2017年6月15日 (木)

自らの公共的役割を語った後に縦笛発言をしていた新海誠監督

ニュースの政治面から目が離せない状況でこんな駄文を書いていていいのかという自問はあるのだが、これまでの自分のスタンスと整合は取っておきたい。

2017年6月13日「新海誠監督が不倫」というニュースが日刊スポーツに掲載され、それから数時間もしない内に監督が否定するという一幕があった。

私は、極限られた情報を以って、当事者、日刊スポーツの意図を議論しても意味は無いと思う。多くの観客は作品を見に来ており、監督の個人生活に興味がある訳ではないからだ。

そのことより今回初めて知って不味いなと感じたのは、次の件である。

『君の名は。』公開後、新海監督は次のように発言している。

自分としては、この先、もう1本か2本はサービスに徹した作品を作りたい。映画の世界で、自分の居場所や役割、もっというと日本社会の中で、自分の公共的役割を見付けていかないといけない年齢になった気がするんです。

【君の名は。動画付き】新海誠監督が大ヒットアニメの舞台裏を語った…「1分たりとも退屈させない作品を」(1/5ページ) - 産経ニュース 2016年9月19日

結構な志である。新海監督はティーチインその他で、「万人に向けて作品作りをしたい」という考えも表明しており、そういった意図も含めて『君の名は。』を評価している人は多いだろう。

私もその口で、新海監督のことは『ほしのこえ』以来知っていたが、『君の名は。』には恋愛映画とは別のメッセージで触発されるところもあり、以前「【平日の3.11を】『君の名は。』ティーチイン(仙台)に行ってきた【祭日に投影】」という記事を書いた。

だが、産経インタビュー記事の3ヶ月後、新海監督は次のような発言をしていた。

コラ画像では無く、『ゴロウ・デラックス』という番組の2016年12月16日放送分である。

新海監督のこだわり 唾液から作る口噛み酒

小説と映画で2016年ナンバーワンヒット「君の名は。」を特集。新海監督のこだわりは唾液から作る口噛み酒だった。ラブシーンを表現する手段だとし、男子は好きな子の縦笛をなめるようなフェチ要素があるのではないかと話した。稲垣吾郎は自分のフェチは喋ってるときの口だと話した。

ゴロウ・デラックス 本邦初公開!「君の名は。」制作日誌 TVでた蔵

少し調べると分かるが、幾つか挿入されている性的シーンの中でも、口噛み酒は製作中にスタッフ達から特に「気持ち悪い」と指摘されていた。そういった批判を考慮して、設定やキャラクター達の受け取り方を工夫するような修正が加えられた、と巷では言われている。だからこそ、性的な物目当てで見に来ていない多くの観客も、「設定」としてスルーしてきた(設定、というか入れ替わりを経験していることを考えれば、口噛み酒にまつわる行為は、問題ではないとも見做せる。「見た目は幼女だけど年は成人のキャラクター」のような、やたらに使い古された「設定」と同質の逃げではあるが)。

私は男でフェミニストでもないし、そう言う人達を批判したこともあるが、十代の頃から女生徒の縦笛やら唾液を舐めようと思ったことは無いなぁ。経験上、男子生徒の多数派がそう望んでいたようにも思われない(勿論そう言う人は一定数いるだろう)。現実で人の物を勝手に舐めるのは単なる迷惑行為だろ。よくある姿格好や行動に魅了されるのとはそこが違う。ついでに言うと私の場合、小学生~女子高生に執着も無いんだよね。

『君の名は。』は何回も見ているし(見ないで批判ではない)、BDの予約を解除する気も無いし、上映の機会があればまた見に行きたいとも思っている。公式設定からは排除されており、縦笛的解釈をしなくても観賞は可能だから、この件だけで全否定はしない。しかし、一言忠告はしても良いだろう。TV局から「何か面白いこと言ってください」と煽られたのかも知れないが、今後、こういう失言はしないでほしいね。内輪ネタを人にばらされたという事情なら、同情の余地もあるが。製作スタッフに対しても失礼だろうよ。

ガンダムの富野監督にせよ、ジブリの宮崎駿監督にせよ、過去のインタビューなどを見ると公共的役割は意識して作品作りをしてきた。観客もそれは了解していて、彼等の性的嗜好(はっきり言って縦笛発言並に痛い)も既に明らかになっているが、それを最終目的にして見ている人はさほど多くは無いだろう。新海監督も諸先輩のそういう部分の真似はしないことである。

こういうことを書くと、「PCを守っていると作品がつまらなくなる」「TVで面白いことがやれないとぼやいてる芸人の問題と同じ」という指摘が必ず出てくるが、まぁそれを守って空前のヒットを遂げた作品もあるし、「お前の番組を見ていると弱者叩きを生きがいにしてるようで気分が悪くなってくる」的なコメントばかりしている芸人も多いのが実態である。万人に向けて公共的役割を意識した作品を作りたいとしているなら、このようなメッセージは発しないことである。

2017年5月23日 (火)

