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2013年8月 6日 (火)

東電事故調への疑問

【0】はじめに

東電事故調が福島第一原発事故の最終報告を出して1年が過ぎた。
2012年2月に報告を出した民間事故調は別として、政府、国会の両事故調も同時期に最終報告を出している。

この報告をめぐっては、読み比べ本を出版したり、独自色を打ち出す形で各事故調委員個人が報告書とは
別に本を出版するなど、様々な動きがみられる。ネット上でも事故調読み比べは静かなブームであるようだ。
また、2013年参院選前に毎日新聞が報じたように、ツイッターで原発の話題が大きな存在感を示しているという話もある。

そのような中、添田孝史氏がブログやツイッターで東電の津波対応について解説されているのを見た。

http://togetter.com/li/542126

この他に、主として原発擁護に熱心な右派のまとめを読む機会もあった。
(意図的に視点を狭めた業界人の自己弁護、以上の感想は持たなかったが)。

各方面から指摘され、半ば推進派が自認しているように、
東電事故調は自己正当化を目的として報告書を編集しているのだろうが、
その論旨を担いで原発擁護運動を行なう向きには疑問を感じる。

8/5の井上孝司氏のOpinionではないが、一部推進派は自分達を抑圧の被害者と喧伝し、
「マスコミは報じない」という信仰が底流にある。
殆どが自衛隊を神格化する軍事マニアと繋がりがある事も関係しているだろう。
日経、保守・右派メディアは言うに及ばず、昔ながらの学術専門誌という文化の存在や、
電力自身もPAの強化策としてネットメディアを持つ現在、それは事実とは言えないのは明らかだが、
彼等の思考は体験しているかも怪しい冷戦真っ盛りの70年代で(彼等が仇敵と定めた一部左翼
と共に)停止しているようである。

一方、ただ疑問点を持つだけで終わったり、逆にネット上の折伏に明け暮れる毎日を送っている人達に
疑問も抱いた。また、「もっと研究を」といった言葉を表層的に連呼する一部の評論家にも疑問がある。
特に、推進派が口にするその種の言動はとても偽善的な臭いがする。公式発表の盲信に終始するパターンが目立つ。

そのようなことが動機付けとなり、私も公開資料を中心として色々調べてきたが、
この機会に東電事故調を中心として何点かに絞り、自分でもレビューをしてみることにした。
ブログは無名の個人であっても考察を自由に展開出来るメディアである。その利点は最大限に活用したい。

何時まで続くかは保証の限りではない。一介の素人の小論に過ぎないが、
原発事故原因の解明と対策に少しでも貢献出来れば幸いである。

【1】巨大システムには検討案がある

福島第一原発1号機の設置許可は1966年7月1日に申請された。
1号機は日本の民間電力会社が初めて建設するBWRであったから多くの記事が残された。
現在、読むことの出来る当時の資料はこの時審査を受け認可された際のものばかりである。

最近隅田金属氏は見えないものの重要性について一家言述べておられたが、その理で行くのであれば
まず、この点に疑問を抱く必要があるだろう。

軍事マニアなら、いや、マニアでなくとも飛行機や軍艦、或いは乗り物や建築物に興味のある人なら
そういった物を特集した本や雑誌を読んだことがあると思う。そこでよく取り上げられているのは
「案を複数立て、比較検討を経てブラッシュアップし決定に至る」という流れである。

戦艦大和を例に引くと、A-140〇〇といった形で何十もの案が描かれたことは少し調べれば分かる話である。
そして、初期に立てられた計画案程決定案との相違が激しくなる傾向にある。
あの巨大な主砲塔が前部に集中しているもの、30ノットで走れるもの、逆に24ノット位しか出せない物、
機関にディーゼルを採用しているもの、主砲口径が異なるもの、三連装砲塔ではないものetc…

原発に当て嵌めて考えてみる。東電としても初期資本、運用コスト、地震、台風等々色々な要求がある中で
色々な案を並べて比較したいのが自然な思考と言うもの。東電は1966年1月頃から世界の2大軽水炉メーカー
GE、WHの両社に検討を依頼し、その結果を得て4月初めにはGEに内定した。

海外電力調査会は商用原発黎明期、『海外電力』86号にて「米国における電力設備の建設工事」という
ターンキーの研究記事を翻訳しているが、これによると元々ターンキーは計画時のコンサルティング
まで包含した概念であるようだ。また『日本工業新聞』(1966年4月30日)によれば一般論として、
ターンキーで複数の代案を用意するのは常識で、案件によっては時に50通りにもなったという。

従って、GE社に限っても幾つかの代案を抱えて東電との交渉に臨んだと考えるのが自然である。
「BWRの案を持参しました。はいおしまい」なんてことにはならない。
BWRの案であっても、詳細なスペックが色々違っている案を持って来ている筈である。

「スペインで計画中だった物をコピーした」の一言で満足している人は思慮が足りない。

そもそも原産会議の定期刊行物『原子力海外事情』の伝えるところによれば、GEは1965年夏に30万kWの
サンタ・マリア・デ・ガローニャを落札したものの、同年冬までに2回程出力を見直してストレッチしている。
その過程でサンタ・マリア・デ・ガローニャの設計も様々に変更・拡大されている筈である。
何を以ってコピーとするかにもよるが、流動的な状況で日本での導入が100%ただの真似
に終わるとは思えない。(まぁ当時の関係者の言動をチェックしている限り、原子炉システムの中核部分
などは、設計者としてのプライドが折れる程度には真似ているだろうとは思う)。

ともかく、1号機を説明した文献で、設置許可申請から話がスタートしているものは多いが、
プラントのスペックは一つに決まった結果だけを読者に与えるように書かれているものが多い。
意図的なものというより、書き手から「比較」「選定」という思考が抜け落ちているのではないかと思われる。
書き手の地位も影響するだろう。社内での地位が低ければその所掌がベースとなる。

そして、東電事故調も建設経緯についてはそのような無難な文献の論旨をなぞっている。
この点は他の事故調も大同小異、国会事故調が建設過程にやや強い興味を示している程度だ。
技術史研究としてはまだこれからと言えるだろう。現代の話なのに酷い物である。

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