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2013年10月の5件の記事

2013年10月27日 (日)

我が家の防災対策

他にも色々書いてみたい題材があるが、今日は肩の凝らないテーマで。

9月に入って防災対策を見直した。

東日本大震災から2年経過し、メディアでも啓発記事がポツポツと出ている状況だった。震災対策はネット上にも指南サイトなどが多数あり、家族構成・地域等によっても重点を置くべきポイントは異なるが、一つの参考として御笑覧を。なお、避難経路などは家族全員確認しているが、今回はハード面中心の対策について書くこととし、割愛した。

※本記事については余裕のある時に適宜、ソースを書き足していく予定。ソースの無い記述については各位で検索してください。

我が家の場合、震災前から多少の備えはしており、震災後に物流が回復してから、相当に強化した。今回はそれから2年経過しての再強化となる。

従って、これまで準備してきた対策から、列挙してみよう。

【震災前】
○ヘルメットx2
○乾パンx1箱(10食分程度)
○20Lポリ容器x1:生活用水用。飲用ではないので雑菌対策はせず年1度入れ替え。
 ※水については他に洗濯機などは勿論活用。
○突っ張り棒x2本:寝室兼書斎の本棚に転倒防止用に設置。
○ガラス飛散防止シール:寝室兼書斎に
○古新聞・古雑誌:転倒防止のため一部の家具の下に敷く。

我が家は比較的本の数が平均的な家庭より多い。家族全員の分を合わせると2000~3000冊程度はあると思われる。だが、上記を見れば分かるように、地震対策は極めておざなりだった。まずはこの点について意識を変える必要に迫られた。

事前に実施しようと思えば自分で措置出来る対策ばかりので他人に転嫁するのは気が引けるが、私以外の家族はほぼ無関心だった。我が家は関東地方にあるが、甚だしい時には家族は「地震など来ない」と嘯く始末。勿論これは「面倒くさい」を言い換えたものに過ぎない。別の時には「その時が来たら運命」などとも言っていた。しかし、震災直後は生存欲求に満ち溢れた言動が多かった。

防災対策本や関連サイトでは、アドバイスはあるものの、家庭での対策に当っての最初の障害が意識の鈍さにある点はしばしばスルーされている。しかし、2011年8月の「震災対策に関する調査」でもQ3やQ6の回答を見ると震災前から何も対策をしていない人が3割おり、対策をしない理由として「何をすればよいか分からない」「面倒」「お金がかかる」といった理由が大きな割合を占めている。

震災後、私が強く主張したこともあり、上記のような言い分は我が家からは消え去った。そして、2011年の春から夏にかけて下記の措置を追加した。

【2011年の強化後】
○ヘルメット:数量見直し。人数分追加購入
○マジックバルブx2:電球用口金に装着可能なLED照明。
○AM/FMラジオx1:久しく携帯用のものが無かったので購入
○乾電池x10:単3他。10本は常時最低量と規定。

○乾パン:廃棄に合わせ数量見直し。1週間分を目標として逐次購入し約5日分程度
○20Lポリ容器x2、10Lポリ容器x1、5Lポリ容器x1数量見直し。スペースの問題もあるが、左記のように増強。
○2Lペットボトル水:飲用として3日分確保。ただし保存水ではないので賞味は1年。日光を避け保存。
○簡易トイレx5:断水対策に配備
○軍手x10:各種応急作業用にDIY店で一束。

○突っ張り棒:数量見直し。10本以上追加し、食器棚、冷蔵庫、本棚等に配置
○転倒防止チェーン:突っ張り棒が不向きの箪笥などに措置
○家具転倒防止安定板:一部既設タンス、食器棚の下に古雑誌に替えて設置
○耐震ゲルマット:棚上の電化製品対策として措置
○各種耐震金具:各種突っ張り棒等と併用し設置
○本棚用ストッパー:120cm以上の高さの棚の内危険度の高い50%に設置
 ※天板の上に荷物を載せている本棚には、天板上にも設置
○ガラス飛散防止シール:ガラス使用家具の90%、窓ガラスの50%に措置。
○エアゾール式簡易消化スプレーx1:消火器と平行配備し火災対策を複郭化。安価だが保管年限は2年程度。
○消火器x1:ミヤタのキッチンアイ。油火災に強く片付けの上では利点がある

この措置で計10万円程度はかかったが、次のような認識から、躊躇無く資金を投じた。

・地震は必ず来る「来る」「来ない」というレベルで言えば来るに決まってるとしておくのが安全側且つコスト面でも対応可能のため、想定外にはしない。
・救援はすぐに来ない:東日本大震災では関東の物理的被害は極一部に留まったが、物流は予想以上に混乱した。従来は3日分の準備が喧伝されていたが、最近は自治体などでももっと長い期間を推奨しているところもある。全ての項目で達成するのは難しい面もあるが、備蓄物資は3日ではなくもっと長期間を目安にする。
・他山の石:原発事故が良い例だが、不備を指摘し「想定外」を批判する世論が強まった。確かに想定外だったが、個人生活レベルの影響については、批判する側にも跳ね返る話。原発と一般家庭では想定すべきハードルも内容も異なるが、原発の失敗から一般家庭が学べることとして、「甘い想定によるしっぺ返し」ということは確実にある。
・忘れても良いように対策:「地震は忘れた頃にやって来る」のは事実だが、忘れていても何とかなるように考慮するべきと考えた。このような観点から、例えば保管年限のあるものはそのサイクルが長い方が良い。

