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2013年8月の14件の記事

2013年8月19日 (月)

【映画評】『風立ちぬ』

【映画】宮崎駿(監督)『風立ちぬ』スタジオジブリ 2013年【ネタバレあり】

先週、話題の『風立ちぬ』を見に行った。

筋は、良く出来ていると思う。一部には傑作だと言う人もいるが、そういう人が出てくるのはある意味で当然だろう。

劇中の堀越は飛行機一途の設計家に憧れ、現実との矛盾に悩みつつも、その夢を実現する様が描かれる。

【良かった点】
上手いなと感じたのが、堀越の描かれ方である。ネットを見ていると、一部に酷薄な性格であるかのような評もあるが、作中の堀越は疑いようも無く平凡な善人である。『中国嫁』の作者が以前シータの善性について考察していたが、宮崎駿はキャラクターの個性を調整しながら、基本的には嫌味の無い善人を生み出すのに手馴れている。一つの才能だと思うね。出来ない人にはどうやっても出来ない。恐らく、ああいう人物を創造するベースには人間観察力があり、今日のジブリを作り上げた秘密の一つでもあるだろう。

今回の堀越もその応用。いじめを行うガキ大将を投げ飛ばす、満員の汽車で席をゆずる、脱線した汽車から怪我人を担いで送ってやる、等々。女性に対して封建的ではなく、妹が医者へ進む道をサポートする辺りも同様。それでいて無駄な権力欲などは持ち合わせていない。ただ、社会に出てからは素朴な善意が仇となる場面が増え始める。シベリアのシーンはその典型、その後で作品のテーマである飛行機について本庄の口を通して関連付け、且つ、観る者に昭和初期の時代背景を理解させる当たりは流石だなと思う。菜穂子との出会い以降も、平凡な善人という描写は維持されるため、観る者に不快感を与えない。そんな彼が我を通すのが、観た人は知っての通り結婚を決める場面である。

実際の堀越氏には無かった軽井沢での逢瀬からの一連のロマンスについては色々議論もあるが、作品のテーマを壊す程の影響はない。人生の伴侶の命と飛行機のどちらを取るかという一つの山として、きちんと機能している。夢を追う設計者の罪深さを(設計者/監督側の視点から)ロマンティック描くには「死」と言うイベントを利用するのが手堅いので、丁度同時代に生きた堀辰雄から拝借したのだろう。このような改変であれば故人に対する諒解も取り易いだろう(設計者としての執着心以外は徹底的に平凡な善人として描かれているのは、そういう配慮もあるだろう)。

また、結婚を決める前に吐血の話が置かれていることから、山に戻っても余命はそれ程伸びなかったであろうとも解釈できる。そうであるならば、元気な間一緒に生活するのは黒川が言うとおりエゴイズムである反面、ある意味合理的な判断とも言える。

カプローニの使い方もうまいと思った。この映画は設計者の半生記として初めて意味を成すように作られているため、大学を出るまでも描かれるのだが、その間、堀越は実際の飛行機を設計しないし、触れるシーンも無い。従って、普通の伝記のように作ってしまうと「動」が売り物の宮崎駿(引いてはジブリアニメという表現方法そのもの)が死んでしまう。そこで、夢を導入しその中でやりたい放題飛行機を飛ばす。しかも、カプローニを登場させることで、冒頭で映画のテーマである設計者の価値観、生き方を提示し、観る者にも質問する形をとっている。とても良く出来ている。

意外ではなかったが「良い」と感じたのが、宮崎自身も多感な幼少期に体験した太平洋戦争絡みの描写を全く切ったことである。これはかつての小林源文同様、自国の戦災について描くことに忌避感があったのだろう。また、零戦は栄光と転落の二面性があるので、やり始めると尺も足りなくなる。代わりと言っては何だが、関東大震災の場面で堀越は空襲をイメージし、復興中の東京を見て「道が少し広くなった」と述べている。後藤新平の始めた復興計画に携わったスタッフはその後東京の防空都市化の構想をしたためているので、それを念頭に置いた描写なのかも知れない。勿論、映画の中では、設計者としてのセンスを髣髴させるものと解することが出来る。また、零戦についてある程度知識のある者からすれば、あのラスト程素晴らしいものはない。描かなかったのは正解と言える。

【問題点】
ストーリーの中で、唯一座りが悪いと感じたのが、関東大震災のシーンである。この映画は堀越二郎の飛行機への情熱と彼が置かれた現実との対比が繰り返し描かれているが、関東大震災だけは、その関連が希薄である。モデル達にとって同時代の出来事だとしても、あれほどの尺を使って描くべきことであったとは思えない。あるのは、菜穂子との出会いだが、彼の人間性や命を賭けるような要素は無いし、そもそも不要である。極端な話、下宿している町の一角が火事になった程度のエピソードでも十分である。震災では大学の建物にも延焼しているが、ただそれだけ。これは恐らく、2013年の視聴者に対し、東日本大震災をモチーフにしたという宣伝用の記号なのだろう。

本来なら震災のシーンは尺を短くするか、どうしても挿入するのであれば、災害のために研究活動が阻害されるが、その困難を乗り越えるような流れにするべきだったと思う。例えば、丸焼けになった市街を前に、航空工学の指導教授が登場、「戦争が終わって需要が減ったところに、東京がこうでは当分飛行機に予算はつかない。君、それでも設計者を目指す気かね。」と一言問いかけるだけでも良いだろう。

【演出】
総じて下記の点は奇をてらうべきでは無かったと思う。

庵野秀明の演技は言われるほどには悪くない。庵野自身が軍オタのため、第二次大戦期の航空機に造詣が深いであろうことは容易に推察できるし、人生体験として設計主務に相当する仕事をアニメ業界でこなしている。従って創造者としての理解も持ち合わせているだろう。既婚者でもあるのでラブシーンも半分位はまずまずの演技が出来る。しかし、それらは、素人演技という欠点を完全にカバー出来るものではない。あの平板な物言いで、明らかに浮いてしまって興を殺ぐ場面は私にもある。カストルプも素人を起用しているそうだが、彼は日本語がたどたどしくても不自然ではないし、脇役なので台詞の数もそれ相応である。「ああいうキャラだと思えば良い」という弁護もあるが、それならオーソドクスに、役の性格を指示したうえで、オーディションを行えばよいだけのことだ。声優でなければならない、とは言わないが。

声に対する無頓着はここしばらくの宮崎映画の特徴だが、今回はそれに加えて効果音も声で合成した物が混じっている。やはり違和感がある。これまた擁護意見として「リアリティを追求しても、マニア層からケチがつく」という書き込みを何処かで見た。では聞きたい。例えば『耳をすませば』で月島雫が乗る電車がモーターマンだったらどう思いますかね。明らかに今日ほどの名作とは認められなかったと思うよ。あのシーンでは確か吊り掛け駆動が当てられてその点から一部のマニアが苦言を呈していたようだが、少なくとも「電車のシーン」を壊す程の影響はない。今回は口で再現したことでマニア以外からもケチがついてしまっている。登場する航空機のエンジン音など物によっては入手が至難の業であること位、マニアなら理解してるのだから、多くの映画で行われているように、似た航空機の音を持って来れば良かっただけである。例え米国辺りで新録採取となっても、ジブリなら出来ない投資では無いだろう。

【おわりに】
本作が反戦映画かどうかを巡って議論があるようだ。ヤフーのコメント欄にあるような反日映画という指摘が論外なのは自明だが、私は反戦映画にもなっていないと思う。ラストシーンは既述のように設計者としての道を追い求めた結果残酷な結末を迎える。しかし、ただそれだけである。まぁ宮崎の味方である左の旦那方の中で「特に表層的な連中」には受けるように作られているのは確かである。

また、堀越は一国の指導者どころか、閣僚ですら無い。彼が会社を辞めて山に行ったところで、歴史の歯車は何ら変わらない。残酷さについて少し噛み砕くと、カストルプや本庄が言うように国力差から戦前に結末は概略見えていたものの、その中で設計者として最善を尽くしつつ、自分の夢を追っただけのことである。史実の堀越の瑕疵(とされるもの)を挙げて「たられば」を述べたところでそれは変わらない。仮に金星エンジンが大量生産されようが、初期から防弾板が普及しようが、烈風が昭和18年に実戦配備されようが歴史の大勢は微塵も動かないだろう。宮崎は軍事オタクを半世紀以上も続けており、そうしたことは全て知った上で映画を作っている筈だ。従って、この映画はクリエイターが内在するエゴイズムに自分自身としてどのような回答を与えるかという、どこまでも普遍的で個人的な問題を問いかけているのだろう。

2013年8月18日 (日)

【書評】『武器輸出三原則入門 ― 「神話」と実像』

【書評】森本 正崇『武器輸出三原則入門 ― 「神話」と実像』信山社,2012年1月

【概要】

著者は前著として『輸出管理入門』を執筆。なお、『輸出管理入門』は4200円で高いが本書は1890円である。

輸出管理本や貿易実務本には書式のフォーマットなどを示して本当に仕事に使えるように書かれたものがあるが、この本は実証研究と提言本。

副題は「神話と実像」。本書で一貫して扱われるテーマは神話(俗説)への再検証と批判である。著者は1973年生まれなので、幼い頃平和教育を「自明のもの」として受容し、疑問を強く持ったと思われる。また、平和主義の教条性は巷間指摘されることなので、それに対抗するためにマニュアル本が欲しかったのだろう。冒頭で「神話の世界の住人になってない人はまだ安心」と書いている辺りに、そうした意識を感じる。

本書の便利な点は冒頭で神話を19個設定し、逐条批判のスタイルをとっているところ。わざわざ該当ページに誘導までしてある。批判スタイルの本の中でも、基本的な箇条書きの整理が出来てない本もあるので、それに比べれば本書は読みやすさに心を砕いてて良心的と言える。

神話批判については著者の意見も交えながら、かなり実証的である。資料には国会会議録が多く使われている。ただし、オーラルヒストリーやノンフィクションのような方法で当の防衛、通産、外務官僚の証言を拾ったり、『朝雲新聞』、『国防』、『軍事研究』、『通産ジャーナル』などからこの話題を抜き出すというパターンは殆ど無い。

【問題点】

しかし、本書には困った問題がある。それは「誰が神話を言っているのか」についてはソースが不完全であること。こういった批判本にはありがちな欠点である。

神話検証本には、主張者を全く明示しないことを宣言する本もあるが、私は評価しない。確かに、全ての議論で逐一ソースを付与していくのは骨の折れる行為で、誰もが行うべきだとまでは思わない。しかし、論点を設定した学術書なら、行うべきだろう。神話と言うからには、存在を証明しなければならない。

本書について「神話」の主張者をチェックしてみたところ、次のようになった。
これから読まれる方は、対照してみて欲しい。

神話1~7:該当ページ付近にはソースを見つけられず
神話8:「三原則のために国際武器共同開発が出来ない」は遠因に外務省の答弁
神話9:「三原則の例外化は憲法違反」福島瑞穂
神話10~12:該当ページ付近にはソースなし
神話13:「武器輸出は悪だ」は53ページにあるが13ページに社会、公明議員2名、71ページにも類似の懸念が載っている。
神話14:「日本は武器輸出をしたことがない」首藤正彦、犬塚直史
神話15:「世の中に役に立つものが武器であることはおかしい」:ソースなし
※ただし15は三原則というより教条平和主義であり、誰でも反論できる類の神学論争である。
 著者の捻った回答は参考になるが、これが模範的な答え方とは思わない。
神話16:「自動車の輸出であっても軍事利用なら三原則に抵触」:ソースなし
※ただし北朝鮮軍向けトラック輸出に対して社会党が賛成していた事実を指摘
神話17:「軍事用途であれば輸出を禁止するのが三原則」直上に社会党議員の記載あり
神話18,19:対米関係の例外扱いに関する神話だがソースなし。

精読すればソースが見つかる個所はもう少し増えるかもしれない。

上記チェックから、「保守系にも問題発言はある」と言っておきながら、その具体例提示が不十分であると分かる。バイアスと取られても仕方の無い記述である。何故、わざわざこのような自爆を招く問題点設定をしたのか、非常に不可解ですらある。

また、明らかに誤った前提の下に難詰を行っている個所もある。19ページ「原発事故でロボットが活躍できなかったのは日本の軍事研究が大学で忌避されたから」という部分である。

確かに今回の事故で米軍のロボットが投入された事実はあるが、『原子力eye』2011年11月号では、日本の原子力開発の間違いとして「せっかく本誌で1990年年代末にロボット開発を取り上げているのに、成果に結びついてない」旨が指摘されている。

専門誌を読まなくても、ネットを漁ればこのロボットが後継機も作られず2006年頃廃棄された話は何度かニュースになっている。「軍事研究の忌避のため」という説は明白な間違いである。

