東電原発事故4訴訟、最高裁統一判断に見る草野裁判官の奇妙な議論
2022年6月18日、生業訴訟、千葉訴訟、群馬訴訟、愛媛訴訟の通称4訴訟について、最高裁で原告敗訴の統一判断が下された。
色々な問題点を含むものなので既に批判記事も何本か発表されている。主たる論点はそれらに任せるとして、私が気になったのは草野裁判官による賛成側の付帯意見である。
私のブログに酷似した内容が記載されているので、そのことについて(厳密に)検討しておきたい。後半では最高裁判決の影響力を無効化するため、どのような事実を主張すべきかも指摘した。
草野裁判官の意見は判決文の17頁以降。要約すると東電が2008年に社内で想定した地震津波(推本地震津波)が、何の対策もしていない福島第一原発を襲ったと仮定しても、大したことないので事故は避けられた、だから国に責任は無い、という主張である。
【1】問題の部分
酷似しているのは以下の2ヵ所である。
(1)けだし、本件長期評価が想定している地震は明治三陸地震と同規模の地震であるところ、明治三陸地震によって生じた東日本各地の震度は最大でも震度4であるとされており、震度4の地震によって上記の送電に支障を生ぜしめるほどの損壊が外部電源の設備に発生するとは考え難いからである(19頁)
(2)(例を挙げるならば、本件仮定の下においては電気設備類の一部が浸水した状態で外部電源から本件各原子炉施設内に電力が供給され続けた可能性があるところ、その過程において、浸水した電気設備類の内部配線等がショートして火災が発生した可能性がないとはいえない。)。しかしながら、このような新たな事実の発生可能性について推論を行うためには、その推論を基礎付ける具体的事実の摘示が不可欠であるところ、原審の認定した事実の中にそのような具体的事実を見出すことはできない。(25頁)
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/242/091242_hanrei.pdf
要するに、地震の規模を小さくしたら、外部電源は壊れないので受電したまま浸水し、火事になってそれはそれで危険だったかも知れないけど、そんな話は原告・被告の書面や証言には無かったよね(=だからやっぱり国に責任は無い)、という意見である。
私のブログの該当記事は次の通り。中盤の次の部分である。
【外部電源が生きていたまま津波で浸水した場合、福島第一でも火災が発生した可能性がある】
以上、只の昔話ではないことが分かったと思うが、今日的な問題提起としては2つある。
一つ目は福島原発事故分析の盲点。2016年頃までホットな話題だったのは、大津波の想定は確実だったのか、という予見可能性の問題だった。民事・刑事裁判が進んでから言及されるようになってきたのは、「想定できたとして、対策は間に合ったのか」という回避可能性の問題である。訴訟では、回避可能性も後知恵抜きで証明する必要がある(個人的には、原告側にそこまで完全な証明を求めることは酷だと感じているが)。
さて、有名な2008年の15.7m試算だが、その前提条件は福島沖で明治三陸地震と同規模の津波地震が発生することである。津波地震とは、陸上での揺れはそれほど大きくないが、津波の規模が大きな地震を指し、明治三陸の場合、沿岸での震度は最大でも4に過ぎなかったとされている。したがって、この試算では揺れは問題となっていない。
実際の福島事故ではまず震度6強の地震動で外部電源がすべて破壊されたが、もし外部電源が生きていたまま津波が襲っていたら、奈井江と全く同じ環境条件が成立し、電気室、中央制御室等で電気火災の危険が大きかった。これは、後述のように他の被災原発と条件が異なるからである。
2019年1月19日 (土) 北電火発が経験した浸水火災
http://iwamin12.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/heaf-ba67.html
そんなの誰でも知ることが出来る一般論だ、と片付ける向きもあるかもしれないので、以下、しつこいが周辺事情について述べておく。
【2】一般論で済ませられるほど普及した教訓だったか
(1)については、海渡雄一『東電刑事裁判 福島原発事故の責任を誰がとるのか』にて明治三陸地震の解説を数行記述した箇所に震度3程度であった旨の記述があるが、(2)について議論していない。それにこの本を使うのであれば、原告もしくは被告が証拠として採用する必要がある。
