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2018年5月 6日 (日)

その後のブラウンズフェリー原発1号機~再稼働への道程~

東海第二のような非難燃性ケーブルで施工された1970年代の原発の規制を考えるにあたって、ブラウンズフェリー原発1号機の事例は注意を払う価値があるように思われる。

既に様々な資料で紹介されている通り、1975年3月22日、稼働2年目の新鋭機だったブラウンズフェリー1号機で、蝋燭の火を発火源とするケーブル室の火災事故が起き、原子力発電所の防火対策を大幅に見直される契機となった。

だが、その後のブラウンズフェリー1号機の顛末については、日本では断片的なニュースの継ぎ接ぎであり、よく知られていないと言って良い。彼等は何をどこまで教訓化していったのだろうか。

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ブラウンズフェリー1~3号機(TIMES FREE PRESS

実は、1号機は22年の運転休止を経て2007年に再稼働を果たした。2017年、国会でも参考としてその名前が挙がっている。以下、私が収集した資料の中からそれぞれの時代の同機の状況、およびNRCや所有者であるTVA等の動向について、時系列順に書き下してみた。

また、当時の難燃ケーブル製品化状況を踏まえ、東海第二問題を考えるための教訓を抽出したい。

【着工から火災事故修理まで】

TVA(日本で言えば電源開発のような、元は水力中心の国策会社)が本機の炉形選定、見積徴収などの検討を始めたのは1965年のことだ。その後10ヶ月の審査を経た後1967年5月に建設許可発行され、87ヶ月の建設期間を経て1974年に運転開始した(「軽水炉原子力発電所のコスト解析(米国)」『海外電力』1979年3月号P47)。東海第二に比べると4年程古いプラントで、時期的には福島第一2号機とほぼ同じである。そして翌1975年に火災事故を起こして運転を停止した。

1970年代末の電設関係専門誌には、ブラウンズフェリー事故を意識している例が少なからず見られる。

それは、1973年11月の大洋デパート火災などに代表されるように、国内においては高度成長によるビル建築の急速な普及の反面、一般防災対策においても防火対策の不備が問題視され、海外先進国でも似たような事情があったからである。そのため、ケーブルの延焼防止策、電気機器の不燃化を法改正等で規定する流れは、原子力発電所に限ったことではなかったのだ。

この火災の後でNRCは事故の究明と対策に立ち上がった。その結果、改善勧告および火災復旧計画が作られた。改善勧告には火災の直接原因と経過およびその遠因となった工事の不備と設計の欠陥を詳しく調べ、改善対策に参考になる事項を説明している。これらによると両方の文書に延焼防止塗料としてフレイムマスチックを使用することを指定した。これらからわかるとおり海外では自由諸国および共産圏を含めて電線ケーブル延焼防止塗料が広く使われている。

加藤義正「延焼を防ぐ屋内電路のレイアウトと改造」『電気計算』1979年6月P200

※大成建設 建築設計部

このように、事故直後に提示された防火対策はアスベストを含有するフレイムマスチックという延焼防止剤をケーブルトレイに塗布することであった。

NRCは本機事故以降、火災防護の基本的考え方として、火災を発生させないこと、発生した火災を速やかに検知し消火すること、火災による損傷の規模を最小限に抑えることという、深層防護の考え方が取り入れた。各要件はNRCの主管部署の技術見解書(Branch Technical  Position  APCSB9.5-1)として1976年5月1日に発行され、その後に正式な規制(10CFR50.48及び10CFR  Appendix  R)として1981年2月17日に施行された。1号機は下記のように1976年9月24日に系統に復帰(運転再開)した(『平成27年度発電用原子炉等利用環境調査(原子力発電所の継続的な安全性向上のための動向調査)』日本エネルギー経済研究所 2016年3月P27-28)。

当時の原子力技術専門誌が注目したのはRegulatory Guide 1.20,Fire Protection Guidelines for Nuclear Power Plants(June 1977)の発行であった。この中で、既設プラントは延焼防止剤を塗布する旨定められていた。難燃ケーブルの使用するように明記したのは新設プラントに限定された(「原子力発電所におけるケーブルの延焼防止対策」『FAPIG』1979年7月号)。

一方、本機の修理については、IEA(Institute for analysis)がEPRI(米電力中央研究所)の委託により実施した、「原発長寿命化における技術的可能性の調査」に載っている。概要を和訳した『海外電力』記事から引用しよう。

