寿命25年、安全率1倍が前提だった「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003)
【前書き】
「地震で壊れた福島原発の外部電源-各事故調は国内原発の事前予防策を取上げず」から3本外部電源の問題を書いてから2年以上経過してしまった。それらの記事では、他社が福島事故前から外部電源を更新して耐震強化を図る中、日本原電東海第二、東京電力福島第二については福島事故を経ても脆弱なまま放置されていたことを批判した。
これら2つのサイトは炉形だけを見ても、固有安全性で劣るBWR‐5である。それにも関わらず、再稼働を期待する勢力によって未だに廃炉に至っていないこと、また、東電については司直の場で法的責任を否定し続けている問題がある。そこで今回は、この2年で解明した事実について、外部電源や新福島変電所のような一次変電所に適用される設計指針「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003)を対象に、その問題を論じる。
東日本大震災で被災した変電設備を巡っては、「N-1基準」-送変電設備は1ヶ所の故障に対してバックアップが取れていれば良いという考え方(ただし影響が大きな場合はN-2も考慮)-を盾に「今回の震災はN-10であった」などと東電を擁護する向きがある(石川和男「「電力システム改革」を改革すべし!(その2)」『アゴラ』2013年07月18日)。しかし、N-1基準を肯定したとしても、なお問題提起するべき内容があることを知ってほしいと思っている。
【本文】
以前にも述べたことだが、1978年の宮城県沖地震では、仙台変電所(275kV回線あり)のように大きく損傷を受けた所があり、事故後電中研を交えて原因を調査し、1980年に変電設備の耐震設計指針(JEAG5003-1980)を日本電気協会から発行した。
地震動で倒壊した福島第一の外部電源設備はJAEG5003制定前の設置だったが、指針の内容は一応クリアしていた。倒壊した原因の一つは空気式(ABB)は概してガス式(GCB,GIS)より耐震性能が劣るからだと旧原子力安全・保安院は説明した。私見だが、開閉所を設置している高台などは、原子炉建屋に比べて地震動が大きかったことも理由だろう。
(参考)原子力発電所 開閉所遮断器の型式及び設置年
○今般の震災において、原子力発電所施設内の開閉所において設備の損壊等が発生した福島第一原子力発電所の大熊線1号線及び2号線はいずれも1978年に設置されたABB形式(気中遮断器(空気))であった(※1)。
※これらの開閉所は、JEAG5003-1980制定(1980年)より前に製造しているものの、福島第一1号機及び2号機の耐震性能については、開発段階から先行して動的評価を取り入れており、JEAGの要求性能を有している。
○(社)電気協同研究会による遮断器の耐震性能調査によると、タンク型遮断器(ガス絶縁開閉装置 (GIS)等)は、がいし型遮断器(気中遮断器(ABB等)等)に比べて耐震性能が高いとの結果が得られている。
○そのため、福島第一原子力発電所の遮断器が損傷した原因は、相対的に耐震性能が低いと考えられるABB形式の遮断器にあった可能性があり、今後、遮断器をABB形式からGIS形式に交換していくことが望ましい。一方、同発電所の大熊線4号は1973年設置のABB形式であっても損壊していないこと等(スライド22、23)から、今回損壊した遮断器等の解析による詳細評価の結果を踏まえ、更に検討していくことが必要。
「原子力発電所の外部電源に係る状況について」原子力安全・保安院 2011年10月24日(WARPリンク)
私も、JEAG5003の2010年改訂版を参照した。256ページもある、本と言って良い厚さである。最初精読した時は特に不審な内容は見当らなかった。ところが最近、制定当時の技術的根拠を電中研の地盤耐震部が解説した専門誌の記事などを読み比べて、驚いたことが3つあった。
(1)開閉装置の寿命は25年を前提にした指針
一点目は、指針の対象となる開閉装置の設備寿命は25年と考えられていたことである。JEAG5003は確かに参考資料として河角マップの75年地震期待値を載せているのだが、その根拠として、設備寿命25年の3倍の期間を想定すれば十分であるとの考えに拠って定められたことまでは書かれていなかった。
塩見哲(電力中央研究所土木技術研究所地盤耐震部)「新しい動的設計を図解する」『電気計算』1981年6月P40
