日本原子力技術協会が2007年に提起した想定外津波対策-社外からの予見可能性は具体的でなくても良い-
今回は具体的な計算結果からは離れ、予見可能性について考えたい。
事故以降非常に評判の悪い原子力業界だが、実は津波浸水対策について一般向けにも有益な考え方を提起していた団体がある。提起したのは日本原子力技術協会。一般にはWANOと連携して国内事業者にピアレビューを行なったり、石川迪夫氏を最高顧問に迎えていたことで知られる。
個人的には、2000年に行われた福島第一のピアレビュー(リンク)でシビアアクシデント対策のチェックを行ったにも拘らず、何の疑問も提示せず問題無しで済ませてしまったことが印象深い。ピアレビューは同業他社の技術者がプラントツアーを行うのが基本だから、東電に限らず当時の業界全般の能力を推し量る上でも有用なエピソードだ。
例えばシビアアクシデント対策をこの様に褒めちぎった。
6.1.2 良好事例
・原子力発電所の安全性について、フォールトツリー解析などを含む確率論的安全評価により定量的な評価が行われている。この評価結果は、アクシデントマネジメントや定期安全レビューにおいて使用され、より高次の安全性確保に有効に活用されている。
「6.1 核的安全を中心とした原子力安全に対する取り組み」 相互評価(ピアレビュー)実施報告書 2000年11月24日P43
設備改造に関する評価も酷い。
6.2.2良好事例
・他の原子力発電所等において発生し、収集されたトラブル・事故等の事例は、「予防保全検討会」においてタイムリーに検討されるとともに、特に緊急性を要すると判断された場合には「QUICK LETTER制度」により、速やかな関係箇所への周知、迅速なコメント処理が行われるなど、本発電所への水平展開、再発防止が確実に図られている。「6.2 過去のトラブル事例の反映」 相互評価(ピアレビュー)実施報告書 2000年11月24日P47
このように書く割には同業他社が手を付けていた外部電源の予防更新による耐震化を放置するなど、実に甘いレビューだった(参考)。
そんな原子力技術協会が一転して水害をターゲットにした提言をまとめたきっかけは2005年のハリケーンカトリーナで、ウォーターフォード3発電所が被災したことだった。これをきっかけに異常気象に対するアメリカの取り組みを参考にしながら、下記の文書を発表、電力会社にも説明を行った。
「原子力施設における台風等風水害対策の考え方について」 2007年7月 日本原子力技術協会
事故後の目から見て非常に注目されるのは、台風や地震に囚われることなく、「風水害」全般を対象としていることだ。具体的には「台風」「大雨」「暴風」「津波」「高潮」「大雪」となっている。
また、考え方として想定外対応を打ち出している所が重要だ。
4.風水害対策の考え方
事業者が考慮しておくことで風水害対策がより効果的になると思われる考え方を洗い出すにあたって、以下のような基本的視点と対象事項を定めた。
(1)基本的視点
A.気象データ、災害情報に関する最新知見の入手
近年、自然災害は大型化しており、設計当初の気象データの有効性が損なわれている可能性があるため、最新のものを入手する。また、自治体や公共機関などがハザードマップ災害の影響を分析した情報を提供しているので、常に最新の知見を入手する。更には、設計を超えるような風水害発生を想定する。B.周辺施設、インフラ被害の考慮
風水害はその影響が広域に及ぶため、発電所が直接被害を受けてなくても周辺施設が被害を受け、原子力施設へ間接的に影響を及ぼすことがあるから、これを抽出し、配慮を行う。原子力施設には送配電線、通信施設、道路、橋梁、港湾施設、周辺工場などがある。(中略)
(2)検討対象
i.設計
最新の気象等の知見をもとに、設備の確認を行う。
a.最新の知見に基づく風水害が設備設計を超えないこと
b.風水害に対する設備の実力を把握することii.災害対応手順
a.(1)の知見に基づいた対応手順書類の見直し
b.災害をもたらすと予想される気象状況が発生した場合および上陸した際に、原子力災害につながる芽を摘み取る活動が含まれること。
