【書評】『原子力と冷戦 日本とアジアの原発導入』
『原子力と冷戦 日本とアジアの原発導入』花伝社 (2013/03),269ページ
アジア地域における冷戦と原子力技術の導入を取り上げたもの。
執筆陣自ら「他書より特徴的」と自負している。
目次を見たところフィリピンとインド、朝鮮半島の事例が載っていたので購入を決定。
書き手は全員この分野未経験だそうだが、一次資料に拘る点から、
「当事者達がその時代に何を述べていたか」という意味での実証性は期待出来る。
足りない部分は他の本で補えばよい。
元が左系出版のためか、安易なカタカナ語(ヒバクシャ等)の濫用も見られるが、我慢できるレベル。
ただし、政治・社会面に注力した研究なので、メカ的な話や解説図、
放射線量に関する偏執的な拘りをお持ちのB層には不向き。
国外をテーマにした章に共通するが、まず従来の研究ではお目にかかれないような横文字文献、
現地マスコミ報道を資料に使っており、報道件数の推移などの定量化を試みている脚注もある。
このような記述を行うには時間的労力を要する。著者等が独自性に自信を持っている理由が垣間見れる。
3章以下は視座の面で非常に刺激的だった。
全体は2部構成で、副題にあるように第1部が日本関連、第2部がアジア関連である。
当方が目当てにしたのは主に第2部。なお各章は別々の研究者が担当している。
課題抽出と言う点では共通しているが、原子力に対するトーンには温度差も見られる。
第1部については、既存文献と重複する章もある。
日本と米国の概史を扱った記述はそこまで特徴的ではない。
脚注の説明には疑問もある。吉岡斉は過小評価しすぎだろう。
また、本書も公開された米国機密ファイルの検証をやっていて、
中曽根康弘が新人の頃から機会主義者=風見鶏 と評されていたのはニヤリ。
第2章は米国内の原子力開発主導権争いを扱っており、面白く読んだ。
第3章は国策宣伝の基礎データとなる、世論調査に推進側が固執していく過程を扱っている。
反対派の宣伝ばかりをあげつらい、自派の宣伝行為について問題を殆ど自覚出来ないらしい、
一部の狂った推進派にはいい薬だろう。
第5章はビキニの例から行政不信の一パターンを扱ったものだが、
興味を持ったのはその部分より現代の例として最後に挙げられた福島県庁の内部メールだな。
「○○という知見は無いでしょうか。質問者は反原発の人ですし乗り気にはならないのですが
情報あればよろしく」みたいな。余計な形容まで入れちゃってこの職員は馬鹿だなぁ。
第6章は東側。これは拾い物だった。
平板な記述が続く『ソ連・ロシアの原子力開発』に比較し、問題意識を持って書かれたためか、
社会的な記述は一段深いと思う。また、僅かだが原潜開発に関する興味深い記述もある。
ただ、従来日本語で読めるソ連原潜の文献と言えばポルトフだが、当方はこれは精読していないので、
その価値は分からないが。
第7章は南北朝鮮の原発黎明期を扱う。
実証的だが予想通りの過程(日本で教育受けた科学者をベースに米ソから技術導入)なのでそれほど
面白くは無い。「日本よりは酷いがフィリピンよりは順調」といったところが韓国の評価なのかな。
第8章ではフィリピンの原発導入が取り扱われる。実際に動きが本格化するのはマルコス時代からだ。
この過程は「原発導入でやってはいけない事」が極端な形で現れており、示唆に富んでいる。
つまり、
・政権は独裁的で腐敗。リスクを指摘しても無視されるか圧力がかかり、宣伝には注力
・プラントメーカーを含めて贈収賄の疑惑に満ちている
・国産技術は元より受入体制も未熟のため賛否両派が米国に依存し行動が他律的になる
・炉型選択も性急な感あり。検討期間が余りにも短い。日本はまだ情報が豊富だったと分かる。
後、フィリピン以外のプラント輸出失敗例も記載がある。
プエルトリコでは耐震性の不備を理由に計画が撤回されたという。
これは、ビジネス上の背景として、耐震性も焦点になっていった事実を裏書する出来事だろう。
翻って輸出元の米国の課題も浮き彫りにし、日本の原発輸出に示唆を与える。
政治・技術体制の未熟な国家に輸出するに当たり、規制機関はどこまで責任を持ち、保証すべきか。
現在ではPLの概念も成熟しており「売ってしまえばはいサヨナラ」みたいな、
ネット右翼が泣いて喜ぶような論は中々成り立たないだろう。
また、この例では贈賄で物事を解決しようとしたメーカーの体質も問われるだろう。
PWR厨には痛かったかなw
面白いのはエバスコとウェスチングハウスが同じ案件に関わってることだね。
以下は本書の問題点として感じたこと。
社会科学系のためか、炉型1つをとってもはっきりしない記述が目に付く。取り扱い上不便。
稼動実績があれば検索等は容易だが、計画のみに終わった例は、情報取得のハードルが上がる。
第1章や第4章は著者等の思想バイアスも目に付く。
第4章で肥田医師を根拠にしているのは疑問。
ぶらぶら病に対してそこまで医学的見識無いからこれ以上は言わないが。
正直、今更広島をテーマにすることは福島原発事故を踏まえても意味を感じない。
むしろ、東電労組のような同盟系を突いた方が面白かったと思う。
原水協→核禁会議があらゆる核兵器の永久廃絶を謳っていることを定期的に宣伝し、
日共系の矛盾を鋭く批判していたにも拘らず、
上部組織の民社党と同様、米の核の傘容認路線はあっさり受け入れると言う、
矛盾した姿勢を取っていたのが東電労組である。
核の傘容認は世間的には常識で私も否定はしない。
だが、東電労組/民社の姿勢は本質的に日共と同じ矛盾を孕む。
要するに、相容れなければ核禁と袂を分かつか、「米の核は日本に良い核」として
核禁会議に路線変更を迫るのが筋だが、当時から口先では「友愛」を唱えつつ、
日和見を批判されてた民社にはそれが出来ませんでした、と。
第6章は東側としてソ連・東欧・中国を一括して扱っている。
元は別の研究を底本にしたようだが、中国は独立して一章を設けても良かった
(そうすると「アジアの」というテーマから東欧は外れてしまうだろうが)。
※本稿は軍事板書籍・書評スレ57に投下した物を再編集した。
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