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2015年4月の1件の記事

2015年4月11日 (土)

中央防災会議の想定は社会にどのような影響を与えるのか-津波対策を強化していった火力発電所の例-

今般、私のちょっとしたひらめきによる史料発見と添田孝史氏の尽力により、2つの津波想定が開示された。追跡調査頂いた添田氏にはお礼申し上げます。

1999年3月に、国土庁と日本気象協会がまとめていた福島第一原発の津波浸水予測図

平成16年度東北地方の港湾における津波対策基礎調査報告書(2005年3月)】(関連記事はこちら

以前にも紹介したが、添田氏が指摘するように、中央防災会議(内閣府運営)は地震研究推進本部(文部科学運営)の長期評価を否定してしまい、東電の津波対策不作為を助長した。2004年のことだ。

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出典:もっかい事故調オープンセミナー「原発と大津波 警告を葬った人々」発表資料P49(リンク

しかし、今回開示された想定は中央防災会議の所掌していた津波想定と社会的な意義が近接しており(どちらも一般防災、かつ政策に直接影響する。国土庁の想定に至っては内閣府防災担当の前身組織)、それだけに中央防災会議が下した判断が未知の知見などによるものではなく、東電同様、組織的サボタージュによる結果であることを裏付けるものとなった。

良く、原発PA宣伝師の言い分として「東電を責めるなら同様に津波不作為を起こした国や自治体の不作為を責めなければならない。」といったトリッキーな言説を目にする。

例えば、添田孝史著『原発と大津波』のAmazonレビューにて星1つをつけている津波防災関係者と思しき人物も上記のようなレトリックを弄している(震災前から津波防災関連書をレビューしていることと「その文面」から容易に推測出来る。)。

不思議なのは、津波防災関係者がそのように考えているのであれば自らそのような行為を行うべきだが、全く何もしていないところ。何時も通り面白科学の解説に留まり組織事故の面は軽んじる。

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Amazon『原発と大津波 警告を葬った人々』レビューより

このトリックの仕掛けは一般防災行政や自治体を責めたところで原子力行政や東電の不作為が軽減される訳ではない、という点から目を逸らす事にある(他にもM9の強調、予防原則の否定など定番ネタが見られる)。だが、逆に言えば一般防災に不作為が存在していれば、相応の追及が必要なのは事実である。その典型が七十七銀行や大川小学校の問題だろう。しかし、彼等原発推進派は往々にして極端な親権力であり、口先だけで一般防災の不作為も追及することは無い。調べれば結局原発の津波防災に跳ね返ってくるような「新事実」が露見することを恐れているのかも知れない。上記の例のように、申し訳程度に一言二言が関の山である。

しかし、私は最近、中央防災会議の不作為に関して意思決定に対する説得力ある評価が可能なことに気付いた。今回は、こうした点に着眼し、一般防災と原子力防災の両面に問題提起を行ってみたい。

原発と津波を巡る筋論としてこれまで責任を追及する立場からなされてきた主張は「原電東海や東北電女川のように、中央防災会議に囚われず、低頻度の巨大災害も独自に対策に取り入れていくのがあるべき姿だった」(それが出来ないなら廃炉にすべきだった)というものだろう。

しかし、自主性が期待できない東電のような事業者の場合、法学上の扱いはともかく、実際的な面からは社外から警告して対策を強制する(断れない環境を作る)ことも、一つの解決策だったことは明白である。

実は、中央防災会議の想定を前提に、津波対策を強化した電力会社の例がある。それは四国電力橘湾発電所で、原発ではない。日本海溝沿いに位置してもいない。そのためか、これまであまり注目されては来なかった。だが、組織の動きを比較する上では材料足りえる。

Tachibana01橘火力港湾サービス (株)」(四国電力HPより。なお護岸は奥村組画像)が施工)
なお、電源開発も隣接して火力発電所を保有している。

橘湾は東電の小林健三郎氏によって原発立地点候補地に挙げられたこともあるが、1990年代末に徳島県の旗振りで埋立・開発を進めるにあたり、津波想定が見直されている。なお、造成工事の完了は1997年で発電所の開所は2000年である。その経緯を土木学会論文集から抜粋してみよう。

現在は, チリ津波を設計対象偏差として, 橘湾内の大潟漁港海岸, 橘港海岸, 福井川河口, 後戸漁港海岸の各々海岸保全施設(一部河川管理施設)に関して,DL+4.6mの一律高さで整備が完了している.しかし, 文献調査(表一1)や当時の再現シミュレーション結果(図一2)を見るとおり,チリ津波よりも南海道津波の方が規模が大きく, 地元住民のヒアリングにおいても, 「津波といえば南海道」ということであった。

橘湾の開発に当り徳島県は港湾計画の一部変更が必要であった. 港湾計画は運輸大臣の定める「基本方針」に適合しなければならない(港湾法第3条). 「基本方針」の第4条の1には「港湾施設を海岸保全施設と有機的連携を図りつつ整備し, 国土, 人命及び財産を十分に防護すること. また港湾施設の整備に当たっては, 国土保全上の見地から周辺海域及び沿岸への影響について十分配慮すること.」 と述べられている. そこで, 埋立による津波の沿岸への応答を予測し, 設計対象津波を南海道津波へ変更することを目的に, 徳島県「橘湾津波検討委員会」が設置され, 委員に学識経験者,運輸省及び法律上の各管理者, 並びに電気事業者が選任され, 検討されることになった.

