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2019年8月18日 (日)

元東電木村俊雄氏が提起した炉心流量問題を考える

前回記事「木村俊雄氏の文春記事に書かれた「炉心専門家」を嘲笑する人達」は元東電の木村俊雄氏に対する外形的な部分での嘲笑を批判した。

今回は門外漢なりに、その内容について検討してみたい。

【1】木村氏が指摘した炉心流量の問題とは

まず流量の計測方法を説明しておく。原子炉圧力容器の中にはジェットポンプというものがある。一般的なポンプのイメージとは異なり、ラッパ丈の直立パイプで、20本が圧力容器内壁に取り付けられている。このジェットポンプを直管として利用し、差圧を測ることで炉心流量を求める。流量計は、直管上下の差圧を見ているのだ。

木村氏の主張は当初は炉心流量のデータが開示されていないことの指摘だった。現LEVEL7のジャーナリスト木野龍逸氏等の助力でデータが開示された後は、内容を吟味した。

BWRは、定格出力で運転中は再循環ポンプを回し、圧力容器内の水を入れ替えている。これは、沢山の水を送り込むことで、膨大な熱を取る仕組みと考えてよく、強制循環という。地震などで安全のために原子炉を停止すると、強制循環の必要も薄れるので、再循環ポンプは止める。これをランバックと言う。ただし、圧力容器内は上と下で温度が異なるので、自然な水の対流が残り、燃料の崩壊熱を除去するのに一役買っている。これを自然循環と言う。

311の時も、原子炉が緊急停止した際、数十秒で自然循環に移行した筈だったのだが、木村氏は公開されたデータから炉心流量がゼロとなっていることを読み取り、1号機では津波到達前に小破断LOCA(冷却材喪失事故。配管に小さな亀裂が入って水が抜けてしまう事故のこと)が起きていた可能性を主張した。これが『科学』2013年11月号に掲載され、この頃の講演動画で詳しく説明された。

新潟県が設けた技術委員会でも木村氏の主張は取り上げられたが、東電の回答は、炉心流量が地震発生直後にゼロとなったのは、少ない流量表示をローカット(0と表示すること)したからで、水が抜けたからではありませんよと反論している。これが2015年から2018年頃のことだ。

その後、東電訴訟の一つ、いわゆる田村訴訟で新しい情報を入手したので、『文芸春秋』2019年9月号への記事掲載に至った。ただし全体の論旨構成に大きな変化はない。

今回は、この問題を論じる。前半は工学的な取り扱いが中心だが、後半は社会問題への適用について述べる。

【2】計測機器とローカット

一般に電気電子計測の分野では、「通常」使用しない範囲に数値が来ることを考えなかったり、少量のノイズにより指示値がぶれるのを嫌う。特に7セグのデジタル表示の場合は見た目にもコロコロ数値が変わるので嫌われる。そのため、ローカット(ある閾値以下は強制ゼロ表示)にする傾向がある(「ローカット機能とは」『用語集』株式会社ソニック)。

計測機器メーカーの仕様・取説などでもしばしば登場する(例:『デジタル微差圧計MODEL KS-2700シリーズ取扱説明書』株式会社クローネ P4,P12)。

原子力業界が突然持ち出してきた「謎の概念」ではない、ということである。

【3】東電のローカットに関する説明を読み解く

東電は新潟県技術委員会のために作成した以下の2本のスライドで「低流量域では、わずかな差圧誤差で大幅な流量誤差が生じる」ので「10%フルスケール以下の値はゼロとみなす」と説明している。

Niigatagijutsu140114_siryou24_p26

 

Niigatagijutsu140820_hosoku4_p53

これを、差圧式流量計(オリフィス式流量計)の一般的な説明とクロスチェックしてみよう。

差圧式の理解を深めるため、この形式の弱点とされるポイントを挙げ、それが正当であるか否かを論じてみましょう。

1)流量範囲が狭い
 自乗特性のため、測定できる最大最小流量比が3:1程度しかとれないといわれます。これは差圧伝送器の性能が向上した今日、状況が少し変わりました。一方、流量範囲はこの程度で十分という反論もできるのです。差圧式流量計の測定範囲は、絞り機構の 設計と差圧レンジの設定で自由に選べます。したがって、比較的狭い流量範囲でも、実際に使う範囲に合わせれば、実用上困るこ とはありません。使用流量域が当初の計画から変わる場合には、差圧伝送器のレンジ再調整かオリフィスプレートの交換で対応で きます。

