2017年2月22日 (水)

東海第二の非常用電源配置はBWR-5の中でも最悪だった

前回記事「日本原電が一般向けには説明しない東海第二電源喪失対策先送りの過去
」のため資料を見直していて気付いたことがある。

福島事故の直後、福島第一の非常用電源が地下に配置された経緯の解明のために、電気事業連合会が国に資料を提出した(「国内BWRプラントの非常用電源設備の配置について」2011年8月23日)。

この資料にはBWR-5の先行建設事例と後続建設事例の非常用電源配置が載っている。東海第二と同じく、原子炉建屋の周りに非常用電源の収まった部屋を配した複合建屋方式である。

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「図5 BWRプラント(先行建設サイト)の主要な安全設備等の配置例」(電気事業連合会)

上図中で議論の対象にするのはR/Bの記号で示してある原子炉建屋。T/Bはタービン建屋、C/Bはコントロール建屋だが、今回の議論には関係しない。

M/Cとは6900V用電源盤、P/Cとは480V用電源盤のこと(電源盤という単語は余りテクニカルタームとしては一般的ではない気がする。配電盤とか、メタクラ、パワーセンターなど色々な呼称や分類があるが、事故後広く使われてるので当記事では電源盤と呼ぶ)。

電源盤と非常用電源は交互に連担して配置されており、電源盤は3ヶ所に分散している。非常用電源は2台が隣同士の部屋となっている部分がある。また、電源盤は平面配置だけが工夫されてるばかりでなく、非常用電源を据え付けている階より1階上に配置されている。

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「図6 BWRプラント(後続建設サイト)の主要な安全設備等の配置例」(電気事業連合会)

電源盤と非常用電源は大きく分けて2分割されており、連担した配置から更に物理的分離が徹底されている。また、電源盤だけでなく、非常用電源も3ヶ所に分散し、非常用電源同士で隣同士の部屋となっている個所は無くなった。

さて、再度日本原電東海第二の配置を見てみよう。

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「第1.2-2図 建屋内平面配置図(地階部分)」『東海第二発電所設備概要』1972年

電源盤、非常用電源がそれぞれ、原子炉建屋の外周に連担して配置されている。しかもすべて同じ階にある。そればかりでなく、電源盤は1つの部屋に集中配置され、系統別の仕切り壁すら存在していない。このような配置では、スイッチギア室(電源盤の部屋)がやられてしまった場合非常用電源が生きていても即電源喪失に陥る危険な設計である。なお、非常用電源自体もディーゼル機関のため火元足りえるが、非常用発電機機械室の中には、隣の非常用発電機機械室の階段を使わないと上の階から降りて来ることが出来ないものがあるように見える(細部不鮮明のため留保はしておくが)。アクセスルートや防火対策に注意を払っていたのか疑問である。

原子力の歴史を紐解くとGE社はとてつもない技術力を持っているように思われているが、重要な動力源を分散する発想は隣接分野では昔から見られるものである(例えば軍艦の動力源のシフト配置。アクセスルートに関しては、例えばサイドリッツがどう建造されたのかなど、この時代の小学生向け図鑑にも載っている)。それが出来てないのだから、GEも設計思想レベルでは日本と大差無い面が多々ありそうだ。後続プラントを設計した技術者達は東海第二の危険性を良く分かっていたから配置を改めたのだろうが、福島事故後、そのことを積極的に告白しているとは思えない。臭い物には蓋、ということだろうか。

建屋レベルでのプロットプランを解説した文献は『原子力発電所の計画設計・建設工事』以来複数あるが、建屋内の具体的なレイアウトを比較した論文や書籍は未見である。設置許可申請には樹木状の電気系統図(物理配置を反映していないシステム図的なもの)と、建屋内の大まかな配置の両方が載っているが、文献でよく引用されるのは前者が多いように感じる。

東海第二は運開当時、世界最初のBWR-5であると盛んに喧伝された。その後、難燃ケーブルを使用せず延焼防止剤を塗布して火災対策をしていることが問題視された。1970年代としては標準的な対応だったが、数年後に完成した原子力プラントは火災対策のための製品開発の結果、ようやく幅広くラインナップされはじめた難燃ケーブルを採用していたので、差が付いてしまったのである。この問題に加えて、電源盤室が1ヶ所に集中しているため、余計に火災リスクを大きなものとしている。

福島事故後、各原発では過酷事故に備えるため非常用電源を最低1系統分別棟に新設することとなったが、東海第二の場合、元の非常用電源の設計のまずさを考えると、電源盤と非常用電源の分散を考え、他の原発より多くの新設が必要と考える。

それにしても、こんな素人の考えたようなレイアウトを都市近郊の原発でよく認可したなと思う。ただただ呆然とするしかない。やはり廃炉が順当だろう。

2017年2月15日 (水)

日本原電が一般向けには説明しない東海第二電源喪失対策先送りの過去

川澄敏雄さんが盛んにツイートしている通り、震災後の相次ぐ初期原発の廃炉によって、東海第二発電所はいつの間にか最後に残った1970年代運転開始のBWRとなってしまった。

しかも、元原発設計者の渡辺敦雄氏が指摘するように、BWR-5はMARKII格納容器を採用しており、炉心溶融時に溶け落ちた燃料が直接サプレッションプールの水に触れる可能性が高く、固有安全の面から見ると水蒸気爆発のリスクがMARKIより高いと指摘されている。

この問題の他にも浜岡3号機計画時の公開ヒアリング記録に残っているのだが、MARKIIはMARKIに比べて建屋の重心が高く、定性的には耐震性でやや劣ることが、以前から明らかになっている(故に、中部電力は炉形は新しくしてもMARKIを4号機まで採用し続けた)。

また、原発から30㎞圏内の人口が100万を超えており、シビアアクシデントが現実のものとなって以降は都市近接型の原発とみなされている。そのため、実効性のある避難計画はどれ程法制度を充実させても作成することが出来ない。にも拘わらず、茨城県知事を支える政財界は目先の利権を目当てにした再稼働に傾斜している。また、日本原子力発電(日本原電)も敦賀2号機が活断層問題で規制側からすら見放されつつある中、東海第二の再稼働の可能性を否定しないことで、手持ちの原発を残そうとしている。

以上が、東海第二原発を巡る概況だが、当ブログとしては、福島事故と一般的な原発再稼働問題に隠れて見逃されてきた、東海第二のような古いプラント固有のリスクについて、その経緯を明らかにし、日本原電と茨城県の先送り体質上、再稼働に正当性が見いだせないことを論じていきたいと考える。

今回は、東日本大震災発生以前の経緯を中心として、電源喪失リスクの中でも交流電源喪失リスクに着目し、日本原電の態度が、同業と比較しても長期に渡って消極的であったことを示す。直流電源を論じないのは、他社とさほど差が無いからだ。

簡単な復習だが、交流電源喪失を引き起こさないためには、次の供給手段のいずれかが生きていなければならない。

  1. 発電した電力を所内に供給:スクラム時や冷温停止時には使えない。
  2. 外部電源(送電線~所内開閉所)から電力を貰う:冷温停止時は通常この方法である。
  3. 非常用電源を起動する:外部電源からトラブル等で電力が貰えない時はこの方法である。更に、非常用電源は建屋に定置している場合と、震災後原発にも配備された移動電源車の2パターンに分かれる。

以前から指摘を続けている外部電源の耐震化の先送りは2に係わる問題で、今回は3に係わる非常用電源増設(原子炉を冷温停止に導ける大容量のもの)を実施しなかった件についても述べる。

【1】外部電源

【1-1】寿命25年、安全率1倍が前提だった日本電気協会の耐震設計指針

これは前の記事「寿命25年、安全率1倍が前提だった「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003)」で述べた。初期原発の外部電源および一次変電所は25年以内に耐震強化の改修・更新工事を必要としていたことが分かる。東電福島第一も、日本原電東海第二も本来はその流れを受け入れるべきだった。

【1-2】1996年に開閉所の更新に言及

『東海発電所三十年の記録』という、日本原電が社員にのみ配布した分厚い記念誌がある(自治体図書館どころか原研にも寄贈されていないようだ)。既に廃炉になった東海第一とも通称される炭酸ガス炉(GCR)を対象にしたもので、PAについて、たった1ページしか割いていない。本来あるべきだった原子力本の在り方がどういうものかよく分かる。ところで、同書は、東海第二に関連する事項についても興味深い記述が存在している。

Tokai30nenkirokup0410 「東海発電所の保守管理 1.主要電源設備(2)屋外開閉所設備」『東海発電所三十年の記録』(1997年)

154kV系は元々東海発電所用で、廃炉になった後はガス開閉装置(GIS)へ更新した上で、東海第二の予備電源として活用することが計画されていた。しかし、以前の記事「原電東海第二は開閉機器更新の実施未定」でも触れたが、実際には遮断器だけが耐震性の高いガス式に更新された。

原子力関係で1点質問させていただきます。

御社では敦賀1号、東海第二など日本の原子力開発初期に建設されたプラントがあります。これらの外部電源は建設時いずれも気中開閉式(ABB)の機器を使用しておりガス開閉装置(GIS)ではなかったようです。

http://www.nsr.go.jp/archive/nisa/shingikai/800/28/001/1-3-1.pdf

一方上記旧保安院の報告ではABB系の機器は耐震性が脆弱とのことで、GISへの更新を推奨しています。

御社の原発の開閉所、また最初に接続する一次変電所にてGISへの更新は実施していますでしょうか。

【当社発電所の開閉所設備について(現在)】

■東海第二発電所
 ・154kV‐気中(ガス遮断器)
 ・275kV‐気中(空気遮断器)
  今後、ガス絶縁開閉装置に変更予定
(中略)

なお、当社は卸電気事業者のため、送電線は所有しておりません。一次変電所については他社の設備となりますので、お答えしかねます。

(2014年11月18日:日本原子力発電回答メール)

開閉設備一式(断路器、変成器、避雷器などを含む)の耐震化には遮断器のガス化だけでは十分ではなく、GISへの更新が不可欠である。

なお、開閉設備更新計画は、記念誌に合わせたリップサービスではない。同書の座談会で30周年時点の電気補修課長小栗第一郎氏は次のようにコメントしているからだ。

小栗‐運開以降の保守の考え方としては、当初は、予防保全を設備、機器の点検周期を決めて、それに従い点検を実施していた。
10年目以降20年ぐらいまでは、設備重要度を考慮し実施した。
20年目以降は、取替計画や経済性を考慮するようになり、診断技術を導入して先取りをした点検に移っていった。
(注:昭和)60年代に入って、将来のプラントの停止を考慮しかつ劣化の状況を見て、今後の点検、取替計画を策定するように移っていった。こうして現在のような考え方に近づいてきた。

座談会
東海発電所 安全安定運転 30年の歴史 「過去、現在、未来」東海発電所を語る 」『東海発電所三十年の記録』(1997年)

これまで私は、「日本原電は東日本大震災を見てから九州電力などが外部電源の耐震強化を進めていたにも関わらず、3年半以上設備更新を放置したと」理解していた。しかしどうやら、悪質なことに震災の15年前に遡って、1996年に設備更新の必要性を認識していたということが分かる。

小栗氏の言う「経済性」は、他社と異なる判断を下す決め手となったのだろう。それは、一体どういうものだったのだろうか。本書発行の2年後、JCO事故が東海村で発生し、日本原電もINESレベル4を間近で体験することになる。シビアアクシデントの恐ろしさを想起させるには十分だったと思われるが、それにもかかわらず当初の計画が縮小された。

一つの可能性としては、日本原電単体の「経済性」ではなく、子会社化を図った東電原発の「経済性」に支障したというシナリオが考えられる。東電はある時期から日本原電の株式を25%以上保有し、子会社とした。その経緯はWeb上では北村俊郎「巨大組織は何故大事故を起こすのか(10)」(2015.9.24 日本エネルギー会議)で説明されている。

【1-3】台湾第3原子力(馬鞍山)電源喪失事故(2001年3月)の教訓化

福島事故前に教訓化出来たチャンスとして良く取り上げられるのが仏ルブレイエ原発の洪水による電源喪失危機(1999年)である。ただし、この事故の教訓は想定外の浸水を防止するという観点から指摘されているのであって、外部電源の耐震性への問題提起としては、有力な内容と考えられていない。

