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2016年4月30日 (土)

烏賀陽炎上事件を再検証する~原発被災地住民がよそ者を取り囲んだ事例~

従来、私は炎上に対しては肯定的な面を評価していた。型に嵌った建前論や権威への反感で物事が軌道修正される、そんな炎上のことだ。最近1年ほどの事例を挙げるなら、オリンピックのロゴを盗作した佐野氏の騒動はそれだ。

しかし、ガソリンを撒いて放火するような、有害な炎上も増えてきた。正確に言えば、昔から存在していたが、その規模が桁違いに大きくなってきた。例えば2014年秋、御嶽山の噴火でJSFを始めとする軍事マニア達が「装甲車の有用性」を力説し、そのまとめが80万人以上を集めた事件。

実際には火砕流の環境では装甲車は役に立たない。御嶽山の人命救助も全てヘリと人力で達成された。普天間問題で長年憎まれてきたヘリという機材が活躍したのだから右派は率直に評価しても良さそうなものだが、「装甲車に文句を言う奴は左翼」などの憎悪が跋扈することとなった。そして、悪質な軍事マニアの吹く笛に踊らされた数十万人の「役立たず」が可視化されたのである。

原発関連の話題で気になっていたのは、元朝日新聞記者の烏賀陽弘道氏のツイートを巡る一連の炎上である。2013年に1回、2016年4月に再び大規模な炎上を起こしている。

だが、私はこれらも疑いの目を持って見るようになった。主な出面が、メルトダウン騒動や御嶽山騒動などでデタラメを振りまいた「反反原発の闘士」だからだ。構造的な相似性を読み取るのは当然だろう。そしてこれから示すように、2013年の炎上で烏賀陽氏が報告したようなトラブルは、以前から原発推進派も課題にしていたのである。

そもそも、烏賀陽氏の著書はそこまで奇妙な内容なのだろうか。

氏の著書とTwitterでのおちゃらけた姿勢に大きなギャップがあるのは1冊精読すれば分かる事である。また、実は烏賀陽氏の著書へのレビューも炎上仕掛人の見えない場所で当人に直接なされている。そういうレビューで問題点と指摘された個所が表に出てくれば、彼等「専門家」も尻馬に乗り始めるのだろう。つまり、現時点で内容をレビューした形跡もない、反反原発のご機嫌伺いをしている「専門家」の能力はその程度と言う事だ。

コラム
Twitterで内容のあるツイートを控えて売文で質の高い文章を世に問おうとするスタンスのライターは右派の側にも存在する。例えば井上孝司氏は、暴走する軍事マニアとは距離を置こうとしている。

Twitter は「脊髄反射量産装置」であって、筋道だった反論にはトコトン不向き。

そんなこんなの理由により、「Twitter は議論に向かないツール」だと思っているので、もっぱら馬鹿話ばかりしている。ある大学の先生に同趣旨の話をしたら「それで正解だ」といわれたことがあって、「我が意を得たり」と思った。

Opinion : Twitter 考 (2011/11/7)

