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2019年6月 2日 (日)

東電裁判被告の武藤栄に原子力損害賠償制度の検討委員をしていた過去

福島原発事故の責任を巡って刑事・民事に渡り、様々な訴訟が提起されている。その中でも当時の東電会長であった勝俣恒久、取締役副社長原子力・立地本部長からフェローに転じた武黒一郎などは刑事訴訟や株主代表訴訟の被告に名を連ねている。取締役副社長(代表取締役)原子力・立地本部長だった武藤栄もその一人だ。

ところで、こういった幹部を含む原子力部門の重鎮達が、その出世の過程でどんな仕事をしてきたのかだが、津波対策についてはかなり解明されたものの、その他の点は断片的な裏話が目立ち十分に解明・論評されていない。

武藤の場合、2000年代初頭に電事連原子力部長に出向し、原子力損害賠償制度に関する調査に参加していたが、これもまた、ネット上で話題になっていない。

事の発端は、2001年度予算で、原子力委員会が原子力損害賠償制度に関する調査を三菱総研に発注したことに始まる。その調査の検討委員の一人が武藤だった。紙版の報告書は入手し、冒頭には配布対象者に向けて「引用、転載には承認が必要」といった(著作権法の観点から第三者には完全に無意味な)文言があるが、内閣府がネット上で全文公開している。

 原子力損害賠償制度検討会報告書 平成14年3月(内閣府HP)

内容は国家間で原子力損害賠償について共通のルールとして生み出されたパリ条約・ウィーン条約を、アジア地域に適用するにあたっての課題を調査したものであった。あまりなじみのない条約だが、ヨーロッパを中心に締約国を増やしてきた。日本、アメリカ、ロシアといった(当時の)原子力大国は入っていないが、日本の場合は無限責任制度であるのに対し、条約の方は有限責任制度であること、損害賠償額の上限が原陪法に比較しても低すぎることなどを理由としていた。それが2000年代に入る頃には「無限責任制度を有する国であっても法的整合性の面で特段の問題が無いように改められ、また、賠償措置額も大幅に改善された」ため、このような検討が行われた。

ただし、チェルノブイリ原発事故や福島原発事故に対応できるような内容ではないので、一部の法研究者以外は注目してこなかった。

しかし、原子力損害に関する業界周囲の考え方を知る上では参考になる点もあるし、武藤氏の脳内にどのような知見がインプットされているかを確認する上でもこのレポートは重要である。よって、現在進行中の訴訟を意識し、特徴的な記述を抜き出してみよう。

なお、「パリ条約/ウィーン条約」に関しては(推進側を含め)解説サイトが幾つかある。また、本文中で触れる東電の動向についてはLEVEL7や福島原発告訴団/支援団掲載の裁判傍聴レポートを読むと深く理解できる。

【原子力損害賠償の一般的性格】

4.わが国を含めたアジア地域原子力損害賠償制度の必要性
(1)制度構築のニーズ
  原子力損害は、人身および財産に与える影響が甚大であることが予想されるとともに、その性質上、損害原因の特定および結果の予測が非常に困難である、という特殊性を有している。
 こうした特殊性を有する原子力損害の賠償処理を、従来の過失責任ルールの下で行おうとするならば、被害者は、非常に困難な加害者の特定及び過失の立証に直面することとなり、被害者の救済は実際問題として非常に困難となる。また、仮にこの問題が解決されたとしても、加害者である事業者に賠償資力が備わっていなければ、被害者の救済は画餅に帰すこととなる。


 したがって、被害者救済を迅速かつ十分に行うためには、まず第一に、1)無過失責任制度、2)原子力事業者への責任集中、3)この責任の履行を担保するための損害賠償措置の事業者への強制、を柱とする、原子力損害賠償制度を確立することが必要不可欠であるといえる。


 そして、原子力事故が越境損害に結びつく可能性があることを勘案するならば、原子力施設を有する国のみならずその周辺の国々においても、原子力損害賠償に関する適切な法制度が整備されることが重要である。このとき、大規模かつ複雑な賠償処理において、国家間での賠償の公平性が担保されるようにするために、その制度内容は国際的・地域的に統一されたものとすることが望ましい。