主要4事故調の内、民間事故調はこの他の海外原発事故事例として、2001年に発生した台湾第3原子力(馬鞍山)での電源喪失事故に触れている。

台湾の馬鞍山原子力発電所で起きたSBO(注:交流電源喪失)については原子力安全委員会等において議論がなされている。

このケースではまず、塩分を含んだ海からの濃霧による絶縁劣化により2回線ある外部電源がどちらも停止した。外部電源喪失後、本来の設計上は、2系統ある非常用ディーゼル発電機が起動する筈だったが、1つは分電盤の地絡(電気装置等と大地との間の絶縁が低下し、電気的接続が生じること)により、残る一つはディーゼル発電機の起動自体に失敗し、SBOに至った。しかし、直流電源は利用可能であったため、SBOに至った直後から補助給水系等によって炉心冷却が可能であったほか、同発電所では上記2系統のほかにもう一つ非常用ディーゼル発電機を2基で共有する形で用意しており、これを系統の一つに接続することで、約2時間でSBOを解消することができた。

(中略)台湾の事例から、発電機や外部電源系そのものが正常であっても、電源母線や電源盤の損傷によってSBOに至りうるということを、教訓として学んでおくべきであった。原子力安全委員会ではこの事例について検討が行われているが、委員からの指摘に、当時の保安院の説明者は「大体BWRの場合終局で少なくとも8時間ぐらい。それから、PWRの場合はある処置を前提にすれば5時間ぐらいはその状態での維持が可能でございますので、その間の外部電源の復旧。日本の場合大体送電系統の停電というのは30分ぐらいというような実績がございます。それから、先ほども申し上げましたD/Gの補修とかそういったものを考えて十分な余裕があるというふうな認識ではございます」と回答している。それ以上の議論は行われず、結果的に本格的な教訓は得られなかった。

「第3部 歴史的・構造的要因の分析 第7章 福島原発事故にかかわる原子力安全規制の課題」『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』 2012年3月 P277-278

一部で悪名高い東大教授の岡本孝司氏も本件を取り上げたが「日本の安全性向上に反映されたか不明」とした。氏の手になる追跡調査は見つからなかった。

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岡本孝司(東京大学)「福島第一原子力発電所事故の教訓」日本機械学会HP 2011年11月28日

民間事故調、岡本氏とも触れていないが、日本と台湾は民間レベルで「日台原子力安全セミナー」を毎年開催してきた。芸能人や文化人を呼んだ一般向けの宣伝用ではなく、プロ相手の実務会合である。2002年(第16回)では馬鞍山事故を受けて電源喪失が主要なテーマとなった。そして、日本原電からも講演者が一名参加し、パネル討論にも登壇していた(武藤直人、当時日本原子力発電発電管理室プラント運営管理グループマネージャー(副部長))。

保安院の説明は当時のAM策(過酷事故対策のこと)で新味は無い。しかし、セミナーでは武藤氏とは別の講演者から興味深い事実が提示されていた。過去20年の間に国に報告された非常用ディーゼルトラブルを集計したところ、1回辺りの平均ダウン時間が100時間を超える発電所が3ヶ所存在し、日本の全原発の平均を取っても60時間だと言うのである(「中島知正(原子力発電技術機構)「日本における外部要因による計画外原子炉停止及び非常用ディーゼル発電機トラブルの統計分析について」)。

要するに、外部電源が喪失した状態でディーゼル発電機が一度故障すると、平均を取っても再起動に2.5日から4日かかり、BWRで標準となっていた8時間現状を維持する体制では、持たないという事を意味していた。

この事実を提示した講演者の中島氏は当時の通例に従って、外部電源が故障する確率と非常用電源が全て故障する確率を掛け算し、それが10^-7(/年)以下のため、「台湾の第3原子力発電所で発生したような事象は、日本では確率的に発生する恐れは殆ど無い」と結論した。

このような事実もAM策を検討した90年代初頭には情報としては上がっており、中島氏の論法もその繰り返しに過ぎない。ただ、少数の特定の委員会内部だけで読むレポートでは無く、日本原電の講演者を含む安全セミナーにおいて「電源喪失は無い」という神話の根拠が深いレベルで説明されたのは、ポイントだろう。

興味深いのはパネル討論で中島氏が台湾の事故のようなケースを考慮せずに確率計算したため、「非常に保守的な評価となってしまった」と反省の弁を述べていることだ。

また、パネル討論でコメンテーター役が設定されており、三菱重工の米沢隆氏が務めていた。恐らく、彼のコメントと思われるが、次のように教訓を述べている部分も注目される。

長時間(注:ここでは30分以上を指す)の電源喪失事故に関しては、日本では確率的安全評価(PSA)によって原子力発電所は送電系統の信頼性が高いため全電源喪失事故は炉心損傷リスクの主要寄与因子でないことが示されているが、長時間の全電源喪失事故対応も考慮したAM策が整備され、その中で、交流電源回復手段として隣接ユニットの非常用電源を利用してバックアップする方策(号機間電源融通)が準備されている。

台湾では、長時間の全電源喪失事故発生を想定しそのための十分なAM策と必要な設備対策がとられていた。従って、台湾の全電源喪失事故事象教訓に照らし、深層防護の観点から現状の日本のAM策の更なる改善要否について検討することが望ましいと考えられる。

台湾第3(馬鞍山)原子力発電所全電源喪失事故:原因と今後の課題

東電福島第一は「AM策の更なる改善」として2000年代に追加の電源喪失対策をしなかった。日本の原発全体を概観した先行文献でも、東電の右に倣えだったように説明されている。東日本大震災以前、日本のAM策は内的事象(機器の故障)のみを対象とし、外部事象(災害、テロ等)への対策は建設当時施された内容から進化していなかった。台湾は馬鞍山当時から内的事象も外部事象も想定し、塩害は外部事象に分類されたらしい。

【1-4】PWR各社は相次いで外部電源を更新

しかし、私は先行文献の「日本は行政指導の元、横並びで外部事象への対策を強化しなかった」という見方に異論がある。

電力各社の原発外部電源-関電美浜・原電東海第二は開閉機器更新の実施未定-」で外部電源の耐震性が低い原発の更新状況を各社に質問した。BWR各社については1997年に島根1号機でGIS更新の先進例があった後は、浜岡1・2号機が廃止された以外大きな動きは無く、台湾の事故後のGIS更新も無かった。一方、PWR各社を見ると、台湾の事故の後、外部電源を更新した社が存在する。

  • 関電高浜:福島事故前にGISに更新(2001年以降かは不明、経年からは可能性高)
  • 四電伊方:1号機、2号機ともGISに更新(2004~2005年)
  • 九電玄海:1号機、2号機ともGISに更新(2008~2009年)

三菱のGIS開発研究の初期に書かれた『電力機器の耐震設計方法に関する基礎的研究』(1971年)という大論文がある。引用はしないが同論文を読むと、国内外で発生した大地震と電力設備の被害を詳しく調べるなど、当初よりGISを実用化すれば地震対策へ大きな効果を見込めるものとして、重視していたことが分かる。そのような技術的思考が後輩技術者に受け継がれていたとすれば、台湾の事故を後押しにGISへの更新提案を行っていても不思議ではない。実際、2000年代後半に入ると日立、東芝、日新など変電機器メーカーも相次いで更新提案を強化し、それを社史や技報でPRしていった。

なお、GISの特徴として耐震性の高さの他、主要機器が密閉されているので塩害に強い点が挙げられる。一般論としては、台湾の事故を受けて提案する対策として最適だった。もっとも、東海第二の主要な外部電源である275kV回線の開閉所は耐震性の低い空気式(ABB)ながら塩害対策のため屋内収容されていたので、【1-2】で紹介した154kV回線(屋外設置)の更新の場合のみ、塩害対策上のメリットがある。

電源喪失対策は、後で議論するように非常用発電機の増設も指し手の一つとしてある。しかし、1990年代に東電福島第一で増設を実施した際は、設置変更許可申請を行っている。これを前例とすると、定置式の非常用電源の増設は表立った動きとならざるを得ず、地元の刺激を無意味なまでに恐れていたらしい電力各社にとって政治的に好ましい施策では無かったようだ。

なお、設置変更許可を要しない移動電源車の常置策は、何故か採用されなかった。私が直接当事者から聞いたところによると、1990年代にAM策を検討した時、メーカーサイドから電事連に提案はしたそうだが、葬られた経緯は不明だ。規制側(当時はエネ庁)の資料には一言も触れられてない。

このように見てくると、経年を理由にした外部電源の更新は、外的事象による電源喪失への対策として、絶妙な位置にあったのかも知れない。

だが東電と、(東電の子会社化が進んでいたらしい)日本原電は、そのような更新を先送りし続けた。

【2】非常用電源

【2-1】隣接原子炉から電源融通が不可能な東海第二

ここで、【1-1】~【1-4】で議論してきた外部電源から目を転じ、非常用電源について概観する。非常用電源は事故時対応の本命であり、初期の原発でも定置式が最低2台あり、1台トラブルを起こしても、もう1台で冷温停止まで導けるだけの容量を付与している。これがその後、何の強化も無かったのか、という疑問のある方もいるだろう。福島事故前の経緯をきちんと調べると分かる事だが、1990年代にAM策として非常用電源も強化された。

どういう内容だろうか。

一つのサイトに原子炉が複数ある場合、福島のように共倒れになってしまう危険がよく指摘される。しかし、上記セミナーからの引用にもあるように、非常用電源が各原子炉に設置されていることを利用すれば多重性と限定的な多様性を付与出来るため、隣接原子炉の非常用電源から電源を融通出来るようにするAM策が1990年代に実施された。

Nsc_senmon_shidai_gensi_kentou_gens 軽水型原子力発電所におけるアクシデントマネジメントの整備について 検討報告書資源エネルギー庁199410P12 (archive.orgで閲覧可能)

1998年に東海発電所が廃止されてから、東海第二は単独立地のプラントとなったため、「隣接ユニットの非常用電源を利用」することは出来なかった(上記資料に東海第二が挙がっているのは、94年の時点で、東海発電所の廃止が見えていたからだろう)。

Amhpcsdgtepcovideo_2 「IIIアクシデントマネジメント策」『アクシデントマネジメント』東京電力、東芝、東芝アドバンストシステム(リンク

 

福島事故前に製作された東電の所員向け教育ビデオにおける電源融通の様子。隣接プラントの無い東海第二では、このような模式図は成立しない。

このような「欠点」を持つサイトは当時北陸電志賀1号機(後に東北電東通1号機)などがあり、いずれもBWR-5であった。国はBWR-5が通常の非常用電源2台の他にHPCS(高圧注水系)専用の非常用電源を1台設置してあったことに目を付け、HCPS用非常用電源を通常の非常用電源としても利用出来るように結線することで、号機間融通策の代替措置とみなした。

しかし、この代替措置は矛盾している。福島第二や柏崎刈羽のBWR-5は隣接プラントを持っているが、自プラントにHPCS用の非常用電源も持っている。もし、代替措置で十分なのであれば、これらのプラントでもHPCS用に結線するだけで事は足り、経費は節減される。隣接プラントから電源融通のタイラインを引いてくる必要は無い。

逆に言えば、隣接機からの融通が第一とされたのは、このAM策を考案した人達の頭の中で、自プラントの外から引いてくることに、物理的な系統分離(セパレーション・クライテリア)という意義を見出していたからだろう。

2017/2/20追記。NUREG-1150で解析対象となったプラントを見ると隣接機からの電源融通はBWR-4に、HPCS用非常用電源からの融通はBWR-6に採用事例があった。当時は米国でもこういった融通策が水平展開されていなかったようで、日本側はこれらを真似てAM策に取り込んだのだろう。

そういうことだ。

単独立地プラントの場合、本来は別棟に残留熱除去系(RHR、駆動に大電力を要し、最終ヒートシンク~崩壊熱を海に逃がすこと~に不可欠な系統)を動かせる大容量非常用発電機(最低でも5000kW程度は必要)の増設が必要だった筈である。この方法は複数立地の福島第一だけが採用し、5・6号機を破局から救うことにも役立った。しかし、単独立地プラントでの採用例は皆無だった。