井上氏の実際の言動を見ていると、個別の兵器の適性や優劣比較の議論ではその傾向は顕著である。

前置きが長くなったが、次のまとめを見てみよう。

烏賀陽弘道氏が取材先の被災地で暴行を受けたと主張(証拠は出さず)→当事者が反論-Togetter

2013年に福島県の原発被災地を取材した烏賀陽氏が地元の者から暴行を受け、警察を呼んだとのツイートが物議をかもした事件である。

当事者である元ボクサーがTwitter上で抗議のコメントをツイートし、他のジャーナリストがそのような話を聞いていないと述べたのが炎上のきっかけである。

氏は証拠写真も持っていると述べているのだが、タイトルにも出ているように決定的なものは出していなかった。

ただ不思議なのは、「当事者」のコメントが果たして「反論」と言える代物かどうかである。

上記のツイートを見ると分かるが、当事者の側も「他に誰も居ない」「一人に対して複数で取り囲んだ」「殴ろうとした」「警察が来た」ところまでは認めてしまっている。

大体、こんなことは通常の取材で起こらない異常な事態だ。しかもその切っ掛けは見解の相違。烏賀陽氏の主張は「この(イルミネーションの)メッセージは偽善だ」というものに過ぎなかった。一方で「当事者」は絆関連の運動に関わっており、思い入れが強い。また、そのイルミネーションを好んで取り上げたのは糸井重里と片瀬久美子である。両氏の姿勢を考えると、偽善と言う言葉の文脈も納得はいく。

震災1周年の日の出来事で反感を持つのは分かるが、警察を呼ぶような話ではない。相手は異邦者、放っておけば現場から立ち去ること位、誰でも分かる事だろう(上野氏に対しては、烏賀陽氏が吹っかけた内容が事実なら失礼だと思うが)。

上記が私がこの炎上に疑問を持ったきっかけである。なお、烏賀陽氏は名指ししてもいないのに「当事者」が登場したことを不自然だとも指摘している。

次に疑問に思っていたのは、他のジャーナリストのコメントである。まとめでは東浩紀氏や津田大介氏などのツイートが確認出来、そんなトラブルは聞いたことが無いと述べた。彼等もどちらかと言えば反原発・リベラル側に近かったので、右派以外の層まで炎上が拡大した。

しかし、このTogetterまとめの前提となっている「地元住民は気に食わない取材者を排斥しない」「反原発だからと言って苛めない」という印象操作は何なのだろうか。

多少歴史を知っている者ならそんな雰囲気に持っていったところで一笑に付すだろう。例えば田原総一郎氏がテレビ局を辞めさせられるきっかけとなった『原子力戦争』、映画化の際新たに起こされた筋書きでは、原発問題を取材するフリーライターを住民達が謀殺する。フィクションだがそう皮肉られる程度には問題があったのだろう。

また、烏賀陽氏がトラブルを起こした取材先の近くには浪江・小高原発の計画地があるが、東北電力や福島県、旧小高町の推進派は反対派の地主を何かにつけて苛めていたという(『原発に子孫の命は売れない』、1991年)。福島県民の名誉のために述べておくと、立地問題ではどこでもあることで、地域文化に根差した現象ではない。平時においてさえ、こんなものなのである。

なお、この反対運動は自民党支持者だった舛倉隆氏という中心人物がいた。だが、原発事故後も地元で舛倉氏を公的に再評価する動きは確認出来なかった。正論よりも自分の面子の方が大切ということだろう。冷淡な物だ。

そして決定的だったのは、「そっくりな出来事」が過去にも記録されていた事である。

本書は(中略)大規模核災害による周辺住民への影響、特に放射線被曝の実相解明と、その後の環境回復を主題とした。二〇世紀に発生した世界の核被災地での筆者自ら実施した現地調査が中心となった。

現地の人たちとの良好な関係づくりが、被曝調査の成功の鍵となった。特に、その国の科学者および住民との相互理解が重要だった。時として、その地に暮らす人たちから、予期せぬ反感を買うこともあった。ロシアの南西部のある村外れの森の中をロシア人科学者二人と調査していた時のこと。私が森のその場で放射線測定をし、ロシア人科学者が放射能分析のため、土壌採取をしているところを、バイクに乗った青年一〇人くらいに取り囲まれた。「俺たちの森で勝手なことをするな。ここは汚染していないんだ。」。ロシア人科学者がいろいろと説明したが、村の青年たちは聞く耳を持たなかった。とにかく、住民の理解なしには調査は続行できないので、私は彼らとの交流に努めた。そこで、私はまず自己紹介をし、その日の測定結果を説明し、「この森の核汚染は、他の地に比べて低かった」と述べた(中略)。その後、「向こうの方が、地面を耕していないから、よい試料が採れるよ。」と協力までしてくれた。一人が、ギターを取りに帰り、歌の会になった。こうして誤解も解け、試料採取も完了出来た。池でみんなで泳いだりもした。日が暮れ、ホテルへ戻る頃には、「ジュン、また明日もこいよ。女の子も連れてくるから」。残念ながら、別の村の調査があって、行けなかったが。