電気ケーブルの劣化はケーブルメーカー、基準制定機関(例えばIEEE,NRC,ANSI)およびEPRIや国立研究所のような研究機関を含む多くの機関にとって、興味のあるテーマである。原子力級のケーブルはほとんどの場合、加速劣化後のLOCA時においても、十分な性能を保てることが試験によって確かめられており、またこの性能が40年の運転期間中にわたり十分維持されるとされている。しかし加速試験の根拠となるアルへニスの理論(引用者注:アレニウス?)は非常に疑問視されており、このことは現在のEPRIの電気ケーブルに関する研究の大きな動機となっている。EPRIの計画では原子炉建屋に置いたケーブルの試験片を、定期的に取り出し人工的に加速劣化させた試験片と比較することにしている。

必ずしも典型的な例とはいえないが、アラバマ州TVAのブラウンズフェリー原子力発電所でおこったケーブルトレイの火災では、大規模なケーブルの取り替えを必要とし、ユニット(注:号機に相当する表現)全体のケーブルの約30%を交換した。このケーブルの取り替えには約18か月の期間と約1億ドルの費用を要した。

原子力発電プラントで使用するケーブルの耐用期間は、加速劣化試験をベースにして約40年である。しかし、これより長い寿命を持つケーブルを開発しようという動きは現在のところほとんどないため、より長い寿命をもつケーブルの商業ベースの開発、試験、および現存するケーブルが40年以上の寿命をもっていることの立証等は、原子力産業界で対応しなければならない状況にある。このため新しいプラントの設計に当たっては、特に温度が高く、高放射線下でもケーブルの交換が簡単にでき、また魔モニターおよび試験のためのケーブルの設置も容易にできるような設備側の配慮がなされるべきである。

「原子力プラントの長寿命化への展望(アメリカ)」『海外電力』1986年5月P33-34

なお、連邦動力委員会(FPC)に提出されたデータによれば1号機の建設費は1976年換算で1065[MWe]X421.63[ドル/kWe]X1000=449,035,950ドル=4.5億ドルである(「軽水炉原子力発電所のコスト解析(米国)」『海外電力』1979年3月号P47)。この計算からは、当時の1億ドルは建設費の5分の1近い相当な額であると見込まれる。もっとも『エネルギーレビュー』1991年7月号P48には1号機は建設費10億ドルとの情報も書かれている(初号機特有の、付帯施設込みの価格だろうか)。

ただし、上記の記事だけでは具体的な延長は分からない。難燃か非難燃かも不明だ。ただし、火災が起きた事情や焼損区域は配線工事のやり直しという点で新設みたいなものであるから、難燃ケーブルが使われたのではないかと推測する。

米国メーカーは事故前に難燃ケーブルを製品化か】

なお、1970年代中盤時点で難燃ケーブルは製品化されていた。

その理由は、1975年の本機事故以前より、小規模なケーブル火災は米国の原発でもたびたび発生していたから。後述の『昭和電線電纜レビュー』記事によると、特に1965年のビーチボトム原発での火災が開発促進の契機になり、原子力発電所用ケーブルの規格としてIEEE Std 383-1974の制定がなされた。それに合格することで難燃性を保証することが可能になった。なお、規格上の寿命は40年と、一般的な原子力プラント寿命に整合している。勿論、こうした規格は重複する内容で別の団体が制定するのが日常茶判事で、当時もANSIやJISなどで類似の動きはあった。また、それぞれの規格改訂もあるので、今の目で見て難燃性と言えるかは保証の限りではないが、何の考慮もしていないケーブルに比べれば大違いであろうことは、誰でも分かる。

原子力用難燃ケーブルを、最初に製品化したのは米国メーカーであった。初期の報道で確認したのは「原発用ケーブルを試作 日立電線原研高崎 今後、対米輸出に期待」(『電気新聞』1975年2月5日5面)。アナコンダ(Anaconda Wire and Cable Company)、オコナルト(Okonite Company)、セロ、レイケム等は日本メーカーに先立ってIEEE Std 383-1974に合格していると考えられていたという。セロは確認できなかったが、残り3社は(当然かもしれないが)米国メーカーであった。各社は電気協会に電線カタログを送ったのだろう。

日本では米国に続く形で昭和電線、古河電工、続いて日立電線などが実用化し1970年代後半積極的に論文を投稿していた。技報で最初期のものは「原子力プラント用難燃ケ-ブルの開発」(『昭和電線電纜レビュ-』1974年12月)。他に「米国型原子力発電所(BWR,PWR)用ケーブルの燃焼性」『FAPIG』1976年8月号では同規格での燃焼試験をパスした製品のラインナップを目的としている。「難燃ケーブル「ダンフレーム」」『古河電工時報』1977年1月も同趣旨の記事である。両誌でのケーブル火災対策に関する技術紹介はこの後数年間高頻度で続いている。

