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2018年4月の1件の記事

2018年4月29日 (日)

女川原発安全神話を守るため嘘をつく東北電力、再稼働の資格はあるのか

2014年8月に「-東北電力の企業文化は特別か-日本海中部地震津波では能代火力造成地で多数の犠牲者」という記事を書いた。

ネットで反反原発と揶揄されている、只の原発推進な方々が飛びつきまくり、ある種の界隈では飽きるほど流されているにもかかわらず、さも「マスコミには流れない真実の話」として、次のようなものがある。

東電福島原発が想定外の津波で事故を起こしたからと言って、原発そのものを全否定するべきだろうか。お隣の東北電力は女川原発を建設する時に、平井弥之助という重鎮が、古代から津波災害の伝承が被災地の神社に残っていることを知っており、言い伝えを元に敷地の高さを15mにするよう主張した。そのため東日本大震災で津波が襲った時も、間一髪で女川原発は助かった。平井弥之助のような精神が息づく東北電力のような企業文化なら、原発を再稼働しても良いのではないだろうか。

いい話だとは思うが、寓話臭が強く、その前提は正しいのか疑問を持っていた。そこで先のブログ記事で過去の事実を色々並べてみた訳だが、企業文化ではなく、平井氏個人のリーダーシップによるところが大きいと結論した。

それから4年近くの月日が流れ、勝俣恒久ら事故前の経営幹部3名を相手取って行われている刑事裁判で、驚くべき資料と証言が飛び出した。

福島事故前に、女川原発を対象に東北電力が行った津波シミュレーションには、同原発を水没させる15m以上の大津波を起こすとの計算結果が含まれていたのである。ここ数日、各社のトーンは異なるが、マスコミでもニュースで流れ始めたので、ご存知の方もいるかも知れない。以下、裁判を傍聴した添田氏のツイートから、当記事に関連する部分のみ抜粋する。

(中略。なお耐震BCとは耐震バックチェックの略。古い原発を後の知見で見直すこと)

しかし、そこは結果を出した東北電力のこと。脱原発派でも、「事故前にそんなシミュレーションをしているなんて誰も思いもしなかったのだし、聞かれなかったら東北電力だって答えないでしょ。今更裁判の証言で分かったからといって、責めることは出来ないよね」と思われる方もいるだろうと思う。

甘い。そういう忖度は止めよう。女川原発の神話を聞かされた時点で、完全に術中に嵌ってる。特に一般的なジャーナリズム関係者。すぐ脊髄反射的に話題逸らししたり、だから駄目なのだ。

【ただの情報隠しではなく、嘘】

この件は東北電力に取り、単なる情報隠しではない。嘘である。提示した資料が改ざんでされているのでなければ。

そこまで書くのは、2014年4月に下記の質問の回答を東北電力から得ていたからである。以下、本件に関する分抜粋する。回答文の着色部に注目して欲しい。

日付: 2014年4月10日 18:41
件名: 【東北電力】弊社HPへのお問い合わせへのご回答について

岩見 浩造 さま

3/16(日)にいただきました岩見さまからのご質問につきまして,それぞれ下記のとおりご回答いたします。

【問】東京電力は東日本大震災前に津波に対する社内外からの厳しい想定を複数回指摘されていたにも関わらず,様々な理由により津波対策を遅らせ事故に至った旨,各方面より指摘されています。御社において類似の経緯で不採用とした津波想定・対策がありましたらご回答願います。