※2)~5)は本記事に関係無いので省略

佐鳥聡夫「流量のお話 第2回 差圧式流量計」東京計装株式会社

測定範囲は変更できるが低流量対応にするにはオリフィスを交換しなければならない。つまり、圧力容器の中に入って交換する必要があるので、運転中には不可能と言うことだ。

10%ローカットについては次の説明から業界での常識と判断出来る。

通常,オリフィス流量計では低流量での誤差が大きいため,流量10%以下では流れていないものとしてカットして使用しているが,ある取引においてカットせずにオリフィス流量計+積算計でカウントしていた。その取引の長期間停止中に0.5%程度ゼロ点がずれていた。オリフィス流量計の流量は差圧のルートに比例するため,わずかな差圧0.5%誤差が流量7%で積算されてしまった。

●対策

誤差量に気づき,積算しなおした。その後は,10%以下の場合にカットされるようソフト上で処理を行った。

●差圧流量計のゼロ点

 オリフィス流量計は導圧管を通じて圧電素子により差圧を計測して,差圧伝送器で信号に変換し,開閉演算を行い流量比例信号として出力します。開閉演算する理由はオリフィス流量計の計算式の√を解くためですが,低流量(ゼロ点付近)の時にはこの開閉演算によりその値は拡大し,わずかなゼロ点誤差が大幅な流量誤差となってしまいます(表)。(以下省略)

エピソード③流量計測-オリフィス流量計「 ゼロ点誤差の思わぬ影響 」」『計装Cube』No.31 2008年8月

私に『トランジスタ技術』やCQ出版の技術書で解説されてる様な、デジタル回路の高度な知見は無い。そう断った上で述べるが、開閉演算とは平方根を求めることで、これを二進のAND,ORの組み合わせでも使ってやってるのだろう。

従って、東電の説明は上記の限りでは矛盾が無い。

【4】建設時の外部電源喪失試験と同じだった福島事故

木村氏は講演で、プラント建設後の起動試験経験もあり、炉心流量その他のパラメータを読み解くことはとても慣れていた旨を語っている。起動試験は細かく分けると100項目以上からなるが、その中に外部電源喪失試験という項目がある。木村氏が「今回の事故は試験でやっていたことが現実となった」(大意)と述べているのはこの外部電源喪失試験を指す。

これも嘘である。原子力黎明期に起動試験結果を公開の場で技術報告するのはよく行われていた(例:「福島原子力発電所1号機の起動試験」『火力発電』1971年10月 )。

Karyoku197110_p22upside

後年それが無くなったのは、単に技術的新規性が無いから誰も投稿してこなかったという、あらゆる枯れた技術製品で起きている理由からに過ぎない。読めば分かるが、そもそも起動試験とは、自動車で例えるなら「ブレーキはかかるのか、かかり具合はどうか」「エンジンは焼き付いたりしないのか」といったことを確認するための試験であり、既に公開されている耐震性能などと同様に、安全上はむしろ公開すべき情報である。

しかも東電はTwitterに無用な情報をばら撒いたことを認めた、柏崎刈羽勤務の社員A氏(HN:へぼ担当,TwitterID:hebotanto)を処分出来ておらず(いわゆる見て見ぬ振り状態)、内部統制は崩壊している。

【5】島根2号機の外部電源喪失試験はローカット無しだった

ところで、上述の福島第一1号機の論文だが、試験項目には外部電源喪失試験が無い。しかし私は、BWRに関して更に2プラントの起動試験結果を入手した。東海第二(BWR-5,MarKII-GE型)と島根2号機(BWR-5,MarkI改良標準型)である。それぞれの外部電源喪失試験を見直したところ、東海第二は炉心流量はゼロ表示となったが、島根2号機では炉心流量はゼロ表示ではなく、11870T/Hが900T/Hとなっていた。

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出典:「第6編起動試験」『東海第二発電所建設記録』日立製作所、1978年11月P595(全体リンクはこちら

