【笹子トンネルと同じ】東海第二原発で大量に使われたケミカルアンカーの問題点【後年は使用禁止】
【1】はじめに
運転開始から40年を迎える東海第二原発の再稼働問題だが、訴訟の方は証人尋問が始まり、大詰めを迎えている。
同原発については一般的な原発の危険性~例えば地震・津波・テロなど~の他、次のような問題点が指摘されている。
- 事業者が日本原子力発電であることによる弱体な経理的基礎の問題(福島事故を起こした東電から支援を受けている)
- 運転開始から40年以上経過した老朽原発であること
- MarKII格納容器を採用しているためメルトスルーが起きると水蒸気爆発リスクが高いこと
- 近傍にひたちなか港があるため、津波襲来時に大型船の衝突リスクがあること
- JAEAの再処理工場など、他の核施設が近傍にあり、災害時は互いに悪影響を与えること
- 首都圏唯一の商業原発であることなど立地上の問題(30km以内に90万人以上の人口が集中)
上記に加え、他にも色々と見落とされていることがあるため、私のブログでは更なる問題点の抽出を行なってきた。詳しくは当ブログカテゴリ「東海第二原発」などを参照して欲しいが、概ね以下に集約される。
- 難燃ケーブルを採用せず設計・建設された(同時着工の福島第一6号機は採用)
- 電気室が分散配置されていない(柏崎刈羽等は分散配置。社会への自主申告は無し)
- ケーブルを敷設する際に大量に傷をつけた上、全て把握・補修されているかが不明瞭
- 外部電源を耐震化する機会を何度も見送った(311で被災しても学習せず)
- 津波対策は茨城県に指摘されて開始したのに自社だけの手柄かのように宣伝した
- 研修で受け入れた炉主任が自尊心を満足させるために内部情報を流出させ、政治工作を自白(へぼスキャンダル)
- 可搬式設備を充実させるも気候変動には無力(2019年台風15号は千葉市でトラックを横転させた)
要するにこの会社もまた、先達の代から大した安全文化など持ってないし、当代もお寒い限りということである。
今回問題とするのもそうした課題の一つ、ケミカルアンカーである。私は土木・建築分野の専門家ではないことをお断りしておくが、今回の記事は良い問題提起になったのではないかと思う。
結論から言うと、後に建設された原発では使用を禁止されているにもかかわらず、工期に追われた東海第二では施工の簡便さから大量に使用されていた。また、福島第一原発や笹子トンネルなど、同様のアンカーを使用して事故を起こした例が複数ある。更に、施工不良の疑惑が指摘されたり、高温環境での耐力が後発製品より悪い等々、中々の大問題を内包しているのである。
それでは、次節より具体的な話に入って行こう。
【2】ケミカルアンカ-とは
ケミカルアンカーとは、あと施工アンカーの一種である。
今回取り上げる代表的なケミカルアンカーメーカー、日本デコラックス社HPより
基本的なことから説明すると、アンカーとはコンクリートの躯体から突き出た金物を指し、機器や配管等を固定する用途に用いられる。従って建築の他、配管や電設の分野でもしばしば登場するが、国家資格では管工事施工管理技術検定(空調・給排水設備工事分野で必要となる)で出題される。
建築設計の順番からは、各部屋に配置する機器やケーブルトレイ等の寸法が判明していると都合が良い。その場合、どこにアンカーを配置すれば良いかを決めて配置し(配置図をアンカーマップとも呼ぶ)、そのままコンクリートを打設して埋め込んでしまう。これを埋め込みアンカーと呼ぶ。
あと施工アンカーも、建築物の内部に重量のある構造物、例えば床側なら各種制御盤や機械、天井側なら吊り天井やケーブルトレイなどを固定するために使用するのは同じだ。だが、こちらはコンクリート打設後に打ち込むものを指す。出来れば使用したくない部材であり、最近の建築施工系の参考書ではコンクリートの増し打ちなど、緊急時のみ使用するようにと注釈してあるものを見かける。
コラム
あと施工アンカーは耐震壁を追加する場合にも使われるが、その場合少なくとも2つ以上の方向で既存の躯体に拘束されている。これに対して金物として使用する場合は一方向のみで躯体と拘束する。壁に金物を接着した場合、金物は構造力学の初歩である片持ち梁となる。引き抜けやせん断に弱くなるのはこのためであり、当記事で問題とするのは、壁の追加ではなく、機器・配管・ダクト・ケーブルトレイの支持を指す。
あと施工アンカーは打ち込んだ際にボルトの先端が開いてコンクリートに食い込む金属拡張型アンカーがある。そのほか、ボルトが開かない代わりに内部から接着剤が染み出してコンクリートと密着固定するものがあり、これをケミカルアンカーと呼ぶ。80年代の建築系論文では「樹脂アンカー」とも呼ばれ、近年では「接着系アンカー」と呼んだ方が通りが良い様だ。金属拡張型より現場投入は数年遅れ、1969年頃製品化され、すぐに原子力発電所の配管サポート用に使用された(『建築技術』2018年4月P101 )。
『接着系アンカーボルトの強度発現原理等に関する既往の知見』国土交通省 2013年3月27日
【3】黎明期の設計指南と日立が島根1号機で学んだこと
配管設計者(プラントメーカー側)は、基本的には埋め込みアンカーを使用したいので、建築側の図面情報を十分収集することが求められている。これは原発黎明期から変わらない。
5-8 基礎 架構 建屋などの図面
機器架台 パイプラック 操作架台 コンプレッサーなどの建屋 ポンプ類の基礎の大きさ 高さ 位置などについては 配管レーアウトに基づいて夫々の資料が出されているので これに従った図面であれば問題ない訳であるが 然しこれ等の資料はあくまでも柱 梁などの中心寸法 外形寸法などのみで柱 梁などの大きさ 小梁の位置については明示しておらず これらの詳細についてはやはり土建設計技術者の設計に従わなければならない。それ故 梁 小梁 プレスなどの位置 太さなどを十文チェックし これに当たらない様 配管経路を決定しなければならない。又地下埋設配管の場合にはその配管経路を決定するのに基礎との関係で大きく左右され しかも基礎は地上に出ている部分よりも地下にかくれている部分が大きいのでその深さ 大きさ等に充分注意する必要がある。『配管図面の読み方・描き方』日本工業出版1972年8月P74
