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2017年11月20日 (月)

日本学術会議で関村直人等が行った津波検証の問題点-特に福島県2007年津波想定について-

当記事は「福島原発沖日本海溝での地震津波を前提​にGPS波浪計を設置していた国土交通省」の続編と捉えて欲しい。国土交通省と福島県が一体どのような津波対策を取ったのかについて、日本学術会議の検証に反論する形で分かったことをまとめたものである。

携帯よりはPCでの閲覧を薦めるが、読めない訳では無い。

全体は【1】~【4】に分かれるが、中でも【2】は日本学術会議批判に留まらず、福島県が2007年に公表した津波想定について再考を行い、東電はもとより、福島県(そして省庁と閣僚)の過ちについて論じている。原発事故を主眼としてはいるが、2万名近くの死者、行方不明者を出した津波災害を検証する上でも、参考になれば幸いである。

【1】『原発と大津波』を無視する日本学術会議の「検証」

最近、日本の国立アカデミーで内閣府の機関でもある日本学術会議の中で、次のような検証作業が行われたことを知った。

Scjgojp1708011slide1

福島第一原子力発電所事故以前の津波高さに関する検討経緯-想定津波高さと東電の対応の推移-(日本学術会議、2017年8月1日)

 

参考資料 福島第一原子力発電所事故発生以前の津波高さに関する検討経緯(日本学術会議、2017年8月1日)

検証結果の趣旨は「東電は事前に分からなかったのだから津波想定で失敗したのは仕方がない」というもののようだ。

検証作業は18回に渡って行われたそうで、検討に当たった委員会は下記のメンバーである。

委員長 松岡 猛  (宇都宮大学)
幹事  澤田 隆  (元日本工学会事務局長)
委員 矢川 元基 (原子力安全研究協会会長)
    関村 直人 (東京大学)
    柘植 綾夫 (科学技術国際交流センター会長)
    成合 英樹 (筑波大学名誉教授)
    白鳥 正樹 (横浜国立大学名誉教授)
    宮野 廣  (法政大学)
    吉田 至孝 (福井大学、原子力安全システム研究所)
    亀田 弘行 (京都大学名誉教授)

学術団体の元締めにも拘らず、津波工学者はおろか、地震学者すら入っていない。一方で、爆破弁発言で醜態を晒した関村直人が参加している(なお、爆破弁発言の検証は無い)。また、福島原発事故の前から諸外国の過酷事故対策を知りながら、原発宣伝を優先するように策動していた原子力安全研究協会が名を連ねている(同協会の犯した罪についてはいずれ機会を見て書くことになるだろう)。

本文と参考文献一覧を見たが、添田孝史『原発と大津波 警告を葬った人々』や海渡雄一他『朝日新聞「吉田調書報道」は誤報ではない: 隠された原発情報との闘い』などの新資料を提示した文献は軒並み無視されている。

一方で、「話題」スライドが存在している。

残念だが、東日本大震災の後に津波研究を行った者達が発表した論文は震災津波の解析や今後の研究技術のあり方などに関するものが大半で、福島第一の津波想定を検証するような論文は見かけた記憶が無い。また、数少ないそうした論文があったとしても、日本学術会議が指摘するような「話題」が提起されたことも無いだろう。彼等が「話題はあくまで学術会議内でのことを指すのだ」と言い張るのでなければ、それらは、各地の訴訟や添田孝史氏、共同通信の鎮目記者等が提供したものである。

都合の悪い文献を無視すれば、東電や国に有利な結論に導くことは簡単だ。では何故、今更こんな検証を行ったのだろうか。恐らく、組織の名前を使ってオーソライズすることを狙っている。場合によっては第3者の検証事例の一環として、反論材料として訴訟で提示したかったのだろう。控訴審投入用の予備隊といったところか。

だが、重要な指摘を無視して行う反証に価値は無い。ついでに言えば、日本学術会議は初期のJEAG、小林論文、損害保険算定会から、国交省(=国家自身)が行った津波想定も軒並み無視している。大きな間違いの一つはここにある。

【2】福島県2007年想定について再考する

ただし、当記事はここで終わらない。日本学術会議が取り上げた資料の見方にも、問題のあるものが潜んでいる。例えば、福島県が行った2007年の津波想定が、東電の最新の津波想定より低いと評価した事実が証拠の一つとして書かれている。今回はこの福島県の津波想定について一度考えてみたい。