原発事故で軍用ロボが投入されたのは、すぐに投入出来る実用ロボがそれしかなかったことによる(勿論、原発事故に最適化されたものではない)。一般的な災害現場でのロボット開発・導入、或いは原発定期検査へのロボット導入は震災前から進められており、そういった忌避感で阻害されることも無かった。そういうことを確認せずに勝手な思い入れを書いてしまうのは、問題だ。

【その他】

批判的な点について詳しく述べたが、随所に挿入される小ネタは事欠かない。湾岸戦争で中国の武器輸出に抗議したところ、同国はサウジにも輸出しており「抑止力の一助になった」と反論されるくだりは古典の逸話を読まされている気分にすらなる。小ネタの多くはトピックという小欄に纏まっているが、田英夫が発展途上国から武器の必要性を説かれて困った話など、本文中で紹介されるものもある。

武器輸出や共同開発したいのは理解出来るし、神学論争が阻害要因になったのも事実だろう。原発推進派が今回の原発事故でありもしない神話(※※)を幾つかばら撒いてるが、本書の著者がその轍を踏み、新たな神話を創造するのは如何なものかと思う。

※軍事板書籍・書評スレ44および57 に投稿したものを再編集

※※「原発事故対策を反対派が妨害したため事故が発生した」と言う妄想が典型。実際には、成田闘争のように敷地内にデモ隊が火炎瓶を投げ込むような事態は発生せず、電力会社はやりたい工事を好きに行うことが可能であった。また、近年は有料データベースを図書館経由で利用することで、原発立地点の新聞地方版をチェックすることが簡単に出来るが、原発反対派は廃炉を最終目標にしつつも、次善策として事故対策を申し入れしていたことも報じられている(山本定明『原発防災を考える』桂ブックレット のような書籍化の例もある)。更に、浜通りは原発10基およびほぼ同数の火発が基幹産業であり、全国で最も反対派の芽が摘まれていた地域である。この圧倒的な存在感は、原発2~3基程度を擁する地方電力の立地点と比較しても特異であった。従って実際は、東電事故調以外の全ての事故調が指摘したように、単に推進側の冗漫と自然への油断、度重なる警告の無視が背景にある。

2013年8月17日 (土)

「エジプト人を殺せ」と書いた人物に御注進し、明後日の方向に怒りを向けたことでヘイト黙認を証明した軍事マニア達

昨日の記事に早速反応があったようである。

@ANAPG67@Su27_Flanker 知るかw2013年8月16日 - 20:25

@Su27_Flanker@GALM7P ひどいもんだ。本人に知らせておいたよ。2013年8月16日 - 12:26

@Su27_Flanker@GALM7P だよねぇ…logツイを使って軍クラを監視してるしね…2013年8月16日 - 12:34

問題発言をしなければ良いだけである。彼等の言動を見ていても、数年前の話を持ち出すことがあるが、これはtogetterやtwilogといったツール無しには簡単に出来ないだろう。

@Su27_Flanker @GALM7P そうだね…しかしあんな書かれ方をされたら黙ってられないわ。2013年8月16日 - 12:44

@GALM7P 10時間@Su27_Flanker まったくです。 いつまで経ってもああいうのが居るってのは悲しい事ですね2013年8月16日 - 12:46

@Su27_Flanker@GALM7P あぁ。とりあえず軍クラには伝えようと思う。2013年8月16日 - 12:50

@GALM7P@Su27_Flanker 侮辱は許し難いですし。拡散すべきでしょうね。

侮辱かぁ。エジプト人は?

@Su27_Flanker@GALM7P これは見逃せないので拡散しときます。できたら協力お願いします

で、エジプト人に対する侮辱はどこへいったのだろうか。ヘイトに賛成しないならやることは御注進ではなく批判の筈である。こんな姿勢だから相変わらずなのだ。そして、肝心の当人に対して何ら咎めるツイートが無い。「エジプト人をもっと殺せ」というフレーズは彼等にとって当然の言葉なのだろう。フランカー君、君達みたいな反応をする人間は親ナチだと思うよ。方向がずれてるもの。前回のタイトル「軍事クラスタの@ANAPG67」も彼のプロフィール見てのことだしな。

発端になった彼の議論もヘイトを除いても実に疑問である。彼は「エジプト人はもっと殺し合え」と言っている。つまり、政権が親米か反米か、軍か民間かは関係が無いらしい。全員がテロリスト。こういった発言はかつてシナ事変をネタに「中国人を1億人殺すべきだった」と主張したイナゾウなるコテハンと同レベル以下で、救いようが無い。

あとね、私は左ではない。余り人に喋ったことは無いが選挙ではよく自民党にも入れている。今より軍事的な話題に日が当たらなかった頃は右と見なされ、批判されたこともある。それはともかく、近しいヘイトスピーチの主を咎めてないのだから親ナチを疑うのは当然のことではないだろうか。今回の件だけではない。軍事クラスタが基地問題や原発にしてもやたらと権力主義的な言動が目立つのは、ここ数年、私以外からも多数警告されている筈である。HNすら出せず、軍板のですがスレやらティルトスレやらで「沖縄県民は劣等人種」等々の暴言を書き込んでる奴輩が裾野にいることも同様である。最近は鳴りを潜めたがさほど意味の無い理系称揚も歪んだ科学主義を想起させる。

更に言えば、レッテル張りの手法は軍事マニアが「左翼」「リベラル」「反原発」と認定した集団に対して日頃から常用してきた手法である。人の集るtogetterのコメント欄にはその種のレッテル張りが横行している。しかし、原発一つ取ったところで、そのスタンスは濃淡がある筈だが。そんな彼等が「侮辱された」などと主張しても仲間内とネット右翼の間でしか説得力を持たないだろう。まして、今回の件は濃淡すらなく、TLに流れていた同業の書き込みを黙認だ。

私は軍クラのあるグループの面子とは不定期に付き合いもある(ただし、言動は彼等に合わせているので向こうはこちらが岩見であるということを知らない)。彼等は軍クラのスター達に比べれば穏健な方だが、ネットに書かない場ではむしろ「エジプト人を殺せ」の輩と同じく、親ナチと見なせる意見が一杯出る。皆、体面を気にしてネットに書いてないだけだ。軍クラではないが、それしか言えないので鍵付にして運用されてるアカウント持ちの軍事マニアもいる。コミケで出店していた店主と話していてもその種の本音がちらつくこともある。ある程度大人になっている軍オタならまず卒業している、軍オタ被害者史観も変わらない。所詮そんなもんだろ。

後は例によってお仲間を募って適当に単語調達してtogetter作成を企図か。ワンパターンだな。ご苦労なこった。しかし、軍クラなら類友の黙認は当たり前のことだよね。君達、軍人・官僚による「言い訳のテクノロジー」や日本人の作る組織の伝統(「空気の支配」「村社会化」「奥の院の存在」「タブー」「護送船団方式」等々)にはとっても詳しいしねぇ。真似るのは当然なんだろうね。

2013年8月16日 (金)

エジプトに「もっと殺し合え」と内戦を煽り続けた軍事クラスタの@ANAPG67、そして殺人狂を黙認した仲間の軍事マニア達

8月中盤に入って一層情勢が悪化しているエジプト。8月15日のニュースではデモ隊鎮圧で数百名の死者が出た。当然、軍事に関心のある層は本件も議論となっている。

その中で、軍事クラスタも自称末席まで行くとこ~んな酷くなるのか、という例を見た。

粗撃手(旧:多方面に染まりだした人
@ANAPG67軍事・鉄道・航空クラスタの末席に座るしがない社会人 facebook http://www.facebook.com/profile.php?id=100002013578682 … 巷で言うミリタリクラスタらしい
日本国 東京 Tokyo Japan · twilog.org/ANAPG67

しかし、その言動は、到底社会人とは思えないものである。(魚拓1魚拓2魚拓3

粗撃手(旧:多方面に染まりだした人 ‏@ANAPG67@fussoo_moe @ROCKY_Eto @fukuda326 @BBCBreaking イスラム系だしねぇ。それなりのルートはあると思うよ。まぁ個人的な感想をぶっちゃけるともっと殺れ、殺りあえではあるが 2013年8月14日 - 18:10

@ANAPG67@kizineko07 @fussoo_moe @ROCKY_Eto @fukuda326 @BBCBreaking それに重火器がなければその分人命を溶かすことで戦えるって証明されてるじゃん。イスラム教徒なんて12億以上はいるんだろ? 2013年8月14日 - 18:19

@ANAPG67 @kizineko07 @fussoo_moe @ROCKY_Eto @fukuda326 @BBCBreaking 拉致って薬漬けにすりゃいいだろ。イラクやアフガンでは腐るほどやられた手だ 2013年8月14日 - 18:28

@ANAPG67@kizineko07 は?そんな程度で終わるとかつまらんな。イラクぐらいに混沌としてもらわないと、その、何だ、困る 2013年8月14日 - 18:33

@ANAPG67@hardboiledski45 無いわー戦争は見る分には最高だろ

@ANAPG67エジプトはもっと大混乱して貰いたい。敵の頭数を減らすには向こうが勝手に内戦をやってくれた方が都合がいい2013年8月14日 - 18:36

@ANAPG67@kizineko07 敵は減らせるときに減らさないとダメだろ。なに言ってんだ2013年8月14日 - 18:39

@ANAPG67@hardboiledski45 人命と金の合法的浪費だぜ?これを楽しまないでどうすんの 2013年8月14日 - 18:40

一応確認しておくが、エジプトと日本は現在交戦状態には無い筈で、2011年の政変前後で外交関係も基本は変化なかった筈である。粗撃手(旧:多方面に染まりだした人 こと小林 晟(本人提示のFacebookにて確認済)は一体何処の国の人間なのだろうか。

なお、上記ツイートに出てくる@ROCKY_Etoとは軍事評論家の野木恵一氏である。同氏もかなり酷薄な発言でも知られるが、一連のツイートに対して一切返信は無かった。直前に軍事評論家だった故・江畑謙介氏を偲ぶ会の話や御自身の奥様の死についてツイートしていたことも、関係があるかも知れない。少なくとも、遠くの他人だからと言って、鬼畜と一緒に無意味に侮蔑の言葉を投げつける気にはならなかったのだろう。

以前から思うが、twitterでは「マスゴミ」「リベラル」などの「失言」や「暴言」などに数万、時には10万以上の反応が集まる。その一方で、「失言」や「暴言」を集めて喜んでいる軍事クラスタなどの集団には、正真正銘の鬼畜が混じっていると言うことと、周囲の仲間も何ら咎めずにずるずると放任しているという事実はよく確認しておこう。著名人の場合、読者層にこういう者がいるのを承知で、食べるためか、本心の代弁からか、敢えて黙っているのかもしれないが。そういう扱いは、明らかにアンフェアなものだ。

今回も、この人だけが婉曲に忠告したに留まる。

@atkyoudan @ANAPG67 1日や一ヶ月で万単位で死んだら大変ですね2013年8月15日 - 4:50

@ANAPG67 @atkyoudan そのぐらいじゃないと面白くないです 2013年8月15日 - 4:51

@atkyoudan@ANAPG67 貴方が現在のエジプトやイラクで人間が大勢死んだ方が面白いと思うのも表明するのも自由なのですが、わざわざそれを聞かされて僕はどうしたらいいんでしょうか2013年8月15日 - 4:56

ところで、この屑はこんなものをRTしている。

@ryoko174 「アラブの春」という集団幻想を見ていた人々の関心はおそらくすでに中東にはなく、次なる「美辞麗句」のつまみ食いをしているのでは。 <死者525人に エジプト座り込み強制排除 http://sankei.jp.msn.com/smp/world/news/130815/mds13081519340003-s.htm …
粗撃手(旧:多方面に染まりだした人さんがリツイート

関心があっても、粗撃手(旧:多方面に染まりだした人 のようなアプローチではどうしようもない。こんな屑が、ryoko174の上記発言をRTしているというのは、実に皮肉である。

ryoko174も日頃の寓話じみた物言いは、仮想戦記と現実の区別がついてるのか疑わしいところのある人物だが、多少は体面を取り繕う癖がある。しかし、類は友を呼ぶと考えると、一部の界隈で揶揄されてきたように、本心はこの屑と大差が無いのかもしれない(自らは自由と民主主義の恩恵を受けながら日本国内のリベラル派を声高に腐すことで、稚拙さから悪役に成り果てたエジプト軍への批判へ対抗しようと企図していると思われる)。

パワーポリティクスを方便として、ただただヘイトスピーチを書き連ねる在特会以下の屑のようにはなりたくないものである。

おまけ

当ブログでは恒例の311チェック。この種の手合いは権威に弱く即断の傾向が強い。彼も「馬鹿は黙ってろ」のJSF等に影響されたのだろうか。
http://twilog.org/ANAPG67/date-110312

@ANAPG67んー、まぁ最悪の事態は考えておいた方が良いじゃん?あ、口に出すべきではないか RT @JDSDE214: @ANAPG67 心配スンナ、落ち着け、避難勧告出たら従って退避すればOKだ。>少なくとも役所の警報とNHKの報道を参考にすることを薦める。posted at 14:23:50