日立が手掛けた原子力プラントとしては東海第二に数年先行して島根1号機がある。島根1号機でもあと施工アンカーを使用したが、金属拡張型であったと回顧されている。
埋め込み金具に作用する荷重を許容荷重内に分散させる等の問題、特に、埋め込み忘れ、枚数不足等で荷重を分散出来ない対策は日立と協議して日本ドライブイット(株)製のメタルアンカー(ホオールインアンカー)を使用することを前提に顧客の所内変圧器基礎の一部を借用してメーカーと引き抜き、破壊等の実証試験をして健全性を確認した試験結果を顧客に提出して許可を得て使用した。
高島貞夫「中国電力(株)殿島根原子力発電所1号機 配管支持装置(配管サポート)設計の思い出」『日立原子力 創世記の仲間たち』2009年P458
引用部分からは省いているが、高島氏によると島根1号機であと施工アンカーを使用した理由は、相次ぐ詳細設計不備、各部署間の情報共有に時間を取られ、或いは失敗したことなど、大型プロジェクトにつきもののトラブルのためだった。現在の一般の建物でも内部機器のレイアウト、寸法、ルーティングのいずれも設計変更となる場合があるし、ある用途で確保した部屋を転用したり、追加の機器が入ることもある。そういった場合はあと施工アンカーに頼って固定せざるを得ない。
『電気と工事』の1969年以降数年の広告欄を確認してみると、発売されたばかりのデコラックス製ケミカルアンカーのPRは無く、毎号載っていたのがドライブイットの施工器具だった。発売当時は実績もドイツの資料も十分翻訳されていなかったことが伺える。
【4】東海第二の実情
以前から述べているように東海第二と福島第一殊に6号機は同型同世代の兄弟機と見なして良い。よってこれから紹介する東海第二の事例では、随時福島第一の事例も挙げていくが、島根1号機のような先行事例で痛い目を見たからか、出来る限りは「あと施工」ではなく事前に埋め込むべく努力していた。
工程上の留意点
福島原子力発電所6号機着工準備の中から、特に設計上、施工計画上、あるいは工事工程上留意した点を述べてみたいと思います。
(中略)原子炉建屋の基礎マットが格納容器の一部となるためにPCV,RPVのアンカーボルトと多段鉄筋の交錯などの解決、検討、コンクリート仕様の研究など鋭意進めねばなりません。
建築課「福島原子力発電所(第6期)6号機いよいよ着工」『原子力ふくしま』No.7 1973年2月P12
下記の鹿島の技術者による記事に示すように結局、アンカーの問題は大量の支持金具を事前に並べておき、後で使う方法が引き続き採用された。
原子力発電所の配管、ケーブルの類はおびただしい量である。これらの配管は全部建(引用者注:建物の誤植)の壁や天井から支持される。従ってコンクリート打設中にそのアンカーを埋込まなければならないが、正確に設計して埋込むことは容易でなく、アンカーをつけた25cm角位の鉄板を碁盤目に埋込み、後日とりよい鉄板に溶接して配管を取付けるのが通例である。この鉄板の数は一基の原子力発電所で15000~20000枚となり、図面に合はせてコンクリートに埋込む役は結局土建側となってしまう。
名井透(鹿島建設原子力室長代理)「原子力プラント建設における土建工事の概要」『配管技術』1974年11月P158
だが、結局島根1号機での失敗を繰り返す形となり、先行プラント以上に大量のケミカルアンカーが打ち込まれたのである。その顛末は日立の『東海第二発電所建設記録』にあった。第3編第4章で詳細設計で生じた問題として、第4編第1章で施工記録として記されている。
※この建設記録、「東日本震災救援になぜ原子力空母か」『Emergency』(世田谷九条の会)によると、元は日立製作所社員だった中村敏夫氏による公表だったらしい。私が持っているのはPDFである。
第3編の方は要約すると、設計がGE担当だったので子会社のEBASCOが埋込み金物の計画を立てたのだが、日立自身が詳細設計した島根1号機と同様に、上手くいかず、金物が不足する事態となり「ケミカルアンカー打設図が必要となった」と結ばれている。以下の第4章の記述はそれを前提に読んで欲しい。
「第4編第1章3.11 ケミカルアンカ」『東海第二発電所建設記録』P248左
※以下、試験詳細省略
「第4編第1章3.11 ケミカルアンカ」『東海第二発電所建設記録』P248右
「第4編第1章3.11 ケミカルアンカ」『東海第二発電所建設記録』P250左上
「第4編第1章3.11 ケミカルアンカ」『東海第二発電所建設記録』P250右上
全文はこちらを参照のこと。なお最後に使用箇所一覧表が載っている。
何と言っても驚いたことは、内部資料を読んで初めて大量使用の実態が明らかになったという事実だ。その数はどうも先行プラントより多く、東海第二の世代に特徴的なようである。日本原電が311後の再稼働に向けて提出した審査資料は膨大だが、このような情報は目にした事が無い。
※後述の『東海第二発電所 機械設備の技術評価書(運転を断続的に行うことを前提とした評価)』「16.基礎ボルト」では触れているが、本数や施工にあたっての考え方などは分からない。
一般のビル建築に比べても実に特徴的だ。偶々、東海第二と同時代に建設された『新宿センタービル計画・実施記録』(1979年竣工、大成建設施工)を並行して読んだ。映画『君の名は。』で主人公が就活に訪問するシーンに登場する、ブラウンの入った灰色の姿が特徴の副都心の高層ビルである。同ビルでは不規則なあと施工アンカーの大量使用などは全く行われていない(機器の据付に埋め込みアンカーを使用したと思しき記述はある)。