住友や藤倉は殆ど調べ切れていないが多少の時期の違いを除けば大同小異であろう。

ここでは本機の来歴に係わる所を述べるため、日本メーカーのケーブル難燃化対応が遅れた経緯などは別に記事を設けて述べたい。

【ケーブル交換範囲が3割に留まった背景】

上述のように、最初の再稼働に当たって、本機のケーブル交換範囲は3割に限定された。直接的な要因を書いた文献は未発見だが、背景要因としてはTVA、NRCの双方に理由があったと思われる。

原子力発電所の設計と建設は、以前に比較して大幅に複雑化している。すなわち、設計に必要な種々の解析が複雑化し、政府等へ提出する資料等も大幅に増えると共に、解析等の精度の向上が要求され、更にもっとも厄介な問題として規則等の頻繁な変更等がある。そのため、原子力発電所の設計に要するマンパワーは増える一方で、石炭炊き火力発電所と比較しても相当多くのマンパワーが必要になっている。

すなわち、1973/1974年(運開時点)で、原子力は石炭火力の倍のマンパワーが設計に必要であったが、これがセコイヤ(注:1981年)、ベルフォンテと進むにつれ、さらに増えている。

(中略)ここで当然「このようなコスト高を導くような、規則等の増加は、コスト的に正当化されるのだろうか」という単純な質問にぶつかる。例えばセコイヤ原子力発電所をとってみても、その設計と建設に必要なマンパワーの予測は、予測を行なう毎に増加しており、特にTMI事故後の増加は異常とさえ言えよう。

「TVA原子力発電所-建設の現状と提言-」『アトム』1982年4月P47

他にも資本費のかかるプラントを建設しているということは、一般論として財務体質の悪化は避けられない。こういう状況では現状復旧的な計画とせざるを得なかったと思う。

もう一つの理由は、NRCが発足から10年程の間、バックフィット規制の厳格な運用を怠っていたからである。

最近、90年代までのNRCの実情を記したレポートをいくつか入手した。作成者が明記されていないが、東電や電事連はワシントンに事務所を持っていることが知られている。恐らくそのスタッフが現地情報を要約したかレポートを翻訳した物であろう。

1970年代にNRCは10CFR50.109「バックフィッティング」を承認した。この趣旨は原子力発電プラントの新しい要件を国民の安全を十分に高めたもの(リスク重点規制)に制限することだった。「バックフィット」とは電力会社により要件の増加をもたらすような既存規制を新しくまたは修正した規制、あるいはその新解釈をさす。

NRCは何年もかけ、リスクの重点の姿勢にバックフィッティングを重ね補う方針や手順をいろいろと制定してきた。しかし1985年のNRC調査で、実際にはNRCはバックフィット規則を基本的に無視してきたことが結論づけられた。バックフィット規則はその後さらに明確にされるため改訂された。

「合衆国原子力発電所におけるリスク・ベース規制」1995年4月 P6

その後TMI事故が1979年に発生し、その際にも被水や熱影響等で機能しなかったケーブルがあったことが問題視されたが、本機は停止されなかった。この時期は、非難燃ケーブルを多用した防火対策の不十分な原発でも運転を許可していた。日本の規制当局と同じく、鈍かったのである。

【運転休止】

しかし、1985年3月に本機は3号機と共に運転休止に追い込まれた。後年、運転再開を報じた原産新聞の記事によると、1984~85年にかけて、格納容器漏洩率試験の不合格、原子炉水位計装に関する問題など、安全上の問題が次々に指摘されたことが決め手であったという。2号機は先年の8月に停止していたから、以降本所の全号機は数年に渡り稼働しなかった。

【閑話休題-NRCと産業界の対立-】

経産省が実施している動向調査などを読んでいても、NRCと産業界の安全とコストを巡っての駆け引きに関する記述は結構書かれているものである。

先の『アトム』記事でTVAは航空産業に品質管理手法を学ぶと主張していたが1988年にフォード・米国日産出身のラニヨン総裁が就任すると、2000年代の電力需要の伸びを期待し、原子力推進の姿勢を前面に出し、NRC対応の許認可対応の他、PAも重点施策となった(「米TVAラニヨン総裁は強調する」『エネルギーレビュー』1991年6月)。

この間、本所は6年かけて13億ドルを投じて改修を続けた。2号機は1991年に運転再開を認められたが、反対派からはNRCは火災防止基準を免除するための甘い解釈をしたなどと批判されていた。なおこの時点で3号機は1995年の再開予定であり、実際とさほどの違いは無かったが、1号機は1999年と実際に比較しかなり楽観的な工程が建てられていることも特徴である(「ブラウンズフェリー原発の操業再開へ」『エネルギーレビュー』1991年7月)。

