カテゴリー「書籍・雑誌」の9件の記事

2017年1月14日 (土)

【商業右翼は】書泉とTSUTAYAとワニブックスを不買した話【大嫌い】

つい数日前、神保町に行った折書泉グランデに立ち寄ったことがあった。

Kandakeizaisinbunshosen神田経済新聞より

グランデと言えば、最近文谷数重氏が次のように酷評している。

 「タダで貸す」といった書泉は「そのレベルなんだろう」とそれから行ってもいない。あそこは昔、争議があったあたりから本屋としてどうもな感じ、目利きが駄目になった感があった。5回の建築技術がなくなったりね。

東京堂が愛国オバサンをボイコットできてヨカッタとおもったよ 隅田金属日誌

グランデに入店してから、上述の桜井誠『大嫌韓時代』サイン会の件を思い出した次第。篠村書店、マーブルディスク、BAMBI神保町店、とんかつ駿河となじみの店が消えていく中、神保町の顔と言って良い書泉は自らその顔に泥を塗る選択をした。

(1)客を選び、買い回りの出来なくなったグランデ

それでも、鉄道とミリタリーの売り場を大幅に拡大していたので、その分野のマイナーな本を探す目的では、まだ役立つことはある・・・と思っていた。

しかし、最近の書泉グランデ、改めて見直してみると酷いことになっているのである。

まず、1階屋外に産経読んでそうなファッションオタクを目当てにした戦争ドキュメンタリーを陳列、店内はライトノベルの広告が目立ち、コミケ会場か歓楽街の飲み屋のようだ。2階はマンガ関連コーナーに代わっているらしい。

5階のミリタリー、6階の鉄道の階も一層酷くなっている。それぞれにワンフロア充ててしまったため、海外の書籍や同人を加えても場所が余ってしまっている。何せ、メジャーな雑誌のバックナンバーを平積で並べている有様だ。関連グッズコーナーも広く取ってある。最早、本屋では無く模型ショップか軍装店のようだ。心なしか、エレベータ周辺のポスターの貼り方もだらしのないアニメショップみたいで汚い。そう思って調べてみたら2011年にアニメイトの子会社になっていた。成程。

何よりも不便になったと思うのは、一般書に割く面積が大幅に減少しているため、鉄道、ミリタリー、マンガ以外の買い回りが出来ないこと。

良く見てみると、時間帯の割に客足も昔より減り、一層偏っているように思える。「これが普通の日本人が行く本屋の姿か」と皮肉を飛ばす気も起きない位、まともな本屋じゃないなぁ。

アニメイトの方針もあるだろうが、西葛西店や川口店を失ったことも、書泉社内から一般人の感覚が消え失せる遠因になってるかも知れない。まぁ、死んだ親父が通ってた頃の70年代80年代の書泉は郊外店舗など展開してなかったけれども、聞いている限りそんな本屋では無かった筈だが。

昔話はともかく、上記争議の前からいるベテランの采配のためか、独特の分類がされている書架の中から、ある研究書を発見した。これは欲しい。しかし、やはり書泉では買いたくないな、とも思った。嫌悪感を武器に右翼的・翼賛調な本を研究のため買った人にまで「加担者」のレッテルを貼って回る某御仁程ではないが、桜井誠をわざわざ応援するような書店に金を落とす気にはならない。なら書名を控えてAmazonなどで買えばいいと思われるだろうが、生憎ペンを持っていなかった。

(2)書泉とTSUTAYAで見つけた本を他の書店で買う

そこで歩いて2分も無い場所にある三省堂に行って同じ本が置いてないか探すことにした。三省堂は書泉より広く、昔からほぼ全ジャンルに強い。2014年に右翼系ジャーナリスト井上和彦の本の広告を掲げたことはあるが、過去、どちらかと言えばリベラル系も積極的に売ってきた実績を加味し、書泉よりはまだしもかということで(東京堂には、その本はなさそうだということもあった)。ペンと時間があれば、神保町以外の大型書店に行くことも出来たのだが。

店内の検索端末を使って調べた所、お目当ての本も在庫していることが分かり、一件落着。書泉で買わずに済んだ。そう言えば書泉には検索端末も無いから、利便性の面でも差が付いてきている。

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三省堂に設置された書籍検索端末。写真は大宮店のもの(ホームメイト書店リサーチより)

三省堂はコンセプト的には昔と変わらず総合書店なので買い回りが出来るのも好ポイントだった。その日は、件の研究書の他に、生活系(衣食住健康系)の本で探しているものがあった。元々、通勤ルートにあるTSUTAYAで見つけたものだ。しかし私は、TSUTAYAも武雄図書館問題以来不買しているので、都心の書店に出た時に買おうと思っていたのである。

(3)ワニブックスを止め、類似本を別の版元から選ぶ

そこで、これも検索端末で調べ、別の階に行って入手・・・する筈だったが、今度は出版社を見て渋い顔になった。版元がワニブックスだったのである。その本は期待通りの出来で原発事故の生活への影響もちゃんと反映しているのだが、ワニブックスは『民進党(笑)』とか『『日之丸街宣女子』から思いを込めて』など、ネットスラングをそのままタイトルにした小汚い煽動本、日本スゴイ本を物凄くプッシュしている出版社である。ある意味、WACより酷い。

幸いにして生活系の本であるため、内容はオンリーワンという訳では無く、何冊か同じような本が出ていた。そこで、別の本を探すことにし、出版社を変えた。代わりの本の出版社も日本スゴイブームには便乗していたが、現代の中韓でも評価を貰えるような事案(良品を売ったとか慈善事業に貢献の類)であり、悪し様に罵ることは避けているように思われた。批判的視点は大切だが、誰しもが『日本スゴイのディストピア』に匹敵する批判本を出すことは能力的に難しいということもあろう。時間の制約もあるのでこの社の本に決める。件の本の著者に罪のある話ではないが、仕事は選んで欲しいと思っている。

講談社のように右から左まで資本の論理に従って売りまくっているような総合出版社に対し、過敏に意識するかのはどうかと思うが(そういう場合は問題ある本を槍玉にする方がベストである)、書泉・TSUTAYA・ワニブックスのような、代替物が存在し選択に多様性のあるケースは、積極的に不買していきたいと感じた一日だった。勿論、三省堂が不満ならジュンク堂や紀伊国屋や地域の書店を選ぶ方法もあることも付言しておく。

2016年7月17日 (日)

山口智美×早川タダノリ 「イタい〈日本スゴイ〉、妄想の〈歴史戦〉」を見に行った【追記あり】

公私ともに忙しくブログを編集する気力が無かったので既に10日ほど前の話になるが、下北沢のB&Bという書店で早川タダノリ氏と山口知美氏によるトークショー「イタい〈日本スゴイ〉、妄想の〈歴史戦〉」が企画されたので見に行った。

早川さんのTweetは以前から興味深く見ていたが、リアルで拝見したのは御二人共初めてだった。興味深いひと時を過ごすことができた。

行く前は早川氏の新刊『日本スゴイのディストピア』目当て。近年の「日本スゴイ」ブームは高度成長期にも萌芽的なものが見られたので、理解できなくもないが、戦前にも同じようなプロパガンダ運動があったのは、早川氏の研究で初めて認識した。

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考えてみれば当然で従来言われてきた学校教育や軍部に迎合したマスコミの問題だけでなく、宣伝屋や論壇人が私生活の領域まで徹底してプロパガンダを続けない限り、ああいう国粋主義は根付かないのだろう。それらの本で戦後まで重版かかり続けたものが(学術書などと異なり)一つも無いのも驚異だった。当時は暗黙の前提となるほど当たり前にあったとしても、現在では意識的に「鑑賞」しようと思わない限り、残す価値のない文化的習慣という訳だ。

内容詳細は本の性質上読んでのお楽しみだが、時節柄購入をお勧めする。考察を含めてとても読み応えのある本だったが、話の途中で山口氏のフィールドワーク体験を聞いた。

何でも日本会議に参加している靖国系宗教団体の「素手でトイレ掃除」を通じて自分の心を磨く(従って他者への奉仕が目的ではない)運動や皇族の子孫の竹田氏主催の一緒に稲を育てる運動などに信徒と共に何度も参加してきたとのこと。このような仕事をしているので、本質的な信条の違いでは妥協しないものの、ネットによくあるカルトへのあからさまに侮蔑的な態度は取らない、という趣旨の話だった。

質疑応答の時に印象に残ったやり取りが、二つあった。一つ目は「慰安婦問題において右派が激しく攻撃する点ではなく、彼等が反論しにくい観点(軍の民族差別など)で右派のプロパガンダを叩いた方が良いのではないか」というもの。これに対して「私の場合はフェミニストなので、女性が被害者になる問題を主題に反証するのは当然」という趣旨の回答だった(そりゃそうだ。なおこの質問が出たのは山口氏の近著が『海を渡る慰安婦問題』だからである)。

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慰安婦が政治問題化する前に書かれた元軍人の回顧録に慰安婦の記述がある(有名なのは鹿内信隆や中曽根康弘のもの)などの材料もあるので、「反論しにくい」かは疑問だが、「被害者(元慰安婦)の証言を信用しないとの前提を出されると証言集めの意味が無くなる」というくだりは特に印象に残った。そもそも、他の「反論し易い」観点にしたところで、長年に渡る丹念な追跡調査や資料収集に負うところは大だ。最初から全てが揃っていたわけではない。だからインタビューも資料も採取せず、有り物だけで済ませる歴史研究などは、良い仕事ではないと思う。

二つ目はミソジニーに関する話で、「仕事でミソジニーのオヤジと接していると、ジェンダーの話題に触れない場面では実務に精通するなど、全面的に否定される要素ばかりではない(けどやっぱりミソジニーのスイッチが入ると不快)」という内容だった。同じようなことを山口氏も感じておられたようで、先の信徒達も、トイレ掃除以外は、どこにでもいるありふれた生活者なのだと言っていた。もっとも、DVのように問題人物が身内にいると、被害者は「それどころではない状況」だろうから、この手の相互理解論みたいなことを言ってる余裕は無いだろう。他方、人様から第3者として「実はあの人に困っているのですが」というような話を聞いた時にどう判断するかは、ケースバイケースで判断するしかない。

他に「国会前のデモにも行ってみたが、運動にも内輪では暴力があることに幻滅し、物を書くことで闘っていく方法に興味を持った」という話もあり、あのやり方の限界を再認識した。自由社会だからデモなどの運動を否定はしないし共感出来る主張も多いが、それだけに凝り固まって極度に「不賛同者」をカテゴリ分けし続けると、出る杭を打って批判したり、地味な調査報道を軽視したり、「読まずに批判するネトウヨ」と同じ穴の貉となる。一日中Twitterにへばりついて著名人でもない相手を標的に「誰それがどうした」と悪態をついてるアカウントや只のPA宣伝屋相手なら無視も仕方ないが、自分なりに調べて考えを提示している物書き相手に、それは不味いからね。

