« 【付録】「事故は反対派のせい」を信じて「正義」の側に立とうとした反・反原発な人達 | トップページ | 「”自分の言葉”で語ろうよ」の掛け声からは程遠かった電力マン向け「原子力一口解答集」による受答えのマニュアル化 »

2014年1月 2日 (木)

チェック機能を放棄していた福島県の外郭団体が発行元である、「原子力かべ新聞」の問題点

このブログではまだほんの一部しか紹介していないが、福島第一原発とその周辺に関する資料調査は継続して進めてきた。

各事故調、および過半のメディアも私の予想通り聞取り調査を主として報告を終えており、足りない部分を埋めるという意味で、私の方針は正しかったと確信している。

一般的な話をすると、おざなりな調査であってもそれなりの結果から大体の時代状況を推測することは出来る。例えば、原子力広報では悪名高い広報誌『原子力文化』。事故直後から様々なメディアによって取上げられてきた。逆に言えば、今更同誌の名前を挙げる程度では、歴史の探究として何の発展性も無い、ということである。福井県や六ヶ所・電事連の事例を参照するのも同様。福島県、或いは東電が直接実施した原子力広報についての研究はまだ端緒についたばかりであると思われる。

【福島県内で配布されていた『アトムふくしま』】

そこで今回取上げたいのが、福島県が外郭団体を設けて1970年代から発行していた『アトムふくしま』。当初は県内の原発で発生したトラブル、測定した放射性物質の分析結果を発表する程度だったが、チェルノブイリ原子力発電所事故の前後からボリュームが増え始めた。そのような中、毎号2ぺージを割いて80年代後半に連載されていたのが「原子力かべ新聞」である。恐らく、内容から小学生高学年~中学生程度を対象としたものと思う。

特に、連載の中でも今の目から見て最も異様に思われるのは次の回だ。今回は、この回を読んだ上で、内容について考察をしてみたいと思う。

Atom_fukusima_199011p10

Atom_fukusima_199011p11

※出典:「原子力発電所はなぜ海岸にあるの?」『アトムふくしま』1990年11月号P10-11

福島県原子力対策課のウェブサイトを読めば察しがつくように、本来立地県の原子力担当部署は、原子力施設に対してのチェック機能が期待されていた。以前も紹介した『原発の現場』においても冒頭に描かれているTMI事故で、東電が地元のチェック機関として県の対策課を見ていることが分かる。勿論それは国の機関が行うチェックに比べれば(比べてさえ)見劣りするが、核燃料税等の優遇措置を受けている以上、人材を揃えて県に取り必要な研究を進めることは不可能ではなかったし、1990年代後半以降は福島県でも一定の姿勢転換が見られる(ただし今回は詳細には触れない)。

一方、この回が掲載されたのは1990年11月号。JAPAN as No.1と日本中が浮かれ切ったバブル景気の只中。佐藤栄佐久期に入って2年程経過している。しかし当時の佐藤知事はそれほど原発問題に熱心では無かったし、県の方は前任の木村、松平両知事の元で続いた推進一辺倒の時代の中、チェック機能育成の機会を失い、福井県のようにトラブルを奇禍とすることも無かったようだ(1995年のもんじゅ事故で福井県がビデオ隠しを摘発出来たのは、過去のトラブル対応での失敗に懲りた結果だと読んだことがある)。だから、このようなマンガが掲載されたのだろう。

【反映されたPA技術】

このマンガを『原子力文化』の発行元である原子力文化振興財団が1991年に内部で纏めた「原子力PA方策の考え方」(htmlへ転載した全文はこちら)と比較すると、同レポートの考え方を先取りしていると分かる。

同方策の「マンガ形式で読み易くするのも一つの方法」はこのマンガの存在意義そのものだし、「ベリホフ氏(ソ連アカデミー副総裁)は見学者に白衣を着させることの是非にまで立ち帰って検討するといっていた。」とあるが、解説役の老人は博士として記号化されている点でイメージ戦略に共通した要素がある。

【何が問題なのか】

では、この回は一体何が問題なのだろうか。「15mの津波を起こす地震が来る」と書かれていないことだろうか。私は違うと思う。福島沖において津波被害の可能性が真剣に議論されるようになったのは1990年代中盤以降のことだ。意外なことだが、問題点は「原子力PA方策の考え方」の記載から引用出来る。つまり「一から一〇まで、"原子力はよい"という内容ではだめだ」ということである。

もう一度この回を読み返してみよう。海岸に配置するメリットだけが指摘され、デメリットが全く触れられていないのが分かる。そこで連載時点で分かっていた海岸配置のデメリットを挙げてみると、下記がある。

○温排水による周辺漁場環境の変化
○高潮
○津波(ただし、チリ地震を前提とし想定高は3.1m)

現在の感覚からすれば3.1mの津波では如何にも甘いのは分かる。しかし私がこの記事で指摘したいのは科学的知見の限界ではなく、バランス感覚を欠いた広報の問題だ。「何も書かない」よりは想定3.1mであっても何らかの形で触れるべきだった。ネームの関係で全部書けなくても上記のデメリットの内一つは触れておくべきだったろう。更に、具体的な数値が添えられていれば、読み手が健全な形で知的好奇心を発達させて社会に出ることになる。そういった積み重ねも結果として震災前までに実際よりしっかりした津波対策(若しくは一部ユニットの廃炉)としてフィードバックされてくる道に繋がったのではないだろうか。それを「寝た子を起こすから」「あれは左翼だから」「お上の文書は完全だから」などと片付けて自主規制してはいけないのである。

原発事故後、浜通りでも旧跡や街道の位置などをヒントに伝承を見直す動きが出てきている。しかし、地元の子供達にマンガのような刷り込みを行ってしまったら、引き継がれるべき伝承も途切れがちになってしまい、表に出にくくなる。それがこのようなマンガのもたらす最大の害と言える。

再稼動を巡る議論でも、上記の点から類似の過ちが隠れていないかは常に注意しておくことが重要だろう。

【余談】

なお、今回の例に限ったことではないが、PAの出現頻度と表現から推測して、安全神話が最も強大化したのはチェルノブイリ事故とバブル景気が連続した1980年代末から1990年代初頭にかけてではないか、そう私は考えている。その背景は今後の記事で実証的に明示していきたい。PA自体は原子力草創期から現代まで連綿と続いているものの、予算の使われ方、利権としての隆盛と衰退にはある程度波があると思われる。

本文では触れなかったが、下記も参考にしてみて欲しい。
原子力PA(パブリックアクセプタンス)に関する解説

« 【付録】「事故は反対派のせい」を信じて「正義」の側に立とうとした反・反原発な人達 | トップページ | 「”自分の言葉”で語ろうよ」の掛け声からは程遠かった電力マン向け「原子力一口解答集」による受答えのマニュアル化 »

東京電力福島第一原子力発電所事故」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1666926/54468752

この記事へのトラックバック一覧です: チェック機能を放棄していた福島県の外郭団体が発行元である、「原子力かべ新聞」の問題点:

« 【付録】「事故は反対派のせい」を信じて「正義」の側に立とうとした反・反原発な人達 | トップページ | 「”自分の言葉”で語ろうよ」の掛け声からは程遠かった電力マン向け「原子力一口解答集」による受答えのマニュアル化 »

無料ブログはココログ
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30