通常、設備の寿命を見込むには、その部材の劣化特性やフィールドに設置された設備の実態調査を踏まえて決められる。開閉設備の場合は、基板やリレーと言った電気電子部品から、筐体の板金や碍子に至る部材の劣化状況や、メーカーの納入仕様書を見ることになるだろう。しかし、当指針を読むと部材の劣化状況とは別に、指針が想定した耐震性能によって自動的に25年という上限が定められることが分かる。中国電力を皮切りに、東電、日本原電以外の各社が続々と外部電源を耐震性の高いGISに置き換えていったのは、単なる劣化判定や保守部品の入手難ばかりでなく、この指針の根拠に自ら気づいたか、メーカーに提示されていたからだろう。
原発の基準地震動に比べればJEAG5003の考え方は遥かに緩い内容と思われるが、そのことを横においても、次のような問題点を指摘できる。
●河角マップが古すぎて役に立たない
「福島原発1号機建設期に指摘された地震想定の問題点」でも指摘したが、河角マップは1950年代初頭に作られた地震期待値図であり、各地の期待震度が低すぎる。1960年代末にはより期待震度を厳しくした後藤マップが出現し、その後も幾つかの研究機関が類似の震度期待地図を発表、現在では地震調査推進研究本部(推本)のデータを元にした地震動予測図が最新の期待地図となっている。ロバート・ゲラー氏は東日本大震災や熊本地震を例に、推本データによる地震動予測図も「外れマップ」として批判しているが、河角マップに比較すれば厳しい内容のため、予防的には河角マップよりはマシと言える。なお、河角マップは一般建築物の耐震基準にも参照されてきたため、その問題点は2016年熊本地震でも批判された。
●25年規定を明文化していない指針を制定する行為は、モラルハザード
25年を経過したら更新するか、25年以上使用する設備は、75年期待値図を使用してはならないように、JEAG5003に明文化するべきであった。
河角マップは75年期待値図の他、100年期待値図と200年期待値図が存在し、それらの震度期待値は75年期待値図より大きい。このことは最低でも経年25年~33年の設備は100年期待値図、経年33年~66年の設備は200年期待値図を使用すべきであったことを教えている。考え方としてはそのような方向で解釈すべき指針であり、実態を反映せず明記を怠り続けた指針制定の委員会には、大きな責任が生じる。
なお、1978年に設置された福島第一1・2号機用の外部電源は、2011年時点で経年33年であり、GISに更新工事中だった3号機用以外は34年目以降の使用を前提としていた。従って、例えCクラス扱いであっても、事実上河角マップの200年期待値図を最低でも前提にする必要があり、地震学の発展を考慮すれば、更に厳しい内容が要求されるのが筋だった、ということである。
JEAG5003の問題だから、新福島変電所にも、東海第二の開閉所にも、東海第二と接続する東電側の一次変電所にも上記の問題は当てはまる。しかし、1990年代に寿命40年超を迎える原発の高経年(老朽)運用が可能であるか研究された際、主に原子炉周りの機器の寿命評価ばかりに視点が集中し(意図的に寿命評価をパスし易い機器のみフォーカスされた可能性もあると思うが)、外部電源の設計指針の問題は、公開の報告書では全く取り上げられなかった。
徳光岩夫「原子力発電所は何年くらい安全運転が可能か」『電気計算』1999年7月P35
※幾つかのステップを経て高経年化対策が検討されたことが分かる。しかし、当時の文献を見てもJEAG5003の中味を議論した形跡は見当たらない。
(2)JEAG5003が前提とする地震動は震度6
先ほどの『電気計算』1981年6月号記事を読めばわかるように、JEAG5003が想定した震度は当時の階級で6に過ぎない。加速度で言えば250~400Galに相当するとされるが、後年震度が体感から地震計のデータを利用した算出法に改められ、震度6であっても400Gal以上の揺れを与えることは珍しくなくなった。なお、リアルタイムで震度7が計測されたのは1995年の阪神大震災が初めてで、2007年には新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発でも記録された。上述のようにJEAG5003は2010年に改訂されているが、このような事実を取り入れて、指針を改めることが無かったのは、到底許されることではない。
(3)想定地震力に対する安全率は東電社内規定に合わせて1倍
JEAG5003では、がいし形機器への設計地震力を「0.3G共振正弦3波」(Gは重力加速度で約300Gal相当)と規定している。