それでも、他の単独立地プラントは、外部電源が新しいGISなので耐震性は高い。そのため、上記セミナーの掛け算の理で考えれば、発電所全体で見た所内電源の信頼性は高くなる。しかし、東海第二はそうではなく、【1】で述べたように外部電源の信頼性も低い。

日本原子力発電との質疑」でも書いたことだが、原電に施策の根拠を問いかけると、国の規制に従った技術的説明は回答するが、どういう議論をしたかについては「社内の意思決定に関する情報等については、回答を差し控えさせていただきます。」と拒否される。日本原電は、2016年秋に地元で20回程説明会を繰り返したが、そういう会社である。

前掲の『東海発電所三十年の記録 運転管理資料編』によると、東海発電所の場合、保安運営委員会を2週間に1回程度の割で開催しており、AM策は「東海発電所アクシデントマネジメント検討結果について」(第234回、1995年8月7日)で討議された。事情は東海第二でも同様だったと思われるが、BWRの場合、資源エネルギー庁の資料は1994年に作成されているので、保安運営委員会の開催はもっと前だったのかも知れない。基本方針は日本原電本社で決めたのかも知れないが、こういった議事録の開示は必要である。

なお、配電盤、非常用電源、HPCS用非常用電源は原子炉建屋の外周に並んで配置されている。

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「第1.2-2図 建屋内平面配置図(地階部分)」『東海第二発電所設備概要』1972年

日台セミナーの台湾側事故報告(日本語訳で配布)によると、非常用電源を現場に行って手動で再起動した際、スイッチギヤ室(配電盤室)で焼損した遮断器から発したものなのか、「現場は煙が充満しており操作がかなり困難であった」と記載されている。このことは、発端となるトラブルを内的事象に限定しても、火災や内部溢水を想定し?、煙に巻かれにくい隣接機からの融通を考えたAM策考案者の正しさを証明している。

したがって、日本原電はこのセミナーの後、別棟に大容量非常用電源を新設するべきだった。しかし、実際にはチャンスを全く生かしていない。

結局、別棟に新たな大容量非常用電源が設置されることとなったのは、福島事故の後であった。

【3】そして、東海第二の電源喪失対策は次々先送りされた

【1-1】~【1-4】、【2-1】と福島第一で取られた対策を踏まえて東海第二を観察すると、非常に奇妙な特徴がある。福島事故前20年ほどの日本原電は他社に比較して、東海第二での電源喪失対策に消極的なのである。

最初は、人と環境の条件は有利だった。【1-2】で見たように意欲はあり、【1-3】で見たように当事者を交えて生の知見を得る幸運に恵まれていたからである。

しかし、外部電源の更新は154kVの遮断器のガス化に留まり、【2-1】で見たように東電のような非常用電源の増設も行わなかった。

2007年の中越沖地震後に東電が免震重要棟の設置を決めると、日本原電も親会社に倣って同様の設備を建設し、小容量(500kW)のガスタービン発電機が屋上に設置されることとなった。このガスタービン発電機は震災に間に合い、仮設ケーブルを原子炉建屋に引いて補助的に運用された(「地震・津波被災を乗り越えた東海第二発電所」『エネルギーレビュー』2013年1月)。

仮設ケーブルということは、本来そう言う使い方を織り込んで設置した物ではないのだろうが、土壇場になって最小限の交流電源喪失対策が奏功したとは言える。例の津波対策同様に評価すべきことではある。しかし長期的な観察結果からは、電源喪失対策に対する日本原電の態度は、ある意味東電以上に原発を運転する事業者としての資質を疑わせる行動が散見される。

なお、日本原電はプラントの安全投資をサボる反面、PR施設東海テラパークを拠点に女性や子供への蔑視思想を根底に置いた啓蒙活動を、他社同様熱心に推進した。「げんでんスマイルフェア」や小中学生をターゲットにした「げんでんe学びクラブ」などが該当する。無駄な活動に費やす余力は持ち合わせていた。

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「日本原子力発電が開催した「げんでんスマイルフェア」」『電気情報』2006年1月(冒頭リンク

一般的に日本の原発は安全とリスクのバランスに欠けているが、日本原電は追加の電源喪失対策を外部電源は20年以上、非常用電源も台湾の事故から10年近くも放置した。無能な原発推進者や司法関係者によくある思考として、結果オーライという発想があるが、このような適切な設備投資の感覚を喪失している事業者に、老朽原発の運転を任せて良いとはとても思えない。

2017年2月12日 (日)

寿命25年、安全率1倍が前提だった「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003)

【前書き】

地震で壊れた福島原発の外部電源-各事故調は国内原発の事前予防策を取上げず」から3本外部電源の問題を書いてから2年以上経過してしまった。それらの記事では、他社が福島事故前から外部電源を更新して耐震強化を図る中、日本原電東海第二、東京電力福島第二については福島事故を経ても脆弱なまま放置されていたことを批判した。

これら2つのサイトは炉形だけを見ても、固有安全性で劣るBWR‐5である。それにも関わらず、再稼働を期待する勢力によって未だに廃炉に至っていないこと、また、東電については司直の場で法的責任を否定し続けている問題がある。そこで今回は、この2年で解明した事実について、外部電源や新福島変電所のような一次変電所に適用される設計指針「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003)を対象に、その問題を論じる。

東日本大震災で被災した変電設備を巡っては、「N-1基準」-送変電設備は1ヶ所の故障に対してバックアップが取れていれば良いという考え方(ただし影響が大きな場合はN-2も考慮)-を盾に「今回の震災はN-10であった」などと東電を擁護する向きがある(石川和男「「電力システム改革」を改革すべし!(その2)」『アゴラ』2013年07月18日)。しかし、N-1基準を肯定したとしても、なお問題提起するべき内容があることを知ってほしいと思っている。

【本文】

以前にも述べたことだが、1978年の宮城県沖地震では、仙台変電所(275kV回線あり)のように大きく損傷を受けた所があり、事故後電中研を交えて原因を調査し、1980年に変電設備の耐震設計指針(JEAG5003-1980)を日本電気協会から発行した。

地震動で倒壊した福島第一の外部電源設備はJAEG5003制定前の設置だったが、指針の内容は一応クリアしていた。倒壊した原因の一つは空気式(ABB)は概してガス式(GCB,GIS)より耐震性能が劣るからだと旧原子力安全・保安院は説明した。私見だが、開閉所を設置している高台などは、原子炉建屋に比べて地震動が大きかったことも理由だろう。

(参考)原子力発電所 開閉所遮断器の型式及び設置年
○今般の震災において、原子力発電所施設内の開閉所において設備の損壊等が発生した福島第一原子力発電所の大熊線1号線及び2号線はいずれも1978年に設置されたABB形式(気中遮断器(空気))であった(※1)。

※これらの開閉所は、JEAG5003-1980制定(1980年)より前に製造しているものの、福島第一1号機及び2号機の耐震性能については、開発段階から先行して動的評価を取り入れており、JEAGの要求性能を有している。

○(社)電気協同研究会による遮断器の耐震性能調査によると、タンク型遮断器(ガス絶縁開閉装置 (GIS)等)は、がいし型遮断器(気中遮断器(ABB等)等)に比べて耐震性能が高いとの結果が得られている。

○そのため、福島第一原子力発電所の遮断器が損傷した原因は、相対的に耐震性能が低いと考えられるABB形式の遮断器にあった可能性があり、今後、遮断器をABB形式からGIS形式に交換していくことが望ましい。一方、同発電所の大熊線4号は1973年設置のABB形式であっても損壊していないこと等(スライド22、23)から、今回損壊した遮断器等の解析による詳細評価の結果を踏まえ、更に検討していくことが必要。

原子力発電所の外部電源に係る状況について」原子力安全・保安院 2011年10月24日(WARPリンク

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私も、JEAG5003の2010年改訂版を参照した。256ページもある、本と言って良い厚さである。最初精読した時は特に不審な内容は見当らなかった。ところが最近、制定当時の技術的根拠を電中研の地盤耐震部が解説した専門誌の記事などを読み比べて、驚いたことが3つあった。

(1)開閉装置の寿命は25年を前提にした指針

一点目は、指針の対象となる開閉装置の設備寿命は25年と考えられていたことである。JEAG5003は確かに参考資料として河角マップの75年地震期待値を載せているのだが、その根拠として、設備寿命25年の3倍の期間を想定すれば十分であるとの考えに拠って定められたことまでは書かれていなかった。

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塩見哲(電力中央研究所土木技術研究所地盤耐震部)「新しい動的設計を図解する」『電気計算』1981年6月P40

通常、設備の寿命を見込むには、その部材の劣化特性やフィールドに設置された設備の実態調査を踏まえて決められる。開閉設備の場合は、基板やリレーと言った電気電子部品から、筐体の板金や碍子に至る部材の劣化状況や、メーカーの納入仕様書を見ることになるだろう。しかし、当指針を読むと部材の劣化状況とは別に、指針が想定した耐震性能によって自動的に25年という上限が定められることが分かる。中国電力を皮切りに、東電、日本原電以外の各社が続々と外部電源を耐震性の高いGISに置き換えていったのは、単なる劣化判定や保守部品の入手難ばかりでなく、この指針の根拠に自ら気づいたか、メーカーに提示されていたからだろう。

原発の基準地震動に比べればJEAG5003の考え方は遥かに緩い内容と思われるが、そのことを横においても、次のような問題点を指摘できる。

●河角マップが古すぎて役に立たない
福島原発1号機建設期に指摘された地震想定の問題点」でも指摘したが、河角マップは1950年代初頭に作られた地震期待値図であり、各地の期待震度が低すぎる。1960年代末にはより期待震度を厳しくした後藤マップが出現し、その後も幾つかの研究機関が類似の震度期待地図を発表、現在では地震調査推進研究本部(推本)のデータを元にした地震動予測図が最新の期待地図となっている。ロバート・ゲラー氏は東日本大震災や熊本地震を例に、推本データによる地震動予測図も「外れマップ」として批判しているが、河角マップに比較すれば厳しい内容のため、予防的には河角マップよりはマシと言える。なお、河角マップは一般建築物の耐震基準にも参照されてきたため、その問題点は2016年熊本地震でも批判された。

●25年規定を明文化していない指針を制定する行為は、モラルハザード
25年を経過したら更新するか、25年以上使用する設備は、75年期待値図を使用してはならないように、JEAG5003に明文化するべきであった。

河角マップは75年期待値図の他、100年期待値図と200年期待値図が存在し、それらの震度期待値は75年期待値図より大きい。このことは最低でも経年25年~33年の設備は100年期待値図、経年33年~66年の設備は200年期待値図を使用すべきであったことを教えている。考え方としてはそのような方向で解釈すべき指針であり、実態を反映せず明記を怠り続けた指針制定の委員会には、大きな責任が生じる。

なお、1978年に設置された福島第一1・2号機用の外部電源は、2011年時点で経年33年であり、GISに更新工事中だった3号機用以外は34年目以降の使用を前提としていた。従って、例えCクラス扱いであっても、事実上河角マップの200年期待値図を最低でも前提にする必要があり、地震学の発展を考慮すれば、更に厳しい内容が要求されるのが筋だった、ということである。

JEAG5003の問題だから、新福島変電所にも、東海第二の開閉所にも、東海第二と接続する東電側の一次変電所にも上記の問題は当てはまる。しかし、1990年代に寿命40年超を迎える原発の高経年(老朽)運用が可能であるか研究された際、主に原子炉周りの機器の寿命評価ばかりに視点が集中し(意図的に寿命評価をパスし易い機器のみフォーカスされた可能性もあると思うが)、外部電源の設計指針の問題は、公開の報告書では全く取り上げられなかった。

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徳光岩夫「原子力発電所は何年くらい安全運転が可能か」『電気計算』1999年7月P35
※幾つかのステップを経て高経年化対策が検討されたことが分かる。しかし、当時の文献を見てもJEAG5003の中味を議論した形跡は見当たらない。