また、予見可能性の論争で福島沖の津波地震は多く論じられたが、(1)に類する表現は管見の限り見当らない。何故なら地震学的には雑駁な表現であり、訴訟で引用された学者等はそのような表現をせず、関心も日本海溝の付加体等に集中していたからである。
なお、(1)に関しては「明治三陸 震度4」でTwitter検索すると、地震速報の際にニュースで呼び掛けた例が幾つか上がってくる。だが「揺れが小さくても大きな津波かも知れないので海岸には近づかないように」といった注意喚起の文脈であり、揺れを過小評価するような使われ方ではない。
また、(1)について、判決文自体が大きな揺れを発生させるにはMw9が必要条件であるかように記載しているので2019年のブログ記事に加えて一点補足しておくと、Mw8クラス以下の地震で外部電源を損傷させる揺れを伴った津波地震は発生し得る。
例えば1994年三陸はるか沖地震では最大で震度6を記録、岩手県では発電所の275kV設備が震度5で損害を出している(日本電気協会規格『JEAG5003 変電所等電気設備の耐震設計指針』による)。この規格は、後半に過去の電気設備の震害について掲載した資料がついて
三陸はるか沖地震の規模はMw7.7のため、例えばMw8.2に規格化された東電の明治三陸モデルと三陸はるか沖の重畳・連結モデルを仮定しても、マグニチュードはMw8.3前後程度にしかならない。
なお、1978年宮城県沖地震は、震源が陸側に近かったため、揺れが大きく、一般建築物の耐震設計が刷新される契機になった。1981年の新耐震基準や先のJEAG5003というのはこの地震を教訓に定められたものである。
そして、東日本大震災前の推本による長期評価では、宮城県沖地震と日本海溝沖の津波地震が連動して発生するケースも想定したので、宮城県も2004年3月に結果を公表した第三次地震被害想定調査でこの想定を取り入れていた(「第2章 東日本大震災以前の事前対策」『東日本大震災 : 宮城県の発災後1年間の災害対応の記録とその検証』P56-58)。
(2)については、そもそも、奈井江火力発電所の知名度は高くはなかったと思われる。
火災と浸水の件は私が取り上げるまで、ネット上では僅かな情報しかなかった。そんな事情だから原発問題、東電原発事故に結び付けて論じたものは見当らない。
また『北海道火力原子力発電ニュース』というのは火力原子力発電技術協会の、北海道支部で発行されていた定期刊行物である。同協会は会員制で、入会するとHPで過去記事閲覧が可能だが、専ら電力関係の技術者による業界団体である。だから、東電原発の関係者や原子力安全・保安院の技術職が奈井江の件を知り、津波対策に生かすことは一般人に比べれば容易だった。
だが、協会の本誌は幾つかの大学図書館でも読むことが出来るが、各支部のニュースは国会図書館を含め納本されていない。私自身は古書市場で入手し存在を知った。部外者にはそういうハードルがあった。原発事故時に「私は文系です」と述べた国側関係者がいたが、彼の場合は技術職に尋ねるなどの道が本来はあったろう。だが、仕事で原発訴訟に関わる裁判官の場合、一般論としては工学系大学を出ている私以上の(環境的)ハードルがあるのではないか。
ブログを書いた2019年1月時点で4訴訟は第一審の審理が終わり、判決待ちか、一部の訴訟は第二審に進んでいた。その事情もあり、この事実を取り込むには証拠を補充する必要があったが、草野氏は(2)で「原審の認定した事実の中にそのような具体的事実を見出すことはできない。」としている。石狩川流域の出身者なら、電力関係者でなくても火災のことを覚えていたかもしれないが、もし草野氏が私のブログを経由しないで奈井江に関する情報を得ていたとしても、問題の本質は大差がない。
なお愛媛訴訟以外は準備書面等、何らかの文書をHPにアップしているので確認したが、私がブログで提示した事実を証拠を採用している箇所は幾つかあるものの、今回取り上げた箇所はなかった。いくつかの訴訟の担当弁護士とはこの件で確認・連絡も取ったが、やはりそのような事実は提示していなかった。