具体的な賠償額と範囲を除けば、方向性としては正しい記述である。

【越境損害に対する見解】

2.国際的原子力損害賠償諸制度の沿革及び概要
(1)歴史的背景
国際的な原子力損害賠償制度は、各国の国内法とほぼ同時に整備されてきた。原子力損害賠償制度の確立に取り組む先進諸国は、越境損害の問題に対応するためには共通の国際的枠組みが必要であると考え、国際条約の整備についても原子力開発の初期の段階から着手した。この結果、1960年には経済協力開発機構(OECD)により、原子力の分野における第三者に対する責任に関する条約(以下「パリ条約」という。)が採択され、(発効は1968年)、1963年には国際原子力機関(IAEA)の下で、原子力損害の民事責任に関するウィーン条約(以下「ウィーン条約」という。)が採択された(発効は1977年)。


ところが、1986年に発生した旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所における事故は、国際的な原子力損害賠償制度のあり方について大きな問題を投げかけた。チェルノブイリの事故の際、旧ソ連政府は、越境損害に対する損害賠償を規定している国際条約に加盟していないことを理由に、国外で発生した損害に対しては、何らの賠償をも行わなかった(国内では2000年までに2,000億ルーブル以上を支払ったとされる。)。すなわち、それまで30数年をかけて整備されてきた国際的な原子力損害賠償制度は、チェルノブイリ事故に対して機能し得なかったのである。このような事情の下、IAEAを中心として、損害賠償措置額の増額、条約締結国の拡大の必要性等について、活発な検討が開始された。その結果、パリ条約とウィーン条約との連携により被害者救済措置の地理的範囲の拡大を図ることを目的としたウィーン条約及びパリ条約の適用に関する共同議定書(ジョイント・プロトコール)がIAEAとOECDの原子力機関(NEA)との共同作業により1988年に作成され、また1997年にはウィーン条約の改正議定書及び原子力損害の補完的補償に関する条約(以下「補完的補償条約」という。)がIAEAにおいて採択された。

※下線は筆者による。

越境損害に言及しているのも興味深い。当たり前だが、彼等は安全神話を利用する一方で、実際に事故が起きたらどのようなハレーションを生むのかについても、知見の更新を続けていた(詳細は割愛するが業界は、越境損害に関して本レポートの他にも様々な研究を行っていた)。

このことは後程もう一度取り上げる。

【原陪法3条但し書き削除の提案】

2) 免責事項
 原賠法においては、「異常に巨大な天災地変」又は「社会的動乱」による原子力損害について、原子力事業者は免責とされている。


 一方、ウィーン条約改正議定書においては、「武力紛争行為、敵対行為、内戦又は反乱」に直接起因する原子力損害について、運転者は免責とされている。したがって、我が国がウィーン条約改正議定書を締結する場合には、少なくとも「異常に巨大な天災地変」による原子力損害の扱いについて、何らかの調整を行う必要がある。


 条約を締結するに当たっては、原則として、条約の規定に過不足なく対応できるよう措置する必要があることから、ウィーン条約改正議定書締結についての対応策としては、「異常に巨大な天災地変」による原子力損害を、原賠法の免責に関する規定から削除することが必要になるものと考えられる。


 この対応をとる場合、従来、免責となっていた事項についてのリスクは、責任集中されている原子力事業者が負うこととなる。しかしながら、この点については、原子力事業者は、その結果、何らかの追加的負担が生じることに強く反対している。従って、その主張に従えば、原子力事業者に追加的な負担が生じないような仕組みが可能であるか否かを検討することが必要となる。

「5.条約と国内法との関係 (1) ウィーン条約改正議定書との関係」

驚くべきことに、ウィーン条約には事故を起こした原子力事業者の免責条件として「異常に巨大な天災地変」が規定されていないので、削除が妥当と書かれているのだ。ただし、規定を削除したことによるリスクの追加に対して原子力事業者は反対とも記されている。

検討委員会に入っていた現役の原子力事業者の代表者は武藤だけである(他に原電の顧問が一名)。業界における東電の立場が盟主であったこと、他社は東電よりのりしろを付けて予防的に対応する傾向があったこと、武藤の社内での地位を考えると、ただのメッセンジャーであるとは言い難く、武藤個人の意思も反映された意見と考える(盟主扱いは事故前より一般紙にも見られる。例えば「原発耐震補強 迷う東電」『日経産業新聞』2007年8月21日32面)。