【2016/7/19追記】

山口氏だが、『日本会議の研究』を書いた菅野完氏の暴行問題が週刊金曜日で報じられた件で、内幕が暴露され名前が挙げられている。まぁその件で上記の評価が変わる訳でもないが、この騒動を無視したと思われるのも癪なので一言書いておく。

菅野に謝罪と慰謝料等の賠償が必要であることは言うまでも無い。私が気になったのはマーケティングについてではなく、便乗を疑われても仕方ない要求、簡単に言えば「取材活動を辞めろ」「菅野が入手した日本会議の新情報を引用するな」と取れるものだ。特に、類似分野の研究者・ライターの姿勢に注目している。諮った上でその種の主張を繰り出したり援用することは、意図を疑って当然だろう。

過去の事例だと、西山事件を思いつく。西山記者が罪を問われるべきなのは不倫(ネット右翼はレイプと言っている。リベラルや左翼がどういう解釈をしているかは知らない)の方であって、暴露された密約を無かったことには出来ないし、記者としての「功績」が第3者にすり替わることもない。菅野の問題も同じであって、「運動のための蹂躙は続いている(から黙れ)」などと研究者やライターが強弁するのは、ライバルに発表して欲しくないだとか、そういう意図「も」想定する。情報収集が捗らなくても、政府や東電の真意を推測しようとする場面と同じである。研究成果物に関しては、引用する必要が生じた時に引用し、それがジェンダーを論ずる文脈なら、論文内で菅野の不祥事に言及すれば足りる。

山口氏は今のところチャットで示された計画に従ってツイートしたついでに、その種のRTをしただけである。また、実績も示さず人の粗探しに熱心なあらら氏などと違い、歴史戦や日本会議を対象とする研究者として、成果も出している。金曜日の記事宣伝は良いと思うけど、そのRTにあった青谷三郎氏の指摘は切断処理とは言えない。

Yamaguchirt

ちなみに研究者以外にも問題は指摘できる。例えば菅野の弁護士に対して「こいつも妻帯者かー…糞過ぎる」と非難した濁山ディグ太郎。非モテかフェミ思想からなのか知らないが、こじつけだろう。光市母子殺人事件で懲戒請求騒動を起こした橋下にダブる。「被害者を利用する」文脈で言うなら、この人物こそ今から黙って他人の菅野批判でもRTしていればよい。

勿論菅野の今後の主張が禁止されなくても、批評面でも今回の件と完全に無関係ではいられない。例えば、彼が『日本会議の研究』出版後に強調し始めた「日本会議=ただのミソジニー説」を使って「戦前回帰は日本会議の目標ではない」と主張しても、その説得力は薄れる(なお、この主張は戦前回帰志向を主張していた左翼に対して挑発的であり、怨恨を増幅する一因となったかもしれない)。

また、上野千鶴子氏の本を読んだそうだが、『女ぎらい』の佐野眞一氏の例ように、日本会議のような「男らしい」標的を定めてより身近な問題をスルーしてきた、といった批判は免れまい。本を出した後に「日本会議の様なミソジニーは誰でも持っている」ということも言い始めていたが、今後は片手落ちだろう。ジェームス三木のように不祥事後も憲法ドラマと共に、ジェンダーど真ん中の対象になり得る作品で飯を食っていたクズがいるが、それを反面教師に、徹するべき領域は考えるべきだ。

2014年6月23日 (月)

門田隆将氏が描く東電撤退問題での歴史修正主義的態度

当記事は吉田調書をスクープした朝日新聞を叩く門田隆将氏の問題点の続きである。

私はあのマスコミが騒ぎ立てた東電撤退騒動の「ドラマ」にはほとんど関心を払ってこなかったが、門田隆将『死の淵を見た男』での描写については疑問があるので指摘しておく。

3月15日の朝、菅直人首相が業を煮やして東電本店に乗り込み檄を飛ばした際のことだ。門田氏はテレビ会議で菅の演説を聞いた第一原発首脳部の心情をこう表現している。

(何言ってんだこいつ)
これまで生と死をかけてプラントと格闘してきた人間は、言うまでもなく吉田と共に最後まで現場に残ることを心に決めている。その面々に「逃げてみたって逃げ切れないぞ!」と一国の総理が言い放ったのである。
(『死の淵を見た男』P263)

ナレーションが既に東電側に肩入れしているのも不可解なのだが、菅が乗り込んだ原因は、東電首脳部が最小限の人員を残して撤退を検討し始めた、という情報を聞きつけたからだ。『死の淵を見た男』の内容を真とすると、その遠因は14日夜の

吉田は、格納容器爆発という最悪の事態に備えて、協力企業の人たちに、帰ってもらおうと思った。

(『死の淵を見た男』P249)

に端を発しているように読み取れる。ところで、言葉を返すようで悪いが、なぜ吉田氏の証言を「直接引用」をしないのだろうか

ここで、桜井淳の分析を紹介しよう。

菅さんは「撤退したら終わりだ」と怒鳴り散らしました。「終わり」とは東京電力の終わりではなく、日本の終わりを意味していました。(中略)菅さんには、1Fからの全面撤退を阻止したために所員が死亡した場合、菅さん自身にも業務上過失致死の刑事責任が発生するとは考えにも及ばなかったのでしょう。結局、菅さんひとりが所員の人命について背負い込むことになり、東京電力首脳陣は、免責となったことで、東電は、撤退を撤回します。もちろん、菅さんは、自分が東京電力首脳陣を免責にしてしまったことなど気づいていません。東京電力は自己責任を認識して留まったのではありませんでした。

(『日本原子力ムラ行状記』P118)

このように、本来議論するべき問題は東電の当事者能力である。門田氏は「生と死をかけてプラントと格闘してきた」とか「吉田と共に最後まで現場に残る」などと努力を称揚しているものの、上記のような、東電としての能力と責任については言葉を濁す傾向が見られる。

最後まで現場に残る者がいるのは分かる。しかし、前回記事で協力企業のくだりでも述べたことだが、ありきたりな言い方だが、事故の収束は組織で当たらなければ実現できない。再び桜井淳の言葉を引こう。

福島第一原発では勤務日の昼間であれば、少なくとも、社員数百名と関連会社社員数百名が働いています。ところが夜になれば、原子炉運転員と放射能測定関係の計約六〇名、言い換えれば、ひとつの原子炉につき約一〇名しかいません。(中略)津波ですべてが破壊しつくされた施設の緊急事故対応では、猫の手も借りたいほどの忙しさであり、わずか、七〇名では、全く対応できません。その人数は通常時の夜の人数に過ぎません。

 

官邸は、そのような東京電力の撤退について、「完全撤退」と受け止めました。(中略)私は、わずか七〇名では、緊急事故対応が全く出来ないため、「完全撤退」と解釈しました。真実は「完全撤退」でしょう。東京電力は福島第一原発を見捨てました。そのことは、福島県民だけではなく、国民を見捨てたことになります。

(『日本原子力ムラ行状記』P139-140)

私もそう思う。フクシマ50だとか讃えたところで、それが完全撤退では無かったという証拠にはならない。「最小限の人員」では事故の収束は出来ず、好意的に解釈しても、米国に「やる気」を見せるために強行された無意味なヘリ作戦程度の価値しかない。厳しく解釈すれば、吉田氏が示したのは、勝敗自体にはさほどの意味も無い「艦と運命を共にする艦長」と大同小異の精神論である。残念ながら、『死の淵を見た男』に描かれている吉田氏は、本質的に本店の「完全撤退」論者と差異が無い。

勿論、『死の淵を見た男』に描かれていない側面から吉田氏を見直せば、別の計算が浮き彫りになるのかも知れない。吉田調書はそのような読み方が出来る可能性も持っていると思う。

また、門田氏は菅をはじめとする官邸の面々には辛辣な筆致を随所にしているが、撤退問題の元凶となった東電本店に対してはそれ程でもない。それどころか、海水注入問題のくだりでは本店の武黒一郎フェローの言を借り「イラ菅」振りについての不平は丁寧に引用している。一体これは、どういうことだろうか。

菅演説の最後には次のような一文が加えられている。

(何言ってやがる、このバカ野郎)
吉田はそう言いたかったのかも知れない。

(『死の淵を見た男』P264)

上でも書いたように60名では作業は回せない。当の吉田氏が一番理解していただろう。その言葉を言いたいのは貴方ですよ、門田さん。「なぜ吉田氏の証言を「直接引用」をしないのだろうか」なんてレベル超えてますよね、これ。ナレーション風の表現で煽ったりしないで、「私はこう考える」と主語を明確にされたら如何か(追記あり)。


【吉田調書関連でアクセス頂いた皆様へ】
アクセス頂きありがとうございます。しかし、本件は当ブログにとっては副次的なテーマです。メインは各事故調で漏らした重要資料を使っての技術史的な考察です。これら資料の価値は吉田調書に勝るとも劣らないものと考えます。特に下記は是非御笑覧ください。

小林健三郎が選んだ「原子力適地」-中部電力浜岡原発などは除外-

東電事故調が伝えない事実-津波に対する考え方を整理出来なかった小林健三郎-

あり得た第三の選択肢-500Galの仕様も検討したのに実際は値切られた福島第一原発1号機

東京電力は非常用ガス処理をどのように考えてから福島第一原発を建設したか

福島第一原発の審査で外された「仮想事故」-予見可能性からの検討-

茨城県の「要請」は明記せず日本原電の対応を「自主」「独自」と喧伝する危うさ

2014/9/13追記
最後の部分「バカ野郎」は吉田調書の公開により吉田氏当人がそのように考えていたのが事実と確定した。私は意外に感じたが、門田氏は話を聞く中でそういった雰囲気を感じ取っていたのだろう。ただ、雰囲気だけでそのように醸し、明瞭に「バカ」と言わなかったのであれば、政府事故調と比較して門田氏との信頼関係には差がみられるということ。いずれにせよ、想像するしか手が無かったのなら、この記事を変更する必要性は全く感じない。門田氏当人も産経や正論で順調に右派としての立場を固めているし、彼自身の意見を投影したと解するのも間違いではない。

意外に感じたのは吉田氏の物の考え方が、典型的な東電社員のそれを髣髴させるものだったからである。後に、本店時代の行為について語るのを躊躇するような姿勢もあったことを知り、得心はしたが、私としては門田氏が描くほど単純な人物ではないと期待しているところはあった。「現場のプライド」を高ぶらせるのは仕方がないかも知れないが、本店・官邸との意思疎通が上手く行っていないから首相が出てくる事態となっていることは、指揮官として頭に入れておくべきことだろう。

2014年6月 9日 (月)

吉田調書をスクープした朝日新聞を叩く門田隆将氏の問題点

今回は吉田調書をスクープした朝日新聞を叩いてるオタク共は『海上護衛戦』に墨でも引いて読んでろの続きである。

【ウェブサイトで取材記録を公開しない門田隆将氏の批判に欠ける「説得力」】

実は、バランスを欠いて党派的な言動を重ねているのは前回批判したネット右翼系のオタクだけではない。政府事故調とは別ルートで吉田氏に接触したと思われる門田隆将氏もそうである。彼のブロゴス記事を見てみよう。

