初期BWRターンキー契約の本当の問題点~原電敦賀1号契約を中心に~(2)
前回記事ではターンキー契約について、良くある誤解について述べた。後半ではターンキーがもたらした本当の問題点について考えていく。
【ターンキー契約の本当の問題は何か】
興味深いことに、東電・関電などが商業原発の発注に手を付ける頃、ターンキー契約の具体的問題点を共有する動きがあった。業界団体の海外電力調査会がまとめた「米国における電力設備の建設工事」という報告書である。当ブログ以上に長い内容だが、要点を抜粋し、建設記録や回顧談などと比較してみよう。
(1)「工期が短い」を強調した結果、設計改善の足かせになる
検討に値する批判のひとつに「標準から外れた仕様追加は大幅に費用(工期)の増加を招くので、困難」というものがある。仕様追加は不可能と言ってしまうのは虚偽だが、ある程度は事実と考える。
「米国における電力設備の建設工事」はターンキーの利点の一つとして次のように説明していた。
一 ターンキー契約を有利とする主張の論点
建設工事が複雑化し大規模化することによって、在来の契約方式による場合における種々の問題、すなわち、適正な計画を立て、精密な作業工程を作成することが困難となっていることは、技術建設会社(注:GEのようなターンキーを最上流で受注する元請を指す)を参画せしめるべきであるとの結論に達する。(中略)
(ロ)竣工予定日の確実性
適切な計画と短い建設期間からもたらされるものは、間接費における節約と相関的に、竣工予定期日までに実際に竣工することがより確実となるということである。技術建設会社は労働者の入手難、ストライキ、資材の到達遅延および天候等自然現象によってもたらされる遅延に対して保証することができるものではないが、よい工事計画が予定どおり竣工する可能性を高めることは確かである。また、そのことは不慮のできごとが発生した場合に、それに応じた工事計画の調整を容易にするものである。
予定期日に間に合わなくなることは伝統的なやり方の下においてより多くなりがちである。したがって、余分の費用として未完成部分のための効率の低い発電設備の運転または買電のための費用がかかり、さらにまた全月率の0.8333%の間接費を追加しなければならないことは前述のとおりである。2000万ドルおよび5000万ドルのプロジェクトの不必要な一ヵ月の建設期間の延長によって間接費における17万5000ドルおよび42万ドルと未知の諸種の損失を加えた物が増加する結果になる。
「米国における電力設備の建設工事-5-」『電気産業新聞』1967年7月31日2面
「米国における電力設備の建設工事」はターンキー批判論の紹介にも頁を割いているが、工期に対する批判は長くて分かりにくいので引用しない。要約すると、設計や部材製作の段取りが無くなる訳では無いので実際の工期は理屈通りには短くならず、むしろターンキーを止め、別にコンサルタントを雇ってチェックした方が全体的なメリットは大きいと論じている。なお原電の場合、ターンキー契約を結ぶ前の炉形選定段階ではコンサルタントを活用して仕様の詰めに活かしていた。
さて、工期完遂の敵は仕様の変更と追加である。だが、それが安全対策に係る場合、無視することは困難。敦賀1号・福島1でもこの問題は生じ、建設中に下記の変更を求められた。
- 非常用ディーゼル発電機の二重化
- 高圧注水系(HPCI)の追加
- 逃がし弁の増設(2→4個)と自動逃がし安全弁(SR弁)化
今回注目するのはHPCIだが、その機能は説明しない(適当な文献で勉強して欲しい)。ただ、ここは当記事のキモなので、契約面の前提条件について説明しておこう。契約書には発注者が仕様を変更した場合の規定が置かれているが、それに関連してUS Licensable条項というものが存在する。
契約の運営にあたって常に念頭に置いていたのは、GEと原電の間の権利義務が不当に偏らないようにする、ということです。契約の時にはGEと原電との権利義務が50%ずつ、できるだけ平等になるように気を配って作ったのですが、4年間の間にバランスが傾くという状態が起こりました。
例えばGEとの契約の中に「US Licensable」という条項があります。米国原子力委員会(USAEC)がGE製の原子炉に対して安全上追加を要求した設備については、GEは敦賀にも無料で設置するという条項です。当然、原電から要求して入れた条項です。
契約交渉の後、GEのスタッフは「GEの原因ではなく、USAECの要求で追加するものを無料で敦賀に設置するという条項は、GEの歴史が始まって以来の屈辱的契約である」と盛んに言っていましたが、我々としては、アメリカで不安全だと判定されたようなものを敦賀に納めるつもりなのか、GEとはそういう会社なのかと応じて、合意したものです。