@ANAPG67やっぱりそうかー RT @earthquake_jp: 3/12 14:25 原発は「爆発」は起こり得ないとの情報を頂きました。放射線物質の漏れが注意との事。申し訳ありません。posted at 14:27:49

@ANAPG67よくやった RT @sabakuinu: 原子力安全・保安院は、東京電力が政府の措置命令に基づき、福島第1原発1号機の原子炉格納容器から蒸気を外部に放出することに成功したと発表した。格納容器内の気圧は下がったとみられる。posted at 15:39:00

@ANAPG67怖いなぁ・・・ RT @obiekt_JP: 最悪の事態は避けらてましたね… RT @kitapiro: この図で言うところの第4の壁と第5の壁で爆発したみたいですhttp://bit.ly/fSsuko posted at 20:56:10

@ANAPG67もう使えなくなるけど、結構古いからちょうどいいかも RT @akizuki95: 容器を海水で満たす、いい判断。posted at 20:57:10

やはり、安全神話と権威勾配に嵌まり込んでいたか。「ちょうどいい」って何だろうね。意味不明。『八八艦隊物語』1巻の嶋田長官と同じ意味で厄介払いってこと?もひとつ、311当時は普通の人と同じように激励的なツイートをしていたのに、この頃に比べても近日の言動は大幅に精神を害しているように見えるね。また、この時の安否確認ツイートを見ても分かるように、@ANAPG67は軍事クラスタの主要メンバー殆どとつるんでいた人物でもある。今回の「エジプト人をもっと殺せ」という書き込みも、彼等のTLに沢山出ていた筈。軍事クラスタには自衛官、メーカー、原子力技術者等々、肩書きは立派な社会人も数知れず。その彼等が黙認しているということだ。もう少し単純なネット右翼に支持者の多かった田母神事件より害悪が大きい。権威になびく、同調圧力に弱い、肝心な時に大迷惑、ヘイトも黙認、これじゃあ軍事クラスタとか反戦コミュとかやってる連中、全員親ナチ扱いでも構わないんじゃないの?

8/17:指摘受けて文意を通るように修正。「原発支持までナチ扱いした」と捉えている向きがあるが、そのような意味ではなく、オタが陥る権威勾配を確認したものである。

おまけ2

一晩明けてもツイートを見ると相変わらず。「いいじゃないか RT @googlenews_wor: 自動車爆弾で20人死亡=ヒズボラ標的に」「流石ロシアやで。いいぞもっとやれ RT @KokusaiNews24: 産経新聞 - 【海外事件簿】同性愛者に人権なし?ロシアの実態」etc・・・。恐らく、相当以前からこうやって不必要な煽りを続けて恒常化していることが見て取れる。軍事板のですがスレなどで温厚な軍事技術者のTFR氏を挑発していたとされる連中や、東亜の市民運動観測所の住民や軍事板書籍スレで暴れている新参のバカウヨもこの類であろう。それに相槌を打ってる軍事クラスタ連中や自民党ネットサポーターズクラブ会員て、やっぱりナチで新大久保界隈でデモ騒ぎを起こす行動保守と同じ奴輩なんだろうな(しばき隊への異常な敵愾心もこの事実を見ると何故生じたかが理解出来る。単に相手が左翼だから、というだけではノンポリはそこまで反応しない)

おまけ3

表立って、これほど酷い社会人を見たのは、学生時代に就職活動で訪れたMHIの工場で応対役だった、ある技術系若手社員の話を聞かされて以来のことである。工場見学後、F-2戦闘機、最新護衛艦(当時の)や90式戦車の動画を見せられ、何故かこちらも少し誇らしい気分になったところで質疑応答。中国脅威論についてどう思うか訪ねた学生がいた。その若手技術系社員は「へ?ヒャハハハ」と捩れた笑いを返した後「関係が悪化するのは大歓迎。それで我々は飯を食べている。大儲けじゃないか」と言い放った。部屋の空気は凍りつき、上司は渋い顔をした。『風立ちぬ』に「俺達は兵器商人じゃない」という台詞が出てくるが、これは監督の精一杯の弁護であろう。彼も作中の堀越氏とそう変わらぬ年齢だったが、現実はこんなもので、昨今閲覧禁止で話題の『はだしのゲン』に出てきた武器商人の方がリアリティがある。

おまけ4

はてなの方で一般社会でツイートいただいた。ありがとうございます。お越しになられた読者の皆様、こちらの「高木仁三郎が生きていたら推進派はやっぱりボコボコにしたと思うよ」も御笑覧ください。

【書評】『イラク大量破壊兵器査察の真実』~そして、見て見ぬ振りを続ける軍オタとネット右翼~

ハンス・ブリクス『イラク大量破壊兵器査察の真実』DHC,2004年

著者はイラク戦争前にイラクの査察を担当していた、国連の大量破壊兵器査察団(UNMOVIC)の団長を務めた人物。ちなみに1981年から1997年まで16年もIAEAの事務局長を務めている。

友清裕昭『プルトニウム』(講談社ブルーバックス)でも査察を扱った項の最後に登場している人物だ。核査察に関しての当事者本の著者としては、これ以上ない人選と言える。

先に挙げた『プルトニウム』が良い例だが、1990年代には核査察本ブームがあり、原子力関連専門雑誌でも特集が組まれたりした。ただしそれらは、1990年代時点の状況を扱っているため、イラク問題を受けて作られた追加議定書を扱うにも、UNSCOMの査察を総括するにも、後世の視点から見直すとまだ早すぎた感がある。当時は査察の他に、大量破壊兵器開発を制約するためのキャッチオール規制も、未整備だったしね。

一方、核不拡散関連の制度解説本、レポート、白書は多々あり、2000年代以降の状況を知ることはできる。査察の有効性について考察した研究もある。

しかし、本書の価値は「査察を実際に不穏な国に実施した際の記録」であるという点にある。マニュアル的な本とはそこが違い、記述に血が通ってくるわけだ。その意味では、本書のような本こそ、「詳細な」査察記録と言える。

自称「書評家」が「○○が無い」と嘆いてる場合、経験上その書評家自身に問題があることが多いが、実際には日本という国は、こういった分野でも、文献を「最低限」揃えて世間に問うことは上手く、読む側にも情報収集という点でのリテラシーが問われる。

ブリクス氏は元々、IAEAを退職した頃から本を書きたいと考えていたものらしく、また、話の流れから、序盤70ページほどは1990年代の査察活動(国連はそのためにUNSCOMという組織を作った)に当てられている。これが本書で主として扱う査察の背景をなす。

冒頭では1980年のオシラク空爆に対するIAEAの姿勢も触れており、『プルトニウム』で著者が述べていた。「警察官ではない」という言葉には、歴史的な含みがある引用であったことが分かる。

この冒頭二章が個人的には興味深かった。

UNSCOMはIAEAと組み、査察活動を実施し、初期を中心に大きな成果を挙げたそうだ。良く指摘される空間サンプリングの重要性の話だが、これは書かれていた記憶がない。重要なのは核開発を目論んでいた機材、文書を押さえることとされていたそうだ。また、UNSCOMは列強の情報機関と近すぎたため、中立性を損なったと90年代末に猛烈に批判され、UNSCOMの解体につながったという。実際、査察情報を提供する見返り目当てに接近してきた機関があり、143頁にはUNMOVICにも似たような情報共有の要望が出されていたことが書かれている(著者は拒否している)。

三章からはイラク戦争前のUNMOVICによる査察の話にスライドしていく。人選、機材の手配での苦労や工夫など、この辺は小ネタにも事欠かない。果ては国連の機関が投宿したホテルが特需に沸いていたとか、観察記としても面白い。

また、会った元首クラスの人物の発言と主張から、思考を推量する過程も興味深いものがある。個人的には、シラクの慧眼は光るものがあったと思う。この件では情報機関を正しく活用できたようだ。

だが、査察と戦争を総括した最終章を除いて、本の後ろ半分(目分量)位は2003年年明け以降の記述。査察の準備を始めたのは2002年の春頃だったので、後ろに行くほど時間の進みが遅くなる構成だ。私はそれほどイラク戦争の開戦経緯にこなれた知識を持ってないので、似たような交渉と査察活動の報告が延々と繰り返されるのを読んでると疲れてくる。

その査察活動だが、イラク戦争で大した根拠もなくアメリカに肩入れを続けた者達には苦い記述が続く。

査察団の結果に正面から疑問を呈したのはアメリカ只1国だけ(P318)
一国の政府から史上初めて向けられた根拠のない批判(P331)等。
この一国がイラクのことではないのは、言うまでもない。

結論はシンプル。湾岸戦争以降の査察活動は極めて有効であり、イラクの大量破壊兵器開発能力は完全に抑制されていた、というもの。UNMOVICの活動を見ていると、一部の例外(274ページのミサイルの廃棄など)を除き、屋上屋を重ねる感が伝わってくるものであり、127ページには、1994年以降は文書しか見つかっていない旨の指摘がなされている。つまり、UNSCOMと組んだ初期の査察が殆どの成果を挙げていたのであろう。

本編以外で気づいた点。

【1】
260ページから2003年2月の安保理会合の様子が書かれている。理事国の外相達が直接討論したそうで、日頃は大使に指示を出して大使達は演説原稿の確認をするのだそうだが、この日は指示者自身が討論したため、各国の政策の流れこそ逸脱してないものの、その場で原稿に頼らない発言が交わされたという。逆に言えば、外国でも官僚制のくびきがあることが分かる。

【2】
274ページから数ページ続くアルムードミサイルの廃棄の描写。イラク側は様子を撮影して公開しないように希望し、そのように取り計らったのだという。理由は、イラク側は自主開発にプライドを持っており、要は壊されるのが忍びなかったのだそうだ。イラクの技術レベルが高いとも思えないが、軍事機密の点から言い分には不審点も残るが、ある意味では、万事仰々しく押し付ける姿勢が、結局はマイナスに繋がっているとも言える。何、日常でも良く目にする光景だ。

【3】
また、『戦争報道の内幕』を読んだ方なら自然に理解できるだろうが、マスコミの信用に疑問が投げかけられてるのは洋の東西を問わないようだ。我が国の西洋かぶれがクオリティペーパー扱いしたがるNYTだのWPだのが、発言を捏造したり、観測目当てのいい加減な記事を書いていたことが批判的に挙げられている。著者も何度か標的になったほか、何度も会談相手となったライス氏も報道被害にあった旨、紹介されている(284ページ)。ただし、ライス氏も回顧録を著しているので、彼女の側からブリクス氏がどのように見えていたかは興味深いところである。

【4】
また、90年代の査察にかかわった人物でも、デビッド・ケイという査察官の描写からはやや功名心のある人物像が感じられた。アメリカ人だからか、主張は米国よりで終始著者を批判(中傷に近い)したという。

【親米が過ぎて大失敗、その後は見て見ぬ振りを続ける軍オタとネット右翼】

また、興味深いのは、ネット上でイラク戦争を親米よりの立場から擁護し続けた消印所沢管理の「軍事板常見問題」が、戦争終結から10年以上経つ今に至るまで、本書の存在に一切触れていないことである。「軍事板常見問題」はイラク戦争当時、批判できる相手が教条的な左翼以外は小林よしのり位しか残らなかったせいで、戦争の展開を恣意的にトレース。日頃嫌っている(筈の)右翼雑誌の『Will』まで動員して、異様に自己正当化と「珍説」批判ばかりを充実させた奇妙なサイトで一部では「珍米」と蔑称されている。本書は、そのようなサイトを見ているだけでは決して分からない事実を教えてくれる。

消印所沢や常見問題に収録された書き込みの多くは、ドヤ顔で唾飛ばしながら「パワーポリティックスだ!何が悪い!」と喚いて自分が大統領にでもなったかのような態度をとる。そうやって自らを権力者になぞらえ、ヘイトスピーチを織り交ぜることが目的のクズである。確かに戦争そのものはパワーポリティックスの性格が強いものだ。しかし、大量破壊兵器の有無が最終的にブッシュ政権(2期)の命取りとなったように、大国であってさえ、戦争を行うには大義が必要なのが現実。ブッシュ政権は開戦→フセイン打倒には成功したものの、結果としてその確保に失敗し、新生イラクで不必要に国家のリソースを濫費した。加えてイラク国民に対し無用な差別と殺生を重ね、過激派があれだけ陰惨なテロを重ねたにも拘らず、戦後日本のように大衆レベ ルで米国への磐石な支持を取り付けることは出来なかった。軍オタが好んでやまない江畑謙介も『情報と国家』などでこの時の対応を批判的に総括した。春名幹男は講演でブッシュを馬鹿と言った。それが現実である。