私は吉田さんの生前、ジャーナリストとして唯一、直接、長時間にわたってインタビューをさせてもらっている。私がインタビューしたのは、吉田所長だけではない。

当時の菅直人首相や池田元久・原子力災害現地対策本部長(経産副大臣)をはじめとする政府サイドの人々、また研究者として事故対策にかかわった班目 春樹・原子力安全委員会委員長、あるいは吉田さんの部下だった現場のプラントエンジニア、また協力企業の面々、さらには、地元記者や元町長に至るまで、 100名近い人々にすべて「実名」で証言していただいた。

私がこだわったのは、吉田さんを含め、全員に「実名証言」してもらうことだった。そして、拙著『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』が誕生した。

「お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事」(2014年06月01日 06:28)

私は『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』は読んだし、門田氏のウェブサイトも見てみたが、彼がインタビューした100名の関係者との問答集一覧は掲載されていなかった。飯の種とは言え、結局は、門田氏や出版社と言うフィルターを経て世に出ている訳だ。このことは、後述する菅直人叩きへの腐心や、事故前に吉田氏自身が津波対策を怠った件のバイアスとなって表れている。

なぜ調書の吉田証言を「直接引用」をしないのだろうか。ひょっとして、そうは吉田所長が語っていないのを、朝日新聞の記者が“想像で”吉田氏の発言を書いたのだろうか。

「お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事」(2014年06月01日 06:28)

御自身が範を示せば、この言葉には説得力が伴うだろう。

15/5/14追記
この記事を書いて1年が経過した。その間津波問題に関しては添田孝史著『原発と大津波 警告を葬った人々』が上梓され、添田氏はネット上に「補足と資料」のサイトを開設、独自性の強く貴重な取材成果をアップしている。嘘だと思うなら貴方の目で確認されることをお勧めする。同じ話を使いまわすだけの門田氏とは雲泥の差であることが分かる。

更に、添田氏は精力的な追加取材を敢行し、Twitterでリアルタイムに第一報を報じ続けた。福島原発告訴団は2015年春、同書出版後に発掘された新たな福島沖の津波想定の成果を盛り込み、検察審査会に強制起訴を求める上申書を提出した(ココココを参照。新資料発掘は私も行った。当ブログ2015年2月2015年3月の記事を参照して欲しい)。元政府事故調関係者もこうした動きを見て失敗学会を通じて緊急フォーラム研究会を実施し、これまでの姿勢を修正しつつある。英雄吉田という虚像は既に崩壊している。

【俗的な「ドラマ」の取材にプライオリティをつけて失敗した門田隆将氏】

門田氏は長時間以上インタビューをしながら分秒の対応策に時間を割き過ぎたために、本店時代の津波対策の件を先送りした。

この話は、私は3回目の取材で吉田さんに伺うことにしていたが、その直前に、吉田さんは倒れ、永遠にできなくなった。

故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか」2013年07月14日 16:31

前2回の取材で大まかなことは聞いていたとも語っているが、この手の話は「真理は細部に宿る」ということもある。細部を聞けなかったのは、門田氏のマネジメントの失敗である。事故時の対応振りもそれなりに重要だが、周辺の補機類や資材まで流出させた津波の規模を思い起こせば、直近数年の経緯で勝負はほぼ決まってしまっていた。門田氏は同書冒頭に、吉田氏の健康状態は既に優れなかったと記している。ならば、事故前の経緯を優先して聞くべきだった。

しかし、門田氏の取材方針からか、同書は事故時の官邸との対立など、マスメディアが「ドラマ」として面白おかしく書きたててきた部分をクライマックスに持ってきている。この点は朝日新聞のしてきたことも大同小異だが、門田氏も同じ穴の狢ということだ。門田氏に、朝日新聞を批判する資格など無い。

政府事故調の聴取方法は良くも悪くもオーソドックスで検察の取調べを参考としたと言う。吉田調書は門田氏の取材では浮かび上がらなかった本店時代の詳細を白日に晒す可能性を秘めていると言える。

ただ、私はこうも考える。ひょっとしたら、門田氏は自らもフィルターを通して吉田氏を描いたことを客観化されてしまうのを恐れているのかも知れない、ということだ。

【吉田氏を都合よくアイコンとして使っているのは門田隆将氏】

なお、前回のブログでも触れたように吉田所長についてこんな的外れの評価をしている者がいる。

しかし、実際に『死の淵を見た男』を読めば、吉田所長を使いでのあるアイコンとして物語化し、英雄視していたのは門田氏なのは明らかだ。四式戦闘機弁務官氏は『死の淵を見た男』を読んでいないのだろう。

門田氏は恐らく東電との意見やプロモーションに関する摺合せを経て、吉田氏にコンタクトした。吉田氏にコンタクトを取ることが出来たジャーナリストとして、特異なポジションにある。論壇での立ち位置はともかく、その成果は誇っても良いことだただし読み手が注意しなければならないのは、その立場を保持する限り、門田氏はいかようにも書くことが出来るということだ。同等以上の情報を入手した朝日新聞の出現は、寡占市場を崩すようなもの。正に想定外だったのではないだろうか。

私は、『死の淵を見た男』を「東電が欲した物語」と見なしている。東電事故調は自己弁護という役割は100%果たしたものの、東電の視点で見た場合、カバーしきれなかった点がある。それは社員のメンタル面への気配り-正当化のための物語の提供-であり、この役割を果たすのが、『死の淵を見た男』である。太平洋戦争敗戦後、軍や軍人の正当化を(部分的にでも)図る役割を担った代表例として、「ジャーナリスト」伊藤正徳の著書がある。これと同質のポジションだろう。

今回の震災で被災したもう一つの電力会社、東北電力もこの手法を使い、町田徹『電力と震災』を上梓した。私が東北電力に原発の件で何度か問い合わせした時、同社の広報担当者は自社社員の書いた記事と並べて、『電力と震災』を参考文献に挙げてきた。そのことから『電力と震災』の位置付けが分かるし、私はこの経験から、『死の淵を見た男』も東電にとって同様のツールであるとの感を益々強めた。だからこそ、『死の淵を見た男』は様々な視点で読み解く価値がある。しかし、そういった分析視点は、東電の宣伝対象であるネット右翼や科学オタク、金儲けのことで頭が一杯の一部再稼動支持者には無い。

なお、吉田氏は発売された本書を目にしているがその時の反応は次のようなものだったという。

脳内出血で倒れて4か月後に出た拙著を吉田さんは大層喜んでくれた。そして、不自由になった口で「この本は、本店の連中に読んで欲しいんだ」と語られた。

「故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか」2013年07月14日 16:31

私から見れば彼は「本店の吉田」でもあり「現場代表の吉田」でもあり「東電の吉田」でもある。同書に描かれたのが「本店の吉田」でないことは確かであろう。

【本店管理部時代の津波対応をオミットした『死の淵を見た男』】

「物語」という視点を導入したからには、限定的ではあるが、その解体作業にも手を付けておかねばなるまい。つまり、『死の淵を見た男』が抱える問題点である。

最も重要な点は、吉田氏の本店時代の津波に対する姿勢が本書でオミットされていることだ。何度か読み直したが、やはり見つからない。門田氏はこの件をブログで補足している。

『死の淵を見た男』は2012年末の出版だが、本店時代の件は2011年時点でメディア報道で触れられていた。同書は政府、国会、民間、東電の主要4事故調報告書を参考文献としているため、門田氏も当然この件は執筆時に知り得た筈である。明らかに重要なエピソード。にもかかわらず、書籍外で補足するという選択をしたのは、例え弁護のためのロジックを用意していたとしても、美談として製作した同書に水を差す内容だったからではないのだろうか。

【自分の本に書いた話すら都合が悪いと無視する門田隆将氏】

そのブログ記事「故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか」は奇妙な記述が垣間見られる。

いま、吉田さんが「津波対策に消極的だった人物」という説が流布されている。一部の新聞による報道をもとに、事情を知らない人物が、それがあたかも本当のようにあれこれ流しているのである。

私は、吉田さんは津波対策をきちんととるための「根拠」を求めていた人物であると思っている。新聞や政府事故調が記述しているように、「最大15.7メートル」の波高の津波について、東電は独自に試算していた。これは、2002年7月に地震調査研究推進本部が出した「三陸沖から房総沖の海溝沿いのどこでもM8クラスの地震が発生する可能性がある」という見解に対応したものだ。

そもそも、これはなぜ「試算」されたのだろうか。これは2008年の1月から4月にかけて、吉田さんが本店の原子力設備管理部長だった時におこなわれたものだ。

「故・吉田昌郎さんは何と闘ったのか」2013年07月14日 16:31

この程度のことは事故調と一部新聞の報道を取り纏めたらすぐに分かる事である。門田氏は「事情を知らない人物」でもあるまいに、今更何を言っているのだろう。そして、残念ながら、「津波対策に消極的だった人物という説を流布」しているのは門田氏自身でもある。次の記述と比べてみよう。

なぜそんな事態になったのか。吉田にもわからなかったのである。

「この時点で、テレビで津波情報は流れていましたが、そんなに大きいものが来るとは、気象庁からも出ていないわけです。僕は、もしかしたら、津波が来て、(四円盤の)非常用の海水ポンプのモーターに水がかかることがあるかもしれないと、考えていました。また、引き潮になった時に水がなくなりますから、どうすればいいのか、そのへんの手順を考えないといけないと、思ってたんですよ。それで、津波対応として、いろんなポンプの起動手順だとか停止手順だとか、そういうものをもういっぺん確認しておくように指示を出していました。それでも、大きくても五、六メーターのものを考えてのことです。まさか、あんな十何メーターの大津波が来るとは思ってませんでした

(『死の淵を見た男』P57)

確かに、気象庁の津波警報が津波を過小評価し、大被害に繋がったのは巷間指摘される。この点は吉田氏の証言は当時の状況と一致する。しかし、十何メーターの津波が来ると本気で思っていなかった(頭の中で想定内に入れていなかった)ことも、この証言からは読み取れる。それが、「津波対策に積極的だった」と言えるだろうか。

門田氏は月刊誌に詳しくレポート記事を書いたとのことだが、各事故調報告の後追い程度の内容で「吉田氏は仕事をした」と強調する程度の物なら、価値は無い。吉田氏は「十何メーターの津波が来る」と思えなかったから学会の権威を借りることにし、具体策は延期したと受け取る方が余程自然である。また、学会のオーソライズ自体も表面的な理由かも知れない。90年代末から、東電は原子力部門を含めたコスト削減策に血道を削っていたからである。

巷間伝えられるところによれば本格的な対策費用は400億、致命的な部分に限って数億から数十億といったところと目されるが、例え後者の金額であっても、原子力部門としては避けたい出費だったのかも知れない。そのような小規模対策は単年度予算に収まるだろうが、「吉田氏の在籍した年度の予算に与える影響は大きい」と解することも出来る。