共謀罪の根底にある差別思想は必ず福島事故のような惨事を誘発する

唐突だが、私も本日衆議院を通過した共謀罪には反対である。

世情よく言われているように、屋上屋を重ねるだけでこの法律には意味が無く、権力者は対象から除外されている、保身のための法律だからだが、他にも理由がある。福島原発事故の教訓である。具体的には「テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した」という話を調べ上げたからだ。

上の方のツイートのような出来事が、東電福島でもあった。

共謀罪や千葉市長熊谷氏の暴言などで何かと揶揄される共産党を始めとした左翼団体。だが、彼等は福島第一、福島第二が津波に弱いことを事故前から指摘してきた。

一般的には、共産党の吉井英勝議員が国会で質問した話が有名になった。覚えている方もおられるだろう。

注目して欲しいのは、地元の市民団体も現場の重要な建屋が津波対策をしているか、視察をしたいと要望を出していたことである(下記のリンク先)。

チリ津波級の引き潮、高潮時に耐えられない 東電福島原発の抜本的対策を求める申し入れ」原発の安全性を求める福島県連絡会代表 早川篤雄 2005年5月10日(PDF

しかし東電は、「原発に反対する者は犯罪者予備軍」という妄想に取りつかれていた。以前から、原発の展示施設で見学者が安全性に疑問を呈した場合には、明るい表情で「大丈夫です」と笑い飛ばすように指導し、市民団体が上記の要望を出した時は「テロ対策上見せられない」とうそぶいた。その一方で、原発に賛成する市民達には現場の見学を許可するという、恣意的な運用を続けていた。不幸なことに、見学を許可された市民達は原発の構造に興味の無い無知な者が大半だった。

福島事故を振り返った時、右派は「あれは避けられない事故だった」と主張し、リベラルな考え方の持ち主でも、主だった事故調の説明「東電は事前に大津波のシミュレーションをしていたのにそれを活かさなかった」という認識に留まっている。つまり、専門家がしっかりしてさえいれば良かったと無意識に思っている節がある。そこに彼等が誹謗する「左翼」の意見を採り入れていたら事故を防げたという事実は全く参照されていない。

共謀罪に賛成する人々が考える『テロ対策』を施した結果、福島原発事故は発生したのである。

繰り返すが私は、以前「テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した福島第一原発」という記事を書いた。

長いが、是非読んでほしい。共謀罪のような考え方は必ず原発や再処理工場の事故を誘発する。吉井議員や市民団体の指摘が無視されたのは、ただ「左翼だから」という共謀罪に通底する発想のためである。そのような右翼的偏見が原発事故の底にはある。

そして原発事故が起こった時、政権におもねる者達は被災者を見捨てる。大衆にも棄民に加担する者がいるのは常識だが、例え潜在的には善意の持ち主であっても、都合の悪い情報は流通量を抑制され、無関心なまま「終わったこと」として受け取られる。そういった過去の悲劇をも再生産することになるだろう。

【おまけ】

なお、テロ対策について肝心の原子力規制庁は「何も話しあっていない」そうである。

昔、日本の原発は丸腰だと言われていたが、今は武装警官が詰めており、そのことは官庁のリリースや報道もされている。そんな状況で話をするのに共謀罪が必要なのか、少し頭を働かせれば済む話だ。

松本人志がMCの報道バラエティで「今、隣でミサイル上がってんすよ、これとか考えると準備しといた方がええんちゃうのっていう」とコメントがあったらしい。

飛んでくるミサイルに共謀罪でも示して帰っていただくように説諭するのだろうか。相変わらず馬鹿で権力の忖度しか出来ない奴等だ。かつて横山やすしにさえ「チンピラの会話」と言われたあの下劣な芸風は元々嫌いだったが、政治まで語って欲しくないね。

話もしない規制庁は論外だが、共謀罪賛成派にせよ、煽動者になった芸人にせよ、かつて左翼を馬鹿にする時常用していた「話せば分かる」を地で行ってるのは興味深い。活断層やミサイル相手に印籠代わりに「共謀罪」を示せば惨事が防げるという屁理屈。つくづく間抜けな話である。

※17年5月26日本文に一文追記。

2017年4月30日 (日)

【「原爆落ちろ」な】北のミサイルに過剰反応した東京メトロに関する、ある思い出【忖度上手】

2017年4月29日。起きたら北朝鮮がミサイル実験を行った影響とやらで、東京メトロが早朝6時に10分間電車を止めていたことを、ニュースで知った。

昨日の晩、通称「締め縄」こと映画館での『君の名は。』観賞(当然回数は、例のティーチイン時点で405回観賞済みだったキチ縄先生には到底及ばない)を終えて久々に気持ちよく寝たのに、ゴールデンウィーク初日から茶番かよ。現政権は相変わらずサラリーマン虐めも大好きだな。ゴールデンウィークだぞ。

ネットはメトロの正当性について喧々諤々の様相。例えば、地下駅が多いから避難者が逃げてくる前に止めることにしていた、という説。

じゃあ都営地下鉄は?と言ってやりたくなる。

それらの書き込みを眺めているうちに、10数年前、まだ就職もしていなかった頃の想い出が蘇ってきた。今日のメインはその話。

まだ営団と名乗っていた頃、最盛時に3路線の建設を同時に手掛けたことがあった。そのため、同社の建設部門は「関東軍」の異名を取り、イケイケドンドンの雰囲気だったらしい。

