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2018年8月19日 (日)

古本屋は専門司書でも研究者でもない訳だが

高知県立大学が図書館改築に当たり、38000冊の蔵書を焼却処分していた問題。読書家や研究者の間では深刻な問題と認識されている。

住友氏の感想がごく普通だと思う。だが、次のような古書店主の意見が流れている。

高知県立大学蔵書の処分は適切だったのではないか(note,閻魔堂)

私は古書店を長く利用し、発見した灰色文献の一部は公的な図書館に寄贈もしてきた者だが、上記のnoteには色々と違和感を感じた。社会における役割の違いといった、重要な指摘は既になされているが、それ以外の問題点も挙げながら、今回の事件について少しばかり論じてみたい。

【某古書店主の問題点1 団体史への決定的無理解】

「高知短大の20年史」「高知短大の30年史」学校史などももちろん大事な資料となりえますがですが、インターネットで沿革が閲覧できる昨今その手の需要はかなり薄くなっています。

戦前の学校史などであれば資料性が高いと言えますが…(高知短期大学は1953年に設置)

(中略)勿論リスト外のものもあるでしょうが
ちゃんと考えて整理されてるように思われます。ダブった本からを処分、優先順もって分かった人によって残されてますよね?

これは既に複数の突っ込みが入っているが、書き手自身が「ちゃんと考えていない」証拠だろう。HPに載っている程度の沿革と団体史としての校史は情報の総量に格段の違いがある。

また、第一報の高知新聞報道によれば、複本が無く完全に失われたものが8000冊あり、古書店主が指摘するような代替性は持ちえない。仮に別の図書館で所蔵していても、県内(出来れば高知市内)でなければ、利便性は大幅に低下する。

【某古書店主の問題点2 ネット公開資料は消滅リスクが高い】

「平和の礎」は総務省がPDFで全文公開していますね。

数年前から原子力規制庁で問題となっているように、官庁も都合が悪くなれば公開資料を非公開にしたりする。また、組織替えやサイト刷新の際に引き継ぎが上手くいかない事例も多い。民間企業やNPOが公開している場合は運営資金が枯渇すればENDである。こういった理由から近年でも、「公開から数年で閲覧不能になっている公的なリンク」が半分近くに達するといった報道もあった。

そのために国会図書館がWARPというネット上の公開資料保存事業を行っているが、網羅性は完全ではない。

【某古書店主の問題点3 研究者とは価値判断の基準も違う】

紙を処分するとなるとリサイクルでちり紙やダンボールにするか焼却くらいしかないでしょう。

この言葉には別の側面がある。

研究者との違いだが、そもそも、老舗であっても別に深い学問的知見が必要な商売ではない。中には、「ウチはね、19世紀の××学について現代の視点で議論したいような研究者を相手にしてるのですよ」などと言っている場合もあり、その見識には敬意を払う。

だが、古書店主は専門司書ではない。信州自由古書園のようにツイッターアカウントで得意分野の知見をPR出来る例は少数派と思っている。

私は、ここ数年原子力関係の技術史や重電関係を調査対象にしている。このジャンルで、理工系の古書を買い求める層は実務系の技術者が多いと思われ、技術史という点で関与する人がとても少ない。相談しても大抵は核の危険性を訴える総花的な本を示されるのが精々だ。実際に必要なのは高度成長期に到達した土木技術や電気設備工事の水準を推し量れるような文献である。そういう事情はあると思うが、新しい視点を得るのに効果的な灰色文献の調査で、古書店の知見はあまり役に立たなかった。

後、長く扱っている場合でも、買い付けの際、店主がCINIIで稀少性を確認するのはよくあること。そして、多数の大学で所蔵していると価格は落ちる。そういう意味では、古書店業界にとって適度に稀少な方が、価格を釣り上げ易いということはあるだろう。

ただ、複本の問題は、件の古書店の主張で説得力「も」あると感じた。根本に図書館を「半沢直樹シリーズの最新刊を只で読める場所」として多量の複本を購入させようとする(特に貧困でもない)層がいる。そういう連中は何故か「過去の話なんかどうでもいい」「都合の悪い話は亡くなってほしい」と臆面も無く口にする層ともある程度被っている。

そういう連中に文献調査について語っても無駄だし、図書館での調査を元にして生み出された知見が巡り巡って社会の安定と発展に繋がったとしても、フリーライドしてくるだけだ。流行っているから複本購入という弊害が高知県立大学であったかは知らないが、あれば是正しなければならない。

以下、閻魔堂以外の件で気になった点を取り上げる。

【視点1 国会図書館が持ってないことは結構ある】

この事件が発覚する数日前、太平洋学会という学術団体が刊行していた学会誌を国会図書館が全部そろえていない、という話があった。昼寝猫氏が示しているのは国会図書館のデジタルアーカイブである。学術誌はスキャンデータを館外公開しているが、この例のように所有していないので読めない号もある。

※訂正。本件は次のURLからその二が読めることに気づいた(CINII国会図書館デジタルアーカイブ)。まぁ定期刊行物でも欠号があれば読めない場合もあるということで(笑)。

【視点2 国会図書館は定期刊行物の新規寄贈を拒否する】

太平洋学会誌の場合は既に国会図書館が所有していることもあり、欠号でも寄贈があればいずれは問題も解消されるだろう。私もある業界団体の技報で欠号になっていたものを寄贈した経験がある。

しかし、定期刊行物の場合、国会図書館は発行元以外からの新規寄贈を拒否している。当ブログで挙げた文献で言えば、『日本原子力発電社報』を国会図書館は所蔵していないし、一般からの寄贈も不可能な状態。そのため、「読者が少なくても国会図書館が保有すればいいだろう」という思い込みで大学図書館が安易に焼却すると、読めなくなる定期刊行物が出てくる。

【視点3 倉庫を利用する古書店、焼却する高知県立大】

実は、店舗型の営業を取り止めてネット販売に特化している古書店もある。そこまでいかなくても、好事家、研究者を相手にし、メルマガ等で客層へのPRを欠かさないような古書店は、倉庫を導入している例が多いのではないか。

なお、複数出品されている古書であってもそれなりの値段が付けられていることが多いのは、店主の心理として、文献の保管管理コストを価格に上乗せしているからである。これは都内のさる老舗古書店から直接聞かされた話であり、その人のように、文化の維持にそれなりの矜持を持っている店主もいることはいる。

【視点4 自社の図書室も知らない元ゼネコン社員】

その元ゼネコン社員は無能だろう。何故なら、ゼネコンを含む旧来型の大企業は社内に図書室を設けて膨大なノウハウ蓄積の一助にしてきたからである。そして、そのこと自体は全く正しい。『情報の科学と技術』や『情報管理』といった図書・技術情報データベース系学術誌の主投稿者は企業だった。企業内学校が盛んだった20世紀後半、工場併設の場合などは「学生」の社員も利用したのではないだろうか。 外部に対して閉鎖された空間とは言え、社員達は図書室のメリットを享受してきた。「潰してやる」などとうそぶく人物は、一般の図書館を使わない層なのは大体鉄板だろうが、出身元企業に図書室があることも勿論知らなかったのだろう。

昔なら司馬遼太郎、今ネトウヨ本に血道挙げる「経営者」が「企業のDNA」などと放言してても、自社の情報資産にすら気配り出来ないような者は何処に行っても組織の資源を食いつぶすだけのフリーライダーと言って良い。

【視点5 ネット販売が常態化する古書店】

50代のヘビーユーザーで、私と同じように本業の傍ら実質的データマンをやっている方から「良書は東京の古書店が買い付ける」などと揶揄の声も聞いたことがある。だが、古書店に通い始めて数年でネット時代に移行した私の場合、余り地域偏在性の問題は気にしたことが無い。ウェブ上で在庫検索出来るようになったメリットはとても大きいからだ。まぁ、価格が5万を超えてくるとどうにかして現物を確認してからの購入になるのは家電と同じだが。

とまあ、数点挙げてみた。次に繰り出してくる言い訳は「日本は狭くて平地が限られ、土地が確保できない」理論だろうか。先回りで書いておくが、この屁理屈も子供のころから何の話題に対しても散々聞かされてきたが、バカバカしいものである。都内の大学は高層化著しいし、郊外にキャンパスを設けている大学は図書館程度の敷地は容易に捻出出来るからである。実際、まともな大学はそうやって図書館の容積を拡大している。

2018年6月17日 (日)

電気火災の脅威を力説し旧式原発3基の不安全を証明した東電原発職員へぼ担当氏

前回まで2回に渡り、東京電力柏崎刈羽原発技術職員しての立場を傍目には分からないようにして、(法的にも怪しげな)ポジショントークを重ねるへぼ担当を晒してきた。

しかし、彼も技術者の1人として平均以上に勉強を続けてきたのは、一つの事実である。

京都大学大学院原子核工学専攻を修了し、東電時代には原子炉主任技術者免状やボイラ・タービン技術主任者を取得した。

※最終学歴は京都大学大学院ではありませんでした。KURが他大利用者を受入れていることを忘れていました。京都大学関係者にはお詫び申し上げます。

つまり、組織防衛バイアスが働いていない場合、その技術的見解の正確性は上がる。

このような観点から、今回の記事では彼を権威が認めた現役の電力・原子力技術者とみなし、以下に旧式原発の電気火災に対する危険性を示す。

実は、へぼ担当は火災に大きな関心を示しており、かなりの数のツイートが残っている。今回はそれらを私の判断で話題別に再編集した。

なお、ここで言う旧式原発とは大半のケーブルが難燃性ではないことを意味し、再稼働の申請に合格したものとして高浜1,2号機、申請中のものが東海第二原発である。これらの原発はケーブルも設計寿命を超過しており、その点では近年新築された一般の建物よりも劣っている。

難燃性ケーブルは塩化水素を主体とした有毒ガスの発生量が多く、炎上は抑制されても煙が燻り人体には有害、視界も遮る。また、接点が剥き出しの電気機器にも煤のようにこびり付くと動作不良を招く。

これを緩和する根本対策はハロゲンフリー/ノンハロゲンケーブルを採用することで、原子力の分野では難燃化に遅れて1980年代中盤以降徐々に導入が進んでいった。もちろん、ぞれ以前のプラントは問題である。

実はそのことは彼自身もよく承知しているのだ。

所変われば態度も変えるという姿勢は一貫している。

原発に使われていると口を閉ざすが太陽光発電に使われていると饒舌。安全の観点からは「お金をどぶに捨てるだけ」とのこと。さて、難燃ケーブルを採用していない原発は?

ケーブル火災は一旦火が付くと消化が困難だそうである。

電線管も例外ではない。また、ネズミはあらゆる電気設備事故の定番。防鼠パテなども売られているが、施工がいい加減だと抜け・漏れが生じる。

強電回路ではおなじみ、ナイフスイッチも視点を変えれば故障要素である。

40Wの回路は、照明などのアクセサリ電源はありふれている。最早反文明論者と見分けがつかぬほどの警戒振り。もちろん、間違ってはいない。

感電の恐れがあるので、安易に放水も出来ない。

どうしてそんなに電気火災に拘るかと言えば、実際に脅威だから。発生した時の被害がシャレにならない。

彼が紹介しているYoutubeの動画は必見。発電所の電気室もこれと似たような雰囲気であり、規模が大きい。

続いて自治体消防が電気火災に無知との指摘。へぼ担当は下記のように完全同意。

 

これは、へぼ担当自身が柏崎市や新潟県の消防を信用出来ないと宣言したに等しい発言である。もちろん、他のサイトにも当て嵌まるだろう。

つまり、既存の消火設備と自衛消防隊依存となるが、外野から見れば、自衛消防隊こそ消防のプロとは言えないのでは?との疑問が沸く。その疑念を彼等自身も抱いているのか、電力各社は訓練の回数を誇っているが、別の観点として『原子力戦争』(ちくま書房,1976年)で告発されたような、ボヤの隠蔽をチェックすることも出来ないことになる。

隣接配線に延焼すると地獄絵図だそうである。原発の場合、このリスクを軽減するためケーブルルートの系統分離が徹底されるが、初期原発の場合は電源室が一か所の部屋に集中配置されるなど、ケーブルトレイを分離した程度では根本解決にならない設計が多い。東海第二原発がその典型である。

古典的なブラウンズフェリー事故はもとより、新潟県中越沖地震での所外変圧器火災(2時間)など、3時間以上あるいはそれに迫る時間燃え続けた火災事例は原発でも散見される。

2017年2月に発生したアスクルの倉庫火災に関しても、へぼ担当は防火シャッターと難燃性について興味深い見解を披露している。

シャッターの動作はそれなりに奥が深いようだ。この日の彼のツイートはまだ続く。

難燃ケーブル=不燃ではない、という事実は用心深い技術者なら知っていることだが、それを東電の原発技術者が率直に認めているのが素晴らしい。彼がこのように率直に物を言えるのは、柏崎刈羽原発が難燃ケーブルを多用し、日本原電に比較すれば新規制基準への対応に大量の資金を投じてきたからだろう。要するに「俺の職場は別」という考えが根底にあるように思われる。