そもそも、東北電や日本原電がオーソライズを待たずに対策(日本原電は吉田氏と同時期、ただし問題もある)した以上、門田氏の弁護は根本的に無理がある。日本原電の例は民間事故調報告書にも書かれている筈だが、同書を参考文献に挙げてる門田氏は何処に目をつけているのか。

【協力企業に関する恣意的な取扱い】

次のような記述も見られる。全面撤退か否かで揉めていた15日前後の様子に関しての批判だ。

一連の朝日の記事の中には、実質的な作業をおこなったのは「協力企業の人たち」という印象を植えつける部分がいくつも登場する。しかし、これも事実とは違う。放射能汚染がつづく中、協力企業の人たちは吉田所長の方針によって「退避」しており、作業はあくまで直接、福島第一(1F)の人間によっておこなわれているのである。

お粗末な朝日新聞「吉田調書」のキャンペーン記事 2014年06月01日 06:28

確かに、運転員は元々東電社員から養成されているし、ベントのための建屋への進入はプロパーの所員から選抜したそうだ。消防車からの放水も15日頃に限っては東電社員だけで実施したらしい。しかし、そんな状態で長く続けられる筈も無い。門田氏は次のように書いている。

この日の朝、死に装束をまとって座っているように見えた吉田ら幹部たち「六十九人」を除いて、福島第一原発の免震重要棟から退避してきた東電社員と協力企業の人々は、六百人近かった。

福島第二原発の体育館に、彼らは収容されている。しかし、「六十九人」の懸命の闘いにも、限界があった。特に原子炉への注水活動の人員不足が時間を経るにつれ、露呈し始めたのだ。

「どうしても、数少ない残った人たちだけでは活動が難しかったと思います。それで一度は第二の体育館に退避した人たちも、徐々に第一に帰り始めるんです。線量の高いところに戻るわけですから、葛藤があったと思います。

(『死の淵を見た男』P280)

事故発生当初から、対処は協力企業無しでは成立しなかった。それどころか同業他社の力も借りている。例えば、町田徹『震災と電力』には3月11日当日、福島第一に向けて急行する東北電力の電源車の記述がある。東北電力ばかりでなく、事故調での記述を読めば分かるようにあの日、福島第一に向っていた電源車は自衛隊のものなどを含め数十台に上っていた。

14日の3号機爆発の時もそうだ。happy氏は『福島第一原発収束作業日記』に「その日(14日)は朝方の暗い内から作業してたんだけど、「免震棟に戻れ」って指示があって全員戻ったんだ」と書いている。この後吉田所長の訓示があり、一時退所している。要するに、縁の下の準備などは下請け依存だったということだろう。ちなみに、3号機爆発の際は門田氏の大好きな軍人(自衛隊員)も負傷している。放水(つまり、作業)のために展開していたからだ。その過程は彼自身も書いている。

朝日新聞の「逃げた」という表現はまたぞろドラマをやろうという意図を感じなくも無いし、その過程は吉田氏に限らず様々な記録も残っている。だからその批判は分かる。しかし、門田氏が主張していることは「華々しく前線で戦う兵士は志願兵だった」「正規兵だった」「海戦の肝は東郷提督の回頭命令だった」などと言うのと同じで、日常のプラント維持に欠かせない支援部隊や兵站部門を無視した難詰である。

止めとして『死の淵を見た男』から一行引用しておく。

福島第二原発に退避した人たちが、続々と第一に帰ってきたのは、三月十六日である。

(『死の淵を見た男』P287)

一日で戻ってくる程度の期間でしかないのなら、その前後の期間がそうであったように、作業の「量的な主力」は「協力企業の人たち」だろう。この間には協力会社の一つ、原子力防護システムに勤務するベテラン消防士が、同社の本社と掛け合って放水作業に参加するまでのやり取りも描写されている。かように門田氏の健忘症は、党派的である。

【『死の淵を見た男』にもあった吉田所長の「オーバーな表現」】

朝日には厳しく、推進派や反反原発には甘い傾向は門田氏の著書を読んだ筈の読者たちにも見受けられる。例えば、吉田調書から引用した朝日新聞に対して「チャイナシンドロームなんて言葉を使う訳がない」という批判がある(【吉田調書】当時、吉田所長は細野豪志首相補佐官に電話で「炉心が溶けてチャイナシンドロームになる」と言ったのか?-Togetter)。しかし、これは俗語としての使用であるのは一目瞭然だ。しかも、『死の淵を見た男』が発売された時にこうした言葉の揚げ足取りは問題にもならなかったのである。

非常用ディーゼル発電機が津波で停止した際の様子を門田氏は次のように描写している。

いつの間にか吉田には、何かが起こった時に、”最悪の事態”を想定する習性が身についていた。吉田の頭の中は、この時点ですでに「チェルノブイリ事故」の事態に発展する可能性まで突きぬけていた。すなわち、「東日本はえらいことになる」という思いである。

(『死の淵を見た男』P58)

なぜ吉田氏の証言を「直接引用」をしないのだろうか(笑)。

それはともかく、推進派は事故前、チェルノブイリ事故について比較すること自体を否定していた(松野 元『原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために』参照)。事故後も福島との相違点をネットの内外で強調して回った。民間事故調が近藤駿一氏の被害想定を公開した時にも、推進派は「菅直人による政治的な誇張」と嘲笑していた。門田氏の表現は、それらを全て覆すものだ。

ちなみに、『死の淵を見た男』には海水注入問題について班目氏の次のような証言がある。

海水注入を優先して行わないと、本当にチャイナシンドロームになりますので、私は何が優先かというと、とにかく冷やすことですから、海水注入を優先するように言ったんです。

(『死の淵を見た男』P223)

上記より、「プロがチャイナシンドロームなんて言う訳がない」と主張した反反原発全員の主張が崩壊する。揃いも揃ってバカで無能な癖に、下らないまとめでグダグダと意味の無いツイートを重ねているのが良く分かる。

吉田氏の活躍を最初に報じたのは2011年5~6月頃の『週刊現代』だったと記憶する(後で調べたら5月7日号で「日本の運命を握るヨシダという男」とい う記事が掲載されている)。その頃から率直な物言いをするという評が伝えられていた。そのような人物なら「禁句」を設定するとは思えず、政府事故調に対し て「チャイナシンドローム」、門田氏に対して「チェルノブイリ級」と語ったのであろう。むしろこれは、事故の重大性を分かりやすく表現するための、吉田氏 なりの気配りと解することが出来る。周囲が、どこの媒体が報じたかで党派的にデタラメな毀誉褒貶を加えているに過ぎない。

同じような話は「メルトダウン」という単語に対してもあった。メルトダウンと炉心溶融-Togetterに詳しいが、NRCのウェブサイトでは普通にFAQにも載っている。反反原発は事故発生時、メルトダウン自体を否定し、溶融不回避と悟ると今度はメルトダウンという言葉を福島事故が当て嵌まらないように歪曲して解釈しようとした。結局、原子力安全委員会委員長という、これ以上無い権威的職位にあった班目氏が、『証言 班目春樹』P64にて「メルトダウン」という単語を使用したことで止めを刺された。

【まとめ・補論】

上記のように、門田氏や推進派の言行を点検してみると、恣意性によりその場その場でいい加減な表現が垣間見られる。また一連の記述と弁明を読んで思ったのは、先ほども述べたが門田氏が後方兵站の重要性を意図的に軽んじて必要以上の英雄視を行う傾向があることだ。菅直人 の「悪役振り」を強調し、わざわざ従軍慰安婦騒動に例えるところにも、本質的に右派であることが伺える。ちなみに、慰安婦問題では今年になって軍の新資料 なども発掘されているのだが、何故わざわざそのような墓穴を掘る言動を取るのか。

ただし、比較して改めてわかったのは吉田氏は門田氏にも政府事故調にも率直な意見を述べていると思われることだ。2つの証言を相互に比較しても矛盾は少ない。そうしたことは、朝日新聞の取材班を含めた、調書を精読した者達には良く分かっていたのだろう。

もう一つ、門田氏の本を最近の寸劇混じりのNHKスペシャルじみていると揶揄する向きがある。私もそう思う。海抜4mのエリア をわざわざ「四円盤」と呼ぶのは、圧力抑制室を「サプチャン」と意味が失われた略語を使って粋がるのと似ている。こうした言動は竜田一人のマンガ「イチエフ」で「ふくいちなんて呼ぶ奴はいない」と自作を宣伝する行為にも見出せる。「事情通を気取る心理」というべきものだろうか。非常に興味深い。

2014/6/10:内容はほぼ同一だが全面改訂、加筆を実施。

2015/5/14:冒頭にその後の顛末を加筆。
結局、朝日の要求に応じて政府が開示した聴取録からは津波想定に関して驚くべき新事実が発見された。予想通り、脇役に過ぎなかった吉田調書ではなく、保安院の小林調書にある「津波に関わったらクビ」をはじめとする一連の証言である。また、添田孝史氏の『原発と大津波』により新証拠が多数提示され、当ブログでもダメ押し的に多くの新資料を提示した。最早、検察官がどれほど政府の顔色を伺って恥を晒すかだけが、問題点だと言える。

片や、門田氏はWILL、産経をはじめとする右派メディアに露出を重ね、完全に御用評論家のポジションで安定、底の浅さを晒す結果に終わった。当記事のコメント欄を読んでも「政局」「右左」にしか興味の無いネット右翼が反感を持っていたことが分かる。

2013年11月16日 (土)

【書評】『オーラル・ヒストリー』中公新書

御厨貴『オーラル・ヒストリー』中公新書(2002/04)

副題は「現代史のための口述記録」。

第1章から非常に興味深い議論が展開されている。

当事者から情報を引き出すという行動には色々な性格付けがあり、著者は類型化している。

○マスコミなどが好む追及、議論型
○アメリカでヒストリアンを雇って裁判の際の証言に役立てるのに用いられる予防型
○日本の年史にみられる記念型

上記のような類型があるとのこと。著者の場合は歴史家の検証に役立てるため、敢えて反論はせず、淡々と質問を積み重ね、その質問に対する相手の反応全体を保存する方式を取っている。いわば歴史法廷型と言えるだろう。

中盤ではオーラルヒストリーのやり方についても具体的に指南している。

基本的な考え方として著者は、最初から欲しい質問をダイレクトにぶつけて答えを引き出す方法を取っていない。オーラルヒストリーと言っても、思い出話を丹念に聞き取るもので、見た目は雑談に通じるところもあるようだ。このような方法を取るのは、対象者の無用な緊張をほぐし、歴史的な出来事に対する基本的な知識、共通の土俵を作るところにもあるようだ。

マスメディアの場合、限られたインタビュー時間の中で欲しい情報を取る必要があるが、話運びが下手な者も多いことは一般的にも知られている。コメントを捻じ曲げられたという憤慨も多い。特に酷いのは、最初から質問者の主張を押し付け て、糾弾の場か何かと勘違いしている輩。この場合、対象者は二度と取材を受けなくなり、或いは受けても何も有益な情報が返ってこなくなる。