【2年経過して見えてきたこと】

それから2年経過し、防災の日の前後に啓発記事を見て、改めて防災対策を見直したのである。まず、定性的な問題点としては下記があるように思われた。

・飲用水の備蓄が少ない:防災シーズンが盛夏の後だったことから、1年の約3分の1を占める夏シーズン(概ね6-9月)に発災した場合、(飲用)水の消費量が多くなるだろう、と予想するようになった。夏期はとにかく水分を取る。
・断水への供えが甘い:我が家は井戸や清流のある環境ではないので、水道依存度が高い。地元の役所などで調査した結果、断水のリスクは無視できないことも判明した。ただし、新鮮な水を多く保管出来るウォーターサーバーやエコキュートは導入コストもかかるため、別の方策を手当てする必要がある。例えば水を節約出来る対策。また、風呂・トイレは衛生にも関わる。
・栄養バランス:日常の買い置きが切れたら非常食に移行する訳だが、乾パンだけではバランスが偏る。
・停電への備えが甘い:配電網の損傷による停電や計画停電を考えた場合、数日間の電力を賄う必要があるが、マジックバルブと電池の増備だけでは不十分だった。ただし、携帯発電機の導入はコストが大きい割に、スペースを取る、火災リスクを高める等デメリットが大きいので別の方策を検討した。

上記の結果、追加した物資は下記である。

【2013年の強化後】
○ヘルメット:見直し無し。
○マジックバルブx2:見直し無し。
○LED懐中電灯x1:電池式。防水、高光量(100ルーメン以上の品から選定)。
○小型LED懐中電灯x1:外出時被災に備え鞄に収まる品を購入。
○AM/FMラジオx1:見直し無し。
○携帯電話充電器:乾電池式。通信連絡維持のため購入。機種変に合わせて必要あれば買い直しをしなければならない。
○乾電池x12単3他。12本は常時最低量と規定。
○乾パン:見直し無し。
○総合ビタミン剤:乾パンのみでは栄養が偏るため
○20Lポリ容器x6、10Lポリ容器x2、5Lポリ容器x1:数量見直し。スペースの問題もあるが、各部屋を片付けることで左記のように増強。
○2Lペットボトル水:見直し無し。
○ペットボトル保存水:5-6年保存可能なもの。計10L超。
○簡易トイレx25:数量見直し。断水対策に配備。水道の復旧には時間を要するため1パック(20回分)追加。ただし、トイレ回数を考慮するとこれでも十分ではない。
○水の要らないシャンプー:断水時の衛生対策に購入。資生堂の品が保存年限3年で可燃性ガスも使用していないので選定。
○清拭タオルx1パック:断水時の衛生対策に購入。保存年限5年の品を選定。
○ウェットティッシュx1:断水時の衛生対策に購入。

○軍手x10:見直し無し。
○突っ張り棒:見直し無し。
○転倒防止チェーン:見直し無し。
○家具転倒防止安定板:見直し無し。
○耐震ゲルマット:見直し無し。
○各種耐震金具:見直し無し。
○本棚用ストッパー:見直し無し。
○ガラス飛散防止シール:見直し無し。
○養生テープx2:ガラス・家屋損傷時の応急対策用に備蓄。
○エアゾール式簡易消化スプレーx1:見直し無し。
○消火器x1:ミヤタのキッチンアイ。見直し無し。
○業務用消火器x1:近隣に飲食店があるため、貰い火予防策としてFM1200Xを購入。緊急時の心理対策も考慮し把持力の不要な蓄圧式、10年メンテナンス不要。
○ホースx1:延長10m。庭用蛇口を風呂に常設し耐圧性を確保。近隣火災予防用。
○ロープx1:多目的用に配備。

他にも必要な物を検討次第、措置していく予定。ただし、実は、最も威力のある防災対策は、防災対策本の購入によりノウハウを深化させたことではないかとも思っている。

ストーカーで逮捕された東電社員に思う(改題済)

東電社員、ストーカー容疑で逮捕 女性に再三のメール
2013年10月27日19時10分

知人の女性に繰り返しメールを送りつけたとして、岐阜県警は27日、東京電力多摩支店の主任志村弘容疑者(57)=山梨県大月市=をストーカー規制法違反の疑いで逮捕し、発表した。「間違いありません」と容疑を認めているという。

関署によると、志村容疑者は岐阜県内の20代の知人女性から、メールや電話をしないよう伝えられていたのに9月13日~10月15日、メール31通を送りつけた疑いがある。

志村容疑者は、女性が5、6年前に働いていた東京都内の飲食店の常連客。女性が結婚した後もメールが続いたため、女性は8月に関署に相談し、自身で文書などで通告。それでも志村容疑者は「連絡してほしい」「会いたい」などというメールを、多い日で1日4通送ったという。

いや、ふと思い出したもので。そういや、日本海側に住んでる某原子力部門社員殿、震災後の一時期意味不明なツイートを繰り返して「どうしたのかな。もしや事故の衝撃で・・・」と思いきや、被災者を尻目にあっさり子作りに励んでいたという。いやそれだけなら別にいいんだけど、この社会状況でハッピー新婚生活その他を堂々ツイートし続ける神経が分からない。だから呆れて物が言えなかったが、こういうストーカーを見てるとある種のしつこさに関して同類項なのかと得心する面もあるのだった。また、失楽園の主人公みたいに、女にどうでもいい教養でも自慢してるのかと思うと、胸が熱くなる(奥さんがどういう人格の主かは知らないので論評はしないが)。

ま、本まで出してあんなに尽くしてきたのに何故か柏崎刈羽の担当殿が厳しく批判する朝日新聞のことだから、原発事故にかこけつた大陰謀の可能性について呟いてくれることが期待されるかもしれませんね(私はそう思わないが)。

参考文献このバカ2人組の的外れな会話

2013年10月24日 (木)