また、これらのシャッター設計のノウハウが、旧式原発の建屋やサイトバンカ、経年を経た発電所の倉庫などにもバックフィットされているのかも興味深い論点となり得るだろう。烏賀陽弘道氏により再評価された『近代消防』に寄稿した元消防官のような対抗専門家の登場が待たれる。

私はプロフィール欄にも述べているように元々は推進派であったところを311により反対に転じた者である。よって、基本的には全ての原子力発電所は廃止されるべきと考えるが、その中で技術的プライオリティが付くことは避けられないとも思っている。そういう意味からは、へぼ担当の技術的知見は参考になるのである。

2018年6月12日 (火)

東電柏崎刈羽原発技術職員へぼ担当が立場を明らかにせず呟いてきたこと

前回記事【世間に謝罪せず】「機微情報」を垂れ流した東電柏崎刈羽原発職員へぼ担当氏【妻にはDV】が衝撃的な内容だったためか、逆にリアリティが無いと思われているのか、余り関心は持たれていないようである。

しかし、へぼ担当なる社員が自分の立場を傍目に明らかにせず何を呟いていたかは、東電原発技術者の類型的な内心を探る(証明する)のにとても都合が良い。更生も期待出来ず、これ以上庇う理由も特に見当たらないためだ。

また、電力各社原子力部門の一般社員に、身近な事例として知って貰う意図もある。東電の旧経営陣3名は刑事裁判で責任を問われているが、一般社員は、雲上界の他人事だと思っていないだろうか。

今回の記事は、前回の概要分析で収録し切れなかった彼のツイートの中から、問題が大きいと思われるものを列挙した記録記事である。

もちろん、匿名での発言の自由はあるが、それはどちらかと言えば密室内の問題を明るみにするなど、権威勾配から個人を守るためにあるのであって、ステルスマーケティングのためではない。

それから、花角次期知事に投票した新潟県民に一言言いたいことがある。当ブログの記事で示した様な人物が、柏崎刈羽原発の運営、取分け技術分野の中核に関わっていたことが、最大の安全リスクと言えるだろう。貴方達は原発は利益を生むと考えたのかも知れないが、都合の悪いことは何でも隠し、匿名でさしたる根拠も無く仲間まで中傷するような職員を放置しておくのは、とてもリスキーなことである。

※池田候補に一票を入れた県民の方々は、お疲れさまでした。このような結果になり、とても残念ですが、貴方達の選択は正しかったと思っています。

以下、随時追加し更新する。

【人物像】

バブル景気は1991年2月までとされているので、実質1990年春の入学と思われる。

2012年9月のツイートは113番目の元素のニュース。上記から、学部時代の進学先が名古屋大であり、指導教官は仁科芳雄の息子である仁科浩二郎と分かる(『原子力がひらく世紀』編集に係わる。同書刊行は1998年だが、執筆に時間がかかって遅れた)。

上記から、大学院時代の指導教官も、理研コンツエルン草創期に縁の深い人物の息子である。柏崎市は理研グループの事業所が多い。

ガンダムWの放送期間は1995年4月から1年間であり、1996年春に大学院を修了、入社したと思われる(ずれても前後1年程度だろう)。オノデキタ氏の早期退職が1995年。彼は帳簿上はその補充要員とも言える。従って、前回提示の社内報は入社後の発行である。

20代で原子炉主任技術者を取得。従って下記の東電・東芝が作成した所員向け教育ビデオに大きな影響を受けた。リンクを辿って是非見て欲しい。

下記のツイートから分かる通り、中越沖地震を経験している。

再稼働に向け「頑張る」と抱負。

この記述からも、彼の自宅が刈羽村や周辺の自治体では無く、柏崎市と分かる(2015年5月に市役所の移転計画を表明)。

管理職では無い。東電で平社員を意味する「担当」の可能性もある。

【情報公開の否定】

情報公開を求められる側の陰口として記録。

【タウンミーティングで挑発してやる】

元々意図的な炎上の体質がある(もっとも、この点についてはTPO次第とも言えるが、好戦的な性格を示すものとして記録)。

更にその好戦性を見込まれ、敵対者を論破するように軍事板常見問題管理人の消印所沢から依頼を受けている。余談だが、私も色々な方とメールでやり取りはするが、「〇〇を論破してください」などと依頼するなど、思いもつかなかった。消印所沢って結構無責任だね。

【自称市民は信用しません】

当時すでに流行っていた「プロ市民」という単語が前提にあるのだろうが、市民に自称も他称も無いのは少し考えれば分かることだ。強いて言えば、選挙や納税の不正などで既に死亡した人を登録したり、他人に成りすましたりする事例は自称市民と言えるかもしれない。

もし気に入らない意見があれば「貴方達の意見には賛同しかねる」と返せばよい。それを拗らせて「選民」しているのはへぼ担当なのである。

そもそも文法とか言語学的に言えば「プロ市民」という単語でさえ、相手が「市民の一部」であることを前提とした概念である(自民党支持者辺りにとっては「煩わしい市民」ということだが、煩わしくても市民ではある)。へぼ担当の「自称市民」呼ばわりはそれより酷い。

【原発ジプシーの抹殺】

結局、311後に身元の管理が出来ないことも、ピンハネ福利厚生その他の問題も否定出来なくなった。ちなみに70年代に黒人の水中作業員が目立ったのは、米国においても職種と人種の偏在が完全には解消されていなかったことによると思われる。解消されていれば、水中作業員の成り手が黒人に集中することはありえない。また、へぼ担当は知らないだろうが、コダック、ベルサウス、コカコーラ、テスラ等、黒人差別の従業員集団訴訟は21世紀に入っても(性差別訴訟同様に)頻発している。それが米国社会である。

【平井憲夫氏は人権侵害】

「原発がどんなものか知って欲しい」の平井憲夫氏も完全に風説扱い。

当該は聞き書きのため、やや不正確な表現もあったが、311後、当人の手になる文書が再び世に出た際に、オーソドックスな原発批判以外の何物でもなかったことが判明した。また、多くの現場作業員により様々な形で問題行為が公にされたことで、平井氏の正しさを裏書きする結果となった。

2月24日は、更に会話を続けて失言している。

批判されているのは『白竜(原子力マフィア編)』。311後、『ヤクザと原発』その他により暴力団が入り込んでいること、身元確認が不十分なことが改めて証明される。そもそも、発電所で土方を見ていれば、筋者との境界があいまいなこと位察しが付くであろうに、よくもぬけぬけとヤクザへの蔑視を呟けたものだ。また、フクシマ50に代表されるように、彼等も修羅場で貢献したのだという、プラスの視点もありえるだろうに。

【被爆地反核団体への侮辱】

1960年代に一部の左翼議員が口にした「ソ連の核は良い核」を半世紀経っても全ての被爆者の主張として一般化している。むしろ、右派系の反核団体「核禁会議」を旧民社党経由で支えていた東電労組は民社党同様に「アメリカの核だけが良い核」であるかのように活動し、追随してきた。旧民社党がCIA工作の恩恵で誕生した経緯からすれば当然ではあるが。

【公害被害者への侮辱】

過去、あらゆる反公害運動が「補償金ビジネス」と中傷を浴びてきたが、へぼ担当は企業側の実践者として「歴史に学んでいる」1人である。もちろん、最初から公害を引き起こさなければそのような問題が発生しない(=ビジネスという理屈は成立しない)という、根本的な矛盾は理解の埒外にある。

霞ヶ関の人から頼み込まれて口裏合わせまがいのことも行ったことがあります】

この人の言うことは大体肝心なところでアウトである。特に311前の証言はそれが非常に多く、既に機微情報を流した以上、情報のやり取り、人脈形成、交渉方法の適切さに関する信頼は無い。本当にそれは「まがい」だったのか。

【騙される有権者も有権者】(東京電力柏崎刈羽原発社員談)

愚民主義はリベラル・左翼勢力にもいるだろうが、という指摘が聞こえてきそうである。それはその通り。だが生憎、著名なリベラル・左翼人士で愚民観を示している人達は、フリーの立場から発言している方も多い。会社の代弁者ではない。

【鳩山由紀夫批判】

311前、鳩山はCO2対策のため原発依存には自民党より積極的だった。「クズ」と批判しているのは普天間移設問題で自分が思い描く先軍政治に反し、県外移設を主張したから。twilogをチェックすると民主党、鳩山、菅への私怨のオンパレードだが、鳩山相手だとloopyという単語がとてもお気に入りだったようだ。身分隠して財界の代弁ご苦労様。

もっとも、彼のTLが民主社民共産への罵詈雑言に溢れているからと言って、これ以上政治家に対する批判ツイートを掘ることはしない。原子力政策など直接的関連の高い内容に限定する。

【受注者を顎でこき使う】

完全に居酒屋モードで気持ち良く本音を呟く。

普段どんな仕事の依頼の仕方をしているのか、労基に見て貰ったらいいのではないかな。

【子供手当は要らない→手当て+小児科寄越せ】

先の「タウンミーディング」にかける妄想でも言及していたが、彼は、子供が嫌いなのではないか。

ちなみに当時は独身。後年、経済DVをかます男の言葉である。所属先がどれ程の国富を費消したかは言うまでもない。そして少子化・貧困対策の結果も。

311後に給与3割減、私生活で結婚となった途端このザマである。よくいる、自分の世代、自分の階級しか見ようとしない臣民の一形態だな。

【知恵を付けるようなつもりは一切ありません。意見交換も一切意味がない】(東電社員談)

市民運動家の小林アツシ氏を前にしての発言。これ程愚かなコメントは無い。

自分から知恵を付けたら困る事実が存在する、と宣言しているようなものだからである。極端なことを言えば、この時点でへぼ担当が福島の津波対策延期について、情報を得ていてもおかしくないとすら推測出来る。

言い換えれば彼の天敵による次のコメントにも通じる。

【可哀想な教師ですね】

安全神話に疑問を呈す教師は「可哀想」。完全な組織防衛の論理。

【311直前の被曝観】

現在は、年20mSV以下という、311前なら建屋内での作業に従事する一部の労働者のみ係わりのあった線量を基準にして帰還政策が進められている。当時の推進派の姿勢と比べると隔世の感がある。また、被曝安全論に主張者自らが絡め取られていったことは巷間推測されているが、彼はその証明となり得るだろう。

【311後、節電に絡めてテレビ局を揶揄】

24時間テレビの偽善性は左派を含めて指摘され続けているが、原発プロパガンダに年数百億も消費した挙句、事故を起こしたために夏の節電要求が厳しくなったのである。民放にケチをつける資格があるとはとても思えない。本当に不思議だが、私が東電社員なら、身分を隠してもこんなことをツイートしようとは思わない。例え匿名であっても「番組への批判は承知していますが、節電のPRは正しいと思います」位のことは言うだろう。彼の心の闇は深い。

【311後、都民に代わって火力発電所を要求】

311直後のエネルギー論議では、脱原発による電源の穴埋めを火力発電の増設に頼ろうという流れが存在した。上記はその頃の書き込み。政策論としては理解できるが、事故を起こした当事者が身分を隠して「提言」することではない。もしどうしても必要を感じていても、「わが社には投資する余力が無いので都の助力をお願いします」と言うべきだろう。

それにしても東電社員が「都が他県にお願いすべき」とよくもぬけぬけ言えたものである。被災者から消費地の責任を追及する場面での発言ならいざ知らず、「お願いすべきか検討する」のは都民や知事であってお前等ではない。

【国会事故調は読む価値なし】

311の後、幾つかの事故調が立ち上がったのはまだ記憶に新しいが、彼は自社の事故調と政府事故調のヨイショをRTしつつ、次のようにコメントしている。

比較的知名度の劣る学会事故調をPRしているのは、自分がロビー活動をしているからである。添田孝史『原発と大津波』(岩波新書)で指摘された、「専門家は電力と学会の顔を使い分けているのではないか」という疑惑への一つの回答がこれである。

なお、津波への備えに関する最も有益な情報を発掘したのが国会事故調の調査員だった添田孝史氏であり、各種訴訟で東電は全敗に近い結果となっていること、訴訟提出資料と証言により、政府事故調は多くの重要情報が委員に上げられていなかったと判明したこと、原子力学会事故調は重要な証言は関係者に迷惑がかかるとして非公表とされたことを付記しておく。

【「ブーメランだ!」】

朝日新聞は原発事故を起こしていないので、上記の理屈は無理がある。また、「わが社」ではなく、他人事のように「東電」と呟かなければならない辺り、彼の溜飲が下がる日は来ないであろう。

