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2014年6月23日 (月)

門田隆将氏が描く東電撤退問題での歴史修正主義的態度

当記事は吉田調書をスクープした朝日新聞を叩く門田隆将氏の問題点の続きである。

私はあのマスコミが騒ぎ立てた東電撤退騒動の「ドラマ」にはほとんど関心を払ってこなかったが、門田隆将『死の淵を見た男』での描写については疑問があるので指摘しておく。

3月15日の朝、菅直人首相が業を煮やして東電本店に乗り込み檄を飛ばした際のことだ。門田氏はテレビ会議で菅の演説を聞いた第一原発首脳部の心情をこう表現している。

(何言ってんだこいつ)
これまで生と死をかけてプラントと格闘してきた人間は、言うまでもなく吉田と共に最後まで現場に残ることを心に決めている。その面々に「逃げてみたって逃げ切れないぞ!」と一国の総理が言い放ったのである。
(『死の淵を見た男』P263)

ナレーションが既に東電側に肩入れしているのも不可解なのだが、菅が乗り込んだ原因は、東電首脳部が最小限の人員を残して撤退を検討し始めた、という情報を聞きつけたからだ。『死の淵を見た男』の内容を真とすると、その遠因は14日夜の

吉田は、格納容器爆発という最悪の事態に備えて、協力企業の人たちに、帰ってもらおうと思った。

(『死の淵を見た男』P249)

に端を発しているように読み取れる。ところで、言葉を返すようで悪いが、なぜ吉田氏の証言を「直接引用」をしないのだろうか

ここで、桜井淳の分析を紹介しよう。

菅さんは「撤退したら終わりだ」と怒鳴り散らしました。「終わり」とは東京電力の終わりではなく、日本の終わりを意味していました。(中略)菅さんには、1Fからの全面撤退を阻止したために所員が死亡した場合、菅さん自身にも業務上過失致死の刑事責任が発生するとは考えにも及ばなかったのでしょう。結局、菅さんひとりが所員の人命について背負い込むことになり、東京電力首脳陣は、免責となったことで、東電は、撤退を撤回します。もちろん、菅さんは、自分が東京電力首脳陣を免責にしてしまったことなど気づいていません。東京電力は自己責任を認識して留まったのではありませんでした。

(『日本原子力ムラ行状記』P118)

このように、本来議論するべき問題は東電の当事者能力である。門田氏は「生と死をかけてプラントと格闘してきた」とか「吉田と共に最後まで現場に残る」などと努力を称揚しているものの、上記のような、東電としての能力と責任については言葉を濁す傾向が見られる。

最後まで現場に残る者がいるのは分かる。しかし、前回記事で協力企業のくだりでも述べたことだが、ありきたりな言い方だが、事故の収束は組織で当たらなければ実現できない。再び桜井淳の言葉を引こう。

福島第一原発では勤務日の昼間であれば、少なくとも、社員数百名と関連会社社員数百名が働いています。ところが夜になれば、原子炉運転員と放射能測定関係の計約六〇名、言い換えれば、ひとつの原子炉につき約一〇名しかいません。(中略)津波ですべてが破壊しつくされた施設の緊急事故対応では、猫の手も借りたいほどの忙しさであり、わずか、七〇名では、全く対応できません。その人数は通常時の夜の人数に過ぎません。

 

官邸は、そのような東京電力の撤退について、「完全撤退」と受け止めました。(中略)私は、わずか七〇名では、緊急事故対応が全く出来ないため、「完全撤退」と解釈しました。真実は「完全撤退」でしょう。東京電力は福島第一原発を見捨てました。そのことは、福島県民だけではなく、国民を見捨てたことになります。

(『日本原子力ムラ行状記』P139-140)

私もそう思う。フクシマ50だとか讃えたところで、それが完全撤退では無かったという証拠にはならない。「最小限の人員」では事故の収束は出来ず、好意的に解釈しても、米国に「やる気」を見せるために強行された無意味なヘリ作戦程度の価値しかない。厳しく解釈すれば、吉田氏が示したのは、勝敗自体にはさほどの意味も無い「艦と運命を共にする艦長」と大同小異の精神論である。残念ながら、『死の淵を見た男』に描かれている吉田氏は、本質的に本店の「完全撤退」論者と差異が無い。

勿論、『死の淵を見た男』に描かれていない側面から吉田氏を見直せば、別の計算が浮き彫りになるのかも知れない。吉田調書はそのような読み方が出来る可能性も持っていると思う。

また、門田氏は菅をはじめとする官邸の面々には辛辣な筆致を随所にしているが、撤退問題の元凶となった東電本店に対してはそれ程でもない。それどころか、海水注入問題のくだりでは本店の武黒一郎フェローの言を借り「イラ菅」振りについての不平は丁寧に引用している。一体これは、どういうことだろうか。