米国の原子力界が最も落ち込んでいたこの時期、TVAは同国唯一の原発推進事業者として(助成こそ受けていないものの)国策の一端を担うことを自負していた。TVAは本機に限らずセコイヤやワッツバーでも長期の運転停止・建設中止からの再開に漕ぎ着けることになるが、このタイムスケールの感覚は、日本のダム業界関係者にも通じる執拗さを見て取ることが出来る。

運転休止から10年後の話だが、次の実例も入手したので紹介しよう。

『停止時及び低出力運転リスク 米国産業並びに規制サイドの見解』(1995年4月)には停止中の安全余裕を増加させるためNRCが規則化を図った際、米原子力産業界が反対したことが記されている。ここで言う安全余裕とは、停止している際でも2台ある非常用発電機を同時に分解点検してはいけませんよ、1台は生かしておくようにとか、溶接作業を伴なう場合は定められた養生や仮囲いをせよといったものをイメージして貰えればよい。中には恒久的な設備を求められることもあるが、この場合は点検の段取りの変更などで済む物ばかりで、NRCも追加のコストは少ないかゼロと主張していたが、産業界は古いデータに基づく規則化であり、定検期間が伸びるなどコストがかかると反対した。

提案規則の番号まで載っていたが、NRCのHPで10CFRをチェック(※)すると当該番号には全く別の規定が書かれていた。バックフィットの件とは異なり、結局NRCが押し切られたようだ。

※NRC Library > Document Collections > NRC Regulations (10 CFR) > Part 50—Domestic Licensing of Production and Utilization Facilities

表面的な米原子力業界擁護を国内に持ち込む論調には注意すべきだろう。特にNRCが産業界に押し切られているケースについてはもっと掘り起こしが求められる。

【大規模改修と再稼働】

転機は拡大基調を続けた電力需要と、原子力ルネッサンスの到来であった。TVAは1号機の運転再開スケジュールおよびコスト評価を実施。2002年5月、1号機の運転再開を決定し、18億ドルを投じて、同機の大規模な改修工事に着手した。当時のレートを単純に1ドル100円とすれば、1800億円の巨費を投じたわけだ。原産新聞も「規模としては新規建設にも匹敵するもの」と伝えており、エンジニアリングおよび技術サービスをベクテル・パワー社が、改修作業をストーン&ウェブスター社等が担当した。

2006年5月には1号機の2033年8月までの運転期間延長(20年延長)が、2007年3月には115万5,000kWへの出力増強(5万7,000kW増)が、NRCより認可された。出力増強はこればかりではなく、2004年6月、1~3号機の128万kWへの出力増強(各12万5,000kW増)を申請した。

そして2007年5月に再稼動したのである。

原産新聞だけでは情報が少なすぎるので更に調べた。ケーブル関係は機械学会の報告によれば次のようになっている。

内容は難燃性ケーブルの採用、ケーブル貫通部への防火シールの施工の他、延焼防止塗料の塗布も採用されている。安全に関係するところは、50%以上、EQ(Environmental Qualification,耐環境性能検証。NRCによる解説リンク)は全て、Paper Work(品質管理文書)が無いものは全て交換し、ケーブルの分離(トレイン毎)も行っている。

機械学会報告では交換したケーブルの延長は100万フィートとなっている。これは海外の専門メディアNEIの記事にある200マイルとほぼ合致する。メートル法では320㎞となる。ただしべクテル社のプレスリリースでは150マイルと若干少なめの値となっている(べクテル分担分と解するべきだろう)。

海外の文献を見ても、ケーブルを難燃化した背景は専ら防火対策との絡みと思われるが、経年劣化対策の先取りとして更新した面もあると思われる。

高経年化に当たって劣化予測を研究していた1990年代、海外でも概略次のような問題が知られていた。

原子力発電所の寿命延長を阻害する可能性があるために解決されなければならない技術問題として次の5つが特定され、これらの問題を解決するための研究活動が各国あるいは国際協力の下で推し進められている。

(1)原子炉圧力容器の照射脆化問題
(2)炉内構造物の粒界応力腐食割れ(IGSCC)
(3)クラス1配管の疲労問題
(4)電気ケーブルの環境性能検定(EQ)問題
(5)格納容器の接近不可能な個所の腐食問題およびコンクリート構造物の劣化問題