21世紀を跨ごうかという時代に「関東軍」かw 地下鉄博物館で見た、各線の建設記録映画で養ったイメージが台無しになったものだ(フィルムの状態は良好。フルカラーで堪能したのだ)。

そう言えば当時、ある中堅になりかけの営団幹部と話をする機会があった。当時、私も軽度のウヨだったためか、引き合わせてくれた人がいたのだ。その人達を晒し者にする意図は無いので経歴詳細はぼかすが、上層部が社外と行うゴルフ等の接待にも随行してきたのだと言う。

しかし、印象に残っているのは、法を順守しながら日々の業務に邁進すると力説する割には、随分あけすけなことを言っていたこと。

例えば、同業他社でさほど資金の無い事業者を捕まえて、「あそこは安かろう悪かろうなので車両を共通運用したくないイメージ」とか。

後で知ったことだが、大手民鉄、それも関東の各社は資金が無いと言っても相当恵まれている。JR東日本やJR東海は更に潤沢な設備投資をしているから物によっては見劣りするのかも知れないが、一部の特殊な事例ばかり取り上げて「安かろう悪かろう」などと言うほどのものだろうかと思った。それこそ、正に半可通の鉄オタが考えそうなイメージじゃないのと。幹部がそれでいいのかねと。

更に「キテるな」と思ったのが「都内××地区の住人は左翼が多いので原爆落ちろよ♪」発言。

その地区、営団も走っているのになぁ(いや、走っているからこそ、そうなるまでの用地買収とか、環境対策の過程で私怨を抱く何かがあったらしいのだが)。その人が好きそうなJRの大物や、営団の大物OBも住んでるのになぁ。あ、関東軍じゃないからOBとも思ってないのか。プライベートでのこととは言え、毎日の日野裕介記者が炙り出した「左翼のクソ共」発言の復興庁参事官と瓜二つである。

あれから十数年。その人がメトロを辞めたという話は聞いたことが無い。しかし、官邸から命令されたのかニュースを見て即断したのかは不明だが、安倍政権の作り出したビッグウェーブに「悪乗り」しても、おかしくはないなと感じた。地理的条件から、民鉄に異論を唱える社があってもマウンティングする事も出来る。当然、弾道ミサイルの基本的な特徴は、TVで見た程度の知識で判断しているのだろう。最近の劣化したエリート全般の傾向として、そう予想する。

ま、あの人のような幹部を受入れる会社なら、元々やりかねないという、ありがちな話だ。鉄道むすめの騒動でも感じたが、他社に比べても「オッサン化」が進んでいるのではないか。

どうせ乗るなら、4月25日の福知山線事故12年に乗れば良いのに。勿論、組織風土の荒廃を他山の石として受け止め、中目黒脱線のような失敗を予防するのである。

コラム
一斉停止だが、何の設備対応も無しに行っても完全に無意味な行動だ。

まず、散々指摘されているが、発射から10分で着弾するのに、30分経ってから止める意味不明さ。

シェルターとしての機能もほぼ無い。地下鉄は核シェルターとして設計されていない。身体を晒して被爆するよりはマシ、というだけである。威力にもよるが一般に高熱を伴った爆風には無力。地上と地下を隔てるのはペラペラのシャッター1枚に過ぎず、実際はシャッターによる封鎖も出来ない。丸ノ内線や銀座線のように都心部に複数の地上区間を有する路線は、トンネル開口部そのものが爆風の侵入口になる。

投下後は内部被ばくの問題があるが、構内は元々埃が多いのに対して、放射能を捕集する空調フィルターも無い。

もっとも、核戦争を扱った本にはこんなことは書いてあるだろうから、当ブログで解説するのは今更だ。

通常弾頭に対する防護としても爆撃を前提として造られていないので覚束ない。

都心部で炸薬が爆発すれば、広範囲の窓ガラスが割れる。その殺傷リスクを低減するのが限界。また、駅の中には比較的浅い位置に建設されたものも多く、直撃は無論のこと、至近にあるビルの崩壊とか、第二次大戦時の大型爆弾が有していた地震効果などに巻き込まれれば簡単に落盤してしまうと思われる。

政策として本格的なシェルターを今から建設することも、あの不完全な保険でしかないミサイル防衛以上に無駄だ。何故なら、戦争を煽る事は辞める事が出来るからだ。絶対に避けられない防災投資とはそこが異なる。対象人口が余りに多過ぎ、実現不可能と嘲笑されている東海第二原発の避難計画(半径30㎞で100万人)と比べても桁が一つ大きく、韓国や台湾のようにするだけでも数十年の歳月を要する。

