日本で接種することが出来ないワクチンについての一考察
当記事は「ワクチン接種に明け暮れた1年」の続きである。
欧米とのワクチンギャップ(任意・定期接種化されたワクチンの少なさ)をほぼ解消したとされる日本だが、潜在的なワクチンギャップは、まだ存在するのではないだろうか。
今後、日本で接種可能な(外国製)ワクチンは増やしておくべきだと考える。
理由は、南北に長い国土と多彩な四季が、様々な感染症の元になっている風土に加え、温暖化影響が加わっていること。国際化の進展により、人流が飛躍的に増え、コロナ禍で伝播性の高さを実証したこと。各国の食習慣が持ち込まれたりジビエ食振興で複雑多様化したこと。予防接種の発展によって医療費の抑制を図る段階にきていること、などからである。ジビエを食してE型肝炎となり、1~6週間入院するといった事態は、今後許容されなくなっていくだろう。また、安全保障上の問題もある。
国は、厚生労働省に審議会を設け予防接種施策について随時を検討を進めているほか(一例として2025年3月のスライド)、重点感染症をピックアップし、三菱総研など民間シンクタンクに依頼し「国内外の感染症治療薬開発動向等調査」をまとめるなどして開発中のワクチンについては把握に努めているが、既に上市されて年数の経ったワクチンについては、あまり関心を持っていないように見える。また、この調査を見ると当時P3治験に進んでいたワクチンは、承認済みの他社製品が存在するものばかりで、当該の感染症で新規に開発中のものはP1,P2治験が大半であった。2020年12月、m3に「ウイルス感染症ワクチンの開発成功率は10%」というニュースが流れており、P1に多数の治験が並んでいても、上手くいかなければ製薬メーカーの開発パイプラインから消えていくことが、統計的にも示されている。
なお、この調査後2025年、長崎大はmRNA技術を用いてSFTSワクチン開発着手を表明するなど(リンク)、新たな開発計画も出てきている他、国立医薬品食品衛生研究所では「臨床開発中もしくは既承認のmRNA医薬」の一覧を随時更新している。それぞれがピックアップしたワクチンは重複もあるが、被っていないものもあることに注意。
一方で、医療従事者用の感染症に関する専門書籍は多々あるのだが、高額なものを除くと網羅性はやや欠けており、渡航時の接種についても、あくまで日本の医療体制が及ぶ渡航前接種がアナウンスの中心となっているように感じる。
ネットを見ると、外務省は「世界の医療事情 地域別 ワクチン接種施設」にて、各国の医療情報を提供しているが、渡航先の各国で直近数年に認可されたワクチンは十分情報更新できていない様に思われる。典型例が認可の増えている手足口病エンテロウイルスA71用とデング熱であろう(これについては、各国の法制度を熟知した上で掲載していない可能性もあるが)。また、遺伝子組み換え技術を用いたワクチンについては、カルタヘナ法によりトラベルクリニックが常用する個人輸入も規制されている。
上記のような背景を示した上で、以下に、厚労省検疫所が案内している「海外渡航のためのワクチン(予防接種)」を列挙してみた。
- 黄熱
- A型肝炎
- B型肝炎
- ポリオ
- 狂犬病
- 日本脳炎
- 髄膜炎菌
- 麻しん
- 風しん
- 破傷風
- インフルエンザ
- ダニ媒介脳炎
- 腸チフス
種類は限られており、日本国内で定期・任意接種となっているものが大半である。また、地域別と言っても、第三世界であれば腸チフスを追加する、或いは、南米とアフリカ中部であれば黄熱を追加する、という程度の変化に限られているし、多様な感染症への対応が出来ているとは言い難い。
更に酷いのは網羅性の不足で、日本および世界各国で接種可能なワクチンとして10種類が抜け落ちている。代表的な民間クリニックであるトラベルクリニック東京の一覧と比較すれば、その差は一目瞭然である。
- ジフテリア
- おたふくかぜ
- コレラ
- Hib:2008年日本で承認
- 肺炎球菌:2010年代以降普及
- ロタ(幼児用):2010年日本で承認
- 帯状疱疹:2018年日本で承認
- HPV:2010年代以降普及(接種控え時期あり)
- コロナ:2021年以降
- RS:2023年以降
しかし、これで全てではなく、世界を見る、他にも一般に接種されているワクチンが複数ある。