そして、実際、USAECがECCSに高圧注入系を付けろと言ってきたので、この条項が一気に脚光を浴びることになりました。しかし、GEは黙って敦賀に設置し、費用請求は一切してきませんでした。敦賀の場合は幸いなことに、このECCSのように、原電に有利な側にバランスが傾きました。
近藤耕三「敦賀発電所1号機プロジェクトの成功に向けて」『日本原子力発電五十年史別冊』P132
現在の視点による評価で忘れてはならないのは、US Licensable条項に抵触しないが311のような原発事故を防止するには必要となった対策も存在するということだ。それだけ当時の規制は未熟だったとも言える。なお、『日本原子力発電50年史』を読むと、仕様変更を先取りして取り込むことを意図し、原電が追加費用を払ってでも実施するつもりだったことが明記されている。 東電が費用分担をどのようにするつもりだったのか、当時の経過を記した記録を目にしたことは無いが、上記の設計変更が行われたことについては、福島第一1号機も同様であった。
311において上記追加対策は事故の進展を遅らせ・影響緩和には寄与したが、過酷事故の防止という観点からはあまり役に立ったとは言えない。SR弁は各号機、HPCIは3号機で機能したが、その操作が適切ではなかったため、炉心溶融・水素爆発を防ぐことは出来なかった。だが、事故時の操作までターンキーの責に帰すことは出来ない。
この様に振り返ると、ターンキー契約による制約は無かったように思われる。実際にそのように結論した文献も存在する。
しかし「311を回避出来る技術提案で、工期等の制約で不採用になったもの」が既存の記録に全く載っていないかといえば、それは違う。HPCI採用の経緯を今度は建設記録から抜き出してみよう。
4.3 HPCISの設置に関する経緯
USAECがOyster Creekに要求した安全設計変更点のうち、原電が採用するに当って最大の懸案となったHPCIS(高圧注水系)は、その設計の段階から最終決定に至る迄の経緯は以下の通りである。
原電としてはHPCISが必要であると判断し、その詳細設計を開始するようGEに対し通告したことにもとづき、42年11月、GE担当者が来社し、GEが敦賀用として考慮しているHCPISの案として下記の4種を提示した。
- ディーゼル・エンジン駆動の高圧ポンプを新設し、これにより復水貯蔵タンクの保有水を給水ラインを介して原子炉圧力容器内に注水する案
- 現設計の復水、給水系をそのまま使用し、その駆動電源としては、現在設置予定の2台のディーゼル発電機を用いる案
- 基本的には上記(2)と同一であるが、非常用電源の多重性を図るために、現在考慮しているディーゼル発電機と同一容量のもの1基を追加する案
- 現設計の復水、給水系をそのまま使用し、その駆動電源としてガス・タービン発電機を新設する案。
上記4案のうち(1)は既にGEより提案されていたもので、当社に於いて検討した結果、基本的に適当と判断されるものであったが、(2)(3)(4)案は耐震設計の面などに問題点が予想されるため、GEに再検討を依頼した。
なお42年前半の時点ではOyster Creek発電所にHPCIS相当設備を設ける必要はないとの立場をGEおよびJersey Central社はとっていたが、その後USAECの意向を入れて、HPCIS相当設備を設けるようにした。その際、採用しようと考えられていた設備は上記(2)案に相当するものであったが、これの妥当性に関するUSAECの最終的な結論はこの時点では未だ出されていなかった。
HPCIS案として前述のように数種の方法が考えられたが、43年6月に至りその段階での建設工程から見て、工期の遅延を来たさぬことを第1の基本方針とし、別置のディーゼル・エンジン駆動ポンプによるHPCISを採用することにした。また、結果として、HPCIS機器の耐震設計をクラスAで実施することが容易となった。
第2の方針として、HPCIS機器は1系列分のみを設備することにした。これは、HPCISと同様に、事故後の炉容器内減圧機能を持つものとして自動逃し弁(4個設備、内3個で100%容量)を設備することとし、これがHPCISのバックアップとなり得ると判断したためである。
敦賀発電所の建設 第III編 敦賀発電所の設計第1章P184
結局敦賀は(1)案に落ち着き、福島ではディーゼルエンジン駆動を止め、蒸気タービン駆動に変更された。蒸気タービン駆動なら交流電源は不要との触れ込みだったが、制御用の電源は必要だった。ただ当時は敦賀、福島いずれの方式もUS Licensable条項はパスした。また、「現設計の給水系」だが、後のBWR-5の場合蒸気・電動の両用で駆動可能となっている。