【2-1】これまで認識されてきた経緯

日本学術会議の検証結果では次のように書かれている。

Scjgojp1708011slide9 東京電力は、自治体が評価した防災上の津波計算結果を把握し、対策が不要であることを確認していた。

福島第一原子力発電所事故以前の津波高さに関する検討経緯-想定津波高さと東電の対応の推移-(日本学術会議、2017年8月1日)PDF9枚目

日本学術会議が元にしたと思しき、東電事故調の記述は次のようになっている。

Toden_jikocho_p19tsunamihyoka

福島原子力事故調査報告書』東京電力2012年6月20日P19より。赤枠(筆者)の部分が2007年福島県想定。直前の文章では

平成19年6月、福島県の防災上の津波計算結果を入手し、福島県が想定した津波高さが当社の津波評価結果を上回らないことを確認した。

と記載されている。

政府事故調も大体同じである(『政府事故調中間報告(本文編)』2011年12月P394)。

この点については、私を含めて誰も異を唱えてこなかった。異を唱える場合は、他の津波想定を隠していただろとか、そういう文句の付け方だった。

だがこれは私を含め、そもそも福島県が何故2007年に津波想定を行ったのかについて、検証してこなかったからだ。そして、福島県自身も検証したという話は聞かない(茨城、宮城、岩手では東日本大震災の対応をまとめた記録を刊行した際、曲がりなりにも事前の津波想定について検証作業が行われた)。隠蔽で有名な集団だから、無くても特に驚きはしないが。

【2-2】スマトラ沖後、国交省の提言通りに津波想定の実施を決めた福島県

話は、2004年12月のスマトラ沖地震によるインド洋大津波から始まる。この災害は日本の防災関係者に大きな影響を与えた。学者達が議論してきた地質構造の細かな相違は、防災行政上は特に議論にもならず、同じような津波が日本近海の海溝型地震で起こったらどうなるかに関心が向けられた。

国土交通省はスマトラ沖の教訓化を急ぎ「津波対策検討委員会」を発足、2005年3月に提言をまとめ、その中で「概ね5年以内に可能な施策」を盛り込んだ。当ブログで既にふれた閘門管理システムやGPS波浪計の整備もそうした施策だが、住民が避難する際に役立てることを目的としたハザードマップも、次のように決められた。

重要沿岸域のすべての市町村で津波ハザードマップが策定できるよう、津波浸水想定区域図を作成、公表。

津波対策検討委員会 提言 2005年3月

福島県沿岸は全て重要沿岸域に包含された。1999年に地方分権一括法が制定され、以後、国と自治体は対等関係と規定されたが、これは指導だ(一概に有害とは言えない)。

日本学術会議の検証は政府事故調報告を重視しているようだ。その政府事故調は中央防災会議の「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」(2006年1月)を受け、福島県が調査を行ったと述べ、国土交通省の役割に言及していない(『政府事故調中間報告本文』P392)。

しかし、福島県議会の議事録を見ると、2005年3月に自民党杉山純一県議がスマトラ沖を引く形で「浸水予測図の作成率も、避難対象地域の指定率もともに約3分の1、避難場所は6割の市町村が指定しているが、そこまでのルートを決めているのは2割」などと日本の状況を問題提起した。県庁の職員は佐藤栄佐久知事(当時)に次のような答弁を用意している。

県といたしましては、昨年末のスマトラ島沖地震による津波を大きな教訓と受けとめ、沿岸市町に対して計画策定の指針を示し、地域住民自身が計画づくりに参画し、津波浸水予定地域や避難対象地域の設定などを内容とした避難計画を早急に作成するよう要請したところであり、今後とも、関係機関連携のもとに、迅速かつ適切な避難対策を実施できるよう、沿岸市町を積極的に支援してまいる考えであります。

平成17年2月 定例会-03月03日-一般質問及び質疑

津波対策検討委員会提言は2週間後の3月16日。与党が行う、典型的予定調和型答弁である。

なお、ネット上の情報としては県のHPがある。現在は削除されているが、当時次のように案内していた(この他、国土交通省東北地方整備局 東北地方水災害予報センターには今でも津波浸水想定区域図へのリンクが残っている)。

福島県では、平成18年度から平成19年度にかけて、県内の沿岸市町が作成する津波ハザードマップや津波避難計画の作成支援を目的として、津波想定調査を実施し、津波浸水想定区域図を作成するとともに、津波による被害想定を行いました。
福島県津波想定調査(福島県HP、アーカイブ

県の調査が2006年度に実施されたのは、自治体の場合、通年で4回定例の議会を開催するが、秋から冬にかけて行われる3回目の定例会(3定)までに来年度の予算案を作成するので、2005年度に間に合わなかったからである。また、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」を読んで初めて調査することを思い立ったとしたら、2006年度に予算が執行できるはずがない。参考文献以上の意味は無いのである。