「地下鉄止めるより原発止めろ」も正論だが、結局、日米からの外交挑発を控え、平和外交をないがしろにしてはいけないということだ。

業界誌はこういう時は弱いだろうなぁ。

OBなら『汎交通』に春名幹男を招聘し「ブッシュというバカな男」と断言する講演を載せる程度の鷹揚さはあったが、現役の社内中堅層以上が相手の『鉄道経営』は只の提灯に過ぎない。『鉄道建築ニュース』『施設協会誌』は巻頭言ですらこのバカ騒ぎを揶揄するか疑問。血肉の通ったコメントが比較的出る『運転協会誌』も今回の件はスルー、『SUBWAY』は決まったことを解説するだけでは。『トンネルと地下』は土建屋の領分だから、受注先の機嫌を損ねる話はしないだろう。

精々読者層の広めな『日経コンストラクション』が問題提起出来る位か。

まぁ、日本が右傾化する前から北朝鮮の独裁振りを触れないようにする人達がいたのは事実ではある。20数年前の南北危機の頃、試射映像が出てきた。「やじうまワイド」で黒田清は「あれは情報公開ですね♪」と吹聴した。どう見ても威嚇。それを受けて開戦するのは愚かというだけ。在日朝鮮人とは違い、北朝鮮という国には批判されるだけの理由がある。まぁ、平和外交路線から国交正常化、韓国に実施したのと同様の補償に繋げたい経済人にとっては、確かに言いたくはないだろうし、理解も出来るのだがね。

偶々見かけた方の一言(思想的背景は存じ上げない)だが、共感したので紹介。結局、今日の騒ぎはアメリカからの売り込みに華を添えるための儀式だったんだろう(国民保護法の運用テストを兼ねたとの指摘もあるが)。

核武装に詳しいコロラド氏、その他自衛隊の暴走に警戒してきた多くのリベラル左翼人士が数日ツイートしているように、その道で競ったところで穴を塞ぐことも、核保有国に勝つことも土台無理なのにご苦労なこった。そもそも、この手の騒動に乗せられる、ワイドショー全部信じてるような連中、偉そうに「国防に興味がある」と吹聴する反面「北のミサイルに勝てる兵器位簡単に作れるでしょ」程度の認識しかないからなぁ。話してるとすぐ分かる。

2017年4月23日 (日)

【フェミもネトウヨも】スイスの鉄道の10年以上前にPC対応キャラを登場させていた鉄道むすめ【上辺だけ】

以前、【みぶなつき】駅乃ちかこ萌え路線で炎上した鉄道むすめ【あなたは多分偉かった】という記事を書いた。

2016年秋、トミーテックが鉄道各社と打ち合わせた上で商品展開している「鉄道むすめ」に東京メトロの新キャラを登場させたところ、絵師の伊能津がエロゲー的描写を露骨に持ち込んでネット炎上してしまったという事件である。

この時は主に擁護する側が表層的で毎度おなじみPCに対して感情的に反発するだけという反応を示していたので、みぶなつきの場合はより実態に近い姿で商品化してきたことで、炎上を起こさなかった事実を紹介した。

今回はその延長戦として、スイスのレーティッシュ鉄道が萌えキャラを採用し、フェミニストとネット右翼がこぞって賞賛するという出来事があった。

スイス最大級の私鉄が欧州で初めて日本の萌えキャラを正式採用「マジか!」「スイスはじまったな」

スイスの鉄道萌えキャラは「みちかと違う」のか?「まなざし村」的には正しいのか?

一言で言えば、そこで騒いでるネトウヨは鉄道むすめを商品として購入したこともなければ愛着も無いであろうこと、対するフェミニストは過去色々批判されてきたように本質は自分を洋画に投影した名誉白人に過ぎず、舶来ブランドの時だけ珍重する傾向が露骨に出てしまったと言える。勿論どちらもTwitterではしゃいでいる人達の事で、特定の主義思想に染まっている全員に該当するとまでは思わないが。

togetterには収録されてないが、フェミニストとしては比較的マイルドなこのざまんぐ(@konozama347890)氏が積極的に引用していた。多分彼女等の間ではほぼ共通認識なのだろう。

しかし、スイスの鉄道がこのようなコンセプトで臨んでから好意的に取り上げる辺り、彼女等の日本観は歪んでいる。後からもっともらしい理論武装をしても、最初で躓いてるので無駄。何故かと言えば、マニッシュなキャラ(端的にはズボン姿)は10年以上前に登場させているからだ。そもそも、鉄道むすめは10以上のシリーズを重ね、数10名から100名前後のキャラクターが登場している。従って、容姿のバリエーションもそれなりに多様化しているのだが、それを知っていたら、スイスのデザインを見てむしろ「後退」したとすら主張していたのではないだろうか。

その後、更にマニッシュさが増した事例が下記だが、これも9年程前に登場している。

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朝倉ちはや(鉄道むすめシリーズVol.6より)

駅野ちかこにしても、姿勢を職業人らしく修正すればシリーズを展開する側から見て、事は足りることを上記の例は示している。

朝倉のようなキャラクターはPC対策を意識した面もあろうが、リアリティを持たせた結果、より現実の日本社会を反映されたことが大きい。基本的には実在事業者の制服を再現しているに過ぎない。制服がマニッシュであるかどうかは、事業者次第ということだ。特に乗務員を対象とした場合はズボンの比率が高い。

