« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »

2014年4月の4件の記事

2014年4月29日 (火)

福島第一原発の審査で外された「仮想事故」-予見可能性からの検討-

前回記事にて背景の内、電源喪失について審査の面から議論した。他の多くのトラブルにも共通する要素であるため、やや大枠の論題だった。今回は非常用ガス処理系に限定した記事だが福島第一関係者に紐付け可能な文献を元に、今回の事故が想定から外される過程を描写してみたい。

【要旨】
非常用ガス処理系不作動のケースを提起した論文はあるが、実際の原発審査では想定から外されており、電力側の求めに応じた可能性が高い。各事故調はこの事実を無視しており、東電事故調には技術倫理上の疑問がある。

【本文】

1960年代当時、シビアアクシデントと言う概念は確立されておらず、日本では大規模な事故は次の2種類に区分されていた。
・重大事故:技術的見地からみて最悪の場合には起こるかもしれない事故
・仮想事故:重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故

この内、仮想事故について東芝原子力技術部は興味深い論文を残している。

3.2.2 仮想事故
事故の仮定――立地審査指針の低人口地帯ならびに大都市間距離を決めるための仮想事故としては、重大事故を想定した際には効果を期待した安全防護施設のうち、幾つかが動作しないと仮定し、それに相当する放射性物質が放散する事故を想定する必要がある。そのため、再循環系破断事故の際、例えば炉心の全燃料体が溶融するという事態を仮想する。

解析の手法――重大事故の場合の解析手法と本質的に異なることはないが、幾つかの安全防護施設が動作しないと仮定したことにより、その分だけ放射性物質に対する減衰係数を除く必要がある。例えば重大事故ではその有効性を認めた非常用ガス処理系が仮想事故では除去能力なしと仮定して災害評価を行うなど。(例えばの話で、実際にこの様な想定をするとは、限らない。)

(中略)
4. あとがき
BWR固有の安全性を概説し、安全解析の手法を述べたが、災害評価における事故想定、解析手法はさらに検討を要する問題もあり、ここではその基本的な考え方あるいは例について述べるにとめておいた。

稲葉栄治、小川修夫「大型BWR発電プラントの安全性」『電力』1966年12月

原子力黎明期なのでシナリオの決定は相当の自由度に任されていたのだろうか。起因となるイベントは別だが、「機能しないと仮定した部分」は福島事故そのものである。言い換えれば、原因となるイベントは別物でも構わない。非常用ガス処理系の能力喪失も仕様に照らすと幾つかの要素に分解できる。私なりに解釈すると

○電源喪失時は弁を「開」状態にするという制御論理上の罠
○排風機が動作していないので建屋内部を負圧に保つ機能が失われている
○フィルターは静的機器だが、デミスター、ヒーティングコイルは動的機器である
○漏洩経路が他に出現する(地震動による破壊、不十分な状況把握の元で手動による弁誤操作等。今回4号機では報告されていないがケースとしては設定し得る)

といった内容などが機能喪失を仮定出来そうなケースと考えられる。「弁の「開」状態は後知恵」と思われるかもしれないが、こういった装置の仕様書には保護動作一覧表もあるのが普通。「最悪の事態を仮定せよ」と命じられれば、そこから逆問題的に導出することはよくあるテクニックだろう。

いずれにせよ「あり得ない」と言いながらもプラントメーカーから非常用ガス処理系の機能停止を仮定するように提案していたこと、これが重要なのだ。雑誌論文で敢えて書く位だから、東電とメーカーの間でこうした仮定を議論した文書も作成されたと思われる。人間の想像力がかなり具体的なレベルで事故を予見し得ることを明確に示した一文である。

設置許可との時間差も興味深い。論文が雑誌に載ったのは1966年12月号、東電がGEと福島1号機の正式契約を結んだのが12月で、発行はその直前、受付は月単位でその前と思われる。当時東芝と日立はGEの下請として参加することも本決まりであった。

仮定出来たのなら、次は放出量の評価ばかりでなく、非常用ガス処理系停止時のフェールセーフを検討しなければならない。1号機の設置許可申請が提出されたのは1966年7月である。この申請は「勉強会的雰囲気」の元で審議されたが、その期間が極端に短く11月2日に「本原子炉の設置に係る安全性は十分確保し得るものと認める」と報告された。以前も述べたが後にこの異常な早さ自体が批判の的になり、桜井淳氏などから単なる追認に過ぎなかったと批判されている。このような状況で、非常用ガス処理系まで手が回るのだろうか。

上記リンクの通りは原子力安全委員会月報にも概要が掲載されているが、重大事故と仮想事故を見てみると次のようにまとめられる。

〇重大事故:冷却材喪失事故、主蒸気管破断事故およびガス減衰タンク破損事故
冷却材喪失事故では非常用ガス処理系が動作することが前提
〇仮想事故:冷却材喪失事故、主蒸気管破断事故
※冷却材喪失事故ではドライウェルから原子炉建家への漏洩は無限に続く点などが重大事故の場合と異なっているが、
非常用ガス処理系に関しては相違点に含まれていない

この事故想定はパターン化され、2号機以降もさして変化が無かった(リンク先に3号機4号機の例を示す)。それどころか福島事故直前に審査されていた東電東通1号機まで同様である。フィルターの信頼性向上に伴い除去効率を1桁上げるなどの変更はあるが、本質的に何の変化も認められない。

実際の審査との比較から、『電力』の記事は原子炉安全専門審査会の審議結果への異論とも受け取れる。ここで前回記事にて取上げた内田秀雄氏の講演をもう一度引用してみよう。

また別の問題として事故想定が適切か否かということがあります。重大事故と言うものは、ともかく技術的には起こるかも知れないという最大の事故とされていますが、これをでは誰が想定するのか、さっき申しましたように安全評価というものは、私達がする前に電力会社さんがメーカーさんに対してなさる問題ですから、もち論わたし達も研究しなければならない問題ではありますが、やはり皆さんがまず考えていただく問題です。