従って、政府事故調の福島県の津波想定に関する説明は間違い(虚偽)である。日本学術会議の委員はそれを見抜けなかったのだろう。

なお国交省、内閣府、農林水産省は2004年3月に「津波・高潮ハザードマップマニュアル」を作成し、各自治体に送付していた(リリース)。この中で「津波想定の結果をハザードマップに反映」という流れが出来上がっており、スマトラ沖の後もその方針を踏襲したことが津波対策検討委員会の記録類から読み取れる。

以上が福島県の調査(正式名称:福島県津波浸水想定区域図等調査(2006年度))が行われた背景である。上記の事情から作業分担は次のようになった。

  • 津波浸水想定区域図:県で作成
  • ハザードマップ:各自治体で作成

コラム
なお、スマトラ沖がきっかけとなり、国土交通省の方針に従って津波想定を行ったのは茨城県も同様である(当方も2014年3月に茨城県に照会して確認済み)。一方、津波常襲地帯として知られていた宮城などは99年度の津波浸水予測図に対応して先に動いていたから、スマトラ沖の前に県レベルでの津波想定は作成していた。

【2-3】推本予測を元に想定を求められたのに何故か推本予測を捨てた福島県

【2-3-1】中央防災会議と地震調査研究推進本部

ところが、福島県はここで間違いを犯した。調査報告をまとめるにあたって、中央防災会議の資料のみを参考に想定地震を決定したのである。その結果、福島県沖での海溝地震は想定から除去されてしまった。

当時、中央防災会議の見解だけを参考にすると何故不味かったのか、改めて振り返って見よう。

東電原発訴訟を追っている人は御存知の通り、2000年の省庁再編以降、国の津波想定を扱う防災組織は大きく分けて2つあると認識されていた。

  • 中央防災会議:1960年の伊勢湾台風を契機に設立。政府の防災方針を決める。内閣府運営。
  • 地震研究推進本部(推本):1995年の阪神大震災後設立。地震の研究観測を集約して防災に反映させる。文部科学省運営。

福島第一原発の沖合を含む日本海溝沿いでマグニチュード8クラスの津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生すると予測したのは推本で、2002年7月のことである。推本の地震でシミュレーションを作ると、東北地方太平洋沖地震津波を予告するような津波高さが得られる。推本はMw8.2とMw9に比べれば小振りな地震を想定していたから、一つの地震で大津波が発生する海岸線の範囲は狭い。しかし、推本はMw8.2が日本海溝の何処でも起き得るとしたので、東北地方太平洋岸はどこでも高い津波が起き得ると予想したに等しかったのだ。

しかし、中央防災会議は2004年2月に開いた専門調査会会合で推本予測を対象外とする旨を決定したのである。その2年後にまとめたのが先の「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」であった。

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出典:もっかい事故調オープンセミナー「原発と大津波 警告を葬った人々」発表資料P49(リンク

福島県津波浸水想定区域図等調査に戻る。正確に述べると推本予測は、調査報告書概要版(修正版)のP5,P8で、過去の地震や最近の地殻の動きを紹介するために引用されているのだが、報告書最後の「7.参考文献一覧」からは削除され、中央防災会議の方がクレジットされているのとは対照的である。したがって、調査を発注した県と受注した国際航業が忘れていた訳では無い。明確な意図を持って想定地震から除去している。なお、私が入手した報告書の表紙にはタイトルに「概要版」とあり、右上に「修正版」と書かれているので、修正前の版や詳細版にはそのあたりの事情が書かれているのかも知れない。

【2-3-2】 使われ続けた推本予測

ところが、福島県が推本予測を無視するのは論理矛盾であった。まず、津波・高潮ハザードマップマニュアルは、後述のように現用文書として扱われ続けており、次のように推本予測も考慮するように書かれていたからである。前月の中央防災会議専門調査会との整合も取っていない。

Mlitgojpkowanhazard_shiryou2slide_2 津波・高潮ハザードマップマニュアル(案)」国土交通省津波・高潮ハザードマップ研究会事務局(2003年12月)  PDF14枚目

更に決定的材料として「津波対策検討委員会」が重要沿岸域に東北地方太平洋岸を含めたのは、推本予測を意識したからであった。そう意識させたのは次の図を作成した国土交通省河川局であった。

Mlitgojptsunamisiryo1_050206slide8説明資料1 我が国における津波被害と防災認識」津波対策検討委員会(2005年2月6日配布)PDF8枚目(綺麗なものは提言発表時の閣僚懇談会資料にある。)