このような発言こそブーメランでは?311後、ことに2014年以降、この人が東電社内で何の課題を解決したのか聞いてみたい。

【九州電力やらせメール事件の反省なし】

この人物は、九州電力がやらせ動員を行って謝罪に追い込まれた事実を上記のように認知している。

なお、言うまでも無く原発推進の意見を言う自由はあるべきだが、それは他者の批判を受けないことを意味する物ではない。一つ、情報を追加すると、例の経済DV騒動の際に公開されたツイートによれば、家族からのお願いを「中傷だ」と訴えた実績があるとされる。

【すり寄ってくる共産党女性議員が気持ち悪い】

 

発端はこれのRT。体力のある若者なのだから、思想信条を抜きにすれば「素晴らしい人材」であるだろうよ。大体、私が自民党側にいた頃から「人殺しの訓練」であることは世界の軍隊共通の了解事項だったのだが、冷戦終結から四半世紀も経って何が気に入らないのか分からない。現在のテロ対策でも「警察は犯人逮捕のため生け捕りを考慮するが、自衛隊は射殺前提」と指摘されるではないか。

しかし、そこはへぼ担当、アクロバティックな反応に至る。

 

 

だったら、「思い付きと打算で派兵することにしたからあとは適当に野たれ死ね」とでも言えばいいのだろうか。それに近いことをしたのは戦闘地域を非戦闘地域だと詭弁を弄した小泉政権だけどね。

【難民受け入れ「必死だな」】

シリア難民問題が顕在化した頃、次のような暴言を吐いていた。

日本がそれなりの数の難民を受け入れているのであれば、まだ理解も出来る。しかし、実際は極めて消極的であり、加えて入管職員が人種差別者集団であることは抗議者達の粘り強い活動によって近年知られつつある。それにしても、「必死だな」とはね。何様?と言ってやりたくなる。まぁ勤め先に相応しい、殿様の態度だな。

もし本当に自信があるなら、欧州の原発関係者との会合の機会か、海外から日本に関心を持って来日してきた人達(マライメントさんとか)に是非「貴国の難民政策は必死ですねw」と揶揄ってみてほしい。親ナチを秘めている者なら賛同してくれるだろう。

【新入社員をネットで誹謗】

それが新人だろ。つくづく馬鹿だね。しかもネットでよく書けるものだ。

そして時が経ち・・・

彼は、この頃家庭も潰してしまったのだが、反省は皆無。そして、新人君も結局育てられず、使い潰していたっということ。それにしても発電所の仕事で「修士論文の意義」なんか聞いてどうするんだ?

【学歴への固執+職場の高学歴同僚を誹謗】

へぼ担当を観察していて笑いが止まらないのが学歴への異常な執着である。

なるほど。東電にはそんな高学歴のクズがいるのですか。そう言えば私も1人思い当たる節がありましてねぇ。何と同僚の学歴に執着してネットで誹謗を重ねているんですよ。

ゆとり世代が嫌いな様だ(カリキュラムのためであり、当人の責任ではない筈だが)。

真面目なコメントに戻ると、東電大卒幹部の体質を知るのに貴重な証言。

私ならそんな職場の話を無闇にネットでしないけど。ま、選民意識の方は有権者も有権者だから仕方ないかもね(笑)。非常勤君は晒し者にされて御愁傷様。

更に、自分自身が、過去指導教官からも学歴偏重を指導されていたことが分かる。

そもそも、「学歴自慢を慎め」などと指導教官に「徹底」される学生は少ないのではないだろうか。何故なら、まともな感覚の持ち主ならそんな小中学生レベルの忠告をする必要が無いからである。私の場合も、東大程目立つ偏差値の大学ではないが、指導された記憶は無い。

既にお察しの方もおられるかと思うが、へぼ担当のtwilogを「学歴」で検索すると非常に多くのツイートがヒットする。当人が学歴を気にしている何よりの証明である。

本心では学歴に囚われていることを無意識に告白。東大だろうがIBリーグだろうが学歴マウンティングは恥ずかしいだけ。

その癖の背景を考えてみた。相手も高学歴だと、自分の学歴でマウントは出来ないね。これ以上は書かないが、お仲間や元妻からも自身の学歴自慢を指摘されていることは示しておく。

【「馬鹿は黙ってろ」事件を黙殺し被害者振る】

お仲間の軍事ブロガー(Yahoo記事オーサー)JSFによる「馬鹿は黙ってろ」事件についてコメントするのが先であろう。

【瀬戸内寂聴に対して「クズはクズ」】

幾ら気に入らなくてもこの時点で様々な所業を重ねているモラハラオヤジが「クズはクズ」とは何の冗談だろうか。しかも、日弁連は謝罪している。

【失敗したものは触れない方が良い】

原子力どころかサンシャイン計画(1980年代の新エネルギー計画。)一つまともに直視できない。

ちなみに天敵は日常的に言及している。次に失敗したくなければこれは普通の姿勢。

一事が万事だろうな。

【人脈と情報ルート】

そのNHK記者がTwitterの件を知ったら記事にしてくれるのだろうか。

恩師達は、Twitterの件を知ってるのだろうか。『混相流』にでも先輩の声投稿したら?学会事故調で熱流動部会長だった片岡勲氏とか、これ知ったらどうなるんだろうね。後、気液二相流がへぼ担当の研究分野だった訳だが、その大家である有富正憲氏も「爆破弁」発言の1人。気液二相流の解析すると何か祟りでもあるのだろうか。

家族を通じた非公式の機微情報ルートとして記録。

「旧知の共産党員」がいる。どうやってお友達になったのだろう。

【民主党代議士を通じてレイシズム批判の足を引っ張る】

また、以下の「旧知の民主党代議士」を通じてロビー活動をしている。一口に旧民主党と言っても、色々な立場の代議士が居る。へぼ担当の立場に最も近いのはゼンセン系労組が推薦する組織内候補。選挙の際は労働組合を回り、街宣は申し訳程度で終わらせる人達である。彼が支援するのがそういう候補かは分からないが、言行を見ているだけでも「ああ、そういうことですか」という感じ。

レイシストをしばき隊関係者と親密な関係にあった有田議員についても「苦言を呈した」そうです。民主党の動きが時々鈍かった理由が良く分かりますね。当時極右達が暴れていたのは新宿や川崎など大都市であり、現地に住んでもいない者が、彼等を間接的に支援していたことになる。

なお、彼の会話の相手であるCol_AYABE、通称アヤベ大佐は、成人式でナチのコスプレをして顰蹙を買ったり、海兵隊の広報の仕事を請け負いながら、共産党が入手した米軍の作戦計画をネット上で赤旗記者にねだって提供して貰ったりと色々な話題に絶えない方です。

事業仕分けを憎んでいるそうです。民社協会かね。今なら国民民主党かな?

【投資目的のフォローは「うっかりインサイダー」防止のため原則×】

へぼ担当のTwitterトップには長年次の文言がある。

Hebotanto_20180613top

「投資目的のフォローは「うっかりインサイダー」防止のため原則×。」とのこと。

それでは次のツイートを見てみよう。

Yahooニュースオーサーで星海社から新書を出しているdragoner氏とへぼ担当は旧知の間柄。立教大は赤っ恥だなぁ。

先行者自慢をした後に先行者利益について語ったり、投資家としての判断に言及したり。他にも専門従事者としての知識を元に警告してきたり迂闊なことを過去には言っていたようである。そういうのを「インサイダー」っていうんじゃね?見えない所で何の情報交換してるの君たち。

【不祥事への感想】

冷静で中立的と言うより、自覚が無いだけなのではないかと思わせるのが、このタイプの出来事を認識していること。口調が慇懃でありさえすれば事足れりというものではない。

まぁ俺から見ればこの人はぱよちん久保田の比ではない「逸材」だけどな。俺?いやぁ、とてもじゃないけどこの人には及びませんよ。

知事選を目前に、園児に特定の政治家の似顔絵を描かせた保育士の処分。もちろん間違った行為だが、へぼ担当は自分の勤務先を明記していただろうか。他人の不祥事にはコバンザメのように食いつく姿勢はつくづく呆れてしまう。

【守秘義務無視して暴露本執筆中】

まぁどうせ「日本の電力マンは頑張ってるんだ」みたいな叫びを打ち明け話で装飾しただけだろうが。

鍵もかかってないTwitterは万人が閲覧出来てるけどな。後、しれっと他人に重責負わすあたりが突き抜けてる。とっても。一つ言っておきたいのは、暴露本てのは、出版してから暴露するもんなんだぞ。天敵のツイート通りのボケをかましてどうする。

ずーっと一覧してきて思ったのだが、真面目にこの人、福島原発事故の原因を作っているのでは。そう思わざるを得ない。

2018年6月 2日 (土)

【世間に謝罪せず】「機微情報」を垂れ流した東電柏崎刈羽原発職員へぼ担当氏【妻にはDV】

前の米山知事が不祥事を起こして辞任したため、新潟県知事選挙が行われている。争点は柏崎刈羽原発の再稼動ということで、与野党の決戦場と位置付けされている。

そこで思い出したことがある。ハンドルネーム、へぼ担当と名乗っている原発業界人のことだ。現在は主にツイッターにhebotantoで登録し、活動している。

彼は、どういう人物かというと、原発業界で仕事をしていて、反原発を嫌ってきた。それにとどまらず、「正しい原発の知識とはどういうものか」を啓蒙するため、ネットで活動していたのである。まぁ、今では珍しくも無い他人の揚げ足を取って喜んでいる「お理工」とか「軍事クラスタ」とかもっと直截に「ネット右翼」と呼ばれるような人である。

苦々しく思っているのは私だけではないようで、311後、何か横柄なツイートを繰り返すたびに突っ込みを受けている。代表的なのは軍事ライター文谷数重氏のブログ「隅田金属日誌」だろう。

この件が心底どうしようもないのは、彼が90年代にある大学の(京都大学は誤りでした)大学院を修了後、東京電力に技術系幹部社員候補として入社し、長年にわたって柏崎刈羽原発で勤務し、原子炉運転の資格を取って運転員としての勤務経験を有し、ボイラ・タービン主任技術者(一言で言えば発電所位しか使い道が無いが難しい資格)を取得した、ある意味王道を行く原子力業界人であること、そして一連の書き込みを会社に一切知られることが無く、或いは職場の黙認の上で行ってきたことだろう。

何も私が興信所の人を雇って調べたことではなく、以前から仄めかしていたことである。

熊取=熊取実験所であり各大学の原子力工学科位しか関わりが無い。

次もその一例。

保有資格も公開(BT=ボイラ・タービン主任技術者)。

もっとも、本物のPh.Dからは次のようにコメントされている。下記の事故は、彼の所掌だったのだろうか。

これから述べていく理由から、現在は影響力も低下してきたが、過去、その言動はツイッターの原発推進派を煽り立て、宣伝活動として機能していた。彼は、重電・インフラ系の技術者やマニアの内心まで浸透したネット史上有数のステルスマーケティング師(PA師)でもある。また当人の原子力への執着も信仰と言えるレベルに達していた。一連の言動を見直して思ったが、利益相反という言葉すら生易しいものに思える。

批判者達から「柏崎刈羽君」などと揶揄される中、敢えて直球のブログ記事を書いて来なかったが、今回は、彼の原発問題での言動で致命的だったと思われる点を挙げることにした。内容を要約すると記事タイトルの通りとなる。

【1】安全神話を宣伝する。

彼がああなってしまった原因は東電にもある。入社前後の頃、東電は会社として次のような活動を推進していた。

今から見ればこれは「忘れられた誓い」のようなものである(関連まとめはこちら)。

Toden199607pa

社内報記事を読むと分かるのだが、「知識が無くても自分の言葉で原発を推進しよう」と東電は煽ったのである。へぼ担当以前、ネット時代の初期に柏崎刈羽原発に勤務する職員が私的に「EYEFIE原子力発電所」という宣伝サイトをつくったことがあったが、これも会社としての態度が根幹にあった。

結果、彼はお気に入りの軍事評論家ブログへの出入り、mixiでの情報発信などを経て宣伝活動に勤しみ、311前に次のような安全神話を公言した。

ぶっちゃけたお話し,陸上にある原子力発電所(PWR)の場合,大洪水でも起こらない限り,浸水の恐れは無視できますが(ただし,地震による津波影響など評価して問題ないことは確認済み)

軍事板常見問題より

もう一つ挙げよう。

幾ら実務的に細かな知識を喋っても、根本がダメという典型的な例だろう。実際に海水を注入した時点では、全てが後手に回り、大量の未帰還区域を生み出したからである。

原発作業員の問題も彼の前では反原発のタカり行為として無かったことに・・・

原爆被災者も次のように侮辱している。

 

 

火の出る玩具や原発を御神体にしている人間が良く言えるものだ。

ただ、ある意味では業界が宣伝用に準備する「偉い人」達と違って、忌憚の無い本音を呟いているとは思うが、それが宣伝と性悪な軍事マニアや自称リアリストの主張をコピーしたものでしかないというのは、驚くべきことである。