(2)JEAG5003が前提とする地震動は震度6

先ほどの『電気計算』1981年6月号記事を読めばわかるように、JEAG5003が想定した震度は当時の階級で6に過ぎない。加速度で言えば250~400Galに相当するとされるが、後年震度が体感から地震計のデータを利用した算出法に改められ、震度6であっても400Gal以上の揺れを与えることは珍しくなくなった。なお、リアルタイムで震度7が計測されたのは1995年の阪神大震災が初めてで、2007年には新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発でも記録された。上述のようにJEAG5003は2010年に改訂されているが、このような事実を取り入れて、指針を改めることが無かったのは、到底許されることではない。

(3)想定地震力に対する安全率は東電社内規定に合わせて1倍

JEAG5003では、がいし形機器への設計地震力を「0.3G共振正弦3波」(Gは重力加速度で約300Gal相当)と規定している。

しかし、この値はJEAG5003制定以前に東京電力が社内規定で定めていた内容を色々な計算で肉付けしオーソライズしたものと考えられる。東電が社内向けに編纂した『変電技術史』には次のような経緯が書かれている。

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「第11章第1節変電所設計5.防災・安全及び環境対策」『変電技術史』東京電力1995年P557

上記のとおり、東電の社内規定では、この設計地震力は安全率との掛け算で表現されており、その安全率は1倍であった。JEAG5003の何処を見ても、地震波の入力位置(高い位置の方が振れが大きい等)による増幅率は明示されているが、安全率1を掛けた値であることは明示されていない。これが、旧原子力安全・保安院が東電の説明を受けて書いた文言「開発段階から先行して動的評価を取り入れており、JEAGの要求性能を有している」の実態だった。

加えて、1977年度に大学の研究者が東芝と共同で研究した空気式遮断器(ABB)の耐震性に関する博士論文を読むと、安全率を2倍に取っている電力会社も存在していたことが分かる。

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藤本滋(慶應義塾大大学院工学研究科)「第1章 序論」『大電力用空気しゃ断器の地震応答解析』1978年3月P1-2

電力業界は変電機器の耐震設計について社内でどのような考え方を取っているのか(JAEG5003準拠で済ませるのか、更に厳しい値を設けるか)、分かり易く纏めてネットに公開していないが、上記藤本氏の論文によると注釈(4)の「電力会社の耐震設計について(アンケート調査結果)」(中部電力社内資料1968年8月)が存在している。新しい資料ではないが、経緯解明には役立つだろう。

また、宮城県沖地震の調査でも、電気事業連合会は『変電設備耐震特別委員会報告書』(1979年)をまとめてJAEG5003制定の際に、影響力を行使していた。従って、『原発と大津波』に示されたように、津波評価技術において土木学会をオーソライズの舞台として使ったのと同様、いや先んじて、変電機器の耐震指針制定でも、実際の作者は日本電気協会ではなく、東電であった。

以上の3点から、初期原発の外部電源および一次変電所は25年以内に耐震強化の改修・更新工事を必要としていたことが分かる。東電福島第一も、日本原電東海第二も本来はその流れを受け入れるべきだった。

なお、今回取り上げた文献の内、『電気計算』1981年6月号は変電機器の耐震設計特集となっており、塩見氏の他にも投稿記事がある。その中には、非常に少ない可能性とは言え、JEAGで想定した以上の地震が起こる可能性はあると認めた上で、耐震向上、復旧対策に「各電力会社は万全を図っている」と豪語しているものがある(百足武雄(東北電力工務部)「地震におけるがいし形機器の被害」『電気計算』1981年6月P52)。細かいことだが「万全」とは、ゼロリスク論に容易に繋がる言葉でもあり、注意が必要だ。

また、藤本論文は第5章、第6章(まとめ)にて、共振正弦3波を用いることの妥当性も検証し、特定の条件下においては実際の地震動に対して十分安全側ではなく、実際の地震波を用いた解析の必要性を結論している。

更に、『変電技術史』では水害対策として、1989年以降毎年変電所周辺環境の変化(河川改修や冠水状況など)をチェックすることとした(P564)、「重要変電所における重大事故時の処置」を制定した(P686)などと、これまでの事故報告で未踏の事実が書かれている。

しかし、今回の記事ではそれらの詳細については不明な部分もあり、省略した。勿論、偉そうな態度で電力会社への愛の言葉を垂れ流すインターネット上の自称関係者達は誰一人、こういった具体的な内容に言及していない。

2017年2月10日 (金)

「社員だけが非公開の内部情報にアクセス」と自慢するあさくらトンコツ氏の見栄

前に福島第一排気筒問題で一部作業員、偽科学関係者が振りまいた安全神話を書いた時にもこの方観察して思ったのだが、11人の部下を率いて1F廃炉現場にいると称しているあさくらとんこつ氏って、身内でもバカにされてるんじゃないだろうか。

あんまり使いたくない表現だけど、地頭が絶望的に悪い。

【1】論文で勉強しろ。でも本当に重要な情報は教えないよ。
相手の皮肉は勿論、連ツイの矛盾にすら気づかない愚かさ。分からないなら、勉強する意味は無いだろう(新発見狙いの研究者やクレムノロジーとかは除く)。

この話を聞いて思い出したのは、私も勉強しようと思って電力会社や電力中央研究所の図書室に問い合わせしたところ、外部からの閲覧は受け付けていないと冷淡に回答された経験だった。あさくらトンコツ氏が居た研究所というのは、大方そういう所だろう。彼の主張は見せないと断言している図書室に来いと言ってるのと同義だが、一体何を考えているのか。

【2】ネットの喧嘩如きで守秘義務のある話を持ち出す
一般産業界を含めてほぼマナーだと思われるが、守秘義務の直接当事者なら、黙るのが普通である。内部告発や批判的研究が例外扱いされているのは、密室でのインモラルな行為を晒す事に公益があるからだ。意味も無く社内で研究中の開発品についてペラペラ喋ったり、図面の存在などを誇示するのはアホのやることだ。

勿論、分野によっては日本の情報公開のレベルが低くて、中国などの方がしっかり開示していることや、以前は詳しく説明していたが、今は表面的な発表に留まると言った時期による差もあるだろう。

規制の厳しい業界だと契約によっては、その仕事をしてることも話すなという文言もあるようだ。かつて、シャープ亀山ディスプレイに市場価値が認められていた時にも、そんな話を聞いた。

ていうか、私もサラリーマン(非原子力業界)の端くれだけど、職場にこんなのいたら…だなぁ。研究所で重要なデータへのアクセス権を持っていた人が廃炉の現場に回ってるという事は、懲罰人事を想起。口が軽いので外されたのでは?

余談だけど全体が見えない人って、細かいことでは器用って結構あるんだよね。国の言うことには何でもヒラメな一部のマニア向きの表現だけど、『レッドサンブラッククロス』にスターシステムで出演した真田中将もそういう台詞を与えられてるよ。

ある意味現場向きの楽天家。絶望の職場と思ってないのだから、雇う側からすれば使い易いのだろう。

【3】お手製企業広報の罠
「自分で語ろう」と煽っていた東電のような例外(コロラド氏のtogetter参照)はともかくとして、推進陣営の構成員をやっているなら、企業プロパガンダは広報に任せておくのが筋。意味の無い愛社精神の発露は内輪でもドン引きである。

もっと言えば、広報の外注先にしても企業の担当が決めているので、わざわざ井上リサとか、アゴラ御一行様の垂らす釣り針に食いつくのはアホだろう。原発プロパガンダにもピンキリがあり、公式系は嘘を入れたり、不都合な情報を教えないことはあっても、普通は他者への直接的な悪口は入れない。東電が嫌われる理由の一つが「慇懃丁寧だが、内容は冷淡」という態度だが、そのことを良く表している。勿論、公式系が問題無いという事では無く、彼等も原発事故の戦犯であることは、「テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した福島第一原発」で論じた。

ネットで営業してるPA業者は公式系より更に悪い。感情に任せた悪口が山盛りで、紙にも残し、広報請負人としてクオリティは最低と言って良い。在特会や日本会議のような反社と同レベルである。

【4】本質的に詐欺師の話法
「詳細は知っている。教えないけど、大したことは無いんだ」

あの事故の後、初めて会った人間にこんなこと言われて信じる人いるのだろうか(笑)。

そんな話を聞かされても「本当に見れないか試してやるから文書名教えろ。開示請求するから」で終わりである。特に原発のコストの話など、機密に指定しやすい技術の話では無く、お金がメインの話である。経済産業省お得意のモデルプラントなどという空想は止めて、各社の収支見通しをあさくら氏が見たというレベルまで細かく開示するのが筋だろう。それが出来なければ消費者や株主に対する背信である。

彼を見ていて救い難く馬鹿だなと思うのは、社員として一定のアクセス権を付与されたり、学会誌を購入していれば事足れりと思っている能天気さ。私の経験から言うと、学会誌は学会員を肉屋の豚として扱う事もあり、思ったほど有益な情報が得られない。クロニクルに並べたブログ記事を見直して思ったが、津波想定にせよ、地震想定にせよ、本当に重要な話は学会誌以外から発掘したし、他人の学会誌論文を鸚鵡返しするだけでは無理だった。

大きな本屋の科学コーナーに何冊か置いてある企業研究者向け論文の指南本を読めば分かるけど、経営判断に係わったり現状の方針を否定するような研究は社内の審査で跳ねられる。企業技報の論文がバイアスかかっていたり、深みに欠けているのは機密だから、と言うだけではない。そういうことを見越して社会への問題提起はブログなどで私的に行なえとアドバイスする本もある(例:石田秀人『はじめての「技術報告書」』工学社 2008年)。

もっとも、業界の現状を肯定するだけのあさくらトンコツ氏や、勤め人系の原発推進オタクには縁の無い話だろう。彼等が会社の方針に合わせた話を企業を通じて発表出来ないのは、憎たらしい外部の連中に自慢話が出来ないからである。企業技報は私的な自慢も禁止だから。

【追記:いい年して「ジオン軍の階級章だぞ!」】

ユーキムさんとあさくらトンコツさんの原発のコストについての議論 - Togetter

一連の流れを推進派自らがまとめている。どう読んでもあさくらトンコツ氏は「ジオン軍の階級章だぞ!図が高い」以上のことを言えてないのだが、いい年して小学生のように信じ込む奴輩が集まっている。

ま、後ろから指差されてても外向けなら「俺はエースパイロットだ。階級章大事にしろよw」位の法螺は吹けるからね。揃いも揃ってアニメ大好きな割に肝心なことが何も学べてない様で何よりだ。

2017年1月14日 (土)

【商業右翼は】書泉とTSUTAYAとワニブックスを不買した話【大嫌い】

つい数日前、神保町に行った折書泉グランデに立ち寄ったことがあった。

Kandakeizaisinbunshosen神田経済新聞より

グランデと言えば、最近文谷数重氏が次のように酷評している。

 「タダで貸す」といった書泉は「そのレベルなんだろう」とそれから行ってもいない。あそこは昔、争議があったあたりから本屋としてどうもな感じ、目利きが駄目になった感があった。5回の建築技術がなくなったりね。

東京堂が愛国オバサンをボイコットできてヨカッタとおもったよ 隅田金属日誌

グランデに入店してから、上述の桜井誠『大嫌韓時代』サイン会の件を思い出した次第。篠村書店、マーブルディスク、BAMBI神保町店、とんかつ駿河となじみの店が消えていく中、神保町の顔と言って良い書泉は自らその顔に泥を塗る選択をした。

(1)客を選び、買い回りの出来なくなったグランデ

それでも、鉄道とミリタリーの売り場を大幅に拡大していたので、その分野のマイナーな本を探す目的では、まだ役立つことはある・・・と思っていた。

しかし、最近の書泉グランデ、改めて見直してみると酷いことになっているのである。

まず、1階屋外に産経読んでそうなファッションオタクを目当てにした戦争ドキュメンタリーを陳列、店内はライトノベルの広告が目立ち、コミケ会場か歓楽街の飲み屋のようだ。2階はマンガ関連コーナーに代わっているらしい。