※老婆心から申し上げますが,再稼動を目標とする立場から見たとしても,類似例があれば早期に公表して膿を出すことが,危機回避には有効かと思います。

⇒ 当社においては,類似の経緯で不採用とした津波想定・対策はございません。
以下のとおり,適宜,最新知見を反映した津波評価及び必要な対策を採用してきております。
・ 当社原子力発電所では,建設時に既往津波に関する文献調査,学識経験者の議論等を踏まえ,十分な敷地高さに発電所施設を設置するとともに,その時点での最新知見を踏まえ,都度,津波に対する安全性を確認しております。
・ 例えば,女川においては,1号機設置許可申請(1970年代)時に津波高さ3m(文献と聞き取り調査)としていた評価を,2・3号設置許可申請(1980年代ならびに1990年代)には津波高9.1m(数値シミュレーション)とし,津波への耐性を高めるため法面防護工を設置しております。
・  また,2002年に出版された土木学会手法により津波高さを13.6mと評価し,その後,潮位計にバックアップ装置を設置しておりますが,これにより,東北地方太平洋沖地震でも潮位を観測できております。津波監視に対する面でも対策が生かされたものと考えております。
・ これら検討,対策により,女川,東通原子力発電所ともに,東北地方太平洋沖地震により発生した津波においても,津波高さは,重要施設が設定された敷地高さ(女川:沈下後13.8m,東通:13.0m)を超えず,発電所※は安全に停止し,過酷事故の回避に繋がったものと考えております。
※東通原子力発電所については,地震発生時は第4回定期検査中だったため,運転を停止しておりました。
・  なお,東北地方太平洋沖地震後も,津波に対する更なる安全性対策として,防潮堤,防潮壁を設置しております。
・  以上,これまでの津波評価と対策の経緯をご説明しましたが,今後も最新知見を取り入れた評価,対策を実施し,発電所の安全に万全を期す所存であります。

【問】東日本大震災前後,再稼動に向け海抜29mまで防潮堤を作るそうですが,想定津波を大きくした理由を回答願います。

⇒当社はこれまでも(中略)回答に示しますとおり,その時点での最新知見を踏まえ,都度,津波に対する安全性を確認してきております。
・東北地方太平洋沖地震後も同様に検討を進め,東北地方太平洋沖地震等の最新の科学的・技術的知見や新規制基準に対する議論の動向を踏まえながら,安全最優先の観点から極めて厳しい条件(※)の下で津波高さを評価したところ,防潮堤に到達する津波の最大遡上水位が23mとなったものです。
・この評価により現在の防潮堤を上回ることとなりましたので,発電所の安全性をより一層高め,地域のみなさまにご安心いただくため,防潮堤の更なるかさ上げ工事を実施しているところであります。

・なお,現時点において,万が一,この規模の津波が発生したとしても,東北地方太平洋沖地震後に実施した緊急安全対策により発電所の安全性を損なうものではないと評価しております。
※東日本大震災などの知見をふまえ,複数の地震津波を想定し,局所的な大きな滑りがいずれの場所でも発生すると仮定するなど,極めて厳しい条件のもとで複数の数値シミュレーションを実施しています。

【問】質問というより要望となりますが,今後の事故対策リリースでは対策に際して不採用の提案を比較表を交え掲載頂きたく御願いします(そのようなリリースを実施済みであればご紹介下さい)。

⇒東京電力福島第一原子力発電所の事故につきましては,福島にお住まいのお客さまをはじめ,多方面に大きな影響を与えることとなり,当社といたしましても,同じ電気事業者として極めて深刻な事態と受け止めております。
今後の原子力発電の活用にあたりましては,これまで以上に安全確保を徹底していくことが,なによりも重要であるとの考えのもと,安全対策に取り組んでおります。
事故対策については,これまでもご説明してまいりましたとおり,新規制基準への対応など世界最高水準の安全を目指し,さまざまな対策を実施・検討しております。
対策の内容や実施状況については,地域のみなさまにわかりやすい情報提供が必要と考えており,ホームページでも公開しております。
こちらについては,発電所ごとに一覧表の形でお知らせをしております。


参考:女川原子力発電所安全対策実施状況
http://www.tohoku-epco.co.jp/electr/genshi/safety/safety/plan_onagawa.html


岩見さまからいただいた件につきましては,貴重なご意見として承り,
社内の関係各所で共有化させていただきたいと考えております。


以上

---------------
東北電力株式会社
広報・地域交流部

「当社においては,類似の経緯で不採用とした津波想定・対策はございません。」と東北電力は嘘をついた。私がこういう質問をしているのは、メディアがしないからである。今まで女川について書かれた記事を、全てではないがそれなりに見てきたけれども、このような質問の形跡があったものは、記憶にない。