レポートが作成された2001年度は土木学会で「原子力発電所の津波評価技術」が審議されていた時期に被り、翌2002年に安全率を1にして(不確実性を見込まないで)発行されたのはよく知られた事実である。また、2002年には東電の津波想定実務の担当者(高尾誠)が原子力安全・保安院に40分も電話で抵抗して大津波の想定を拒否したことが、裁判の過程で明らかになっている。本レポートの「原子力事業者の見解」はこれらの動きと軌を一にしている。即ち異常に巨大な天災地変に対応するための追加コストはそれが予防のためであれ賠償であれ支払いたくない、ということだ。

高尾氏は数年後には反省したのか、2008年には大津波の想定を認めて対策するように社内で活動するのだが、武藤が出席した御前会議は津波対策を延期を決定した。「原子力事業者にとりマイナスになることは一切行わない」という考えを変えなかった。

また、原子力委員会や国も、無限責任を基本とし、災害多発国でもある日本の原賠制度から、「異常に巨大な天災地変」による免責事項を削除する代わりに、必要な天災リスクを予防するための資金を電力会社に助成したり、国家が肩代わりすべき賠償積み立て金を確保する等の措置を行わなかった。そもそも、条約加盟国が本当に天災リスクの少ない国ばかりなのかという点も考慮した形跡がない(欧州でも南部は地震リスクが存在し、洪水リスク等も常々指摘されている)。彼等もまた、東電同様に逃げたのだと言える。

【その後の推移】

その他、このレポートの後にどのように事態が推移したのだろうか。

  • パリ条約、ウィーン条約共にチェルノブイリ事故レベルの損害を補償するためのスキーム(賠償額の桁単位での引き上げ)は行われなかった。
  • 日本はパリ条約、ウィーン条約、補完的補償条約いずれも署名も批准もせず、越境損害賠償についてのスキームを整備しなかった。
  • 原子力損害賠償法から異常に巨大な天災に関する規定は削除されなかった。

上述のように、武藤や電事連が補償の拡大充実について調査研究・ロビー活動に積極的だった事実は見当たらない。

そして福島原発事故直後の2011年3~4月には、案の定東電から「異常に巨大な天災地変」なので免責規定を適用すべきとの主張がなされた。かつて、武藤を通じて追加のコストを支払うことに反対した、あの異常に巨大な天災地変に東日本大震災が該当するというのだ(当ブログ他で指摘されているように、予見も回避も可能だったため、そのような指摘は当たらない)。

この件で、原電出身で自民党から転じた与謝野馨経済財政相と枝野官房長官は怒鳴り合いう事態となった。しかし枝野氏が押し切り、東電は免責されることは無かったものの、後に業界の巻き返しで経営破たんの形は採らず、半国有化されるに至った。

【事故後8年経って振り返った時の視点】

訴訟の場においても原陪法3条但し書きの精神を引き継ぐ形で「異常に巨大で回避不可能な災害」という観点に収束するように、被告側弁護団が論じている。

しかし、そもそも条約への整合化がなされていれば、最初からこのような論理がまかり通る余地は皆無だったと言える。免責という法益をちらつかせることで無駄な議論や『免責法理のプロパガンダ』を生み、時間稼ぎをしてきた東電・政府関係者の罪は大きい。

むしろ、このレポートの存在により電事連はもとより、武藤個人も原子力損害賠償制度について、通常の東電原子力部門社員より詳しく知った状態で、津波対策の延期を決定した東電経営陣の2008年の「御前会議」に出席していたことが分かる。当時のことに関して言えば、原賠制度のスケールの大きさから、真面目に論じる必要があったのは最高幹部達であり、勝俣、清水といった面々も武藤からレクされていた可能性を考えておくべきだろう。

勿論、この調査が原子力委員会による発注だったことも重要な観点である。制度の運用者で制度設計や立法にも官僚などと共に影響を与える者が、電事連の代表者と共にレポートを作成していたことは、訴訟における彼等の正当性~当時の制度に従っただけ~といった論理に重大な問題が潜んでいることを示す。

越境損害についての考慮も同様である。本文を読めばどちらの国で裁判を行うかについてもこのレポートは制度化の必要を認めている。

4) 裁判管轄、単一法廷

 原賠法においては、裁判管轄に関する規定が、特に置かれていないことから、国際裁判管轄に関する判例法によれば、原子力損害賠償請求訴訟についての裁判管轄としては、被告の住所地(本拠地)国に加え、事故発生地国及び被害発生地国に認められることになる。


 一方、ウィーン条約改正議定書においては、裁判管轄について「その領域内で原子力事故が生じた締約国の裁判所のみに存する」と規定されるとともに、「自国の裁判所に裁判管轄権が存する締約国は、一の原子力事故に関して自国の裁判所のうち一の裁判所のみが裁判管轄権を有することを確保しなければならない」と規定されている。