内田秀雄「発電用原子炉の安全性」『火力発電』1967年7月

『電力』の論文が東京電力の手に成る物ではないことは内田氏の講演からも納得がいく。「電力会社さんがメーカーさんに対して」したことは上記の考え方に沿って非常用ガス処理系の不動作自体を仮想事故から外すように求めることだったのだろう。関東の電力会社なのに、大した「勉強」(値切り)振りである。

なお、3号機の場合、冷却材喪失事故(仮想事故)の影響は次のように評価された。

解析の結果大気中に放出される放射能は、内部被ばくに関するものとして全沃素が約94Ci外部被ばくに関するものとしてハロゲン約1,200Ci希ガスは約1,500Ciである。
敷地外において線量が最大となる原子炉から約800mの地点における線量は甲状腺(成人)に対して約78rem全身に対して約1.2remである。また、全身被ばく線量の積算値は約12万人remである。
(中略)
上記各仮想事故時の被ばく線量は立地指針にめやす線量として示されている甲状腺(成人)300remおよび全身25remより十分小さい。
また、全身被ばく線量の積算値は、国民遺伝線量の見地から定めためやす線量の200万人remより十分小さい。

非常用ガス処理系のヨウ素除去効率は90%を仮定している。これが不動作の場合全ヨウ素は約940Ciとなる。希ガスはKrなど一部を除き概して半減期が短いそうだが、この仮定の下で被ばく線量がどのように変化するか、多少放射線に明るい人なら計算は出来るだろう。この仮定を認めた場合、「十分小さい」とは言えなくなり(例えば1桁以上の余裕が確保できなくなり)、非常用ガス処理系の不動作を仮定することは許容出来なかったとも考えられる。

また、元東芝の渡辺敦雄氏は事故直後から「事故を深刻にした多重トラブルは設計当時、想定されていたものの、確率論から遠ざけられていた」と証言している
(『中日新聞』2011年5月22日)。氏は当時63歳、入社は大卒後で証言の丁度40年前というから1971年となり、福島第一各号機の設置許可申請には関与し得なかっただろう。しかし、1号機設置の段階でその文化が形成されていたことが、公開文献の突合せだけで裏付け出来た非常用ガス処理系が不動作となるケースはその気になれば想定に繰り入れることが出来、予見可能だったのである。本件も津波や電源喪失の想定外しと同類だったと言うことだ。

そこまでして安物原子炉を早急に求めた理由は、ETV特集では代理店(商社)からの攻勢などが挙げられているが、私にとっては謎が残る理由付けだ。例えば正力松太郎の場合は威信財と判断出来る材料に満ちているが、木川田一隆、田中直治郎等にそういった動機は乏しい。また、審査側の内田氏は戦時中、一造船士官として 空母信濃の最終艤装に関わった経験があるが、結果を眺めれば、急造計画の問題を自身で体感している筈である。

論文が公知だった以上、原子力安全審査会は、設置不許可とするか、不動作とならないような安全措置を厳格に規定するように勧告し、それを公表するのが筋だった筈である。そうすれば、あのような惨めな失敗を避けることが出来たのかも知れない。勿論、東芝も「例え話」で終わらせてしまったのは問題だ。きちんとした論文に仕立て上げ、根拠を示したのだろうか?個人的な経験からすると、そういう文献を調査して出てくる期待は望み薄だ。私は他にこの手の論文を読んだ事が無い。

そして、この点を明示出来なかった各事故調の調査・分析能力には一部識者が指摘するように、重大な瑕疵がある。加えて東電事故調には技術倫理上の問題がある。大前研一氏は著書で仮想事故の問題に触れているが、文献踏査によるものではない。読者の皆様には、改めて関係者の恣意性を実感して欲しい。大前さん、想定はこうやって外され、調査報告でも隠されるのですよ。

2014/4/30夜:途中分かりにくい部分の表現を修正

長時間の電源喪失を無視した思想的背景-福島第一を審査した内田秀雄の場合-

そもそも、4号機の非常用ガス処理系が欠陥設計となった背景についてはどの事故調も何も語っていない。これは、各事故調が歴史に興味を持っていないからではなく、津波想定や耐震設計に関しては(彼等の解明出来た範囲で)経緯が記されている。

水素発生の原因である炉心溶融の他、止めの一撃となった非常用ガス処理系弁が開状態となった件についても、その原因は電源喪失である。この電源喪失に関する規制について政府事故調は次のように経緯を説明する。

昭和52 年6 月に、原子力委員会(当時)が、これを全面的に見直して「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計指針」として改訂を行い、電源に関する記載は以下となり、

指針9 電源喪失に対する設計上の考慮
原子力発電所は、短時間の全動力電源喪失に対して、原子炉を安全に停止し、かつ、停止後の冷却を確保できる設計であること。ただし、高度の信頼度が期待できる電源設備の機能喪失を同時に考慮する必要はない

また、その「解説」において、以下となった。

指針9 電源喪失に対する設計上の考慮
長期間にわたる電源喪失は、送電系統の復旧または非常用DG の修復が期待できるので考慮する必要はない。

「高度の信頼度が期待できる」とは、非常用電源設備を常に稼働状態にしておいて、待機設備の起動不良の問題を回避するか、または信頼度の高い多数ユニットの独立電源設備が構内で運転されている場合等を意味する。

現時点では、この「短時間」が導入された経緯や、「短時間」と限定が付された根拠は不明である

(中略)なお、当該規定に関して、当委員会による関係者のヒアリングにおいて、「我が国の停電に関するデータ及び自分の停電の経験だけでなく、当該指針を作ったのは自分の先輩たちであり、その方々は人柄以上に、実績と深い専門知識を持っており、信頼していたということもあって不審とは思わなかった。」旨の供述が得られている。