春日型の導入経緯をモチーフに取った太平洋戦争版の仮想戦記を誰か書いてくれないかな(追記あり)

日露戦争の要素をオマージュした仮想戦記はこれまでにもいろいろあった。

あの戦争で日本は春日型装甲巡洋艦を急遽取得し有効活用、単一の艦型としては戦勝に大きく寄与した。

これをモチーフにした仮想戦記があったら面白く読むだろうな、と思うことがある。

何故かと言えば、太平洋戦争期の日本は、周知の通り連合国に比較し国力が絶望的に不足しているから。勿論、作り手から見れば、海外製の軍艦に自国の旗を掲げさせるような歴史改変は読者向けのファンサービス。それだけでは戦争の流れは大きく変化しない。『巡洋戦艦浅間』は知ってるが、あのシリーズ程は弄らないという前提。

仮想戦記といっても、戦争の結末変更を目的に書かれてない作品も多い。私が今回書いている改変ギミックも、単体ではそういう性格のものである。最終的には史実に準じて終戦。他の歴史改変と合わせ技にしても良いが、そういう大作物は練るべき設定が多くなり過ぎるから、ある意味誰にとっても負担だしね。

そう言えば、一時期流行した仮想戦記批判には、「改変するなら絶対戦争に勝つべき」みたいな変な意識があった。多分、そのように決め付けなければ、批判出来なかったのだろう。当時の批判本や批判サイトを思い出すと、当の仮想戦記作者や読者とずれてる物が多い。「〇〇していれば勝ったというのは誤りである」という主張は相手を見て出てきたことと言うよりは上記のようなワラ人形無しには成り立たないものだった。

仮想戦記ビジネスに関与した者が仮想戦記批判を垂れ流したり、仮想戦記批判を行う者が奇妙な歴史批判や「仮想戦記の方がまだマシ」と思われる幼稚なたらればを歴史論争として議論する、90年代から2000年代はそういう見苦しい姿も散見された時代だった。疑似科学批判者の末路と同じく、その種の人種にありがちなことに自覚と反省は全く無い。

で、外国からの軍艦購入の話に戻る。

環境の違いはある。日露戦争が局地戦争に過ぎなかったのに比べ太平洋戦争は既に発生していた世界大戦を拡大した形。従って、当時1級の艦艇を建造できる列強は全て何れかの陣営に組み込まれることになった。無条約時代なのでどこも自国の艦隊を充実するために精一杯、連合国を除くと他国に売るために建造出来る余裕のある国は殆ど無い。

自ずと出物は限られる。しかし、そんな第2次大戦期でも例外はある。第2次大戦開戦初期のドイツだ。

ドイツも、戦前はZ計画を立てて大艦隊建設に勤しんでいた。しかし、元々海軍国ではないので艦隊にそれほどの価値を見出さない。加えて指導者に権力が集中している割に、その指導者達に気分屋の気があるので、方針が数年で変わる。1940年7月には水上艦の建造を殆ど止めてしまった。その後、独ソ不可侵条約で入手した資源とバーターに、建造中の重巡1隻を中立国ソ連に売却し、空母用に準備した艤装品はイタリアに引き渡している。1940年当時進水を済ませ艤装中だった大型艦を挙げると、重巡2隻、空母1隻となる。改変する場合、『奇跡の巡洋艦』のオマージュとして「ルイトポルトと成る筈だった」と1隻紛れ込ませても良いだろう。

対して日本側。一応は必要性の論理も考えておかないといけない。欲しい出物は挙げればきりがない(それこそどっかから駆逐艦50隻譲って欲しい位)が、巡洋艦以上の大型艦もそうだった。そのサイズになると建造出来る船台・ドックが限られるため、起工~進水までの過程もボトルネックの一つであった。従って、数次に渡って建てられた軍備充実計画では、巡洋艦の充足率が他艦種に比較しても極端に低い。

作劇側としても、巡洋艦クラスは使い勝手が良い。軽空母に仕立て直すことも出来るし、工期は戦艦よりは短い。行き足が速く同種艦も多いので、何度も戦場に投入された実績があり、見せ場作りには事欠かない。

なお、このアイデアに関連して興味深い事例がもう一つある。イタリアは1920年代の旧式駆逐艦を4隻ばかりスウェーデンに売却している。1940年5月のことだから、英仏へ宣戦布告する直前の時期だ。スウェーデンの鉄道を介したノルウェーへの資源輸送問題で英国との関係は悪化していたので回航中拘束されるハプニングもあったが、最終的にはスウェーデン海軍に引き渡されている(参考:『中立国の戦い』)。

従って、単純に考えればドイツの出物を入手する改変が良い。昭和期の日本海軍は全体としてはドイツに冷淡な者が主流で、1936年の日独防共協定も陸軍主導だったが、技術を目当てにした親独派も結構いたことが知られている(参考:『海軍の選択―再考 真珠湾への道』など)。改変のポイントはこの辺だろう。親独派の影響を強めるような操作を行い、ドイツ側はヒトラー、カナリス、リッベントロップなど相対的な意味での親日派の影響を強め、中独合作の残滓は早期に排除し、下地を作る。大戦勃発前は軍艦入手の見込みなど無いからそれほど前から改変する必要はない。購入打診はどちらから出したことにしても良いが、1939年末~1940年以外はあり得ない(なお史実では39年末は独ソ不可侵条約締結の為日本側のドイツ熱は一時的に冷却化している。再熱するのはファニーウォーの終焉後、3国同盟締結は40年の9月である)。

