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2012年4月14日 (土)

野木恵一氏とたぶん大佐のやり取りを見て

4月12日のツイートを観察していて興味深いものがあった。

たぶん大佐 ‏ @Col_AYABE

大佐、むかし〝ある部隊の編成〟について間違った知識を持っていたんだが、何気なく某ライターに語ったその間違った知識が、そのままその人の本に掲載され、あまつさえwikiの出典となっていたりして……笑えんなぁ

浜田一穂・野木恵一・江藤巌 ‏ @ROCKY_Eto

なんかね、wikipediaの出典主義って、活字になったものならばなんでも信用する人みたいでね。いいのかなあ? RT @Col_AYABE 大佐、むかし〝ある部隊の編成〟について間違った知識を持っていたんだが、何気なく某ライターに語ったその間違った知識が、

http://twitter.com/#!/ROCKY_Eto/status/190388171144577024

ただ、Wikipediaの検証可能性は「活字になったものを何でも信用する主義」ではない。一番わかりやすいのが論争史を記事化する場合だが、この場合Wikipediaは正誤に関わらず各論を収録する。そして、記事の出典に使用した論者が著述物で言及していない限り、どっちが正しいかを編集者自身が言及しない、それが理想的な記事である。どっちが正しいと思うかは記事の読み手にゆだねられる。

最近原発の問題が南京化しているという指摘があったが、言い換えれば神学論争。正直、硬直性は憲法問題以上だなと私も思う。例えばそういうものを一方の側からのみ肩入れした視点で「編集者」が正誤判断したら収集つかなくなるのは自明でしょう。私も数年前はこの辺がよく分かっておらず、苦労した。出典主義の発達もその対策のためだと私は理解している。自分の意見は、ここのようなブログで書けばよい。

Wikipediaと言えば人は英語版の出来をやたらに高く評価する。それはある程度は事実だが、英語版が何故評価されるかと言えば、世界中から立場が違う人が書き込んだため、上記のような書き方を自然に選ばざるを得なくなった記事が目立っているからでもある。上記の会話、「真実のお通りだ」といったような真実教の影響でなければいいが。それがある限りは日本語版の質の改善はストップするだろうね。

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