そこで以下に、上市済みのものから、ハイリスク者への勧奨や渡航前接種を可能にすべきと思われるワクチンを示す。これらはトラベルクリニックでも接種は不可能であり、特定国でのみ接種されている、或いは過去に接種されていたものである。なお、モダリティ(不活等、ワクチンの種類)については特に考慮していない。
- デング熱:4血清型に対応する遺伝子組み換え弱毒生ワクチン、Qdengaを武田薬品が開発。20か国以上で認可。2014年に代々木公園でアウトブレイクして以降、温暖化で定着が危険視されている。第4類感染症。
- 手足口病(AV71orEV71):2016年に中国で認可。任意接種(リンク)。その後タイでも認可。2023年には台湾でも認可(リンク)。エンテロウイルスは他にD68などの亜種もあり、全タイプに対応している訳ではない。日本でも流行はあるが、中国・東南アジアでは度々流行し、重症化傾向のあるEV71については幼児向けとしてワクチン開発に至った。第5類感染症。
- プール熱(アデノウイルス):血清型は多数あるが、4型と7型についてはワクチン開発され米軍で接種している(リンク)。第5類感染症
- E型肝炎:動物由来。2010年に中国でヘリコン認可。有効性8.5年とされる(リンク)。中国以外ではパキスタンで認可したのみ。他、2022年の南スーダンを皮切りに、国境なき医師団により紛争地域での接種例あり(リンク、リンク)。ジビエ等でも警戒される。第4類感染症。2014~2021年の報告例によると、近年日本でも増加傾向(リンク、リンク)。
- Q熱:動物由来。オーストラリアでは畜産業従事者をハイリスク層として接種(リンク)。第4類感染症。
- 野兎病:動物由来。病原体はBSL2施設を要す。1950年頃、ソ連にて年間1000万人に弱毒生ワクチンを接種し現在はその改良株がある。現在も米露で一部ハイリスク者に接種(リンク)。第4類感染症。本邦での発生はほぼ無くなっているが(リンク)海外の北緯30度圏ではある。
- レプトスピラ症(ワイル病):動物由来。ヒト用は、かつて農業従事者に接種(リンク)。2009年の厚労省資料のPDF15枚目には、まだ掲載していた。第4類感染症。
- 腎候性出血熱(ハンタウイルス,HFRS):4類感染症。東アジアを中心にユーラシア・北米・南米でも発生。ネズミを通じて媒介(リンク)。日本では長らく発生していないが、港湾のドブネズミからはウイルスを検出(リンク)。中国・韓国ではワクチン開発済。近隣国との人流の太さを考慮すると、黄熱の様に、渡航用として三大都市圏の一部医療機関で扱う程度はあってもよいのではないか。1990年代に米軍がワクチン開発したこともあり、その着想の方向性に倣うのであれば、自衛隊関連での扱いも検討すべきだろう(リンク)。日本では、北海道大で2001年から2003年に遺伝子組み換えワクチンが研究された。(リンク)
- 天然痘/mpox:1976年までは日本でも天然痘ワクチンを定期接種していたが、世界的撲滅により以降はなくなった。天然痘は第1類感染症であり、それゆえバイオテロのリスクを指摘されている。現状承認されているワクチンはいずれもmpoxと交差免疫あり。三菱総研の調査に記載されている品目の他、2022年にロシアも天然痘/mpox用ワクチンを開発・承認している(リンク)。mpoxは第4類感染症だが、流行国は多いので渡航前接種可能にする意味はあり、性感染症として国内でのアウトブレイクが発生した場合も、トラベルクリニックで接種可能なら対応力は高まる。
現在はmpox用ワクチンが米加で接種。米国の場合、第二次トランプ政権前の話だが、CDCが17歳以降の接種スケジュールに、性感染症対策として記載していた(リンク)。KMバイオロジクスはLC16をmpox対応用として2022年厚労省より効能追加の承認を受け(リンク)、2024年、コンゴに提供したことがある(リンク)。一時期、一部トラベルクリニックで接種受付の旨記載されていたが、現時点では特定の医療機関で研究の一環で接種をしているという、予防的には残念な状況にある(国立成育医療センター、リンク)。研究とは、MSMへの接種を通じて安全性を確認することと、参加しているクリニックの説明にある(リンク)。生ワクチンのLC16は有効性が高く見込まれるが、海外製の輸入と並行しない姿勢には、疑問の声もある(リンク)。 - エボラ出血熱:ザイール株に対応したワクチンのみ上市。他にスーダン株などあるがワクチンは未開発である。第1類感染症である以上、アフリカ中部への渡航前に、接種出来る体制が適切と考える。後述の様に、アフリカへの経済進出等を強化している中国は、エボラワクチンを自国開発済み。駐在員・移民・現地民への提供用と思われる。