高田純「あとがき」『世界の放射線被曝地調査』(2002年1月)P263

まるで南相馬の話かと見紛うような光景である(歌の会のくだりは『イチエフ』のワンシーンを想起させる。)。この本が出されて10数年経つが、「この諍いは捏造だ」とネットで炎上が起こった話を聞かない。

町山智浩のように毒舌の反面、下らないDV紛いの映画に関わるだけの人生だったようなオタクは論外として、津田氏はチェルノブイリを現地取材していたが、一体何をやっていたのだろうと思わざるを得ない。巷間反原発側から指摘される「甘さ」が出てしまったように思える。

高田氏が若者に受け入れられた理由はホルミシス等の「科学の英知」によるものだろうか。私はそう思わない。高田氏が幾ら啓蒙しようが、その見解を受け入れるか決めるのはロシアの若者である。彼等は、高田氏が自分達の生活を脅かさないと知ったから、親しく接することにしたのだろう。彼が得意にしている、旧東側の核惨事に関する罵詈雑言を並べていたら、果たしてどうなっていたことやら。

烏賀陽氏を囲んだ者たちも現象面では全く変わらない。態度の悪さは本質では無く、人並みの礼儀で接しても起きる時は起きる。付け加えるならそうなってしまったのはリテラシー(宗派と言っても良い)にも問題があるからだろう。

「放射脳」「風評」この人の立ち位置を良く表している。それが嫌で避難した人も沢山いるけども、彼にとっては「放射脳」なのだろう。しかし、セシウムの半減期は30年であり、2年ごときで状況は好転しない。除染の努力が水泡に帰すことも少なくない。「二年以上たってんだぞ?」という発言は、それを分かりたくないと言う事だ。

コラム
少し後の記事になるが、ヨウ素131のような半減期の短い核種を選んで計算例を示し、烏賀陽氏を批判するミスリードを行っていた者もいる(反原発が理解できないリスクの問題)。この記事の作者は、等比級数自慢という低レベルな「反原発批判」しか出来ていないのだが、それで満足する層だったということだろう。そもそも、最近の原発関連の著書を読む限り、烏賀陽氏はそこまで被曝問題にウェイトは割いてないのだが。

これらの事件から推測されることは、避難区域への恐怖感である。知識の問題では無い。自分の住んでいる場所から数キロ先に立ち入ることを禁止されたエリアがある、そのことへのプレッシャーだ。しかもこのエリア、事故発生当初は真円を描いていたのが、数ヶ月と経たず飯館村を飲み込んだ。その後も他国などと比較し、避難区域の拡大を求めるような主張もあった。経済産業大臣が「死の町」と見たままの感想を述べたこともあった。避難区域拡大が政策に取り込まれ、「自分も住めなくなるのでは?」という恐怖感、「付き合いの深い隣人も引っ越してしまうのでは?」という孤立感を抱くには十分だったろう。それが、現地に残ることを決めた人達の視線であり、住み続けるには、偽善だろうが、共同幻想が必要な人もいるのだ。

私自身は避難地域以外も放管区域並の汚染があると認識しているが、上記の感情ならば「理解」は出来る。これを無視して福島の善意ばかりを紹介するのは、表層的な物の見方ではないのか。

気に食わない異邦者を住民が襲うのは、当然のことである。襲われたくなければ「良好な関係作り」(=地域を壊さないというメッセージ)が要求されることは推進派が自認したことである。反反原発の炎上仕掛人に何十万人が騙されたのか知らないが、もう少しこの単純な事実を直視した方が良い。

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