問題は、回航ルートにある。1940年当時の日本は枢軸寄りではあるが英国に対しては中立であった。日露の際はロシアの妨害から英国が守ってくれたが、第2次大戦期は逆の状況。浅間丸の事例などを引くまでも無く、開戦後英国はドイツに向う中立国船舶を臨検・拿捕し、ドイツ向け軍需物資を抑えにかかっていた。ソ連への重巡売却の場合は、スペインに対して行ったのと同じく、中立国への武器売却なので状況は逆であるというのは一つのポイントで、この点は日本を相手にした場合でも同様である。また、ソ連へ重巡を売却したケースは北海・バルト海の移動なので英国は手出しが出来なかった。が、日本への売却の場合にはどのルートを取っても本国や植民地をかすめていくことになるため検討を加えておかなければならない。この他に燃料の手当の問題(ドイツの状況から言えば自弁を求められる)もあるので、スペイン辺りまで油槽船+利根型1隻、或いは剣崎などを出迎えに出す必要があるだろう。運行に必要な最低限の人員はシベリア経由で送り、現地で日本の軍艦籍に入れてしまうのは当然の処置だが、必要ならその程度の配慮はしなければならない。

もっとも、1940年当時の英国は5月にチャーチルに交代するまでは腰が引けており、その後も40年一杯は日本に強い態度を取る気が無かった(参考:『イギリスの情報外交』)。空母の場合、例えドンガラでも無視は出来ないので更なるストーリー上の工夫(改変)が必要かも知れないが、未成重巡程度なら黙認せざるを得ないだろう。どうせ英国も援蒋やら自由フランスやら似たようなスネは一杯あるしな。

完成品でなければならないか、という点もポイントだが、日本は十分な艤装能力がある。ざっくり言って進水と機関据付が終わって巡航さえ出来れば回航には十分である。むしろ、兵装を下手に完備していると英国を刺激し過ぎるし、補給整備にも問題が多いので、ドンガラの方が良い。仮に重巡として艤装するにしても、日本製の五十口径三年式等々で十分だ(元々数合わせのコンセプトなので)。機関整備は神鷹で苦慮した事実があるので同様の問題があるが、購入自体が技術導入の一環て流れなら別に構わんだろう。鹵獲と異なり正規の契約なので、必要な文書や技術員も手配出来る。

後の活躍?波及効果?まぁそこは色々想像出来て興味深い部分。

他に「ニコニコ超会議に参加した某有名政治家が手違いから戦車の操縦席に座ることに。間違ってアクセルペダルを踏んだ結果、集まった右翼系の軍事オタク達を轢死してしまった。この事故で新戦車は如何無く本土決戦における避難民排除のポテンシャルを証明。与党におもねったマスメディアの印象操作で事件は闇に葬られた。この事故対応の過程を通じて現代日本の歪みを描く。」なんて仮想戦記も思いついたが、前述のアイデアの方がロマンがある。

※13/10/24追記。記事名改題。一部修正。

【追記】16/12/10
この発想、模型マニア的目線で気に入っているので、上記の発想をベースにディティールを付けたらどうなるか考えてみた。見れば分かるように、奇をてらった未成兵器は排除してある。軍艦購入というウソをついているところに新兵器と来ると、大分リアリティが薄れるから。

ソ連からの物資提供用だった件との兼ね合いは、仕方ないので日本がソ連を介して物資提供する形しかないだろう。その辺の改変辻褄合わせはまだ詰めていないが。

下記に示す「計画」を見たマニアの多くはこのような反応を示すと思う。

  • カッコいい原設計のまま完成品になるまで待って取得すべき
  • 大幅にデザインを変更して武装や装甲を増やせ
  • 日本海軍の未成兵器を搭載しろ
  • スペックの低下は認めない
  • 軽空母にすべき

これら要素、全てリアリティと工期を損なうので採用しなかった(軽空母案だけはそれを補うメリットがあるが、私の好みで捨てた。ソロモンならいざ知らず、大戦中盤以降、海戦の帰趨を歪めるのに軽空母にしたところで力不足なのは変わらない。他の改変と合わせ技で単発のゲストキャラとして使うならともかく、目立つ出番が作れない。)

むしろ、ノベライズの暁には、この手の欲張りを悪役として登場させ、邪魔物として排除する過程を活写した方が面白い。一見もっともらしい理屈を並べるが追い込まれると逆切れして意味不明なことを絶叫して貰うとかね。「巡洋艦なんか、日本で簡単に作ってしまえばいいではないか」などとさも不思議そうに間抜け面を晒す高官を登場させるのもいいだろう。勿論、劇中の味方役の人物にはっきり「この間抜け」と罵倒させて。

ついでに言っておくと、政戦略レベルで三羽烏が使った言葉「独伊の海軍は問題外」を鸚鵡返す奴輩も、このような場合は有望な間抜け面候補だ。ここは三国同盟を回避する仮想戦記じゃないんでね。単なるナチオタのネトウヨもお断わりだが、逆方向に向かった教科書的説教を繰り返さずにはいられないキッショい自称リベラル君や場末の一個人の箱庭を土足で荒らしに来る倫理君。チミらが御所望のそういうのは鮭先生とか村上龍とか他所あたってくれと。

日常のサラリーマン生活でよくあるシチュエーションからネタを拝借するのは当然である。そういう部分で話を作っていくのが、仮想戦記の一つの在り方だと思うが。

【艦名】
伊吹(元サイドリッツ)
筑波(元リュッツオウ)