勿論、相手の言うことをそのまま鵜呑みにするような聞き取りは、問題である。それはそれで、提灯記事の作者と違いが無い。そこで、著者のオーラルヒストリー では「問わず語り」の手法を取っている。相手の言い分は取りあえず聞いておき、その後、関連した話題などにも随時触れ、聞き取りにも時間を使う。そうする ことで、次の聞き取りの時には対象者が自己の記憶をたぐり寄せてより正確なニュアンスで話そうとする、という。この場合、研究者が相手に取り込まれてしまうリスクもあると思われるが、長時間話を続けて何度も会うと言う事は、隠したい秘密を持つ相手に取っては表情などのボディランゲージ、物しぐさなども晒すこととなる、というメリットも考えられる。

ただ、個人的には若干の違和感が残る点もあった。

御厨氏は『社史』を「毒にも薬にもならない話しか載らない非常につまらないもの」として切り捨てている。社史の評価としては類型的でもあるが、この意見は自分の専門を引き立たせるため偏りが感じられる。実際に様々な社史を読んでみると、各社それなりの個性もあり、文章的なボリュームのあるものについては、ある種の歴史書として、文の完成度が高い。そのような社史は、当たり障り無い表現ながら、当事者ならではの視点から見た分析、実績などがさらっと書かれていることがある。

企業がある事件などでバッシングを受けた後に社史を刊行した場合、その中には静かな反論も含まれるのではないかと考えられる。バッシングが根拠の無いものであった場合には意味があるだろう。社史に関しては、むしろまだまだ未開拓の領域だと考える方が良い。業種によっては、他の資料との突合せが少ない分野もまだまだある。

もっとも、原発事故後広く知られるようになった電力業界の裏面史などを見ていると、御厨氏の指摘した欠陥に肯かされる事も多いと思うようになった。東電の社史が良い例だが、文章としてはそれなりに完成度が高いものの、原子力に対する問題意識を掘り下げて書いているとは言えないからである。実は同じことは水力や火力、送電などにも言える。

※東電自体もこの欠点は認識していたようで、1990年代には11巻から成る『東電自分史』を刊行し、電力会社としてはかなり歴史的記述の充実に注意を払っている。在職中に死亡した田中直治郎のような物故者の回顧、重要論文の収録は無いものの、本音の吐露もそれなりに多い。

ただし、仮に東電が事故後に社史を刊行したとして、自社の失敗を誠実に書き下すとは到底思えないし、過去と同じ語調で原子力の明るい面を宣伝してきたことを省察するとも思えない。このことは、「東電事故調への疑問」にて詳述したとおりである。社内外の警鐘を全て無視し、原子力に最も貢献した地元住民を強制移住に追い込んでしまったなど、バッシングされるだけ理由も存在している。巨大な経済被害に対して、放射線科学の面で細々とした反論を書いたところで、どれだけの埋め合わせになるだろうか。利権や株式投資目当ての右派が歓喜するだけだろう。

上記のように、社史は「当事者の意思に委ねてしまう」という致命的な欠陥を持つ。それでも私が利用価値があると考える理由は、上流/下流工程或いはライバルとの企業間競争において基本的な情報を提供しているからでもある。もし解明すべき疑問があればそこから掘り下げた取材を行っていけば良い。ライターの中には反資本主義と見做されかねないレッテルを貼って事故後に聞き出した話を「新事実」であるかのように書いている者も見かけるが、接触した関係者は過去に配られた社史に書かれている話を「社内伝承」的に伝えてあしらっただけなのではないか、と思う例もあった。自分のイメージする鋳型に嵌めようとして失敗しただけでなく、うまいことすり抜けられてしまっているのではないか、ということだ。

もう一つ、疑問に感じたのは、著者の想定している資料収集の幅が狭いのではないか、ということ。著者は社史同様、昭和時代以前は記録を残すことに官僚たちが無関心で、高度経済成長の実態が分からなくなっているとも主張している。

これは、当時情報公開制度が未整備で恣意的な文書廃棄が行われたことが情報公開の流れの中で問題視されていったことに対応した記述なのだろう。基本的には内部文書が数ある記録類の中で最も詳細で事態の評価に当り重要なポジションを占めるので理解は出来る。むしろ、そのような情報公開制度の厳格な運用なくして、特定秘密保護法のような法律を成立させてはならないとすら思う。

しかし、高度経済成長時代の出来事を色々調べてきた経験上言うが、OSINTの「公開情報収集で所与の情報の8割は取得可能」という一般原則からするとちょっと極端ではないだろうか。ある出来事について調べていくと、専門雑誌や業界新聞ではその出来事の進行中に討論会なども企画されており、個別のインタビューもある。また、技術史の観点からは当時どのような意図を込めてその製品なりインフラを造ったかが、より細かい点まで触れられている。

今では当たり前になっている法律、制度やスキームも同様である。最初に作った時にはキーマンとなる官僚個人の思想や省庁間の利害が、分かり易く示されていることも多い。むしろ、後に制作される文物の方が「生みの苦しみ」を知らず、一面的な結果だけを加工して与えている感すらある。この傾向は特に、日本のテレビ番組が関与した場合に強く出ているように思われる。

近年の方が専門家のインナーサークル向け業界誌でも、すぐ世間一般に情報が流れてしまうため、かえって所属官庁のウェブサイトから抜粋しました的な「小奇麗な記事」が多く目に付くようにも感じる。

各分野の出来事に関連する学会の定期刊行物でも、そういう面白くない記事がある。あれは会員にとってはニュースとして読むべき記事なんだろうけども。

ただ、この本での話は軍事史を始め、どの歴史分野に置き換えても有用なもの。戦記、証言系の本を漁って歴史を調べている方は、物の考え方を知る意味で必読である。 インタビューという、基本的な情報取得の手法を「型」として学ぶには有用であると言えるだろう。

軍事板書籍・書評スレ40および41より全面的に再構成・加筆
※本記事は再読次第、追記する可能性あり。

2013年10月 8日 (火)

【書評】松野 元『原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために』創英社/三省堂書店 2007年02月

松野 元『原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために』創英社/三省堂書店 2007年02月

著者は四国電力で原子力発電に係わり、その後NUPECに出向、2004年の退職後に本書が執筆された。敢えて肩書きに拘るならば、電験1種、炉主任を有する本物のプロと言えよう。

注目されるのは本書の成立過程である。「まえがき」より引用しよう(強調は私による)。

本書は当初、原子力発電技術機構に出向中の筆者をそこで指導鞭撻してくださった永嶋國雄氏の発案で、原子力防災の入門書を2人で作ろうということで制作が開始された。章別に2人で分担して執筆し、賛否両論を提示するという方針のもと、それぞれが順調に進行していった。ところが最終段階になって、チェルノブイリ発電所事故の取り扱いについての意見調整がつかなくなってしまった。永嶋氏の意見では、チェルノブイリ発電所事故を原子力災害として取り上げるのはかまわないが、すべての章で取り上げてはいけないということであった。例えば、想定事故についての考え方についての説明のところで、チェルノブイリ発電所事故と比較することは、日本ではチェルノブイリ発電所事故は起きないことになっており、日本の原子力防災はこれを対象としていないから、これを直接比較することは意味が無く、あえて記述すると専門レベルの内容になってしまい、一般の読者(国民)を混乱させ、原子力反対者に知恵を授けるだけのものとなってしまうので、入門書としては不適であるとした。要するに、日本ではチェルノブイリ発電所事故は起きないし、起きても災害従事者等の31人程度が死亡しただけで被害は予想よりも小さかったし、実際に事故が起きたときは住民等は何もわからないから専門家を擁する国がすべての責任を持ってあたるので、住民(国民)等はこれにすべてを任せて万事これに従えばよい、という考えである。

これに対して私は、日本の新しい原子力防災のあり方を住民(国民)保護という民主的な点からその有効性を検証しようとすれば、チェルノブイリ発電所事故発生は事実として直視する必要があり、たとえ許可条件的に事故が起きない設計となっていても、防災と言うレベルにおいては、可能性が存在する限りこれを無視することはできないので、日本の原子力防災体制が防護するべき住民(国民)すべてをカバーできているかを、チェルノブイリ発電所事故を例としてその有効性を検証することは、入門書であっても住民(国民)にとって必要なことであり、むしろ原子力を受け入れてくれなければならない人々に知恵を授けて理解を求めることが今日的な課題であると思うので、入門書とはいえチェルノブイリ発電所事故を無視することはできないとした。この意見の違いにより、2人による共著の夢は断たれた。

福島事故を経た今、本書のコンセプトを見直した時、その発想の正しさが最悪の形で証明されていることが分かる。

著者はオブラートに包んでいるが、永嶋氏が意図していたのはPA的な「折伏・説得型の防災本」だったのだろう。結局のところ、永嶋氏は住民を対等な存在として眺めることが、プライドと教育が許さなかったのではないか。「原子力反対者に知恵を授けるだけ」というたわけた表現がこれをよく表している。実際には、本書で随所に示されているように一般の読者に対しても疑問を持たれたくないという考えが原子力を推進してきた者達の常識的な思考であるため、「知恵を授けたくない」は一般読者に対しても同様であったと思われる。この言葉は永嶋氏のような普通の専門家の傲慢な態度を良く表しているものなので、記憶にとどめておきたい。或いは、永嶋氏は事故前にそのことを理解していたのかも知れない。彼が事故前に同種の防災書を出したという話を聞かない。競合他書と比較の目に晒される中、出す自信があったのかは疑問である。

余談だが、事故後永嶋氏は烏賀陽弘道氏の取材を受けている(写しリンク)。技術的には非常に興味深く有益な指摘であり、「身内(業界)への批判」を敢行したことは大変に評価されるべきである。だが、メディアに対する姿勢は一方的で納得出来ない。彼はマスコミ=原発反対というレッテルを貼りたいと考えているのかも知れないが、そのような(左翼)マスコミが嫌なら保守系マスコミに交渉すれば良かっただけのことではないのか。技術的に詳細な話がしたいのなら「内輪向きのメディア」である電力、原子力業界紙に交渉すれば良かっただけのことではないのかエネルギー問題に発言する会のように、自分のHPを持てば良かったのではないのか。或いは松野氏との共同出版に乗るだけでも良かった筈であるインタビュー中、自らの進言も「おれの顔を潰すのか」と学者に握りつぶされたと主張しているが、それは明らかに言霊と面子に狂った業界内の問題である。90年代に各原発がシビアアクシデント対策工事を導入した実績から見ても、キャスティングボードは外野では無く電力をはじめとするインナーサークルにあった。マスコミや反対派がそんなに大きな障壁なら、建設当時のまま、何ら追加の工事は出来なかった筈である。一括りに「マスコミ」の責任に被せる彼の論理は破綻している。

ちなみに、立地自治体の反対派が2000年代に取った戦術には防災策の拡充申し入れもある。浜通りに関して言えば、当地の共産党が取ったのは「増設とプルサーマルの阻止」に過ぎない。こんなことは新聞の地方版や当時の書物を調べればすぐに分かる話である。また、主要5大紙と地元地方紙は殆どが原発容認であった。だが、彼はこの事実を無視していることに注意する必要がある。残念ながら事故後も自覚が無いようだが永嶋氏自身に業界人特有の傲慢さを体現している面がある。