東武の場合、駅係員が登場しているが、制服刷新時にズボンに変更し、等身を見直している。

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栗橋みなみ(鉄道むすめシリーズVol.8より)

栗橋みなみ(鉄道むすめシリーズVol.2より)(旧制服)

彼女等とスイスのキャラを比較し、後者が再現性・PC上劣っている点を列挙すると次のようになる。なお、アートに係る部分は評価ポイントにしていない。

  • 何か動作をしてる訳でもないのに内股である。
  • 制服が非実在。お洒落のために制服を創作・改造するのは萌えアニメの特徴だが、それ以前から女性でもそういう願望をコメントする方をネットの内外で見聞したものだ。
  • 髪が腰まであり、服務上巻き込み危険がある。日本なら恐らく美観上も問題視され、「服装の端正」を運転安全規範10項に組み入れている西武ならば即乗務を外されるレベル(最近同社現業職と話したが、相変わらず厳しいそうでご苦労なことである)。なお、フェミニストが軽蔑するであろう『出発シンコー』には巻き込み危険について啓発した回が存在する。
  • プロとしては謎の敬礼ポーズ。二の腕が上過ぎ、親指が揃っておらず指先も内側過ぎる。何かの動作中でもないのに全体として崩れている。イベントで頭の軽い若手女優が一日駅長をしているような。事業者によっては打ち合わせ時に敬礼動作も教えるから場合によっては一日駅長以下だな。
  • 評者が考える「受け手側へのメッセージ」が時代遅れ。「女の子も車掌さんを目指していいんだよというエンパワメント」を目的とした女性鉄道員採用活動など、2000年の雇用均等法改正による深夜労働解禁以来、リクルート活動等で幾らでも行われており、昭和鉄道高校、近年では岩倉高校(いずれも専門校)も受け入れ態勢を整えている。今更人形の出る幕は無い上、出すなら朝倉や栗橋のようなスタイルが正当だろう。
  • 極初期のシリーズを除き、等身は現実に近くなるようにデザインされているが、スイスのキャラクターは概ね1等身低い。なお、初期のシリーズは等身は低かったが手足等もデフォルメされており、全体としては成人女性の印象が与えられているが、スイスのキャラクターは単なる少女のようにしか見えず、身長制限で車掌が出来ないのではないかという不安すら抱いてしまう。

特に受け手認識の件。2014~15年頃Twitterなどで批判の的になっていた、「同僚へのお客汲み」が、21世紀にはほぼ絶滅していると分かった時、一転して「あんなものはもう絶滅した」などと合いの手を入れる現象があった。雇用におけるM字カーブの犠牲者が家で騒いでいたのかなと思っていたが、この件も、それに近いものを感じる。

なお、アートな部分の評価とは「全員ではないにせよ多くのキャラクターには製作側の『本物の女性鉄道員』に対する真摯なリスペクトと期待が滲んでおり、現場での受けも私が聞いた範囲では悪くは無いこと」「3次元化した際に破綻しないようなデザインへの留意が必要であり、基礎的なデッサン力を要すること」である。

あるフェミニストによるとスイスのキャラクターは次のように見えるらしい。

ルーズな制服は警察官や自衛隊員同様、採寸の際に推奨される。軍装ゴロと仲の良い筈のネトウヨは何故突っ込まないのだろうとは思うが。だから、リアル側に振ればバストの大きな人以外は上記ツイートの通りとなる。しかし「はつらつとした表情でぴしっと敬礼」とは何の冗談だろうか。洋画のイケメン軍人はフォーマルな場であんなことやってるのか(笑)。頭の花もスイス製とくれば無視することを含めて、こういうのをダブルスタンダードという。

そういった点を考慮すると、みぶなつき氏の絵はありそうな動作を元に創作しており、リアルさも客先に応じて振り幅を持たせるなど、やはり水準が高い。スイス人が絡んだから誉めてる連中には物を見る目も、商品について理解する能力も、調べる力も無い。キャラ紹介を見ることすらしていない。

彼女等をバックアップしているインテリ連中も同様だ。例えば2016年の映画『サフラジェット』のエンドロールには女性参政権付与国リストが出てくる。だが、その出来栄えが適当過ぎ、本編での感動も興ざめであった。具体的にはアジア圏の記述がほぼ無く、当ブログ記事執筆時点でWikipedia英語版以下。ちなみにに日本語版のアジア圏の記述は英語版に無い国複数への言及がある。フェミニストに加え、英語版盲信者が目を塞ぎたい不都合な現実といったところか(どちらにも記載が無いのは北朝鮮。男女共に実態は奴隷だが、形式的な話を言えば存在している)。しかしそんな映画のリストですら、スイスの参政権付与は日本よりもずっと後だったことを明記している。スイスは日本語の情報源が少ない国だが、かの地の女性観を考える際、このことは恐らく基本認識だろう。ヨーロッパなら何でもチャラになるのだろうか。