なお、Yahooニュースに登録している軍事ブロガーJSFが311の晩に福島第一の状態を危惧する人達へ「馬鹿は黙っていろ」と罵声を吐いたことはネット論壇では知られているが、へぼ担当は長年彼の技術アドバイザー的ポジションにいたことを付記しておく。

【2】311後、7年まともに世間へ謝罪していない

よく、ネットで一度投稿した発言を削除して炎上することがある。しかし、へぼ担当の場合、福島事故の数日後、被災者に「ご高配を」とツイートした程度で、過去の自身の原発推進の言動に一切の責任を取っていない。実際、記事を書く前にtwilogで再確認したが、やはりそういった発言を見つけることは出来なかった。先の「馬鹿は黙ってろ事件」も存在自体を黙殺した。

その一方で、大は原子力政策から小事は日用品の出来栄えに至るまで、あらゆる物事に注文を付け続けた。

一度投稿した情報は是非はともかくとして、消すことは出来る。しかし、謝罪していないのだから、これを捏造することは出来ない。

それどころか、彼が2011年頃まで出入りしていた軍事マニア達のインナーサークル「軍事板常見問題」のmixiコミュニティでは「自分だってすべてを知っている訳ではありません」と言い訳していたのだ。東電本体に技術系幹部になることを期待して雇用された実務家の言う事ではない。なお、へぼ担当はmixiに存在した原子力コミュニティでも中越沖地震の頃は「冷静で中立的な啓蒙活動」をしていたが、311後、同じようなことをしていた日立の原発技術者等と共に、一斉に姿を消した。

311後にへぼ担当の陥った最大の失敗である。

東電の失敗を糊塗するために、彼は同業他社への「擁護」を手掛けるようになったことがわかる(私が関電の原子力部門社員だったら、まず東電社員に謝罪を要求すると思うが、そういう思考から目を逸らさせるのがミソ)。

その割に民主党、朝日新聞への謝罪要求などは目ざとく行っている。

自分は責任を取るつもりはないが、蓮舫(ツイート中のR4=レンフォー)には責任を取れと言う。

もちろん思想偏見に加え、ちゃっかり組織防衛するためである。こんなこと東電社員が書いても逆効果でしかないけどね。

実は、これは批判対象の朝日ばかりでなく東電にも言える。よく謝罪会見などを行うが、賠償金の支払いや法的責任を拒否して訴訟になっている問題と、彼の姿勢は軌を一にする。

東電ではジャーナリストはあしらって口封じするものらしい。2015年になって良く言えるなという感想を持つのと同時に、貴重な証言でもあると思う。本音としてはありふれてるが、思っている当人が表立って書くことではないからだ。

これが例えば池田信夫だったら私はここまでは書かない。彼が如何なる言説を弄そうとも、実務担当者ではないからだ。間接的な責任はあっても直接的な責任は無い。

余りに壮絶だったため、ネット右翼の多い技術者や軍事マニアですら、311以降の姿勢で彼に関しては距離を置くスタンスに変わった者達が続出した程だ。勿論、軍事ブロガーJSFや「軍事板常見問題」管理人の消印所沢のように、庇い建てて口を閉ざしている者もいる。また、彼の知識を目当てに積極的にRTしている推進派の著名人もいる。

へぼ担当は世間に対し、東電原子力社員として、謝罪するべきだろう。ああそうだ、彼が大好きな日本政府の当時の代表にも「この度は当社の事故で御手を煩わせることとなり、大変申し訳ありませんでした。」とでも詫びてはどうかな。

以上のように、彼にとって民主党(政権)、菅直人、鳩山由紀夫などは日頃から憎悪の対象でしかないが、大衆もまた同様である。311直後の数年、エネルギー政策のパブリックコメントを集めた時には下記の通り。

ゴミノイズだそうである。人種・性差別を問うコメントではない筈だが・・・
※最近問題になったが、もしパブコメに「外国人を殺せ」という『ご意見』が1000人から届いたとしたら、人権思想を理解しないゴミノイズと見なされるが、上記は違うということだ。

更に言えば、自身のプロファイルについても原発業界に詳しい人間だけにわかるような仄めかししかしておらず、それでいて原発にはしがみついているのだから、無様だなとしか言いようも無い物である。

【3】経済DVがばれてもTwitterは平常進行

なお、上述のように自身を目立たぬようにする労力も、彼が事故後に始めた結婚生活を経済DVにより数年で破たんさせ、被害者が彼の所業を告発したことで、無駄となった。

Hebowifetwitterstatus91663045734470(現在は削除済み)
Hebowifetwitterstatus91663141569703(現在は削除済み。)

既に結婚生活は終わったことであり、かつては詳細情報も存在したが、それらを語るつもりは無い。だが、被害者の妻もオタク系の趣味を持っており、以前はへぼ担当がネットで作り上げた交友関係と重なる場所で情報発信をしていたが、原発やミリタリーの『お仲間達』は表立っては咎める姿勢を見せなかったことだけ書いておく。

まぁ、お仲間の家庭内事情も似たような物なのかも知れない。ネット廃人やネット右翼で人間関係を破綻させた人物は珍しくないからである。彼女も政治的なスタンスは夫と余り変わらぬ人物なのでそういう点は冷たい目線で眺めざるを得ない。だが一方で、私はフェミニストという訳でもないのではあるが、この件については彼女に同情する。経済的には裸同然で家から脱出していたからだ。

それにしても、この件も、ばれてからもツイッターで何の謝罪も言い分も無く、それまでと変わらぬ技術談義を平常進行していること自体が異様且つ異質であると、私は思う。

【4】機微情報をツイートする

正直、【1】【2】【3】だけなら、今時のどうしようもないクズ技術者だなという感想しかないのだが、へぼ担当は驚くべき行動に出ていた。

原発業界で社内・セキュリティ上の機密に属する内容を機微情報という。

私は、日本の原発業界に批判的だが、情報公開についてはアメリカに次ぐか部分的にはそれ以上に公開している面もあることを高く評価している。OBやOGでTVタレント的に活動していない人達も積極的に発言しているのは一面の事実である。特に大雑把でよい概要的な情報についてはそうだ。この事をある原子力ウォッチャーに話したところ「アメリカは訴訟社会でNDA(秘密保持契約)が厳密だから無理ですよ」と即答していたのを思い出す。

さて、2010年秋から冬にかけて、へぼ担当は盛んに機微情報の取り扱いについてツイートしていた。要は、「僕ちんは啓蒙活動も活き活きした内情も伝えていくけど、テロリストが喜ぶから出すなと言われてるヤバい情報は出しません」という宣言だ。

しかし、彼はその後、やらかしていた。

311で自尊心をへし折られ、鬱屈していたからかもしれない。

原発がどれだけの航空機衝突に耐えられるか、日本の電力会社も規制庁も、公表はしていない。私も以前ブログで話題にしたが、それは公表している国があり、その情報から個人的に推定した物だ。

80年代は日本の原発もF-1戦闘機を想定して解析をしていたことを仄めかすばかりでなく、F-2の解析はその結果に言及している。なおF-1は国産機であり、他国のデータは流用出来ない。結果を知っているのだから、彼の妄想ではなく、東電の社内情報を参照したものである。「バカは黙ってろ」で悪名を轟かせたJSFを引用しての吐露であるところがどうしようもない。他の東電社員からすれば「バカは黙ってろ」と言いたいところだろう。

さて、東電に裏を取っても彼のアカウントを黙って停止させるだけでお茶を濁されると困るので、日本原電に質問した。へぼ担当はJAPC(日本原電の英称)の研修にも参加した旨、以前ツイートしていたからである。

日本原子力発電
広報ご担当者様

岩見と申します。

最近、同業他社の原発に勤務していると称する方が「航空自衛隊が保有する特定の機種の戦闘機が建屋に衝突した場合の評価は既に行っている。近年F-2戦闘機についても追加評価を行った」という趣旨のコメントをネット上に書き込んでいるのを見かけました。

その種の評価は、御社のサイトでなされているとは聞いたことが無いので、新規性基準に移行してから、また規制制度が変わったのかと一旦は驚いたものです。

念のため、規制庁の審査会合のHPを再度見てみましたが、従来各サイトで行われている通り、建屋近隣に墜落した際に燃料が火災を起こした時の評価に留まっていました。

現状では、そのような情報は下記の様に、JAEA等が研究のため特定のサイトを模擬しない形で行った公開研究しかないと思いますが、その認識で間違いはありませんでしょうか。
http://csed.sakura.ne.jp/wp-content/uploads/2016/09/PL2L04.pdf

2017年10月2日

本件について少し、補足します。

先のツイート事例は某電力会社に勤務する社員ですが、御社グループやその親会社の場合、特定の機種の航空機が建屋に衝突した場合の解析評価は結果をツイートしても御咎めは無い程度の機微情報なのでしょうか。

2017年10月2日 12:45

岩見 様

いつもお問い合わせいただきありがとございます。

「航空自衛隊が保有する特定の機種の戦闘機が建屋に衝突した場合の評価」のお問い合わせについては、核物質防護の観点から評価の有無に関してもお答えは控えさせていただきます。

ご了承願います。

日本原子力発電株式会社
地域共生・広報室

2017年11月2日 12:28

2017年秋当時、航空技術者の平岡公夫氏は、出しても良いのに秘密されているスペックについて疑問をツイートしていた。そういう考え方はあると思う。個人的に機微情報が表に出されても仕方ないと思われる事例は、例えば談合・データの書き換え・内部での問題提起の握り潰しなどの不正行為であるとか、青山繫晴のように、今更表に出回っている情報を重大な機密呼ばわりする間抜けな行為などであろう。

では、今回のへぼ担当の行為はそれらに当て嵌まるだろうかと言えば、当て嵌まらない。ただの知識自慢に過ぎない。

業界ではこういう人物はインサイダーと言い、主に入社後原発へのスタンスを変更した人物が想定されているようだが、実際にはうっかり日米会談の機密を喋った元防衛大臣のように、推進者が自滅するパターンを良く見かける。ある意味では、火を付けて存在意義をアピールする消防署員や点数稼ぎに犯罪をでっち上げてばれる警察官と似たようなものだ。竜田一人の『イチエフ』でも「うっかりマンガに商業機密を描かれると困る」と苦情があったそうだが、これも類似パターンであろう。モリカケの役人もそうだ。

【5】 「TLでは流せない話」をするため上京を計画し、311直後に実行する。

へぼ担当の場合、以前から守秘義務違反の兆候はあったようだ。

まず、一つ言えることは、彼ほど日頃から技術の詳細をツイートする人物に取って、「TLでは話せない情報」など無意味な定義に過ぎないということである。大抵のことは話しまくっているのだから、顔を突き合わせたところで、それ以上の秘匿性の高い話が許される訳では無い。従って、「TLでは流せない話=守秘義務のかかっている話」しか残っていないと判断出来る。

※TL:タイムライン。ここではツイッター用語でツイートによる会話全体を指す。要するに表立って話せること=TLに放流出来る話である。

311は金曜日だったので、ツイートの翌週に開催を計画していたとしても中止になったはずである。もし311が無ければ、この時点で小泉悠、石川潤一等に機微情報が流出した可能性もある。また、へぼ担当と軍事クラスタ系ライターの特徴から、メールなどのルートも疑わざるを得ない。

実際、311でいったん計画は中断したものの、11年6月には「秘密会合」が実現している。

「秘密会合」と呟く愚かさはともかく(『遥かなる星』へのオマージュ?)、上記のツイートから都内での宿泊場所に戻るまで半日かかっている。貸会議室でも使えば大抵のことが出来る。

へぼ担当は「情報はギブアンドテイク」との信条がある。この面子であれば、交換した情報は原発事故対応を土産話に、ロシア関連の軍事情勢、核査察ネタだろうか。もう1人原子力関係者が参加しており、さぞ盛り上がったことだろう。

この方の区分けで行けば、ネット上でミリタリーマニアや科学オタクが集まって形成された軍事クラスタは、全て趣味の対象にしているし、日常的な言行がすでにそれである。秘密会合も正に(3)そのものだろう。

技術談義の中心にいたので、ネット上の付き合いも似たような人物が多い。311の時英語で安全神話を垂れ流したf_Zebra、へぼ担当と同じく業界人の森雪、Shimpei、電気新聞で紹介された原子力魔法少女今井智大、軍事マニア繋がりでヤフーニュースオーサーのJSF、dragoner、憑かれた隠棲等である。上記の会話もそうだが、第3者からは読めないDMやメールで何の情報を渡していたのかは分からない。彼らと交友関係を持つ事にはリスクがあるので、近づこうとは思わなかった。