「津波対策検討委員会が推本予測を捨てなかったこと」は極めて重要である。2004年に中央防災会議が推本予測を「捨てた後」の出来事であり、自治体の防災行政に直接の影響を与えたからである。言い換えるならば、中央防災会議(内閣府)が捨てた推本予測を、国土交通省はもう一度拾い、3番目のプレイヤーとして躍り出たのだ。この決断のために裏で御膳立てした官僚は激賞されて良い。原発事故と言う観点からは、それ程価値のある決断と言える。

【2-3-3】災害対策基本法制に見る運用上の矛盾

災害対策基本法によれば、中央防災会議が作成した防災基本計画に基づき、省庁(指定行政機関)は防災業務計画を作り、自治体は地域防災計画を作る。ちなみに、「七省庁手引き」は地域防災計画のための資料である。それでは、この提言は国交省の防災業務計画に反映されたのだろうか。平成18年度版(2006年)を参照してみる。

第2編「震災対策編」には「津波災害に対するハザードマップ等を作成し、危険箇所、避難地、避難路の周知を図るものとする。この場合、地方公共団体に技術的助言を行うものとする。」とある。

第14編 「その他の災害に共通する対策編」には研究成果を直ちに反映する旨記載されている。第15編「地域防災計画の作成の基準」にも提言の施策が反映されている。

一方、新旧対照表を見ると、第2編第6章「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進計画」が追加されたことが目を引く。中央防災会議は「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」を現実の施策に反映するため、2月に大綱を制定、2006年3月には「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進基本計画」を作成した。それに応じて、国土交通省の防災業務計画に反映したものである。ここにも「津波災害に対するハザードマップ等を作成し、危険箇所、避難地、避難路の周知を図るものとする。この場合、地方公共団体に技術的助言を行うものとする。」との文言が登場する。第6章の方は専門調査会の想定に行き着くのだろう。

国土交通省の担当者がこの文言通りに、県に対して中央防災会議の想定のみを「技術的助言」した可能性はある。勿論、県や国際航業自らが調査開始後そう考えた可能性もある。

では、中央防災会議の想定はどこの災害対策の現場でもプライオリティが高いように整合していたのだろうか。答えは、NOである。

  • 【理由1】国交省の一連の動きに対し、中央防災会議が公式に(或いは表立って)他組織の想定を使わないように「指導」「助言」した記録は見つかっていない。(ただし、推本(文科省)に対しては別である。『原発と大津波』P68-70によると、推本の長期評価に対してはファックスを通じて「誤差があるので、使用上注意してほしい」旨の連絡を報道機関にも送っていたとされる。裏では長期予測自体に懸念を表明している)

  • 【理由2】福島県による調査後の2008年12月、中央防災会議は「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震の地震防災戦略」をまとめたが、P11、P25に登場する「津波ハザードマップの作成支援」には「七省庁手引き」と変わらず、多数の省庁が関与し、中央防災会議を所管する内閣府と国土交通省の名前が並ぶ。「津波ハザードマップ作成マニュアル」(「津波・高潮ハザードマップマニュアル」の誤記)を使って、市町村のハザードマップの作成支援をすると称しているのも同じである。自治体としては同じ問題で複数の官庁から見解が来ることになるだろうし、内閣府は自ら否定した推本予測を掲載したマニュアルで、何の支援を行うつもりだったのだろうか。福島県と同質の矛盾がここにある。

  • 【理由3】福島県の津波想定調査予算は、時系列上、中央防災会議の想定を前提にしようがなかった。中央防災会議の想定が専門調査会報告と言う形で外に出るのは2006年だからである。更に、茨城県が行ったように、中央防災会議の想定を墨守しなくても、罰則は無かった。

  • 【理由4】中央防災会議自体が結局は推本予測に依存していた例として、国土交通省のGPS波浪計の件があることだ。「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震の地震防災戦略」にはGPS波浪計も含まれ、「沖合波浪情報の分析・提供」を通じ防災体制の強化に資する旨記載されているのである。以前当ブログで書いた通り、GPS波浪計は推本予測を更に拡大する形で日本海溝での津波地震を前提に予算執行されたものである。また、この防災戦略には「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震の調査観測研究」という項目があるが、GPS波浪計や国土交通省は関係していない。GPS波浪計が研究設備では無く、実用的な設備と見做されていたことが分かる。結局は、各省庁施策の寄せ集めの感はある。

以上が、福島県が津波シミュレーションを行っても10m以上の水位が得られなかった原因の一つ目である。推本の言う通り福島沖に波源を置いてシミュレーションすると原発前面に10m以上の大津波が来ることは、東電自身がこの数年後に秘密裏に計算していた(事故後の報道で判明)。