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出典:「第6編起動試験」『東海第二発電所建設記録』日立製作所、1978年11月P596図45

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出典:『島根原子力発電所第2号機建設記録 起動試験編』中国電力 P331

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出典:『島根原子力発電所第2号機建設記録 起動試験編』中国電力 P335(グラフ全体へのリンクはこちら

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出典:「地震動による福島第一1号機の配管漏えいを考える」『科学』2013年11月P1225図2
※スキャンデータは伊方訴訟提出資料より。

なお、木村氏は福島第一1号機の炉心流量のグラフについて上図のように、14時48分24秒頃から-7000T/Hの異常なマイナス値(図中A)や直後のスパイク(図中B)が乗っている旨も指摘したが、東電は流量計のゼロ表示仕様だと説明した。しかし、東海第二、島根2号機共にそのようなマイナス値もスパイクも認められない。更に、島根のグラフは後で書き改められた形跡も無いように見える(スパイクについてはこれ以上の分析は控える)。

先の東電の説明はメーカーの仕様書を丸写ししたような印象があり、スクラム後の自然循環時に、炉心流量を計る必要性への考察が抜け落ちている。しかし、中国電力では流量表示に意味を見出していたことが伺える。

ATOMICAの自然循環の説明にはこうある。

軽水炉の一次(原子炉)冷却系には炉心を熱源とした循環ループがあり、通常運転時は一次冷却材ポンプ(原子炉主循環ポンプ)などの外部からの駆動力により原子炉冷却材が強制循環されている。このポンプが停止した際にも原子炉冷却材の密度分布による差や一部にボイドが発生することによってループ内に原子炉冷却材の循環(能力)を生じる。このような循環を自然循環(自然対流)という。沸騰水型原子炉では、原子炉圧力容器内自然循環だけで定格流量の半分に近い出力で運転を行うことができる。自然循環は、冷却材喪失事故時や、何らかの原因によるポンプ停止時に炉心の除熱をする上で重要な役割を果たす。

自然循環」『ATOMICA』

Twitter上には「再循環が止まってるから流量はゼロで当たり前だ」と言う「識者」がいるがとんでもない間違いである。

この説明を踏まえると、低流量域(=自然循環)はLOCA時は重要となるので、測定誤差が拡大したとしても、流量がゼロか否かの判断は出来るように、ローカットしなかったのであろう。

島根2号機の起動試験は1988年に行われた。先のような運用法に至った理由として考えられるのは、TMI事故(1979年)、チェルノブイリ事故(1986年)だろう。これを受けてシビアアクシデント時のプラントパラメータ把握に力点が置かれたと思われる。

福島事故前のアクシデントマネジメント(AM)の基本理念は、現有設備に最小限の追加投資を行って最大のポテンシャルを引き出すことである。1988年時点でこの考え方は公式の方針とはなっていなかったが、BWROG(BWR Owners Group、GE原子炉ユーザーの集まり)等で議論された可能性はあるだろう。自然循環時の炉心流量が一応計測可能であるなら、平時よりローカット設定を解除(一般的な計測機器ではユーザー側で解除可能な機種がある)すれば良い。

【6】運転特性図は何時書き改められたのか

上記推測を補強する資料もある。まずは先の『火力発電』誌に掲載された福島第一1号機起動試験の記事から運転特性図を引用する。

Karyoku197110_p24fig1

この特性図は炉心出力0%の時、グラフ左の自然循環曲線もX軸が0%に収束するように描かれている(なお作成法は右記参照。「特集・原子炉熱流力設計の諸問題」『原子力学会誌』1972年5月P42)。

図の引用は省略するが、東海第二、島根2号機の起動試験にも運転特性図は掲載されており、自然循環が0-0収束するのは同じである。

次に、木村氏の講演動画からキャプチャされた運転特性図を示す。

1f3untenntokusei

出典:「運転特性図」『木村俊雄さん「過渡現象記録装置データの重要性について」-Togetter

自然循環曲線が0-0収束していないことが分かる。こちらの特性図の方が実態的なアクシデントマネジメント策を検討するには向いている。

木村氏自身が述べていることだが、実際には出力0でも自然循環が残るので、90年代に定格(出力での)炉心流量の10%程度に収束するように特性図を書き改めたそうである。事実、2000年代後半より刊行されたオーム社原子力教科書シリーズの『原子炉動特性とプラント制御』(2008年)P95には木村氏が提示したものと同じ図が掲載されている。