「4 シビアアクシデントに対する対策の在り方」(中間報告IV)P411-412,414

(中略)とした部分には1980年代以降に様々な見直しの機会があったが指針9の考え方をずるずると引きずったことが書かれている。また、直流電源については短時間の根拠は最終報告で更に経緯が解明された。今回注目するのはこの「先輩」である。

桜井淳「日本の初期の頃の軽水炉安全審査にかかわった研究者たち」『日本原子力ムラ行状記』(2013年12月)によれば1号機から5号機が設置許可申請された時期(1966年~1971年頃)、原子力委員会に設けられた原子炉安全専門審査会の会長職にあったのは内田秀雄という人物であったという。確認したところ1号機の認可時点では向坊隆氏だが、3号機4号機の頃には確かに内田氏に代わっており、指針9を策定した1977年、偶々別件で福島第一の変更申請が出されたが、その時も内田氏は同職にあった。

なお原子炉安全専門審査会とは「勉強会気分」かつ半年未満の短期間で認可を出した審査会で、当時から『電力公害』などで問題点を指摘されていた。その後、内田氏は1978年より数年間原子力安全委員会委員にも就任する。時期的には指針9が書かれた頃である。

まずは、安全審査会時代の言動について引用してみよう。内田氏が火力発電技術協会にて電力会社、メーカー技術者相手に講演した時の記録である。

こういった事故がもしあったとしたとき事故経過の拡大と波及を防ぐ装置、いわば火災に対する消火器に相当するような装置、すなわち冷却装置とか、格納容器とか、あるいはフィルタなどを安全防御装置といっておりますけれども、それがどのような効果を及ぼすかということと、fpがどのような経過をたどって燃料から放出され、どう変化していくかというfp放出の挙動についての化学的検討等が加わりまして最後の災害評価となるわけです。

ですから後備安全防御装置の性能というものが十分確かめられますと、安全評価に技術的な効果を加えることになりますし、また不十分ですと事故規模の大きさというものが非常に大きく出て来る可能性があるわけであります。またこれが期待しているよりも実際に性能が悪ければ、想定事故に対しての安全評価が小さく出てくる心配があるわけです。

また別の問題として事故想定が適切か否かということがあります。重大事故と言うものは、ともかく技術的には起こるかも知れないという最大の事故とされていますが、これをでは誰が想定するのか、さっき申しましたように安全評価というものは、私達がする前に電力会社さんがメーカーさんに対してなさる問題ですから、もち論わたし達も研究しなければならない問題ではありますが、やはり皆さんがまず考えていただく問題です。

ということは、技術の進歩と同時に、技術的にはあるかも知れないという事故というものは、だんだん小さくなるだろうと期待してよいだろうと思うからであります。

注:fpとはfission product、事故の際放出される放射性物質全体を指す。

内田秀雄「発電用原子炉の安全性」『火力発電』1967年7月

私は批判的な文言を赤字で強調しているが、上記の言は一面の事実である。黎明期の内田氏はかなり将来の技術進歩に期待し楽観的であった。指針9が書かれたのは上記講演の10年後だったが、長時間の電源喪失は既に外された形で制度化された。そこに、進歩の形跡は見られない。当時の技術でも、比較的低コストで対応することが出来たであろうにも関わらず、である。電力会社の想定の考え方にも問題があるのだろう。別の面からこれは次回取上げる。ところで、大前研一氏はこれを次のように述べている。

原子力安全委員会の指針集からの抜粋を見てもらいたい。ここに「長期間にわたる全交流電源喪失は、送電の復旧又は非常用電源設備の修復が期待できるので考慮する必要は無い」と書いてある。これは原子炉の設計・運用指針であるから、原子炉メーカーと東電はこれに基づいて原子炉を建設・運用してきたわけである。

福島原発事故に何を学び、何を生かすべきか (3/12)(2011年11月15日)

それは、違うだろう。昭和52年、すなわち1977年と言えば、相当数の原発が稼動を始めている。実質は業界内部の合意事項を形にしただけだと思われる。前回も書いたが「人や組織はそれを防げなかった追加的な原因」ではなく、規制を決めるのは人や組織(先輩、後輩を含む)である。実は、安全設計指針に限らず、耐震設計指針なども後の時代になってから業界内の自主規制が制度化される道を辿っている。国の制度を追う事は必要だが、その周辺にも目配りは必要である。

その後、内田氏は1997年に次のような回顧録を出している。収載された文章が何時書かれたのかは定かではない。

TMI事故を契機として注目された、いわゆる静的機器を重視した受動的安全特性を持つ中小型原子炉に関しても、静的機器は信頼性が高いものであるという前提が必要である。破断を仮定する配管は静的機器の一部ではあるが、それ以外の他の静的機器の健全性喪失を無条件に拡張・仮定することは妥当ではないという合意がある筈である。原子炉の究極の安全を達成するためには、冷却系の確保が絶対に必要である。冷却材系統・機器と冷却材流動を確保するためには電源と最終熱の捨て場(ヒートシンク)が確保されなければならない。しかし無制限に長期間の電源喪失(非常用電源の喪失をも含めた全電源喪失)を仮想することは適切ではない。電源の信頼性は本来の原子炉施設とは独立のものであり、外的事象である。(中略)理学で扱う事象は連続であるが、それを現実の物にする場合は、限界・枠組みを設定する必要がある。無際限に想定事象を拡大することは無意味であり避けなければならない。