※高層ビルと原発では姿形も用途も全く違うではないかと思われるかもしれないが、一歩踏み込んで比べる意味はある。例えば、ビルの方はゼネコンのみが主導権を握り、プラントメーカーとの二本立てでは無い。また、用途はある意味手垢のついた常温のオフィスであり、過酷条件で動作する特殊機器などは不要。しかも設計の標準化、モジュール化に向いている。そうしたことを改めて実感した。
ケミカルアンカーの打ち込みは、ゼネコンの清水建設とプラントメーカーの日立双方が実施しているが、一つには先の『配管技術』に述べられている埋め込みアンカーと似た分担感覚が影響しているのだろう。
また、『配管技術』によれば埋め込み金具はプラント1基辺り最大20000枚とのことだった。これに対して日立は25800本のケミカルアンカーの内約半分を担当しており、ケミカルアンカーにより追加されたプレートは約3000枚である。清水建設が追加したプレート枚数の一覧は無いものの、日立と同数とすればやはり3000枚程度と推定出来、合計6000枚となる。元の埋め込み金具を20000枚とするとその30%程度の分量に相当すると思われる。
【5】市民による指摘-アンカー切断-
311以前の反対運動事情には明るくないのだが、市民側からこの件を指摘した例で私が知っているのは、寺尾紗穂『原発労働者』(2015年)によるものだ。以下、引用する。
原発施工者が地震を恐れる理由
1940年生まれの斉藤さん(引用者注:斉藤征二)は、81年に組合を立ち上げたあと、浜岡原発5号機の建設に携わり、2000年に退職している。
敦賀原発内部での仕事は主に配管工として70年代に経験したが、今も心配するのは、原発のコンクリート劣化だ。
原発の天井には、重いところで100~200キロの配管の束がぶら下がっている。2012年に起きた笹子トンネル事故のときも話題になったケミカルアンカーは、コンクリートに埋め込むネジやボルトの一種だが、ねじ込んだ衝撃で接着剤が出て固定されるタイプのもので、原発内にも使われている。
「原発は鉄筋がいっぱい入ってるんです。その中にケミカルアンカーを入れようとすると、何かにぶつかったりして全部入りきらない。そうすると(アンカーを)カッティングするんや。そんなの何遍もやってる。ぶつかった鉄筋を切断することは絶対できないから、うまいこといけばいいけど、うまくいかないことのほうが多いんですよ。」
ケミカルアンカーのメーカー、デコラックスのサイトを確認すると、鉄筋にぶつかった場合には三つの対処法があるようだ。「鉄筋を避けてもう一度打ち直す」か、鉄筋を切って打ち込む」か、強度は落ちるが、「鉄筋にぶつかった時点で、そこからそらして穴を開けていく」かだ。アンカー切断とはどこにも書いていない。
いったい、鉄筋を切ってアンカーをしっかり入れることと、アンカーを切って鉄筋を守ること、どちらがより安全なのだろうか。それがきちんと検証された上で、「原発の鉄筋は絶対に切ってはいけない」という規則になっているのだろうか。敦賀原発以外でも、このようなやり方が横行しているのだとしたら、適切に施工されていないアンカーが日本の古い原発で劣化しつつあるコンクリの天井を支えていることになる。斉藤さんは、そういう施工に携わった当事者として、地震を一番恐れているのだ(後略)。
寺尾紗穂『原発労働者』講談社新書 2015年6月P188-190
まず、寺尾氏が挙げている笹子トンネル(1975年完成、1977年供用開始)での使用数だが、崩落事故の報告書から次のように推定できる。
※このうち崩落区間のボルトが368本。全本数の約1.5%。
東海第二の使用本数は25800本だから、笹子と概略同規模、同時期の施工である。もっとも、東海第二の場合は側壁や床面への施工分を合計しての数なので、24000本を天井に施工した笹子と単純比較は出来ないが。なお、事故報告書を読むと、社名は示されていないものの、P18に西独の会社と技術提携して製造されたこと、Rで始まる型番から、東海第二と同じデコラックス社製だろう(「3.3天頂部接着系ボルトの製品使用説明書や品質保証範囲」『トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会 報告書』2013年6月18日)。
寺尾氏は東海第二に限らず、一般的な問題点として記載しているが、どちらかというとBWR系に偏った事例となっていることも要注意である。なお、過去記事で触れたように福島第一6号機では、施工に時間的余裕が無かったため、同じ場所で3つの異なる工事が同時進行する三重作業や、配管工事での不良溶接などが指摘されてきた。東海第二の場合は反対派等による告発こそ無いものの、建設記録がそれを補って余りある。事情は大同小異と判断出来る。
ケミカルアンカーの引き抜け力は接着部の長さに比例する。切断すれば単純に考えてもその分引き抜け力は低下し、脱落し易くなる。実際はもっと悪く、デコラックス自身がアンカー先端形状を改善するための研究記事で「打ち込み深さが2d,3dと浅くなると平均付着応力が低下する傾向」を報告している(「樹脂アンカーの先端形状の改良とその有効性に関する実験(施工)」『コンクリート工学年次論文報告集』9巻 1987年,dはボルトの直径。直径の何倍かで深さを表したもの)。
【6】見つけた回避可能策は東海第二の建設には間に合わない
アンカーが配筋に当たるので切断し、強度が低下する、これを避けるには次の2つの方策が考えられる。
「火力・原子力発電所工事での問題」『KEYTEC株式会社』HP
※『原発労働者』を読むとさも公然の秘密であるかのような印象を受けるが、上記のようにトラブルの存在自体は器具メーカーでは公知である。
- レーダー探査で避ける
現在はコンクリート下の鉄筋は携帯型のレーダー探査機で透視出来る。よって、 ケミカルアンカーのメーカー資料にぶつかったらどうするか書いて いなくても、アンカー位置を計画する際に、そのような事態は避けることが出来る。 しかしレーダー探査を建築現場で応用する動きが始まったのは、和文の論文を調査した限りでは80年代中盤以降のようだ。商品化と行き渡りは更にその後と推測する。従って70年代末には実用化されていない。 - 斜めに打設する
