合によっては強そうに見せかける必要もあっただろう。だが、推進派がそれを真に受けるのは只のバカである。岩本忠夫は、反対派時代に『月刊社会党』で、自分達が劣勢であることを正直に吐露している。岩本程露骨ではないが、浜通りの反対運動関連書籍に登場する、TCIAといった地域の監視網を揶揄する言葉は、反対派が地元で数的劣勢であることを言い換えたものとして理解した方が良い。

余談だが岩本はこの後反対運動から離脱し1986年、双葉町長として当選を果たした。町長となった岩本は推進派に転じて7・8号機の増設誘致を主導した。当選後の開口一番、「増設の話があれば町議会でじっくり検討、町民の合意を得る努力の後にそれを認める方向を打ち出してもいいと考えているところです」と業界誌『エネルギーフォーラム』1986年9月号において饒舌に答えているのが実に印象的である。同誌編集部の気分まで読み取れる点で良記事と言える。

【コラム】浜通りの風土は原発運営に影響したか
若干の違和感もあるが、『政経東北』において二上英朗氏が採り上げていた風土の影響-お上へ平伏し会津のような反骨心が無い-も無視は出来ないかも知れない。二上は『政経東北』1987年4月号にて「相双地方はいわきのつけ足しか!?」という挑発的な記事を書き、1987年11月号「”政治オンチ”が生んだ『火葬場』建設騒動」では「政治的なセンスを持たない」と書いた。1989年1月号では「双相地方は南東北のエアポケットか」という記事を寄稿し、原発の夢に依存した浪江小高地区を批判的に扱っている。

第二における再循環ポンプ事故、第一7・8号機増設問題、プルサーマルと話題に事欠かなくなった1990年代以降は風土に言及した記事の頻度は目立たなくなったが、地域に根を張るメディアの指摘として無視は出来ないと考える。

【6】そもそもこの手の作り話、震災前からあったもの

7・8号機の件は敢えて東電周辺のソースから検証した。それが最も推進派、いや誰に対しても説得力があるからだ。「安全対策が反対派のせいで出来なかった」論は実際に工事出来た例があると、即座に崩壊してしまう。工事の内容が安普請かどうかは別問題である。このことから分かるように、「反対派のせい」という言説が例え原発事故前に言及されていても、それは何の説得力も持ちえない。彼等がこの種の話を持ち出すのは「やりたくない理由づけ」として都合良く利用するためである。この辺りの事情は「【書評】松野 元『原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために』」でも示したのでそちらも参照して欲しい。

【7】朝日新聞と反対派が事前警告していたベントのフィルター化

別の例として、下記の朝日新聞記事は推進派デマの悪質性を如実に示していると思う。

スウェーデンではスリーマイル島事故の翌年の八〇年、過酷事故対策の検討を始め、八九年までに、「フィルトラ」と呼ばれる設備が沸騰水型炉(BWR)九基、加圧水型炉(PWR)三基のすべてに設置された。放射性物質をガス抜きパイプのフィルターを通して「第二格納容器」ともいえる大型容器におさめ、できるだけ大気中には出さない方式だ。フランスの原発はすべてPWR。砂フィルターを通してガスを大気中に放出するパイプを八九年までに設置済み。

ドイツでも、七〇年代から過酷事故対策の研究に着手。八六年にPWR、翌年にはBWRにガス抜きパイプを設置するよう勧告が出て、既に大半の原発の格納容器に取り付けられた。米国でも八七年から過酷事故時の格納容器の性能を改善する作業が進められ、八九年、BWRにガス抜きパイプを設置するよう勧告が出されている。欧米の動きについて日本の電力関係者は「チェルノブイリ事故で盛り上がった反原発運動を鎮める狙いもあった」と話している。

ある電力関係者は「日本では手続きに時間がかかる。外国の動きに影響された面もある」と打ち明ける。「対策の遅れは、積極的にやりたくないという業界の意向を反映したもの」と原子力情報資料室の高木仁三郎代表。「スリーマイル島事故の反省から、原子力安全委員会が八一年に出した五十二項目の『安全対策に反映させるべき事項』もあまり実施されていない。こうした姿勢こそが問題」という。