内田秀雄「工学的思考 不確実性の評価」『機械工学者の回想』P29

「工学的思考 不確実性の評価」には原子力黎明期からそのような認識が底流にあったこと、原研の菊地正士氏が1973年、原子力学会での口頭発表用に準備した未発表原稿にも同様の論説が明記されており、当初は内田氏もそのような見解を表明することに賛成ではなかった旨が記されている。菊地氏の論題が「原子力発電の安全性とパブリック・アクセプタンス」であったことも実に示唆的である。内田氏は雑誌投稿実績が多くある人だが、上記文言は高木仁三郎「核施設と非常事態 : 地震対策の検証を中心に」(『日本物理學會誌』1995年10月号)での問題提起を意識した文章とも取れる。当時既に高木氏は反原発で筆頭に挙げられる論客・大御所(当人にその意識は無かったと思うが)だった。つまり「有名人」なので推進派でもその言動は注目する人が多かったからである。

しかし、1980年代から1990年代にシビアアクシデント対策のため電源喪失問題に取り組んでいた「関係者」達は、最終的に原子力安全委員会委員長に上り詰めた内田氏、或いは原研の菊池氏のような「先輩」を師と仰いで模倣したのだろう。その結果、彼等も電源喪失を短時間しか考えなくなった。

内田氏は2006年に逝去したため現在改めて設置許可時の証言を取ることは出来ない。しかし、「工学的思考 不確実性の評価」で示した考え方は、結局一般産業の延長で低確率事象を決め付け、裾切りを行うための議論だ。桜井淳氏が何故裾切りの部分否定という問題意識を持つに至ったかも、内田氏のような認識を読むと理解出来る。

内田氏もファンやディーゼル発電機が静的機器ではないことは理解していたが、「電源の信頼性は本来の原子炉施設とは独立のものであり、外的事象である」というのは巨大システム論・事故論回避のためのセクショナリズムに過ぎなかったと言える。ついでに述べるならば「理学」は純粋数学と同義ではない。物理現象と言う現実を説明するための手段と解するのがここでは妥当であろう。

もう一点指摘したいのは安易に将来の技術進歩に期待する危うさである。実際には「先輩」の真似を繰り返して進歩が停滞したり、見かけの故障確率低減に幻惑されて誤ったモデルをイメージしてしまう可能性があるということだ。福島事故で起こったことは正にそれである。「技術の進歩と共に」といった言葉は時として問題の先送りに繋がることを認識しておかなければならない。安易な唯物論に走った東電や大前氏は論外として、政府事故調は安全文化での失敗、国会事故調は規制の虜といった所を論旨の売りにしているが、それが何故発生するかを私なりに見ていくとこの問題意識に行き着く。説明としてはコインの裏表のようなものだが、頭には入れておきたい。

本記事最後に、情報への接し方も意見を述べてみたい。

政府事故調には上記のように一部当事者を匿名化する悪癖がある。「畑村の方法でやった」マイナス面だが、内田氏のように、思考過程についてある程度公知となっている人物については名前を明記した上で参考とするべきである。

また、内田氏のような言動はジャーナリスト等が事故後に聴き取り調査したり、別の文献で示しているかも知れないが、毎回述べているように、福島事故バイアスの無い古い文献で確認することの重要性、および福島第一に審査と言う形で関与した当事者性の高さから、内田氏を取上げたものである。例えば原子力史を批判的に分析している著名サイトと言えば「東京の「現在」から「歴史」=「過去」を読み解くーPast and Present」があり、私も良く勉強させていただいているが、本記事執筆時点で内田氏を取り上げた記事は見当たらない(ブログ内検索もやってみたが)。NHKのETV特集「原発事故への道程 後編」(2011年9月25日放送)は早期に内田氏を取上げているが、他サイト(伊方)裁判での国側証言者という間接的な形だったようだ。従って当記事が本質的な部分での史観形成をフォローするのに役立てば幸いである。

(次回に続く)

2014年4月28日 (月)

水素が逆流して爆発した4号機の対策に無関心な東電事故調と推進派専門家達

【要旨】
これから、数回に分けて福島第一4号機の水素爆発に関する検証を行う。初回は下記をテーマとする。

○福島第一4号機の水素爆発は原因推定が進められていたにも関わらず、東電事故調は具体的な対応策に無関心である。
○単純なミスと思われたのか、他の事故調・検証本も4号機はおざなりである。海外や推進派であってもそのような例が見て取れる。

【本文】
【東電事故調が語る水素逆流の経緯】

まずは、4号機が水素爆発に巻き込まれた経緯について、東電事故調報告書より引用してみよう。現象としてはとても単純な事故で、ある意味チェルノブイリやTMIよりお粗末且つ低レベルである(どちらも隣接機があったが波及はしていない)。

このような状況から、4号機の爆発の原因を調査したところ、3号機の水素ガスを含むベント流が排気筒合流部を通じて4号機に流入した可能性があると考えられた。4号機の格納容器ベント配管は、4号機の非常用ガス処理系配管に接続され排気筒に導かれるが、排気筒付近で3号機の非常用ガス処理系配管に合流している。

1f4_h2_gyakuryuu1 (※上記図は東電事故調報告書P262より引用)

通常、非常用ガス処理系は待機状態で停止しており、系統に設置されている空気式の弁も閉止している。このため、3号機側から格納容器のベントガスが流れてきたとしても4号機にベントガスが流れ込むような事象は発生しない。

1f4_h2_gyakuryuu2 (※上記図は東電事故調報告書P263より引用。赤丸で囲った小さな配管が非常用ガス処理系からのラインである。)

しかしながら、今回の福島第一原子力発電所で発生した事故は、隣り合う複数の号機で全交流電源喪失が長時間継続するというアクシデントマネジメントの前提を超えた事故であり、全交流電源を喪失した中で3号機の格納容器ベントが行われた。同じく、4号機も全交流電源を喪失しており、非常時にも作動できるように設計されている非常用ガス処理系の弁は、電源を喪失することで開状態となり、3号機からの格納容器のベントガスが非常用ガス処理系配管を通じて4号機に流入できるラインが構成された。