ハザードマップに関する記述は1998年公表の福島県津波想定調査にて、実際には原発の津波想定を先駆けて行い、1677年延宝沖地震津波をモデルにM8.0の地震津波シミュレーションを行っていた事実を思い起こさせる(経緯は『原発と大津波』第5章冒頭を参照のこと)。対する東電も東電で、実力値の把握も既に実施していたのだから、後は表に出すかどうかだけが問題だった。これを国民一般はおろか、福島県にすら提示していなかったことも既に知られている。
もっとも、福島県は1998年の調査の際に東電に照会を行っていた可能性がある。茨城県と原電での非公式なやり取りという実例がある以上、古い記録を処分・忘却或いは隠蔽した可能性は否定できない。
さて、読み進めていくと5章では丁寧なことにこんなことまで書かれている。
5-1.設計の確認
(1)設備の実力把握
a.最新の気象情報等の知見をもとに、設備が当初設計のままで対応可能かどうか確認を行う。
最新の気象、海象データの収集、分析周辺災害情報の入手、分析(自治体等作成の各種ハザードマップ等の入手、分析)最新の気象或いは周辺災害情報に照らした設計の健全性確認b.設備の風水害に耐える実力・能力(どの大きさの風水害まで耐えうるのか)を把握する。
c.発電所構外の通信設備等インフラ施設や他社工場などの被害が発電所に及ぼす影響を考慮する。5-2.災害対応手順の確認
風水害が発生あるいは上陸した場合に従う手順の検討にあたっては、前項5-1.で得られた設備の実力に基づいておこなう。検討の項目は以下(1)訓練等の実施
(2)気象情報の監視
(3)プラント内外のダメージの想定
(4)浮遊物・飛来物対策
(5)災害対策体制の整備
(6)必要資機材の準備
(7)原子炉停止条件の把握
(8)電気火災の考慮
(9)通信、情報のやり取り
(10)原子力防災計画とのリンク
(11)経験のフィードバック『原子力施設における台風等風水害対策の考え方について』 P6-7
「プラント内外のダメージの想定」「必要資機材の準備」は事故で致命的な問題となった点である。水が建屋に入ってくることを想定に入れていれば、水密化自体は低コストで実施可能だった。「資機材」と書かれているように、この文書では暗黙の前提として巨大防潮堤のような手間のかかる設備は前提にしていないように思われる。
文書はSBO対策にも及んでいる。
(6)必要資機材の準備
c.送電線や開閉所、変圧器の事故による外部電源喪失の可能性が比較的高いことから、非常用ディーゼル発電機の健全性維持と燃料確保が重要となる。燃料については、あらかじめ必要量の見積もり、調達先確保等の検討を行っておく必要がある。『原子力施設における台風等風水害対策の考え方について』 P10
ここで言及されている健全性維持が、日常的なサーベイランス実施に留まらないのは明らかだろう。また、福島第一では多くの発電機が水没したため目立たなかったが、原電東海第二のように燃料確保に奔走した事例が見られるのも事実である。これも予見されていたのは正直驚きだ。
前回記事で紹介したIAEA安全基準との連携が無く、JNES内で非公開で開催された内部溢水検討会を参考にした様子も無い(逆にJNESがこの文書を参考にしたという証言や文書も無いようだが、私が見落としているだけかも知れない。溢水勉強会に関しては添田氏が『原発と大津波 補足と資料』にて膨大な資料を公開しているため、精読してクロスチェックが必要だ。そのような読み方は刺激にもつながる。)
恐らく、原子力技術協会は既存基準類をノーチェックで書いたのだろう。しかし文面を読むと「並行進化」「車輪の再発明」を地で行っていることが分かる。見たくないものを見るように少し努力すれば、この程度のものは作ることが出来るということだ。