そして、大量破壊兵器の有無を国連/IAEAの立場から批判的に検証した本書は、開戦前に米のヒラメと化して「ある」と言い張っていた軍オタ達にとって非常に都合が悪い。更に都合が悪いのは、核拡散問題や日本の核武装問題を論じる際、消印所沢などに影響された軍オタ達が、IAEAを錦の御旗・印籠として、これまた嘲笑や罵声を交えて使い続けたことである。軍オタと書いたが、これは親米保守層全般に共通する傾向でもある。同じイラク大量破壊兵器査察問題で査察官であったスコット・リッターがブッシュ政権を批判した際は、彼自身の甘さもあり、イラク人の映画制作費寄付の件を以って第五列だと言い張ることで問題を回避しようとした(なお、大量破壊兵器そのものについてはスコット・リッターの主張は概略正しかった)。

しかし、ハ ンス・ブリクスの場合、そのような問題はこの書評時点で報じられていないし、対象の権威の大きさと自分達の過去の行いから、そう簡単にはいかないだろう。スコット・リッターと違い米国人でもない。 恐らく消印所沢のようなあきらめの悪い軍オタ達は、ブリクス氏が不祥事を起こす(もしくは嵌められる)のを祈念しているのであろう。彼等が本書を批評するのは自分達に好都合な状況が出来した時である。そういうネット上での活動を軍オタは「情報戦」だと思い込んでいる。言い換えれば、軍オタ達の主張する「情報戦」というのはその程度の価値しか持たないことが間々ある。所詮床屋政談の言葉遊びを仰々しくしただけの、自己弁護活動である。

今でも軍事板の書籍スレなどを見るとイラク(およびアフガン)での米英軍を英雄のように書き散らす戦記は相変わらず人気がある。最新兵器の誇示も相変わらずである。軍事的にそうした情報のトレースに意義があることまでは否定しない。しかし彼等がそういった活動に執心する裏には、ある種の精神的逃避が働いていると思われる。弁慶様でも、多少の思考はあるのだろう。

色々書いたが、イラク戦争の横顔を眺めるのに使っても良し、過去の紛争や査察の研究に役立てても良しと、600円(送料込)でコレクター品を入手したにしては十二分に読み応えのある本だった。

今のIAEA事務局長は日本語を母語にしている。退職後、ブリクス氏のような、忌憚のない回顧録を期待したい。

※本記事は軍事板書籍・書評スレ44に投稿したものを再編集した。

※※10年前大量破壊兵器を口実に戦争を煽った輩は徳川埋蔵金の如く出てくるのをあきらめずに待っているのだろうか、とも思ったが、真剣に探してる風でもない。やはりネット上の罵倒合戦に勝つために不都合を黙ってるだけだろう。もしどこかに隠匿されていたとしても、フセインに代わって10年以上イラクを支配していた米軍・諸勢力が存在を確認できなかったという事実は残るのだが。使えないオーパーツなんて無いのと同じでしょ。劣化していれば産廃より性質悪そうだしね。

※※※2014/10/15:イラクに化学兵器5000発=04~11年、駐留米兵ら相次ぎ負傷-NYタイムズ

上記のように使用不能状態で遺棄されている化学弾頭がみつかっていたそうな。となると、本書の結論として「無い」としていた結果は否定される。5000発は流石に遺漏が多すぎる。

当然抱く疑問として「どうしてあると分かったのに米軍は公表しなかったのか」だが、報道では「安保理決議以前に製造された使用に堪えない兵器の発見が、侵攻の根拠を一層薄弱にする恐れがあると判断した可能性」なのだそうだ。これだけだとさほどの意味はない、というか解釈によってはより悪質な判断をしたってことになる。

国連が隠匿して米軍も圧力に屈した位の力関係が成立しないと大逆転はありえないよなぁ。当時のネオコンは勢いもあったし。もし、ISが再使用に耐える状態まで戻したら、技術的には意味があるが、あの惨憺たるイラク統治を正当化出来るとは思えず。

これから勘違いした軍クラのいっちょ噛みやら大検取とうそぶいてIS応援団に成り果てたニートがまたドヤ顔するのか。やれやれだね。

2013年8月15日 (木)

物事の時系列も理解出来ずに生半可な批判を重ねる岩見スレ住民の本質的無能性

最悪板に立っている私のスレッドを見てみたら、馬鹿な書き込みがあった。基本的にゲスの集まりを自認する連中により、馬鹿な書き込みで溢れてるスレッドだが、今回取上げてみることにする。

844 :最低人類0号 :2013/08/14(水) 19:02:03.77 ID:T8iU3DCH0
>たとえば「セイロン沖海戦」とかの項だと
>最新版と比較したら
>Iが書いた部分が殆ど書き直されてて笑える 

セイロン沖海戦で私が編集したのは2008年3月。 その後の加筆の殆どはアジ歴にも強いこぐ氏が発奮していた時期のもの。 そもそも、記事サイズ自体、2008年の5割増しになってるのだがw しかも話の流れの骨格は殆ど変わってないしね。あの頃はまだ結構脇が甘く失敗も多かったのは事実だが、一部のコアな書き手さん(垢持ち以外にも居る)以外は余り良い加筆が無いのが軍事関連記事である。これは今でも変わらない傾向(軍クラとも絡みある人で言えば、Panda51氏などは良い書き手に該当するだろう)。そう言えば、清谷信一の記事で罵詈雑言を加筆し、その後よりによって保守系垢の準学士氏から叱責され、逃亡したのがうぃへるむわっかっかだったな。防研を自称してるそうだが、あんな幼稚なのが中の人かと思うと、先が思いやられるばかりだ。へぼ担当と同じで普段の文章も読めたものではない。はっきり言って下手糞の一語に尽きる。それでソース2つどころか1つ持ってこれないのだからどうしようもない。

大体、その後の加筆で主に参照されてる 『主力艦隊シンガポールへ―日本勝利の記録 プリンス・オブ・ウエルスの最期』 (日本語版)は2008年の8月出版。8月に出た本をその年の3月に反映出来なければ、軍オタ失格らしい(苦笑)。うん、君たちと違ってね、タイムリープは出来ないの。そこまで深く掘る気は無かった案件だしな。

こんなことも書いている。

848 :最低人類0号 :2013/08/15(木) 19:04:19.59 ID:7kwv03V+0
規制解除されて久々にきた
こいつブログやってたんか、と面白半分で見に行った
全然軍オタ要素がないみたいなんですが

このブログは軍オタ色を薄めており、軍オタのマイナス面を批判しているのだから、当然である。軍板などとは話題そのものをずらしているのが、読んで理解出来ないのだろうか。ここは軍事板でも軍事関連記事でもなく、私の日記帳である。「オタク的に一緒に盛り上がるようなエントリを次々とアップ」などと言うことは、当面考えていない。そもそも、岩見スレの住人は、「軍オタとして~」といった奇妙な主張を繰り返しているが、軍オタなるものに対して、自惚れでも持ってるのではないだろうか。私は前から書籍スレで「敢えて」オタとしては大したこと無いみたいに書いてるのにな。その意味が十分には分かってないようで。あと10年前に読んだ本の感想とかそうそう投下する気にならないってのもある。

そして、偉そうなことを口にする前に、一部の書き込み以外は相変わらず駄文と煽りしかない書評スレをどうにかしたらどうなのかそれが岩見スレのアホ共に出来ないのは、軍事関連書籍など、日頃から殆ど読んでない何よりの証拠だと思うのだが(笑)

@atkyoudan軍オタとか普通にイメージ悪いので歴オタと言っておくのが賢いと思ったが歴オタも歴オタでという気もするな?2013年8月14日 - 3:54

@atkyoudan信じられないが本当だスレなんてソース誰もつけないでデタラメ流布してきただけのクソスレだろ2013年8月14日 - 13:08

@atkyoudan他人の誤った知識やデマの類にまるで被害でも受けてるかのような言いぶりで文句つける軍オタとかいるけど、イタリア軍パスタとかゼークトの組織論とか典拠を気にしない軍オタがドヤ顔で広めてきたデタラメなんかいくらでもあるじゃんね2013年8月14日 - 13:11

ま、↑が真実じゃないかな。「軍オタとか普通にイメージ悪い」のであんまり使いでのある肩書きじゃないんだよね。特に2011年に纏まった失敗をやらかしてからは。艦これブーム来たら、JSFみたいな苛めの常連が素人にちょっかい出さないよう皆気使ってる位。一方で裾野が広がれば希少性も無くなる。昔からだが、就職が有利とか言うことも無い。むしろ実社会で軍需企業とか行ったら、コミュ力不足とか判定されて一部軍事クラスタの面々みたいに休職、依願、大学院に逃亡がオチだろうねぇ(ま、院逃亡はうらやましくもある。ウチにも道路計画に引っかかった500万位の山林でもあればなぁ)。ZII氏のような政党への犯罪行為など論外だ。

964 :ZII ◆RPvijAGt7k :2013/03/27(水) 03:09:19.86 ID:???
民主党があのまま政権に付いていたら、黙って実力行使するつもりでしたが何か?松崎哲久入間事件の時は、民主党札幌市澄川支部に「てめぇ燃やすぞ」の留守電入れたのは私ですがそれが何か?
犯罪団体を脅迫して何が悪い。私の言動は一切間違ってない。

軍オタ=厄介な右翼思想屋というロクでもない裾野を持ってることを、あの一件が如実に示してしまった(可哀相なのとワタミや維新、池田教に入れるのが癪だったので、彼の代わりに参院選では比例で入れてあげました★)。最近の麻生発言擁護を例にしても良いだろう。文脈や聴衆の反応もそうだったが、何故ナチを引き合いに出す必要があるのか全く理解できないにも拘らず、ネット右翼と一緒になって弁護に駆けずり回っていたのが軍オタたちである。

更にお笑いなのは、セイロン沖海戦という、叢書以外はそれほど使い物になる文献も多くない分野で、連中が何も文献を提示できないこと。(ミッドウェイやマリアナなどの有名どころなら、忽ち2~30冊集める事位、訳はなかったろう。)東亜や観測所上りのネット右翼の情弱振りは、相変わらずだな。

書籍・書評スレやwikiスレであんなことを書いたら、只の恥でしかない。

あの時点では歴史群像の三木原氏の記事(※)を投入しても良かったが、仕事忙しくなって時間無いんでやめたんだよね。

それと、セイロン沖海戦だが

>仮にセイロン島が日本軍の手に落ちた場合、インド洋の交通網が遮断され、中東の連合国軍補給ルートの遮断、スエズ運河の陥落、アフリカにおける枢軸国軍の勝利が現実のものとなる可能性が高かった

Wikiであるからそれを「見解のひとつ」として紹介するのは悪いことじゃない。しかしこの『主力艦隊シンガポールへ』から参照された主張、現実の帝国海軍と比較するとアッズ太郎の戯言だよなぁ。『砂塵燃ゆ』じゃあるまいし。ラッセル グレンフェル氏は他の点はどうか知らないけど、こんな認識ならある意味土足と同レベル。連合軍の視点から戦中を回顧した文物の中には、このように日本の兵站・国力を過大に見積もったものがまま見られる。なお、私は太平洋正面をがら空きにするB作戦には否定的である。出来てもインド洋東部での通商破壊を強めて終わりだろう。岩見スレの住民は馬鹿なネット右翼なので、アッズ太郎か土足なのだろう。

※「第三の海洋に交錯した日英それぞれの戦略 インド洋作戦」『歴史群像』
 ↑巻号?自分で探してくださいな。Ciniiには収録して無いけどね。仮想戦記じゃなくて真っ当な歴史評論記事だよ。

2013年8月14日 (水)

震災当日、原発について暴言を吐いていたのはJSFだけだったのか-f_zebra氏編

前回の記事でこう書いた。

「第一、Zebra氏にせよへぼ担当にせよ、311の当日にコロラド氏のような対応が出来ていたのだろうか。」

そこで事故当時の記録が残っているZebra氏について調査した。

http://twilog.org/f_zebra/date-110312

 

事故当日に意気揚揚と安全神話をばら撒き「パニック」をたしなめる・・・zebraさんも同じ穴の狢だったようですね。というか、これやらかしてなお自分の業界擁護するって人間の屑ですね。「状況がよく分からないけど容器は無事だからメディアは信じないように」って一体何様のつもりなんだろうな。後は何時もの公式情報妄信。その後、結局メルトスルーしたよね。テメェ自身は水素爆発も理解してなかった癖に、事故後になってから、プロだの何だのと説法重ねてたのかよ。

Zebra氏は安易な身贔屓が過ぎるのではないか。

前回井上リサ氏のツイートについて評したが、その過程で出てきたZebraというゼネコン業界上がりの人物がおり、こんなことを書いていた。

@f_zebra@nyyuka @seki 今時、ゼネコンから政治家へのキックバックなんてありません。工事の規模は魅力的でしょうが、鹿島にとってもリスクのある工事です。