BWR、PWRともにガス抜きパイプを設置した国がある中で、日本の場合はBWRとPWRで違った対策をとるのはなぜか。スウェーデンのように、放射性物質を極力外部に出さない方式をとる必要は無いのか。「原子力発電に反対する福井県民会議」の小木曽美和子事務局長は「過酷事故は絶対起こらないという説明から、発生の可能性を認めたことは評価できる」としながらも、「この対策で万全なのか」と不安がる。対策をとる前に、方針が決まるまでの議論をガラス張りにすべきだろう。とくに、BWRの地元ではパイプを開いて放射性物質を放出しても大丈夫なのか、住民が納得できるようにきちんと説明する必要がある。

「原発過酷事故対策は安全か」『朝日新聞』1994年2月17日朝刊4面より抜粋

デマとは完全に反対であり、推進派の完敗と断言出来る。

詳説はしないが、反原発運動は本質において日本と外国で変わるものではない。むしろ震災前においては、ドイツのようにより強烈な形で発露するケースも見られた。この点からも、「反対派が強硬だから~」という理由が全くナンセンスだと分かる。日本が置いてきぼりになる理由の説明がつけられるだろうか。しかも、既述のように日本でも安普請とは言え実施されたのだ。

そして、事情を良く知らない新規参入組はともかく、震災前から運動を続けていた古参の反対派が態度を硬化させて「即廃炉」などを主張していたとしても、それは当然のことではなかろうか。「ガバナンス不在」「体質問題」こういった言葉も繰り返し聞いてきたが、背景を知ると重いもの。何も高木仁三郎が物理学会に投稿した論文が的を得ていたから、といった突発的な理由だけではないのだろう。

内容についても良く取り上げられる事前警告とされる類のソースの中でも、取分け的確だ。特に最後の段落は、津波や電源喪失に関する警鐘に匹敵する価値がある。この記事が何故事故検証において取り上げられなかったのか、不思議なほどである。当時は情報公開も法制化されておらず、ネットも無い中での運動だったが、意訳してしまえば、とっとと集めた外国の事例に関するレポートも含めて情報を公開し、一番良さそうな策を選ばせろという主張だろう。逆に言えば、この時、政府が朝日新聞の言うような方針を取らなかったことでフィルター付きベント、或いは既存方式の欠陥を埋める方向性のベントシステム開発へ計画変更する機会は失われた。

※公平を期すために補足すると、事故後にフィルトラも一長一短だという指摘が原子力委員会でなされている。しかし、そういう話を含めて事故前に広く選択肢を示すような情報の出し方はしていない。1991年にはこのレベルの文書が纏められていたのだから、その時点で立地県に配布し、必要なら市民団体にも渡すべきだった。広報、業界紙報道をチェックすると、大半は「ウェットベント採用」という結論が主で優劣比較に関する記述は無いか、あっても僅かである。

12/9補足。メディア的な役割は薄まるが、原子力学会誌だけは例外的に詳細な記事を載せていた。1989年8月号「シビアアクシデントに対する各国の対応」1993年9月号「軽水炉のシビアアクシデント研究の現状」がそれである。これらは特徴やスペックまで踏み込んだ記述がある。

避難地域の大きさを考えれば、議論をさぼった代償は悔やみきれないほど高くついた。政治的な手続きを軽んじることの意味を示すとすればこういうものだろう。そしてこの記事により、原発推進ネット右翼は二度と朝日新聞に足を向けて寝ることが出来なくなった。例えKYサンゴ級の不祥事を100回繰り返したとしても、その程度で「おあいこ」に出来るほど甘い物ではあるまい。

【コラム】過酷事故対策に関心の薄かった業界新聞
日本で過酷事故対策が本格的に報じられるようになったのは、NRCがBWRについて勧告を出した1989年夏以降と言える。現在では有料の過去記事データベースを検索すれば大体の事情は分かってしまう。私もこの件に関する数十件の報道-当然、事故前のもの-を調べてみたことがある。

終始、最も強い関心を示していたのは一般紙の『朝日新聞』であった。上記以外にもかなり字数を割いた記事を複数報じている。最も無関心であった一般紙は『産経新聞』。ここまではほぼ予想通りと言えるだろう。『読売新聞』は1992年3月21日夕刊において比較的詳しく取り上げ、反対派を懸念する日本の研究者達にEDFの担当者が叱咤する良質な構成であった。『毎日新聞』『日経新聞』も朝日ほどではないがそれ相応の報道ぶりであった。