しかし、この値はJEAG5003制定以前に東京電力が社内規定で定めていた内容を色々な計算で肉付けしオーソライズしたものと考えられる。東電が社内向けに編纂した『変電技術史』には次のような経緯が書かれている。
「第11章第1節変電所設計5.防災・安全及び環境対策」『変電技術史』東京電力1995年P557
上記のとおり、東電の社内規定では、この設計地震力は安全率との掛け算で表現されており、その安全率は1倍であった。JEAG5003の何処を見ても、地震波の入力位置(高い位置の方が振れが大きい等)による増幅率は明示されているが、安全率1を掛けた値であることは明示されていない。これが、旧原子力安全・保安院が東電の説明を受けて書いた文言「開発段階から先行して動的評価を取り入れており、JEAGの要求性能を有している」の実態だった。
加えて、1977年度に大学の研究者が東芝と共同で研究した空気式遮断器(ABB)の耐震性に関する博士論文を読むと、安全率を2倍に取っている電力会社も存在していたことが分かる。
藤本滋(慶應義塾大大学院工学研究科)「第1章 序論」『大電力用空気しゃ断器の地震応答解析』1978年3月P1-2
電力業界は変電機器の耐震設計について社内でどのような考え方を取っているのか(JAEG5003準拠で済ませるのか、更に厳しい値を設けるか)、分かり易く纏めてネットに公開していないが、上記藤本氏の論文によると注釈(4)の「電力会社の耐震設計について(アンケート調査結果)」(中部電力社内資料1968年8月)が存在している。新しい資料ではないが、経緯解明には役立つだろう。
また、宮城県沖地震の調査でも、電気事業連合会は『変電設備耐震特別委員会報告書』(1979年)をまとめてJAEG5003制定の際に、影響力を行使していた。従って、『原発と大津波』に示されたように、津波評価技術において土木学会をオーソライズの舞台として使ったのと同様、いや先んじて、変電機器の耐震指針制定でも、実際の作者は日本電気協会ではなく、東電であった。
以上の3点から、初期原発の外部電源および一次変電所は25年以内に耐震強化の改修・更新工事を必要としていたことが分かる。東電福島第一も、日本原電東海第二も本来はその流れを受け入れるべきだった。
なお、今回取り上げた文献の内、『電気計算』1981年6月号は変電機器の耐震設計特集となっており、塩見氏の他にも投稿記事がある。その中には、非常に少ない可能性とは言え、JEAGで想定した以上の地震が起こる可能性はあると認めた上で、耐震向上、復旧対策に「各電力会社は万全を図っている」と豪語しているものがある(百足武雄(東北電力工務部)「地震におけるがいし形機器の被害」『電気計算』1981年6月P52)。細かいことだが「万全」とは、ゼロリスク論に容易に繋がる言葉でもあり、注意が必要だ。
また、藤本論文は第5章、第6章(まとめ)にて、共振正弦3波を用いることの妥当性も検証し、特定の条件下においては実際の地震動に対して十分安全側ではなく、実際の地震波を用いた解析の必要性を結論している。
更に、『変電技術史』では水害対策として、1989年以降毎年変電所周辺環境の変化(河川改修や冠水状況など)をチェックすることとした(P564)、「重要変電所における重大事故時の処置」を制定した(P686)などと、これまでの事故報告で未踏の事実が書かれている。
しかし、今回の記事ではそれらの詳細については不明な部分もあり、省略した。勿論、偉そうな態度で電力会社への愛の言葉を垂れ流すインターネット上の自称関係者達は誰一人、こういった具体的な内容に言及していない。
2018年5月26日追記。
本記事は当ブログの中でも特に電力関係のアクセスが多い。よって、次の補足を載せておくことは有用と考える。
『地震応答解析と実例』(土木学会耐震工学委員会編集小委員会編 1973年1月)の電力施設編には、東電が500kV変電機器の仕様を決定するため、地震応答解析を利用した事例が載っている。それによると関東ローム層の地表面を想定した模擬地震波を300Galとし、その安全率2倍として設計した結果、共振正弦3波0.3gを使用したとなっている。本文をよく読むと模擬地震波に相当する共振正弦3波は0.2~0.25gであったとされており、模擬地震波に対する安全率と共振正弦3波0.3gに対する安全率の問題は異なっていることに注意すべきであろう。
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