そりゃまぁ、仮にあったとしてそんな話をおおっぴらにして歩く業界人は居ないだろうよ。問題は彼の言う「今時」が何時頃を指すのか、である。

実際には90年代一杯位まで、ゼネコン汚職は日本では一般的に見られたことであり、国会議員レベルへの波及もよくあったことだ。いやいや、2000年に入ってからも、森政権で建設大臣の首が1つ飛び、後任の扇千影大臣はマイナスイメージの払拭に必死だった。90年代半ばの日経コンストラクションで業界人への調査を実施したことがあったが、表に出せない自社関連の収賄について知っていると回答した者が30%だか50%ほども居た(巻号は忘れてしまったが、昔話を聞いてバックナンバーを読んだ覚えがある)。その位当たり前だったのであり、今大手、準大手と呼ばれる建設企業群は皆その時代に地歩を固めてきたのである。金持ちになってから奇麗事言ってもなぁ。

勿論、戦後の日本建設業は技術開発にも努力してきたが、華やかなイメージだけで全てを語れるものではない。Zebra氏は敢えて省いたのだろうが、典型的多重下請構造を持つ業界でもあり、下に投げる過程で面倒も一緒に投げ込まれる傾向があるという話は昔から問題視されてきたこと。勿論、2000年代以降は過去の反省の上に徐々に法制度の縛りがきつくなったとか、談合や献金のメリットが薄れたと言ったことはあるだろう。だが、名前を聞けば誰でも知っているような大手クラスですら、たかだか10年ほど前まで旧来的な因習にまみれていた業界である。建設業界上がりと公言する者が優等生的な回答をしても、逆効果でしかない。上から目線でのツイートなど、論外である。自分が働いてきた業界の名を出して提灯持つなら、勤務先出してみろと。それが出来なければ、所詮肩書き自慢の輩であろう。

※以前から方々で書いていることだが、私は自分の働く業界-原発ではないが-について明らかにしたことはないし、わざわざ一緒に働いた訳でもない同業の弁護をして先方に無駄な手間をかける必要も無い。勿論、尊敬すべき人とかは普通にいますよ。無闇に出さないだけのことで。何故彼等がそういうことをしようとするのか、あの自己顕示欲は不思議でならない。

また、Zebra氏の発言は福島第一の汚染水対策を議論する過程でツイートされたものだが、これは幾つかの点で間が悪い。

前福島県知事の有罪確定へ ダム工事めぐる汚職事件
2012.10.16 19:02

この汚職事件で2006年に福島県の知事が変わっている。失職した元知事、佐藤栄佐久の著書では自身は常に悲劇のヒーローとして描かれているが、実際には、原発に対して書生論的な問題提起を行う一方で、東電の金策には無関心だった人物である。『政経東北』など地元マスコミでは、昔から土建屋を含めて政治資金集めが上手いことが問題視されていた政治家でもある。

こうなると「今どき」などと簡単に切り捨てられるような話でもない。建設業と言う仕事はZebra氏の諸先輩が築いた「実績」のために、贈収賄に関してはたかだか数年で信用を回復できるレベルには到底至っていないと言えるだろう。技術もあるが、応分のアクもある、といったところだろう。

しかも、東電がそんな福島や佐藤栄佐久元知事に対して行ってきたことも褒められたものではない。電源三法が施行されたのは昭和40年代の末だが、それまでは地元への金は東電が直接億単位の寄付を重ねていた(例:『開発論集』第30号 北海道学園大1981年03月)。電源三法が出来た後も、毎年街路灯やら学校の調度品やらを寄贈することでアピールを図っていた。地元紙や自治体広報誌には全部載ってる話。原発増設やプルサーマルをやりたいためにJビレッジを寄付した話は特に有名。130億円だったか。そういう経緯が無ければ簡単に接収して事故対応の飯場に出来る筈も無い。原子力の仕事にも関わってきたらしいZebra氏がその話を知らないとは到底思えない。あと推進派がその話をすることって殆ど無いよね。あれって新手の言霊フィールド試験ですか。

一連の下らない寄付や交付金、税収等を少しでも意味のある津波対策に振り向けていれば、こんなことは起きなかっただろうな。電源車やポンプ、配電盤の予備なぞ、殆どが精々単価数億、物によっては数千万のオーダーだろう(M/C完全移設とか高台に大容量ガスタービン建屋とかはもう少し桁が上がるかも知れない)。建屋の水密化工事やD/G用のシュノケール追加工事だって要所に絞って行えばそれ程の金ではない。政府事故調委員が事故調解散後に出版した書籍などでもそういった海外の事例などが触れられている。

そうは言っても、過去の「政治家への贈収賄」に関して弁護出来る点もある。特に、鹿島建設。今回の凍結工法を受注するとされているが、元は1号機から6号機まで原子炉建屋の受注を独占したことでも有名だった。だが、政治家への献金によるものではない。1号機の時は敦賀で竹中に先を越されたこともあり、鹿島は焦っていたが、GE相手には日本流の談合や調整は通用しなかったからである。鹿島が突破口としたのは会長である鹿島守之助による「赤字でも落とせ」の一言。ここまでは純粋なプロジェクトX的な美談だが、献金ではないと思われる理由はその努力だけが根拠ではない。贈収賄について多少弁護出来る根拠は、鹿島守之助自身が自民党の参議院議員で、法学博士且つ外交史研究家だったからである。ま、渡邊美樹みたいなもんだな。政商。自分で直接ロビー活動出来るのだから、誰かに献金する前から他社より政治的アドバンテージがあるのは当然である。しかもこのおっさん、西ドイツに憧れて核武装夢見てたなぁ。あの赤字受注、他社から散々な評判だったみたいだね。

@f_zebraこれまでどの程度に汚染された水がどの程度の量漏れていたのか、今後対策が功を奏して流出量が減るのか、それとも裏目に出て逆に増えるのか、いずれにせよ正確な流出量をプラント側(陸側)から推定することは困難だ。海域のモニタリングを地道に継続するしかない。

その言葉は、是非石井孝明氏のような原発に好意的なマスコミ人にアピールするべきだろう。専門家たるZebra氏がまだ定量評価を「困難だ」と言っているのに、石井氏は早くも安全だと決めてかかりつつある(これの後半とかこれ)。正常な原子力の発展を図りたければ、そのような安易なツイートの乱発には釘を刺す必要がある。その上で時の経過を待ち、本当に止水出来れば後は減るだけなのだから一安心といったところか(あくまで一般論だが)。ま、味方を潰したくないから言えないのかも知れないがな。

コロラドさん、へぼ担当氏が何者か知らなかったんだな。知ったかぶりも相手を間違うと滑稽でしかない。@hebotanto さんの「2010/11/13 とある科学のレ…じゃなかった北朝鮮軽水炉談義」をお気に入りにしました。 http://togetter.com/li/68651

いや?今じゃ知ってる人は多いと思うよ。最近このかた1Wも送電出来てないのに「発電所」とか称してるガラクタに勤務する自称電力会社の原子力部門社員でしょ?(軍事板常見問題その他で見た)。ネット上で方々に無駄な喧嘩を売って回る迷惑集団、軍事クラスタの一員でもある。へぼ担当って、他人に自慢してるその知識、どうやって手に入れることが出来たのか全く理解できてないんだっけ。その知識は大学や電力会社がへぼ担当に仕事をさせるために教育で下賜したものだよな。特に入社後はさぞ実務的な内容だったろうよ。しかし、主語を省いて読みにくい文ツイートするために与えたものではないわな。ついでに言えば、機微情報とやらを教育したのも、「私は機微情報を知ってるが言えません!」なんて下らない下心丸出しのためじゃぁない(機微情報だろうが社秘だろうが言えないなら最初からそんな話をする必要が無い。つまり只機微情報にアクセスできると言う自慢話である)。もっとも、へぼ担当自身は一生涯理解できそうに無いようだが。昔はmixiでもご立派な説教を垂れてたが、311以降お仲間の業界人と一緒にばっくれたんだってな。

そんなことばっかやって「津波が来ても大丈夫なのは確認済み」「シビアアクシデントも大丈夫」なんて豪語したのがへぼ担当。その結果があれではなぁ(核爆)。とぉっても難しい原子力の何ちゃら理論の理解度なんてどうだっていいんだよ。地球規模で大迷惑撒き散らした後にまだそんなことに承認欲求求めてるから冷笑されてんだろ。

第一、Zebra氏にせよへぼ担当にせよ、311の当日にコロラド氏のような対応が出来ていたのだろうか。

http://twilog.org/BB45_Colorado/date-110311
http://twilog.org/BB45_Colorado/date-110312

@BB45_Colorado現在の情報では、福島第一はLOCAに至る恐れあり。非常用発電機が起動しないというのはかなりやっかいな状態。posted at 17:51:25

へぼ担当は職務を言い訳に出来るからいいだろうけど、とっても疑問なんだけどね。

2013年8月12日 (月)

永久に「弾圧される側」を演じていたいのは原発推進側ではないのか

井上リサ氏のツイートを見ていてそんなことを思った。

氏は再稼動には積極的な立場で、過去のtogetterにも推進側的な立場でしばしば登場している。

f_zebraさんの、想定津波高から始まるリスクとコストについての話

その井上リサ氏が最近、こんなことを書いていた。

井上リサ LISA Inoue ‏@JPN_LISA
「原子力発電所を再稼働できないのは反原発のせい」「停電したら反原発のせい」という意見を時々目にする事があるが,これは少し違うんじゃないかな。今までだって,例えば増税,消費税などがそうだが,必要とされる事は反対する人がいても施行されてきた。人気を気にする安倍内閣がヘタれなんだよ。2013年8月10日 - 20:38


井上リサ LISA Inoue ‏@JPN_LISA
一番の原因はそこですが,昨年12月に政権交代したわけで,その時に規制委員の更迭,規制庁の組織改革も出来たし,夏場の電力供給に向けて再稼働の準備もできたはずです。 RT @satontwitt: なんの法的根拠もなく、原子力発電所を止めさせた元首相の責任が一番重いと思いますが。2013年8月10日 - 20:42


井上リサ LISA Inoue ‏@JPN_LISA
これは政権与党の責任ですから,野党から攻められても仕方ないです。経済産業大臣も震災とは関係の無い原電立地地域への経済・観光支援については消極的だし,とにかく与党なのに他人事ですよ。 RT @t_unchiku: でも野党がこれ幸いと責める姿が目に浮かびます(´д`;)2013年8月10日 - 20:45

これは当然だろう。推進派の活動は仮想敵たるステレオタイプな市民運動家やマスコミ、左翼の裏返しなのだから、その手法も左翼のそれと裏返しとなる。ネット上で大活躍するにはまず自分達が虐げられていることを「証明」する材料が必要である。政権交代後の今年に入っても民主党に執心し続けたのが何よりの証拠である。再稼動や推進に繋がる材料(ニュース)は不定期に少しづつ与えられていれば良い。現実的にも、漸進的に進むと考えるのは自然だろう。PAのような紙切れや口舌だけでは世論は納得しないしプロの中にもなびかない者が残るだろう。なびくのは口舌を生業としてるネット上の活動家やカミーユビダンが典型だが、匿名で威勢の良いことを口にする反面、実社会では原発メーカーからドロップアウトしたような者だけだろう。

彼等は問題を全面的かつ早急に解決する策(=即時全面再稼動)があるかのような態度を取るが、それが成就すると#原発と言う猟場に居る理由が無くなるのである。推進派の多くは麻生手口発言を擁護するなどナチとの親和性も高い。日頃の姿勢も日本から原発推進以外の意見を根絶やしにするかのような、出来そうも無い目標を掲げているかのように攻撃的だが、ああいう態度を取っているのは、そうすれば猟場を維持する名分が立つからではなかろうか。

震災で脆弱性を露呈した津波対策の土木工事、規制委が策定した新安全基準を満たすための追加工事、広域化した避難計画の策定、いずれも実作業に年単位のリードタイムが必要である。推進派が持っている本当に有効な「タマ」はそれだけであり、理解していれば日々あのような無駄な書き込みをする筈も無い(端的に言えばAtkyoudan氏程度のスタンスに収まる)。

だが、ネット上の活動家達は敢えて見てみぬ振りをしているのが実情である。殆ど何の実効策も取る余裕が無かった2011年春に民主党を難詰し、九電やらせメール事件前から態度に何の変化も無かったのが良い証拠だ。浜岡の津波対策を例にしても良いだろう。震災後中部電力は防波壁を12m→15m→18m→22mと段階的に嵩上げし続けたが、こうなるとその数値の妥当性に疑問が涌くのが自然な思考。しかし、推進派は12mの時も18mの時も、その態度はさして変化は無かった。実際は原発の安全性に不信感を抱いた世論、反対派、それに呼応した(海軍左派ならぬ)社内左派の具申により対策が拡充されたのは自明であり、世論が推進派のように震災前と変わらぬものだったら、ゼロ回答で何も引き出せなかったろう。社外の無能推進派に至っては事故で原発を戦列から脱落させる土壌を造っただけ。以後、実際面での寄与はゼロ。プレスリリースが無ければ彼等は何も出来ないし、池田信夫氏に至っては「馬鹿の壁」とまで書いている。その一方でひとたびリリースが出れば盲目的に追従する。正に電力会社様様だ。ネットが生きがい、千載一遇の売名の場、人により様々だが権威権力に擦り寄る社会のゴミ達もそれぞれ抜け出せない事情を抱えている。これでは、地についたR&Dも行わず、コスト面で大した実力値も出せてない内から多額の予算を投じてまで強引に普及させようとした自然エネルギー信者と大差が無い。