Twitterの原子力関係者は木村氏批判にかこつけて、「運転のことならまずATOMICA」とツイートしているが、ATOMICAのBWR運転に関わる解説の出典を見ると、1971年の『電気計算』の記事に行き当たる。この記事は私も持っており、東電の川人氏(後の柏崎刈羽所長)が書いた非常に良い説明だが、時代が古い。ATOMICA依存も程ほどにという一例である。

2019年8月30日追記
東海第二の起動試験にも参加した某メーカーの炉心技術者より説明をいただいたので紹介する(もっとも、電源喪失試験には不参加だったとのこと)。

木村氏が90年代に関わった「炉出力-流量」線図の書き換えだが、初起動時(起動試験時)は古い図で間違いはないそうである。

具体的に述べると、最初の図は起動試験用にGEが提示したもので、燃料は全て新品のため崩壊熱がない。一方、木村氏が示したものや、近年の教科書に掲載されている図は、相当程度燃焼も進んで崩壊熱がある状態なので、自然循環が起きる、とのことであった。

その他、パラメータの見方等にも専門家ならではのご意見を頂いた。感謝いたします。

勿論、中国電力もその後東電に合わせてローカット設定にしている可能性はあるだろう。その場合は、津波の問題と同様、東電の都合に合わせた結果ではないか、という観点の検証が必要である。逆に、東海第二が運開後何年かして、島根2号機のような新型プラントに合わせている可能性もある。勿論、津波におけるその種の検証と同じく、必要なら当時のメールも引っ張り出さなければならない。

また、この点から新潟県の技術委員会が何を求めるべきなのかも浮かび上がってくる。

  1. 東北地方太平洋沖地震で自動停止した健全プラント(女川、福島第二、東海第二)の過渡現象記録装置のデータ開示
  2. 流量計のメーカー型番、取扱説明書、納入仕様書等の開示
  3. 文春木村氏記事での問題提起と併せ、東電見解の妥当性再検討、ローカット処理の妥当性を検証すること

技術的問題は【10】で結論を与えることにして次節は社会的な側面を議論する。

【7】木村氏の主張に欠けている視点

それから、木村氏の科学/文春記事や講演会動画に欠けている観点として、東電訴訟をしている被災者達に対して、その分析がどう役に立つのかを示していない、という問題がある。

(9月1日追記)よく言われるのは、物証(配管クラックの現物)で地震によるメルトダウンを証明できていないという点や、所外の放射線量が上がり出したのは津波来襲から数時間経過した後、といった点である。木村氏は建屋内の放射線が早期に上昇していたと反論しているが、所外の放射線量などについては反論していない。私も、木村氏の論に説得力が欠けると感じているのはこうした点なのだが、本節では少し視点を変えて論じる。

木村氏は講演動画で「『こうすれば事故を回避することが出来た』と論じている人達がいるが、そんな馬鹿なことに拘るのは止めて原発を廃止しよう」(大意)と語っていた。確かにそのような議論は原発推進派から多く出されていたが、回避可能性に関心を持っているのは推進派だけではない。一般に損害賠償訴訟や刑事訴訟では、予見可能性と回避可能性を証明する必要がある。つまり、回避可能性の知見は被災者に与えられるべきものなのである。白石草氏の懸念も、そう言うニュアンスだろう。

なお、大阪訴訟では原告は地震動破壊説を準備書面(裁判所に対して被告の何が悪いのかを詳しく説明した文書)に取り入れたが、東電は「壊れていない」と反論して問題設定そのものを避けたので、結局津波問題に論争の重点が移った。