比較的著名なものはワクチン上市の根拠リンクを貼っていないので、各自調査のこと。
なお、上記のリストからも除外したワクチンがある。
- マラリア:GSKにより2021年にワクチンが上市されているが、有効性が低いので除外。短期滞在であればこれまで通り、マラロン等の予防服薬になるだろう。今後の後発品による成果が待たれる。
- チクングニア熱:2025年に米欧でVLPワクチンが承認(リンク)。米国立衛生研究所に勤務していた赤畑渉氏の技術を元に、デンマークのババリアン・ノルディック社が製品化(リンク)。リアルワールドでの実績はこれからであり、まだデング熱・マラリアほどは蔓延していないため今のところは除外。良好であれば2020年代後半には本邦でも輸入について検討すべきだろう、と思っていたが、2025年6月末より、トラベルクリニック東京では早くも取り扱いを開始した(リンク)。よって、課題は今後の輸入ではなく、日本の厚労省による承認にシフトした。
- 南米出血熱:1979年、アルゼンチン政府と米陸軍により弱毒生ワクチンが開発済み。アルゼンチン国内で26万人に接種実績あり。2012年、厚生科学審議会感染症分科会にて病原体管理規制から本ワクチン株を除外する旨の審議が為された(リンク)。1類感染症でもあり、国立病院機構等、黄熱以下の限られた場所にて、渡航者向けに接種可能なように準備はしてよいかも知れない。
- 東部、西部、ベネズエラウマ脳炎:ワクチン開発済みだが、北米・南米でも研究者向け以外の接種はなく、除外(リンク)。
- リフトバレー熱:アラビア半島からマダガスカル、サハラ以南のアフリカにて流行。4類感染症。不活ワクチンが開発されているが、承認も市販もされていない。ハイリスクな獣医師等に試験的に接種(リンク)。日本はアフリカとの関りが他地域に比べ希薄でもあり、除外。
- ペスト:生物兵器対処用であり、防衛の観点からの備蓄・法整備に係るもので、日常接種としては除外。1994年に米国で導入されたことがあるが(リンクPDF17枚目)、有効性に疑問符を持たれたことも理由(リンク)。厚生労働省のバイオテロ研究班によると、既存の感染研製ホルマリン不活化全菌体ワクチンは腺ペストには有効であるが、肺ペストにはほとんど効果が認められないとのこと(リンク)。新規ワクチン開発後、バイオテロ用に備蓄する方向性が良いと考える。
- 炭疽菌:生物兵器対処用であり、防衛の観点からの備蓄・法整備に係るもので、日常接種としては除外。
また、安全保障の観点からは今後も自衛隊は農村・田園・山林地帯での作戦行動は重要なため、動物由来感染症対策として必要なものを再度選定し、接種できる体制の構築が望ましいと考える。PKOの派遣実績が出来、また地下鉄サリン事件があった直後の1995年5月、「陸上自衛隊予防接種等実施規則」が定められ、以来数年おきに改訂されているが、第3条の予防接種等を行う疾病は、1990年代の水準のままである。第4条では定期予防接種として全隊員に破傷風、医療従事者にB型肝炎が定められている。
現状認可されているワクチンだけを取っても、打っておくべきものは色々ある。普通科隊員などは、道具類の一部を自弁する習慣があるようだが、衛生面においても、プライマリケア学会のキャッチアップスケジュールなどを参考に、(出来れば入隊前に)自主的に追加することが、当人の将来にはプラスだろう。もっとも、近年の若年層隊員は多数の接種を幼児期に行っているので、入隊後の負担は少ないかも知れない。なお、自衛隊員は体力のある男性の集まりでもあり、実態として風俗利用に関する証言(悪評)も聞くが、性感染症ワクチンにおいても同様である)。
このような意識は意外にも、血液製剤による薬害エイズ事件の被害者にして著名な反ワクチン論者である、川田龍平氏の方が、議員としては先んじていたようである。川田氏は災害時の備えとして、一般隊員へのB型肝炎ワクチン、防衛大でアウトブレイクを起こした髄膜炎菌のワクチン接種について質問したことがあるが改正には至らなかったようだ。2025年参院選は落選し、反ワクチンの弊害が目立っていたので同情もしないが、触れておく。