5階のミリタリー、6階の鉄道の階も一層酷くなっている。それぞれにワンフロア充ててしまったため、海外の書籍や同人を加えても場所が余ってしまっている。何せ、メジャーな雑誌のバックナンバーを平積で並べている有様だ。関連グッズコーナーも広く取ってある。最早、本屋では無く模型ショップか軍装店のようだ。心なしか、エレベータ周辺のポスターの貼り方もだらしのないアニメショップみたいで汚い。そう思って調べてみたら2011年にアニメイトの子会社になっていた。成程。

何よりも不便になったと思うのは、一般書に割く面積が大幅に減少しているため、鉄道、ミリタリー、マンガ以外の買い回りが出来ないこと。

良く見てみると、時間帯の割に客足も昔より減り、一層偏っているように思える。「これが普通の日本人が行く本屋の姿か」と皮肉を飛ばす気も起きない位、まともな本屋じゃないなぁ。

アニメイトの方針もあるだろうが、西葛西店や川口店を失ったことも、書泉社内から一般人の感覚が消え失せる遠因になってるかも知れない。まぁ、死んだ親父が通ってた頃の70年代80年代の書泉は郊外店舗など展開してなかったけれども、聞いている限りそんな本屋では無かった筈だが。

昔話はともかく、上記争議の前からいるベテランの采配のためか、独特の分類がされている書架の中から、ある研究書を発見した。これは欲しい。しかし、やはり書泉では買いたくないな、とも思った。嫌悪感を武器に右翼的・翼賛調な本を研究のため買った人にまで「加担者」のレッテルを貼って回る某御仁程ではないが、桜井誠をわざわざ応援するような書店に金を落とす気にはならない。なら書名を控えてAmazonなどで買えばいいと思われるだろうが、生憎ペンを持っていなかった。

(2)書泉とTSUTAYAで見つけた本を他の書店で買う

そこで歩いて2分も無い場所にある三省堂に行って同じ本が置いてないか探すことにした。三省堂は書泉より広く、昔からほぼ全ジャンルに強い。2014年に右翼系ジャーナリスト井上和彦の本の広告を掲げたことはあるが、過去、どちらかと言えばリベラル系も積極的に売ってきた実績を加味し、書泉よりはまだしもかということで(東京堂には、その本はなさそうだということもあった)。ペンと時間があれば、神保町以外の大型書店に行くことも出来たのだが。

店内の検索端末を使って調べた所、お目当ての本も在庫していることが分かり、一件落着。書泉で買わずに済んだ。そう言えば書泉には検索端末も無いから、利便性の面でも差が付いてきている。

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三省堂に設置された書籍検索端末。写真は大宮店のもの(ホームメイト書店リサーチより)

三省堂はコンセプト的には昔と変わらず総合書店なので買い回りが出来るのも好ポイントだった。その日は、件の研究書の他に、生活系(衣食住健康系)の本で探しているものがあった。元々、通勤ルートにあるTSUTAYAで見つけたものだ。しかし私は、TSUTAYAも武雄図書館問題以来不買しているので、都心の書店に出た時に買おうと思っていたのである。

(3)ワニブックスを止め、類似本を別の版元から選ぶ

そこで、これも検索端末で調べ、別の階に行って入手・・・する筈だったが、今度は出版社を見て渋い顔になった。版元がワニブックスだったのである。その本は期待通りの出来で原発事故の生活への影響もちゃんと反映しているのだが、ワニブックスは『民進党(笑)』とか『『日之丸街宣女子』から思いを込めて』など、ネットスラングをそのままタイトルにした小汚い煽動本、日本スゴイ本を物凄くプッシュしている出版社である。ある意味、WACより酷い。

幸いにして生活系の本であるため、内容はオンリーワンという訳では無く、何冊か同じような本が出ていた。そこで、別の本を探すことにし、出版社を変えた。代わりの本の出版社も日本スゴイブームには便乗していたが、現代の中韓でも評価を貰えるような事案(良品を売ったとか慈善事業に貢献の類)であり、悪し様に罵ることは避けているように思われた。批判的視点は大切だが、誰しもが『日本スゴイのディストピア』に匹敵する批判本を出すことは能力的に難しいということもあろう。時間の制約もあるのでこの社の本に決める。件の本の著者に罪のある話ではないが、仕事は選んで欲しいと思っている。

講談社のように右から左まで資本の論理に従って売りまくっているような総合出版社に対し、過敏に意識するかのはどうかと思うが(そういう場合は問題ある本を槍玉にする方がベストである)、書泉・TSUTAYA・ワニブックスのような、代替物が存在し選択に多様性のあるケースは、積極的に不買していきたいと感じた一日だった。勿論、三省堂が不満ならジュンク堂や紀伊国屋や地域の書店を選ぶ方法もあることも付言しておく。

2017年1月 3日 (火)

瀬川深氏の『君の名は。』批判に見る名誉白人風味の皮相性

普段政治的な不満を代弁してくれる人であっても、全ての面に同意するとは限らない。よくあることだ。

その一例が海外から日本の欠点なるものを親切に指摘する、名誉白人達である。確かに彼等の指摘する社会問題は野党支持者を中心に国内でも深刻だと考えられており、それを打開するために努力は必要である。共感出来る主張は多い。

だが、私が時たま思い出すのは、警察予備隊の創設に関わった米軍人フランク・コワルスキーの言「アメリカに心酔し、アメリカ人の気に入ろうとする日本人からは、いつも遠ざかるようにした」である(『日本再軍備』P139)。旧軍将校や一部自衛隊幹部などを指している。彼等は表向き日米友好プロパガンダに乗りながら、実際は戦中の失敗をさして省りみることも無く「日本のシビリアンコントロールは只の内務軍閥」と不平不満を言い続け、軍国主義の復活を夢想してきたからだ。

鏡のような存在を見ていても思い当たることがある。例えば、日本スゴイ番組に登場し、耳触りの良い甘言を弄する石平やケントギルバート。彼等はよく「模範的日本人像」を示すことがあるが、元々日本に住んでいる人達がそれを字義通り受け取っているとはとても思えないときがある。「心の綺麗な欧米人」をすぐ暗示する名誉白人達も、この裏返しのような存在である。

瀬川深氏は積極的に意見を発信している人士の1人だが、そういったものを感じることがあるので、今回『君の名は。』を例に書き出してみた。

監督でさえ公開間もなく公式に認めざるを得なくなった本作の裏テーマ、震災映画としての性格を全く理解していないことが伺える。以前感想をアップした時にも述べたが、『君の名は。』は時間を遡ってリプレイしている。科学の限界を超えており、未来でも実現しそうにない魔法の技術。現実には無理だと認めたのと同じなのである。道理に基づき、筋の通った住民避難では意味が無いということだ。何故ならば、この映画はそれがかなわなかった2万人を意識した作品だからである。

ついでに言えば「なんか年寄りが曖昧に語っている昔話」は、市原悦子が声を当てた祖母の事なのだろうが、壁画と大火のくだりから分かるように典型的災害伝承をモデルにしている。現実に津波伝承は災害研究で重要視されており、そこから学んで大津波を回避した実例もある。嘲笑する態度はあの東電と全く同じ姿勢と言えるだろう。

後はツイートの時系列順に沿うが、何だかなあ。

私は小林よしのりの差別主義を批判する者だが、10数年前彼の漫画に晒された辺見庸氏のことを思い出した。彼はNews23にて「左翼に興味を持ってくれない民草」を小馬鹿にしながら、その民草が熱狂しているワイドショーは「自分も面白い」と自白してしまったのだ。まぁ、洋画厨や海外ニュース厨のゴシップ根性との相性を見ていれば、当然の本音ではある。 瀬川氏のひるね姫の件も正にそれではないのかね。

そもそも、邦画の予告批判自体、虚偽に近い誇張である。2016年秋~冬にかけて10回は映画館に行ったが、予告がかかっていた邦画を思い出すと、「何者」「闇金ウシジマくん」「土竜の唄」「本能寺ホテル」「相棒」などだった。恋愛物に限っても「僕の妻と結婚してください」「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」等高校生が主役ではない作品も混じっている。単に瀬川氏が女子高生に「お前は映画館に来るな」とおっさん目線で生活指導したいだけではないだろうか。

そういえば、関連してこんな評もあった。

こういった表現を眺めていると、『君の名は。』は女子高生ばかり出てくる作品に見えるが、実際には主人公格の三葉と脇役で登場する友達、名取早耶香の二人だけ。また、「ギャルゲー的描写」は確かにあるが、恋愛映画にもかかわらずべクデルテストは結果としてパスする。何故なら、女性同士の会話の大部分は宮水家および早耶香との間で行われ、男性以外の内容も多いからである。なお、男性の話題であっても「悪名を残した繭五郎の言い伝え」のような恋愛性と無縁な例もある。

フェミニストに媚びての発言だろうが、果たして邦画やシネコンで流している内容を誇張してまで、必要なことなのか。

『シン・ゴジラ』はプロパガンダとして使われるリスクを承知の上で官僚に協力を求めて製作された。動員数は注目すべきだろうが、単に現実の政府のデタラメと対比すれば虚構性を指摘することは簡単であり、情の面でもあの上から目線のために『君の名は。』やジブリ作品ほどの膾炙・浸透は果たせていない。

『君の名は。』に分かり易いプロパガンダは無いが、話の構成を震災責任を免責したい勢力に利用される可能性は警戒すべきだろう。

要するに「何で怪獣は東京ばかり襲うの」「ガンダムなんて非現実的」の輩である。ハリウッド映画にも「宇宙の音」「見えるレーザー砲弾」があり、低予算ミニシアター系も不条理な筋書き・誤魔化しは幾らでもあるのですがねぇ。

名誉白人瀬川氏の家族観が狭量であることが良く分かる。まず、一葉婆によれば宮水家は政治と距離を置いてきたため、町長選では政治力というより、箔付けとして利用したことが伺える。次に、政治家は世襲が多いが「世襲でなければ絶対ダメ」と言う程ではない。初当選した市町村長を見ていれば、大半が男性であるにも関わらず頻繁に姓が変わっていることからも、分かることだ(もちろん、私に世襲・男系を推奨する意図はない)。

また、家庭生活の乱れどころか、前科者さえ政治家にはありがちでホームラン級とは到底言えないだろう。バツ1で首相になった例もあるというのに、違法ですらないバツ1未満の別居に対する偏見は不愉快ですらある。

本質は候補者が建前と本音を使い分け、それまでの利権システムを温存する意思を持っていることだろう。『君の名は。』は冒頭でそれを明示している。

話に絡んでこないのに、瀧が片親であることに理由付けが必要なのだろうか。私も東京っ子だったが80年代時点で、当人が深刻なメンタルに陥ってる訳でもない状況で、そんなこと詮索するような空気は小学校のクラスですら希薄だった。2010年代なら尚更。大方離婚だろうが珍しくも無い。本当に親リベラルなんですかねぇこの人。

「じゃらんとかるるぶのグラビアみたい」なのは遠景の時である。映画は日常風景の描写が主体。雑然とした古民家の和室や学校もそうだし「カフェは無いのにスナックは2件もある」ような田舎のどこが「じゃらんとかるるぶのグラビアみたい」なのだろうか。脳の構造を疑う。

日常描写主体なのは震災映画として「地方にありふれている=東北にもある物」を示す必要があったからだろう。要はファーストフード化する地方とか、昭和期の評論でしばしば見かけた「どこの県庁所在地に行っても駅前が似ている」という視点と同じようなものだ。

瀬川氏によれば二十歳を過ぎた仕事を持っている、3年年の差カップルの存在が整合性を破たんさせるらしい。正に叩きのための因縁。

世の中にはクラシックも騒音扱いする者がいるが、上記も自分が理解できない音楽は全て騒音と見なす人間が一定数存在する、という一例。物凄い音量で流れていたかのようだが、実際は只のJ-POP系挿入歌である。その程度の難癖。加えて疑問なのは歌詞が映画の内容とリンクしていることがそこまで珍しいのだろうか。

それにしても、小説家が他人のヒット小説の映画版にこれでもかと唾を投げつける姿は実に見苦しい。恐らく名誉白人にありがちな、「国産映画がヒットしているから叩く」という動機からだろう。本業の医学のため(憧れの?)海外暮らしするのは勝手だが、思い込み過多な拗らせもここまで来るとちょっと。