(中略)(3)、(4)および(5)の問題の対象である配管、電気機器(電気ケーブル)および格納容器は構造的にパッシブなものであることから、多くの場合、総合的な検査が行えず補正補修に頼っている状況にある。疲労による金属材料劣化は電気機器の経年劣化に比べはるかに研究の進んでいる分野である(中略)一方、電気機器に関しては、性能検定試験で用いられた人口劣化手法の不確実性や異なるメーカーによって製造された製品の違いのために性能検定そのものに問題のあることが指摘されている。

矢川元基「原子力プラントの高経年化対策‐格納容器を中心に‐」『第28回原子力発電に関する特別セミナー』1997年2月 原子力安全研究協会 P68-6
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1990年代当時、劣化予測技術が金属材料に比べて遅れており、製品仕様によって異なることもネックだったのであれば、予防交換してしまうのが手っ取り早く安全を確保出来るのは簡単に予想出来ることだ。

【その他の改修】

勿論、本機に加えられた改修はそれだけではない。2000年代前半までに実施された各種の安全強化策が本機にも適用されたようだ。18億ドルという改修費はそれらを織り込んでのものである。

311後NEIが公表した資料によると、主な改修として同型のBWRには下記が施されていたという。

Major Modifications and Upgrades to U.S.Boiling Water Reactors with Mark I Containment Systems.

1.  Added spare diesel generat or and portable water pump – 2002
  (予備ディーゼル発電機および可搬式ポンプの追加)
  ※『アメリカから見た福島原発事故―原因追究』 ETV特集 2011年8月14日によれば
ディーゼル発電機は水密化されている。
2.  Added containment vent – 1992
  (格納容器ベント)
  ※:米国でも規制要求ではなく、311後追加するか議論が紛糾している(『海外電力』2013年5月)。
3.  More batteries in event of station blackout – 1988
  (全電源喪失時に備えた蓄電池の追加)
4.  Strengthened torus – 1980
  (圧力抑制プールトーラスの強化)
5.  Control room reconfiguration – 1980
  (制御室の再構成) 
6.  Back‐up safety systems separated – 1979
  (予備の安全系の分離)

”U.S. Nuclear Power Plants Reconfirming Safety, Response Programs in Light of Japan Situation”NEI April 2011 P3

この内、311前に東電が実施していた事項は1の内ディーゼル発電機増設、2、4、5である。6はちょっと分かりかねる。東海第二の場合はHPCS用ディーゼル発電機を予備としてカウントしたため1は無い。

1については『諸外国における規制制度改善に係わる動向調査・分析』(日本エヌ・ユー・エス,2012年)P2.1-8によれば追加されたディーゼル発電機による全電源喪失耐久時間は最も長いプラントでも8時間とのことであり(本機は不明)、現在の日本の設備構成と比較すると不安の残る時間であった。もっとも、当時の米原発は事前に予想が可能な気象災害の場合、可搬型の非常用発電機をレンタルしていた。可搬型であることはともかく、地震津波に備えるためのレンタルは予知が不可能である以上、非現実的である。

5の制御室の再構成はTMI事故のヒューマンエラー対策だろう。東電の場合も30年史に記載している。画像で比較してみよう。

まず、UCSのブログに載っている1970年代の1号機制御室を示す。

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Dave Lochbaum, director, Nuclear Safety Project ”Fission Stories #16: Candle in the Wind”UCS October 19, 2010

次に、再稼働の際、ブッシュ大統領が訪問した時の写真がホワイトハウスのウェブサイトに載っていたので示す。

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President George W. Bush tours the control room at Browns Ferry Nuclear Plant Thursday, June 21, 2007, in Athens, Ala. White House photo by Chris Greenberg

中央に原子炉操作盤を配し、その両脇に弓状に補機盤を置く配置はこの世代のGE系BWRに共通するものだが、福島第一で見たような、第一世代制御盤のコア表示を撤去しモニタに置き換えたものに比べると趣は異なる。コアは撤去されていないが、チャートレコーダ (記録計)に代わって計測用途と思われる小型モニタを使用したペーパーレス記録計が横一列に配され(保守性は良さそうだ)、別途モニタも増設、第二世代制御盤に近づいた印象を受ける。補機盤のスイッチ類も統一された規格に沿ってるのか、綺麗に色分けされている。一時期地震対策として東北電で自慢の種に喧伝された、取手も追加されている。日本のBWRで実施された改修よりは規模が大きいかも知れない。

いずれにせよ、311前に国内BWRで改修されていた内容+増設蓄電池、可搬式ポンプ、ディーゼル発電機室水密化工事が加わっている。ただし、これまで収集した資料では電源室や建屋全体にわたる水密化なのかは分からない。2011年の竜巻報道の際のコメントを読む限りでは、敷地高を超える洪水に建屋ごと水密化しているとも解せる(第46回「米国でも福島第一1号機と同型炉で「外部電源喪失」事象-巨大竜巻が送電線を破壊」『ベンチャーエンタープライズセンター』2011年5月2日)。