東芝の技術者が投稿した『コンクリート工学』1984年7月号掲載の「原子力発電プラント据付け工事」にそのような方法が記載されている。しかしこの記事自体は東海第二運開後であり、東芝は主契約者でもない。
なお、配筋の方を切断する方法は、当該箇所の躯体強度を低下させることになるので、問題外と考える。簡単に言うと配筋は適当に入れている訳ではなく、建築物として必要な強度が出るように計画するものだから。建設業者でも同じ考えをよく見かける。
2020.1.25追記。原電自身は東海第二設計の際、鉄筋の必要性を次のように強調していた。
原子炉建屋などは剛構造物であり,応答解析を過大評価しているので地震荷重による壁のせん断応力が20~40kg/cm2と大きくなる。せん断応力を低下させるために壁厚を厚くしても荷重も増えるために,応力を低減させる効果は期待できない。したがって鉄筋で補強する以外の方途がなく,短期許容応力によって鉄筋量を決め配筋している。短期許容応力が鉄筋の降伏点を採用していることから,設計上の余裕がないとされているが,直交する壁や床版も厚いのでそれらの拘束効果を考慮すれば,きれつ発生後の壁の靭性は相当期待できるものと考えられるが,実験データーが無いので評価の方法がない。また実験するにしても部材が1~2mと厚くなるので載荷が困難であり実験の計画がない。原子炉建屋のような構造物の終局耐力と靭性に関する研究が行なわれないと,従来手法の延長で設計している現状が妥当なのか否かが不明である。
秋野金次他「2. 原子力発電所コンクリート構造物の設計手法の現状と問題点」『コンクリートジャーナル』1974年12月号P22-23
コンクリートを厚くしても、建屋の自重が重くなり、その分地震荷重も大きくなるので耐震性の観点からは鉄筋に頼る、ということである。そして設計に余裕が無いということは、鉄筋を切断するのはNGと解するのが普通だろう。
2020.1.15追記。建設記録第3編に記載の施工業者一覧にはケミカルアンカーを施工した業者も載っており、同社によるとレーダー探査が普及した現在も配筋を切る選択肢を残している(リンク)。
参考だが、以前別の観点から記事にした日本電気協会による民間規格JEAG5003「変電所等における電気設備の耐震設計指針」は、埋め込みアンカーボルト(J形)の引き抜け力が不足する場合、鉄筋と溶接することで強度を確保する方法が記載されている。ただし、普通、強度を求められる部分の溶接はその詳細な方法について色々条件を付けるものだが、この規格ではそこまでは記載していない。更に、例示されている電気設備は変圧器の基礎で、要は床向きである。あと施工アンカーを切断して鉄筋と溶接するような方法を示すものではないことに注意。
【7】あと施工アンカーの天井打ちは後年禁止された
このような問題を憂慮してか、ケミカルアンカーを含めたあと施工アンカーの天井打ち込みはその後、禁止されたという。ケーブル傷の問題に言及していた日立工事(後の日立プラント建設)の金田氏がこの件でも証言している。
日立工事(現日立プラント建設)金田弘一「日立原子力 創成期の思い出」『日立原子力 創成期の仲間たち』P462
ドライビッド製金属拡張アンカーは先の通り島根1号機でも使用されたが、東海第二ではデコラックス製ケミカルアンカーに変更されている。コンクリートに与える衝撃を嫌ってのことだろう。
しかし、寺尾氏も抱いた疑問への最終的な回答は、天井への使用禁止であった。使用禁止規定が日立プラント建設の施工基準へ反映されたのは東海第二の運転開始後であることは、『東海第二発電所建設記録』で特に区別せずに天井に施工していることより明らかだ。
天井施工禁止となった理由は次の3点と考えられる。
1.先の寺尾氏(佐藤征二氏)の指摘にあるように、配筋と干渉した際不良施工の温床となるため
2.上向き施工では薬液が垂れるため。
匿名のベテラン原発作業員として著名なハッピー氏が笹子事故に関連して言及している。
続き3:サポートや機器の大きさ、耐震度によりアンカーのサイズや本数は変わるけど基本的には事故の物と同じなんだ。で、このケミカルアンカーはボルトを打ち込む前に穴を空けて小さなガラス試験管みたいな薬品を入れるんだけど、床や壁より天井にケミカルアンカー打つのは難しいんだ。— ハッピー (@Happy11311) 2012年12月3日
続き4:天井に向けてるからボルト打ち込む時に薬液が落ちてくるんだ。薬液が規定量より足りないと強度も落ちるんだよね。施工後に引抜き試験もやるんだけど、天井打込みは上手くいかないのも多いんだ。全国の原発内のアンカーも建屋コンクリートが40年以上のものが沢山あるんだよなぁ…。
— ハッピー (@Happy11311) 2012年12月3日
3.『コンクリート工学』に投稿された東芝記事の通り、設計不備が減少して必要性が薄れたため。
東海第二以降の原発では改良標準化によるモジュール工法・モデリング手法の改善以降の設計が取り入れられており『日立評論』でPRしていたほどだった。要は設計工程とツールに大変革があり(後々は、建築・機械設計者なら誰でも知っている3D-CADの普及を含む)、初期原発で頻発していた不備と情報共有化の問題はかなり解消したと言われている。
なお、あと施工アンカーは耐震補強の際も使用されるので福島事故後の安全対策で再度注目されているが、当時はそのようなバックフィットの時代ではなかった。
【8】311の地震動でアンカー脱落
一般論として述べるが、笹子トンネルはその使用環境、つまり長年に渡る地山の微妙な変形、ひび割れ、漏水、自動車走行等による継続的な微振動、トンネルの温湿度環境によって劣化が加速されたと思われる。その反面、幸か不幸か大地震に見舞われることは無かった。これに対して東海第二では地山の変形や自動車による継続的な微振動は無いが、ひび割れ、地下水や海水の漏れは以前からしばしば懸念材料となってきたし、一般的には大地震時に大量の引き抜けが危険視されている。