(中略)対象津波を変更したこと, 並びに埋立に伴って津波の応答特性が変化することなどから, さらに対策が必要となった.

(中略)この断面図のように, シミュレーションにより得られた必要防護高さまで海岸保全施設を嵩上する必要がある.津波による自然災害は, 台風に伴う災害に比較して低頻度巨大災害である.また, その地域の災害に対する切迫度が未解明であること, 対策工を行うに当たっては, 地域の経済活動や土地利用の形態,そこに住んでいる人々の生活, 限られた財源等々, 制約条件が多く存在するが, 関係者に理解を得られるよう努力していかなければならない.

橘湾の津波対策について」『土木学会論文集』Vol. 1997 (1997) No. 565 P 129-138

この論文は造成工事の完了後に出ているので昭和南海対応のため追加対策が必要だったのだろう。嵩上げされた堤防の高さは最大でも1mとは言え、法的な課題を指摘しつつ、対象津波をチリから昭和南海地震に変更していたのである(もっとも、この時対象津波を当地の歴史津波としては小振りな、昭和南海津波に選定した判断には疑問が残るが)。

注目すべき点は、橘湾発電所が311前に取った津波対策はこれで終わりでは無かったことだ。対策強化のきっかけは中央防災会議が2003年12月に「東南海・南海地震対策大綱」を決定したことである。中央防災会議は昭和南海を参考にせず、大規模な歴史津波(1707年宝永津波)を参考としていた。

○津波の高さ分布
宝永地震の津波の高さ分布に、安政東海地震の紀伊半島以東の津波の高さ分布と、安政南海地震の紀伊半島以西の津波の高さ分布をそれぞれ重ねる。この際、各地震発生時の潮位を減じて、それぞれの津波の高さを補正し、同一地点で津波の高さの資料が複数ある場合は、最大値をその地点の津波の高さとする。

(※著者注:分布図は省略。イメージを掴むため最悪ケースの津波高を引用)

Chuobosai200312nankaitsunami

東南海、南海地震に関する報告」中央防災会議 2003年12月(図表編はこちら

四国電力の対応は素早かった。「東南海・南海地震に対する当社の対策について」(2004年9月21日)というプレスリリースによると、2004年3月には委員会を立ち上げている。そして、浸水予測もやり直し、送電網(変電所の嵩上げを含む)を中心に20億円の津波対策費を計上したという。

防災科学技術研究所には橘湾発電所の被害想定が載っている。

四国電力の行った東南海・南海地震による各火力発電所の被害想定結果を表7に示す。その結果、坂出発電所だけが運転継続可能であり、他の発電所は自動停止に陥ることが予測された。

津波被害について、橘湾発電所と阿南発電所では、1階部分が水没する結果となった。阪神淡路大震災での関西電力・神戸製鋼の発電所被害や、芸世地震での西条発電所の被害状況を参考にした結果、四国内の発電所では、ボイラーと電気集塵機が一部破損されるという予測となった。また、阿南石油火力発電所では、地盤の一部液状化が予測される。

3.5.1.2.A-5  発電所・工場・プラント向け防災システムの開発・ 研究」(高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト 、平成17年度成果報告書)防災科学技術研究所(総括成果報告書はこちら

※防災科学研究所は2003年から5ヶ年で「高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト」を行っており、四国電力は緊急地震速報の活用で協力していた。

このため、四国電力は2004年から2008年の5ヵ年計画を立て、発電所の津波対策の強化を図った。

東南海・南海地震に対する四国電力(株)の対応】
○ 四国において発生を考慮すべき想定地震として、東南海・南海地震について中央防災会議の想定を基に設備被害の想定と対策等を立案
○ 国、自治体等の動きを受け、設備対策等のハードをはじめ、防災・復旧、広報といったソフト面を含めた総合的な対策を実施
平成16~20年の約5カ年でハード・ソフトの両面から実施する対策:
ハード面
[被害軽減対策]
津波による浸水防止対策
(防潮ゲートの設置/主要機器の一部嵩上げ  他)
②緊急地震速報の利用
[早期復旧対策]
③衛生通信設備の追加配備
ソフト面 ④防災計画の整備と防災訓練の実施
四国電力(株)橘湾発電所における 対話事例」 於  徳島県阿南市 環境省