これに関連し著者の主張について一つ誤りを指摘しておく。まえがきには「極論すれば、チェルノブイリ発電所事故を原子力防災ではどう考えるかという視点に立った解説書はまだ存在していない」という記述があるが、これは間違いだろう。それは、あくまで原発推進派というインナーサークルが出した書籍の中では、と限定的な意味しか持ちえない。

例えば消防関係者。本書の出版前から『近代消防』は積極的に原子力防災に注目した記事が出されていたし、本書と同時期に出版された森本宏『チェルノブイリ原発事故20年、日本の消防は何を学んだのか?』(近代消防社、2007年3月)は本書のテーマと重複する部分が多い。反対派については論じるまでも無い。山本定明『原発防災を考える』(桂ブックレット、1993年2月)において既にチェルノブイリ事故を参照事例としつつ、古典としてWASH740(1400ではない)や「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」、そして近年の事例としてNUREG-1150を参考にして本書と同じようなアイデアが見られる。加えて政府・行政のガバナンスの欠陥を意識し、自治体の防災訓練をレビュー(監視)する試みも紹介されている(勿論カラーの強い表現もあるが、慣れてしまえば除去できる程度のもの)。何のことは無い。後の言葉で言う「残余のリスク」に重点を置いた、原子力防災の本を世に問うという著者等の試みは、反対派が少なくとも15年近くは先行していたのである(本書以外に同コンセプトの防災解説書が推進派から出ていなければ、だが)。

勿論、反対派には研究を精緻化させるだけの資金は無かったが、反対派に学び根本の発想を転換し、細部について推進派ならではの豊富な資金・技術的アレンジを加えていれば、著者等の試みももっと早期に実現することが出来ただろう。著者をなじるつもりはないが、一般的な推進派が自己に不都合なものを全て「反対派」と一括りにしてステロタイプに理解し、彼等の書いたものの欠点だけをあげつらい、碌に読みもしてこなかったことがよく分かる。このような経緯の元に自分をパイオニアのように主張する姿勢は、背景を知った者にとって表面的な罵声を浴びせる以上に不快なものである。

今回の福島事故は放射性物質の放出量こそチェルノブイリの7分の1で済んだとも聞くが、所管官庁が設置許可に当たり、電力会社に事前に仮想させた事故の規模を大幅に上回るものであり、膨大な災害関連死を生み出した。また、放出量は破壊された原子炉の間でも差があり、浜通り沿岸でも津波高に差があったことが分かっている。従って、事故の進展、津波規模如何によっては、事故の規模がよりチェルノブイリに近づく可能性があったのであり、今後の防災対策は(福島は勿論)チェルノブイリも参考としなければならない。観光地化の前に、残された原子力サイトではまだやることがある。

さて、従来の業界の考え方から転換を試みた本書は、中味も一般的なイメージから想像される防災本とは異なっている。まえがきではむしろ、そうしたパンフレット的な組織や体制の羅列に終わることを避ける旨の説明がなされている。そして本文では、現状の体制を説明しつつ、随所に著者のレビューが書き込まれ、行政などと一体化するのではなく、客観視に徹しようとする努力が見てとれる。

しかしながら、プロとは言え一個人の視点から書かれた解説書であるため、欠点をも内包している。特に目につくのは、チェルノブイリ事故をキーに従来の一般的な原子力防災論への反論を試みたため、格納容器が反応度事故に対応していないといった、同事故を意識した主張に視点が引きずられていることだ。ブラウンズフェリー事故やNUREG-1150をベースに、ステーションブラックアウトの脅威を強調した桜井淳の議論や活断層・津波の脅威を示唆した地震学者達の論の方が、残余のリスクや事故シナリオの多様化を考える上では、より役立っていると思う。また、福島事故では崩壊熱だけで格納容器の内圧は設計での想定の2倍程まで上昇しており、偶々破裂は無かったものの、それは設計面で保障された結果では無かった。今出版するならば、冷却材喪失事故に対しても格納容器の対応能力に上限があり、それはどの程度なのかといった内容を書き加えなければならないだろう。

もっとも、目に付いた欠点はこの位で、本書は多くの点で著者ならではの着眼点がある。それらを全て羅列する気は無いけれども、一例として良く引用される佐藤一男『原子力安全の論理』に対しては、「3.2.4 実際の原子力災害から見たEPZへの考察」で次のような批判が行われている。

EPZは、防災が目的であって立地審査が目的ではない(中略)。現行の立地の許認可は防災の整備(EPZの確定等)を条件としていないので、常識として、EPZの範囲は立地審査の許可範囲を超える十分な範囲を持っていなければならない。EPZは、立地審査と違って、原子炉の型式に依存せず原子炉の出力(リスクポテンシャル)で決まるから、出力が同じであればチェルノブイリ型の発電所もスリーマイルアイランド型の発電所も日本の軽水炉型発電所も、そして高速増殖炉についても共通のEPZを持つべきことになる。(中略)

許認可と原子力防災の関係について、日本を代表する原子力の専門家でさえ「そもそも防災対策の助けを借りなければ、公衆のリスが受け入れ可能なほどに低くできないような施設では、社会がその存在を許すわけにはいかないことになります。したがって、原子炉の設置許可などは、防災対策を前提とすることなく、十分安全が確保し得るかどうかを審査した上で、与えられるのです。日本でも、原子力施設周辺の防災対策を用意することになっていますが、このことと施設の設置許可とは、直接の関係はないとされている」(※『原子力安全の論理』からの著者引用部分)としている。

原子力安全委員会の考え方を代表して、EPZは安全審査と関係がないので、チェルノブイリ発電所事故が現行のEPZを超えても、これを無視してよいといっているようなものである。この専門家は、原子力安全とは原子炉の設計マターであると考えているらしく、防災指針を住民(国民)を守るものではなく、防災指針を守る原子炉の設計を行うことしか念頭にないように見える。現実にEPZは、チェルノブイリ発電所事故によって見なおしを受けていない。教育委員会ではないが、原子力安全委員会は、原子力防災を安全審査にあたっての必修科目と認めていないため、日本の原子力安全は、チェルノブイリ発電所事故やプルサーマル炉の事故に正しく対応していない状況にある。

Twitterなどで原発推進派が弄する言説の中に「事故前にこれほどの災害規模の警告を行えた人間はいない」もしくは「警告を行ったのに反対派が邪魔をした」という風説がある。しかし、上述のように本書とその成立経緯は、そうした風説が無根拠であることを如実に示すものであると言えよう。

本書に対する原発推進派の態度も容易に予想がつく。事故前、著者はきっと変人奇人扱いを受けていたのではないだろうか。

なお、本書は参考文献を本文中に注記する形を取り、各章末に更に勉強するための文献を挙げている。著者が何を参照しながら本書のような考察に至ったかを考えてみるのも、意味のあることではないだろうか。

※10/9追記松野元著「原子力防災」(2)に転記された松野氏のインタビューによると、予想通り、四国電力内でも閉職、周囲の専門家は誰も省みず、最後は自宅でハンガーに向って呟けとまで言われる始末だったそうだ。上記で松野氏(および永嶋氏にも)厳しいことも書いたが、彼等に加えられた心理的な圧迫には深く同情する。初見の時点では私も多くを望み過ぎだったのかも知れない。なお、伊方発電所は再稼働の先陣とも聞くが、同社の意識は事故で変わったのだろうか。

※10/18追記。松野氏は「原子炉を助けることしか考えなかった原子力防災」(『科学』2013年5月号岩波書店)を寄稿している。推進派には査読システム等々を因縁に同誌に食わず嫌いの印象を振りまいている者もいるが(『WILL』や軍事誌に対しては何故かあまりなされないが)、福島事故を踏まえた所見、出版の舞台裏について視点を変えて触れられている。同号自体が原子力防災や新規制を取り扱っており、非常に興味深い。

2013年8月18日 (日)

【書評】『武器輸出三原則入門 ― 「神話」と実像』

【書評】森本 正崇『武器輸出三原則入門 ― 「神話」と実像』信山社,2012年1月

【概要】

著者は前著として『輸出管理入門』を執筆。なお、『輸出管理入門』は4200円で高いが本書は1890円である。

輸出管理本や貿易実務本には書式のフォーマットなどを示して本当に仕事に使えるように書かれたものがあるが、この本は実証研究と提言本。

副題は「神話と実像」。本書で一貫して扱われるテーマは神話(俗説)への再検証と批判である。著者は1973年生まれなので、幼い頃平和教育を「自明のもの」として受容し、疑問を強く持ったと思われる。また、平和主義の教条性は巷間指摘されることなので、それに対抗するためにマニュアル本が欲しかったのだろう。冒頭で「神話の世界の住人になってない人はまだ安心」と書いている辺りに、そうした意識を感じる。

本書の便利な点は冒頭で神話を19個設定し、逐条批判のスタイルをとっているところ。わざわざ該当ページに誘導までしてある。批判スタイルの本の中でも、基本的な箇条書きの整理が出来てない本もあるので、それに比べれば本書は読みやすさに心を砕いてて良心的と言える。

神話批判については著者の意見も交えながら、かなり実証的である。資料には国会会議録が多く使われている。ただし、オーラルヒストリーやノンフィクションのような方法で当の防衛、通産、外務官僚の証言を拾ったり、『朝雲新聞』、『国防』、『軍事研究』、『通産ジャーナル』などからこの話題を抜き出すというパターンは殆ど無い。

【問題点】

しかし、本書には困った問題がある。それは「誰が神話を言っているのか」についてはソースが不完全であること。こういった批判本にはありがちな欠点である。

神話検証本には、主張者を全く明示しないことを宣言する本もあるが、私は評価しない。確かに、全ての議論で逐一ソースを付与していくのは骨の折れる行為で、誰もが行うべきだとまでは思わない。しかし、論点を設定した学術書なら、行うべきだろう。神話と言うからには、存在を証明しなければならない。

本書について「神話」の主張者をチェックしてみたところ、次のようになった。
これから読まれる方は、対照してみて欲しい。

神話1~7:該当ページ付近にはソースを見つけられず
神話8:「三原則のために国際武器共同開発が出来ない」は遠因に外務省の答弁
神話9:「三原則の例外化は憲法違反」福島瑞穂
神話10~12:該当ページ付近にはソースなし
神話13:「武器輸出は悪だ」は53ページにあるが13ページに社会、公明議員2名、71ページにも類似の懸念が載っている。
神話14:「日本は武器輸出をしたことがない」首藤正彦、犬塚直史
神話15:「世の中に役に立つものが武器であることはおかしい」:ソースなし
※ただし15は三原則というより教条平和主義であり、誰でも反論できる類の神学論争である。
 著者の捻った回答は参考になるが、これが模範的な答え方とは思わない。
神話16:「自動車の輸出であっても軍事利用なら三原則に抵触」:ソースなし
※ただし北朝鮮軍向けトラック輸出に対して社会党が賛成していた事実を指摘
神話17:「軍事用途であれば輸出を禁止するのが三原則」直上に社会党議員の記載あり
神話18,19:対米関係の例外扱いに関する神話だがソースなし。