というよりも、ケミカルアンカーの引き抜け事象は基準地震動クラスならほぼ確実に起こると考えて良い。何故ならば、福島第一でそのような事象が目撃されているからである。
福島第一原発事故が起きたとき、1号機内部にいて、今年8月にがんで亡くなった元作業員の木下聡さん(65)の証言は次の通り。
-事故当時の様子は
あの日は午後から、1号機で定期検査のための足場を組む作業をしていた。1階には私と同僚の2人。4階に元請けと協力会社の4、5人がいた。
最初の揺れはそれほどでもなかった。だが2回目はすごかった。床にはいつくばった。
配管は昔のアンカーボルトを使っているから、揺すられると隙間ができる。ああ、危ないと思ったら案の定、無数の配管やケーブルのトレーが天井からばさばさ落ちてきた。落ちてくるなんてもんじゃない。当たらなかったのが不思議。
「福島第一元作業員の「遺言」詳報 東電、信用できない」『神戸新聞』2013年9月13日配信
このような事象を避けるために多くの原発では311前から配管やケーブルサポートの追加など、耐震強化工事が進められてきた。東海第二でも同様の耐震補強を実施する方針は表明されているが、審査が長引いたこともあり、天井や側壁からの脱落対策について、未だに具体的な方案を見聞していない。
2020.1.10追記
日本原電が茨城県に提出した『東海第二発電所 耐震安全性評価書 (運転を断続的に行うことを前提とした評価)』(2017年11月)の「3.15 基礎ボルト」では「後打ちケミカルアンカ」も評価対象となっているが、機器については地震動による発生応力が許容応力を下回っていることを数値で示してある一方で、配管、ケーブルについてはそのような数値は示されることなく、「耐震安全性に問題がないことを確認している」の一文で済まされている。しかし、一般的に配管、ケーブルおよびダクトの支持金具は天井や側壁にアンカーボルトで打ち込まれており、先述した通り施工条件が床向きよりも悪い。
なお、配管は、再循環系(PLR)、高圧/低圧炉心スプレイ系(HPCS/LPCS)、残留熱除去系(RHR)、隔離時冷却系(RCIC)等工学的安全施設を含めて、大半が後打ちケミカルアンカ/メカニカルアンカとなっている。問題の深刻さが良く分かるだろう。
そもそも、ボルトが規定通りの深さまで打ち込まれているかをレーダー等で探査しているわけではなく、外観の目視検査で得られる情報を元にしている(記述からそう判断出来る)。日本原電は社外の告発に対して適切な方法で技術評価を行わなければならない。
また、ハッピー氏の指摘によれば液だれが発生するのは天井に打ち込んだ場合であり、側壁の場合も床に比較すれば不利な条件であるのは自明だろう。現に、先の「樹脂アンカーの先端形状の改良とその有効性に関する実験(施工)」(『コンクリート工学年次論文報告集』9巻 1987年)には「気泡が多く、樹脂の流出も多かった」とも記載されている。
また、上記文書と同一のPDFファイルの後半に収録されている『東海第二発電所 劣化状況評価で追加する評価に係る技術評価書』(2017年11月)の「2 - ③長期保守管理方針の有効性評価 18. 後打ちケミカルアンカの樹脂の劣化」では、「ケミカルアンカの使用環境,文献データ等より劣化の可能性は小さく」と断定しているが、その詳細は記載が無い。また、「後打ちケミカルアンカの樹脂の劣化については,類似環境下にある機器の取替が行われる場合に,調査を実施する。」としているが、これまでの調査実績は僅かで、撤去した装置の基礎ボルトを対象としている。これは全て床面の基礎ボルトと推定される(日本原電は機器、配管サポート、配管、ケーブル、ダクトを区別して記載しているため)。
また、現物の検査方法は従前のやり方を踏襲しボルト頭部を目視に頼っている。翌年提出した『東海第二発電所 劣化状況評価(耐震安全性評価)補足説明資料』(2018年7月5日)を見ても、計算に頼る考え方は同じである。
要するに日本原電は天井や側壁に打ち込んだボルトなのかどうかは明記したくないし、配筋との干渉状況も調査したくないということだ。
2020.1.11追記
一方で、笹子事故後の2014年には次のような問題点が指摘され、原子燃料工業が積極的な点検方法の開発を進めていた。
ケミカルアンカの健全性を検査する手法として、一般的には目視検査や打音検査、超音波検査が採用されている。目視検査にはコンクリート基礎に埋め込まれた部分を確認できない問題がある。打音検査は、ケミカルアンカの露出部をハンマーで打撃し、その時にハンマーが発する打音とハンマーを通した打感との二つから、検査員が異常の有無を判定する手法であるが、検査精度は検査員の熟練度に依存しており、また、周囲の環境よる影響を受けるため、 客観的な基準を設けることが困難である。超音波検査は、ケミカルアンカの露出部に超音波センサを設置し、ケミカルアンカからの超音波反射信号に基づいて、ケミカルアンカの腐食や傷などの欠陥を検出する手法であり、非破壊検査手法として一般的に広く採用されているが、樹脂の劣化や剥離などを検査することは困難であった。 そこで、本研究では、ケミカルアンカの健全性を評価するAE(acoustic emission)センサを用いた非破壊検査システムを構築した。
(中略)中央自動車道笹子トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会の事故報告書によれば、目視点検や打音等では個々のボルトの引抜強度の正確な把握はできないことが、既存の検査技術における技術的な限界として指摘されている。
(中略)AEセンサを用いた検査システムでは、ほとんど機能を喪失する前のボルトであっても検出が可能である結果が得られ、さらに、ナットで締付けた場合であっても検出が可能である結果が得られた。このことから、本検査システムは、従来の打音点検と同等以上の性能があり、ケミカルアンカの健全性を評価する上で、有効な検査技術になりうる可能性があると考える。
「AEセンサを用いたケミカルアンカの非破壊検査技術の開発 (1) 実験的検討」2014年7月(『保全技術アーカイブ』HPにPDFあり)