※RSBCより命名順を頂戴した。

購入に当たっての基本的な考え方は、船体と機関は原設計を流用するが、武装と艤装は日本式とすることにより、早期に就役させるものとされた。

【船体】
全長:210.0m
全幅:21.8m
吃水:7.9m

後述のように主砲塔が日本式となったことで軽量となっているが、燃料搭載量を調整するなどして排水量は殆ど変っていない。

購入時工程上の問題および、契約内容に武装が含まれていないため、上部構造物の大半は存在していない状態で回航された。武装が含まれなかったのは、日本側の都合としては整備補給の難があったこと、独側としては大西洋防壁への資材転用に充当したい都合があった。

【艤装】
日本軍艦籍への編入に当たり、上構が未整備だったことに加え、ビスマルク級に酷似した外見を採用する意味が無くなったため、艦橋構造物は大淀の設計に類似したものが設置されている。これは、戦隊司令部機能を求められた結果でもある。

艦橋周辺は最も変化のあった部分であり、設計対応の工数も多く消費した。勿論、艦橋ばかりでなく、各種艤装品を日本製に変更したことによる各部重量・復原性の計算、電気配線等、手間を要する作業は他にもあった。

また、開戦後の戦訓を採り入れて順次舷窓を閉塞している。

居住性は日本重巡より排水量が大きく艦内容積が余裕があり良好だった。また、原設計が北海やバルト海での行動を前提としていたため、寒冷地での作戦に向いていると評された。

【武装】
主砲塔の増加といった大幅なレイアウト変更は早々に放棄された。また、ミッドウェイ海戦後空母への改装が求められたが、既に大幅に工程が進捗していたことから取り止められている。

主砲の日本式への換装に当たって3案が検討された。

  1. 50口径3年式20.3㎝砲8門
  2. 60口径3年式15.5㎝砲12門
  3. 55口径3号3年式20.3㎝砲8門

結局最も無難な1案に落ち着いた。2案は砲塔数が減少する状況下で威力の低い15.5㎝砲を新規製造する意義が無かったことから避けられた。なお、購入打診時点では、最上型から降ろしたものは大和型4隻及び大淀型2隻への流用が決定済みで、これらを当てには出来ない。1案であっても主砲は新造する必要があるが、製造設備は最上改装用の砲塔製造まで使用した設備・各種治具等がそのまま使えるメリットがあった。

3案はロンドン条約時に既存重巡の主砲換装用に試作された砲を再び採用するものであった。原設計の60口径と近く推進の期待は大きかったが、流用設計とは言え砲塔・射撃装置の設計を修正する手間が新規開発と余り変わらないと見込まれたため、却下された。結局1案の方針の元、E3型をベースに原設計のローラーパスを修正したE5型となった(この時、最上型の20.3㎝砲塔にE4型の呼称が付与された)。

砲塔測距儀は原設計に準じ、第2、第3砲塔上に8mのものが搭載されている。なお、竣工後に装備した電探や逆探もドイツ式では無く、日本式の13号・21号・E27等だった。

経空脅威が増大する時期に計画されたため、高角砲は98式65口径10㎝砲の採用がすんなり決まった。本砲は大淀用に砲架式の設計が完成しており、原設計の高角砲とも口径がほぼ同じで、耐爆風上の配慮も殆ど流用可能だったからである。

搭載数は原設計の舷側各3基を踏襲したほか、37mm機関砲の採用が無くなったため、前後部の中心線上(第2主砲塔直後、第3主砲塔直前)に各1基を追加した上、後述のように舷側クレーンを撤去した跡にも各1基を追加し、10基搭載している。これは、元来導入の要望があった防空巡洋艦構想に設計流用を行いながら可能な限り応えたものであった。高速力に劣るため、水雷戦に余り期待をかけられていないことも影響している。

なお、開戦前に本砲の大量発注を行ったため、構造が複雑な割には早期に生産体制(関連メーカーの設備投資などを含む)を整えることが出来、戦時の計画改訂で本砲を採用した艦(主に秋月型)の計画数が増加しても、ある程度その準備を整えることに寄与した。ただし、艦船用の需要に対応する必要から、98式の陸上型は終戦まで生産されることは無かった。

高射装置は94式を原設計とほぼ同じ位置に4基搭載している。一般に高角砲は命中精度が期待出来ないため、高射装置1基あたり3基を指揮することで、有効な弾幕を張る意図だった。

魚雷発射管は原設計の533㎜3連装発射管の配置スペースをそのまま活用しているが、最上型と同じ61㎝3連装発射管はスポンソンの拡張が無ければ搭載不可能であり、結局他の重巡が改装で降ろした61㎝連装魚雷発射管を流用して4基搭載とした。元々、計画速力が32ノットである点を忍んで購入した経緯から、それ程雷撃力を求められない向きもあり、工程短縮を意図しての結果となった。

機銃は日本海軍標準の25㎜3連装を採用、37mm機関砲に相当する大口径機銃は前述の通り採用していない。単装機銃の追加も他艦と似たり寄ったりである。なお原設計にあった機雷布設能力は早々に破棄し、爆雷・機銃弾庫とした。

航空艤装は、日本式に3機の零式水上偵察機を搭載、大幅なリレイアウトを避ける方針から妙高型・高雄型・最上型の基本スタイルである後部砲塔直前への配置は行っていない。そのため、後部主砲からの距離はやや離れ、既製重巡群よりは爆風対策上やや有利である。ただし、絶対の安全を保障するものでは無い。特に機体のある側に砲身が指向した際は、爆風の懸念があったのは、他艦と同じである。なお、揚収クレーンは日本式のレイアウトに倣い、後部マストをわずかにずらしてクレーンを1基搭載し、阿賀野型にやや似た形となっている。