このような曖昧さが残っているのは、現地記者や日本側インタビュアーの能力に原因がある。公表されたリリースを鵜呑みにする人がいるが、それは間違いだろう。

逆に、ブラウンズフェリーで行っていないが東海第二で検討を要する事項は耐震補強、津波対策、航空機衝突対策等である。ブラウンズフェリーはプレート境界に位置しておらず、この差は仕方ない。しかし、建設時は近隣に旅客機や空軍機の飛行場も見当たらないので仕方なかったにせよ、その後、自ら世界中に敵を生み出し、911を経験した国の航空機衝突対策が殆どなされていないように見えるのは奇異である。なお、建屋の上部に青く塗装された膨らみが見えるが、ansnuclearcafeの沿革に載っている古い写真から、元からあるものと分かる(もし何がしかのハード的改造を実施しているなら、是非改修見積もりの参考にすべきだろう)。

【固有の設計欠陥】

上述の改修によっても除去出来ない固有の設計欠陥がこの発電所にはある。建物としては3機の原子炉を一体の建物に収めていることだ。誰か指摘しなかったのだろうか。

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Browns Ferry Nuclear Plant” National archives at Atlanta

オイスタークリーク計画発表後の第二次原子力ブームにて、GEはマークI型の格納容器を使用した原発を大量に受注したが、一部にこういった二コイチみたいなプラントがある。代表的なケースはインドのタラプール原発で、日本とは福島第一1号機の試験時、GEが同所の当直長を指導者として派遣した縁がある(『共生と共進-地域とともに-福島第一原子力発電所45年のあゆみ』P134)。

本所の場合、格納容器まで半一体化しているタラプールよりはマシだが、建屋への水素漏洩時に3機まとめて吹き飛ばされるリスクや、1機が爆発した際に隣接機が近すぎて巻き添えになるリスクを負っており、本質安全上とても危険であると思う。

なお、空撮から判定しただけではあるが、米国内にはツインプラントで一体化した建屋に収納されていると思われるプラントとして下記があり、全てBWRである。

  • ドレスデン2,3
  • クアド・シティーズ1,2
  • ラサール1,2
  • サスケハナ1,2

なお、3機で一体収納されているのはブラウンズフェリーのみ。なお日本国内では廃炉になった浜岡1,2が比較的近接していたが建屋としては別個であり、二次格納容器たる外壁は共用していない(米リムリック1,2は浜岡1,2を渡り用の建物で連結したような姿である)。

どの原発も二次格納容器たる外壁を共用しているのか、それぞれ別個に仕切っているかは興味のあるところだ。ブラウンズフェリーの建屋平面図は見つけられなかったが、上の写真からは共用しているように見える。

当時競争相手だった火力発電所の本館設計で、このようにボイラを並べる配置に見覚えがある。設計スタッフも足りなかったろうから、火力から横滑りしたのかも知れない。

また、冒頭の写真に写っている、京都タワーの根元と似た形状の、排気筒らしき建築物も共用設計だろう。福島第一4号機で起こった逆流対策も良く検討しないとまずいということだ。武井満夫『原子力発電の経済』(東洋経済新報社,1967年)他、本所を資本費の安価な例として挙げる文献は幾つか見たが、そのからくりの一端はこの構造にある。

土地が幾らでも確保出来る北米の田舎で、このような設計を許容してしまったGE,TVA,AECの見識は大いに疑問だ。例え徹底した空調分離が図られていても、余りに近すぎるため、爆発した際の隣接号機への被害は福島第一とは比べ物にならなくなることを想定しなければならない。

推進派視点から一番予防的な解決策は爆発した場合両端の号機に影響する2号機を閉鎖し、系統除染後、圧力抑制プール、安全系ポンプ等を、残りの2機のバックアップにすることだったと思う。それをしないで他の点でNRCが「規制に厳しく」当たり、米国でPRAが多用される背景は、こうした欠陥設計(特にGE-BWR)の救済策なのではないか。

【避難計画の成立性】

5層の深層防護を事業者に求める米国らしさを感じたのは、TVAのウェブサイトに避難ルートが載っているところである。日本では避難計画は電力会社の責任ではなく、自治体に任されている。

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Browns Ferry Emergency Planning Zone Sectors”TVA(Website)

