烏賀陽炎上事件を再検証する2~謝礼を要求する守銭奴を炙り出した事例~
前回記事では、烏賀陽弘道氏の2013年のネット炎上を再検証し、数十万もの野次馬を集める程の価値が無いことを示した。
さて、烏賀陽氏は2016年4月にも大規模な炎上の当事者(というか標的)となっている。
烏賀陽弘道(報道記者)「私は30年間記者をやっていますが「取材費」を払ったことはないです。(中略)そんな無知だから無職なんですよ」-Togetter
しかしこの件も、前回以上に短絡的な集団ヒステリーの一例に過ぎなかった。便乗して「取材先に謝礼を支払おう」なる記事を挙げたイケダハヤト氏は、赤っ恥をかいた。
どうして赤っ恥なのか、何が問題なのか、炎上対策をどこまで考えればよいのか、こうした点を考えてみた。
【1】謝礼を払わないと明文化するメディア
報道各社は近年、取材に関する社としての基本方針を開示している。特に、大手メディアは様々な問題点を指摘されつつも、対外的な文書作成などに割くリソースの余裕があるので、ポリシーの類も整備されている。
そのようなポリシーを参照してみると、烏賀陽氏の主張通り、謝礼を支払わないと決めている事例は確かにある。まずは、烏賀陽氏の出身元の朝日新聞の例。
朝日新聞記者行動基準 2016年3月1日改訂
関西テレビ放送 番組制作ガイドライン 2012年改訂版
どうやら大手新聞社、テレビ局が取材費を払わないことは常識のようである。このような基準を事前に示していれば、メディア批判が簡単になる効果もあるだろう(線引きが曖昧なまま、全ての事案で全ての観点を論争するのは無駄な議論のコストであるため)。
コラム
メディア人がしばしば匿名のネット言論を軽んじる傾向にあるのは、彼等がどんな指針で行動しているかを明らかにしないこともあるのではないだろうか。この派生論議で、匿名ネット言論を正当化する理屈として、「匿名でも実名でも発言者の態度や内容は変わらない」という言い分がある。しかし、実名の場合は当人が望むと望まざるに係らず、問題が起こった際には責任を問われるのが最大の特徴という点は、匿名論者の大半が無視している。匿名の自由はあるべきとは思うが、そういった詭弁は説得力を持たない。
【2】電気学会の技術者倫理事例集
メディア側の倫理規定とは別に、電気学会は次のような想定事例をつくり、学会員をはじめとする技術者に考える機会を提供している。抜粋して紹介しよう。
2011年3月11日、5年前に会社を定年退職した田村紀夫さんが、定年後の日課となっている家庭菜園での野菜作りをしていた時、地面の奥底からゴーっといううねり音とともに、自宅の窓ガラスが突然ガタガタと鳴り出し大きな揺れを感じた。(中略)
3月13日、木島えりと名乗る太陽テレビ局の若い記者が、田村さん宅を訪ねてきた。
木島:「私は、太陽テレビ局の木島えりと申します。今日伺ったのは、昨日福島第一1号機で起きた爆発の原因について、原子力発電所の燃料に関わる多くの論文を出されている田村さんに、ご意見を伺いたくて東京から来ました」
(中略)
(2)あなたが田村さんの立場であったら、テレビ局の申し出を受け入れるか考えてみよう。
事例には書かれていませんが、出演を承諾すれば、送り迎えはテレビ局が手配のハイヤーで、出演料も1時間番組では破格の30万円の謝礼がでること。視聴者の反応がよければ、その後も出演を依頼するという条件が提示されています。
(3)田村さんは友人たちから集めた情報に基づき計算した結果、燃料溶融が起きていることを確信した。しかし、報道される内容では確定的なことが分からない。あなたが田村さんの立場にあったら、どのような行動を取るか考えてみよう。「事例1:テレビ局記者への対応」『技術者倫理事例集(第2集)』2014年
この問いかけに「正解」は与えられていない。参考にする資料も、解答者が自分で探すのである。一つ知識を加えると、11日には「炉心溶融」を認識していた政府が5月下旬まで認めなかったことと呼応して、12日の会見で「炉心溶融」の可能性に言及した中村幸一郎審議官を会見の担当から更迭し、報道からも炉心溶融を指摘する専門家は排除された。その状況で「30万円を払う」と述べているところがポイントである。見ようによっては、太陽テレビは「お金を払うから政府の見解に従う御用学者になってくれ」と言ったも同然である。
烏賀陽氏が近年重点的に取り上げているのは正にこの原発問題であり、事例集と被る点は多い。『福島第一原発 メルトダウンまでの50年――事故調査委員会も報道も素通りした未解明問題』では、原発の防災計画を過小に見積もるようにゴリ押ししたある業界人の実名を別の関係者(その人も実名で登場)から得ている。正に「誰が」という点を解明したのだが、もしこの関係者が「金を払わなければゴリ押しした人の名前は教えない」と主張したら、それは倫理的な行為だろうか。