菅演説の最後には次のような一文が加えられている。

(何言ってやがる、このバカ野郎)
吉田はそう言いたかったのかも知れない。

(『死の淵を見た男』P264)

上でも書いたように60名では作業は回せない。当の吉田氏が一番理解していただろう。その言葉を言いたいのは貴方ですよ、門田さん。「なぜ吉田氏の証言を「直接引用」をしないのだろうか」なんてレベル超えてますよね、これ。ナレーション風の表現で煽ったりしないで、「私はこう考える」と主語を明確にされたら如何か(追記あり)。


【吉田調書関連でアクセス頂いた皆様へ】
アクセス頂きありがとうございます。しかし、本件は当ブログにとっては副次的なテーマです。メインは各事故調で漏らした重要資料を使っての技術史的な考察です。これら資料の価値は吉田調書に勝るとも劣らないものと考えます。特に下記は是非御笑覧ください。

小林健三郎が選んだ「原子力適地」-中部電力浜岡原発などは除外-

東電事故調が伝えない事実-津波に対する考え方を整理出来なかった小林健三郎-

あり得た第三の選択肢-500Galの仕様も検討したのに実際は値切られた福島第一原発1号機

東京電力は非常用ガス処理をどのように考えてから福島第一原発を建設したか

福島第一原発の審査で外された「仮想事故」-予見可能性からの検討-

茨城県の「要請」は明記せず日本原電の対応を「自主」「独自」と喧伝する危うさ

2014/9/13追記
最後の部分「バカ野郎」は吉田調書の公開により吉田氏当人がそのように考えていたのが事実と確定した。私は意外に感じたが、門田氏は話を聞く中でそういった雰囲気を感じ取っていたのだろう。ただ、雰囲気だけでそのように醸し、明瞭に「バカ」と言わなかったのであれば、政府事故調と比較して門田氏との信頼関係には差がみられるということ。いずれにせよ、想像するしか手が無かったのなら、この記事を変更する必要性は全く感じない。門田氏当人も産経や正論で順調に右派としての立場を固めているし、彼自身の意見を投影したと解するのも間違いではない。

意外に感じたのは吉田氏の物の考え方が、典型的な東電社員のそれを髣髴させるものだったからである。後に、本店時代の行為について語るのを躊躇するような姿勢もあったことを知り、得心はしたが、私としては門田氏が描くほど単純な人物ではないと期待しているところはあった。「現場のプライド」を高ぶらせるのは仕方がないかも知れないが、本店・官邸との意思疎通が上手く行っていないから首相が出てくる事態となっていることは、指揮官として頭に入れておくべきことだろう。

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コメント

>上でも書いたように60名では作業は回せない。当の吉田氏が一番理解していただろう。

ちなみに、福2のシビアアクシデント対応マニュアルでは7班(250人)態勢で臨むことに
なっているそうですね

http://www.genanshin.jp/report/data/F2jiko_Hokoku.pdf (30頁参照)

400人いたのでそのまま非常体制に組み込まれて適宜ローテーションしながら対応したとのことですが。

返信遅れましたが、情報有難うございます。

第二で定めている要員はそれぞれの持ち場・職種を勘案しての事でしょうから、
実際にはもう少し多い人数が常駐しているか、
1000年に一度の地震津波でも過酷事故に持っていかない程度に防備しておくことが必要ですね。

実は、カルデラ問題を抱える川内や風況や人口密集地の問題を抱える他サイトに比較すると、日本で最も良好な立地条件だったのが福島だと思います。

私も事故前は消極的推進派でしたからね。今回のことはとても残念です。

http://mori13.blog117.fc2.com/blog-entry-1378.html
「取材要請も結構あったようですが、東電は吉田さんがその件に触れられたくないので、との条件を出してきたといいます。結局、吉田さんへのインタビューはそうした条件を飲んだ人しか許されず、つまることろ東電の掌のなか、ということかもしれません。」

これが全てでしょうにw
つーか、門田隆将(門脇護)が今まで何件訴訟を起こされ、負けてきたのか知ってるの?

ああ、6月に記事書いた後に知りました。
震災の日も東電会長にお供して訪中していたそうですね。
やっぱりなという感じでした。正直、偏向してるし独占取材した以外は中味も薄い本ですからね。

もっとも、そういう話はネット右翼か門田信者の方に行ってされたら如何でしょうか。

元々門田氏を批判している当方に言われても意味が分からないですし、
東電の広報代理って分析ならブログに書いてますし、情強自慢なら要らないです。

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