一方、高い情報収集能力を持つ東電の場合、この文書を意識して社内検討を実施した可能性は否定できない。例の推本予測をベースに福島沖に明治三陸波源を仮置きして実施したシミュレーションは2008年のものだからだ。つまり、石川迪夫氏など業界に苦言を呈する「うるさ型」を傍流(桜井淳氏による表現)の日本原子力技術協会に追いやったのは良かったものの、JNESや保安院でも津波・水害関係の再検討がスタートし、『原子力施設における台風等風水害対策の考え方について』を発表されてしまったため、再調査を実施、『津波に関する研究 その2』を現代風にリファインしたのが2008年のシミュレーションでは無かったのだろうか。
『原子力施設における台風等風水害対策の考え方について』は2008年に朝日新聞記事でも取り上げられ、同協会はその事実が埋没しないように再度強調を行っている(組織横断的取り組み その他)。
日本原子力技術協会についてはピアレビューの件が民間事故調で取り上げられた程度で、『原子力施設における台風等風水害対策の考え方について』は、東電、政府、国会、民間の4大事故調は全く取り上げなかった。ネットで確認出来るのは大前研一の『「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」最終報告』などもあるが、これもノーチェックとなっている。私は事故後かなり図書館や書店に通い詰めたが、書籍でも、この件を見かけた記憶は無い(福島事故関連の書籍は多数に上っているので、全く掲載例が無いとは断言しないが)。
興味深いことに当の原子力技術協会はINPOの事故調査報告書を翻訳したにもかかわらず、自らの提起について何も振り返ろうとしなかった。INPO報告にも反映されることは無かったようだ。反映されていれば今頃業界は自慢の種にしていただろう(米国原子力発電協会(INPO)「特別報告(追録):福島第一事故からの教訓」)。
石川氏は『考証 福島原子力事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』(2014年)を上梓している。同書は図書館で少し目を通した程度だが、自身が関与していた協会の提起に触れていたのだろうか。
ここまで無関心でいた理由は、この協会がパッチワーク的に行動する傾向にある事、タイトルが「風水害」となっているため「津波」をキーワードにしてタイトル検索しただけでは引っかからなかったことなどが考えられる。私もこの文書を知ったのは事故後4年経ってからだった。
不作為に対する迫り方は毎回紹介している『原発と大津波』が極めてオーソドックスなアプローチだが、厚さを一定に保つ岩波新書の要望なのか、日本原子力技術協会の動きを盛り込む余裕は無かったようだ。しかし、「数値は出さなくともある程度具体的な考え方を示す」といった点から、予見可能性を証明する立論はあっても良いのではないだろうか。
このような考え方が業界内からすら提起されていたにも拘らず、東電を動かす程の社会的圧力が作り出せなかった理由は何か。言うまでもなく、具体的計算結果の隠蔽に尽きる。東電事故調が述べているように、公式には福島原発事故のその日まで、設置許可申請に記載されていた津波想定は全く更新されず、チリ津波を前提にした3m程度の物でしかなかった。情報隠しを行っている場合、例え正しい疑問を抱いていたとしても、その想像力が正しく開花するとは思われない。それは次の事例を読めば明らかだろう。
3.質 疑
●原子力発電所は津波を考えているのか。
・日本海側、特に北陸・東北地方の発電所では津波を考慮して、取水工等を検討しているであろう。しかし、山陰地方の発電所では考慮していないのではないか。しかしながら、詳しくは情報公開されていないのでよく分からない。
『2.1.2 講演要旨「来るべき東海・東南海・南海地震津波とその被害」』京都大学防災研究所 巨大災害研究センターセンター長・教授 河田恵昭 (第4回東海・東南海・南海地震津波研究会) 1998年5月12日
この当時既に幾つかの原発の津波検討実績があったのは事故後の情報開示で明らかになったことである。
事故前に反対派が行っていた予見可能性の代表例は高木仁三郎「核施設と非常事態 : 地震対策の検証を中心に」(1995年)、石橋克彦「原発震災 破滅を避けるために」(1997年)、或いは吉井英勝議員の質問書(2006年)などが知られている。