このことは炎上の発端となった避難区域内の住人も同じで、「金を払わないと避難区域内で不正行為があっても教えるつもりはない」と宣言したのと同じなのである。一般性のあるテーマで考えても、安倍首相に寿司を奢って非公表の情報を得るような行為があれば、その評価は上記と同じである。だからまともなメディア人からは「そんな会食は辞めろ」という批判が出てくるのである。
【3】考察-報道と広報の混同-
そもそも、批判者達は取材と講演・解説との区別がついていない。講演・解説は経験談やノウハウ提供の見返りに聴衆から代金を頂く。主催者が自主的にビジネスとして行うこともある。これに対して取材では一般的な仕組みの解説は最終目的ではなく、誰がどんな悪さをしたのかを明らかにすることが目的となる。だから謝礼を支払った場合は、取材先と癒着し、記事風の体裁をとった広報と見なすことが出来る。本間龍氏の『原発広告』等の著書で良く槍玉に上がっている、舞の海やデーモン小暮などの有名人や専門家のネームバリューを借りて、企画側の主張を展開する広告のことだ。取材対象、もとい出演者は企画側の意図に沿った発言を行い、異論は唱えないということだ。
山崎元氏は取材を受ける側として、謝礼について述べているが、この点を押さえておくと分かり易い。
取材の謝礼が気になる読者がいらっしゃるかも知れない。
基本的には、取材を受ける立場では、「取材謝礼はゼロでもいい」と認識しておくべきだ。取材の内容によっては、謝礼を払うことと取材の目的の間にコンフリクトが生じる。取材は断る権利もあるし、だからこそ、受けるからにはそれなりに覚悟が必要だ(一応の原則論として)。
ただ、一般的な事項解説的取材では、解説に対して謝礼を払うのは自然だろうし、謝礼には、取材源が取材に使った時間と手間への対価という意味もある。
テレビの取材を受ける場合の基礎知識 2012年3月4日
謝礼を要求したことで報道側とトラブルを起こした事例もあるので次に紹介する。
きょう、<マスコミ倫理懇談会全国協議会>の第53回全国大会が松山市で始まった。(中略)開催前日の9月30日に『サンラ・ワールド社』元顧問の佐藤博史弁護士が講演を行った。演題は「足利事件と報道の責任」。
※足利事件とは冤罪事件の一つである。(中略)確かに、菅家利和氏が逮捕された当時の<足利事件>報道には、メディアが反省すべき点は多分にある。とはいえ、批判を受けた相手が相手だけに、不服に思った記者も少なからずいたに違いない。
佐藤弁護士は、詐欺まがいの商法で巨額の資金を集めたサンラ・ワールド社の手先となって暴走した人物だ。同社の代理人として、恫喝や虚偽に満ちたプロパガンダを繰り返し、詐欺的商法の助長や暴言・暴行などを理由に、多数の懲戒請求を所属する弁護士会に申し立てられている。
(中略)<足利事件>の弁護側広報を仕切る佐藤弁護士には、当然のように取材陣が群がる。そのなかのひとりの記者が、事件取材で謝礼の支払いを要求することについて、佐藤弁護士を鋭く批判した。
すると佐藤弁護士の顔面は、みるみるうちに赤く染まる。そして〝爆怒〟した。
協力してやっているんだから、謝礼をもらうのは当たり前だ!
(中略)<足利事件>の取材謝礼をめぐっては、以前から関係者のあいだで問題視されていた。取材対象者に謝礼を支払うことは、佐藤弁護士が主張するような「当たり前」ではない。報道倫理上、公正・公平性を維持するために、当事者や関係者などに謝礼金を支払わないことが原則とされている。
〔足利事件〕講演で佐藤博史弁護士「取材謝礼」をめぐり記者と激烈口論 2009/10/01
「取材をするなら当然の謝礼を」と主張する向きは、このような事例をどう対応するのだろうか。恐らく説明は出来ないか、世の取材対象が全員身綺麗であると強弁するしかないだろう。
【4】愚民は1%に満たない
最近刊行された『ネット炎上の研究』という研究書では、炎上参加者の定量的推定を行っている。これによれば、炎上に参加する者はネット全体の0.5%に過ぎない。これらはギャラリーも含んだ数なので、実際の仕掛け人は全体の0.00X%にまで絞られるという。
確かに、烏賀陽氏の炎上まとめを読んでも、50万人がコメントしているのではなく、煽り立てている人物はまとめ人を含めて以前から積極的に参加している者ばかりで、主要メンバーは数十人程度である。デマ発信源の規模が意外なまでに小さいのはスマイリーキクチ事件の頃から余り変わっていないように思われる。従って、数十万の炎上と言っても、それ程恐れることは無い。彼等は正真正銘の愚民としか言いようがないが、所詮全体の1%にも達しないのだ。
彼等の態度は見るに堪えないので「簀巻きにして福島の原子炉に放り込む」等、幾らでも罰し方のパターンが浮かんでくるのだが、そんなこと本気で実行しようと思っても仕方がない。ならば、笑い飛ばして相手にしないのが、最も有効な対応策であろう。烏賀陽氏のようにそれを堂々とツイートするかは議論の分かれるところだが、彼のしていることが教科書的な方法であるのもまた事実なのである。
16/5/6:【1】コラム、【3】【4】文章修正。
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