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2019年12月19日 (木)

グレタ・トゥーンべリ氏を見て思い出した『原発抜き・地域再生の温暖化対策へ』書評

グレタ・トゥーンべリ氏の演説が切っ掛けとなり気候変動について一層話題に上ることが多くはなった。このことについてどこかで述べようと思っていたが、掲題の本のレビュー原稿を以て替える(レビューサイトに投稿するのは中止した)。

私は共産党員ではないから同党の本意とはずれているところもあるかも知れない。一方で、目先の祭りや金目当てでやってるブログではないので、忌憚なく書けるということ。

原発抜き・地域再生の温暖化対策へ (日本語) 単行本 – 2010/10
吉井 英勝 (著)

Genpatsunukiondanka201010

★★★★★:気候変動への観点から本書の価値を再照射されるべき

本書の優れた点は、一般的には福島原発事故を先取りした津波の脅威に触れていること、というのが定評です。

事故後、著者の吉井元議員が2006年に第一次安倍政権に行った質問が再評価された際は、細部に拘る反反原発な方々から、彼が言及していたのは引き波だけで押し波はなかったのでは?などという突っ込みがあったことを思い出します。でも、この本ではどちらも言及しているのですね。

また「原発は死の技術」といった大雑把で煽情的な批判だけでなく、個別具体的な問題も指摘することで、とりあえず目先の事故リスクを減らす動きについても電力会社に設備改善の働きかけをさせた事例が載っていたと記憶しています。

2010年と言えば、広瀬隆氏も『原子炉時限爆弾』にて思いつく限りの最悪の想定を描写し、同書もまた事故後に飛ぶように売れたものでした。ただ、古い話を知っている人は御存知の通り、広瀬氏と共産党は脱原発路線という大枠では共通するものの、細部では広瀬氏の主張を誇張だと批判してきた過去があります。80年代に初当選した吉井氏は当然ご存知のことだったでしょう。

そういう観点からは、誇張表現が肌に合わない向きにも、本書は薦められます。FITによる制度設計の失敗という問題はあるものの、事故後の8年半の間に、太陽光発電と減電は急速に日本社会に定着し、主張の正しさが立証されたからです。

さて、2019年秋に入り、スウェーデンのグレタ・トゥーンべリ氏が国連で怒りの演説を行ったことが注目されました。この動きは海外ではインパクトがあったらしく、TIME誌の今年の人に選ばれるなど大きな影響を与えています。しかし、彼女は原発に反対であるとしながらも、主張の根幹をCO2削減に重きを置いているため、原発はその効果が高いであるとか、最近翻訳された著書では原発については意図的に言及しない方針を取る等の表明をしています。

ネットの活動家等が彼女を気候変動の救世主であるかのように持ち上げたのは、恐らくそうした欠点があることを直感で気づいているからこそでしょう。優等生的な満額回答は騒ぎを起こすだけの面白みに欠けますからね。

しかし、グレタ氏が原発に対して示した姿勢は十分ではなく、間違いです。彼女はスウェーデン政府を代表している訳ではないですが、同国社会の特徴をよく示しています。即ち、原発を容認する世論が未だに7~8割も存在し、老朽原発をリプレースする計画を持っていること、現状でも電力需要の4割を原発で賄っていること、緯度が高いので太陽光発電がペイしないことなどです。世論について揶揄すればね、原発漬けの福井県みたいなものでしょう。直接的には、彼女を支援するWe have no timeとかいう団体はアル・ゴアが主催しハリウッドのセレブに支えられている原発推進系環境団体と繋がっているという事実もあります。

スウェーデンが高緯度というのは仕方ないにしても、日本でこんな主張をしても本来は大してインパクトも無いものです。天災リスクが大きく原発を長期に渡って運転するにはより過酷な条件であるということ、中低緯度では太陽光が選択肢に入ること、スウェーデンにはなくCO2負荷が石炭火力より軽いLNG火力があり、既に多数の実績と技術蓄積を持っていること、などの背景があるからです。なお、日本は高効率石炭火力技術を有していますが、彼女にとって石炭火力は100%全否定されるべきものです(原発に対する表現との温度差にはよく注意してみると良いでしょう)。