精読すればソースが見つかる個所はもう少し増えるかもしれない。

上記チェックから、「保守系にも問題発言はある」と言っておきながら、その具体例提示が不十分であると分かる。バイアスと取られても仕方の無い記述である。何故、わざわざこのような自爆を招く問題点設定をしたのか、非常に不可解ですらある。

また、明らかに誤った前提の下に難詰を行っている個所もある。19ページ「原発事故でロボットが活躍できなかったのは日本の軍事研究が大学で忌避されたから」という部分である。

確かに今回の事故で米軍のロボットが投入された事実はあるが、『原子力eye』2011年11月号では、日本の原子力開発の間違いとして「せっかく本誌で1990年年代末にロボット開発を取り上げているのに、成果に結びついてない」旨が指摘されている。

専門誌を読まなくても、ネットを漁ればこのロボットが後継機も作られず2006年頃廃棄された話は何度かニュースになっている。「軍事研究の忌避のため」という説は明白な間違いである。

原発事故で軍用ロボが投入されたのは、すぐに投入出来る実用ロボがそれしかなかったことによる(勿論、原発事故に最適化されたものではない)。一般的な災害現場でのロボット開発・導入、或いは原発定期検査へのロボット導入は震災前から進められており、そういった忌避感で阻害されることも無かった。そういうことを確認せずに勝手な思い入れを書いてしまうのは、問題だ。

【その他】

批判的な点について詳しく述べたが、随所に挿入される小ネタは事欠かない。湾岸戦争で中国の武器輸出に抗議したところ、同国はサウジにも輸出しており「抑止力の一助になった」と反論されるくだりは古典の逸話を読まされている気分にすらなる。小ネタの多くはトピックという小欄に纏まっているが、田英夫が発展途上国から武器の必要性を説かれて困った話など、本文中で紹介されるものもある。

武器輸出や共同開発したいのは理解出来るし、神学論争が阻害要因になったのも事実だろう。原発推進派が今回の原発事故でありもしない神話(※※)を幾つかばら撒いてるが、本書の著者がその轍を踏み、新たな神話を創造するのは如何なものかと思う。

※軍事板書籍・書評スレ44および57 に投稿したものを再編集

※※「原発事故対策を反対派が妨害したため事故が発生した」と言う妄想が典型。実際には、成田闘争のように敷地内にデモ隊が火炎瓶を投げ込むような事態は発生せず、電力会社はやりたい工事を好きに行うことが可能であった。また、近年は有料データベースを図書館経由で利用することで、原発立地点の新聞地方版をチェックすることが簡単に出来るが、原発反対派は廃炉を最終目標にしつつも、次善策として事故対策を申し入れしていたことも報じられている(山本定明『原発防災を考える』桂ブックレット のような書籍化の例もある)。更に、浜通りは原発10基およびほぼ同数の火発が基幹産業であり、全国で最も反対派の芽が摘まれていた地域である。この圧倒的な存在感は、原発2~3基程度を擁する地方電力の立地点と比較しても特異であった。従って実際は、東電事故調以外の全ての事故調が指摘したように、単に推進側の冗漫と自然への油断、度重なる警告の無視が背景にある。

2013年8月16日 (金)

【書評】『イラク大量破壊兵器査察の真実』~そして、見て見ぬ振りを続ける軍オタとネット右翼~

ハンス・ブリクス『イラク大量破壊兵器査察の真実』DHC,2004年

著者はイラク戦争前にイラクの査察を担当していた、国連の大量破壊兵器査察団(UNMOVIC)の団長を務めた人物。ちなみに1981年から1997年まで16年もIAEAの事務局長を務めている。

友清裕昭『プルトニウム』(講談社ブルーバックス)でも査察を扱った項の最後に登場している人物だ。核査察に関しての当事者本の著者としては、これ以上ない人選と言える。

先に挙げた『プルトニウム』が良い例だが、1990年代には核査察本ブームがあり、原子力関連専門雑誌でも特集が組まれたりした。ただしそれらは、1990年代時点の状況を扱っているため、イラク問題を受けて作られた追加議定書を扱うにも、UNSCOMの査察を総括するにも、後世の視点から見直すとまだ早すぎた感がある。当時は査察の他に、大量破壊兵器開発を制約するためのキャッチオール規制も、未整備だったしね。

一方、核不拡散関連の制度解説本、レポート、白書は多々あり、2000年代以降の状況を知ることはできる。査察の有効性について考察した研究もある。

しかし、本書の価値は「査察を実際に不穏な国に実施した際の記録」であるという点にある。マニュアル的な本とはそこが違い、記述に血が通ってくるわけだ。その意味では、本書のような本こそ、「詳細な」査察記録と言える。

自称「書評家」が「○○が無い」と嘆いてる場合、経験上その書評家自身に問題があることが多いが、実際には日本という国は、こういった分野でも、文献を「最低限」揃えて世間に問うことは上手く、読む側にも情報収集という点でのリテラシーが問われる。

ブリクス氏は元々、IAEAを退職した頃から本を書きたいと考えていたものらしく、また、話の流れから、序盤70ページほどは1990年代の査察活動(国連はそのためにUNSCOMという組織を作った)に当てられている。これが本書で主として扱う査察の背景をなす。

冒頭では1980年のオシラク空爆に対するIAEAの姿勢も触れており、『プルトニウム』で著者が述べていた。「警察官ではない」という言葉には、歴史的な含みがある引用であったことが分かる。

この冒頭二章が個人的には興味深かった。

UNSCOMはIAEAと組み、査察活動を実施し、初期を中心に大きな成果を挙げたそうだ。良く指摘される空間サンプリングの重要性の話だが、これは書かれていた記憶がない。重要なのは核開発を目論んでいた機材、文書を押さえることとされていたそうだ。また、UNSCOMは列強の情報機関と近すぎたため、中立性を損なったと90年代末に猛烈に批判され、UNSCOMの解体につながったという。実際、査察情報を提供する見返り目当てに接近してきた機関があり、143頁にはUNMOVICにも似たような情報共有の要望が出されていたことが書かれている(著者は拒否している)。

三章からはイラク戦争前のUNMOVICによる査察の話にスライドしていく。人選、機材の手配での苦労や工夫など、この辺は小ネタにも事欠かない。果ては国連の機関が投宿したホテルが特需に沸いていたとか、観察記としても面白い。

また、会った元首クラスの人物の発言と主張から、思考を推量する過程も興味深いものがある。個人的には、シラクの慧眼は光るものがあったと思う。この件では情報機関を正しく活用できたようだ。

だが、査察と戦争を総括した最終章を除いて、本の後ろ半分(目分量)位は2003年年明け以降の記述。査察の準備を始めたのは2002年の春頃だったので、後ろに行くほど時間の進みが遅くなる構成だ。私はそれほどイラク戦争の開戦経緯にこなれた知識を持ってないので、似たような交渉と査察活動の報告が延々と繰り返されるのを読んでると疲れてくる。

その査察活動だが、イラク戦争で大した根拠もなくアメリカに肩入れを続けた者達には苦い記述が続く。

査察団の結果に正面から疑問を呈したのはアメリカ只1国だけ(P318)
一国の政府から史上初めて向けられた根拠のない批判(P331)等。
この一国がイラクのことではないのは、言うまでもない。

結論はシンプル。湾岸戦争以降の査察活動は極めて有効であり、イラクの大量破壊兵器開発能力は完全に抑制されていた、というもの。UNMOVICの活動を見ていると、一部の例外(274ページのミサイルの廃棄など)を除き、屋上屋を重ねる感が伝わってくるものであり、127ページには、1994年以降は文書しか見つかっていない旨の指摘がなされている。つまり、UNSCOMと組んだ初期の査察が殆どの成果を挙げていたのであろう。

本編以外で気づいた点。

【1】
260ページから2003年2月の安保理会合の様子が書かれている。理事国の外相達が直接討論したそうで、日頃は大使に指示を出して大使達は演説原稿の確認をするのだそうだが、この日は指示者自身が討論したため、各国の政策の流れこそ逸脱してないものの、その場で原稿に頼らない発言が交わされたという。逆に言えば、外国でも官僚制のくびきがあることが分かる。

【2】
274ページから数ページ続くアルムードミサイルの廃棄の描写。イラク側は様子を撮影して公開しないように希望し、そのように取り計らったのだという。理由は、イラク側は自主開発にプライドを持っており、要は壊されるのが忍びなかったのだそうだ。イラクの技術レベルが高いとも思えないが、軍事機密の点から言い分には不審点も残るが、ある意味では、万事仰々しく押し付ける姿勢が、結局はマイナスに繋がっているとも言える。何、日常でも良く目にする光景だ。

【3】
また、『戦争報道の内幕』を読んだ方なら自然に理解できるだろうが、マスコミの信用に疑問が投げかけられてるのは洋の東西を問わないようだ。我が国の西洋かぶれがクオリティペーパー扱いしたがるNYTだのWPだのが、発言を捏造したり、観測目当てのいい加減な記事を書いていたことが批判的に挙げられている。著者も何度か標的になったほか、何度も会談相手となったライス氏も報道被害にあった旨、紹介されている(284ページ)。ただし、ライス氏も回顧録を著しているので、彼女の側からブリクス氏がどのように見えていたかは興味深いところである。

【4】
また、90年代の査察にかかわった人物でも、デビッド・ケイという査察官の描写からはやや功名心のある人物像が感じられた。アメリカ人だからか、主張は米国よりで終始著者を批判(中傷に近い)したという。

【親米が過ぎて大失敗、その後は見て見ぬ振りを続ける軍オタとネット右翼】

また、興味深いのは、ネット上でイラク戦争を親米よりの立場から擁護し続けた消印所沢管理の「軍事板常見問題」が、戦争終結から10年以上経つ今に至るまで、本書の存在に一切触れていないことである。「軍事板常見問題」はイラク戦争当時、批判できる相手が教条的な左翼以外は小林よしのり位しか残らなかったせいで、戦争の展開を恣意的にトレース。日頃嫌っている(筈の)右翼雑誌の『Will』まで動員して、異様に自己正当化と「珍説」批判ばかりを充実させた奇妙なサイトで一部では「珍米」と蔑称されている。本書は、そのようなサイトを見ているだけでは決して分からない事実を教えてくれる。