【装甲】
早期に戦力増加を図る意味もあり、船体部分は原設計のままである。艦橋構造物が日本流とされた際、司令塔の位置が変わっている。

砲塔部分に装甲を施す原設計の思想は日本式とは大きく異なるところだったが重量バランスと排水量の余裕を生かし、原設計の考え方を取り入れた。E5型では側面と天蓋は25㎜装甲を貼り足してそれぞれ50mmとなり、前盾は150㎜とされた(このため旋回装置は出力が大きくなっている)。

【機関】
ボイラー:ラ・モント式9基
タービン:デシマーク式ギヤード・タービン
出力:132,000馬力(竣工時目標120,000馬力)

※原設計はアドミラルヒッパー級後期グループに属する。前期型での失敗から、原設計の時点で蒸気圧力は落とされ、信頼性の向上が図られていた。この点も日本が強く購入打診した根拠の一つとなっている。ただし、蒸気温度は450℃であり、当時国庫助成を前提に計画中だった橿原丸型客船より更にタイトな条件だった。
 この問題をクリアするため、竣工時より当面は450℃での運用を諦め戦艦での対応を参考に、蒸気温度を落として10%減の12万馬力(31ノット)で忍ぶこととし、日本側の技術水準が追いついた時点で450℃で運用する構想とした。契約内容には機関図面一式と技術サポートを包含し、回航時にドキュメント類も細部まで搬送された。
 加えて諸管装置予備部品類・ドイツ側技術員を派遣した。
 また回航後、仏ブレスト工廠で同型艦が受けたサポート内容に関する情報も日本へ回送された(独ソ戦開戦、続く日英米開戦後はこのようなサポート情報の授受は柳船と潜水艦に限定された)。
 これらの措置により、1943年に入る頃には運用上の技術的問題も粗方解決し、後に改装したシャルンホルストのような、機関丸ごとの換装を回避することに成功した。一般論として日本の技術力はドイツに劣るが、平時と遜色のない技術移転の環境を用意出来たことが鹵獲艦や急な転籍を迫られた艦との差を生んだと言える。

なお、契約交渉に当たってドイツ側は本級の本当の航続実績値も提示(19ノットで6,500海里)したが、この数字は高雄型、最上型と比較してもむしろ良好と判定され、問題にはなっていない。

【再現】
WLシリーズが妥当。プリンツオイゲンの船体に日本重巡の武装。艦橋は利根型か大淀のものを流用しレイアウトする。

2013年10月15日 (火)

JSF式時間管理術

@obiekt_JP(中略)dragonerさんのアグレッシブな記事がアクセス数を沢山稼いでいる・・・私もこればっかりやらずにちゃんと書かなきゃ!

@obiekt_JP艦これとツイッターやってるせいでブログ更新も時間を掛けたのが少なくなってる気がするいろいろネタは貯め込んでは居るのだけども。

こういう人もいるのか、と率直でナチュラルなコメントに改めて感じ入った。

自分の生活感覚だと、まずは仕事のことが頭にあって、その他に余暇がある。家事とかもあるけどざっくり言えば起きてる時間の区分はこの2つ。勿論仕事量は日によって変動する。残業が全くない日もあれば、日付変わるまで働くことも、当然ある。

対して「艦これ」「ツイッター」「ブログ」の3つで時間管理するのが名うての軍事ブロガーJSF。他の軍オタ(軍クラ)と異なり、仕事の話題は一切持ち込まない。その雰囲気すら完全に消し去っている。他の取り巻きも当然のことのように黙って見守っているようだ。違うねぇ。他の軍クラには自らの社会的身分が気になって仕方ない暇人もいるのに。

もひとつ面白いのがこの2つ、どちらもRTがある。

ネット右翼風の方もいれば、ライターもいる。彼等が「本当は」どういう思惑でRTしたか、想像すると実に楽しい。

2013年10月 8日 (火)

【書評】松野 元『原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために』創英社/三省堂書店 2007年02月

松野 元『原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために』創英社/三省堂書店 2007年02月

著者は四国電力で原子力発電に係わり、その後NUPECに出向、2004年の退職後に本書が執筆された。敢えて肩書きに拘るならば、電験1種、炉主任を有する本物のプロと言えよう。

注目されるのは本書の成立過程である。「まえがき」より引用しよう(強調は私による)。

本書は当初、原子力発電技術機構に出向中の筆者をそこで指導鞭撻してくださった永嶋國雄氏の発案で、原子力防災の入門書を2人で作ろうということで制作が開始された。章別に2人で分担して執筆し、賛否両論を提示するという方針のもと、それぞれが順調に進行していった。ところが最終段階になって、チェルノブイリ発電所事故の取り扱いについての意見調整がつかなくなってしまった。永嶋氏の意見では、チェルノブイリ発電所事故を原子力災害として取り上げるのはかまわないが、すべての章で取り上げてはいけないということであった。例えば、想定事故についての考え方についての説明のところで、チェルノブイリ発電所事故と比較することは、日本ではチェルノブイリ発電所事故は起きないことになっており、日本の原子力防災はこれを対象としていないから、これを直接比較することは意味が無く、あえて記述すると専門レベルの内容になってしまい、一般の読者(国民)を混乱させ、原子力反対者に知恵を授けるだけのものとなってしまうので、入門書としては不適であるとした。要するに、日本ではチェルノブイリ発電所事故は起きないし、起きても災害従事者等の31人程度が死亡しただけで被害は予想よりも小さかったし、実際に事故が起きたときは住民等は何もわからないから専門家を擁する国がすべての責任を持ってあたるので、住民(国民)等はこれにすべてを任せて万事これに従えばよい、という考えである。