一方、(3)(4)案は自ら電源を持っておく点が、BWR-5以降で採用された高圧炉心スプレイ系(HCPS)の考え方に近い。加えて(4)のガスタービン案は発電機の高所設置が容易である。もし、福島で(4)案のようなガスタービン電源方式を採用していれば、今回の事故は防止出来ただろう。当ブログ記事「非常用発電機が水没した新潟地震」に書いた通り、地下に配置した非常電源の脆弱性は既に認識済みだったからだ。
敦賀発電所1号機が、契約工期45ヶ月に対し、47ヶ月弱という、ほぼ計画通りの工期で完成させることができたのは、原電とGEの相互協力の賜物といえる。
ターンキー契約だからと、単に仕上がりを待っていたら、敦賀発電所1号機の当時世界最短での建設実績を達成することは、とてもできなかったと思う。
契約内容を踏まえた上で、また、相手の会社の考え方、実力を知った上で、こちらも汗をかき、共通の目標に向かって相互協力の体制を作ることが、いかに大事であるかということを学んだプロジェクトであった。
藤江孝夫「世界最短工期の達成(GEとの相互協力体制の構築)」『日本原子力発電五十年史別冊』P156-P157
先の藤江氏がに寄稿した回顧録の結びである。工期への関心の強さは東電も同様で、同社の榎本聰明は「原子力発電所の起動試験におけるクリティカル・パス」(『OHM』1972年4月)という海外サイトとの比較記事まで投稿している。ターンキー契約が使われなくなって以降も、このような工期短縮への執着は福島第一、東海第二、福島第二などの後継プラントに受け継がれていった。
なお、敦賀の予備検討時の見積条件には不活性ガス系の採用は入っていなかったが、原電の意向で本契約には取り込まれた。以前の記事で触れたがGEは東海第二の時点でも不活性ガス系の採用には消極的だったから、契約絡みで311の事態悪化防止に最も貢献したのは、不活性ガス系の件かもしれない。
(2)工事への関与が弱くなると、電力社員の意欲が低下する
「米国における電力設備の建設工事」によると、当時の火力・原子力・各種工業プラントで問題だったのは、建設規模が巨大・複雑化し一つのサイト建設に発注者の技術者が長期間拘束されることだった。したがってターンキーの売りの一つは、メーカー任せにすることで、発注者が現場監督を減らすことが出来るというものだった。この主張に対する批判は、次のようなものだ。
二 ターンキー契約を不利とする主張点
(ホ)電気事業従業員のモラルの問題
会計士、技師、線路工、購買ならびに倉庫係等の専門家または特殊技能者は馴染みのうすい監督者に支配されることに反発を感ずるものであり、建設工事の場合、特に建設部門の従業員はそれまで関係のなかった部外者が自分達で十分やれると思っている仕事に導入されるといやがるものである。電気事業者がその契約方法を変更した場合に、重大な労働上の不安が生ずることがあり、ある種の仕事を実施する権利に関し、請負者と電気事業従業員との間に論争が生じたことがある。「米国における電力設備の建設工事-7-」『電気産業新聞』1967年8月14日2面
実際、敦賀の記録には次のようなボヤキも見られる。敦賀の1年遅れで全く同じ状況に置かれた福島の東電社員達は、この座談会を読むことが出来たのだろうか(現在なら原電は東電の子会社となっているのでさほど難しい話ではないだろうが)。
☆ターン・キー契約について☆
司会 一応皆さんの印象を聞いたところで、少しテーマを上げてみましょうか?敦賀発電所建設の場合には、ターン・キー契約によって工事が進められたわけですが、このターン・キー契約方式による建設の進め方については、いろいろな意見を持っていると思うのですが。
幡谷(注:機械担当) そうですね。とにかく仕事はGEがやっていて、うちは見ることはかまわないけど、口出しは直接やれないわけですね。だから、うちの直営のプラントだったら、我々の意見が直接現場に通じて、いまトラブルを起こしている機器なんか、そうとう少なくできたと思うんです。
須藤 僕もGEに現場で指示することができないで、はがゆく思ったことがたびたびありました。
内山 僕はちょっと感じが違うんですけどね。ターン・キーの解釈によって、なんとでもできるということなんです。僕自身は、ある意味では非常にやりやすかったという感じがしています。こっちから進んで入って行けば十分やっていけましたし、そういう意味でそれほどターン・キーなるもので苦痛を感じたことは無かったです。弊害も、全般的にはなかったような感じがするんですけどね。
菅谷 僕の分野でも、1つ1つに関してはいろいろありますが、だいたいのことはできたつもりです。ただ、ターン・キーの解釈の仕方が違うので、実際には、やりにくい点が多かったことは事実ですし、それとターン・キーから生じたことだと思うのですが、要するにお客である当社が弱すぎましたね。