したがって、福島県津波浸水想定区域図等調査(2006年度)は、津波対策検討委員会提言の要求を満たさない、欠陥調査であり、行政不作為である。震災による福島県内での直接的な死者・行方不明者は約1900名でほぼ全て津波によるが、推本予測を入れてハザードマップに反映していれば助かった人達も沢山いる筈である。これ程の悪影響をもたらした行政不作為が長年にわたり見落とされてきたのは極めて問題である。

災害対策基本法制の問題点は「地域防災計画にみる防災行政の課題」という2005年の論文で既に指摘されている。例えば、広域対応の防災計画を作っても、既存の計画に微修正を加えるケースが報告されている。その意味では、不整合は当然の結果である。被害想定の政治性も同様である。小さな津波しかもたらさない中央防災会議想定の方が社会的安心感には繋がるであろうことも、この論文が雄弁に予告している。想定には法的な効果が無いから議会の審議も経ないという指摘も重要だ。国と地方の序列化、市民排除にも言及がある。電力と言う組織が運用する原発はともかく、「七省庁手引き」本来の目的である、地域防災計画への寄与が中途半端に終わったのも頷ける。

ただし、起きてしまった災害に対して国家は責任を負うのも事実であり、今般の様に10万人位であれば、財政的にも賠償金の支払いは可能な範疇である。そのような矛盾の清算すら拒否するようでは、国家による防災には存在価値が無い。

【2-4】東電の福島県津波想定ミス解釈~そのまま当てはめてはいけない~

とは言え、福島県は津波想定を行い、報告書にまとめた。次に問うべきは、その結果を入手した東電の過ちである。

それを示す前に言葉の問題を述べる。役所は金と責任が絡むとき、言葉の使い方を揃える。スマトラ沖の後国交省が「津波浸水想定区域図」という単語を使いだしてから、関係する事業ではこの単語が使われた。

東日本大震災以降、これらの津波浸水想定区域図とハザードマップは順次更新されていったが、この単語で検索した結果、一部の自治体のデータはネット上に残っていた。まず、先程の福島県HPを見てみよう。

Preffukushimajpsaigaigtsunamisoutei

また、実際の津波は、これ以上の高さになることも考えられます。地震が発生したら、まず避難しましょう。
福島県津波想定調査(福島県HP、アーカイブ

次に、相馬市のハザードマップが残っていたので見てみよう。

Citysomahazard_map_a3_2_3 この地図は、福島県が平成19 年7 月に発表した、「津波浸水想定区域図等調査」の結果に基づいて作成したもので、予想浸水域を表示しています。
 
あくまで「想定の津波」によるものですので、到達しない場合、または、想定を越えて津波が押し寄せることも考えられます。
津波ハザードマップ 原釜・尾浜地区」相馬市2008年3月(魚拓

これが、福島県の津波想定の正しい受け取り方である。

このような一言が付け加えられている理由は、津波想定には不確実性が伴うので、「津波・高潮ハザードマップマニュアル」でその対応策を書いてあったからであろう(下記引用の他、同マニュアル4章で詳しく議論されているが、想定水位=最高の高さではない、という考え方は一貫している)。

津波・高潮ハザードマップに供する浸水予測区域の設定に際しては、現在の最先端の技術水準において、一般的に表 3.2.1に示す項目の条件設定が必要となる。

(中略)なお、設定以外の条件についてのマップへの記載は、紙媒体のハザードマップの限界を超えているが、最悪の場合に備えて対応できるよう、緩衝領域(バッファ)の設定や(4.4(3)参照)
想定を超える災害発生の危険性をマップ上に記載する等により対応する。

津波・高潮ハザードマップマニュアル(案)」国土交通省津波・高潮ハザードマップ研究会事務局  PDF45枚目

報告書本文、参考文献共に文書名として「津波・高潮ハザードマップマニュアル」は明記されていないが、報告書P52にハザードマップ作成担当者向けの説明として、

想定地震以外の地震による津波や条件が異なるときなど、シミュレーション結果と実際に来襲する津波が異なることを以下のように明記した。

「地震の震源が想定より陸地に近かったり、想定を超える津波が来襲するなど、条件が異なる場合には、ここで示した時間より早く津波が来襲したり、遡上高が高くなったり、浸水範囲が広がる可能性があります。」

と、上記記述に類する注意文のサンプルが例示されている。そのような報告書の書かれ方は、「津波・高潮ハザードマップマニュアル」と完全に整合する。

従って、県の想定水位が原発の津波想定より低いことを示したところで、原発の安全を保証する材料にはならない。何の意味も無い行為である。東電本体は元より、東電設計およびシーマス、ユニック等は津波想定のプロ集団であり、このようなミスは仕方無いでは済まされない。