一連の研究は更に実証段階へ進み、少なくとも2017年には原子力発電所で導入されていた『AEセンサを用いた打音現場検査装置とクラウドサーバによる検査データ解析ならびに検査データベース管理』(国土交通省HP 2017年5月31日公開)。
このような補修技術はゼネコンが積極的に関与すべきだが、一般論としてインフラ補修工事は利益が出ないので、敬遠されると聞く。そのため笹子事故で高度成長期インフラの老朽化が白日に晒されるまで放置され、業を煮やした原子力業界が手を付けた。日本原電の資料からは読み取れないが、業界の実務者が感じている危機感は非常に強いものと思われる。
AEセンサが万能であるのかどうかまでは分からない。そこまで確証を持つほどの読み込みが出来なかった、私の能力的限界もある。しかし、今回調査したケミカルアンカー関連の審査資料を見る限り、このような検査技術の進展すら日本原電は受け入れず、笹子事故で限界が指摘された目視に頼った保守計画を立てていた。また、規制庁もその問題を見過ごして審査をパスさせた、としか受け取れない。そうであるならば両者ともに無価値で有害である。
【9】その他のリスク(1)東海第二は地震動の想定が建設時の3倍以上にアップ
耐震計算上の問題もある。建設当時の基準地震動は270Gal(Galは加速の単位、1000Galで約1G)だったが、現在では1000Galに達することは、東海第二について少しでも学んだ人達の間ではよく知られている。しかも、その地震動の大きさは規制庁が認めたものであり、反対派はそれ以上に大きな地震動の発生を議論している。現在の基準地震動は建設時に比べ単純計算で3倍以上だから、アンカーボルトにかかる地震荷重も3倍以上となる。全く同じ基準地震動で設計されていた福島第一1号機を襲った地震動が最大で400Gal台だったことを考慮すると、その2倍の揺れに襲われた時に、現状ではとても持つと思えない。
【10】その他のリスク(2)使用温度環境が厳しく、過酷事故時は脆弱
BWRの温度環境は笹子や一般建築物より悪い。理由は運転中の原子炉建屋、特に格納容器内は人が立ち入らないため60℃前後に達し、バルブ室、配管室、HCU周り、CUW復水脱塩室等が50℃、それ以外の部屋が40℃で設計されているためである。タービン建屋も50℃程度で設計され概して高温である。
デコラックス製を含めてケミカルアンカーの最高使用温度は80℃まで対応するのがデファクトスタンダードなので、適用不可能な環境ではない。
しかし高温(65℃)で載荷した試験は(原発での使用環境を意識してか)早々に行われている(「ポリエステル系樹脂アンカーの長期持続引張荷重による限界耐力(常温および 65℃の場合)」『研究報告集.構造系』日本建築学会 1981年7月)。それによると、「65℃における静的引張耐力は,常温の耐力の約 40%まで低下することがある」とされ、常温(室温、20℃前後か)に比較し接着剤のクリープが異常に早く、長くても1日以内にボルト抜けを起こしたとのことである。この結果は「あと施工アンカーの基本性能と留意点 長期持続荷重,クリープ(接着系アンカー)」『建築技術』2018年4月P152-153や安藤重裕『無機系注入式あと施工アンカー材の接着特性に関する実験的研究』(千葉工業大学 2016年度博士論文)に既往知見として引用されるなど現在でも注目されている。
また、1991年に刊行された専門書『あと施工アンカー設計・施工読本』では、メーカーにより材料の混合成分が異なっている反面その詳細が公開されている例は少ないと述べる一方で、埋設コンクリートが高温になると著しく強度が劣化する旨が記載されており、P61にあるポリエステル系ケミカルアンカーの接着強度グラフが図示されている(下図)。
※なお、福島第一のケミカルアンカーも30~40年近い運転による熱影響を受けて強度が落ちていたと考えられる。
これを見ると一般に想定される常温(20℃)の環境での強度を基準として、40℃(一般的建築の温度範囲上限に指定されることが多い)では9割強を維持しているものの、60℃では8割強、80℃では7割に落ち、100℃以上では0となっている。
なお『あと施工アンカー設計・施工読本』が引用しているのは、インフラ施設の補修工事を得意とするショーボンド建設の資料となっている。後で雑誌記事を調査して分かったが、『建築技術』1982年7月号の「樹脂アンカーの性質とその使い方-不飽和ポリエステル樹脂アンカーの場合-」にこの表と同じものが載っていた。いずれも製造元は明記されていないものの、一連の文献調査で同社製が極端に信頼性が高いとの情報は得られなかったので、デコラックス製も同じような物性を示すものと考えるのが安全サイドの受け取り方だろう。
※『建築技術』2018年4月号の歴史的経緯を読むと、1982年頃まではどこのメーカーも不飽和ポリエステル系製品しか無かったことが記されている。笹子の報告書でもケミカルアンカーに使用される接着剤は不飽和ポリエステル系となっている。一方でケミカルアンカーの最古参であるデコラックス社が40年以上前から販売しているRシリーズについて、現在の製品情報を調べると、変性ビニルエステル樹脂と記載されている。DICマテリアル(化成メーカー)、GRPジャパン(商社)等の説明ではビニルエステル樹脂は不飽和ポリエステルとセットで扱われ、用途も同一なので、デコラックスがある時点で材料を変更したのかも知れない。
新品のケミカルアンカーでも原子炉建屋の格納容器周辺に関しては接着強度は60℃として8割掛け等、低減率を見込むべきだろう。建設中に実施した引き抜き試験も、常温であることは自明なので、注意を要する。
2020.1.9追記
日本原電は2018年9月作成の『東海第二発電所 機械設備の技術評価書(運転を断続的に行うことを前提とした評価)』「16.基礎ボルト」にて「後打ちケミカルアンカ」を評価している。その中で使用されている本数は明示していないが、使用箇所はリスト化している。