『君の名は。』が最近のディズニー作品程PC等を意識しているとは思わない。本来は興行収入目標15億の作品であり、ギャルゲー臭は過去の作品のようなニッチ向けの名残と思われる。作品が万人向けとして受容される中では、弱点になり得るだろう。しかし、言外の目的があるか知らんが、欠点を「発明」してまで叩き続けていると、結局は自身に返ってくるだろうことは警告しておく。

2016年12月23日 (金)

【悲報】清谷800G事件の前「戦車が弾を弾き返すと乗員が死傷する」と思っていた軍事マニア【消印所沢まで】

先のブログ記事を公開したところ、早速2chの清谷スレで侮蔑的に晒された。自慢じゃないが私のブログは来訪者がそんなに多くは無い。ログを見るとその時間に1人いた。法人サーバーらしいが、何やってるんだろう。

ところで、面白いことを教えて貰った。2012年5月に「清谷800G事件」が起きる前は、軍事マニアの周辺では被弾したら乗員が死傷すると思われており、事件後もそう考えている人はいる、ということである。事実とすれば典型的ブーメランだが、さて実態はどうか。

まずは模型屋メーカーの売り口上。

Fushoudoitsuheimokei
●装甲の厚い戦車に搭乗した乗員は絶対に死傷しない、という訳ではなく、敵の砲火に曝され、たとえその砲弾が装甲を貫くことが無くとも、被弾による衝撃によって車内の機器、装備品が外れて乗員に当たり怪我を負う例も少なくありません

●特に、大口径の砲弾を被弾した場合、その衝撃はかなり大きく、車内の機器の破損、乗員の死傷によって、装甲を貫通しなくとも戦車は戦闘不能に陥ってしまいます

ホビーショップ エムズ・プラス

正に、負傷した戦車兵がモデル化されている(発売は2014年)。模型メーカーを馬鹿にする軍事マニアは、いや、本職であってもそうはいないだろう。勿論人のすることだから間違った認識で製品化されることもあり得るが。

次にWarbirds

ww2のドイツ軍の戦車が徹甲弾を受けて撃破された時、中の搭乗員はどうなるんですか?

(中略)122mm 徹甲榴弾なんて食ったら衝撃波だけで致命的かも。
ささき

Warbirdsより

興味深いことに、軍事クラスタの「教典」、軍事板常見問題にもそうした見解が収録されている。

Mltrganrikinetfaq09l22m13
 【質問】
 戦車に関してなのだけれど,90式戦車は自身の主砲の直撃に正面装甲ならば,耐えることができるそうです.
 しかし,どこで見たのかは忘れてしまったのだが,「現在の戦車戦においては被弾=撃破」であるという記事も見たことがあります.
 どちらが正しいのでしょうか?

 【回答】
 現代は戦車砲の威力――より正確には戦車砲弾の威力――があまりにも強くなってしまったので,昔のように
「確かに命中してるが平然と弾き返して無傷」
とか
「何発も命中してるのにちっともダメージになってない」
とかいったことが起き辛く,
被弾=死 に近い様相になる.

 でも90式やM1といった最新(どちらももう20年選手だけどね…)MBTは,
 少なくとも正面装甲なら1~2発は喰らってもどうにか耐えることは出来るし,そのように設計される.
まぁ耐えられたとしても,大戦中の戦車のように「弾き返したヘコみを直せばOK」とか,「喰い込んだ弾を抜いて穴塞げばOK」というのは難しく,後方に送って大修理すればなんとか直るかね・・・というレベルで壊れることは避けられないが,1~2の被弾でならそうは「破壊」されはしない.

(中略)
”撃破”というのは「一時的にでも行動不能に追い込んだ」ではあるから,
>「現在の戦車戦においては被弾=撃破」
であるというのもまぁ間違いではないだろう.

(中略)
モッティ ◆uSDglizB3o(黄文字部分)他 in 軍事板,2009/08/08(土)

【質問】
 戦車の装備する120mm砲って厚さ約1mの厚さの鉄板をも撃ち抜けるらしいですが,戦車の装甲ってその砲弾を防げるんでしょうか?
【回答】
(中略)
ゲーム上では,対戦車ミサイルは前面装甲で受ければオッケーってな事になっていますが,無傷と言うわけにはいかず,レーザー測遠機や弾道コンピューターなど使用不能になったり,
たまに車長や装填手が死傷します.
軍事板

軍事板常見問題より

上記のQ&Aに消印所沢お得意の「注釈」は何もついていない。他人を批判・難詰する際はこんなものではないので、全く疑問に思わなかったのだろう。

当記事で私が問題にしているのは、真偽と言うより、言説の受け止められ方。従って、趣味サイトの記述も論評の対象になる。なお、これらの記述が事実かは断言を避けるけれども、ある種の根強いものを感じる。否定するにしても、最早根拠無しには出来ないだろう。清谷氏が技術者の話を聞いてそう思っても何の不思議もない。それまでの「通説」をなぞっただけである。第二次大戦レベルの戦車砲でも起こっていたということであれば、それより遥かに口径と初速の大きな現代の戦車砲、それも10式の戦車砲なら乗員の負担はずっと大きくても不思議はない。

だからこそ、戦車兵、特に現代の正規軍戦車兵はヘルメットを被り、ボディーアーマーを装着していると思われる。冒頭に示した第二次大戦時の軍装と比べると、重装備だ(もっとも、規律の弛緩した軍隊、温湿環境に不適な装備の場合は、実質的な着用率が落ちることはあり得る)。なお、「ボディアーマーを着れば大丈夫だ」といった言説で以って清谷氏を批判する発言は、当時目にしたことが無かった。

世の中では「都市伝説」化した知見、逆にある時点まで噂レベル/与太扱いだったのに証拠が出てきてひっくり返ることがよくある。しかし、「戦車が弾を弾き返すとどうなるか」については、米軍やソ連軍の文書付などと言った信頼のおける情報源で論証して、清谷氏を「論破」したようには思われない(当たり前だが、今更それをやって「岩見はバカ」と難詰しても無駄)。800Gであるとか、大大大好きな(最新鋭)戦車の乗員が死傷することが感覚的に信じられないから、即物的に反応したのだろう。

特に、JSFとの親密ぶりをアピールしてきた消印所沢は上記のページでも清谷氏を小馬鹿にしている。だがその消印所沢にして、こうした書き込みを「収録」していたことから分かるように、議論の相手によって意見を変えたのが軍事クラスタであり、沈黙したのが「とばっちりを食いたくない」と思った周辺の軍事オタクであるということだ。弾が当たって乗員が死傷するかどうかはともかく、軍事クラスタはやっぱり只の御調子者で無能だな。

2016年12月22日 (木)

【技本の職員も】清谷信一氏が聞いた「衝撃加速度800G」を中傷した無能な軍事マニア達【加担?】

以前、軍事雑誌で10式戦車について書いていた軍事ジャーナリストの清谷信一氏が、近年の戦車砲弾の弾着では乗員は800Gの衝撃を受けるので、とても耐えられないと聞いた、という趣旨のコメントを出していた。

このコメントに飛びついて「戦闘機のパイロットにかかる重力加速度でも10G程度が限界だ」「またkytnか」というような膨大な中傷が積み上げられた。

Togetter309179

私的まとめ キヨさんの10式戦車発言から始まった軍クラ計算大会
page1
page2
page3

それを受けて、軍事マニアでも日記などに書きつける者が現れた。

これはちょっと休暇をとった方がいいんじゃないか RYOの戯言日記~小説、サウンドノベル、銃やらアニメ~(魚拓

ただ、その後も清谷信一氏は800Gという主張を変えることは無く、2016年に入っても東洋経済などで記事を書いている。

さて当時私は原発の資料集めに忙しく(その結果がこの一覧)、上記の話を極表面的にしか見ていなかった。また、素人であることも深く認識していたので、過去にネット上で「あれは相手の発言の趣旨を誤読したもので、衝撃が大きいということを言いたかったのではないか」と書いたこともある。

しかし、衝撃がかかる時間が極端に短ければ、運動エネルギーor力積としてはそれ程大きくなくても、数100Gのオーダーもあるのではないか?という疑問も抱くようになった。ここで「それ程大きくなくても」と述べたが戦車砲弾の撃速(目標に当たった時の速度)であるから、弾速は少なくとも秒速数100m以上はあり、それなりに大きなものではある。

そこで、簡単に調べてみた。

【人は何Gで死ぬか】

まとめの中ではジョン・スタップ大佐が試乗した事例を挙げて50Gという値をJSFが挙げているが、次の文献によると90Gである。

当時(注:1980年代)労働産業安全研究所(現 独立行政法人労働安全衛生総合研究所)で、産業用ロボットの危険性を評価するための実験が行われた。その結果、バーサトランという米国製の油圧ロボットはアームを試験用ダミーにぶつける実験で200Gという衝撃加速度を記録した。人間は短時間でも90Gの衝撃で死亡すると言われる。産業用ロボットのアームがいかに危険かを実感させられる。

『産業用ロボットの安全管理-理論と実際-』2011年P186

60㎞で交通事故を起こした時、シートベルトを締めずに車内に叩き付けられた人形で計測した衝撃が30G程度、別の文献にある胸部合成加速度が45G程度のため、信頼は置けそうである(MEXCO中日本)。

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生体機械工学科  教授  渋江唯司「衝突の瞬間、あなたの身体は  ~衝突時に作用する力~」近畿大学

【身近にある衝撃加速度】

下記のように、激しい自動車事故で100G~1000Gとする文献もあるので、800Gは激しい自動車事故でも発生し得る値ということになる。なお、自動車事故の場合、その持続時間は0.1秒以下とのことだ。そして、800Gの衝撃加速度を受けた人間は、持続時間と質量にもよるが、死んでも全く不思議はないことも確定した。

Yokohamacusportmenuhumankankyou11p3

加速度の現れる場と加速度の大きさと持続時間
(「人間の環境適応を科学する」 第11回 横浜市立大学 35枚目)

もっと述べると、数10Gの衝撃であっても、交通事故レベルであり、戦車兵には十分負担になるであろうこと、死に至る衝撃加速までたかだか2倍程度の余裕しかないことが分かる。そして、200Gの衝撃加速度なるものは、産業用の油圧ロボットでも作り出す事が出来るということだ。桁のレベルでみると、思ったよりはありふれている印象を受ける。

更に調べてみると、荷物が受ける衝撃加速度などというものもある。

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荷物が受ける衝撃を監視するデーターロガー WATCHOGGER/SHOCKの衝撃値
(株式会社藤田電機製作所)2012年10月1日

  • 2Kgの鉄球が1mの高さからコンクリートの上に落下した場合の「衝撃値G」:450G
  • 球速150(km/h)のボールを、ミットで受けた場合:426G
  • 2Kgのダンボール箱を1mの高さから落下:200G

勿論、ボールの質量など違いはあるが、数100Gは相当ありふれてる。800Gにしても大半の人は測ってるのを見たことが無いだけで、取り立てて大騒ぎするようなオーダーではないということだ。騒ぐのはバカだけ。

さて、それに対して、砲弾の世界で数100G以上の衝撃加速はそもそも存在するのだろうか。

砲弾用信管

    りゅう弾砲、戦車砲、迫撃砲用等の各種信管(電気式及び機械式)を製造しています。
    射撃時の数万Gにおよぶ衝撃と数万rpmに及ぶ旋動に耐える強度を有しています。また、これらの力を利用して作動する歯車伝達機構などの各種機構を有しています。

リコーエレメックス株式会社

早くも勝負がついた気がする。数100どころか2桁大きい。

信管が火砲からの発射時に受ける発射衝撃は数千G以上になり、信管に使われる光
学・電子部品が耐発射衝撃を持つことは必須条件である。また、延時機能や不発時対処
のための耐弾着衝撃の重要性も増している。(中略)