発電所から15㎞程北東にアセンズというライムストーン郡庁の街があり、テネシー川を挟んで南東に10㎞弱のところにディケーターというモーガン郡庁の街がある。北側のライムストーン郡は2010年国勢調査82782人、モーガン群は111064人である。その他はGoogleMAPを見る限り、日本のUPZに相当する半径30km内は農地となっている。本機が建設中だった1970年の国勢調査ではライムストーン郡41699人、モーガン群77306人であった。想定事故の規模にもよるが、福島第一と同レベルの事態を前提とした場合、双葉郡と同程度を考えておけばよく、避難計画の成立性については東海第二と比べ物にならないと思われる。

なお、風土の差は原発事故の前では些細な事だと認識しておくべきだろう。例えばアーニー・ガンダーセン氏は著書で、アメリカなら車に荷物を積んで逃げたら終わりだと謙遜していた。確かに家具は家に付随する習慣があるようだが、思い出の品や収集物はあろうし、人間関係のリセットが何も影響しない訳が無いからである。

【東海第二のケーブル布設状況】

ここからは東海第二との比較を中心に見ていこう。なお、原電は100ページ以上の詳細資料を提示しているが、TVAの相当資料は見つけられなかったので、比較は概略レベルに限られ、それも不完全なことをお断りしておく。

『茨城新聞』2017年7月21日によれば、「安全機能を持つ設備につながるケーブルは長さが約400キロあり、約80キロは既に難燃ケーブルを使用。残り約320キロのうち新たに約120キロを難燃ケーブルに交換し、残り約200キロは防火シート工法での対応を想定している」という。

なお、建設当時の情報だが、ケーブル延長は下記のような内訳となっており、大半が制御計測ケーブルとなっている。材質による区分は分からないが、当時は全て非難燃性ケーブルであったと思われる。

岩越(※注)-最後に、余談かも知れませんが、従来どんな記録にもないような数字を披露しておきます。

原子炉建屋の総重量は、機器配管 水なども含めて28万t。タービン建屋の総重量が16万t。機器別の重量として、原子炉圧力容器が、約800t、原子炉格納容器が1500t、タービン発電機が3600t、復水器が1200t。配管関係が全部で5000t、これを口径100㎜の管に換算すると長さが260km、それからバルブの数が計装用の小型バルブを除いて、6000個、配線関係で動力ケーブルが200㎞、制御計測ケーブルが1300㎞、主なモーターの台数が6500台という記録になります。

本社-誠に珍しい記録ですね。本日は試運転中のお忙しい中を、長時間にわたりまして、大変貴重な話を頂き、ありがとうございました。

注:岩越米助。東海建設所副所長

「座談会 BWR-MRKII-5 1,100,000kW 世界最新・最大容量 東海第2発電所で」『電気現場技術』1978年5月P35

東海第二の4年前に運転開始したブラウンズフェリー1号機のケーブル総延長は、情報を得ることができなかったが、「原子力発電所用ケーブルの開発」(『日立評論』1976年3月号)によると、一般論として1000㎞とありこれ以下とは思われない。逆に最大長は東海第二を超えることは無いと推測する。時代が下るにしたがって原発のシステムは複雑化する傾向にあるためだ。

【ケーブル取替延長はブラウンズフェリーより短い】

2002年から2007年の改修工事と、東海第二の新規制基準対応のための審査資料を比較すると、難燃性ケーブル取替延長はブラウンズフェリー1号機の320㎞に対して東海第二は120㎞に過ぎないことが分かる。既に難燃化済みの80㎞を加えても200㎞。これに対してブラウンズフェリーはケーブル室のやり直しを中心に事故直後に布設し直した分が全て非難燃性とすると、重複が無ければ320㎞+総延長の3割が難燃化済と推定される。

原電は、相当に甘い基準で東海第二のケーブル取替を計画していることが伺える。非難燃で残っている安全系ケーブル320㎞は、偶然にもブラウンズフェリーで取替たケーブルの総延長と等しい。同じ規模の工事を計画すれば全て難燃ケーブル化を達成できる。また、そのような工事が技術的に可能であることもブラウンズフェリーの事例は示唆している。

なお、原電も内部的にはブラウンズフェリーの事例を詳細調査したものと思われる。

【出力向上も織り込み済みだったブラウンズフェリー】

ケーブル問題から外れるのでこれまで触れていなかった出力増強だが、東海第二でも2007年度から5%向上させるための工事を順次実施してきており、その根拠には高経年化対策として設備保全・更新によって発電所の一層の安全性・信頼性向上を行なってきたことが根拠として挙げられていた(「当社東海第二発電所 出力向上計画に関する報道について」日本原子力発電 2008年12月1日)。