その結果は「温度及び紫外線による劣化については,樹脂部はコンクリート内に埋設されており,高温環境下及び紫外線環境下にさらされることはなく,支持機能を喪失するような接着力低下が発生する可能性はない。 また,放射線及び水分付着による劣化についても,メーカ試験結果により支持機能を喪失するような接着力低下が発生する可能性はない。」となっている。しかし、60℃の雰囲気の隣接室が60℃、或いは50℃、40℃といった状態で、何故躯体コンクリートだけが高温環境にない、と言えるかは疑問だ。それに、どのような試験を行ったのかも詳細記述は無い。
また、【8】で述べたように検査方法を目視、評価方法を規格に基づいた計算に頼っており、笹子事故を教訓化したAEセンサ技術の導入は一言も触れられていない。
【11】日本原電が2018年に作成したケミカルアンカ資料は無価値
2018年、日本原電は審査の過程で過酷事故対策で追加した水素再結合装置の固定に使用するケミカルアンカーを独立した文書で評価し、温度上昇についても試験結果は問題なかったとしている(『工事計画に係る補足説明資料 耐震性に関する説明書のうち補足-340-10 【ケミカルアンカの高温環境下での使用について】』日本原子力発電 2018年8月)。
だが、この試験で設定された150℃という値は福島事故に照らすとさしたる根拠を見出せない。
また1980年代中盤以降には初期の不飽和ポリエステル系に代わってエポキシ系樹脂を用いたケミカルアンカーが普及している。エポキシ系樹脂はポリエステル系より耐熱性に優れ、200℃で使用可能と謳われる品もあるが、この文書ではメーカー型番、材質を隠しているので無価値である。
仮に東海第二建設時に使用された不飽和ポリエステル系接着剤を使っていたとしても、物性的に、連続使用出来る耐熱限界が140℃程度とされているので、材質に合わせ込んで温度を設定したとしか思えない(ならばそのように記述すべきであるし、樹脂単体で耐えたとしても接着性は一日は持たないのでは?、という疑問が生じる)。
勿論、上記資料を既存の25800本に適用出来るかと言えば、極めて疑わしい。
過酷事故を起こした場合、高温状態が継続するのは福島事故の例からも普通である。地震動でせん断、ボルト抜けしなかったアンカーでも、接着強度が低下したところに温度上昇で引き抜けを起こすことを示唆するものと言える。
【12】その他のリスク(3)未だに不十分な接着剤の劣化予測
上記『東海第二発電所建設記録』を読めばわかる通り、工期の最短化を目標としていた状況下、施工時間の短さが売りのケミカルアンカーは打ってつけだったが、一方では耐用年数に関するデータの必要性も認識されていた。しかし、長期使用した場合の劣化については先の『東海第二発電所 機械設備の技術評価書(運転を断続的に行うことを前提とした評価)』「16.基礎ボルト」の他、あまり情報を得ることが出来なかった。
理由の一つは、初期の文献にはそのような情報がほぼ記載されていないからである。『あと施工アンカー設計・施工読本』P62-63ではポリエステル系の事例で耐力が埋設後10年で74%に低下し、その後は耐力低下は無かったとする情報が紹介されているが、詳細不明のため、懐疑的な態度を取っている私でも鵜呑みにするのは抵抗を感じる。
近年の専門誌記事や論文で私が見つけたのは『建築技術』2018年4月号の特集記事に載っていた、繰り返し荷重を何百万回も掛けた加速試験結果位だった。
繰り返し荷重も重要な耐久性の指標だが、ケミカルアンカーの場合、接着剤が何年持つのか、という材質そのものの劣化予測が欠かせないのはケーブルと同じだ。そうした材料劣化について有益な示唆を与えるのは笹子事故である。
『トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会 報告書』によれば不飽和ポリエステルは加水分解を起こして劣化するとされる。つまり、笹子事故は加水分解の進展である意味「寿命が尽きて耐用年数に達した」と見ることが出来る。大事な観点なので各種温湿度環境を模擬した加速試験のようなものが必要だろう。
【13】その他のリスク(4)ケーブルトレイ重量の増加
ケーブルトレイの場合は重量の増加という問題も抱えている。難燃ケーブルが実用化されていたのに非難燃(可燃)ケーブルを採用したため、現代の防災対策上は不備があると見なされ、防火シートを巻くことで規制庁の審査をパスしたからである。アンカーボルトの耐力に係る詳細計算を行う際は、元からのケーブルトレイ重量に加えて防火シートの重量を加えなければならない。
【14】その他のリスク(5)作業者の技能によるばらつきが考慮されていない
作業者の技能に関わる問題もある。現在はあと施工アンカーは民間団体(日本建築あと施工アンカー協会,JCAA)による資格者制度が設けられ、その資格取得者は1996年には数千名に過ぎなかったが約20年経過した2017年には8万名を超えている。だが、JCAAは前身団体の設立まで遡っても1984年であり、資格は法定ではないので、古い(一般)建築物では多くの無資格者が施工したと思われる。
『東海第二発電所建設記録』にも書かれていたように、原発での施工に当たってはゼネコン等の社内試験を実施していた。数年後になるが、先の『コンクリート工学』1984年7月号「原子力発電プラント据付け工事」によると、一般的管理手法が確定していない中での自主管理体制として生み出されたもののようである。
だが、合格したのはあくまで当時の設計荷重である。先に述べたように地震動の想定は3倍以上に上がっている中、どの程度技能のばらつきがあったのかは、建設記録の記載からでは分からない。本節の主題とはずれるが、先述した通り運転中の高温環境で行われた訳でもない。
笹子の場合も東海第二と似たような引き抜きテストが行われ、全数合格していたことが記録されている(「2.2施工」『トンネル天井板の落下事故に関する調査・検討委員会 報告書』2013年6月18日)。このことは、建設記録に記載されたテスト結果を以て今後の耐久性評価指標にしてはならないことを示唆する。