これに対して私は、日本の新しい原子力防災のあり方を住民(国民)保護という民主的な点からその有効性を検証しようとすれば、チェルノブイリ発電所事故発生は事実として直視する必要があり、たとえ許可条件的に事故が起きない設計となっていても、防災と言うレベルにおいては、可能性が存在する限りこれを無視することはできないので、日本の原子力防災体制が防護するべき住民(国民)すべてをカバーできているかを、チェルノブイリ発電所事故を例としてその有効性を検証することは、入門書であっても住民(国民)にとって必要なことであり、むしろ原子力を受け入れてくれなければならない人々に知恵を授けて理解を求めることが今日的な課題であると思うので、入門書とはいえチェルノブイリ発電所事故を無視することはできないとした。この意見の違いにより、2人による共著の夢は断たれた。

福島事故を経た今、本書のコンセプトを見直した時、その発想の正しさが最悪の形で証明されていることが分かる。

著者はオブラートに包んでいるが、永嶋氏が意図していたのはPA的な「折伏・説得型の防災本」だったのだろう。結局のところ、永嶋氏は住民を対等な存在として眺めることが、プライドと教育が許さなかったのではないか。「原子力反対者に知恵を授けるだけ」というたわけた表現がこれをよく表している。実際には、本書で随所に示されているように一般の読者に対しても疑問を持たれたくないという考えが原子力を推進してきた者達の常識的な思考であるため、「知恵を授けたくない」は一般読者に対しても同様であったと思われる。この言葉は永嶋氏のような普通の専門家の傲慢な態度を良く表しているものなので、記憶にとどめておきたい。或いは、永嶋氏は事故前にそのことを理解していたのかも知れない。彼が事故前に同種の防災書を出したという話を聞かない。競合他書と比較の目に晒される中、出す自信があったのかは疑問である。

余談だが、事故後永嶋氏は烏賀陽弘道氏の取材を受けている(写しリンク)。技術的には非常に興味深く有益な指摘であり、「身内(業界)への批判」を敢行したことは大変に評価されるべきである。だが、メディアに対する姿勢は一方的で納得出来ない。彼はマスコミ=原発反対というレッテルを貼りたいと考えているのかも知れないが、そのような(左翼)マスコミが嫌なら保守系マスコミに交渉すれば良かっただけのことではないのか。技術的に詳細な話がしたいのなら「内輪向きのメディア」である電力、原子力業界紙に交渉すれば良かっただけのことではないのかエネルギー問題に発言する会のように、自分のHPを持てば良かったのではないのか。或いは松野氏との共同出版に乗るだけでも良かった筈であるインタビュー中、自らの進言も「おれの顔を潰すのか」と学者に握りつぶされたと主張しているが、それは明らかに言霊と面子に狂った業界内の問題である。90年代に各原発がシビアアクシデント対策工事を導入した実績から見ても、キャスティングボードは外野では無く電力をはじめとするインナーサークルにあった。マスコミや反対派がそんなに大きな障壁なら、建設当時のまま、何ら追加の工事は出来なかった筈である。一括りに「マスコミ」の責任に被せる彼の論理は破綻している。

ちなみに、立地自治体の反対派が2000年代に取った戦術には防災策の拡充申し入れもある。浜通りに関して言えば、当地の共産党が取ったのは「増設とプルサーマルの阻止」に過ぎない。こんなことは新聞の地方版や当時の書物を調べればすぐに分かる話である。また、主要5大紙と地元地方紙は殆どが原発容認であった。だが、彼はこの事実を無視していることに注意する必要がある。残念ながら事故後も自覚が無いようだが永嶋氏自身に業界人特有の傲慢さを体現している面がある。

これに関連し著者の主張について一つ誤りを指摘しておく。まえがきには「極論すれば、チェルノブイリ発電所事故を原子力防災ではどう考えるかという視点に立った解説書はまだ存在していない」という記述があるが、これは間違いだろう。それは、あくまで原発推進派というインナーサークルが出した書籍の中では、と限定的な意味しか持ちえない。

例えば消防関係者。本書の出版前から『近代消防』は積極的に原子力防災に注目した記事が出されていたし、本書と同時期に出版された森本宏『チェルノブイリ原発事故20年、日本の消防は何を学んだのか?』(近代消防社、2007年3月)は本書のテーマと重複する部分が多い。反対派については論じるまでも無い。山本定明『原発防災を考える』(桂ブックレット、1993年2月)において既にチェルノブイリ事故を参照事例としつつ、古典としてWASH740(1400ではない)や「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害額に関する試算」、そして近年の事例としてNUREG-1150を参考にして本書と同じようなアイデアが見られる。加えて政府・行政のガバナンスの欠陥を意識し、自治体の防災訓練をレビュー(監視)する試みも紹介されている(勿論カラーの強い表現もあるが、慣れてしまえば除去できる程度のもの)。何のことは無い。後の言葉で言う「残余のリスク」に重点を置いた、原子力防災の本を世に問うという著者等の試みは、反対派が少なくとも15年近くは先行していたのである(本書以外に同コンセプトの防災解説書が推進派から出ていなければ、だが)。

勿論、反対派には研究を精緻化させるだけの資金は無かったが、反対派に学び根本の発想を転換し、細部について推進派ならではの豊富な資金・技術的アレンジを加えていれば、著者等の試みももっと早期に実現することが出来ただろう。著者をなじるつもりはないが、一般的な推進派が自己に不都合なものを全て「反対派」と一括りにしてステロタイプに理解し、彼等の書いたものの欠点だけをあげつらい、碌に読みもしてこなかったことがよく分かる。このような経緯の元に自分をパイオニアのように主張する姿勢は、背景を知った者にとって表面的な罵声を浴びせる以上に不快なものである。