仮に私がへぼ担当と同じ立場・思想でネット活動をしていたら、さほど重要でもない「内部情報」を餌に彼等を釣り上げ、会社の目から見て来歴のはっきりしないオタクの個人情報を収集した上、会社の意に反する態度を示した時点で、これまで与えた情報の重さを強調するなど、DMで恫喝となだめを繰り返してコントロール下に置く、だろうか。まぁ、dragonerの方も本名を知っていれば別の意味で機微情報を取得したことにはなるが。

自衛隊に勤務している彼の弟についても、同様である。2010年の時点でへぼ担当に宿営地周辺の戦闘について情報を与えており、その結果のツイートであろう。何せ「実体験」と堂々と書いている。思えばこれは、日報問題の機微情報垂れ流しも同然であった(弟は弟で、日報の隠蔽にも加担していても不思議ではない)。

上記のように「部下を生きて返す」というツイートを彼は繰り返しているのを見ても当時の心情がよく分かる。意地の悪い読みをすれば、武人の家系である彼の一族は旧軍スタイルそのままに「部下以外の命は保証の限りではない」のだろう(戦争中期以降は味方も大量に見殺しにしたが)。一般論として、自己の功名心に向き合うこともせず、命に関して奇妙な結束を示す人間が国家に寄生すると、戦地で問題を引き起こす遠因になりそうだ(米国でヒットした『ローン・サバイバー』という映画は、正にこうした問題の実話がベース)。

そして弟は、バーターとして核関連の機微情報、それも幕僚監部辺りからの照会では定形文で返答されるような「内情」「特定の政策要求を通すためのキーマンに関する情報」などを入手していても全く不思議はないわけである。マスコミ嫌い、人脈好きの真意もそこにあるように思える。

今思えば、こういった連中が、日本人による原潜・核保有を問題提起した『沈黙の艦隊』にリアリティを付与するかのような議論をしていたのは、危険な兆候である。

一時期、私のことを彼との直接的な関係が無いのに批判していると「軍事板常見問題」管理人の消印所沢などが問題視していたが、無意味な機微情報の共有なら御免蒙るといったところだ。そういう話は映画や小説の中だけで御腹一杯だからである。

表面的には場の空気を支配したくて溜まらない「冷静で中立的な人物」の書き込みだが、元海保職員の右翼、sengoku38氏とおなじですよね、この人がやろうとしていること。

実は東電の社員はKEDOに出向している。従って内輪向けの技報などにレポートが載れば彼の立場では読めるし、場合によっては直接会話も交わせるだろう。

以前、そういうポジションをいいことに、ある大学の化学研究者で原子力ウォッチャーをしていた人(当時は推進派であった)に、核実験や査察の技術詳細で「原発専門誌に書いてある情報をチェックしている程度で調子に乗るな」的な暴言を吐いていた。専門誌にも載っていないのなら、どうやって同じ土俵で議論するのかは示そうとしなかった。表に出せない内部情報を笠に着た最低の態度であると同時に、何か東電に不都合な失態でもあったのかという疑念も沸く。

【最後に】

技術的には色々と細かい話は出来るだろうし、私も普段のブログはそう言った内容である。しかし、原発を実際に動かす人間の本性についても目を向けてから、再稼動の是非を決めることも、大切ではないだろうか。

私は、彼のような人物を放任してきた東京電力の姿を見て、一層信用が出来なくなった。現在は、休職中とのことで、そういう人物を復職させて原子炉の運転に就けるのは制度上は可能だが、明らかに抜け穴だろう。彼は自信家の割には抜けが見られ、自分の失敗には向き合おうとせず、そのエゴイズムのために心身不調となった。「車の運転に向いてない人」というのはいるものだが、彼は「原子炉の運転に全く向いてない人」だと思う。

肝心な事故対応時に重要なスイッチを押し忘れ、しかも嘘で塗り固める位のことは残念だが想定せざるを得ない。さらに言ってしまえば車ならまだしも相手は原子炉。ストレンジ博士的なリスクも考慮しなければならない。

それをやって滅ぶのは柏崎市のそれも金亡者達だけにして欲しいと思っている。また、彼のような極右的偏見は既に社会病理のレベルに達しているとも言われる。彼以外にも、本音が金目であるとか、何時まで経っても上から目線が抜けないなどの原発所員は(2011年の豚骨ベース事件などからも)地元で働いていれば勘付くものだろうし、その行き着く先も想像がつくというものだ。

※2018年6月7日、KEDO、中東派遣関連で追記。

※2018年7月1日、秘密会合を証明するツイートが見つかったので、【4】の後半を【5】に分割。

2018年5月 3日 (木)

主張に一貫性が求められるのは当たり前

掲題のようなことはダブルスタンダード批判の文脈でよく指摘されることである。もし、一貫性が無いと受け取られたくなければ、周囲の条件であるとかをきちんと説明しておくべきだろう。もし、意見を変えたのなら、そのきっかけとなった出来事を引くとか、知りませんでしたなどの形で明記するのがマナーかなと。

2018年4月末、TOKIOの山口が自宅に招いた女性に猥褻行為を働き、他のメンバーが謝罪したり、雇用主であるジャニーズの対応の問題点が指摘されるなどの騒動になっている。普段はTVが見れないのだが、GW休暇中なので結構目にした。

例によって直接リプライをしたことはないが、奇妙な主張をしている方を見た。まずは2017年のツイートから。

要するに性犯罪者の作品であっても価値を認めているので消費したいということである。何名かのネットフェミニストがRTしていたのを覚えている。

ところが、今回の山口の件では次のような主張をしている。

2017年の主張に照らすとおかしな話だ。この方が挙げたミュージシャンや俳優は「責任を果たした」とは言えない人ばかりである。2018年になっても新たな告発がなされているウッディ・アレンなどはその筆頭だろう。にも拘わらず、消費者が自らの卑しさを覚えていれば消費しても良いし、メディアもその場(テレビなど)を提供して良いという理屈だったのだから、復帰を熱望するファンを止めるのはおかしな話である。被害者の権利が消費者の権利より優先すると考えているのであれば、2017年の言は撤回すればよい。

なお消費者にとっては、山口が復帰しなくてもこの葛藤は付いて回る。過去のライブの再放送・再販の可否などの時に、である。

私はジャニーズ事務所も吉本同様に傲慢と思っているが(如何なる回避策を用いても今回の件はダメージだろう)、TOKIOに思い入れは無い。見聞する限り、山口が反省する(或いは矯正プログラム等を受けさせる)べきとは考えるが、現時点での山口は社会的制裁と直接謝罪の点で、極楽とんぼの山本圭一にも劣る(私は極楽とんぼにも思い入れを持たないが、山本がゴールデンタイムの番組で行った謝罪には被害者に対する弁も含まれていた)。

とは言え、長年のファンは心理的葛藤にさいなまれ、中には過剰に彼を甘やかしたり、記者会見での長瀬の謹言を無視して倒錯した被害者叩きに走る分子も出てくると思う。

アメリカのような訴訟社会なら打算は日本より徹底せざるを得ないだろう。ダメージコントロールのためにだ。また、4人だけでも生き残った方がマシという観点からは、ファンにもある程度受け入れられやすい主張でもある。だが、そもそも、山口の酒癖や性癖は急に始まったものではないとの報道がある。残りの4人が黙認加担者ではないと何故断言出来るのだろうか。

この件に限らず、(性)犯罪者の償いと社会的活動の是非という議論は昔からなされている。政治・思想に関心ある界隈では菅野完やTBS山口記者の事件が近年の代表例だろう。

無罪論は論外として、無条件NG論から条件付き活動再開論まで色々あるが、どの立場であれ、少なくとも自分が選択した立場の一貫性を保持せず、無自覚に捻じ曲げる人物は信用されない(まぁ、私自身も、今回の件が自分の贔屓にしている芸能人では無いから、冷静でいられるのではあるが)。

2018年2月28日 (水)

筋の悪い運動論-くたびれはてこが正しくC4Dbeginnerは誤りである

以前、「筋の悪い運動論」という記事を書いた。

今回は、女性専用車両を巡ってより反響の大きかったフェミニストくたびれはてこ氏とアイドル・映画・時事評論を呟くC4Dbeginner氏(以下CDB氏)の論争を取り上げる。

先方は当方のような零細ブログなど知らないだろうと思うが、311を機に自民党的なものと袂を分かってから、御二人の言論は是々非々のスタンスから、以前より注目していた。

【顛末】

「何のことだろう?」といぶかしむ向きに説明すると、2月25日の日曜日、ドクター差別こと兼松信之率いる女性専用車反対運動家達が、渋谷の駅前で演説をしようとしたところ、カウンター数十人に囲まれ、最後は仲裁に当たった警察官の説諭「私は(女性専用車賛成派の方が)正しいと思う」という言葉に反論出来ずに、退散したという出来事があった。これを巡っての論争である。

まず、兼松一味だが、2月25日に先立つ平日朝、「運動」と称して朝ラッシュ時の千代田線を15分止める騒動を起こした。既に過去の行状から、チャンネル桜の支援を受けてシンポジウムに参加していたり、中韓への差別発言を行うネット右翼であることも判明している。なお、彼等の賛同者には、性的な欲望を満たすために女性専用車に乗車すると宣言した者もいる。

彼は非常に論争が好きなようだが、単なる時間稼ぎの消耗戦狙いである。社虫太郎氏が言うように、ネット上で論争を仕掛けてきても、聞く耳を持たない方が良いだろう。

【論争】

さて、CDB氏は上記のような警官の行為を許すべきではないとの主張をした。

以下、くたびれはてこ氏の指摘から抜粋する。

多少長くなったが主要な部分を引用した。

【CDBは間違っており、くたびれはてこが正しい】

ところで、私は男性なのだが、過去、性犯罪トラブルに遭遇したことが何回かある。その経験から言うと、これは彼女が正しいと思う(既に北守氏なども指摘しているが)。くたびれはてこ氏は以前別の話題では批判したこともあるが、是々非々ということである。

まず、「極右デモの警官や辺野古の警官は悪い警官で、今日、女性専用車両反対デモに解散を命じた警官はたまたま人間的に良い警官だったと本気で思ってるんですか。」だが、これは論理のすり替えとして処理しなければならない。

警察という組織にも期待されるべき役割がある。リベラル左翼の場合、警察に期待するのは一言で言えば社会的強者の手先ではなく、弱者の味方である。だから、権力者の私兵として振る舞っている辺野古や公式に口にしたくない国家主義を代弁する極右デモの積極的護衛は(それが裁量の範囲内であっても)批判する。兼松一味は男性差別なる概念を濫用して自己を弱者だと偽っているが、実際の弱者は圧倒的に痴漢の被害に遭う頻度が高い女性であり、冤罪を差し引いてもなお膨大な数が残る。だから警察の説諭が支持される。それだけの話だ。

ついでに言えば、CDB氏は兼松と同じ立場で物を眺めてしまっていることに気付いていない。記事冒頭のツイートはそれを喝破しているのである。

勿論警官個人にもある種の職業倫理は当然要求されるし、警官によって判断にばらつきが出る事例は幾らでもある。今回の事例が「運良く当たりの警官だった」ことも紛れも無い事実だろう。

【政治運動ではなく不良が暴れてるだけ】

もう一つ指摘したいことがある。CDB氏等は政治的トロッコ問題と捉えようとしているが、これはそもそも、そういう事案と当の警官も含めて認識しているのか、ということだ。万引きとか、不良が暴れているとか、生活安全課の事案というか、精々ヘイトスピーチ対策法・条例の範疇じゃないのと。理論付けて「世の中何でも繋がっている」とドミノ理論で正当化する姿はどの政治勢力にも見られることだが、そこまで言う程の案件であるか疑問。

説諭は、兼松等が無視してきた駅員がやってきたものと同様「お願い」スタイルに過ぎなかったと思われる。もちろん拒否すれば、公権力の行使に移行することは容易に予想できるが、よく言われる「民主的で進歩的な」欧米の警察でも同じような結果になったのではないだろうか。

【ヒトより動物に近い】

くたびれはてこ氏は「なんでああいう人ってあそこまで男性に弱いのか不思議なくらい。とにかく男が対応すると態度がガラッと変わる。男性はどのくらいあの激変ぶりを知っているのだろうか。」という。

彼等が動物的本能で生きている証拠である。卑屈な下等生物と言って良い。人間界にいたければ檻の中が似合いという事だ。

【「普通の日本人」は躊躇なく警察を利用する】

ところで、何故この問題は右傾化した日本のネット社会でも兼松への批判の声がおおきいのだろうか。

それは、性差別につながる問題は、原発・辺野古・薬害などと違って、地域的・社会集団の偏在性が皆無に近いからである。ありふれているので、本邦のうすのろ呼ばわりされても仕方のない「臣民」「普通の日本人」にとっても、身近な問題として考えざるを得ない。