このような経路から、3号機の原子炉で発生した水素が4号機に流入し、蓄積・爆発した可能性は十分にあるものと考えられる。

福島原子力事故調査報告書 本編 P262-263

続けて東電事故調は次のように総括する。

福島第一1号機~5号機の非常用ガス処理系は100%処理能力の系列を2系列有しており、1系列が起動しても、もう1系列は待機しており、起動した系列に問題がない限りもう1系列は起動しない運用としている。待機状態となっている系列の弁は閉となっていることから、基本的に運転する系列から待機している系列に排気されるべき気体が流れ込むことはない。通常、並列している空調設備の排風機出口には、出口弁に該当するようなものが設置されていない場合も多く、待機側の系列に気体が逆流しファンが逆回転するようなことがないように逆流防止用ダンパが設けられている。非常用ガス処理系の場合は、排風機出口側に弁が設置されているが、ほとんどのプラントで逆流防止ダンパが設置されている。ただし、福島第一4号機においては、先に述べたように1系列運転、1系列待機で待機側の弁は閉止している運用から、逆流防止用ダンパは設置不要と判断され設置されていない

(中略)事故後、格納容器ベント時にベントガスが非常用ガス処理系に流れ込む可能性について調査したが、1号機~3号機については逆流防止ダンパが設置されており、非常用ガス処理系を経由したベントガス(水素ガスが含まれている)の原子炉建屋への環流は限定的であったものと考える。

一方、4号機については、前述したように3号機からのベントガスが4号機原子炉建屋へ流入した。これも設計的な想定を超え、4号機とそれに隣接する3号機で同時に全電源を喪失するような事態に至った中で3号機の格納容器ベントを行うこととなってしまったことによって生じたもので、そのような事態を考えたり、設備的にベントガスの流入を抑制することはできなかった。

福島原子力事故調査報告書 本編 P267

と、まぁ細かく書いてある。問題はその後だ。

【東電事故調は対策に無関心、保安院と反対運動家は明記】

福島第一原発事故と 4 つの事故調査委員会」(『調査と情報』756号)は4つの事故調について「4つの報告書は、これらの具体的な問題を着実に解決するための出発点と位置付けられる」(冒頭言)「東電事故調は津波対策を中心に極めて具体的な対策を明示している」(同P12)などと述べている。確かに取上げられる機会の多かった津波・電源喪失などについてはその通りである。しかし、東電事故調に、ベントに関係する重要事項でハードウェアに起因する欠陥でありながら、逆流防止対策については具体的な明示は無い。東電事故調P314には

炉心損傷を防止して水素発生自体を防止することが第一であるが、福島第一2号機の事例から換気を促進することは爆発防止に効果がある

とあるが、停止中だった4号機の立場から見て「炉心損傷」はしようがなく、貰い事故という考えが抜けている。ちなみに、P325から始まる「16. 事故原因とその対策」では「格納容器ベント」に関してP334にて「空気作動弁の開操作の多様化」が、上記2号機ブローアウトパネルの教訓からP336にて「水素滞留の防止」が挙げられている。また、ラプチャーディスクの教訓からP341にて「ベントラインの信頼性向上に向けた検討」も挙げられているが、これはむしろベントラインを開けるための対策である。ここに4号機への水素逆流を反映した対策は無い。

当該事象が4号機特有であったと言う底意から上記の記述となったのではないかとも思える。一部の読者もそう受け取られる方がいるかもしれない。しかし、この件は2012年3月末に原子力安全・保安院のリリース『東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見について』では明記されているのだ。

要件14 ベントによる建屋への水素の逆流防止
4号機については、3号機で発生した水素が4号機のSGTS・建屋換気系に流入し、水素爆発を起こしたと考えられる。流入の原因は、3号機と4号機が排気筒を共用しているにも関わらず、3号機のベント操作時に4号機側のSGTS出口弁を隔離する手順となっておらず、実際に隔離操作が実施されていなかったこと、及び4号機のみ逆流防止ダンパが設置されていなかったことが考えられる。その他の号機について、少なくとも3号機についてはSGTS出口弁の隔離操作が実施されていなかったこと、また3号機SGTSフィルタの線量率が入口側と出口側で大きく変化しておらず明確な方向性が見られないことから、建屋側への一方向的な逆流はないものの、逆流そのものは否定し難いと考えられる。

従って、ベント実施時に建屋への水素の逆流を防止することが必要である。

Ⅴ.閉込機能に関する設備について

これは保安院の事故報告書としての性格も持つものである。

うさはかせ氏が「原子力規制委員会のWebは迷路」とツイートしていたが、規制庁に限らず官庁の情報公開は分量が膨大で迷宮化しやすい。したがって後でこの事故を参照する必要が生じた時、多くの人はまず事故調査報告書を読みにかかると思われる。従って報告書の質には注意を払わなければならないが、現実にはこれである。また、多くの証言では一般に所管官庁の方が電力会社より能力的に劣るとされており、国会事故調でも「規制の虜」としてこの問題に触れているが、今回のケースではその逆の現象が生じている。「原子力特有の知識」なる言葉に騙されて、電力会社だけが常に最高の技術的能力を持つかのような錯覚もまた、原子力を議論する全ての勢力にとって危険な思い込みである。

要するに、単なる貰い事故で原子炉を1基失っているにも拘らず、東電事故調は4号機への水素逆流から学ぶ具体的な対策は無いと考えているということだ。もし逆流してもブローアウトパネルや空気弁の動作信頼性を向上させるので問題無いと考えているなら、それは本質安全設計には反していると言える。必要なコストなど極僅かだ。『みやぎ脱原発・風の会』はAM策が事業者の自主対策として規制対象にならなかった問題と結びつけ、次のように指摘する。