今回の福島事故は放射性物質の放出量こそチェルノブイリの7分の1で済んだとも聞くが、所管官庁が設置許可に当たり、電力会社に事前に仮想させた事故の規模を大幅に上回るものであり、膨大な災害関連死を生み出した。また、放出量は破壊された原子炉の間でも差があり、浜通り沿岸でも津波高に差があったことが分かっている。従って、事故の進展、津波規模如何によっては、事故の規模がよりチェルノブイリに近づく可能性があったのであり、今後の防災対策は(福島は勿論)チェルノブイリも参考としなければならない。観光地化の前に、残された原子力サイトではまだやることがある。

さて、従来の業界の考え方から転換を試みた本書は、中味も一般的なイメージから想像される防災本とは異なっている。まえがきではむしろ、そうしたパンフレット的な組織や体制の羅列に終わることを避ける旨の説明がなされている。そして本文では、現状の体制を説明しつつ、随所に著者のレビューが書き込まれ、行政などと一体化するのではなく、客観視に徹しようとする努力が見てとれる。

しかしながら、プロとは言え一個人の視点から書かれた解説書であるため、欠点をも内包している。特に目につくのは、チェルノブイリ事故をキーに従来の一般的な原子力防災論への反論を試みたため、格納容器が反応度事故に対応していないといった、同事故を意識した主張に視点が引きずられていることだ。ブラウンズフェリー事故やNUREG-1150をベースに、ステーションブラックアウトの脅威を強調した桜井淳の議論や活断層・津波の脅威を示唆した地震学者達の論の方が、残余のリスクや事故シナリオの多様化を考える上では、より役立っていると思う。また、福島事故では崩壊熱だけで格納容器の内圧は設計での想定の2倍程まで上昇しており、偶々破裂は無かったものの、それは設計面で保障された結果では無かった。今出版するならば、冷却材喪失事故に対しても格納容器の対応能力に上限があり、それはどの程度なのかといった内容を書き加えなければならないだろう。

もっとも、目に付いた欠点はこの位で、本書は多くの点で著者ならではの着眼点がある。それらを全て羅列する気は無いけれども、一例として良く引用される佐藤一男『原子力安全の論理』に対しては、「3.2.4 実際の原子力災害から見たEPZへの考察」で次のような批判が行われている。

EPZは、防災が目的であって立地審査が目的ではない(中略)。現行の立地の許認可は防災の整備(EPZの確定等)を条件としていないので、常識として、EPZの範囲は立地審査の許可範囲を超える十分な範囲を持っていなければならない。EPZは、立地審査と違って、原子炉の型式に依存せず原子炉の出力(リスクポテンシャル)で決まるから、出力が同じであればチェルノブイリ型の発電所もスリーマイルアイランド型の発電所も日本の軽水炉型発電所も、そして高速増殖炉についても共通のEPZを持つべきことになる。(中略)

許認可と原子力防災の関係について、日本を代表する原子力の専門家でさえ「そもそも防災対策の助けを借りなければ、公衆のリスが受け入れ可能なほどに低くできないような施設では、社会がその存在を許すわけにはいかないことになります。したがって、原子炉の設置許可などは、防災対策を前提とすることなく、十分安全が確保し得るかどうかを審査した上で、与えられるのです。日本でも、原子力施設周辺の防災対策を用意することになっていますが、このことと施設の設置許可とは、直接の関係はないとされている」(※『原子力安全の論理』からの著者引用部分)としている。

原子力安全委員会の考え方を代表して、EPZは安全審査と関係がないので、チェルノブイリ発電所事故が現行のEPZを超えても、これを無視してよいといっているようなものである。この専門家は、原子力安全とは原子炉の設計マターであると考えているらしく、防災指針を住民(国民)を守るものではなく、防災指針を守る原子炉の設計を行うことしか念頭にないように見える。現実にEPZは、チェルノブイリ発電所事故によって見なおしを受けていない。教育委員会ではないが、原子力安全委員会は、原子力防災を安全審査にあたっての必修科目と認めていないため、日本の原子力安全は、チェルノブイリ発電所事故やプルサーマル炉の事故に正しく対応していない状況にある。

Twitterなどで原発推進派が弄する言説の中に「事故前にこれほどの災害規模の警告を行えた人間はいない」もしくは「警告を行ったのに反対派が邪魔をした」という風説がある。しかし、上述のように本書とその成立経緯は、そうした風説が無根拠であることを如実に示すものであると言えよう。

本書に対する原発推進派の態度も容易に予想がつく。事故前、著者はきっと変人奇人扱いを受けていたのではないだろうか。

なお、本書は参考文献を本文中に注記する形を取り、各章末に更に勉強するための文献を挙げている。著者が何を参照しながら本書のような考察に至ったかを考えてみるのも、意味のあることではないだろうか。

※10/9追記松野元著「原子力防災」(2)に転記された松野氏のインタビューによると、予想通り、四国電力内でも閉職、周囲の専門家は誰も省みず、最後は自宅でハンガーに向って呟けとまで言われる始末だったそうだ。上記で松野氏(および永嶋氏にも)厳しいことも書いたが、彼等に加えられた心理的な圧迫には深く同情する。初見の時点では私も多くを望み過ぎだったのかも知れない。なお、伊方発電所は再稼働の先陣とも聞くが、同社の意識は事故で変わったのだろうか。

※10/18追記。松野氏は「原子炉を助けることしか考えなかった原子力防災」(『科学』2013年5月号岩波書店)を寄稿している。推進派には査読システム等々を因縁に同誌に食わず嫌いの印象を振りまいている者もいるが(『WILL』や軍事誌に対しては何故かあまりなされないが)、福島事故を踏まえた所見、出版の舞台裏について視点を変えて触れられている。同号自体が原子力防災や新規制を取り扱っており、非常に興味深い。

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