また、この手の問題は日常あまり目立たない「右派だがフェミニズム的な思考も持つ女性」にとっては実にバカバカしいことだろうとも思う。

性犯罪の危険に遭った時、「怖くてパニックになる」「通報は出来るが時間を取られたくない」といった理由は思想の左右の別なくあるので、それをなじって「通報しないお前が悪い」という批判は確かに不当だろう。だが、いわゆる右寄りだったり無自覚な「普通の日本人」に類する女性の場合、「警察は国家権力だから」という理由はまずありえない。そういう意味では、彼女等は警察の利用に躊躇が無い。

仮にCDB氏が我慢を要求している脇で、女性が警察を呼んだらどうなるか。筋の悪い運動家や評論家達が最初に危惧していたよりもっと悪い結末-兼松撃退という美味しい成果が警察のものとなり、彼等は「リベラル左翼のミソジニスト」として無能扱いされる結末が待っている。

【有用な社会資産を一つでも残す方が良い】

今回の件で次のようなことも感じている。自分の中ではそれほど重要な位置を占めてはいないのだが、反安倍支持層の今後を考えても、さほどのデメリットにはならないだろうということ。

反安倍勢力が再び政権を奪回する可能性はあるし、野党支持層はそれを実現するように様々な努力もするとは思う。だが、一部のリベラル左翼人士が予想するように、今後延々と右翼政治が続き、日本の凋落・貧困化・格差社会化が進むだけという未来も当然考えておかなければならない。

そういう状況では、100点満点の理想論だけに拘りを持っても、今回のようなトロッコ問題を生むだけだろう。そうであるならば、兼松一味のようなミソジニーの権化を警察に放逐させた方がまだましである。

そもそも、警察不信論の欠陥の一つは、それが如何に正当な事実であっても、批判派が国家が独占する暴力に代わる手段を提供できないことにある。各地で自警団を組織したとしても、その能力は殆ど期待できない。勿論、一部の国家のように民兵を一般化するような形で国家以外が暴力を万遍なく持つ状況が出来したら、その害悪は大変なものになるだろう。警察力の問題は、止めることが出来る原発と違って根深いとも言える。

まぁ、渋谷駅は元々鉄道警察が痴漢対応の拠点にしているから、当該警官のジェンダー教育も行き届いていたのかも知れないが、個別の警官のジェンダー差別理解度に係わらず、組織としての警察は、「性犯罪撲滅」をPR出来るチャンスは逃がさない。政治も同様で、かつての治安維持法と普通選挙権のセットの時のように、市民の自由を縛る法案と対になる形で「より男女同権的な」性犯罪処罰法案、女性専用車の法的根拠等を付与する政策も行われるかも知れない。実際、2017年に成立した強姦罪の非親告化はそういった飴のひとつだったと思う。

それでも、乗らざるを得ない飴はある。意固地に筋の悪い原理論を主張して、無自覚なミソジニーを晒すのは避けなければならない。だから、他山の石としてCDB氏の主張は否定する。

【おまけ 鉄道業界は何故兼松と痴漢を放置するのか】

女性専用車両問題で前から不思議に思っていることがある。痴漢被害の大きさゆえに、推進者は男性を含めて大衆レベルではかなりの層厚がある。それにも関わらず、何故、鉄道業界は法制化運動や専用車設定以上の対応策に消極的だったのか。この点はもう少し鉄道経営や社会学的知見を混ぜて分析した方が良いと思う。彼等の消極性も、ユーチューバーとして兼松の仲間が金儲けするところまで問題を悪化させた原因だと思われるからだ。

有力な理由は、彼等の政治的出自が所詮は「普通の日本人」たる保守系右翼であることだ。

JR各社はその歴史的経緯から、社会党の系譜に繋がる勢力が弱体化した。特にJR連合は、元を辿れば鉄労に行きつく。鉄労とは兼松が働いていた民社党の支持母体だ。メンタリティ的なルーツからは、お里が知れると言うことである。

各地の大手私鉄は地場資本による小規模財閥と考えて差し支えない。精力絶倫の噂が絶えなかった西武の堤を始め、伝統的な経営層は雲の上の金持ちである。本当の庶民感覚など持ちえる筈も無い。

各社の総合職の社員も経営層と似たようなものだ。個別事例だが、JR東日本の総合職社員で田嶋陽子の思想を憎悪している者を1人知っている。現業員たちも、ネット上の書き込みを観察する限り、内心でミソジニーを拗らせている者は昔から散見する。甚だしい事例の場合、鉄道会社だけが被害者であるような態度を示し、被害女性やカウンター(的な人士)を目の敵にする者さえいる。勿論、好ましい状況ではない。

シンクタンクも碌な研究をしていない。

例えば運輸政策研究機構。混雑問題は昔から扱い、優れた分析力を持つ。過去実績として防災・バリアフリー・ICT関連もあり、最も近いテーマとして2002年に「公共交通における犯罪等緊急時の対応方策に関する調査」を行っている。それにもかかわらず、日本財団をバックにし、過去の国鉄労使対決の名残もあって、過去、「アカ」とみなされる要素を持つ人士は採用の場から排除されていたと聞く。そういうことをしていると右翼的な人間と運輸業各社から転籍した学歴エリートだけが残る。昔の話だが、私がこの団体のある研究を見つけ、引用しても良いか照会した時、応対したベテラン職員は「内輪でやっていたいから」と「拒否のお願い」をしてきた。専用車や痴漢を巡る統計調査・および調査結果の開示が不十分な理由の一つは、彼等の内向きでミソジニー的性根ではないか?、と思わざるを得ない。

鉄道総研も同罪である。ここ数年鉄道各社が通勤電車に導入を検討しているような、客室内監視カメラは研究していない。調査しても見つかるのは民間企業の自主的な研究(製品PR)に留まる。カメラ以外に痴漢を抑止する効果のある研究も見ない。そんな人達が時の新車落成時に車内のアメニティ向上を幾らPRしても、長年観察している私の目から見ると空しさを感じることがある。

一般財団法人交通経済研究所(旧運輸調査局)は、上記2団体よりはマシで、産業労働者、平たく言えば現業員としての女性職員については『運輸と経済』で度々取り上げている。しかし、その他の女性に対する視点は消費者行動の分析であり、車内犯罪の蔓延に対して経済や労働からの分析も碌に見かけない。

公開された有用な調査は大抵が大学・学術団体か運輸系以外のシンクタンク・大手メディアの物が多い。この手の議論は「男性専用車を作れ」「監視カメラとDNA鑑定で全て解決」「輸送力増強の複々線化をせよ」などの10年一日の一過性のたわごとで済まされることが多く、そういう木で鼻をくくったような「提言」を好んで行うのは一般男性層に目立つ。しかし、彼等が本来するべきことは、まともな調査研究資料を集めて、分かっていること、分かっていないこと、簡単にできること、出来ないことの区分けから始めることだろう。なお、そういった他者の地道な営為を憎むのも、兼松賛同者の特徴である。

以上、鉄道業界を構成する幾つかの要素に内在する問題点を挙げた。近年は私自身が原発研究に傾斜しているので見逃している成果もあるかも知れないが、基本的には余り変わっていないように思える。

そうであっても、一つ一つ解決はしていかなければならないのは事実だろう。今思いつく一つの参考例になるのは名鉄の労使が対決した「特定旅客」と呼ばれる迷惑カメラマンへの対抗措置だろう。兼松一味はその適用対象としてよいと考える。

2018年2月16日 (金)

三浦瑠麗が煽動するスリーパーセルへの反感と『原発ホワイトアウト』賞賛の矛盾

三浦瑠麗のスリーパーセル発言が批判されている。今回はそのことに触発されて書いた。

【スリーパーセルが膾炙した背景】

実は、私は別名のアカウントで書評もやっているのだが、小説『原発ホワイトアウト』は最初から低評価にしていた。この小説、日本の原発を外国のテロリストが攻撃するのだが、官僚周りの事象以外は安易な設定、著者の思い込みが目に付くのである。同様に「テロを実行するのは外国人に違いない」という前提を著者から感じる。

Amazonや読書メーターのレビューを読んでも、そのような理由による低評価は以前からあった。彼等のバックストーリーはさほど書き込まれていないが、スリーパーセルとみなし得たと記憶している。また、そもそも、日本人はテロなどしないに違いないという思い込みを誘発する設定でもある。

無自覚にスリーパーセルを仮定するのは、以前から日本で見られた社会妄想?である。90年代の『日本朝鮮戦争』、『ユギオ2』辺りはそのものだし、正規軍によるゲリラコマンドが主体とは言え、『宣戦布告』や『半島を出でよ』も影響を受けているようにも思われる。

「若杉の小説はそんなことより社会風刺が核心なのだ」と、反安倍で脱原発を選択し、『原発ホワイトアウト』を称賛した人達は言いたいのだろうが、無自覚は否定出来ない。

【原発警備は「政治的正しさ」(PC)を考慮した方が良い】

元々、三浦も昨年までは大阪のテロではなく、原発攻撃の脅威をPRしていたという。では、原発のような本当の重要施設警備にも政治的正しさ(PC)は考慮されるべきだろうか。

私は、一定の配慮は必要だと考える。ただし、そもそもの話として、警備の必要性を認めた上でのことである。対象が運転中か廃炉かは、当分は関係ない。「スリーパーセルなどいない。故に原発は丸腰で良い」という主張があるとしたら、流石にそれは間違いである。韓国では北の武装兵士が潜水艦で上陸してくた事例もある。スリーパーセルが居なかったとしても、テロ攻撃の脅威が無くなる訳では無いという事である。

とはいっても、毎回朝鮮総連に影響を受けた北のテロリストだけを想定したシナリオで訓練をしているとしたら、実際のテロ防備は却って穴があり、警備要員に差別思想を植え付け、危うくなる。この辺の事情は以前に書いた「共謀罪の根底にある差別思想は必ず福島事故のような惨事を誘発する」、「テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した福島第一原発」(注:長文)の通りだ。

では、どうすれば良いのだろうか。

解決策として、テロ実行者のモデル化する際、従業員による内部サボタージュや、日本人による協力者を設定すればよい。外国を絡めるとしても、武器のバイヤーとしての関与に留め、実行犯は日本人とするのが、常識的な配慮だろう。また、軍服を着ていないとしても、元々は本国で訓練された正規兵であり、最近日本に上陸してきたと設定するのも良いだろう。そういった想定は、在日の一般市民が急に目覚めるといった「スリーパーセル」とは言い難く、恐らく脅威度もスリーパーセルより高い。なお、外国の正規兵の話を書いたが、国内の人口比からも「在日の中で軍事知識に詳しく、武器の取り扱い経験がある者」より、自衛官、警察官の数の方が圧倒的に多い。よって、自衛官や警察官をテロの温床として想定するのはそう的外れでもない。

また、こういったバックストーリーをセットする際の配慮は、スパイアクションもののハリウッド映画などから、政治的正しさと向き合って成功した事例を参考にすれば良いのではないか。

【ネオナチおばさん三浦瑠麗】

なお、「実際にスリーパーセルがテロ攻撃を行った場合、お前は責任を取れるのか」という批判もあるので、まだ、誰も死んでいない内に、予め答えておこう。政府レベルで、在日全般への憎悪を煽るべきではなく、一部の例外として扱い(いわゆる周辺化)、融和の重要性などを強調すべきだ。率直な憎悪煽動は却って、第二のスリーパーセルや、国内対立の先鋭化をもたらすからだ。これは犯人の拘束・射殺とは別次元の問題である。

まぁ、教科書的回答ということになる。

そのような観点から見て、三浦の発言は只の虐殺煽動であり、二度とTV出演を許すべきではない。何故なら、仮にスリーパーセルが存在したとしても、その性格から一般人が事前に摘発することはまず不可能だからである。三浦の煽動を警鐘と称して有難がったところで、ネット右翼に出来ることは気に入らない者を在日認定し密告することだけだろう。要するに全てが無駄だ、ということである。

2018年1月14日 (日)

差別吉本芸人への怒り

ダウンタウン浜田のエディ・マーフィ芸だが、まぁ元々先輩の横山やすしにすら「チンピラの芸」だと言われた位だし、そこから30年何の進歩も無かったのだから当然の結果と思うしかない。有名かも知れないが、ゴミ糞に過ぎない。相方もあの程度で映画の海外進出図ってたとはね。

馬鹿なのが幸いしてか、悪気に関しては、当人には無かったのだろう。他の日本人がやっている黒人差別までネットで掘られているが、それをダウンタウンの責任にされては堪らないだろうとは思う。何と言っても、80年代に巨人で活躍したクロマティの暴露本『さらばサムライ野球』にもミスをした彼に「ニガー・サナバビッチ」と連呼するファンが出て来るそうだから(如何にも正力原発の巨人らしいエピソードだ)。