意外だったのは業界新聞が消極的だったことだ。『電気新聞』は業界に不都合な発表がなされた時は中味を報じず(NRC勧告への対応が典型)、電力が言い分を用意した時に積極的に報じるという姿勢を採った。広告欄を電力賛歌で埋め尽くしてきた弊害が顕著である。『原子力産業新聞』も日本側に具体的な策が出来る1992年頃までは積極的に報じようとはしなかった。ちなみに検索した際に、業界紙は技術者が求めるような設備仕様に関する記事も引っかからず、朝日とさして差はなかった(これについてはやや自信が無い。スペック関連ではキーワードはかなり多様に想定出来る)。このような疑問に同紙が答えることが出来なかったのは当然なのである。4万人の東電社員に発行してきた月刊社内報『とうでん』も事情は似たようなものであった。

『福島民友』『福島民報』は初期段階で詳細記事を出し東電からもコメントを取っている(それが、東電が安全神話を信仰している決定的な証明ともなった)。公平のために述べておくならば『原子力資料情報室通信』も過酷事故の件では初動が鈍く、数年の間はまともに取り上げなかった。

結局、普通の人と同質の疑問を抱いていた一般紙、原発を本当に身近に感じていた県内紙が最も初動の反応が良いという結果を残している。原発広告の批判も大事だが、この点はマスメディア研究の題材としてもっと深く調査されるべきだろう。特に、県内紙の姿勢は大衆紙に求められる両論併記的なルーチンワークの重要性を如実に示している。

12/9補足。電気新聞など業界紙は本当に売り出ししたい技術については十回以上に渡って連載したり、数面を費やして紹介することも過去見られ、字数制限のある新聞の中でも例外的に専門雑誌記事に匹敵する字数を確保出来る媒体であった。これを鑑みると、踏み込んだ解説が発見できなかったのは実に残念なことだ。

【試論】事故後に開陳される秘話は事故前の史料の価値を上回るか

勿論、私も今後の資料発掘により、社内検討会などにてtatukoma1987氏等が掲げるような発言が裏付けされる可能性は否定しない。私の集めた資料は、ネットの目につきにくかっただけで、所詮一般公開資料の域を出るものではない。OSINTでは「必要な情報の8割は公開資料で得ることが出来る」との格言があり、私もその意義を認める者だが、それでは埋めきれない情報は確かにある。しかし、【2】【6】で述べたように反対運動を言い分とした文書があったとしても、発言者の自己矛盾、論理破綻を裏付けするだけである。物笑いの種以上の価値は無い。アゴラなどに特徴的だが、それを薄々分かっていると思われる推進派や現状維持派は、そうした歴史に興味を持たせないような宣伝手法を取る。

ただ、上記とは別種の問題として、事故後「実はこうだった」と事故前の事情を「証言」した資料の扱いがある。こうした資料は各事故調が聞き取り調査を主たる情報収集手段として用いたことや、マスコミ、ライター、研究者も同様の手法を多用したことで豊富に得られてはいる。何も得られない状態は只の暗黒社会であり問題外だが、証言者は事故を見ている訳だから「事故バイアス」というべきものは避けられないだろう。

ネットの一部では開沼博『フクシマ論』が開沼という人物のフィルターを経た形で浜通りの歴史を描いているとの不信感が表明されている位である。逆に言えば、どのような立場で書かれたものであれ、事故を知る前に書かれた文書は(【6】で述べたような論理的矛盾を除けば)、記録として絶対的な価値がある。

【総評】デマを信じた推進派は現代に復活した「勝ち組
原子力に大きな価値を見出して積極的に継続、或いは推進を主張することは自由である。私も原発はすぐに無くならないと考えている。しかし、その気になれば検証できる論理破綻したデマを拡散する姿勢は、「奇形児誕生」といったデマを振りまく「放射脳」と何ら変わるところは無い。反対派やマスコミの言う通りにしていたら、ベントシステムに更なる改善を施し事故の規模を小さく出来る可能性があった。反対にもし東電がデマ通りの行動を取っていたとしたら、福島第一の原子炉全てが電源を喪失してメルトダウンし、まともに注水もベントも出来ず、放射性物質の放出量も遥かに大きくなっていただろう。それが実証的に導いた最も妥当な推測だ。

また、業界人などtatukoma1987氏より知識がある者もいるのだろうが、このようなデマを推進派が放置していることは実に興味深いことである。tatukoma1987氏に関しては古参軍オタを称し主張内容が「バカは黙ってろ」で知られるJSFを中心とした軍事クラスタのコピーであり、ネット右翼と完全に被る内容であることも面白い。やはり、マニア上がりはこのような風説に弱いのだろうか。

(まだ1回だけ付録が続く)

※12/4深夜、若干補足。
※※12/9、足りない表現を若干修正する。

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