しかし、訴訟に持ち込まれた事例が発生した以上、先々のことは考えておかなければならない。

【8】地震で破損していた場合に備え、主張する内容を考える

では、木村氏の主張を被災者達は訴訟でどのように取り扱えば良いか。これは、地震で壊れたか否かの検討に固執する限り絶対に解けない。

以下、「破損の有無」「東電の認識」の2条件で4通りに場合分けして考える。

  1. 地震で1号機は破損しておらず、東電も破損していないと信じている場合
    →これは、木村氏や田中三彦氏等が誤っている場合である。
     原告団は津波原因説をベースに裁判を戦えば良い。
  2. 地震で1号機は破損していないが、東電は破損を認識している場合
    →論理的にあり得ないパターンのため検討から除外する。
     ※これまでの訴訟で東電は破損していないと主張しているため。(1)(3)(4)のいずれかの理由であろう。
  3. 地震で1号機は破損しているが、東電は破損していないと信じている場合
    →これは、東電技術陣が科学信仰で思い上がっている場合である。
     この場合、木村氏や新潟県技術委員会がどれだけ検証し切れるかがキーとなるが、短期間で成果が出たとは言いかねるため、原告団は津波原因説をベースに裁判を戦っている。
     問題は調査等により(偶然)破損が証明された場合、東電側は正当な理由で主張をスイッチ出来ることにある。即ち、「事故前も事故後〇年間の間も予見出来なかったので、予見可能性は成立せず、我々は無罪である」との主張にスイッチする。
  4. 地震で1号機は破損しており、東電も破損を認識している場合
    →これは、いわゆるデータ隠しなどにより、表面上破損していないと主張している場合となる。原告団の対応は(3)と同じになるが、東電側は(3)と違い、訴訟に最も効果的なタイミングを選んで、予見不能だから無罪説にスイッチすることが出来る。
     ただし、(3)と異なるのは、虚偽説明をした証拠がどこかに残り、特に法廷での虚偽説明は、信用失墜リスクが大である。

原告に寄り添った考察としては、事実が(3)(4)の場合であっても、受け身の姿勢に留まらない言説を用意することとなる。受け身とは、「更なる調査を後追いで要求する」等の行動のことだ。特に、物書きが調査を東電任せにしていると、時としてカーゴカルトの二の舞となる。

【9】LOCAによるメルトダウンを防ぐために東電は何をしてきたか

そんな言説が成り立つのか。私も一晩考えたが、そもそも論に立ち返ればよい。勿論、素人文明論に広がらない程度の論である。

そもそも、東電や国はLOCAが起きたらどうすると言ってきたのか。そう、LOCAが起きた時のために各種の注水手段が準備されてきた。LOCAとは小破断を含め、過去40年以上「典型的な事故想定」として扱われてきたものだからである。

だから私ならそれに乗ってしまう。即ち、注水設備は何故使用できなかったのか。事故を早期に収束するためのプラントパラメータは何故読めなかったのか。答えは簡単。1時間経たない内に津波が到達し、全電源を喪失したからである。つまり、木村氏の論も結局は、各訴訟で最も重点的に主張され、証拠も充実している、大津波の予見可能性、回避可能性の問題に回収されるということである。上記(3)で述べた東電の無罪論(想定)は、あくまで地震動に対してのみ有効な論で、事故全体の予見という観点からは切り札として使えないようにしなければならない。

この論旨展開は木村氏にとっては不服かも知れないが、電源喪失が無ければプラントパラメータの異変に気付く機会が与えられることになるのだから、何も不整合は生じない。実際、東海第二で除熱に必要なRHR系海水ポンプの水没(本震直後ではなく、3月11日の晩に発生)を直ちに把握出来たのは、発電所が電源喪失していなかったからである。何も把握出来なければ、事態はより悪い方向に進んだのは間違いないところ。

福島第一1号機の場合、木村説によれば3月11日17時代に炉心損傷開始となるが、電源が生きていれば炉心損傷まで進展しても水素爆発を防げた可能性は高まる。要するにTMI事故程度での収束と同義。原告にとっては津波対策を取っていれば、FPの放出量を早々に帰宅出来る程度以下に抑え込めた可能性(INESのLEVEL5以下で収束できた可能性)が高まることが最後の砦であって、1号機がTMI-2のように溶けてオシャカになろうが本質的には知ったことではない。周辺住民が居住可能であれば、原子炉が再使用できるか否かは電力会社の金儲けの問題でしかないのである。

上記の論を採用した後に、1号機が地震でLOCAを起こしていたことが証明されても、木村氏が以前から指摘する通り、再稼働のハードルが上がるだけだろう。被災者の救済と再稼働は別の問題だからである。もっとも、既に再稼働に対しての課題は様々なものが指摘されており、耐震性不足もその中に入っているのだから、私は屋上屋ではないかと思っている。