なお、18m,22mといった計算結果は専門誌『電力土木』2012年11月号「女川原子力発電所における津波の評価および対策」などにおいても(当然だが)一言も触れられていなかった。

それどころか震災を乗り切ったことで、次のような文言さえみられた。

女川原子力発電所では、1号機計画時から、津波に対する安全性について種々検討し、余裕のある敷地高さとするなどの対策を講じ、2号機以降においても、時々の最新の知見を反映した調査・検討や必要な対策を講じてきた。

菅野剛(※1),大内一男(※2),平田一穂(※3)「女川原子力発電所における津波の評価および対策」『電力土木』2012年11月P20
※1:東北電力土木建築部 火力原子力土木グループ
※2:日本原燃(前 東北電力土木建築部 火力原子力土木グループ)
※3:東北電力土木建築部 副長

もう一つ挙げる。

女川原子力発電所が冷温停止に至った主な原因としては、第一に、敷地が津波最大高さよりも高かったこと、第二に、非常用ディーゼル発電機(DG)と外部電源が使用可能であったことである。前記に加え、適切な準備(例えば、耐震裕度向上工事、津波高さ予測評価の適宜実施、および火災や外部電源喪失に対する継続的な訓練等)が功を奏したと考えている。

渡部孝男(※1),小保内秋芳(※2)「地震・津波被災を乗り越えた女川原子力発電所」『エネルギーレビュー』2013年1月P7
※1:東北電力株式会社取締役原子力部長(前女川原子力発電所長)
※2:東北電力株式会社原子力部副部長(前女川原子力発電所 原子炉主任技術者)

これらの文章はいずれも、最新の知見を反映して対策をしたとなっている。だが18mや22mの津波では、敷地高を超える津波への対策が必要となるが、それをしていない。だから嘘だということになる。それも上は原発所長経験のある取締役から下は広報部社員まで一丸となっての所業である。

これだけ原発と大津波が問題になっている中でついて良い「些細な嘘」とは到底言えない。誰なのか、東北電力は嘘をつくように指示した責任者の名を明らかにする義務がある。

【敷地高を超えたら、海水ポンプは全滅し、非常用発電機は止まっていた】

実際は回答文の通り、対策をして安全が確保されたと認めたのは震災後であった。震災前、水密扉などの浸水対策は一部にしか行われていなかった。だからこそ、主要建屋の水密化工事が対策目標となったのである(『エネルギーレビュー』2013年1月号P8~9等)。

なお、上記とは別の機会に実施した質問への回答で、海水ポンプ類もまた、浸水対策をしていなかったことを知った。

日付: 2014年2月24日 21:48
件名: 【東北電力】弊社HPへのお問い合わせへのご回答について

岩見 浩造さま

東北電力でございます。

弊社ホームページにお問い合わせいただきましたご質問について,
添付しております資料により,ご回答させていただきます。
(データ容量の関係上,PDFにて送付いたします。)

弊社からの返信がこのような遅い時間となってしまい,申し訳ございませんでした。

(中略)

【問】「女川1号機運開後~東日本大震災発生」の間において、追加した津波対策があれば御教示下さい。例えば2000年代に原子力発電所の津波評価を見直し、想定津波は13.6mに引き上げられています。敷地高以下とは言え、標高高でのマージンは削られる結果となった筈です。

⇒(中略)

■海水ポンプ室のピット化
 女川原子力発電所では、除熱に用いる海水をくみ上げるポンプを、海面に近い港湾部に設置するのではなく、14.8mの敷地に海水ポンプ室(1,2号機)あるいは海水熱交換器建屋(3号機)と呼ばれる構造物を構築しており、
津波が敷地高を乗り越えないと水が入り込まない構造にしています。このため、東日本大震災では、13mの津波が来襲しましたが、敷地高を乗り越えて海水ポンプが冠水することはありませんでした。(後略)

以上

---------------
東北電力株式会社
広報・地域交流部

つまり、津波が敷地高を乗り越えると水が入り込む構造だった。

原発推進派によれば、平井弥之助は防災上の結果責任を重視し、そのためには法で規定された以上の対策を厭わない信念があったとされている。それが事実であるとしても、現代の東北電力に継承する者はいないということが、問い合わせ回答からも良く分かる。