少なくとも鉄道むすめシリーズに一円も投資したことのない私すらこれだけ指摘出来てしまうあたり、両者はつくづく無能だ。

コラム
そういえば、2000年代後半に放送されたNHK『熱中時間』の鉄道熱中人特集回も、最初に登場した女性オタクは腫物だった。どう腫物だったかというと、趣味が男性駅員の後姿撮影だったことである。鉄道マニアをギャラリーとしてスタジオ収録に参加させる番組だったので、渋谷に行った私の後輩が臨場感たっぷりにその様子を語っていたが、彼女の紹介になった途端、ギャラリーを含めてスタジオが凍り付いたという話を覚えている。確かに、ちきささ氏言うところの「公共の」番組に出すような代物ではなかったね。性別が逆だったら当時の開明的なNHKでも即ボツ企画だっただろう。

PCについては更に付け加えておこう。鉄道むすめは(少なくともみぶなつき時代は)事業者に配慮して再現性などに拘っていたが、それでも参加を見送った社は数多い。JR本州3社、大手民鉄などは参加していないか、現業職の登場を控えている社がかなりある。それはそれで、PC的にも一つの見識である、と取ることも出来る(「偉い」とまで言えるかどうかは、また別問題だ。)。

また、参加した大手民鉄を見ても、東武、小田急、西日本鉄道などは他社に比較しても現業職の性的ニュアンスが抑制されている。ここに彼等のプライドが垣間見える。それに比べると、東京メトロは社会的影響力の反面地方民鉄以下のPC対応だった訳で、確かに脇が甘い。

コラム
鉄道むすめは企画の発想自体はそこまで悪気を感じるものでもない、と思うところもある。PCの問題で炎上する前は、地域振興の件で御大層な説教をインテリから受けてきた。そういう批判を受けながら、地方民鉄や3セクが鉄道むすめとコラボレーションして集客に尽力してきた事情を多少は知っている。批判でよく覚えているのは、JTBの鉄道未成線シリーズで知られる森口誠之(とれいん工房主催)。結局関係者から「我々は収入確保に必死なんです」と反論されていた。

地方民鉄が苦境に陥っているのは大都市への人口集中、総人口の減少、新幹線開通による在来線切り離し、国庫助成の先細り、車社会等構造的要因があり、仕方ないことではある。だが、それを大都会に住む者が上から目線で小馬鹿にする醜態は見苦しく、不快なものでしかなかった。まともな萌えキャラ、ゆるキャラを使って何年かでも延命につながるのなら、それが苦境に陥ってる当の事業者にとっては、実行可能な数少ない施策となる。軍隊と結びついた連中と違って、外交や歴史に対する弊害も少ない。地方民鉄に社会制度の変革を要求するとか何を夢見てるんだろうあのバカは、と思ったものだ。

なお、同時期に炎上した週刊少年ジャンプの女性トイレロゴが過度に性的にデザインされた件については、弁護する余地は少ないと考える。大衆性のある雑誌で影響力の問題は否定出来ないし、何より社内で実用しているのはNG。下手をすると80年代にラブコメ路線へ転換する前の編集部より頭が軽くなっていやしませんか、とは思う。

2017年3月20日 (月)

【東電には】電源盤を2階に配置して建設された日本原電敦賀1号機【都合の悪い話】

30余り提訴されている福島第一原発事故訴訟の中で、2017年3月18日、前橋地裁での訴訟で判決が下された。賠償額については甚だ不満足な結果だったが、津波の予見・回避可能性については国と東電の過失を認める内容となっているそうで、何よりである。

これまで取材などの都合で当ブログでも全く触れてこなかったが、東電福島事故を語る際は余りにも当然の前提として処理されてきたことがある。今回の判決全文はまだ入手していないが、今後、前橋訴訟が高裁・最高裁に進んだり、他の訴訟が進展するにつれて、津波回避可能性を論じる上で、それなりの見解を示しておかないと困ると思われる。今回判決が出たことを機会に、明確にしておきたい。

それは、配電盤(電源盤)の置かれていた場所だ。

【電源喪失問題の検証は配電盤対策の検証に行き着く】

添田孝史『原発と大津波』終章「責任の在処」P182では、津波の予見の他にも「誰が、何時、どういう理由で、どんな意思決定をしたか」が十分には解明されていない問題を幾つか挙げており、「全電源喪失対策の不十分さ」もその一つである。

当記事はその問題を「配電盤水没を回避出来る可能性が生じたのは何時からなのか」、という観点から執筆した。だから予見可能性ではなく、回避可能性に関する記事である。

まずは今回の判決骨子から抜粋してみよう。

配電盤(電源盤)が水を被ったのは、良く知られているように大半が地下1階以下に設置されていたからである。この配電盤というのは、外部電源、非常用電源、移動電源車のどれから電力を引いてくる場合にも必ず必要な、一般家屋で言えばブレーカーのような機器である。

電源喪失問題の検証というと、よく挙げられるのは「電源喪失は30分以上続かない」という考え方が国の規制に書かれていたことだが、配電盤が水没しなければこの前提を満足出来た。また仮に「電源喪失は30分以上続く」と規制を改めて、移動電源車などを準備しても、配電盤が水没した場合には復旧までの時間が週単位となってしまう。私は、失敗学会津波対策研究会にて東電の技術系OBから「あの時は移動配電盤も向かわせたが早期復旧は出来なかった」と直接聞いている。他の原因はともかく、水没で配電盤が全滅するような事態は後段の対策を充実させても無力感しかない。それだけ、重要な設備ということだ。