【10】木村氏の指摘から浮かび上がる技術課題

地震でLOCAが起きてようが起きていまいが、議論は既にかなりされてきている。木村氏の論から汲み取るべき真に新しい技術課題は、①安易なローカット設定の採用や②観測者を混乱させる-7000T/Hの異常減少、スパイク表示など、計測機器の仕様に集約される。

これは真のユーザーフレンドリーとは何かと言うべき課題だが、原子力機器では殆ど触れられてこなかったと思う。

調べてみれば分かる。原発事故と計測機器に関する有名な問題として「原子炉水位計がシビアアクシデント時に使えない」という話が指摘されているが、計測原理の欠点によるもので、性質的に異なる課題である。

また、「計測機器の統計的不確かさ」なら理工学部生の実験用副教材では定番の記述だし、一般産業分野で古くからある話である(例:「第15章 計測の信頼性と測定の不確かさ」『標準化教育プログラム[個別技術分野編-電気電子分野]』日本規格協会、2009年)。しかし、誤読を誘発する表示の問題は異なる。

ヒューマンエラーの見地から取り上げられても良かった筈だが、原子力で取り上げられてきたのはTMI事故以降実施された制御盤のミミック表示化(制御盤をよく見るとスイッチとスイッチが色のついた線で結ばれてる。プロセスの流れに沿って機器の機能的な関係を系統線図で表したもの。)や、情報のモニタ表示化の是非位。

オーム社原子力教科書シリーズの『ヒューマンファクター概論』を読むと「機器が故障する」「人が誤読する」ことに力点が置かれているが、炉心流量計は故障していないし、誤読を誘いやすい数値を示すことへの配慮は同書の記述から読み取れない。この教科書が参照しているWASH-1400,NUREG-CR1278を全て精読した訳ではないが、制御盤への反映状況を見る限り、明らかにバックフィット対象事項ではなく、余り期待は出来ない。

必要なら電中研なり適当な学協会で研究会を設けて対応すべきだろう。

(2019年9月27日追記)私の意見だが、今回取り上げた運転関係者への負荷を減らしつつ、必要な情報を伝える中国電力のやり方が最も正当と考える。ただし、測定範囲を下回る値については、流量の有無のみ伝える二値的な表示になっているとより適切だ。

理由は、運転員に本質的でないことで面倒をかけるのは次の3つの理由により避けるべきだから。

  1. 第一に、運転員はただでさえ、個別の機械の癖や特性を把握することで忙しいことが挙げられる。『日本原子力発電社報』1971年1月号に「運転直員の一週間」という記事があるが、そのことをよく伝えている。名前は個別に出さないが、後年書かれた外向きの運転紹介記事もこの点は一貫している。計測機器に由来する波形の歪みは、原子炉の挙動を知る目的からすれば、本質的な知見ではないし、緊急時は誤読の要因になる。
  2. 二点目は彼等の経歴にある。運転員(直員)の多数派は高卒入社の技術系社員。原子力屋としての登竜門的ポジションにある。80年代の所内報によれば、20代が過半を占める。

    前回木村俊雄氏の記事でも書いたが、学歴を盲信した侮りは誤ってる。運転員として配属されると原子炉の運転操作のため専門的な教育がなされ、また年単位で勤務していく中で習熟度も上がっていく。とは言え、彼等に与えられた仕事は計測メーカーの設計者ではなくプラントの運転者である。その点から言えば、本来は無駄な知見であり、無くても仕事ができるようにするべきだろう。
  3. 三点目は、運転員にかかる心理的ストレスである。

三点目に関しては、手に入れた福島第一所内報に次のような一文が載っていたので引用する。

Gensiryoku_fukushima198207p22upside

皆さんは観光地に遊びに行き、ロープウェイに乗ったことはありますか。ロープウェイで深い谷底の真上にきた時、「もしロープが切れたら」とか「機械が故障して止まったら」など考えたことがありませんか。その時の恐怖と複雑な気持ちは、言葉では言い表せません。それと同じように原子力発電所が安定運転中であっても、もし機器の故障で何か起きたらと考えると妙な気持になります。中操で盤面に向かっていると、精神的に押しつぶされそうになるのです。その時、どうしようと悩むことより、私は主要プラントパラメータの動きに注意し、アナンシェータ(注:警告表示)の発生に一つ一つ対処し、確実に処理していくように心がけています。