事業者は当然、経費節減の目的で、ベント配管は単独・別個に設置せず、従来の原子炉建屋・格納容器の換気系配管から「非常用ガス処理系(放射能吸着用フィルターが装着されガス流量が小さい)」をバイパス(短絡)する形で配管を分岐設置し、その結果、原子炉建屋への水素逆流を招く構造が放置されていたのです。また、「逆流防止弁の設置」などは、ベント配管の『多重性・独立性』に反する“安上がり”な対策でしかなく、独立配管設置までの応急措置としてしか認められません。

安全より“経費節減”で「自爆」!<2012.1.9記><2012.1.15追記>

私は別の理由(後述)から、自主対策だったことだけが真因では無いと考えているが、独立性に関する指摘には同意する。保安院が指摘する、3号機でのソフトマターでの失敗から考え、最も確実な方策は弁などの制御機構に依存せず完全な系統分離を行うことである。SGTSからの配管の小ささから、それを達成するのは容易と思われる。勿論、規制庁や立地県は各原発に照会(PWRならアニュラス部浄化系などが相当)し、同様の本質安全設計が為されているかを確認することも必要である。

一般産業のリスクマネジメントでの理屈を持ち出して、前段の対策のみで良く、4号機の逆流など取上げる価値も無いと考えている人が居るかもしれないが、そうであれば、フィルターベントなど、他の後段の対策も必要が無いことになる。対策は性格の異なる設備によって多重化することが求められる。

なお、東電事故調報告書は社外有識者で構成する事故調査検証委員会のチェックを経て公開に至っており、不適切な系統共用など一般産業事故の範疇で幾らでも類似例が見つかるにも関わらず、記述の補正をしていない。特に向殿政男氏はリスクマネジメントのプロであるにもかかわらず、実質的なチェック機能を果たすことが出来なかった。このことは、良く記憶しておく必要がある。

【原発推進派の「検証作業」も歯抜け】

このような無関心は東電事故調に限らない。4号機の事故対策に関してチェックしてみると、一部原発推進派が好んで使いたがる文献にも同様の傾向が認められる。

○民間事故調:そのような具体的記述は見当たらなかった。

○政府事故調:最終報告「Ⅵ 総括と提言」にて問題点を総括した後、次のように政府(上記保安院報告を指すと思われる)に丸投げしている。

技術的、原子力工学的な問題点を解消・改善するためにどのような具体的取組が必要かは(中略)原子力発電に関わる関係者において、その専門的知見を活用して具体化すべきであり、その検討に当たっては、当委員会が指摘した問題点を十分考慮する(中略)必要があると考える。

(前略)政府からは、既に外部電源対策、所内電気設備対策、冷却・注水設備対策、格納容器破損・水素爆発対策、管理・計装設備対策を網羅する30 項目に上る対応の方向性が示されている。これらの対応策は、今後更に具体化されていくものと思われるが、これらを含め関係者が真に有効な対策を包括的に構築する努力を継続することを強く求めたい。

具体的記述は無いが、保安院報告は意識しているとも取れる。しかし、事故調査報告書の体をなしていないという批判にも一理はあるだろう。

解説書『福島原発で何が起こったか 政府事故調』第3章は具体策に相当する記述が豊富に存在する。津波・電源喪失・ベントについては「海外では行われていた安全対策の例」や「ありえた現実的な対策(設備面)」において、具体例が挙げられているが、非常用ガスの系統分離については言及が無い。このことは、海外でも同様の瑕疵を抱えている可能性を示している。また、建屋の水密化対策は水素の滞留にとってはマイナスの効果を及ぼすため、水素対策は従前にも増して徹底しなければならない。水密化を否定するものではないが、トレードオフになる関係は明記が必要である。

○国会事故調:具体策は見当たらない。しかし、自主対応に任せた日本の規制制度の不備を海外と具体的に比較しており、米国の水素規則を挙げている。制度的な対策についてはかなり踏み込んでいると言えるだろう。

○大前研一『原発再稼働 最後の条件』:4号機の水素爆発に関する対策は同書には無い。元になったレポート「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」最終報告にはP213において「3号機の炉心損傷、水素発生が防止できれば、4号機への水素逆流も防止」などと提言している。もちろん検討も実施も必要なことだが、津波対策や電源対策と同様に、前段での間接的な対策である。4号機の側から見れば、電源喪失の次に発生した現象が水素の流入なので、イベントツリーを組む際、何段階もの対策をすり抜けて発生したとは言えない。結局東電事故調と同じ問題を抱えている。隣接機が溶融したとしても4号機は爆発するべきではなかったのだが、大前氏の頭からそのパターンは抜け落ちている。

大前氏は「国会事故調の報告書は「原発の安全」に何の役にも立たない(2012年7月23日)」において

結局、最低限調べればわかるような事実すら検証せずにまとめているのが、国会事故調の報告書なのである。事故には物理的な原因があり、人や組織はそれを防げなかった追加的な原因である。解決あるいは再発防止のためには、まず物理的な事故原因を特定しないといけない。

などと挑発的な罵倒を展開しているが、大前氏のレポートは調べても本件に的外れな提言をしており、4号機の逆流防止に何の役にも立たないことが上記からよく分かる。特に「人や組織はそれを防げなかった追加的な原因」という考え方はきわめて表層的で軽薄なものである。物理的な原因は人や組織が作る。大前氏が過去の検証にいい加減だっただけだ。政府・国会事故調もその点は不十分だが大前氏よりは真摯である。

大前氏は日立を離れて数十年経過しており、設計者としての感覚は鈍っている。

○INPO『福島第一原子力発電所における原子力事故から得た教訓』アゴラ記事「再発防止に何が必要か?-福島原発事故、原因分析の4報告書の欠陥を突く」において東工大の澤田哲生氏が「具体的な道筋が示されている」と賞賛していたレポートである。しかし4号機の連鎖爆発に言及した対策処置の記述は無い。再結合器設置の提案はあるので水素に関心が無い訳ではなく、単純に気が回っていないように思われる。外国の同業者もこの件では当てにならない。しかも事故過程の項目を「4.2 運転上の対応」としたため「停止中」の4号機がオミットされてしまい、レポート構成上問題である。