本装置は、高圧チャンバに貯めた窒素ガスにより、信管等の供試品を搭載した飛しょう体(質量20kg以下、直径250mm)を長さ18.5mのランチャ内で加速して試験槽内に射出するものである。発射衝撃については、数千Gの迫撃砲1万数千Gのりゅう弾砲の発射を模擬できる。図2に約7千Gの発射衝撃を、飛しょう体に搭載した加速度センサで記録した例を示す。また、鋼板等に衝突する場合の数万G以上の弾着衝撃を模擬し加速度センサで記録することができる。

高衝撃下での信管用光学・電子部品の耐衝撃性評価法について」(防衛装備庁HP)

砲弾が鋼鈑に当たった時の衝撃加速度は数万Gだそうである。あのまとめの軍事マニア達、誰もそんなこと言ってなかったよね。800Gでも「あり得な~い」という流れだった。

【分かったこと】

今回、色々調べたが800Gという数値の根拠として、今回の疑問に即した計算を目にすることは出来なかった。分かったことは、軍事マニアの回答がデタラメということだけである。なお、上記から、清谷氏に800Gと答えた技術者は、数千Gだとか、数万Gという値を引用していないことが分かる。恐らく、交通事故と同じく、何らかの計算処理などを行って合成加速度のようなもので800Gと換算したのではないだろうか(勿論、最初に私が推定したように、桁の聞き違えの可能性もゼロではないが。。。)

もし、清谷氏を責める余地があるとすれば、冒頭のまとめのような下らない揚げ足取りでは無く、「砲弾が装甲板に当たった時の衝撃加速度は数万Gだそうですが、800Gだと2桁少ないですね。どういった計算から求めた値ですか?」と聞かなかったことだろう。軍事オタクは完全に明後日だということ。そのことは彼等がまとめで示した「計算」なるものに砲弾の衝撃加速を数千~数万Gとしたものが無い事からも分かる。

【そもそも、国語力の問題では?】

ここで再度、清谷氏の記事を読んでみる。精々時速数10㎞でしか走行していない戦車が800Gの加速度で彼方にすっ飛んで行く、とは解釈出来ない。そのように曲解しようとする軍事マニア達に無理がある。清谷氏のインタビューを受けた10式の開発技術者は、乗員にかかる負担が大きいことを示すために、砲弾なり、人体なりのいずれかの衝撃加速度が800Gだという説明をした、ただそれだけのことだろう。WATCHLOGGERの文献で見たようにありふれた状況で出てくる値だしな。因縁を付けるような余地など何処にもない。

注目すべきは、何かしら信頼に値する数字を持ち込んできたのは意外にもジョン・スタップ大佐の事例を持ち出したJSF位でしかなく、他は全て恣意的な「手計算」を披露しただけ。しかも「清谷は持続時間の概念が無い」などとうそぶきながら、誰も自分達の設定した「持続時間」が妥当なのかといった根拠を示そうとはしなかったことである。あーあ。

また、最近JSFをデマ師呼ばわりしている(そのこと自体は正しい)AT教団という、IS私戦予備騒動で有名になった軍事クラスタ上がりのマニアが、この件についてはJSF以下の反応(噂話以下と罵倒)しか出来てないのも注目である。幾ら「リベラル左翼」に対抗して?立派に国を憂うそぶりを見せても、これがファッションオタクの限界ということか。まぁ、バトルフィールドがお似合いということである。

【防衛技術研究本部の技術者が一緒になってバカ騒ぎ】

ところで上記まとめに登場するmarman_bandという人物は、防衛技術研究本部の技官を称してるそうで、何か起こる度に家政婦は見たの如く、悪口を添えて見聞記を開陳している。その結果がこの事件であり、艦これJSF理論の信奉者でもある。そして、彼の示した計算結果は数100Gから2桁も逆方向に下がった数Gでしかなかった。数万Gと比べて実に4桁の差。無惨だなぁ。

このような愚かな人材を擁する防衛技術研究本部の屋台骨も、相当にガタが来ているが、彼に関して言えば右派系マニア特有の誇大妄想が精神を蝕んだ。思想信条は用法・容量を守って正しく服用すべきである。ネット回線などさっさと切って、お医者様に頭を検査してもらい清く正しい病識でも持って頂いた方が、日本の健全な防衛力の発展のためにも良いのではないか(滅私奉公アピールで有名な坪倉とか、お医者さんごっこの村中氏とか、リベサヨ筋では有名な逸材も揃ってるし)。今更中年の萌え豚を豆腐の角に800Gでぶつけた所で、何の足しにもならんでしょ。

※16/12/22:細部を修文。

2016年12月 4日 (日)

過去のブログ記事を一覧化して原発クロニクルを作りました

当ブログを立ち上げてから、原発問題の検証を中心に様々な試論を展開してきた。

立場はどうであれ、原発に関心を持つ方に読んでもらえればとの考えで始めたことだが、大分数が増えてきたので、一覧記事を作ることにした。プロフィールにも当記事のリンクを貼っている。

津波想定・地震想定の問題はおおむね時系列順としている。市販の広く流通している解説本や幾つか立てられた事故調の説明をなぞるだけという記事作りに陥らないよう、心掛けた。そのため、殆ど知られることのなかった原発の新たな姿を明らかにすることが出来たと自負している。

【敦賀原発】

【ターンキー契約】
初期BWRターンキー契約の本当の問題点~原電敦賀1号契約を中心に~(1)2016.11.6

初期BWRターンキー契約の本当の問題点~原電敦賀1号契約を中心に~(2)2016.11.11

【福島第一原発】

【津波想定】

東電事故調への疑問 2013.08.06

東電事故調への疑問(第2回) 2013.08.06

東電事故調への疑問(第3回) 2013.08.06

東電事故調への疑問(第4回) 2013.08.06

東電事故調が伝えない事実-津波に対する考え方を整理出来なかった小林健三郎- 2014.05.06

津波記録が容易に入手出来ても敷地高に反映する気の無かった東電原子力開発本部副本部長小林健三郎 2014.06.23

【事故検証は】東電資料より10年も早かった1983年の福島沖津波シミュレーション(前編)【やり直せ】 2015.03.03

【文献は】東電資料より10年も早かった1983年の福島沖津波シミュレーション(後編)【公開せよ】 2015.03.03

【貞観再現】先行研究を取り入れ明治三陸津波を南に移設した宮城県の津波想定調査(1986~88年)【東電動かず】 2015.7.30

中央防災会議の想定は社会にどのような影響を与えるのか-津波対策を強化していった火力発電所の例- 2015.4.11

福島原発沖日本海溝での地震津波を前提​にGPS波浪計を設置していた国土交通省 2015.02.22

日本原子力技術協会が2007年に提起した想定外津波対策-社外からの予見可能性は具体的でなくても良い- 2015.3.14

アメリカにあったMw9.3の津波シミュレーション-「Mw9.0を想定出来なかった」という言葉の背景- 2015.8.26

【地震想定】

福島原発1号機建設期に指摘された地震想定の問題点-原研大弾圧を横目に- 2014.10.06

あり得た第三の選択肢-500Galの仕様も検討したのに実際は値切られた福島第一原発1号機 2014.05.04

【設計指針】
小林健三郎が選んだ「原子力適地」-中部電力浜岡原発などは除外- 2014.05.07

福島第一原発の審査で外された「仮想事故」-予見可能性からの検討- 2014.04.29

長時間の電源喪失を無視した思想的背景-福島第一を審査した内田秀雄の場合- 2014.04.29

寿命25年、安全率1倍が前提だった「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003) 2017.2.12

【非常用電源】
非常用発電機が水没した新潟地震を無視する日本の原子力産業 2014.08.30

福島第一と台湾金山原子力は事故前から姉妹交流-奈良林直氏の海外視察レポートでは経緯に触れず、津波対策だけ宣伝 2014.09.05

【外部電源】
地震で壊れた福島原発の外部電源-各事故調は国内原発の事前予防策を取上げず 2014.11.15

電力各社の原発外部電源-関電美浜・原電東海第二は開閉機器更新の実施未定- 2014.12.28

開閉機器メーカーの活動実態-各事故調が食い込まなかった津波対応、更新提案、カルテル- 2014.12.28

【原発プロパガンダと情報公開】
テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した福島第一原発 2016.5.8

チェック機能を放棄していた福島県の外郭団体が発行元である、「原子力かべ新聞」の問題点 2014.01.02

「”自分の言葉”で語ろうよ」の掛け声からは程遠かった電力マン向け「原子力一口解答集」による受答えのマニュアル化 2014.01.04

【美味しんぼ】井戸川氏を喜々として反原発の見本扱いする反反原発達の間抜けさ【鼻血】 2014.05.12

震災当日、原発について暴言を吐いていたのはJSFだけだったのか-f_zebra氏編-2013.8.14

吉田調書をスクープした朝日新聞を叩いてるオタク共は『海上護衛戦』に墨でも引いて読んでろ 2014.06.02

吉田調書をスクープした朝日新聞を叩く門田隆将氏の問題点 2014.06.09

門田隆将氏が描く東電撤退問題での歴史修正主義的態度 2014.06.23

津波対策を切り捨てた吉田所長が菅直人に「発言する権利があるんですか」-産経報道で判明、佐藤賢了を髣髴- 2014.08.19

【4号機水素爆発】
東京電力は非常用ガス処理をどのように考えてから福島第一原発を建設したか 2014.05.01

福島第一3・4号機水素爆発にまつわるこぼれ話①②③ 2014.05.04

福島第一3・4号機水素爆発にまつわるこぼれ話④⑤⑥-舶来技術はどれほど信用できるのか- 2014.05.04

水素が逆流して爆発した4号機の対策に無関心な東電事故調と推進派専門家達 2014.04.28

貰い事故で原子炉を1基失ったのに「安全性を損なうものではない」と匿名で意見する電力会社の「信用」 2014.05.06

【7・8号機増設】
福島第一原発7・8号増設に関し数百件リツイートされている「反対派のせいで建替え出来なかった」というデマ 2013.11.20

「反対派のせいで建替え出来なかった」「対策出来なかった」というデマ 第2回 2013.12.04

【付録】「事故は反対派のせい」を信じて「正義」の側に立とうとした反・反原発な人達 2013.12.24

【下請問題】
【竜田一人に】下請多重構造の解消策は東電社員が直接作業すること【惑わされるな】2016.3.3

【社会的影響】
311の寓話としては『シン・ゴジラ』より『君の名は。』が上 2016.9.19

【東海第二原発】
茨城県の「要請」は明記せず日本原電の対応を「自主」「独自」と喧伝する危うさ(追記あり) 2014.3.31

東海第二発電所の津波対応をめぐる日本原子力発電との質疑 2014.4.23

日本原電が一般向けには説明しない東海第二電源喪失対策先送りの過去 2017.2.15

【女川原発】
-東北電力の企業文化は特別か-日本海中部地震津波では能代火力造成地で多数の犠牲者 2014.08.11

【大飯発電所】
古書店で入手した三菱の週報を読み解く-原発事故対策を中心に- 2014.12.09

【OFケーブル】
東電新座地中送電線火災と老朽OFケーブルQ&A集 2016.10.19

【柏崎刈羽に】原発とOFケーブル火災リスク【大量敷設の実績】(追記あり) 2016.10.23

【30年前から】東電老朽OFケーブル火災で勝手な広報を行ったへぼ担当氏【ほったらかし?】 2016.11.28

【関係者のモラル】

「社員だけが非公開の内部情報にアクセス」と自慢するあさくらトンコツ氏の見栄 2017.02.10

【デマ拡散】
「日本の原発は高度経済成長を支えた」という誇大宣伝が1000件以上RTされる

「日本で原発が動き出したのはオイルショック後」と放言するPolaris_sky氏

福島第一排気筒問題で一部作業員、偽科学関係者が振りまいた安全神話 2016.2.24

【マスメディア論】
報道ヘリは爆音の主役だったのか~阪神大震災の自衛隊員証言(ソース:ryoko174さん)への疑問(追記あり) 2015.01.22

烏賀陽炎上事件を再検証する~原発被災地住民がよそ者を取り囲んだ事例~ 2016.4.30

烏賀陽炎上事件を再検証する2~謝礼を要求する守銭奴を炙り出した事例~ 2016.5.5

2016年11月28日 (月)