Nissin_truckswgr_2013 トラック搭載型移動用スイッチギヤ(移動配電盤)パンフレット(日新電機、2013年)
※後述の高圧配電盤に相当する設備(関電向。移動用のためか容量は小さい)。東電OBによると福島第一には電源車の他にこのような移動配電盤も派遣されたという。

この問題への対応策は2通りある。

  • 配電盤室の換気口、ケーブルトレイ、扉などを防水工事する。
  • 配電盤を高い場所に移設若しくは増設する。

防水工事についてはその必要性は自明であり、新規性もない。なお、大林組は既設の建築物が水害ハザードマップなどで防災強化を迫られた場合にも適用できる「建物の水害に対する設計ガイドラインについて」という論文を2007年の技報に発表していた。地下室についても

特に危険性が大きいと考えられる場合においては,地下空間の用途及び規模を勘案し下記の措置をとる。

(1)浸水しないことを求められる建築物の場合は,地下室を設置しない。

(2)浸水させたくない居室や電気室等の設備は地下に設けない。

(3)やむを得ず,重要設備や機能を地下階に設置する場合は,浸水しにくい計画にする。具体的には,重要室への浸水の防止策,浸入水の排出策として,建築物の開口部は設定浸水高さ以上の高さに設ける。

と極々常識的な内容が記載されており、ここでも福島第一が上記(3)に対応する改造工事など、回避可能性を講じなかった結果、一般防災の水準以下であったことを示している。

私が検証の不足を感じているのは高い場所への設置である。

【配電盤を地下に配置した理由は耐震性だが、規制要件では無い】

配電盤の配置について、各事故調や検証本などを読んでも、何故地下1階に配置されているのか、についての説明はおざなりである。同じく地下に配置された非常用電源については事故直後、米国のハリケーン対策をそのまま真似たからだという証言が朝日新聞に載ったことがある(魚拓)。だが、色々と詳細情報が上がってくる内に、後述のように米国でも地上に配置する例が指摘されるなどしたためか、重要視はされなくなった。そもそも、ハリケーンに耐える建築物を作ることは、台風が毎年襲来する各地の街並みを見れば明らかなように、さほど難しいことではない。原発向けなら尚更。

それでもハリケーン説は具体的な脅威を挙げているだけまだマシで、もっと酷いと「GEに任せたから」的な実に粗雑な説明も散見される(この件に限らず、「GEに任せたから」「GEは凄いから」と断りなく説明している文献は、その点に関しては地雷だと思った方が良い。証言を引用している場合、証言者のポジションなどを考えておく必要がある)。また、上層階に移設出来るかどうかも言及が無いか、留保無く可能としている。準備書面などの中にはネットにアップされている物もあるが、こういった文献の影響を大きく受けている。

この点について最も詳しく論じているのは意外なことに電事連と東電事故調である。つまり、東電と電事連は詳しく論じることで自らの正当性をアピールする目的がある。

電事連が提出したのは前回も紹介した「国内BWRプラントの非常用電源設備の配置について」(2011年8月23日)である。福島第一の非常用電源が地下に配置された経緯の解明のために提出された資料のため、記述の重点は非常用電源になっているが、図上で配電盤も確認することが出来る。以下、2013年の記事「東電事故調への疑問(第3回)」から再掲するが、地震対策が理由だったとしている。

東京電力のプラントの例では、BWRプラント導入初期の配置設計は、米国プラント配置を踏襲した設計がなされていた。ただし、地震に対する設計が米国と比較して厳しい条件となるため、多くは工学的安全施設の電源となる非常用DG等の配置においても岩着した基礎上に設置する方針とした。

また、電事連によれば、米本国の設計思想は次のようになっていた。

非常用DGや電気品はタービン建屋等に配置されているが、非常用DGは地下階に配置されている事例はなく、電気品の一部が地下階に配置されている事例があった。これは、米国では原子炉建屋を除き、設計条件として建屋基礎を深くして地下階を設ける構造とする必要がないためと考えられる。当時の米国プラントは、原子炉建屋は二次格納施設のみの単独建屋となっている。また、非常用DG、中央制御室等は個別の建屋、もしくはタービン建屋と一体とする配置としており、原子炉建屋以外に非常用DG、電気品を設置するのは、当時としては標準的な配置であった。また、非常用DGはタービン建屋の一部に配置されている設計事例もある。

東電事故調は2011年11月の中間報告で8月の電事連資料の記載を踏襲し、最終報告でもP30-31で同趣旨の説明を繰り返した。しかし、電事連、東電共に、福島第一1号機の最初の設置許可申請では、米国の設計思想がそのまま日本に提示されていたこと、「導入初期の配置設計」について具体的なサイト/ユニット名、年月を指定しないなど、言葉を濁している。彼等の報告書だけを読み比べても、読み手は閉じた思考から抜け出すのは困難である。