一方、水素の発生源に関して「福島原発事故、遅れたベントから得た教訓」(『日経新聞』2012年9月20日)では、社会的事情から早期ベントを回避した結果、水素漏洩量の増加に繋がったという記述に着目している。P16には「原子炉格納容器からの漏洩が、水素や他の気体の二次格納容器(原子炉建屋)内での蓄積を引起こし、それが1・3・4 号機の爆発の原因となった。」と書かれ、P5,P28に教訓として「(設計時の)戦略や手順書と異なるものを採用する際には、元々の考え方や意図しない結果の可能性を考慮した安全レビューを実施するべきである。」とある。4号機に関して、この記述は疑問である。

まず、4号機は停止中で、4号機内の水素発生源として疑われたのは燃料プールに保管されていた燃料だが、これは主要な要因では無いとされている(勿論リスク要素として対策は必要だ)。そして、早期にベントしても4号機へのラインが開かれていれば逆流はあり得るので「早期ベントを行う方針だったなら意図せざる結果が起きない」とは言えない。4号機の逆流は報告書の「異なるものを採用する際」や日経記事の言う「設計時とは異なる戦略」ではなく、「設計時に気付かなかった欠陥」であり、必要だったのは3号機から排出したベントガス挙動(隣接機への影響)への想像力である

○澤田哲生:氏の著書『誰も書かなかった福島原発の真実』もチェックしてみたが、そもそも4号機に関する記述が殆ど無く、対策として逆流防止、系統分離に関する記述は無い。澤田氏は上記アゴラの記事において

「規制の虜」という、規制局が事業者に実効支配されていることを指す言説が、あたかも重要な新発見のようにメディアで踊った。しかし、この言葉自体すでに 米国では原子力規制委員会(NRC)などについて、以前から指摘されていたことで、特段新しい概念ではない。言葉の再生産に過ぎない。規制する側が専門知識に欠けると、そうなりやすいという当たり前のことである。

とか「現場力がない」などと国会事故調を攻撃しているが、「当たり前のこと」であっても事故の背景として重要なら詳しく解明する必要がある。重要配管の系統分離も「当たり前」だが勿論明記が必要である。もっと言えば当たり前なのに何故対策されなかったのかを検証するのが事故調査である。なお、国会事故調は米国の水素規制には触れている。澤田氏は4号機の件について一言も述べていないので、国会事故調より劣っている。きっと現場力も劣っているのだろう。

○『原子力研究者・技術者ができること』:東工大の研究者がまとめた事故検証本である。3号機の爆発までを対象にしており4号機の記述は省略されている。

○石川迪夫『考証 福島原子力事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか』:石川氏は最近の著書で4号機に1節設け「非常にめずらしい現象」としている。石川氏の政治思想にはまったく賛成しないが、何の考察も加えない事故本・報告書に比較すればこの点はまだマシと言える。ちなみに、当初は若手の分析に任せる立場だったが、2012年12月頃姿勢を転換したとの事。彼のような立場から見ても危うい議論をしている推進派が居たのだろう。

ただし、氏の議論で問題があるのは「フィルタを水素分子が逆流する可能性など誰も考えなかった」としているところだが、非常用ガス処理系のフィルタはヨウ素等FPの捕集を目的にしている。仕様書に明記されていなければ、水素分子のような軽い物質にとっては何の保証にもならない。

以上のように、一部識者には3号機の炉心溶融に至るイベントツリーさえ対象にしておけば事足りる、という暗黙の前提が読み取れる。上記の他、奈良林氏は「東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故の技術的知見に関する意見聴取会」でこの件を議論しているが、2013年の12月は如何にも遅い。

(以降次回に続く)

※2014/4/29;画像追加。INPO報告に加筆。

※2014年5月8日追記

〇日本原子力研究開発機構 安全研究センター

「福島第一原子力発電所事故に関する5つの事故調査報告書のレビューと技術的課題の分析」『日本原子力学会誌』2013年2月号

記事アップ後この論文を読んだ。学会事故調の最終報告書より良いと感じた。「5.水素爆発(水素の原子炉建屋流入経路)」「事故調査報告書で取り上げられていない問題点」で非常用ガス処理系の問題点に関しても詳しく触れている。問題意識と水平展開の必要性に関しては共感を覚える。また、保安院の提言を事故調報告と同列に併記したのも評価できる(上述のように他の事故調で足りて無い点をフォローしていたため)。また、地震動、津波問題の検証でも政治色を前面に出さずある程度留保している点は好感が持てる。

2014年4月23日 (水)

東海第二発電所の津波対応をめぐる日本原子力発電との質疑

本記事は茨城県の「要請」は明記せず日本原電の対応を「自主」「独自」と喧伝する危うさの続編である。

2014年4月22日、日本原子力発電は「新規制基準適合性確認審査申請に関する自治体への事前説明資料」を公表し、マスコミ各社も報道している。

九州電力やらせメール事件前までは、上記資料の「これまでの評価・主な対策」にも劣る弥縫策で再稼働を検討していたのだからぞっとする。もし、終戦前後の東南海、南海地震のように、東日本大震災に連動して関東以南でも大規模な津波地震が発生していたらどうするつもりだったのか。

ともあれ、世間全般の懐疑的な空気が奏功?してか、漸くある程度実効性の担保された幅のある対策メニューが示された。私は前回安全対策を一覧化した以前の模式図からを示してこう書いた。

Tokaidai2_image ※日本原子力発電ウェブサイトより前回記事執筆時点の模式図を引用

『日立評論』2013年12月号で提案されたような再結合器の増設がない。
浜岡において計画されている可搬型窒素ガス発生装置によるベント設備の水素爆発対策がない
③同様に人口密度で劣る浜岡ですら計画している敷地外への放射性物質の拡散抑制対策(放水砲の配備)が無い