上記の書き込みに対しても日の丸を振ってれば全てが解決すると考えていそうな取り巻きが目を吊り上げてリプライをしている様子が見て取れる。氏の今後には注目だろう。あれ以上不都合なツイートを重ねた場合、従来のフォロワーからは「裏切り者」「所詮マスゴミ」のレッテルを貼られるのではないだろうか。少し物が見えるならばフォロワーの傾向は理解しているだろうから、後は信者共の操縦如何となる。ゴミとして捨てるか、それとも立ち位置をずらして徐々にフェードアウトするか、PA師として実績を積むため軌道修正するか、ここからが正念場だと予測されるのである。

ちなみに、冒頭の井上氏の例示についても一言加えておこう。「停電したら反原発のせい」これは明らかにそんな推進派がおかしいだろう。大停電が発生するとすれば、安全のための実効策に僅かなコストも惜しみ、危機感も持たず、過去の設計思想を不磨の大典のように仰ぎ、言い訳の技術を磨くことに汲々してきた震災前数十年の推進派の責がまず問われなければならないからである。原発で国内の電力の3割を担っていたと言うことは、それ相応の責任が伴う。各事故調や推進寄りの研究者でも、同業他社や国外の事例と比較しているのはそのためである。冒頭のまとめにあるZebraのようないい加減な人物がゼネコンの技術部門を牛耳っている限り、不信は解消されないものと考える(「対策のコスト」という抽象的な概念に逃げて、個別の金額に触れないのがあの詐術のミソであろう。津波と言うと100億オーダーの防潮堤ばかりが目立つが、実際には安価で有効度の高い施策も種々存在している。安価なものは早急に手をつけては、というのは私でも思いつく程度のことだが、口舌の徒からそのような思考は消えている)。推進派の関係者って、事故前から思い上がりが激しかったからね。誰が何を言っても馬耳東風みたいなのは当たり前に居た。

2013年8月 6日 (火)

東電事故調への疑問(第4回)

【2-3】原案の設計を引き継いで311を迎えていたら

もしこの原案の思想を残して建設され、311を迎えていた場合どうなったかを考えてみた。ただし、ベント以降の事態は原則除外した。あくまで津波襲来を考えることが主体である。

まず、D/G本体は90年代に増設された物と同一の10.2mに据付されているため、架台などは被水するかも知れないが、機能を失うことは無かったと考えられる。ただしD/G用の海水ポンプは水没で機能を停止すると思われる。M/Cの据付高さは原案と実物で変化は無いので、同様に機能不全となる可能性が高いと言える。

P/C、直流電源については原案に描かれてない。実機でそれらが配置されているコントロール建屋は原案でも地下室を備えていることからB1Fにあったと考えることも可能ではある。

だが、電事連が挙げた米国の事例から、原案では1F以上の高さとしていた可能性の方が高いだろう。実際、原案ではコントロール建屋地下1Fまで給水ポンプが張り出している。
事故では地下階に配置されていなかったP/C、直流電源の幾つかが機能を維持したことから、1-4号機において米国の慣例に変更を加えなかった場合、配電盤関連も一部は機能を維持したと思われる。

実際には水冷の非常用D/G本体は全て被水してしまっているが、本体が生きていれば、
ポンプ車を固定の海水ポンプの代用として、復旧が試みられたかもしれない。また、M/CやP/Cで生き残った物があれば、空冷式D/Gや電源車から配線を仮設しての復旧はもっと楽なものになっただろう。実に惜しいことをした。

一方、制御室は原案で敷地高12mの高さにある。敷地高13mの5,6号機でも被水していることから、事前の気密設計が余程レベルの高い物でもない限り、被水は避けられないと思われる。敷地内での浸水高は場所により数mの相違があるが、場合によっては制御機材一式の機能停止(破壊)に留まらず逃げ場を失った運転員の溺死なども考えられる。仮に溺死が無かったとしても、まだ冬と言っても良い3月に濡れ鼠且つ空調も停止となると、運転員の作業環境は最悪である。言うまでも無く、事故初日の対応でとられたような、バッテリーを挿しての個別計器の読み取りなどは絶望的、照明の再点灯や電子データ・紙ログの回収も困難である。

制御室の敷地高は各種の事故報告でも言及が無いようだったので建設時の文献を探して引用したが、原案と比較すると結果として適切だった設計変更例として明記するべきだろう。

遠い米国では制御室の高さが低い場合もある、と考えるだけでは具体的なイメージを喚起するには不足であるだろう。「12mであったかも知れないのだ」と考えることによって、今後の対策もより現実感を伴った案が出てくると思われる。規制委員の示す第2制御室もこうした観点からは価値がある。

それほど重量が嵩まないとは言え、制御室のような重要施設の設置高さを高くした理由も興味あるところである。恐らく、制御室は岩着思想の影響を必要以上には受けなかったのだろう。

【2-4】東電事故調は原因の深掘りが足りない

D/G等の電気品については制御室の高さや(後述する)敷地高の変更とは異なる経緯で変更されているため、それらとは区別して検討する必要がある。

2号機以降はD/G本体だけではなくM/CやP/Cも専ら地下に設置する傾向が見て取れる。
この時期は従来、徐々に国産化を進め、GEの設計を日本独自のものとして咀嚼していく過程として捉えられてきたが、ここには典型的な「設計改善に潜む罠」を強めるような流れもあった。

一般的に、モノ作り、設計では設計変更により予期せぬ検討抜けや新たな脆弱性が生じる場合があることが知られている。つまり、耐震性の確保を念頭に岩盤に執着した結果、浸水対策にはマイナスとなってしまった。

米国でも地震の検討は一応されているし、1Fの設置であっても既に表層地盤は20m削られている。また、防振架台の採用と言った手もある。陸用内燃機関に関する文献を読んでいると、漸く世界水準に追いつくか追いつかないかという段階だったようだ。

そのような状況下18V40Xは開発された。中速機関としては当時世界最大出力である。一般産業向の非常用発電機であっても、その要求スペックは厳しいから、前回述べたように、それを満たすために何か技術的な不安要素があったのかも知れない。

最初の設置許可申請で記載されたスペックを見ると後のD/Gと異なる点が一つある。それは、8-9-(4)にある起動時間で、この時のD/Gが30秒となっているのに対し、変更許可申請以後のD/Gは他号機を含め、10秒となっていることである(※13/8/13追記。1967年9月に提出された2号機増設申請でも、起動時間は30秒であった)。

もっとも、起動時間10秒とはこの時代から一般向けの非常用D/Gでもポピュラーとなりつつある値ではあったようだ。ただ、日本側の神経質な原子炉専門家の誰かから、過渡解析か何かを根拠に30秒の間が空く(再起動を要する機器なら更に)のは不安があるとでも言われ、10秒起動を実現するため地震動に神経質となり、変更許可申請で大事を取って岩着させたのではないだろうか。台数増加により起動失敗確率を低減しようとしたところにも同様の思想を感じる。ただそれなら1Fに3台としたり防振台で何とかする手もあったろうとは思うが。結局、90年代にAM策としてそれに近い策を講じることになっている。

いずれにせよ、何故このような設計変更がなされたのか、前回書いたことを繰り返すが東電が本来するべきことは、当時の設計会議議事録を探し出しての検証だ。東電のような会社なら、普通軽微なものであってさえ、設計変更点管理を厳密にしている筈。事故報告にあたり何故ヒアリングと対外論文からの不完全な引用でお茶を濁し建設時の自社資料に当たらなかったのだろうか。実に不可解である。

更に言えばこの点は他の事故調も同レベルである。多くの関係者にヒアリングして事故時、或いは近年の事情についてこと細かく描き出したことは高く評価出来るものである。しかし、許可申請書類は公知の資料として誰でも閲覧できるものである。勿論申請書類だけを読んでいても分からないこともあるが、私がこのシリーズで使用してきた資料はどれも公開資料である。政府事故調中間報告の解説図もそうだが、あれだけのマンパワーを投じて国民にもその成果を問うているのに、何故図面のチェックをしないのか。こんなものは極論すれば只の絵の違いに過ぎない。原子力の専門知識とやらではなく、ちょっとした工学の知識があれば誰でも出来ることだ。オカルトを信じろとは言わないが、何か、おかしな思考の束縛が横行しているように思える。

原案との比較検討を行うと言う発想があれば、事故報告により多くの改善点を明記することが出来ただろう。

勿論、事故後に実施された電源多様化等の諸対策により、こうしたリスクは全体としては緩和された
が、更なる検討抜け、教訓の風化を防ぐためには設計過程の検証はより入念におこなっておくべきだろう。

だから、私は東電事故調に限ったことではないが、技術史的な面からの検証が甘いと思っている。

また、検討するべきである筈なのに報告書では参照不足となっているものは他にもある。大前研一が自慢にしていた女川などの、今回被災した他サイトのことではない。それは誰でも思い当たるし他の事故調でも何がしかは取り上げている。私が述べているのはモデルとされたと分かってるサンタ・マリア・デ・ガローニャ。今回の調査に当たりレイアウトや断面についても比較したかったが、スペインからの取り寄せなどは表立っては行われていないしどの事故調も報告に盛り込んでいない。

調査委員の間で30年記念文集の記述や豊田氏の証言で満足してしまった思考があるのではないか。

東電について言えば、自社で作成した事故報告を読み直して、自社の後進に自信を持って薦められる教材にするという意気込みに欠けているように思えてならない。本当にあれでいいと思えるのなら随分楽天的だ。

【2-5】非常用設備海没の原因はGEの責任とは言えない

また、ひとつ言えることとして、「ターンキー」に象徴化されている米国流設計に事故原因を求める風潮の誤りがある。既に述べたことからも明らかなように、今回の事故原因は、日本側の思想に適応させた「設計改善」が引き金となっている。また、電気関係のレイアウトをかなり変更したことや据付したB系のディーゼル発電機が新潟鉄工製であることからも明らかなように、全てが米国のコピーであるかのような説明は全くの誤りだ。

ターンキー説を声高に主張する者は、表層的には「猿真似した東電像」を描き出して非難しつつ、実際には「他国の責任を問うて有利な形で決着したい」という日本擁護の心理が働いているのではないだろうか。

東電事故調への疑問(第3回)

【2-2】一般配置に見る実機との相違点

さて、『土木建設』の原案で興味深いのは第3図「GENERAL ARRAGEMENT」と題された一般配置図である。ここからは、原案に加え、1966年7月の設置許可申請(添付書類)、1968年11月の設置変更許可申請も交えて見て行こう。

最初に、時系列だけ押さえておくと、下記のようになる。

1966年5月20日:原案を公表
1966年7月:(1号機)設置許可申請。原案に近い「平面図」と「しゃへい設計上の区域区分  」がある。
1966年11月:(1号機)設置許可申請認可
1967年9月:2号機設置許可申請(平面図
1968年3月:2号機設置許可申請認可
1968年11月:1号機設置変更許可申請。1号機関連建屋、共用D/Gのレイアウト変更(平面図)。
1971年3月:1号機運転開始

まず、下に原案を示す。

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出典:「-講演-当面する原子力開発」『土木建設』1966年8月号 土木工業協会 34頁

これも第1図同様全て英語表記だが、整地面を示す線は10mに引かれ、原子炉建屋は1Fの床面がほぼこの高さとなっている。一方で、廃棄物処理建屋やコントロール建屋のように床面が7.1mの部分もある。どのSECTIONも具体的にどこでの断面を示しているかは明確ではない。この記事の他の掲載図にも記載はない。

ただ、SECTION A-AとB-Bは完成した1号機の断面と良く似ている切り方をしているので、恐らく切断面はそれらと同じ個所だろう(C-Cは後述)。

第3図で実際竣工した1号機と相違する点は下記である。

  1. 原子炉建屋の底面が-3.3m。1966年7月の設置許可申請時には岩着を考慮して-4.0mとなった(ネット上で確認可能な資料として原子力委員会月報を挙げておく。)実際の1号機底面もO.P.-4.0mである。T.P.との換算差かとも考えたが、O.P.はT.P.の約0.7m下方にあり、仮にT.P.-3.3mだった場合、O.P.表記では-2.6mとなるので基礎の高さが相違していると考えた方が自然。なお、原子炉建屋高さは本案が54.0mに対して実機54.6~54.9mであり若干延長されている。
  2. DIESEL GENERATORが1F(F.L.10.2m)に据付されている。1966年7月の設置許可申請時はこの配置を一応継承しているが、1968年11月の設置変更許可申請でB1F、T/B南側の現在地に移動。同時にB系が追加され2台となる。実機はB1FでA系O.P.4.2m、B系O.P.2m。
  3. CONTROL ROOMがF.L.12.1mのM2Fのような高さにある。1966年7月の設置許可申請時は2F。実機も同様。