 このため、同議定書を締結する場合には、我が国以外の締結国における原子力事故の被害が我が国に及んだ場合に当該事故発生国に裁判管轄権が特定されることに関して、問題点等の検討を行っておく必要がある。
 この場合、我が国国民は、外国で訴訟を行うこととなり、我が国において訴訟を行うことに比べ、言語の問題、旅費等の経済的負担、事故発生国と我が国との民事訴訟に関する裁判手続における法令の定めや慣習等の内容の差異等が生ずることが考えられる。
 しかしながら、同議定書締結により、

  • 同議定書に規定される原子力損害については、越境損害であっても確実に 合計3億SDRまでは賠償措置が講じられることとなることから、同議定 書を締結しない場合に比べ確実な被害者の救済が図られること、
  • 前述の被害者の訴訟に伴う負担等に関しても、同議定書に規定された被害発生地国による代位請求や紛争処理手続により、かなりの程度、緩和されることとなると考えられること
等から、同議定書の締結は我が国にとり十分な利点を有していると考えられる。

 我が国が同議定書を締結する場合には、裁判管轄の一元化を実現するため、我が国が事故発生地国である場合に、裁判手続法上、一つの原子力事故による原子力損害について裁判管轄権を有する我が国の裁判所を一つに特定するための国内法上の措置を講ずる必要はある。

 

「5.条約と国内法との関係 (1) ウィーン条約改正議定書との関係」

※下線は筆者

越境損害で被害を受けた国民が外国で訴訟を起こすことになる・・・これが現実化したのがトモダチ作戦に参加した米兵訴訟である。条約に未加入、或いは未署名という点では米国も日本と同じ状態であり、日米共に、法の欠缺を放置していたことになる。

東京電力ホールディングスは6日、東日本大震災の支援活動「トモダチ作戦」に参加した米空母乗務員らが福島第1原発事故で被曝(ひばく)したとして、医療費に充てる基金創設などを東電に求めた2件の訴訟の判決で、いずれも米国の裁判所が訴えを却下したと発表した。

東電によると、2件は米カリフォルニア州の南部地区連邦裁判所に提訴されたもので、それぞれ10億ドル(約1120億円)の基金を求めていた。判決は4日付で、裁判所は却下の理由を「審理する管轄と権限を有しない」とした。

東電は「当社の主張が認められたと理解している」とコメントした。〔共同〕

トモダチ作戦の訴え却下 原発事故で米裁判所」『日本経済新聞』2019年3月6日

トモダチ作戦訴訟についてはネットメディアでも数件報じられているが、裁判の管轄権が主要な争点となり、原告側擁護の立場から河合弘之弁護士は渡航にかかるコスト、日本側の裁判制度の瑕疵などを指摘し、米国での提訴につなげた経緯がある。しかしそもそも論として、事前に被害者に寄り添った制度化をしておかないから、このような時間と議論の年単位での空費が起こるのである(なお、米国はウィーン条約には参加していないが、上述の「補完的補償条約」は福島事故までに批准していた)。

今後、海洋汚染の拡大が確認された時点で、同様の事態が他国とも生じる恐れが高い。

なお、業界側は事故後、「原子力損害賠償制度に関する今後の検討課題~東京電力(株)福島第一原子力発電所事故を中心として~」(日本エネルギー法研究所、2014年)にて事故前の議論についても触れている。事故被害の巨大さから津波想定の問題をはじめ、かなり踏み込んだ法的検討はしているが、原陪法3条但し書きに関する議論や裁判管轄権に関する制度の不備を放置したこと等について、事故前の知見を批判的に分析はしていない。ADR等の裁判外の賠償手続きについても迅速性を強調する等の自賛?が目立つ。

今後、注意を払うべきなのは、原発事故訴訟が提起されてから、武藤が法的知見と経験を被告および補助参加人、弁護団と共有してきた可能性が高いことだろう。彼らの構築するロジックを細部まで検討すると「単なる津波対策の免責」という観点だけでは理解しがたい文言が見つかると、弁護士やウォッチャーの間でしばしば指摘されている。これらを素朴なカルト信仰の変形として理解する向きも多いが、今回のレポートやその他の業界内でクローズする専門知見を反映した行動と見るのが、被災者に対して公正な被害補償を達成するうえでは適切と考える。

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