今回、上記3点について再評価すると建屋内の再結合器設置と放水対策は明記されている。問題は「規制要求内容」に対応した対策のみ列挙されているように読めることだ。例えば、航空機衝突に関しては規制側も従来通り確率論に逃げ込み具体策を提示していない。私はそれを他サイトの審査状況を読んで知った。この発表にも航空機衝突に関しての記述は無い。土地勘と専門的見識を兼ね備えている筈なのに、自発性は期待すべくもない。

折角のリリースなので、今回の参考に供するべく、日本原電とのメールについても今回関係の深い個所を紹介しよう。

Q:茨城県の津波調査を踏まえて津波対策を強化した際の工事について予告した震災前のプレスリリース/専門誌論文などはありましたら回答願います。

A:津波対策(海水ポンプエリアの防護壁)について、事前予告したプレスリリース等はございません。

Q:茨城県の津波調査結果をその他の想定より重視した根拠についてご回答をお願いします。技術マターでは無く、トップの経営判断・県や社外からの要求等であればその旨回答願います。

A:東海第二発電所では、茨城県の津波評価を参考に、震災前から津波対策の強化を実施してまいりました。詳細については当社ホームページにて紹介しております。
■http://www.japc.co.jp/tohoku/tokai/pdf/setsumeikai_siryou.pdf(11/39参照)
なお、東海第二発電所における現在の津波評価については、昨年7月に施工された新規制基準を踏まえ、評価中です。

Q:福島第一原発では90年代に空冷式のD/G(ディーゼル発電機)を増設しています。津波対策の強化としてこういった他の方法もあり得る訳ですが、当時、社内で防潮壁強化の他に提案はありましたでしょうか。

A:社内の意思決定に関する情報等については、回答を差し控えさせていただきます。

Q:原産新聞等によると2002年に国内の全原発はシビアアクシデント対策を完了しています。2003年~2011年3月10日までの間で御社として追加したSA対策があれば時期を踏まえてご回答ください。

A:2003年~2011年3月10日までの間で、当社が追加したシビアアクシデント対策はございませんが、当社で は福島第一原子力発電所の事故を踏まえ、発電所における安全対策を一層強化しております。今後も新しい知見に基づき、発電所の安全性・信頼性を一層向上し てまいります。
以上、2014年3月3日メール回答より)

Q:ご紹介を頂きました資料に今後の安全対策について詳しく述べられていましたが、水素爆発対策として原子炉建屋内に再結合装置は検討されましたでしょうか。

A:社内の意思決定に関する情報等については、回答を差し控えさせていただきます。なお、東海第二発電所では、福島第一原子力発電所の事故を踏まえたシビアアクシデント対策として、原子炉建屋に水素ベント装置を設置しております。
2014年3月5日メール回答より)

Q:(異なる経緯を書いた資料2つを示す説明をした後)「2007年10月の県からの要請」と「土木部からの提案」はどちらが先でしょうか。
Q:県から評価結果を伝えられる前の時点で、御社独自に嵩上げの動きをしていて既に公表している情報があれば、御教示ください。

A:東海第二発電所における海水ポンプエリアの防護壁の設置経緯は、次の通りです。


茨城県は、2007年10月に「本県沿岸における津波浸水想定区域図等」を公表しました。これを受け、当社は、茨城県から関連データ(波源のモデルなど)を提供いただき、解析を実施して津波高さ(標高5.72m)を設定し、自主保安の観点から防護壁(標高6.11m)の設置工事を行いました。

当時の茨城県との細かなやり取りは記録に残っていませんが、情報を提供して頂いたことが当社の安全対策に繋がっております。なお、海水ポンプエリアの防護壁の設置について、事前公表した資料等はございません。
(2014年3月28日メール回答より、太字強調は当方による)

以後、3月31日に当ブログで茨城県の「要請」は明記せず日本原電の対応を「自主」「独自」と喧伝する危うさを公開。

相変わらず、県からの要請は全く触れられていなかったことが分かる。ひとつ疑問なのは、県担当者と異なり、原電担当者は記憶に残っていないかのような不自然な回答であることだ。複数年にまたがり、予算まで支出しているのに、おかしな話である。私のような第3者から見ても、茨城新聞の記事のように、県の要請がキーであったと考える方が妥当だろう。少なくとも、県の認識を伏せてレポートするような姿勢は誠実な検証とは言いかねる。

また、福島原発事故は異なる津波想定の内どれを重視するかという課題に失敗して発生した。従って「重視した根拠」を尋ねてたのだが、まともな回答になっていない。なお、22日、地元2市村長は連名で申し入れを行ったとのこと。そこにはこうある。

事業者として説明責任を果たすよう、申請前に住民および住民の代表である議会への情報提供を行うこと。また、情報提供に当たっては、福島原発との比較をするなど、工夫して住民に分かりやすいものとすること。

私は上記の表現はややずれた感を抱く。テクニカルタームがあっても、質問に対応した回答さえ出してくれればよい。また、私は偶々だが福島原発との比較も入れていた。今後、先のような不誠実な回答はしないようにして欲しい。現状では、収入源の無い日本原子力発電に取って、最も必要性の薄い部署はPAしか頭に無い広報部門と言える。

4/28追記:東京新聞は23日朝刊で「東海第二 審査の資料、一転公開 自治体指摘受け」と報じている。記事では「山田修東海村長は「一定の評価はできる」とコメントする一方で「あれだけ『出せない』と拒んでいたのに急にオープンになったという感じだ」と原電の姿勢を疑問視した。」とある。出そうとしなかった姿勢は当方でも上記の通り確認済みだが、何が公開に踏み切らせたのだろうか。まぁ不誠実な態度は指摘しておくべきだろう。

« 2014年3月 | トップページ | 2014年5月 »