(2)に関しても、草野氏の主張は独自の考察としては、奇妙さがある。東日本大震災後は津波火災が注目されたが、それはもっぱら「水が引いた後に復電すると電化製品から火が出る」とか、「車が発火する」と言った現象を指す。洪水の後に通電を控える公的な注意喚起も多数あるが、発電所の数千ボルトの高圧回路を前提としたものではない。
発電所は火力を含めて簡単に止められない設備があるので、奈井江では通電中の浸水火災となったのである。また、数千ボルトの短絡によるアーク(火花)は一般家庭の100Vや200Vに比べて、遥かに大きく、配電盤での短絡事故は大抵爆発に近い。
実務家向けの定期刊行物『電気技術者』を読み返しても、2011年以降の数年は、震災復旧を含め、電気設備への浸水が好んで取り上げられる傾向にあったが、その中で火災に至ったのは2013年9月号「自家用電気設備の水害と対策」P11の、あるテナントの分電盤に浸水から盤を焼損した例程度である。勿論、すべての日本語文献をチェックできたわけではないが、電気分野に関係する他誌においても同傾向ではないだろうか。
上記の事情から、草野氏はネット検索で私のブログに辿り着き、その内容を参考に付帯意見を書いたが、奈井江火災という具体的名称やそれを福島事故と絡めて論じた私のブログは挙げなかったのではないか、と疑問を持っている。どのように「着想」されたのか、後述の事情からコメントし辛いかもしれないが、是非語っていただきたいものである。
【3】私が問題個所の下に書いたこと
なお、ブログ記事の酷似箇所の直下には、【15.7m想定を公式に採用していたら、福島第一は消防法令不適合となった】という節を設けていた。
詳細は当該部分に譲るとして、2007年中越沖地震の直後、柏崎刈羽原発は消防法違反で柏崎市から停止命令を受けた。大熊町・双葉町が推本想定を知れば、消防法を利用して是正を迫る決断の選択肢が出てきたことは容易に想像がつく。国や東電も、自治体がそのような動きを取る可能性を見越せただろう。
各地の訴訟で過去に提示された点を含め整理すると、推本想定を適用した結果、福島第一を停止し得たとされる法制的な根拠は、以下の1~3だが、4番目として消防法もある、ということだ。
- 2006年9月に改訂された耐震設計審査指針によるバックチェックに抵触すること
- 発電用原子力設備に関する技術基準を定める命令(省令62号)に抵触すること
- 自治体が安全協定をもとに運転への不同意を表明すること
- 消防法に基づく施行規則、火災予防条例に抵触すること(後述のように、これは私の誤解だったが、消防同意と消防計画には国の不作為は影響している)
非常用電源は建築基準法、消防法など複数の法令で別々に規制されており、それぞれの所管も違う。事情は原発でも同様である。それらに全て適合せねばならないため、このようなことが起きる。とはいえ、既に規制する法令(それに基づく規則、条例)はあったのだし、先の省令62号なども解釈にて消防法など他の法令を参照した構成となっている以上、水災害関連についてもそのような構成をとり、他官庁などと整合を図る必要は問われるべきだろう。
なお、地元の消防は査察を行う事ができるが、この制度は311の何十年も前から存在しており、解説書なども売られていた。
23/11/13追記:本件についてブログ執筆後、消防査察は日常的な火災予防に対するもので、自然災害は対象外とのご指摘を頂いた。しかしその一方で、建物の新築・改修の際には消防同意を要する。消防実務者向けの解説として、例えば『近代消防』1988年4月号に「原子力施設等の消防対策(20)」という実務者向け連載が載っており、P145~148の記述によれば、津波など出水の恐れがあるかを調べ、そこから導かれる想定より1m以上の土盛りをするように記載されていた。記事で示されているのは既往災害履歴であるが、政府や東電の推本に従った想定はこれまでの議論から同様のものと見なせるのは明らかである。よってバックフィット改修や新たな建屋の増築の際には、15.7m想定に基づき消防同意を得なければならなかったと考える。
また、中央防災会議の想定を元にしたとはいえ、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(2005年9月施行)の関係から、消防計画の作成などが求められていた。中央防災会議想定や本法が推本想定を元にしていれば、消防計画の面から見ても事故は回避できたということになり、国の責任はあると私は考える。