【30年前から】東電老朽OFケーブル火災で勝手な広報を行ったへぼ担当氏【ほったらかし?】

東電新座地中送電線火災と老朽OFケーブルQ&A集」で、火災を起こしたケーブルが防災シート(防火シート)未施工であったことを取り上げた。高度成長期以降に大量建設された社会資本の老朽化は、1990年代頃から予告されてきた。一般向けにもNHKスペシャル「テクノパワー」で取り上げるなど、先行して問題提起を行ってきた人達がいる。

その老朽化が現実の事態となった2010年代に我々は生きている。従ってこの点を中心に再度、問題の深掘りを行うことで、検証報道の質を高め、社外・専門外の我々が事故を回避するにはどのような視点を養って行けばよいか、一つのモデルケースになれば良いと考える。

なお、東京電力パワーグリッドは11月4日、「第2回「新座洞道火災事故検証委員会」開催について」、続いて11月10日にもプレスリリースを公表している。何時も通り、立派なフォーマットに美しい写真とグラフ。大抵の人はここで追及を辞めてしまう。だが、それは問題だ。

今回は、下記の疑問について更に調査を加えたので、大幅に加筆して再掲する。

【2021年までに防火シートを巻く予定だったので無為無策では無い?】

Togetter_com_li_1039761_comment OFケーブル他備忘-Togetter 当該ツイート(その1その2)。

彼のことを取り上げるのは、大学院で原子力工学を学んだ後、原発に勤務していることを公言、自らの技術力を過信し、ネット炎上を糧にする右翼系軍事マニア達と結託して日々原発事故被害者への中傷をバックアップしているからである。そして、上記の東電対応への評価だが、私に言わせれば極めて疑わしい。防災シートを地中送電施設の要注意個所に巻く対策は2000年の、電気系資格受験雑誌に既に載っていたから。

(2)難燃性・不燃性電力ケーブルの採用
CVケーブルの採用、ケーブルシース・介在物に難燃性を付加、ピットへの砂の充填、
難燃材料(防火シート)のケーブルへの巻き付け、塗布、OFケーブルを用いる場合は密閉型防災トラフ内への収納などを実施する。

「地下式変電所の変圧器,遮断器,開閉器等の電気工作物に対する火災対策に関するキーポイント」『電気計算』2000年8月P32

なお、第一報写真では一般部が写っていたが、どうも事故が発生したのは防災トラフに覆われた一般部ではなく、新洞26というナンバリングをされた接続部のようだ。OFケーブルでも接続部は一般部と構造が異なる。

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別紙2「電気関係事故報告」の概要」東京電力パワーグリッド 2016年11月10日

送電は交流3相で行うため、OFケーブルは一般部では3本1セットで俵積みし、密閉型防災トラフで覆われている(当ブログQ&A参照)。公開された写真を見ると一般部では密閉型防災トラフを覆うように3本まとめて防災シート一巻、接続部では1相、つまりケーブル1本につき一巻の形で行われているようだ。

ただ、考えるべきはメンテナンス費の不当な削減で2021年まで伸びていたのではないか、という疑問である。

そのため、この問題を10月21日に当ブログで取り上げてからも、資料調査は続けた。目的の一つは「地中送電線に防災シートを施工することが何時から一般化したのか?」、を明らかにするためである。

その結果、次のことが分かった。

まず、東京電力パワーグリッドの公開資料によれば、防災シート対策は2002年より着手したものだという(電力用防災シートについては古河テクノマテリアルのカタログ「電線・ケーブル線路における延焼防止対策にプロテコシリーズ」を参照してほしい)。

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第2回「新座洞道火災事故検証委員会」開催について」東京電力パワーグリッド2016年11月4日

計画の完了は2021年だったから、20年の長期プランということになる。経年30年超過の設備を山のように抱える状況で、この設備投資計画は無いだろう。せめて、10ヶ年計画程度に短縮出来なかったのだろうか。

もっとも、発表資料に書かれていないだけで、元々は2016年より前に終わっている筈の計画が、何らかの事情で延期されたのかも知れない。ただ前回記事でも触れたように、設備の老朽化を放置せざるを得ない原因として全電力に共通するのは、原発事故では無く、失われた20年と呼ばれる長期不況と電力自由化なのだが。

さて、具体的な設備の問題を考えるにあたって、『東京電力北東京電力所三十年史』という資料を入手した。火災を起こした設備を含め、東電の送配電設備を扱っていた部署の記念誌である。ここから防災シートに関係する事項を拾ってみよう。

通信用ケーブルは1980年代前半までに、防災シートを覆う工事が施工済みであった。

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『東京電力北東京電力所三十年史』P226 1989年

OFケーブルは送電用なのでその放熱が問題となる。東京電力パワーグリッドの公開資料を見るとトラフごと防災シートで覆っているように見えるが、大気並に熱放散性の良い素材を開発するのに時間を要した可能性は考えられる。

なお、城北線、北武蔵野線を所管していた東京電力北東京電力所(1989年各支店に移管)によると、1978年にOFケーブルの気中布設部への防災テープ巻きについて、1985年にケーブルが集中布設されている個所への防災テープ等の巻き付ける旨、対応策を決定している。

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『東京電力北東京電力所三十年史』P187 1989年

1985年の方針については、東電が電気学会の研究会にその理由を一段詳しく報告している。

4.東京電力における電線路の難燃防火対策の現状

 ここでは、以上のような電線路に対する難燃防火対策の一般動向にあって、東京電力における現状を述べることにする。

4.1送配電線路における対策
 昭和50年代前半の対策として(中略)地中送電設備については、154kV以上のすべてと66kVで系統面から地絡電流の大きい場合には、既設および新設のOFケーブルおよびCVケーブルの洞道部、人孔内オフセット部、シャフト部ならびに気中立ち上がり部に防災テープを採用することとしていた。
 昭和59年11月の世田谷区内で発生した洞道内のケーブル火災の発生を契機に、消防法の見直しが行われることになるが、社内的にも洞道防災対策検討委員会を組織し、対策の強化について検討が進められた。それまでの設備でも、電力ケーブルの被覆材は既に難燃性のものを使用し、さらにケーブル事故電流によりケーブルが出火しないような対策を実施しており、防災レベルは比較的高いものと言えた。しかし、

  • 変電所の引出し部等ケーブルの集中箇所で万一火災が発生した場合は極めて大きな影響がでる
  • 当社ケーブルが他企業設備と同一空間に布設されている場所では、他企業設備からの類焼と他企業設備への加害の危険性がある。
  • 洞道換気口付近のケーブルは、第三者からの被害を受ける危険性がある。
  • 共同溝と当社洞道との連系部は、隔壁がないために出入りが可能であり、第三者からの被害を相互に受ける危険性がある

ことから、従来の対策に加えて、万一の失火による火災の拡大防止、第三者による被害の防止など主に人為的な火災による被害を防止するための対策がさらに必要であるとの結論を得、対策の見直し強化が実施されることになった。
具体的な見直し強化策から本稿に関する部分を抜粋すると、以下のとおりである。

  • 重要箇所の変電所引出洞道、ケーブル処理室、オープンピット、配電用地下孔等ケーブルが集中する個所については、敷設されている全てのケーブルに防災テープ等の難燃材の巻付け又は消火装置の設置を行なう。
  • 洞道内多条垂直布設部分については、全てのケーブルに防災テープ等難燃材の巻き付けを行なう。
  • 他企業設備と同一空間にケーブルが布設されている場所については、耐火壁の設置又はケーブルに防災テープ等の難燃材の巻き付けを行なう。
  • 洞道換気口付近の全てのケーブルに防災テープ等の難燃材の巻き付けを行なう。
  • 洞道内に布設されているケーブルの給油管に防災テープ等難燃材の巻き付けを行なう。


また、この時の対策として、地中線部門が洞道内に新設するケーブルは、密閉型防災トラフを使用するものを除き、防災シースケーブル(酸素指数35程度)を使用することとした(後略)

藤本孝(東京電力)「電力設備(主として電線路)の難燃防火対策及び動向」『電気学会研究会資料 電線・ケーブル研究会』1991年3月P5-6

この説明を今読見直すと、次のことが分かる。

  • 1985年当時は、他社の設備に類焼しないことを優先し、自社設備しかない新洞26は対象外だったように読み取れる。しかし、ケーブルの集中する処理室に新洞26は該当すると考えられる。
  • 消火装置を設置することとなっているが、実際の記録を読むと消防の到着まで消火装置は作動していない(設備もされていない?)
  • 密閉型防災トラフを採用した城北線一般部は1985年の方針に照らすと防災テープ・シートの対象外であり、2002年以降の設備投資計画で対象となったと考えられる。

下記に東京電力パワーグリッドが発表した時系列を示す。

 

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別紙2「電気関係事故報告」の概要」東京電力パワーグリッド 2016年11月10日

電気技術者が法規制(省令)として思い浮かべるのものに「電気設備の技術基準の解釈」というものがある。最新の版と2006年の版でチェックしてみた所、120条に防火措置の方法が規定されており、「地中電線に耐燃措置を施す」「自動消火設備を施設する」のいずれかの方法によれば良いとなっていた。

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第120条の3『電気設備の技術基準の解釈

恐らく、この規定が現在の形になったのが1985年なのではないだろうか。

だが、275kVの送電線まで一律にこの規定で済ますことには疑問がある。より油量の多いPOFケーブルで事故が起きていたら爆導索のようになり、地上への延焼なども深刻化していたのではないだろうか。防災シートばかりでなく、消火装置が30年前に設置の必要性を謳っておきながら、今回記録に無いというのは本当に驚きだった。勿論、事故前からウェブ上にもメーカーの資料は存在している(「自動消火装置システム」株式会社エステック。PDFは2014年に作成)。規制の緩さに驚いたのだ。

先ほど紹介した東京電力パワーグリッドが公表した対策には、自動消火設備の設置を2019年までに完了させるとあるので、恐らく新洞26には無かったのだろう。ただ、それが30年越しの宿題であることは事故後のリリースを見ているだけでは、絶対に分からない。これが、調べることの意味と言える。

さて、へぼ担当のツイートについて、「極めて疑わしい」と書いたが、上記を鑑みると完全な虚偽広報と言えるだろう。30年かかって完了しない防災シート計画など、何もやってないに等しい。そもそも、彼はこの事故に高い関心を示しながら、防災シートについてはわざわざ事故から12日も経過してから追記した。そして、柏崎刈羽を始めとする原発にOFケーブルが採用されてきたこと、そのリスクについて何も語っていない。また、彼がツイートしていたケーブル火災消火に関する蘊蓄も、城北・北武蔵野線に関しては虚偽である。身内弁護の垂れ流しは毎度のことだが、全く呆れてしまう。

【余談】検証委員会に委託先の東京電設サービスが出てこない

『東京電力北東京電力所三十年史』は1980年頃より、変電、地中送電設備共に子会社の東京電設サービス(1979年設立)への社外委託を進めたとしている。同時期に東電全体で進められていた子会社化による経営スリム化の一環であろう。この時点では設備の良否判定は東電社員が実施となっている。今回も東京電力パワーグリッドが検証委の取りまとめをしており、2000年代以降も事情は同様であろう。

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『東京電力北東京電力所三十年史』P154,196-197 1989年

ところで、検証委員会名簿には東京電設サービスの技術者が一人もいない。同社が2015年に投稿した記事では同社による保守サービスの完結性と劣化診断技術を誇示し

今後もCVケーブルだけでなくOFケーブルも含めた電力ケーブルの異常診断技術の研究開発に努め、その成果で電力安定供給確保に貢献していきたいと考えている。

研究グループ紹介:東京電設サービス(株) ES本部 分析・診断リサーチセンター」『電気学会論文誌B(電力・エネルギー部門誌)』Vol. 135 (2015) No. 1 P NL1_8

と述べていた。東京電力パワーグリッドというフィルターを通し、現場との距離感ができていないか、本当に有用な声(例えば、新しい診断ツールの導入提案を東電本体に潰された、など)が届かなくなっていないか心配である。

«初期BWRターンキー契約の本当の問題点~原電敦賀1号契約を中心に~(2)

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