現状、日本で打てないワクチンについては尚更である。防衛省は2002年「生物兵器対処に係る基本的考え方について」を明らかにし、その中で「予防」という節でバイオテロまで見据えてワクチンの確保の重要性を認識している。天然痘ワクチンについては、この時点で所要量を確保したが、mpox蔓延時に短期間でハイリスク層に集団接種可能か、正規軍の都市攻撃に対して十分な量かなどの見直しは必要だろう。なお、防衛省の資料を読むと炭疽菌、ペスト用ワクチンなど当時、日本では認可されていなかったことも分かる。2009年に厚労省は「国内でのテロ事件発生に備えた対応について」という資料をまとめており、先の天然痘の一類感染症指定、医療機関への各種研修、都道府県の行動計画作成、医薬品の備蓄などを措置してきた。このように一定の進展はあるものの、ペスト、炭疽については20年以上経過した現在でもワクチンは未認可のままなど、課題もある(JIHS感染症情報提供サイト、ペスト、炭疽は共に2025年5月更新)。
生物兵器対処能力の獲得だけでなく、野戦環境への適応も同様である。私は昔ミリタリーマニアだったものの、軍事の実務知識は持っていない。だが、環境省が狩猟者向けに作成した「動物由来感染症について」という注意書きには、8種類の感染症が列挙されている。山林で活動する陸上自衛隊員にも感染リスクはそのまま当てはまる。一方で現在日本で使用可能なワクチンでは、8種類の感染症を一つもカバーすることが出来ない。
しかし、上記に列挙したワクチンが使用可能であるならば、E型肝炎、野兎病、レプトスピラ症、Q熱の4種類は防ぐことが出来る。実戦は演習よりも作戦期間が長期化し、疲労による免疫力全般の低下と不衛生から感染リスクは上がり、予防接種の重要性は増すだろう。近年は海外での共同演習も増加しており、米・豪など、先進国レベルの医療水準を持つ国に渡航した部隊には、日本国内での未認可ワクチンを接種することも、弥縫策として検討に値するだろう。
仮想敵たる人民解放軍の場合、人命を濫費する姿勢は過去のものとなりつつあるが、軍とワクチンについても例外ではなく、中国のアフリカへの経済進出に際し、エボラワクチンの開発に関わり、2017年に承認されたという(出典は人民網やBloomberg)。有効性や質の問題はあるかも知れないが。このほか、森林・山岳戦の特殊部隊などには、世界的に普及しているB型肝炎などの他、ハンタ、E型肝炎や旧ソ連圏の技術である野兎病、労働党政権時代に友好関係にあったオーストラリアからQ熱ワクチン程度は入手の上、接種しているのではないかと推定する。創薬技術の関わりについては2021年の「中国のCROも注目するオーストラリアの臨床開発環境」という記事が示唆している。
なお、松田健輔事務所は、2025年6月に公布された中国人民解放軍実施「中華人民共和国薬品管理法」弁法の翻訳を載せているが(リンク)、そこには戦備医薬品備蓄制度についての記載があり、定期接種対象は不明だが、ワクチンの調達に関しても、相応の準備をしていることが分かる。主要政党に少数とは言え反ワクチン論者を抱え、党がまるごと反ワクチンの参政党が跋扈する日本とは、対照的にさえ思える。
と、ここまで色々紹介したが、私の独断によるリストアップなので、今後追加・修正はあるが、参考までに。
定番の反論として考えられるのは「流行していない(清浄国)なので不要」というものだが、先にも述べたように今後清浄国であり続ける保証はどこにもない上、狂犬病ワクチンのように清浄国でも接種されている例はある。また、手足口病、E型肝炎、プール熱、Q熱、レプトスピラ症などは(少数のものもあるとはいえ)毎年発生している。そして繰り返すが、ハイリスク層の存在を意識しているから、このような提言を行っている。
当然だが、「知らないワクチンだから開発中の品だ」と勝手に決めつけるのは論外。他、よく議論の的になるのは、ワクチンを接種しない自由だが、反対にワクチンを接種する自由については、標準医療を支持する人達も、無条件に種々の大して意義もない限定をしてしまっているのではないかと思う。
2025.7.23:全般的に追記
2025.8.5:チクングニア熱ワクチンの輸入開始を追記