嶺 ざっくばらんに言いまして、僕は放射線管理の前に短期間ですが、工務班にいましたが、その時の印象として、やはり皆さんが言われたようにターン・キー方式というのは、非常に当社の発言力を弱めますね。例えば、GEの下請けに対して強いことが言えないし、それを見透かされているような時は口惜しかったですね。
岩崎 建設の現場にいた人は、ターン・キー方式が頭にきているようですが、起動試験を担当したものとしては、試験は常にGEと打合せて進めましたし、我々の希望も、よほど大きい変更でない限り、その場で言えばやってくれるし、というわけでターン・キーだからどうのという印象は持っていません。
内山 ぼくは、ターン・キー契約による建設の進め方については、こう思っているんですけどね。
つまり、ターン・キーにおける当社の立場には、監督者としての立場と、協力者としての立場と、2つあるわけですね。
あらゆるものが、契約上の仕様書に合っているかどうかをチェックし、仕様書に合致しないものに対しては、改良を要求できる監督者としての立場。そして、敦賀発電所というプラントを早く、より良いものにするため、設計・施工のあらゆる段階で、当社側のコメントを与えていくという協力者としての立場。この2つのものがあると思うんですよ。
これらのことは、当然そうあらねばならないことではあるんですが、そこで重要なことは、この2つの立場を各人とも明確に使い分けるということでしょうね。
司会 いわゆる狭い意味の建設段階、終盤に入ってからは割り合いに少なかったと思うんだけど、初期の段階でターン・キーが、その解釈をめぐって、みんなの行動を拘束する、あるいはちゅうちょさせる原因になったことは事実ですね。いずれにしても、ターン・キーに関する基本的な態度というものが十分浸透しなかった。頭の中ではあっても、それが現場の第一線で働いている人達に溶け込むような形では伝わらなかった。そういう批判とか反省とかが残されたようですね。
「敦賀発電所・建設を終えて」『日本原子力発電社報』1970年9月(リンク)
先に挙げた『日本原子力発電五十年史』などには、ターンキーであっても電力社員の現場参加を進めるため、一本松社長の掛け声で3M精神(Mutual Good Will,Mutual Understanding,Mutual Co-operation)と称する意識改革を推進し、GEの現場技術者に対する融和策を図ったことも記されている。
GE社パンフレット。工期最短記録を受けて世界中にPRのため配布された。
GE村に囲ってしまった話ばかり伝えられる福島とは一味違うと感じるのは事実だが、社史の問題は、より教訓として有用な、当時の課題を語り継いでいないことだろう。
(3)発電所の設備一式が全て1つの企業(企業集団)に集中する
福島1号機が着工した頃、ターンキーは先進技術の採り入れにプラスとなるという見方があった。
一 ターンキー契約を有利とする主張の論点
(ト)電気事業のPRその他
ターンキー契約によってあるアイデアまたはやり方がサービスの改善またはコストの低減になれば宣伝やPRを通じて一般社会に対しても、その電気事業自体が先導的なイメージを与え、ひいては企業イメージの高揚に寄与することになる。
ターンキー契約によって新規の開発が行われると、電気事業の技術面に刺激を与えまた電気事業の技術部門がより進歩した技術や機器を受入れるようになるであろう。
「米国における電力設備の建設工事-6-」『電気産業新聞』1967年7月31日2面
しかし、PRはターンキー契約によってのみ輝くものでは無い。その後PAという名のプロパガンダとなり、原子力がレガシーな分野へ凋落を始めたバブル期以降、利権の規模は益々膨れ上がった(『原発プロパガンダ』他、本間龍氏の著書に詳しい)。また、東電が原発に望んでいたものは実証性であって、「スペインで採用済み」との実績が決め手の一つになった話がこれを裏付ける。買い手がそのような姿勢である以上、技術進歩の採り入れは優先事項とはならない。
むしろ批判者からは送電設備を例示する形で、技術の採り入れに障害となる可能性が指摘されていた。
二 ターンキー契約を不利とする主張点
(へ)建設工事の一貫性の問題
最後に、建設工事の一貫性が必ずしも最良の結果をもたらすとは限らないということである。このことは原子力発電所および超高圧送電(EHV)に関するターンキー契約にもあてはまることである。電気事業者が製造者とターンキー契約をする場合、すべての構成部品材料等は製造者の管理下におかれるということが協定上の一つの条件となることがあるであろう。このような場合、ある少ない例ではあるが、他の製造者からの構成部品がターンキー契約によって製造され、購買されたものよりも望ましいことがある。