しかし、継続的にそう言われてしまうのは、日頃の発言、特に松本人志のあからさまに政権に媚びた発言が面白く無いからでは。

松本は本当に典型的だが、吉本の漫才やNSCで這い上がってきたひな壇芸人は、社会批評という点では全く面白く無いからね。予備知識も無いし、勉強もしないし、殆ど全てリアクション芸で、自分の目線だけ。そしてすぐに強い物に媚びる。で、差別を肯定するから見ていて気持ち悪い。迷惑料を貰いたくなる位だ。あれを芸だと思ってる吉本芸人がツイッターで暴れてるらしいが、無価値で有害なだけ。正にお前たちのことだ。お笑いをやっているのに、面白くない。致命的だな。

人種差別への飛び火は頻度が低いが、差別の温床になり得る芸人の虐め体質は、今の何でもお笑いにしてしまう、「オレたちひょうきん族」や「漫才ブーム」世代が台頭した80年代からずっと言われてきた。「電波少年」も「めちゃイケ」もその後輩達も根本の行動原理が全員同じで、どこにもかしこにも吉本の顔。そういう風潮を作っているのは事実じゃないか。

無能な癖に地上波を占拠して為政者に代わって偉そうな説教を視聴者に押し付ける。何で日常でいい加減ストレス溜めてる時に同じようなストレスを加えられなければいけないのか。そんな差別芸人達の異常さを晒し者にする検証番組でも放送してくれた方が遥かに面白い。

ただ、吉本の芸人でも、同和のような身近な差別に関しては比較的今でもナーバスなようだ(もちろん例外はあるだろうが)。恐らくそれは、肌感覚の体験と義務教育での成果だろう。結局は訓練次第なのかもしれない。しかし、今から吉本NSC辺りがそのような啓蒙活動に時間を割くようになったとしても、何の社会的制裁も無いままでは、松本のような先輩芸人が幅を利かせる状況は変わらないだろう。

まぁ、米英のメディアが偉そうに言うのもどうかな、とは思ってはいる。「黒人差別に無知な日本」を嘲笑うことが目的のようだが、少なくとも黒人差別にナーバスになる一番の、桁外れな原因を作ったのは奴隷として使役してきた歴史を持つ、アングロサクソンだからだ。

「何千万も殺し、差別して豊かになったおかげで今は公民権も認めて綺麗な映画も量産するほど意識が高くなりました」「ユダヤ人に平等に接するには600万人殺す必要がある」。言葉にこそならないものの、「日本も欧米のような市民社会の確立を。」論者はしばしば、そういう歴史過程を「社会経験」として買おうとしている様に聞こえる。差別的で好戦的な安倍支持の極右を批判して居た筈がそういう倒錯に至る。でも、そうではないでしょう。(もっとも、対する安倍支持者は過去の自民党ハト派とも異なり、結果として平和主義に至る様な倒錯の兆候は無い。)。

表面的な上から目線でものを言いだけが、リベサヨ知識層が嫌われる理由じゃない気がする。

勿論、日本が黒人を大量に奴隷として使役し、虐殺しなかったのは、版図にアフリカが無かったという、ただそれだけの結果論に過ぎない。専ら差別の対象は、肌の色では区別のつかない朝鮮人、中国人、台湾人、沖縄、アイヌなどであった。戦前戦中はポリネシア系に対して、米英と似たような差別を行っていた。現在ODAなどで海外出張する愚かな一部サラリーマン達もそうだ(この層も少なからず右側の名誉白人化するというおまけ付きでだ)。

そういう問題はあるのだが、最終的には被害規模が重視される。「日本にも黒人差別の源流がある」論は正しいが、基本的には欧米が解決すべき問題。

だからリベラル左翼という大枠では共通していても、名誉白人のことは疑ってみることにしている。増してその価値観が、身近な上司や家族への反感と、自らに内面化した無自覚なジェンダー意識と、ハリウッド映画とドラマへの羨望で形成されていると思しき人物なら尚更だろう。

吉本が問題になったのと同時期に、欧米ではH&Mも黒人広告で炎上した。吉本の浜田よりあからさまな差別案件だと思うが、本邦のリベラルは感度が鈍い。以前白人至上主義を掲げていたファッションブランドが批判された時にもダンマリだったので予想通りと言う気はするが。

勿論、海外で差別が野放しだから吉本を目こぼしして良いということにはならない。そういう認知の歪みは日本社会の至るところに見られるが、これに対して欧米の美化だけを押し付けても、人権保護の法令整備など比較が容易なものはともかく、単なる不都合情報の無視では右翼層に突っ込む余地を与えるだけではないかということである。海外に学ぶのは好事例を採り入れるためにそうしているのであって、低くきに合わせる趣旨では無いということだ。

2018年1月 8日 (月)

2018年をどう過ごすか(および閑話休題)

もう1週間以上経過したが、2018年になった。コロラド氏をはじめとする当ブログ読者の皆様、本年もよろしくお願いします。

昨年末に実態に合わせてタイトルを変更したが、今年は何をしていこうか、少し考えてみた。

自分の生活を区分けすると、仕事、余暇、原発事故研究となる。311以来、徐々に余暇時間が減ってきていたが、今年は少し増やしたいなと。偶々TVを買い替えたこともあるので、やはり、流行っている映画やドラマは見たい。

記事の作成ペースは、月平均1本が目標。JSFのような高頻度化は行わない(週刊化もしない)。自分で書いた文章の初稿を読み直すと、粗も多く、同じ話題に二度触れていたり、簡単な文を変に修飾して、長ったらしいものに変えてしまっていたりするが、その校正が結構時間を要するからだ。

【原発問題】

プラントの安全性を中心としてもう数年は記事を書き続けられると思っている。勿論、これまでやってきたように、なるべく独自性を出した内容となる。勿論、先行する普遍的な主張に配慮はするが、それだけではカバー出来ない課題は幾らでもある。原発のように至る所でポジショントーク・神学論争・マニュアルトーク化が跋扈している分野は特にそうだ。勿論、単純に埋没・灰色文献を有効活用したいという願望もある。

実は、2015年にAPASTイベント後の懇親飲み会で雑談したことだが、原発訴訟の進展過程から考えて、事故に至る不作為に関する資料収集は、最初の5年が決め手なので、この期間に集中すると述べた記憶がある。実際2016年以降、資料収集のペースは以前より落とした。特に、津波問題については集められるネタは殆ど集めてしまったし、記事化出来ていないネタを消化した方が良い状態なのである。

その後、2017年に書いたブログ記事を見直して思うのは、数年に渡る資料ストックの効果が漸く出てきたなということ。あの記事群は、いずれも問題意識としては数年前からあったのだが、ミッシングリンクを繋ぐ新資料発掘やより深い考察は、2017年になって達成出来たのだ。

一方で、2018年から着手したい新テーマもある。それらを考慮の上、今年書こうと計画している記事は、次のようになる(時系列順)。

  1. 電力会社が原発導入前に実施した初期研究の検証(新規)
  2. 改良標準化・炉形戦略の検証(新規)
  3. 東電によるPAの検証(継続)
  4. 福島事故前のAM策の再検証(継続)
  5. 東海第二再稼働問題(継続)
  6. 時事問題(随時)

また、書いてきた内容を本(自費出版)にしてみたいとも思っているが、ネットのツイートに対する批判文とか、時事性の強過ぎる部分を手直ししたりする必要もあるので、とてもそこまでは出来そうに無い。ノウハウは皆無だしね。

それ以外は正直、議論の潮流を見て決めている。

例えば、原発避難や放射能汚染の問題では、私は独自に取材して見解を発表する程のリソースは使ってこなかったし、これからも、そうした問題を発信している人達の著作をフォローするのが精一杯だと思う。

なお、現状の立場だが、避難の問題は各告訴団や子供被災者支援法の側を支持。放射能汚染も御用PA屋のデタラメ安全論に与するのは論外だが、極端な反被曝やECRRをそのまま支持するには躊躇いがある。ただし、それらを強く主張する根拠は持っていないので、安易な分断的コメントは避け、比較的明瞭な御用PA達の発言や行動について批判側を支持している。ここで言う御用PA屋とは、福島県立医大、中西準子、長谷川三千子、中川恵一、竜田一人、GEPR等のことだ。恐らくこれは、普段私のブログに興味を持ってくれている人達とそう変わるものではないだろう。

【政治・社会問題】

原発事故には関係のない、安倍政治の暴走であるとか、男尊女卑等の問題なども同様。他山の石として教訓化するため、フォローしていく位かな。私自身の経験談や、書評と言う形での紹介などはあるかも知れない。

【記事にはしない閑話休題】

私自身はそれほど意識高い系という訳でもない。自宅のテレビのチャンネルが民放のバラエティやワイドショーになっている時間も多い。勿論それらを鵜呑みにしている訳でもないが、余りRTされていないコメントでも、意識高い系が事実でないことを根拠に社会批判をしているのを見かけると、それは違うだろと思うことは結構ある。

(以下、敢えて匿名化)

正直、反原発であっても、やり過ぎだと思う時はある。ネット右翼がまとめるTogetterは大抵汚物扱いされるものであり、そう思われて当然なのだが、関電の原発だかが再稼動された時、「事故が起きればいい」と呟いた反原発アカウントを集めたまとめは中々の眺めだった。「軽微な」と逃げを打つ知識人もいたが、まぁ、ある種の要注意リストとしてはデマリンVSオノデキタ氏以来の役に立つ内容であった。誰が我欲石原なのか、よく分かったし、そんな奴はいないという類のコメントは全く根拠の無いものだ。

原発以外だと例えば、年末年始にやっていたヒットドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の再放送に対して、森山みくりに個室を与えようとしていないのは日本の男尊女卑起因の因習に由来するから平匡は趣味の模型を捨てられてもしょうがないというような批判。原作2,9巻を読めば分かる通り、本当の婚姻関係に進展する過程で平匡は個室を確保するために2LDKへの引っ越しを計画しており、間違いである(ドラマも同じ)。その計画は色々な出来事が進展する中で中断されていただけであり、加えて1LDK時代も、みくりの私服は共用スペースのクローゼットに収納されていた。後平匡って物欲的には趣味らしい趣味無いよね。

この様な問題は2016年の映画『この世界の片隅に』でも散見された。例えば、原作にはあった太極旗が削除されているから不当だとか(実際は削除されていない)。他には、主人公のすずが知的に劣っているのが慈しむだとか、反対に差別で不快だとか何とか。残念だが、あの程度のうっかりミスは健常者でも見られるものである。『フォレストガンプ』と違って作品の本質的問題点には繋がらない。そもそもすずが知的に劣った人間としてデザインされてるとも思われない(演者も)。そんな前提を導き出せる人はどういう立場であれちょっとおかしいんじゃないの。大体責任能力無かったらあの映画をネタにした「臣民」「普通の日本人」の戦争責任に関する是非の議論が根底から成立しないだろう。

誰だか忘れたが、彼女が作中行なっていた和服の仕立て直しが劣った人間のすることであるかのようにうそぶく者がいたが(その作業を女性にのみ押し付ける社会は問題だろうが)相応の服飾家政学的技術を要する。そんなことをネタにしちゃった一部リベサヨははっきり言ってバカだよね。過去に森喜朗など保守政治家の語学力をあげつらって盛大なしっぺ返しを食らったのに、相変わらず意識が高いだけの名誉白人は同じことを繰り返す。なお、私は技術的側面やクラウドファンディングを除き、あの映画をさほど評価はしていない(言及はしてこなかったが、過去記事を読めば大体分かりますよね)。

よくある、Wikipedia日本語版の思想的粗を探してくる「風習」も同じである。確かに当該の記述は右傾的な偏見に満ちているのかも知れない。その手の加筆、今より遥かに右翼だった頃を含めてほぼ100%関わってないから、まぁそうだろうなと私も思う。ただし、「そこに挙がっている文献名を確認する位ですね~」というスタンスすらすっ飛ばして「信じません」と言った口が、別の場面でWikipediaで情報を引いてくるのは何なんだろう。彼等が一様に口をつぐむのは、例えば、自分の無知や異論を突き付けられるからあのサイトが嫌いだという原初的な嫌悪感だろう。誰しも多少は持つ物だ。それに、古参の書き手側は、まぁ、GAやFA判定を受けていたり、情報の出所が遺漏なく記載されている記事を良記述だと持ち上げると、荒らしが壊しに来ると思っているのかも知れないが。

なお、私自身ここ数年は編集に参加していないが、よく当ブログで引用する添田孝史氏の著作を出典に追記しようとは考えてこなかった。それは筋をばらさない方が商業上プラスだったからだ(公正性の観点からは、書かれるべきだろうとは思う)。

学者や公的組織が積極的に関与しているから英語版は凄いという評価も眉唾だと思っている。日本でそれを愚直に実行しているのが土木学会だという事実を示すだけで当ブログの常連には十分だろう。アメリカでも役所系が協力する例はあるようで、利益相反面からはリスクがある。そもそも意識の高い人から透けて見える「何も考えずにそのまま貼り付けていいサイトがあれば躊躇なく利用するという姿勢」自体が問題の根本にあり、彼等の批判対象である右傾化した知識人と同じく、棍棒としての用途だという事が垣間見える(面白いけど本質が科学奴隷な人に多し)。