ミス解釈の責任が、説明を行った福島県にあるのかは分からないが、少なくとも東電グループにあることは疑いない。各訴訟の準備書面を全て把握できていないが、この瑕疵もこれまで見逃されていたのではないか。

コラム
なお、東電も福島県も黙っているが、福島県津波浸水想定区域図等調査(2006年度)報告書概要版(修正版)のP13,41,53によれば中央防災会議,日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会資料提供のデータにより、
明治三陸の規模はMw8.6と設定している。時系列的にはこれまでの印象と異なる風景が見えてくる。

東電は2007年6月に上記の波源で追試を行ったが、その翌月に中越沖地震が発生して柏崎刈羽原発が被災した。その結果、社内組織改正で中越沖地震対策センターを設け、センターの土木調査グループは各原発の地震随伴事象である津波についても見直しを行い、2008年3月に、明治三陸の波源を福島沖に仮置きして海溝地震をシミュレーションし、各種報道で有名になった15.7mの津波高を得た。しかし、この社内試算では明治三陸の規模をMw8.3と半分以下に縮小した。Mw8.6の件を忘れる筈もない時期で、極めて悪質だが、何故か誰も指摘していない、ということである。

Scj_go_jp_170801_1slide4 中央防災会議においてもデータが不足する貞観津波や地震本部の見解については取り入れられなかった。

Scj_go_jp_170801_1slide7 地震本部は、中央防災会議や自治体などの防災機関に対して、どこまでその使命を発揮できたのか。

日本学術会議は推本を批判するため、中央防災会議を根拠にしているが、都合が悪ければ中央防災会議の波源モデルも無視するのが東電の態度である。むしろ、東電に加え、中央防災会議をも庇いたてる、この検証態度の裏にある思考は何か。『原発と大津波』でも中央防災会議の内情については完全には解明されていないので、実に興味深い。

なお、後述の「津波災害予測マニュアル」P44には、Mwが0.3大きくなると、津波の高さは2倍となる旨の記述がある。

一方、福島県津波浸水想定区域図等調査報告書概要版では、津波の高さは遡上高のみ示されており、明治三陸タイプが最も大きく、福島第一に近い下記の2地点で次のような結果となっている。

双葉町:前田川河口6.2m
大熊町:熊川河口6.7m

従って、東電の5mという水位(遡上高ではないと思われる)はまずまず妥当な追試と言えるだろう。数値面からも、安全率による割増は確認できない。

【2-5】省庁間連携と自治体の事後チェックを怠った国にも責任はある。

なお国交省は、着想と提言は良かったが、他省庁との連携(経産省の説得)、自治体の施策チェックと言う点では、失敗した。興味深いことに、検討委員会では素案を提示した後の意見で次のようなものがあった。

意見  38
例えば、「国土交通大臣は、すみやかに、この提言に盛り込まれた事項その他必要な事項を関係地方公共団体等に示すとともに、関係地方公共団体等で講じた措置または講じようとする措置の報告を求め、これらを集約し、分かりやすい形で国民に提供すること」といった文言を追記。

説明資料3 委員から頂いたご意見」 第3回 検討委員会(2005年3月16日)PDF6枚目

その結果、提言の最後には次のような文言が盛り込まれた。

また、地震防災対策の一環として、そのフォローが必要であるとともに、各省庁が横断的に講じるべき津波防災対策の施策で、さらに検討を要するものは、省庁連携の下に、専門的知見をもって推進すべきである。

この提言が歴史的価値を持つに至るかどうかは、行政のみならず国民及び各界各層の取組み次第である。国土交通省は、速やかに、この提言に盛り込まれた事項に関し、直接関係する事項を可能なものから実行していくことはもちろん、関連事項を関係地方公共団体等に示すと共に、関係地方公共団体等で講じた措置または講じようとする措置の報告を求め、これを集約し、分かりやすい形で国民に提供すべきである。

津波対策検討委員会 提言 2005年3月 PDF14枚目

青字の2点は明らかに未達であり、国の責任が認められる。他省庁のとの連携に関しては、歴史に残る安全神話を答弁した第一次安倍政権が、本来は経産省に連携すべしと命じるべきだったのかも知れない。それ以上の解明は、ジャーナリスト・研究者・当事者・官僚が共に取り組むべき課題である。

【2-6】割増しのヒントはあったのか

さて、それでは想定結果の何倍を提示すれば良かったのか。「津波・高潮ハザードマップマニュアル」はその答えを明示していない。下記のように浸水予測区域の外側にバッファ(緩衝空間)を設けるように指示しているが、具体的な数値は無い。割り増し比率は自治体に任されている。先の相馬市の場合は、バッファの明示は無い(避難場所の選定に当たって何らかの基準として用いられた可能性はある)。