これらの人達と河田氏の講演の違いは河田氏が津波災害の専門家であることだ。その真価は『津波災害――減災社会を築く』(岩波新書、2010年)で如何なく発揮されている。高木氏や石橋氏は津波の専門家ではないからその脅威を指摘したとしても具体性に欠けたのはある意味当然だった。しかし、隠され、安全神話のシャワーを浴び続けてしまうと、その道の専門家であっても、正しく予見することは不可能になると言うことだ。このことは、社外、業界外からの予見可能性に関しては、閾値を大幅に下げてその価値を評価しなければならないことを意味する。勿論、原発訴訟においても同様である。
2015/3/15:【追記:提示後に対策した原電東海第二】
日本原子力技術協会は各電力会社に提示した旨を述べている。提示が2007年7月、茨城県の発表では津波浸水想定区域調査を土木部が2007年3月に公表、原電の説明では2007年10月に「本県沿岸における津波浸水想定区域図等」が公表され、その後県の原子力対策課から検討を口頭で依頼された。しかし茨城新聞2011年9月11日の記事によると当初は「本店も最初は『学会の評価を基に対策済み。県の予測は参考』との空気だった」と伝えられている(2014年の当ブログ記事参照)。
そのさなかに業界内から『原子力施設における台風等風水害対策の考え方について』を示されたので、具体的な対策に結び付いたのではないだろうか。原電のこれまでの説明にも、原子力技術協会の話はないが、同時期の話であったことや、東電との差は興味深い。
2015/3/21:【追記:会長経験者すら無視していた東京電力。権威が無ければとことんコケ】
日本原子力技術協会が当時どのように見られていたかを毎日新聞の中瀬信一郎氏が書いている。
日本原子力技術協会(原技協)は解消、代わりに原子力安全推進協会が電力会社、原子炉メーカーなど123社によって11月15日に設立された。さもありなん、と思いますな。
原技協が新設されたのは2005年。目的はアメリカのINPO(原子力発電運転協会)の日本版になることだった。よく知られているように、INPOは原子力発電事業者によってTMI(スリーマイルアイランド)原発の事故後に設置され、全原発の運転、事故、維持・補修などの情報を日常的に集め、業界なりの運転、維持基準を取りまとめて各事業者に連絡する。同時に、これをNEI(原子力エネルギー協会)に上げ、NEIはこれに基づいてNRC(原子力規制委員会)と規制の在り方を丁々発止とやりあう──というシステムである。
これを日本にも、という東京電力の荒木浩顧問の発案だったが、出だしから疑問符が付けられた。原発を持つ電力10社から情報がはかばかしく集まらないから、原技協は運転や補修などの共通ルールもまとめられない。もっとも、仮にルールを作ったとしても、それを原子力安全・保安院や原子力安全委員会に上げるのは日本原子力産業協会なのか、電気事業連合会あるいは電力中央研究所なのか、そこが曖昧のままとあっては、日本版INPOの機能を果たせるはずもなかったが・・・。
(中略)もし日本版INPOがワークしていたら、福島第1原発の敷地の高さは変えるわけにはいかないにしても、非常用ディーゼル発電機などの設置場所は改められ、全電源喪失は防げていたのかも。
「歴史のイフ(2012/11/26)」(エネルギーフォーラムHP)
これでは、東電が提言を無視したのも頷ける話である。東電関係者でも荒木氏は例外的に問題を直視し得る高級幹部だったのかも知れない。荒木氏は2002年の原発検査データ改ざん事件で引責辞任しているが、一説にはこの時良心的な経営者が一掃されたと述べる者もいる(出典は失念。もっとも、安全対策の不作為もデータ改ざんと同じ位長い歴史があることが分かったので、2002年の経営陣が良心的かは疑問だが)。しかし、都合が悪いと会長まで経験した力のあるOBでも無視するというのは、どういうことなのか。
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