そういう人物は通常、目的外利用者と呼ぶ。特に右派リベラル。菅野完の記事から正当な出典ごと暴行事件の話が消えても完黙してるのは何故だろう。あの規模の意図的削除は日本語版でも珍しいのだがねぇ。まぁフェミニストの中にも「自分の好きな白人の芸能人ならDVやってても作品消費OK」という内容をツイートした人がいる位だから、原理的矛盾を平然とやってのける輩には今更驚きもしないが。それまでの「クソオスは社会から抹殺」な主張を根本から覆すほどの破壊力だったが、周囲のお仲間は黙ってRT。菅野氏も英番組『TOPGEAR』でジェレミーが語ったように、ジョージ・クルーニーと改名すれば良かったのかも知れない。数ヶ月経たず、彼女等が敬愛するハリウッドで告発運動が始まったが、追放されたプロデューサ等に対して何人が同じことを語れるかは大変見ものである(私は、日本でも山本圭一のような人間をある種の盾に使う吉本クソオス芸人は追放されるべきと思っているのだが。ま、吉本なんて定義に従って追放し続けたらあっと言う間におしどりさんの個人事務所になっちゃうだろうけど)。

まぁ、事をあまり荒立てない方がいいので、これ以上の言及は控えるが、彼等以上にアホだなと思ったのはかつてWikipediaにネタを取られると愚痴をこぼしていた石本某氏がYahooで一次資料汚染を主張し始めた時位であるとは言っておきたい。

余暇時間に費やす純粋な趣味についても書いてみたいが、中々難しいだろう。精々本や映画の感想位だろうか。本当は無難な?趣味として鉄道や国道探訪もあるのだがねぇ。

2017年4月23日 (日)

【フェミもネトウヨも】スイスの鉄道の10年以上前にPC対応キャラを登場させていた鉄道むすめ【上辺だけ】

以前、【みぶなつき】駅乃ちかこ萌え路線で炎上した鉄道むすめ【あなたは多分偉かった】という記事を書いた。

2016年秋、トミーテックが鉄道各社と打ち合わせた上で商品展開している「鉄道むすめ」に東京メトロの新キャラを登場させたところ、絵師の伊能津がエロゲー的描写を露骨に持ち込んでネット炎上してしまったという事件である。

この時は主に擁護する側が表層的で毎度おなじみPCに対して感情的に反発するだけという反応を示していたので、みぶなつきの場合はより実態に近い姿で商品化してきたことで、炎上を起こさなかった事実を紹介した。

今回はその延長戦として、スイスのレーティッシュ鉄道が萌えキャラを採用し、フェミニストとネット右翼がこぞって賞賛するという出来事があった。

スイス最大級の私鉄が欧州で初めて日本の萌えキャラを正式採用「マジか!」「スイスはじまったな」

スイスの鉄道萌えキャラは「みちかと違う」のか?「まなざし村」的には正しいのか?

一言で言えば、そこで騒いでるネトウヨは鉄道むすめを商品として購入したこともなければ愛着も無いであろうこと、対するフェミニストは過去色々批判されてきたように本質は自分を洋画に投影した名誉白人に過ぎず、舶来ブランドの時だけ珍重する傾向が露骨に出てしまったと言える。勿論どちらもTwitterではしゃいでいる人達の事で、特定の主義思想に染まっている全員に該当するとまでは思わないが。

togetterには収録されてないが、フェミニストとしては比較的マイルドなこのざまんぐ(@konozama347890)氏が積極的に引用していた。多分彼女等の間ではほぼ共通認識なのだろう。

しかし、スイスの鉄道がこのようなコンセプトで臨んでから好意的に取り上げる辺り、彼女等の日本観は歪んでいる。後からもっともらしい理論武装をしても、最初で躓いてるので無駄。何故かと言えば、マニッシュなキャラ(端的にはズボン姿)は10年以上前に登場させているからだ。そもそも、鉄道むすめは10以上のシリーズを重ね、数10名から100名前後のキャラクターが登場している。従って、容姿のバリエーションもそれなりに多様化しているのだが、それを知っていたら、スイスのデザインを見てむしろ「後退」したとすら主張していたのではないだろうか。

その後、更にマニッシュさが増した事例が下記だが、これも9年程前に登場している。

Tm31_asakurachihaya

朝倉ちはや(鉄道むすめシリーズVol.6より)

駅野ちかこにしても、姿勢を職業人らしく修正すればシリーズを展開する側から見て、事は足りることを上記の例は示している。

朝倉のようなキャラクターはPC対策を意識した面もあろうが、リアリティを持たせた結果、より現実の日本社会を反映されたことが大きい。基本的には実在事業者の制服を再現しているに過ぎない。制服がマニッシュであるかどうかは、事業者次第ということだ。特に乗務員を対象とした場合はズボンの比率が高い。

東武の場合、駅係員が登場しているが、制服刷新時にズボンに変更し、等身を見直している。

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栗橋みなみ(鉄道むすめシリーズVol.8より)

栗橋みなみ(鉄道むすめシリーズVol.2より)(旧制服)

彼女等とスイスのキャラを比較し、後者が再現性・PC上劣っている点を列挙すると次のようになる。なお、アートに係る部分は評価ポイントにしていない。

  • 何か動作をしてる訳でもないのに内股である。
  • 制服が非実在。お洒落のために制服を創作・改造するのは萌えアニメの特徴だが、それ以前から女性でもそういう願望をコメントする方をネットの内外で見聞したものだ。
  • 髪が腰まであり、服務上巻き込み危険がある。日本なら恐らく美観上も問題視され、「服装の端正」を運転安全規範10項に組み入れている西武ならば即乗務を外されるレベル(最近同社現業職と話したが、相変わらず厳しいそうでご苦労なことである)。なお、フェミニストが軽蔑するであろう『出発シンコー』には巻き込み危険について啓発した回が存在する。
  • プロとしては謎の敬礼ポーズ。二の腕が上過ぎ、親指が揃っておらず指先も内側過ぎる。何かの動作中でもないのに全体として崩れている。イベントで頭の軽い若手女優が一日駅長をしているような。事業者によっては打ち合わせ時に敬礼動作も教えるから場合によっては一日駅長以下だな。
  • 評者が考える「受け手側へのメッセージ」が時代遅れ。「女の子も車掌さんを目指していいんだよというエンパワメント」を目的とした女性鉄道員採用活動など、2000年の雇用均等法改正による深夜労働解禁以来、リクルート活動等で幾らでも行われており、昭和鉄道高校、近年では岩倉高校(いずれも専門校)も受け入れ態勢を整えている。今更人形の出る幕は無い上、出すなら朝倉や栗橋のようなスタイルが正当だろう。
  • 極初期のシリーズを除き、等身は現実に近くなるようにデザインされているが、スイスのキャラクターは概ね1等身低い。なお、初期のシリーズは等身は低かったが手足等もデフォルメされており、全体としては成人女性の印象が与えられているが、スイスのキャラクターは単なる少女のようにしか見えず、身長制限で車掌が出来ないのではないかという不安すら抱いてしまう。

特に受け手認識の件。2014~15年頃Twitterなどで批判の的になっていた、「同僚へのお客汲み」が、21世紀にはほぼ絶滅していると分かった時、一転して「あんなものはもう絶滅した」などと合いの手を入れる現象があった。雇用におけるM字カーブの犠牲者が家で騒いでいたのかなと思っていたが、この件も、それに近いものを感じる。

なお、アートな部分の評価とは「全員ではないにせよ多くのキャラクターには製作側の『本物の女性鉄道員』に対する真摯なリスペクトと期待が滲んでおり、現場での受けも私が聞いた範囲では悪くは無いこと」「3次元化した際に破綻しないようなデザインへの留意が必要であり、基礎的なデッサン力を要すること」である。

あるフェミニストによるとスイスのキャラクターは次のように見えるらしい。

ルーズな制服は警察官や自衛隊員同様、採寸の際に推奨される。軍装ゴロと仲の良い筈のネトウヨは何故突っ込まないのだろうとは思うが。だから、リアル側に振ればバストの大きな人以外は上記ツイートの通りとなる。しかし「はつらつとした表情でぴしっと敬礼」とは何の冗談だろうか。洋画のイケメン軍人はフォーマルな場であんなことやってるのか(笑)。頭の花もスイス製とくれば無視することを含めて、こういうのをダブルスタンダードという。

そういった点を考慮すると、みぶなつき氏の絵はありそうな動作を元に創作しており、リアルさも客先に応じて振り幅を持たせるなど、やはり水準が高い。スイス人が絡んだから誉めてる連中には物を見る目も、商品について理解する能力も、調べる力も無い。キャラ紹介を見ることすらしていない。

彼女等をバックアップしているインテリ連中も同様だ。例えば2016年の映画『サフラジェット』のエンドロールには女性参政権付与国リストが出てくる。だが、その出来栄えが適当過ぎ、本編での感動も興ざめであった。具体的にはアジア圏の記述がほぼ無く、当ブログ記事執筆時点でWikipedia英語版以下。ちなみにに日本語版のアジア圏の記述は英語版に無い国複数への言及がある。フェミニストに加え、英語版盲信者が目を塞ぎたい不都合な現実といったところか(どちらにも記載が無いのは北朝鮮。男女共に実態は奴隷だが、形式的な話を言えば存在している)。しかしそんな映画のリストですら、スイスの参政権付与は日本よりもずっと後だったことを明記している。スイスは日本語の情報源が少ない国だが、かの地の女性観を考える際、このことは恐らく基本認識だろう。ヨーロッパなら何でもチャラになるのだろうか。

少なくとも鉄道むすめシリーズに一円も投資したことのない私すらこれだけ指摘出来てしまうあたり、両者はつくづく無能だ。

コラム
そういえば、2000年代後半に放送されたNHK『熱中時間』の鉄道熱中人特集回も、最初に登場した女性オタクは腫物だった。どう腫物だったかというと、趣味が男性駅員の後姿撮影だったことである。鉄道マニアをギャラリーとしてスタジオ収録に参加させる番組だったので、渋谷に行った私の後輩が臨場感たっぷりにその様子を語っていたが、彼女の紹介になった途端、ギャラリーを含めてスタジオが凍り付いたという話を覚えている。確かに、ちきささ氏言うところの「公共の」番組に出すような代物ではなかったね。性別が逆だったら当時の開明的なNHKでも即ボツ企画だっただろう。

PCについては更に付け加えておこう。鉄道むすめは(少なくともみぶなつき時代は)事業者に配慮して再現性などに拘っていたが、それでも参加を見送った社は数多い。JR本州3社、大手民鉄などは参加していないか、現業職の登場を控えている社がかなりある。それはそれで、PC的にも一つの見識である、と取ることも出来る(「偉い」とまで言えるかどうかは、また別問題だ。)。

また、参加した大手民鉄を見ても、東武、小田急、西日本鉄道などは他社に比較しても現業職の性的ニュアンスが抑制されている。ここに彼等のプライドが垣間見える。それに比べると、東京メトロは社会的影響力の反面地方民鉄以下のPC対応だった訳で、確かに脇が甘い。

コラム
鉄道むすめは企画の発想自体はそこまで悪気を感じるものでもない、と思うところもある。PCの問題で炎上する前は、地域振興の件で御大層な説教をインテリから受けてきた。そういう批判を受けながら、地方民鉄や3セクが鉄道むすめとコラボレーションして集客に尽力してきた事情を多少は知っている。批判でよく覚えているのは、JTBの鉄道未成線シリーズで知られる森口誠之(とれいん工房主催)。結局関係者から「我々は収入確保に必死なんです」と反論されていた。

地方民鉄が苦境に陥っているのは大都市への人口集中、総人口の減少、新幹線開通による在来線切り離し、国庫助成の先細り、車社会等構造的要因があり、仕方ないことではある。だが、それを大都会に住む者が上から目線で小馬鹿にする醜態は見苦しく、不快なものでしかなかった。まともな萌えキャラ、ゆるキャラを使って何年かでも延命につながるのなら、それが苦境に陥ってる当の事業者にとっては、実行可能な数少ない施策となる。軍隊と結びついた連中と違って、外交や歴史に対する弊害も少ない。地方民鉄に社会制度の変革を要求するとか何を夢見てるんだろうあのバカは、と思ったものだ。

なお、同時期に炎上した週刊少年ジャンプの女性トイレロゴが過度に性的にデザインされた件については、弁護する余地は少ないと考える。大衆性のある雑誌で影響力の問題は否定出来ないし、何より社内で実用しているのはNG。下手をすると80年代にラブコメ路線へ転換する前の編集部より頭が軽くなっていやしませんか、とは思う。

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