Mlitgojpkowanhazard_shiryou2slide73 津波・高潮ハザードマップマニュアル(案)」国土交通省津波・高潮ハザードマップ研究会事務局  PDF73枚目

ただし、数値的根拠について公開文献でも参照材料はあった。以前紹介した気象庁による津波予報、および国土庁による津波浸水予測データベース作成の際、次のように述べている。このデータベースは2000年代以降のハザードマップに繋がる基礎資料として作成されたものなので、関連性は高いと言える。

「新しい津波予報」のイメージを図2に示します。一つの目安として、もしも海岸から避難する場合には、予想高さの2倍以上の高さの場所に避難すれば、危険率は1%未満にまで小さくなるはずです。

日本地震学会広報誌『なるふる』12号(1999年3月)PDF5枚目

津波予報と津波浸水予測は同じ幹「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査 報告書」(いわゆる七省庁手引き)から分かれた2つの枝であり、不確実性についても首藤伸夫が七省庁手引き別冊の「津波災害予測マニュアル」で理論化している。統計的厳密性に拘るなら、「津波災害予測マニュアル」を熟読して導けばよいが、簡略化のために、上記『なるふる』を参考に2倍の数値を当て嵌めて原発防災を考えたとしても、それはそれで1つの見識となる(『原発と大津波』読者であれば、原子力発電所の津波評価技術で安全率1倍となった経緯を御存知だろうが、そこにも通じる話)。

『なるふる』の1%以下という指摘を単純に当てはめると、IAEAが推奨する10万炉年に一度の炉心損傷確率を達成するためには、最低でも想定の2倍の津波が来ても安全な必要があった。1000年に一度の大津波で防護されている水位を超える確率が1%の場合、(1/1000)X(1/100)=1/100000となるからである。実際には、東日本クラスの津波は500年程度とのしてきもあったりするので、1000年に一度との論は現在では楽観的だが。

福島県の調査で用いた波源を使った追試では、福島第一、第二共5m程度だとされているので、『なるふる』で推奨の倍率2を掛けると10m以上となる。即ち10m盤上の構築物でも、1階にあるような開口部は何らかの対策が求められる。

なお、『なるふる』が指摘する津波予報と同じデータベースを使用している国土庁津波浸水予測図の場合、福島第一の前面は8mであり、遡上は10m盤に達していることが既に知られている。ここに倍率2を掛けると、東電が行うべきだった津波対策は16mとなる。

更に、2002年の『原子力発電所の津波評価技術』で得た数値6.1mに倍率2を掛けると約12mとなる。ただし、これは既に『原発と大津波』第2章で言及済みである。

【3】「話題」スライドの情報源についての疑問

話を日本学術会議に戻す。

彼等が唯一有効性を認めた原子力技術協会の提言だが、震災後誰も省みる人が居なかったところ、身内からの警鐘だが(組織自体が業界で傍流扱いだったためか)無視されたものとして、私がブログで再評価したものである。彼等にとっては、業界人が自ら指摘したことがとても大切なのだろう。

その傍証に、原子力技術協会が『エネルギーレビュー』2006年7月号で発表した米ウォーターフロード原発3号機の事例は全く参照されていない。基本的には提言の内容に沿った記事だが、カトリーナ来襲の3日前、パッケージ型の非常電源をレンタルして据え付けたことは、日本語文献ではこの記事しか触れていない。言うまでもなく、最短で可能な電源対策の一環として、再評価すべき内容である。

もし2011年3月7日の「お打合せ」での結論(福島沖での大津波を想定する)を吉田所長が聞いており、且つ、『エネルギーレビュー』の記事を所長や彼の部下が覚えていたら、恒久的な津波対策が完了するまで、同じようなことをやれば済むからだ(社有の電源車を配置変更したり非常電源をレンタルする)。これはブログを書いた直後に見つけていたが、別の機会を見て記事で紹介することはしていなかったものだ。

【4】何も理解していないことが分かるスライド

次のスライドの説明は意味不明である。それも1枚に3ヶ所。

【4-1】場所を限定すると最も高い津波高が得られる?