【4】奈井江火災の教訓は浸水防止対策の充実だった
また、私のブログ記事を最後まで読むとハード的には水密化の重要性を説くものとなっており「推本の想定が緩いので対策も緩くて良い」という草野氏の主張とは真逆のものである。
当時示したのは東電が編纂した『変電技術史』(1995年)第11章に記載された1977年制定「水害対策設計基準」だった。なお、株主代表訴訟の2019年渡辺意見書では2006年より中央防災会議に設けられた「大規模水害対策に関する専門調査会」の聞き取り調査が示されているが、東電は回答でこの基準を挙げている。
北海道電力の関係者が奈井江火災を振り返ったのも、目的は教訓の伝承であった。2019年のブログ記事で紹介した「台風の直撃を受けた奈井江発電所」(『火力原子力発電北海道ニュース』Vol.43,2000年)に記されていたのは組織の動きが主だが、1000名を動員し500年に1度の水害に耐えるようにされた旨の記述がある。その後に発掘した『北海道電力火力発電四十年史』(1993年)では、水密化など、更に具体的な復旧内容が記載されていた。
全景空撮。大物搬入口と思しき扉の脇に見えるオレンジ色の物体は自走式水密ゲートと推測。
草野氏の疑問を横に置くとしても、この内容は福島事故訴訟でのいわゆるドライサイト/ウェットサイト論や回避可能性を論じる際に重要な事実として提示する価値がある。
当時は泊原発をはじめとした大型電源もなく、北本連系線も1979年に運用を開始したばかりで本州から融通出来るのは15万kWという時代。17.5万kWのボイラが2基でも、当時は北海道電力の主力電源だった。そのためか、半年で実施している期間の短さも注目すべき点だろう。
【5】職権証拠調べについての考察
私は法曹素人だが、もしこの付帯意見が奈井江火災を下地にして書かれたとすると「弁論主義の第3テーゼないし職権証拠調べの禁止」に抵触するのではないか。職権証拠調べの禁止は人事裁判や公共性の高い案件では例外(職権探知主義)とのことだが、その場合においても、当事者に開示し意見を聞く必要があり、判決文でいきなり提示はおかしいからである。
一般的に裁判の判決を論じるとき、「〇〇の事実を無視して云々」といった批判がなされるが、証拠として採用していなければ、裁判官は論じようがない。だから法曹関係者、特に訴訟当事者の書く批判はそれを踏まえているだろうが、評論家の場合は必ずしもそうではないだろう。こうした点は頭に入れておく必要がある。
草野意見はあたかも自由心証に従って記載した体になっており、意見で奈井江の名も出てこないものの、周辺事情から疑問がある。
【6】後続訴訟で指摘すべき点
今後、類似訴訟では統一判断について様々な批判や新たな証拠の提示がなされるだろうが、草野意見についてはそれ以上の問題点があるように思われる。各訴訟団は最低限次のような主張を補充し、今回取り上げた点をより明確に否定しておくべきであろう。
- Mw8台前半以下の日本海溝沖地震でも275kV回線が損傷した例はあること
- 陸地の揺れが大したことないが津波高が大きくなる津波地震は、揺れの小ささを保証するものではないこと。言い換えると日本海溝沿いで発生する地震の中には揺れが大きいものもあること。
- 草野裁判官が述べる「推論を基礎付ける具体的事実」としては奈井江火災があり、ブログで引用した業界誌も伝承を目的にしていたこと。
- 通電火災のリスクが存在するなら、水密化の必要性は益々高まり、奈井江も復旧時に対策したこと
- 当時主力電源だった奈井江の浸水防止対策は半年で実施したこと
- 浸水リスクを放置したまま推本想定を公表しても、消防同意、消防計画を経て自治体の消防法違反を受ける可能性を念頭に(予期・忖度して)事態が推移したと思われること。
関係者の中には「面倒」であるとか、偏見(電力会社は全社一糸乱れず足並みを揃えるという誤った見方)に影響され、私の記事を不採用にした方もおられるかもしれない(そういう反応も側聞している)。だが、採用していれば草野裁判官があのような主張をすることは不可能となっていた。対外的なアピールも大切だろうが、後続の訴訟が同じ轍を踏まぬために、今一度吟味・検討を頂ければ幸いである。
23/11/13:消防法について追記。一部文言追加。
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