「米国における電力設備の建設工事-7-」『電気産業新聞』1967年8月14日2面
各メーカーの技術力が拮抗している時はターンキーでも問題ない。問題は特定の分野で技術力に差がある時だ。そして不幸なことに、GEおよびGE系技術を採用した企業(日立、東芝)に足りていない技術力に、外部電源の耐震性が含まれていた。GE系企業は耐震性の低い空気遮断方式で超高圧変電設備のシェアを握っており、新技術への対応が遅れていた。一方、WH系企業は高い耐震性の見込めるSF6ガス遮断方式を引っ提げて市場拡大を狙っていた。
そのような端境期に初期の原発が建設された。詳細は当ブログ記事「地震で壊れた福島原発の外部電源」で述べた通りである。敦賀・福島共、開閉所の設計・工事はGEのターンキーを介さず電力から直接発注しているが、上記の傾向が覆ることは無かった。
日本の地震環境を考えれば、当時の外部電源はWH系(三菱)の採用しか選択は無かったように思える。それが出来ないのは、「米国における電力設備の建設工事」が指摘するように、比較的自由に発言できるコンサルタントを入れてなかった(或いはそのようなコンサルが育っていなかった)からだろう。超高圧のガス遮断方式の開発では東電は東芝と組んでいたので、それも影響しているかも知れない(ただし、電圧階級がやや下がるミニクラッドでは、東電は三菱と共同開発をしていた)。
(4)ターンキー契約での経験が前例踏襲化される
最後にターンキー契約が初期の商業原発に集中した結果生じた弊害として、私から一つ加える。それは、これらの契約が「踏襲されるべき前例」とみなされ、機器単体購入契約に移行してからも部分的に参照され続けたことである。下記を見てみよう。
当社が見積依頼書で要求して敦賀契約を踏襲したものとすることについては、GEが敦賀のあと東京電力と福島1号機、2号機の契約をしており、一番最近の福島2号機契約に近いものになった。しかし、福島1号機、2号機契約も敦賀契約をモデルとしているので、契約には敦賀契約に使用した文言が多く残っている。
「第2章 工事契約」『東海第二発電所の建設』 P11
東海第二は福島第一6号機とペアでの契約だったが、デザインターンキー方式とも呼ばれた。『日本原子力発電社報』1972年7月号 によると「デザインターンキー方式とは、GEは発電所の設計に関して、すべての責任を持つが、機器の供給、試運転などに関してはGEの責任範囲を局限し、それ以外の責任はすべて発注者である当社が持つという方式であり、当社としては他の請負業者との関係をうまく調整せねばならない」と説明した。
回顧録の多くは号機による契約内容の違いには殆ど拘りを見せていない。従って、(1)工期短縮を優先し、それを誇ること、(2)電力社員の現場離れ、(3)GE系企業によるあらゆる関連機器での寡占化、などの弊害も残ったと考えられる。短期間で完成したプラントをよく観察すると、設計時に回避可能だった不備があることも少なくない。
逆に、契約時に想定していない外部環境の変化によって工期が延長された場合、関係者の記録も設計改善に取り組んだという記述が見られる。
②工期の延長
需給の落ち込みにより、電源建設工事は軒並み工期を繰り延べる事になりました。忘れもしませんが正月15日(昭和50年1月15日)突然電源計画課長から呼び出しがあり5、4および6号を1年ないし1.5年工期を延長してもらいたいという事を通告され、その理由をるる説明されました。工程表を明日までに提出せよということになりその晩は徹夜で工程表を作る羽目になりました。その時決めた運開日がその後実際に運開した日であります。3号機はすでに試運転に入っておりそのままいくことになりました。さて、これからが大変でして5、4号機は据付がだいぶ進んでおりましたので、長期の保管体制に入らなければなりませんでした。まず保管体制の検討、建設工事人員の再配置などの検討が必要になりました(中略)。
工期延長はいろいろな事態を起こしましたが、一方、この頃から発生したSCCに対する対策、改造を実施することができた事など、良い面も多々ありました。また6号機は設計の遅れを取り戻すことができ、給水系のFCVをMG controlに変更することが出来たことなど、その後の安定運転に寄与することが出来たとおもっております。
中村良市「原子力発電開発の道程(2)」『東電自分史』
以前刹那的な人士を批判した時も紹介したが、工期が伸びればそれだけ欠陥がフォローされるのは自明の理である。
16/11/11:記事を分割。途中の説明を修文。SR弁について追記。
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