一般論となるが、資格の有無と経験年数の長短で施工したアンカーの引張性能を比較したところ、経験が長くても無資格の作業者では低い引張性能となる=不適切な施工となる傾向が示されている(「あと施工アンカーの基本性能と留意点 資格の有無によるアンカー引張性能の違い」『建築技術』2018年4月P165-167)。
JEAC4601-2015「原子力発電所耐震設計技術規程」という民間規格がある。機器・配管系の耐震設計などについて取りまとめたものだ。その2015年版改定の審議の場で、接着系アンカーボルトの付着力の評価を追加するものの,付着力の評価において施工のばらつきを考慮した低減係数を設定する必要はないとの見解が示されている(「第70回機器・配管系検討会 議事録」2019年5月23日 日本電気協会HP)。不良施工隠しのリスクを考えるとこれは疑問だ。
【15】その他のリスク(6)統一規格の不存在
あと施工アンカーに関してはJIS規格は現在に至るまで存在せず、メーカーは材料をJIS規格に整合させていることをPRしている「Q1-1 あと施工アンカーはJIS規格になっていますか?」(『サンコーテクノ』HP)。
また、導入から暫くは民間規格も存在しない状況であった。設計指針や技術報告も多くは1980年代から発行され始めたもので、東海第二が建設されていた頃はASTM E488-88(1976年制定)等の外国規格位しか無かったと言って良い。受け入れ側たる施工主が頼りとするのは品質保証体制だが、主要な鋼材は黎明期から注意が払われていたものの、付帯的な部材に関しては1980年代以降と比較すると十分ではなかった。これまで述べてきた問題の一端は、こういった規格化による規制が十分でなかったことによるとも言える。
【16】まとめ
日本原電は、米国の同型炉(ラサール,1984年運開)に比べ、異様な短期で東海第二の工事を進め、運開後は自慢の種にしてきたが、実際はケミカルアンカーという「当てにならない弥縫」頼みだった。十分な設計期間を取っていれば、適切な個所に埋め込みアンカーを配置して、ケミカルアンカーの使用数を大幅に削減出来た。短工期は自慢するような話ではなく失敗の素だったのである。
これは、40年経過し他の原発に比べても顕著な「見えないリスク」として返ってきた。東海第二が規制庁の考えている規模の地震動に襲われただけでも、配管、ダクト、ケーブルトレイの大規模な脱落が発生すると考えられる。配管の破断は冷却水の循環を阻害し溢水事象や水災害HEAF(電気系統への大規模火災)に繋がる。ダクトの脱落は換気系の正常な運転を阻害する。ケーブルトレイの脱落はケーブル束の切断に繋がり、動力回路・制御計装回路の破断はプラントパラメータの把握と制御を不可能にする。
同じケミカルアンカーを使用していた笹子の報告書を読むと、崩落前の点検の際に、一部のアンカーをロックボルトへ更新するなど補修技術自体は存在していたことが伺える。また、商品名は挙げないが、過去の苦い経験に基づいた新規開発品も随時PRされている。汚染度の高い区域では作業に制約もあるだろうが、原子燃料工業と共同研究をしていた中部電力はまだしも、日本原電については危機感を感じてやる意思をくみ取れない。
ケミカルアンカー問題に打つ手が無いなら、大規模な防潮堤や大量の可搬式設備を配備し、特重施設を増設しても、建屋内で危機的状況に陥る可能性が非常に高い。この点からも原電社員の雇用維持を目的とした再稼働は到底許されず、直ちに廃炉するしかないだろう。
コラム
2010年代前半、『撃論』という産経でもカバーしきれないような極右系言論を扱う論壇誌が短期間発行された。その中のある号に東電労組の重鎮が寄稿し、福島第一5,6号機は事故を起こしていないので再稼働せよと主張したことがある。また同時期にインターネット上でサイトを設けていた東電の原発運転員(へぼ担当とは別の人物)も、廃炉費用を稼ぐため使い倒すべきと主張していたので、社内には潜在的支持層が形成されていたと思われる。確かにあまり語られない故知として、チェルノブイリ事故後も隣接機が10年以上運転を継続した事実はある。しかし、ケミカルアンカーの件一つとっても内情は東海第二と同様だったと考えられるので、倫理的な問題を脇に置いたとしても、事故のリスクの面からとても再稼働は認められる代物ではなかったと、今は結論出来る。
※2020.1.9【10】に日本原電提出資料に関する記述を追記
※2020.1.10【7】【8】にハッピー氏および日本原電提出資料に関する記述を追記
※2020.1.11【5】【8】【10】にデコラックス、建築学会論文、原子燃料工業の取り組みを追記及び文章修正。
※後程、文中の参考文献を一括で記載予定
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1967年-1969年敦賀原発(1号機)には、ケミカルアンカーは一本たりも使わせなかった。膨潤性が疑われたからである。
笹子トンネルの事件時、国土交通省・施工会社にその設計間違いとその誤用につき知らせた。
同じ性質の製品、これはGE-EBASCOの無知さから使われたものに、埋設管ペネトレーション部のタールエポキシがある。
機器の配置、配管の知識のなさ、GE-EBASCOの技術のレベルの低さにもまいった。
天井裏のEnbeded Platesの足は全てFillet Weldの手抜。配管用には全く役立たず役立たず。原発設計の基礎的設計もできない。現場での日本人による設計変更があまりにも多かった。
着任3日後、敦賀測候所で海水位と津波について調べた。GEの現場事務所の技術マネジャ―に契約につき聞いた。「米国で設計したものをそのまま、日本が設計した造成地に載せる契約」がその答え。日本の法律に従って世界一の地震学者のいる日本で建設した。もちろん配管機器の保温材はアスベスト。
投稿: 悔恨原五郎 | 2021年6月24日 (木) 14時46分