われら中央操作員」『原子力ふくしま』1982年7月

似たストレスを抱える例としては乗り物の運転士が挙げられる。15年ほど前『運転協会誌』(鉄道業界誌)に「開拓者たち」というシリーズが連載され、その中である保安装置を開発した動機として、「運転士達が自らのミスにより事故を起こす悪夢に日々悩まされていたこと」を挙げていた(「開拓者たち TNSの誕生」『運転協会誌』2003年7月)。

所内報の記述はTMI事故(1979年)の影響が見られる。当時高木仁三郎などもこうした心理的プレッシャーが常時あることを指摘していたから、私が中国電力のやり方を推す理由としては、ある意味古典に属する。ただし所内報は、社外からの目線ではなくて、東電のBWR運転員による裏書となってることに価値があり、当記事に繋がっていく重要なものである。古典ではあるものの、しばしばメーカー技術者にさえマスクされて見えない、ユーザー視点であるとも言える。

付け加えれば、この種の「専門家」「業界人」はしばしば、本質的とは思えない現場知識の自慢、異常に生真面目な態度、反対派の幼稚な悪ふざけに対する無理解への絶望感と過剰な敵意、などを示すことがある。全てこの恐怖感の投影だろう。

【11】おまけ

最後にその「どうしようもない業界人」の一例として当ブログではおなじみ「水処理業界のあさくら氏」のツイートを紹介する。

 

指示待ちの姿勢が軽蔑されてることにいい加減気付こうね。全てが露見したら、君もたないと思うよ。

※2019年9月27日:【10】に個人見解追記。

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東京電力福島第一原子力発電所事故」カテゴリの記事

コメント

 LOCAが先に起きていたと前提したら、津波による『電源喪失』が炉心溶融の「決定的要因」として現原発安全対策に絞り込むことは、危険なことと思う。津波の前に地震が起きるのが通常であろう。津波でゼロ払い的な技術論は乱暴そのもの。LOCAのみで電源喪失が起きていなかったら、どのような事態になっていたか、素人として知りたい。
 そもそも、現時点の原発安全対策が、「100%」安全といえるかどうか、徹底したリスクマネジメントの総合的議論の場が必須と思える。かかるキャンペーンを、メディアは協力して惹起して欲しい。大本営発表のままで放置できる訳はない。メディアも「過ちは二度と繰り返しません」の意味は理解しているはず。メディア・マスコミは仕事をして欲しい。

投稿ありがとうございます。
>現原発安全対策に絞り込むことは、危険なことと思う。
御存知ないかも知れませんが、私が見てきた再稼働阻止の訴訟で地震のリスクに触れてない物は一つもありませんが。絞ってると思ってるのは貴方でしょ。

>LOCAのみで電源喪失が起きていなかったら、どのような事態になっていたか
本文に書いたようにそれを検知した時点で注水するだけです。それに失敗すれば現実と同じく溶融でしょうが、被災者訴訟では「あんたら東電はLOCA時に絶対注水するとずっと言ってきただろ」と主張すれば良いだけのことです。

>そもそも、現時点の原発安全対策が、「100%」安全といえるかどうか
100%じゃないと分かってるから訴訟を起こし、世論の過半は脱原発なのです。新しいリスクを問題提起するのは、そのリスクを知らないよりは意義のあることですが、単なる保険ですよね。

本文にも書いた通り、地震に拘ることで被災者訴訟にどうそれを活用するのか、貴殿も全く見えてきません。仮に「地震動の知見が足りず、よく調査したみたらLOCAしていました。」となったとしましょう。しかし、「同じ地震動でも想定外だから我が社は無罪」と主張するんじゃないんですかと書いてるのです。これは津波の責任を回避するために「想定外だった」と言い張ってるのと同じ論理構造です。

被災者を置き去りにして、これから来る地震でよその原発が壊れる可能性だけを主張する「脱原発」は只のエゴじゃないですかね。だから脱原発運動の中ですら相手にされなくなってきたのですよ。

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