消印所沢や常見問題に収録された書き込みの多くは、ドヤ顔で唾飛ばしながら「パワーポリティックスだ!何が悪い!」と喚いて自分が大統領にでもなったかのような態度をとる。そうやって自らを権力者になぞらえ、ヘイトスピーチを織り交ぜることが目的のクズである。確かに戦争そのものはパワーポリティックスの性格が強いものだ。しかし、大量破壊兵器の有無が最終的にブッシュ政権(2期)の命取りとなったように、大国であってさえ、戦争を行うには大義が必要なのが現実。ブッシュ政権は開戦→フセイン打倒には成功したものの、結果としてその確保に失敗し、新生イラクで不必要に国家のリソースを濫費した。加えてイラク国民に対し無用な差別と殺生を重ね、過激派があれだけ陰惨なテロを重ねたにも拘らず、戦後日本のように大衆レベ ルで米国への磐石な支持を取り付けることは出来なかった。軍オタが好んでやまない江畑謙介も『情報と国家』などでこの時の対応を批判的に総括した。春名幹男は講演でブッシュを馬鹿と言った。それが現実である。

そして、大量破壊兵器の有無を国連/IAEAの立場から批判的に検証した本書は、開戦前に米のヒラメと化して「ある」と言い張っていた軍オタ達にとって非常に都合が悪い。更に都合が悪いのは、核拡散問題や日本の核武装問題を論じる際、消印所沢などに影響された軍オタ達が、IAEAを錦の御旗・印籠として、これまた嘲笑や罵声を交えて使い続けたことである。軍オタと書いたが、これは親米保守層全般に共通する傾向でもある。同じイラク大量破壊兵器査察問題で査察官であったスコット・リッターがブッシュ政権を批判した際は、彼自身の甘さもあり、イラク人の映画制作費寄付の件を以って第五列だと言い張ることで問題を回避しようとした(なお、大量破壊兵器そのものについてはスコット・リッターの主張は概略正しかった)。

しかし、ハ ンス・ブリクスの場合、そのような問題はこの書評時点で報じられていないし、対象の権威の大きさと自分達の過去の行いから、そう簡単にはいかないだろう。スコット・リッターと違い米国人でもない。 恐らく消印所沢のようなあきらめの悪い軍オタ達は、ブリクス氏が不祥事を起こす(もしくは嵌められる)のを祈念しているのであろう。彼等が本書を批評するのは自分達に好都合な状況が出来した時である。そういうネット上での活動を軍オタは「情報戦」だと思い込んでいる。言い換えれば、軍オタ達の主張する「情報戦」というのはその程度の価値しか持たないことが間々ある。所詮床屋政談の言葉遊びを仰々しくしただけの、自己弁護活動である。

今でも軍事板の書籍スレなどを見るとイラク(およびアフガン)での米英軍を英雄のように書き散らす戦記は相変わらず人気がある。最新兵器の誇示も相変わらずである。軍事的にそうした情報のトレースに意義があることまでは否定しない。しかし彼等がそういった活動に執心する裏には、ある種の精神的逃避が働いていると思われる。弁慶様でも、多少の思考はあるのだろう。

色々書いたが、イラク戦争の横顔を眺めるのに使っても良し、過去の紛争や査察の研究に役立てても良しと、600円(送料込)でコレクター品を入手したにしては十二分に読み応えのある本だった。

今のIAEA事務局長は日本語を母語にしている。退職後、ブリクス氏のような、忌憚のない回顧録を期待したい。

※本記事は軍事板書籍・書評スレ44に投稿したものを再編集した。

※※10年前大量破壊兵器を口実に戦争を煽った輩は徳川埋蔵金の如く出てくるのをあきらめずに待っているのだろうか、とも思ったが、真剣に探してる風でもない。やはりネット上の罵倒合戦に勝つために不都合を黙ってるだけだろう。もしどこかに隠匿されていたとしても、フセインに代わって10年以上イラクを支配していた米軍・諸勢力が存在を確認できなかったという事実は残るのだが。使えないオーパーツなんて無いのと同じでしょ。劣化していれば産廃より性質悪そうだしね。

※※※2014/10/15:イラクに化学兵器5000発=04~11年、駐留米兵ら相次ぎ負傷-NYタイムズ

上記のように使用不能状態で遺棄されている化学弾頭がみつかっていたそうな。となると、本書の結論として「無い」としていた結果は否定される。5000発は流石に遺漏が多すぎる。

当然抱く疑問として「どうしてあると分かったのに米軍は公表しなかったのか」だが、報道では「安保理決議以前に製造された使用に堪えない兵器の発見が、侵攻の根拠を一層薄弱にする恐れがあると判断した可能性」なのだそうだ。これだけだとさほどの意味はない、というか解釈によってはより悪質な判断をしたってことになる。

国連が隠匿して米軍も圧力に屈した位の力関係が成立しないと大逆転はありえないよなぁ。当時のネオコンは勢いもあったし。もし、ISが再使用に耐える状態まで戻したら、技術的には意味があるが、あの惨憺たるイラク統治を正当化出来るとは思えず。

これから勘違いした軍クラのいっちょ噛みやら大検取とうそぶいてIS応援団に成り果てたニートがまたドヤ顔するのか。やれやれだね。

2013年8月 1日 (木)

【書評】『原子力と冷戦 日本とアジアの原発導入』

『原子力と冷戦 日本とアジアの原発導入』花伝社 (2013/03),269ページ

アジア地域における冷戦と原子力技術の導入を取り上げたもの。
執筆陣自ら「他書より特徴的」と自負している。

目次を見たところフィリピンとインド、朝鮮半島の事例が載っていたので購入を決定。
書き手は全員この分野未経験だそうだが、一次資料に拘る点から、
「当事者達がその時代に何を述べていたか」という意味での実証性は期待出来る。
足りない部分は他の本で補えばよい。

元が左系出版のためか、安易なカタカナ語(ヒバクシャ等)の濫用も見られるが、我慢できるレベル。
ただし、政治・社会面に注力した研究なので、メカ的な話や解説図、
放射線量に関する偏執的な拘りをお持ちのB層には不向き。

国外をテーマにした章に共通するが、まず従来の研究ではお目にかかれないような横文字文献、
現地マスコミ報道を資料に使っており、報道件数の推移などの定量化を試みている脚注もある。
このような記述を行うには時間的労力を要する。著者等が独自性に自信を持っている理由が垣間見れる。

3章以下は視座の面で非常に刺激的だった。

全体は2部構成で、副題にあるように第1部が日本関連、第2部がアジア関連である。
当方が目当てにしたのは主に第2部。なお各章は別々の研究者が担当している。
課題抽出と言う点では共通しているが、原子力に対するトーンには温度差も見られる。

第1部については、既存文献と重複する章もある。
日本と米国の概史を扱った記述はそこまで特徴的ではない。
脚注の説明には疑問もある。吉岡斉は過小評価しすぎだろう。
また、本書も公開された米国機密ファイルの検証をやっていて、
中曽根康弘が新人の頃から機会主義者=風見鶏 と評されていたのはニヤリ。

第2章は米国内の原子力開発主導権争いを扱っており、面白く読んだ。

第3章は国策宣伝の基礎データとなる、世論調査に推進側が固執していく過程を扱っている。
反対派の宣伝ばかりをあげつらい、自派の宣伝行為について問題を殆ど自覚出来ないらしい、
一部の狂った推進派にはいい薬だろう。

第5章はビキニの例から行政不信の一パターンを扱ったものだが、
興味を持ったのはその部分より現代の例として最後に挙げられた福島県庁の内部メールだな。
「○○という知見は無いでしょうか。質問者は反原発の人ですし乗り気にはならないのですが
情報あればよろしく」みたいな。余計な形容まで入れちゃってこの職員は馬鹿だなぁ。

第6章は東側。これは拾い物だった。
平板な記述が続く『ソ連・ロシアの原子力開発』に比較し、問題意識を持って書かれたためか、
社会的な記述は一段深いと思う。また、僅かだが原潜開発に関する興味深い記述もある。
ただ、従来日本語で読めるソ連原潜の文献と言えばポルトフだが、当方はこれは精読していないので、
その価値は分からないが。

第7章は南北朝鮮の原発黎明期を扱う。
実証的だが予想通りの過程(日本で教育受けた科学者をベースに米ソから技術導入)なのでそれほど
面白くは無い。「日本よりは酷いがフィリピンよりは順調」といったところが韓国の評価なのかな。

第8章ではフィリピンの原発導入が取り扱われる。実際に動きが本格化するのはマルコス時代からだ。

この過程は「原発導入でやってはいけない事」が極端な形で現れており、示唆に富んでいる。
つまり、
・政権は独裁的で腐敗。リスクを指摘しても無視されるか圧力がかかり、宣伝には注力
・プラントメーカーを含めて贈収賄の疑惑に満ちている
・国産技術は元より受入体制も未熟のため賛否両派が米国に依存し行動が他律的になる
・炉型選択も性急な感あり。検討期間が余りにも短い。日本はまだ情報が豊富だったと分かる。

後、フィリピン以外のプラント輸出失敗例も記載がある。
プエルトリコでは耐震性の不備を理由に計画が撤回されたという。
これは、ビジネス上の背景として、耐震性も焦点になっていった事実を裏書する出来事だろう。

翻って輸出元の米国の課題も浮き彫りにし、日本の原発輸出に示唆を与える。
政治・技術体制の未熟な国家に輸出するに当たり、規制機関はどこまで責任を持ち、保証すべきか。
現在ではPLの概念も成熟しており「売ってしまえばはいサヨナラ」みたいな、
ネット右翼が泣いて喜ぶような論は中々成り立たないだろう。

また、この例では贈賄で物事を解決しようとしたメーカーの体質も問われるだろう。
PWR厨には痛かったかなw

面白いのはエバスコとウェスチングハウスが同じ案件に関わってることだね。

以下は本書の問題点として感じたこと。

社会科学系のためか、炉型1つをとってもはっきりしない記述が目に付く。取り扱い上不便。
稼動実績があれば検索等は容易だが、計画のみに終わった例は、情報取得のハードルが上がる。
第1章や第4章は著者等の思想バイアスも目に付く。
第4章で肥田医師を根拠にしているのは疑問。
ぶらぶら病に対してそこまで医学的見識無いからこれ以上は言わないが。

正直、今更広島をテーマにすることは福島原発事故を踏まえても意味を感じない。

むしろ、東電労組のような同盟系を突いた方が面白かったと思う。
原水協→核禁会議があらゆる核兵器の永久廃絶を謳っていることを定期的に宣伝し、
日共系の矛盾を鋭く批判していたにも拘らず、
上部組織の民社党と同様、米の核の傘容認路線はあっさり受け入れると言う、
矛盾した姿勢を取っていたのが東電労組である。

核の傘容認は世間的には常識で私も否定はしない。
だが、東電労組/民社の姿勢は本質的に日共と同じ矛盾を孕む。
要するに、相容れなければ核禁と袂を分かつか、「米の核は日本に良い核」として
核禁会議に路線変更を迫るのが筋だが、当時から口先では「友愛」を唱えつつ、
日和見を批判されてた民社にはそれが出来ませんでした、と。

第6章は東側としてソ連・東欧・中国を一括して扱っている。
元は別の研究を底本にしたようだが、中国は独立して一章を設けても良かった
(そうすると「アジアの」というテーマから東欧は外れてしまうだろうが)。

※本稿は軍事板書籍・書評スレ57に投下した物を再編集した。

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