宝永地震は以前から既往最大津波を引き起こしたことで知られ、100~150年間隔で発生している南海地震の中でも極めて大きい。つまり、宝永クラスに限れば、その発生頻度は低くなる。それでも、四国電力は津波ゲートや機器嵩上げの対策を取り、「その時」に備えたのである。

なお、機器嵩上げ等の対策については防災科学研究所で一段詳しく補足されている。

i) 津波による被害防止
地震による被害防止とあわせ、津波による水没防止が重要な課題である。1階面に設置されている補機・制御盤が水没すると想定されるので、防潮扉の設置・移設・基礎かさ上げにより対応する。現状は、気象庁の津波警報により避難・対策開始(人・船)しているが、将来的には、緊急地震速報を活用できることが期待される。

3.5.1.2.A-5  発電所・工場・プラント向け防災システムの開発・ 研究」(高度即時的地震情報伝達網実用化プロジェクト 、平成17年度成果報告書)防災科学技術研究所(総括成果報告書はこちら

以上が「中央防災会議が従来より厳しい津波想定を示した場合に電力会社が示す反応」の例である。

もし、中央防災会議が地震研究推進本部の長期評価を取り入れ、福島沖の日本海溝沿いにM8級の津波地震を想定していたならば、仙台以南の南東北の津波防災も大幅なテコ入れがなされたのは自明だろう。社会に与える影響は大きく、単なる案山子団体とは違っていたことが良く分かる。島崎邦彦氏は『科学』記事で、福島沖日本海溝の津波地震を中央防災会議事務局の官僚に潰されたことに後悔の念をにじませたが、改めて当然の実感だと思う。

勿論、311後の巨大災害リスク見直しの流れの中で、橘湾の津波想定も再評価され、朝日新聞には警鐘を鳴らす記事が載った(「阿南の火力発電所、対策上回る浸水も 南海トラフ想定で」『朝日新聞』2013年2月7日18時33分)。だから311前の対策を以って、四国電力の南海地震への備えが完璧だったなどと主張するつもりはない。橘湾もまた311を横目で経験し、更なる対策強化に走っている。

最後に原発と津波対策の点から述べておく。

「中央防災会議が長期評価を取り入れていれば・・・」←誰でも思いつく仮定である。だが、その有効性(権威性)を示す材料として、四国電力橘湾の例は実に興味深い。東電も四国電力と同様の対応を決断した可能性は極めて高いと評価できる。公企業に取って行政の権威には(表向きは)従わなければならないからである。それが判っているからこそ、面倒な裏工作を重ねて「規制の虜」を作り上げるのだろう。権威が無ければ体面を取り繕う必要は一切なく、地元民や負け組外郭団体にそうしてきたように、虫けらのように踏み潰してしまえば良い。彼等はそう考える。

一方で視点を変えると、東北電、原電に続き四電も「海溝上の津波地震」に備えていたことが明白となった。火力発電所にすら新しい津波知見を取り込む四国電力、一般防災より厳しい水準を要求される原発に何もしない東京電力。中央防災会議が正反対の態度を示した事情はあると言っても、チリ津波→昭和南海→宝永地震という一連の脱却過程を眺めると、自主性にも違いが認められる。

橘湾発電所の建設期と同時期の東電と言えば、1983年の算定会シミュレーションに始まり、1997年の七省庁手引きや福島県による津波調査等の指摘(後2者は『原発と大津波』を参照のこと)により、チリ津波レベルからの脱却を必要としていたにも拘らず、2002年まで引き伸ばす怠惰振りを既に発揮していた。実に対照的である。それは311を経て、決定的な差をもたらした。

「そもそも、姿勢が火力発電所以下の原発防災って何だよ・・・」普通ならそう思う。東電は例の申し訳程度のモーター嵩上げ以外、碌な回避可能策を講じてない。中央防災会議が誘発したとは言え、冒頭に示したものを含め、きっかけは幾らでもあったのが実態である。やはり東電には法廷の場でも責任を課す、それがあるべき司直の姿ではないだろうか。

【追記】2015/4/12
建設期にはヒアリングを行い、環境省主催の対話でも津波対策の質疑に分からないことは分からない旨回答しているのは好感が持てる。地元団体の要望に聞く耳を貸さなかった東電(『原発と大津波』P107-109参照)との落差はもちろんのこと、東北電力のやり方よりも進んでいると言える。東北電力は社内に地元出身者を多数抱え込むことにより地域のリスクを吸い上げて難を乗り切ったが、敷地高の引き上げを強硬に主張したのは平井氏唯一人だった。住民へのヒアリングで意見を吸ったという言い伝えはまだ見ていない。橘湾の場合も同様に、四電、徳島県なら「地元出身者」を標榜することはできただろう。問題は松山出身の人や吉野川流域出身の人でも「地元出身者」扱いすると、阿南沿岸という限られた地域のリスクは吸いきれない可能性があることだ。これを補うにはヒアリングで得た知見を取り込むことが大切となる。

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