1.の点については各階の床面高さも揃ってずれているのではなく個別にずれたりそのまま決定に至っている部分がある。圧力容器のように各フロアをぶち抜かないと高さを確保出来ない機器もあるが、非常用復水器のように据付したフロアに収めている機器も多い。このため、(1)補機の容量見直しによって天井高さが見直しされた、(2)耐震設計の強化により高剛性とするため、或いは補強材を入れるスペースを見込んで見直した、(3)下側に防振材の余裕を増した、といった経緯が考えられる。

2.の点は実際の1号機と最も異なる部分である。原案では6900V SWGR、すなわち高圧配電盤の隣に据付されている。これに関連して極めて興味深いのは、1966年7月の設置許可申請である。同申請の第2.1で始まる一連の図面において1F、B1Fの平面図があるが、T/Bの給水加熱器付近で建屋を南北方向に断面を取ると、所内ボイラ、D/G、SWGR等が原案のSECTION C-Cに見事に符合する。第2.1-3のB1Fの平面図にはC-Cの指示線があるので、間違いないだろう。

一方で、第92-2図 「しゃへい設計上の区域区分」を見ると、T/B北側を中心に1FとB1Fの機器配置に大きな変化が生じている。D/Gが1Fなのはそのままだが、壁面が追加され周囲から隔離される形となり、D/Gの北側に隣接していた所内ボイラがD/Gの東側に移動、更に機械工作室の位置も変更されているのである。後年の申請添付図、雑誌掲載図等から推察すると、1966年7月の設置許可申請時点では、第92-2図に従ったものと考えられる。平成時代なら後日補正の申請で図の差し替えを行うところだが、当時は閲覧機会も少なく、この平面図不一致のミスに気付かなかった可能性が高い。恐らく、第2.1で始まる一連の図面は原案の面影を強く残しているのだ(ただし制御室の高さはM2Fから完全な2Fに変わっている)。

2009年から2010年にかけて榎本聡明が『エネルギーフォーラム』に連載した「私の原子力史」によるとこの申請・審査時の雰囲気は勉強会的なものであり、桜井淳が指摘するように、当時としても最短の4ヶ月で認可に至っている。上記の不整合はそのために生じた可能性が高く、それだけを指摘するなら確かにリスク要素を包含するものだ。しかし、観察という視点から見直すと、40年後の我々が設計の変更履歴を知る手がかりも残していると言える。

なお、上述のように1968年11月の設置変更許可申請により、T/BとS/Bには第92-2図の図面から更に大規模な変更が加えられた。実際の1号機ではA系はT/B南側のサービス建屋B1F、B系はタービン建屋東側の海に面した場所に専用の建屋を設けて設置された。

また、ここで注意すべきはB系が2号機の冷却容量を考慮して決定されたことである。このような隣接機との関係を考えなければならないという条件は、モデルとされたサンタ・マリア・デ・ガローニャが単独のプラントであったのとは異なる。そこでB系の詳細が知りたいところである。

設置許可申請、設置変更許可申請ではD/Gはどれも主要スペックが記載されている。しかしメーカー形式名、背景となる設計思想については記載が無い。1968年11月の設置変更許可申請では、A系は位置の他、1号機の増出力(もっとも、当初からGEの提示に従った織り込み済みものではあった)に伴い、工学的安全施設の容量も増となり、1500kWから1100kW x2(発電機を挟み櫛形配置)に変更されている。しかし、A系は電気品の下請をした東芝や日立の社史、技報類には記載が無い。恐らく、GE担当機器だったのだろう。

※14/2/13追記:見落としていたが、『電力新報』1979年12月号P120によれば1号機専用D/G(1号A系)は川崎重工製とのことだ。

一方、B系は2号機の契約に影響を受けてか、かなりの情報が残っている。1号機B系の形式は新潟鉄工製の大容量中速ディーゼル機関、18V40X型という(恐らく東芝経由での納入)。なお、18V40Xはその後も6号機まで継続的に採用されている。

18V40Xに関わる部分に絞り、背景をおさらいする。1号機の選定を行った1966年当時、東電は2-4号機を60万kWと想定して設置計画を考えていた。なお、1号機は初物だからという理由もあり東電は当初35万kW程度の条件をGE,WH両社に提示していた。当時GEで選定可能なのは1965年型(BWR-3)以前の型である。米本国の1965年型を全て確認した訳ではないが、上記60万kWとは恐らくラインナップした容量の上限だったのだろう。

しかし、1967年1月、GEは1967年型を新たにラインナップ、これに伴い通産省の後押しもあり当時全国で計画中だった原発の容量は軒並み上方に修正され、2号機も早々それに倣い、初夏頃までには78万kWで内定をみた。なお、東電が2号機の増設申請をしたのは1967年9月である。

※13/8/13追記。2号機増設申請ではD/G2台設置、1台を1号機と共用する旨明記されたが、共用するD/Gは1号機関連建屋に描かれている訳では無い。スペックも5000kWと18V40Xよりやや小ぶり、回転数は300,600,750rpmと3択の状態になっている。このことから1967年9月の段階でも仕様は不確定、3択と間口を広げていることから入札待ちであった可能性も考えられる。

1967年型は炉心スプレイ系の電動機出力が大幅にアップし、残留熱除去系の出力も大だった。18V40Xの出力仕様は1967年型が出現するまで確定できなかったと考えるのが妥当である(1968年11月の設置変更許可申請では目玉としてHCPIが追加されているが、これは電動ではない)。

上記の結果、A系の電気出力は前世代の敦賀1号機と余り変わりが無いのに対し、B系では2号機に倣ったため4倍になっている。B系が設置の制約が無い独立の建屋に収容されたのは、機関が巨大化し、原設計で準備されたスペースへの収容が不可能となったためだろう。一方、申請本文では設置位置の変更、B系追加による2重系化について経緯や根拠を詳述した記述を見つけることは出来なかった。申請書と言う文書の性格と言うよりは、申請側あるいは審査側にとってそれほど関心のある話では無かったのだろう。

電事連は2011年8月、「 国内BWRプラントの非常用電源設備の配置について」という文書を公開、その中で次のように説明している。

東京電力のプラントの例では、BWRプラント導入初期の配置設計は、米国プラント配置を踏襲した設計がなされていた。ただし、地震に対する設計が米国と比較して厳しい条件となるため、多くは工学的安全施設の電源となる非常用DG等の配置においても岩着した基礎上に設置する方針とした。

また、電事連によれば、米本国の設計思想は次のようになっていた。

非常用DGや電気品はタービン建屋等に配置されているが、非常用DGは地下階に配置されている事例はなく、電気品の一部が地下階に配置されている事例があった。これは、米国では原子炉建屋を除き、設計条件として建屋基礎を深くして地下階を設ける構造とする必要がないためと考えられる。当時の米国プラントは、原子炉建屋は二次格納施設のみの単独建屋となっている。また、非常用DG、中央制御室等は個別の建屋、もしくはタービン建屋と一体とする配置としており、原子炉建屋以外に非常用DG、電気品を設置するのは、当時としては標準的な配置であった。また、非常用DGはタービン建屋の一部に配置されている設計事例もある。

東電事故調は2011年11月の中間報告で8月の電事連資料の記載を踏襲した。これまで見てきた設計変更の経緯と照らすと嘘はついていない。しかし、電事連、東電共に、原案で米国の設計思想がそのまま日本に提示されていたこと、「導入初期の配置設計」について具体的なサイト/ユニット名、年月を指定しないなど、言葉を濁し抽象化した記述である。それが一度認可を受けていることは言及すらしていない。彼等の報告書だけを読み比べても、読み手は閉じた思考から抜け出すのは困難である。本来は、私がやったような他の既存公開資料との比較だけではなく、更に踏み込んだ経緯説明が必要の筈である。

恐らく、1966年5月時点の案は米国の思想を引きずったままであるから、GEは日本でも自国と同レベルで十分と考えて提示した(余談だがこの点も今後原発輸出を再考する上で歴史に学べるヒントが隠れていると考えるべきだろう)。

1966年7月の設置許可申請では既に建築基準法に定める地震力の3倍等といった耐震設計方針が示されている。重要なのは、当時のD/Gは米国ではなく大熊の地で、1Fに設置しても良いと公的に認可を受けていたということである。ただし、位置を変更した理由は設置変更許可申請自体には記載されてないようだ。電事連は耐震性を理由に挙げているが、設置許可と変更許可で耐震条件が変化した訳ではなく、同じ設計条件で何故変更したのかという説明としては十分ではないだろう。事故調はこの件について記述を濁すべきではなく、時系列や決定者、会議等を明確にするべきである。そういうことを調査するために存在しているのではなかったか。

D/G(M/Cもだが)については後日また開発経緯を検討してみたい。

3.SECTION C-Cについては上述の通りだが、A-A、B-Bと異なり同じ個所で断面を切り出した図面は各申請にも、事故関連の資料にも殆ど無い(13/8/11追記。1966年7月の設置許可申請 添付書類 第2.1-3図にはあった)。制御室の平面レイアウトその他は公開されているので、核防護ではなく、事故後も東電には注意力が不足していると考える。

なお、下記に政府事故調中間報告資料Ⅱを元にしたSECTION C-CおよびD/G配置変更経緯の推定図を載せる。資料Ⅱは59頁でA-A、B-Bについても示しており、B1F以外の平面図も掲載されている(13/8/11追記。SECTION C-Cは推定通りの位置にあった。)。

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また、興味深いのは、原案ではコントロール建屋2FがO.P.12mとなっておりそこに制御室があることだ。設置許可申請の添付図では後続機と異なり制御室の高さは記載が無い。『原子力学会誌』1969年5月号P53の平面図によれば、実機の制御室はO.P.18.3mにある(ちなみに5、6号機では申請に記載があり16.6m)。一方で第一原発を襲った津波は最大15mとされるが、制御室内への浸水は報告されていない。

なお、制御室はSBO後も随時計器類にバッテリー電源を挿入して読み取ることが出来た。後日後付した非常電源から室内照明を回復に持ち込んでいる。

全般的に小型の補機類、空調系、電気品や制御室、機械工作室等は高さやレイアウトの大きな変更が目立つが、一次系の蒸気管やタービン周りはそれほど変更が無い。27万5000Vといった超高圧は別として、電気配線の方が取り回しの変更に対応し易いのだろう。化学プラントメーカー、千代田化工建設出身の方による『電設技術者になろう!』でもそんな記述があったと思う。

※13/8/10 設置許可申請、設置変更許可申請と比較し全面改稿。

東電事故調への疑問(第2回)

【2】公開された原案すら無視した東電事故調報告書

【2-1】申請直前は7mとされていた整地面レベル

それでは、先述した申請前の検討設計案は全くうかがい知ることが出来ないのであろうか。違う。既に述べたようにGE、WHへの依頼から起算しても選定過程は数ヶ月に及んでいる。従って、途中で外に情報を出した場合、その中身は東電社内の決定案と相違する点が出てくる。

現にそのような記事がひとつある。『土木建設』1966年8月号に掲載された「当面する原子力開発」。電力再編時系統運用面から理論付を行い、1960年代初頭から東電で原子力開発の舵取りを担当してきた田中直治郎常務が、1966年5月20日に電力建設協力会の会員の前で話した講演録だ。原稿は東電の社内専門家が作成した、としている。

(以後、この記事で扱われている案を「原案」と称する。)

整地面レベルについては第1図で分かるように、原案は約7m(O.P.6.727m)だった。

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出典:「-講演-当面する原子力開発」『土木建設』1966年8月号 土木工業協会 32頁

講演で田中は

敷地は30メートルぐらいの台地だから切り取らなければならない。発電所建屋の部分は約23メートル、140万立方米ぐらい掘削します。すなわち海面から7メートルの高さに切取り建屋の基底面は海面下3メートルにします。
(中略)GEから見積書と設計書が出ると、配置、レベルについてはさらに多少の変更を要するので、請負業者とは打合わす必要があると思います。

と述べている。「多少の変更」の結果、7月1日の申請時、整地面レベルは3m余り嵩上げされて10mになった。なお6.727mは後に建設された防波堤の天端高と全く同じ高さである。

敷地掘削と造成を請け負ったのは熊谷組である。同社の40年史はこの工事に触れているが、敷地高経緯については何も述べていない。

『日刊建設工業新聞』(1966年5月13日)は敷地造成の発注について記事を載せている。
それによれば、工事は特命発注、現場説明を5月13日に実施、熊谷組の担当する第一工区は見積書および施工計画書の提出を5月21日までに済ますよう求めていた。
工事着手は6月を予定。掘削量は99万5000立方メートルとされた。『電気産業新聞』(1966年8月15日)によれば、工事着手は7月下旬となり、第一工区は9億7000万円とのことだ。