常々指摘されているように、原発事故のリスクは津波だけではない。航空機衝突のように震災後も放置されたままの課題もある。対応可能なリスクでさえも対応しない行動パターンは反原発運動からよく指摘されるが、その信ぴょう性はいよいよ高まったと言える。

東北電力のような会社が原子力発電所を再稼働する資格があるのか?、とてもあるとは言えないだろう。私の差し伸べた手すら払うような人達なのだから。

【新たな疑問:平井氏は本当に最もリスクを高く見ていたのか】

今回の事態を受けて思い至ったことがある。平井氏自身はどこまで信用出来るのだろうか。会社組織として同じパターンで行動してきたならば、15mと決まった時点でそれ以上の高さの案は隠す筈だからである。工事誌の類が存在していても、不誠実な者が書けばその部分は省略される。

勿論彼は東電福島第一の敷地高を決めた小林健三郎などよりは信頼のおける人物である。しかし、小林氏の論文(過去記事参照)を見れば分かるが、15m程度の敷地高は70年当時循環水ポンプの経済設計が可能だった限界の高さでもあり、製作限界に合わせ込んで決定しているようにも見える。小林論文以外にも当時のポンプ関係の文献はかなり調査したが、ほぼ同様の感触を抱いた。

女川1号機は、原子力としても、専用港湾の建設としても当社初であった。また、敷地高さについては、社内での比較検討で15m程度を最適と考えていたが、発電所が立地する三陸沿岸は、古くから大きな津波による被害を受けてきた地域であることから、津波に対する安全性等について専門家の意見が必要であると考え「海岸施設研究委員会」を設置した。委員会の構成は、本間仁東洋大学教授・東京大学名誉教授を委員長として、土木工学や地球物理学等の専門家により構成(計9名)した(設置期間:1968.7~1980.8)。「明治三陸津波や昭和三陸津波よりも震源が南にある地震、例えば貞観や慶長等の地震による津波の波高はもっと大きくなることもあろう」といった議論のほか、当時の津波高さの経験式や、当時の研究論文などについても議論された結果、「敷地高によって津波対策とする」こと、「敷地高さは15m程度でよい」と集約され、この結果を踏まえ、主要建屋1階の高さと屋外重要土木構造物の地上高さを15.0m、敷地高さを14.8mと社内決定した。

菅野剛,大内一男,平田一穂「女川原子力発電所における津波の評価および対策」『電力土木』2012年11月P16

上記の文言は「集約」となっている。15mより低い値もあれば、より高い値を提示した者がいたのではないだろうか。

当然と言うべきか、この種の社内委員会の議事資料を東北電力は公開していない。町田徹『電力と震災』P251には、広報・地域交流部長相澤敏也の応対を受けた際、「議事録など確かな資料は残っていない」と書かれている。官界を上回る原子力業界の文書への執着を知る私にとって、その説明自体が非常に疑わしいが。

なお町田氏は平井氏について「処遇は恵まれなかった」と書いているが、すぐに裏は取れなかったそうである。当たり前だろう。部長止まりで関連会社に出向ならともかく、平井氏は只見川開発および新潟火力建設で多大な貢献が認められ、副社長として退任した人物である。町田氏は無意識に社長や経団連の重鎮クラスに収まる事を「処遇」の最低ラインに引いているのだろうが、成功者と見做すのが普通の感覚である。社内での技術論では、大きな権威を持っていたと考える方が自然なのだ。

むしろ、ここから見えてくる彼の隠れた欠陥は「大事なことを文書に残さない傾向にある人」、と言う姿だ。これは同じ種類の仕事を担当して失敗した小林健三郎が、文書を残すという点については別格に高く評価出来ることとの対比で明瞭になる。勿論、平井氏の後進が文書隠しに走ったために、そう見えている影響は考えなければならないが。

もし平井氏の主張、15mより厳しい津波を想定した人物がいたとすれば、それは社内の非主流派に属していたり、社外の識者なのだろう。今後検証が待たれる。

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