ただし、先行例のブラウンズフェリーの場合、WH社との受注競争およびTVAでの検討などを経て、出力向上の可能性を織り込んで計画されたという事実を踏まえておく必要がある。『原子力発電の経済』P35には「GE側は、BWRの設計出力から10%高い1098MWを保証定格出力とすることからはじめて、バルブの全開でこれより5%方高い1152MWを示し、さらに給水加熱器の一部をバイパスさせることで8%方高い1188MWが期待できると提案してきた」、またP37に「TVAは(中略)実際運転を通じて、BWRの出力がさらに5~10%の幅で拡張されるものと期待している」と記述されている。

灰色文献を含めて様々な資料を見てきたが、東海第二でそのような出力向上が計画時から織り込まれていたという情報は読んだことが無い。311前の時点で追加投資額が巨費が見込まれたことから、原電は電力各社の先陣を切る形で、投資額の捻出をしたかったものと考えられる。

出力向上の際に問題になるのはプラントの各部位にかかる熱的負荷。計算を全てやり直し、裕度や容量が不足する機械部品は交換する計画だったのだろう。一方、経理的視点からは、期待出来る増加収入に応じ、ケーブル等の更新範囲を策定していたのではないだろうか。もしそうであるとするならば、原電は相当以前からケーブル劣化や弱点についての詳細情報も把握していたことが予想できる。

脱原発側の視点からは、格納容器の内容積や圧力抑制プールの水量を変えられるわけではないので、後藤政志氏などが格納容器の本質安全性を示す指標として挙げている、出力当たりの容積や水量は減少するし、熱的負荷もこれまでよりきつくなる。当然潜在的危険性は増すので、老朽プラントに採って良い施策とは思われない。

ブラウンズフェリーの場合、特別な事情がある事に加え、米国がそういうリスクも許容する国であることは良く認識しておかなければならない。

【ケーブル問題で望ましい規制対応の姿】

ブラウンズフェリー1号機も、全てのケーブルを難燃化しているわけではない。そこには、日本の規制庁と同方向の甘さがあるのだろう。他の件も合わせると、NRCの有り様は過剰評価されてると感じる。

原子力プラント設計の基本的考え方や配管・圧力容器の強度については、日本の旧通産省の基準を満たすだけではなく、NRCの前身であるAECが発行した原発の設計基準(GDC)やASMEなどの基準を満たすことも求められた。このような考え方を防火対策にも適用すべきであると考える。つまり、米NRCの火災基準を最低限遵守すべき原則とし、規制庁が保安院・JNES時代の知見を踏まえて更に付け加えるべき基準や引き上げるべき閾値などの知見を有していれば、それらを規制対象に加えるスタイルが望ましい。「世界最高の安全」を達成するには少なくともNRCよりは厳しくなければならず、原理的にもそういった制度運用しかあり得ないだろう。

東海第二の場合その他にも下記の課題

  • 電源室(スイッチギヤ室)および非常用ディーゼル発電機室の配置設計の不備
  • 電源盤(メタクラ、パワーセンタ、モーターコントロールセンタ等)の耐震要求レベルの引き上げ

の問題も抱えており、これらを一括して解決するには、大胆なリレイアウトしか方策は無く、その際にケーブル類を一括して再布設すれば、1990年代以降のBWRと比較しても遜色の無い難燃化を達成出来ると思われる。どうせケーブルを変えてしまうならこの際、制御室も東通1に準じた第2・第3世代形に更新した方が、運転員への負担も軽減でき、長年の宿題となっていたTMI事故対策を完全な形で取ることも可能だ。第一世代制御盤に施されたTMI対策(ヒューマンエラー対策)は以後の世代に比較すれば不完全なものなのである。

まずは、そのような条件の元にプラント改修した場合のコスト見積もりを徴収し、経理的基礎について審議すべきではないだろうか。勿論、見積もり条件には地震津波テロ等でのバックフィットも取り入れるものとする。大都市近接、自然災害リスクは、ブラウンズフェリーとは比べ物にならないからである。それだけやって、初めてまともな審査が成立するものと考える。

311の教訓を反映して日本の原発は特定重大事故等対処施設を設けることになったが、5年の猶予期間が与えられ、その間は無くても再稼動が可能な制度となっている。だが、ブラウンズフェリー1号機が22年ぶりに再稼動した際、安全対策に関して、そのような猶予措置があったという記述は見当たらない。その点も教訓となり得るだろう。

また、TVAの事例から国策色が色濃い東電や原電は、10年越しレベルの再稼動であっても、政権が変わらない限り相当執着してくると、(厳しい)展望を持っておく必要がある。

【参考リンク】

次の資料を参考にした。他に、文中にのみ明記した資料もある。

以下は本記事に直接参照していないが、参考として挙げる。

別の観点から研究することになった際には、活用して欲しい。

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