だが、東電事故調ならびに国会事故調が参考とした『土木技術』1967年9月号にると、造成工事の工期は6月1日から翌1967年3月までの10ヵ月、仮設備および梅雨期を考慮して実質8ヶ月半となっている。この記事は工事完了後に書かれており工期中梅雨があったのは1回(1年)だけなので、梅雨開けを待って7月末となったのであろう。こう見てくると、6月中は機材の集結と工事図面の整備位しかすることが無い。

なお、『土木技術』1967年9月号101頁によると総掘削量は約120万立方メートル、内発電所分約91万3000立方メートル、進入路分28万7000立方メートルである。掘削量は1966年5月時点より増加しており、敷地高さが嵩上げされている割には奇異に感じる。

東電事故調への疑問

【0】はじめに

東電事故調が福島第一原発事故の最終報告を出して1年が過ぎた。
2012年2月に報告を出した民間事故調は別として、政府、国会の両事故調も同時期に最終報告を出している。

この報告をめぐっては、読み比べ本を出版したり、独自色を打ち出す形で各事故調委員個人が報告書とは
別に本を出版するなど、様々な動きがみられる。ネット上でも事故調読み比べは静かなブームであるようだ。
また、2013年参院選前に毎日新聞が報じたように、ツイッターで原発の話題が大きな存在感を示しているという話もある。

そのような中、添田孝史氏がブログやツイッターで東電の津波対応について解説されているのを見た。

http://togetter.com/li/542126

この他に、主として原発擁護に熱心な右派のまとめを読む機会もあった。
(意図的に視点を狭めた業界人の自己弁護、以上の感想は持たなかったが)。

各方面から指摘され、半ば推進派が自認しているように、
東電事故調は自己正当化を目的として報告書を編集しているのだろうが、
その論旨を担いで原発擁護運動を行なう向きには疑問を感じる。

8/5の井上孝司氏のOpinionではないが、一部推進派は自分達を抑圧の被害者と喧伝し、
「マスコミは報じない」という信仰が底流にある。
殆どが自衛隊を神格化する軍事マニアと繋がりがある事も関係しているだろう。
日経、保守・右派メディアは言うに及ばず、昔ながらの学術専門誌という文化の存在や、
電力自身もPAの強化策としてネットメディアを持つ現在、それは事実とは言えないのは明らかだが、
彼等の思考は体験しているかも怪しい冷戦真っ盛りの70年代で(彼等が仇敵と定めた一部左翼
と共に)停止しているようである。

一方、ただ疑問点を持つだけで終わったり、逆にネット上の折伏に明け暮れる毎日を送っている人達に
疑問も抱いた。また、「もっと研究を」といった言葉を表層的に連呼する一部の評論家にも疑問がある。
特に、推進派が口にするその種の言動はとても偽善的な臭いがする。公式発表の盲信に終始するパターンが目立つ。

そのようなことが動機付けとなり、私も公開資料を中心として色々調べてきたが、
この機会に東電事故調を中心として何点かに絞り、自分でもレビューをしてみることにした。
ブログは無名の個人であっても考察を自由に展開出来るメディアである。その利点は最大限に活用したい。

何時まで続くかは保証の限りではない。一介の素人の小論に過ぎないが、
原発事故原因の解明と対策に少しでも貢献出来れば幸いである。

【1】巨大システムには検討案がある

福島第一原発1号機の設置許可は1966年7月1日に申請された。
1号機は日本の民間電力会社が初めて建設するBWRであったから多くの記事が残された。
現在、読むことの出来る当時の資料はこの時審査を受け認可された際のものばかりである。

最近隅田金属氏は見えないものの重要性について一家言述べておられたが、その理で行くのであれば
まず、この点に疑問を抱く必要があるだろう。

軍事マニアなら、いや、マニアでなくとも飛行機や軍艦、或いは乗り物や建築物に興味のある人なら
そういった物を特集した本や雑誌を読んだことがあると思う。そこでよく取り上げられているのは
「案を複数立て、比較検討を経てブラッシュアップし決定に至る」という流れである。

戦艦大和を例に引くと、A-140〇〇といった形で何十もの案が描かれたことは少し調べれば分かる話である。
そして、初期に立てられた計画案程決定案との相違が激しくなる傾向にある。
あの巨大な主砲塔が前部に集中しているもの、30ノットで走れるもの、逆に24ノット位しか出せない物、
機関にディーゼルを採用しているもの、主砲口径が異なるもの、三連装砲塔ではないものetc…

原発に当て嵌めて考えてみる。東電としても初期資本、運用コスト、地震、台風等々色々な要求がある中で
色々な案を並べて比較したいのが自然な思考と言うもの。東電は1966年1月頃から世界の2大軽水炉メーカー
GE、WHの両社に検討を依頼し、その結果を得て4月初めにはGEに内定した。

海外電力調査会は商用原発黎明期、『海外電力』86号にて「米国における電力設備の建設工事」という
ターンキーの研究記事を翻訳しているが、これによると元々ターンキーは計画時のコンサルティング
まで包含した概念であるようだ。また『日本工業新聞』(1966年4月30日)によれば一般論として、
ターンキーで複数の代案を用意するのは常識で、案件によっては時に50通りにもなったという。

従って、GE社に限っても幾つかの代案を抱えて東電との交渉に臨んだと考えるのが自然である。
「BWRの案を持参しました。はいおしまい」なんてことにはならない。
BWRの案であっても、詳細なスペックが色々違っている案を持って来ている筈である。

「スペインで計画中だった物をコピーした」の一言で満足している人は思慮が足りない。

そもそも原産会議の定期刊行物『原子力海外事情』の伝えるところによれば、GEは1965年夏に30万kWの
サンタ・マリア・デ・ガローニャを落札したものの、同年冬までに2回程出力を見直してストレッチしている。
その過程でサンタ・マリア・デ・ガローニャの設計も様々に変更・拡大されている筈である。
何を以ってコピーとするかにもよるが、流動的な状況で日本での導入が100%ただの真似
に終わるとは思えない。(まぁ当時の関係者の言動をチェックしている限り、原子炉システムの中核部分
などは、設計者としてのプライドが折れる程度には真似ているだろうとは思う)。

ともかく、1号機を説明した文献で、設置許可申請から話がスタートしているものは多いが、
プラントのスペックは一つに決まった結果だけを読者に与えるように書かれているものが多い。
意図的なものというより、書き手から「比較」「選定」という思考が抜け落ちているのではないかと思われる。
書き手の地位も影響するだろう。社内での地位が低ければその所掌がベースとなる。

そして、東電事故調も建設経緯についてはそのような無難な文献の論旨をなぞっている。
この点は他の事故調も大同小異、国会事故調が建設過程にやや強い興味を示している程度だ。
技術史研究としてはまだこれからと言えるだろう。現代の話なのに酷い物である。

2013年8月 1日 (木)

【書評】『原子力と冷戦 日本とアジアの原発導入』

『原子力と冷戦 日本とアジアの原発導入』花伝社 (2013/03),269ページ

アジア地域における冷戦と原子力技術の導入を取り上げたもの。
執筆陣自ら「他書より特徴的」と自負している。

目次を見たところフィリピンとインド、朝鮮半島の事例が載っていたので購入を決定。
書き手は全員この分野未経験だそうだが、一次資料に拘る点から、
「当事者達がその時代に何を述べていたか」という意味での実証性は期待出来る。
足りない部分は他の本で補えばよい。

元が左系出版のためか、安易なカタカナ語(ヒバクシャ等)の濫用も見られるが、我慢できるレベル。
ただし、政治・社会面に注力した研究なので、メカ的な話や解説図、
放射線量に関する偏執的な拘りをお持ちのB層には不向き。

国外をテーマにした章に共通するが、まず従来の研究ではお目にかかれないような横文字文献、
現地マスコミ報道を資料に使っており、報道件数の推移などの定量化を試みている脚注もある。
このような記述を行うには時間的労力を要する。著者等が独自性に自信を持っている理由が垣間見れる。

3章以下は視座の面で非常に刺激的だった。

全体は2部構成で、副題にあるように第1部が日本関連、第2部がアジア関連である。
当方が目当てにしたのは主に第2部。なお各章は別々の研究者が担当している。
課題抽出と言う点では共通しているが、原子力に対するトーンには温度差も見られる。

第1部については、既存文献と重複する章もある。
日本と米国の概史を扱った記述はそこまで特徴的ではない。
脚注の説明には疑問もある。吉岡斉は過小評価しすぎだろう。
また、本書も公開された米国機密ファイルの検証をやっていて、
中曽根康弘が新人の頃から機会主義者=風見鶏 と評されていたのはニヤリ。

第2章は米国内の原子力開発主導権争いを扱っており、面白く読んだ。

第3章は国策宣伝の基礎データとなる、世論調査に推進側が固執していく過程を扱っている。
反対派の宣伝ばかりをあげつらい、自派の宣伝行為について問題を殆ど自覚出来ないらしい、
一部の狂った推進派にはいい薬だろう。

第5章はビキニの例から行政不信の一パターンを扱ったものだが、
興味を持ったのはその部分より現代の例として最後に挙げられた福島県庁の内部メールだな。
「○○という知見は無いでしょうか。質問者は反原発の人ですし乗り気にはならないのですが
情報あればよろしく」みたいな。余計な形容まで入れちゃってこの職員は馬鹿だなぁ。

第6章は東側。これは拾い物だった。
平板な記述が続く『ソ連・ロシアの原子力開発』に比較し、問題意識を持って書かれたためか、
社会的な記述は一段深いと思う。また、僅かだが原潜開発に関する興味深い記述もある。
ただ、従来日本語で読めるソ連原潜の文献と言えばポルトフだが、当方はこれは精読していないので、
その価値は分からないが。

第7章は南北朝鮮の原発黎明期を扱う。
実証的だが予想通りの過程(日本で教育受けた科学者をベースに米ソから技術導入)なのでそれほど
面白くは無い。「日本よりは酷いがフィリピンよりは順調」といったところが韓国の評価なのかな。

第8章ではフィリピンの原発導入が取り扱われる。実際に動きが本格化するのはマルコス時代からだ。

この過程は「原発導入でやってはいけない事」が極端な形で現れており、示唆に富んでいる。
つまり、
・政権は独裁的で腐敗。リスクを指摘しても無視されるか圧力がかかり、宣伝には注力
・プラントメーカーを含めて贈収賄の疑惑に満ちている
・国産技術は元より受入体制も未熟のため賛否両派が米国に依存し行動が他律的になる
・炉型選択も性急な感あり。検討期間が余りにも短い。日本はまだ情報が豊富だったと分かる。

後、フィリピン以外のプラント輸出失敗例も記載がある。
プエルトリコでは耐震性の不備を理由に計画が撤回されたという。
これは、ビジネス上の背景として、耐震性も焦点になっていった事実を裏書する出来事だろう。

翻って輸出元の米国の課題も浮き彫りにし、日本の原発輸出に示唆を与える。
政治・技術体制の未熟な国家に輸出するに当たり、規制機関はどこまで責任を持ち、保証すべきか。
現在ではPLの概念も成熟しており「売ってしまえばはいサヨナラ」みたいな、
ネット右翼が泣いて喜ぶような論は中々成り立たないだろう。

また、この例では贈賄で物事を解決しようとしたメーカーの体質も問われるだろう。
PWR厨には痛かったかなw

面白いのはエバスコとウェスチングハウスが同じ案件に関わってることだね。

以下は本書の問題点として感じたこと。

社会科学系のためか、炉型1つをとってもはっきりしない記述が目に付く。取り扱い上不便。
稼動実績があれば検索等は容易だが、計画のみに終わった例は、情報取得のハードルが上がる。
第1章や第4章は著者等の思想バイアスも目に付く。
第4章で肥田医師を根拠にしているのは疑問。
ぶらぶら病に対してそこまで医学的見識無いからこれ以上は言わないが。

正直、今更広島をテーマにすることは福島原発事故を踏まえても意味を感じない。

むしろ、東電労組のような同盟系を突いた方が面白かったと思う。
原水協→核禁会議があらゆる核兵器の永久廃絶を謳っていることを定期的に宣伝し、
日共系の矛盾を鋭く批判していたにも拘らず、
上部組織の民社党と同様、米の核の傘容認路線はあっさり受け入れると言う、
矛盾した姿勢を取っていたのが東電労組である。

核の傘容認は世間的には常識で私も否定はしない。
だが、東電労組/民社の姿勢は本質的に日共と同じ矛盾を孕む。
要するに、相容れなければ核禁と袂を分かつか、「米の核は日本に良い核」として
核禁会議に路線変更を迫るのが筋だが、当時から口先では「友愛」を唱えつつ、
日和見を批判されてた民社にはそれが出来ませんでした、と。

第6章は東側としてソ連・東欧・中国を一括して扱っている。
元は別の研究を底本にしたようだが、中国は独立して一章を設けても良かった
(そうすると「アジアの」というテーマから東欧は外れてしまうだろうが)。

※本稿は軍事板書籍・書評スレ57に投下した物を再編集した。

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