Scj_go_jp_170801_1slide5_2 狭い範囲を対象として最大津波高さを予測した方がより大きな値が算出されるはず

福島第一原子力発電所事故以前の津波高さに関する検討経緯-想定津波高さと東電の対応の推移-(日本学術会議、2017年8月1日)PDF5枚目

次の東電事故調の模式図を見て欲しい。本当にそれが導けると考えたのか。

Toudenjikochoslide39福島原子力事故調査報告書』東京電力2012年6月20日P18より。

日本学術会議の書いていることは逆である。一つの地震津波をシミュレーションする時は、津波高を計算する海岸の範囲を予め設定するが、その範囲を広く(長く)した方が、狭い範囲よりも高い津波高の地点を得ることが出来る。例えば、福島沖のケースで言えば、発電所の前後1㎞だけ計算するのではなく、南北100㎞とか福島県内の海岸全域などに対象を広げれば、「西暦何年の××地震を模擬したこのシミュレーションでは福島第二の方が高い」とか「あのケースでは相馬が最も高い」となる。逆に、福島第一での高さだけを計算すれば、求められる高さは福島第一のものだけしかなく、他の地点と比較のしようが無い。東電事故調の模式図で例示するなら、右の黒矢印の近くにある想定が、図中の海岸の範囲では最も大きな水位を与えている(赤の設計津波より僅かに高い)。

添田氏がツイートしていた千葉訴訟における「震源事件」に通じるものを感じる。

このような過ちを避ける方法の一つは、『原発と大津波』の冒頭に書かれている、55㎞遠方の地点(小名浜港)の津波観測データを持ってきたという建設時のエピソードの意味を良く考え抜くことである(仮に55㎞南ではなく100㎞程北の宮城県の値を持って来れば最初から高い想定値が得られる。理論的にはあり得る方法)。

【4-2】報告書に出てこない文献を参照したと主張

ついでに言えば、先のスライド、「津波災害予測マニュアル(1999年とあるが1997年)」を福島県が参照したように書いている。だが、福島県津波浸水想定区域図等調査(2006年度)報告書概要版(修正版)の「7.参考文献一覧」には七省庁手引きを挙げているが、その別冊である「津波災害予測マニュアル」は載っていない。また、本文に文書名として直接書き込まれてもいない。七省庁手引き自体も、前半で既往津波の被害を一覧化した際に引用されているだけである。津波の水位計算法は実用レベルでは何時も大体同じ理論が使われているので、出所が「津波災害予測マニュアル」かどうかは断定できない。スライドには証言を取ったという記述も無い。

「津波災害予測マニュアル」は計算結果の信頼性の問題を厳密に論じているので、本当に参照しているなら、本文P52で「想定以上」などという曖昧な表現をするだけでは無く、正確な統計的意味が説明されていた筈である。

それは結局想定水位を鵜呑みにしてはならず、原発の場合は何らかの安全率が必要という結論に帰着する。厳しいことを言えば、数学的には発生可能性と安全率だけが異なるに過ぎず、本質的に原発と区別する意味も無い。それが理解できていればこのようなスライドになる筈がない。

【4-3】福島県の津波想定が大きくなるのは合理的?

学術会議の資料からは、何故合理的なのかがさっぱり読み取れない。上述のように福島県の津波想定に関する部分は調査不足だったし、前の文章ともつながりが見出せない。

事実関係から言えば、福島県と茨城県では想定していた地震が別のもの(茨城県は延宝地震を含む)だから、比較不能である。仮に、推本予測のことを言っているとしても、「どの領域でもM8クラス」と書いているのであって、福島県が高くなる合理的根拠は無い。

強いて言えば、東日本大震災では、茨城より福島の方が概して津波高が大きかったと言うだけのことである。しかし、プレートテクトニクス理論から言えば、茨城沖を主たる波源とする津波地震が起きても全く不思議ではない。

【4-4】恥の上塗り集団

ここまで書いてきて思ったが、日本学術会議は単なる誤植と言うより、何も理解していないのではないか。というか、ほんのりやばい感じしかない。

関村や原子力関連団体は、只、福島事故の恥を上塗りしただけである。大方、事務局に3流役人でも当てがい、現政権へ忖度した結果だろうが、只でさえ凋落傾向にある日本の学術団体の権威を一層貶めるだけの結果に終わった。唯一救いがあるかも知れないのは、こんなレベルの低い検証作業にまともな人材は回さないという、面従腹背な役人の雰囲気も僅かに感じられるところ位、だろうか。

リベラル左翼でも学術団体の声明などに依存した主張を見かけるが、何でも忖度で簡単に信用を失うのが現代の世であることは、他山の石として、覚えておきたいところである。

17/11/22:全文適宜修正し、意味の繋がりを明瞭にする。

17/11/23:中央防災会議「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」を国土交通省、日本学術会議や政府事故調がどう扱ったかを追記。

17/11/28:【理由1】に追記。

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コメント

今回記事は、岩見氏の思うとおりにならないからと、資料や美辞麗句を並べ立てて、
駄々こねて泣き喚いているに過ぎないものでした(一笑一笑)

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