というか、はっきり言うと、岩波系メディアを愛好し、海外殊に欧米の事例をコピーすることに執心する出羽守系の原発反対派にとって、北欧とカナダは目の上のたん瘤だったんです。彼等は高度な民主主義と機会・再分配の平等性を指向しますが、そういう国に原発を好んでいるケースがよく見られるのは事実です。原発は政治と技術の両面から考える必要があり、技術面からは全否定されるべき運命にあると考えます。「北欧は優れているから事故は起きない」、誰がそう言えるのですか。原発PAそのものの理屈です。

後、彼等はグレタ氏を擁護すると称して「世界中の学者が警鐘」と言ってますが、素朴な科学者信仰の影を感じますね(このことは、キズナアイ騒動の際にノーベル賞の権威を振りかざしてドレスコードにしたことなどにも通底する、以前からのものです。活動家にネット右翼からの転向者が見受けられることとも無関係ではないでしょう)。これに対して、私が科学者に対して抱く印象は、利益相反性、薬害公害への加担、軍産学共同にはじまり、ネット上での素朴なレイシズムの発露を眺めてきた影響が大きいのです。

木村結さんのような古い活動家もこの件で男性から否定されたとツイートしていますが、女性だからという理由で支持するのはどうかなと。運動のシンボルに女性を持ってきたがるのは官製を含めたあらゆる社会運動で見られることです。エネルギーの過剰消費を改めよ、という主張は受け入れますが。

ここまで書いてから改めて本書を思い返してみるとその慧眼に驚かされます。世の中というのは複雑ですから、社会は気候変動(刊行当時は温暖化というワードで認知されていた)と原発の両面で対応していく必要があります。どちらかだけ、というのはあり得ない回答です。特に本書のスタンスを如実に示したタイトルが素晴らしい。

本書が優れていたのは、刊行時期の適切さにも表れています。当時は自然系の再生可能エネルギーも開発期を過ぎて実用電源として広汎に普及する段階に移行し始めていた頃。スマートグリッドなどの系統側での受け入れ技術も漸く先が見えており、日本メーカーによる市場での巻き返しの最後の機会でもあったからです(事故後も原発に集中投資して重電三社の自然系再エネ事業は壊滅しましたが)。これが90年代以前の脱原発運動とは違う所でした。

共産党系の原発本というと、80年代は『危険な話』の批判でしたが、2010年時点での時代背景とその後の推移は以上のようなものでした。やはり、定評通りよく調べて市民向けシンクタンクとしてもよく機能していることに改めて驚かされます。グレタ騒動を利用してマウントを取っている人達も、愚かで先の読めなかった自称経済人や原発産業関係者も、改めて本書を読んではどうでしょうか。私も9年前の自分に強く勧めたいと思うものです。

以上ここまで。

レビューに書き忘れたが、本書冒頭に紹介されている風力・太陽光の活用事例が稚内市なのは、北欧から始まった今回の運動と因縁めいたものを感じる。

「原発には反対と言ってるのになぜ間違っているのか」と思われる方がいるかも知れないが、必要悪として容認する姿勢を取る場合、しばしば接頭辞に使われるレトリックだからである。言行には内容が伴っていなければならない。

なお、CO2対策としての原発必要論に対する批判は少し勉強すれば知ることのできる程度の情報であり、共産党の他にも本間龍『原発プロパガンダ』(岩波新書)などにも警戒すべき宣伝のパターンとして記されている。

彼女にとっては石炭火力と原発を並べた場合、石炭火力の方がより非難されるべきものである。私は石炭産業の関係者ではないが、他の電源との比較ならいざ知らず、それは誤りということだ。周辺者を含め「議論をしよう」などと無暗に触れて回るなら、「どちらも要らない」というその場限りの玉虫色発言が許されないこと位、理解出来るだろう。特に我が国は原発を追い払う過程でかなりの無理をした。上記のFITもその一例だ。であるならば、欧州や中国の石炭産業に圧でもかけるか、大陸の荒野にパネルでも敷いてなさい、ということなのである。

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