とは言え、電力は原発の配電盤に対して剛構造であること(共振周波数が20Hz以上)等、耐震性確保のため特殊な要求をしてきたことには留意しなければならない。そのため「一般のビルや工場の屋上にもキュービクルが置いてあるのだから大丈夫だ」という指摘に反論してくるのではないかと懸念している。勿論、一般のキュービクルで、東日本大震災後も機能しているものなど掃いて捨てる程あるだろうが。

黎明期から、原子炉に関係する配電盤は耐震区分上、Aクラスと呼ばれる最も厳しいカテゴリに区分されてきた。高層階では地震の揺れは大きくなるので重要な電気機器などを置きたがらない(後述)。ただし、置きたがらないというのは設計思想の一つに過ぎず、法規制に取り込まれて禁止とはなっていない。

【上層階に配電盤を設置しても問題無かったという暗黙の前提】

この点について、以前、失敗学会の津波対策研究会でコメントしたり、長年原発報道に係ってきたある報道記者と議論したことがある(津波対策研究会でのコメントはその時点で一部参加者から賛意を受けており、反論も無かった。同OBからは5,6号機敷地高決定の事情も聞いたが、報告書には敷地高の件のみ明記された)。いずれの議論でも、上層階に新しい配電盤室(の入った建屋)を増設することなどは、さして難しくなかったと結論している。その理由は、主に2点。

一点目は、50万Vといった特別高圧を扱う外部電源と異なり、配電盤の電圧は高くても6900Vで、関係機器のサイズが小さく、地震時に加わる衝撃も少ない傾向にある事だ。東日本大震災の時、外部電源は地震動で広汎な損傷が見られたが、配電盤類でそのような事象は殆ど聞いたことが無い。津波による被水があったプラントを除き、問題無く動作している(残念なことだが、伊東弁護士による批判はこうした点を十分に説明出来ていない)。

二点目は、福島事故後、最短のケースでは1~2年程の間に、固定式の非常用電源などが高台に増設されたが、その配電盤室の設置に特に大きな問題は出ていないためである。ああいった設備を急遽増設した時、使われる技術は既製のものばかりだから、それで良いということだろう。

【原発黎明期の配電盤の特徴】

では、1970年代の古い技術で製作された配電盤はどうなのだろうか。

調べてみると、まず盤自体が後年より嵩張ることが分かる。大きな物体程地震加速度による影響も大きくなるため、これは不利な材料だ。

後掲の『電気計算臨時増刊』の記述にもあるように、原発は多くの電気機器への電力供給を制御しているため、配電盤の数(面単位で数える)も多くなる。よって配電盤1・2面辺りのサイズを示すことが多いが、福島第一6号機、東海第二に採用した高圧配電盤の場合下記のように、2面当たり幅2m、奥行2.7m、高さ2.6mとなっている。

 

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配電盤メーカー技術者も当ブログを閲覧する可能性があると思われるので、専門的だが、他の仕様についても書いておく(興味ない向きは飛ばしてください)。

『富士技報』によると、メタクラと言ってることから分かるようにJEM 1153(1990年廃止、現JEM 1425相当。経緯はリンク参照)に沿った形式は屋内用自立形閉鎖型(G型)。TCBは極小油量遮断器の略語で、遮断電流定格は7.2kVで60.5kVAとあるから、後述の福島第二以降に大量生産されたVCB(真空遮断器)2段積みの63kVAと比べてもそん色のないスペックと言える。『国分工場史』1巻の記述などと合わせると、1970年代の高圧配電盤はTCBかMBB(磁気遮断器)が主流である。磁気遮断器の方は当時の国鉄工作局が編集した電気機関車のメンテナンスマニュアルでも載っており、耐震性の付加はさほど困難な技術ではないことも推測できる(船舶用なら地上並の大容量タイプも存在しているのだろう)。63kVAとなると配電盤でよくみられる水平引き出しを実現するため、台車の上に載せる方式が多い。この点が耐震性との両立にはマイナスとなるようだ。また、MBBの場合電流遮断のためアークシュートという部材が必要となり、筐体への地絡対策を考慮すると上下方向に相当の容積を食い、2段積みが難しかったのではないだろうか。

盤構造としては板材は3.2㎜の鋼板を使用し、前面扉は4.5㎜鋼板である。主梁はみぞ形鋼(100㎜X50㎜X6㎜)を使用し、必要個所に補強用の斜材を入れた。盤体は溶接構造としているが、溶接強度はそこまで必要ないと判断し、連続溶接は採用していない。

このような仕様により、建物の卓越周波数(5.5Hz,7.9Hz)および盤体の固有振動数(20Hz以上目標)において水平方向0.66G、垂直方向0.29Gの地震力(連続正弦波)に耐えることとされた。

「1100MWe原子力発電所用6900Vメタルクラッドスイッチギアの耐震設計」『富士時報』Vol.48,No.8 1975年 P2(クリックで拡大)

下記の日立国分工場史を読むと、福島第二に納入した高圧配電盤は、遮断器を2段積するなどによって所要面積を従来形の69%に縮小したと書いてある。昭和58年と言えば1983年で、事故の28年も前の話。当時、配電盤の技術革新が急速だったことを伺わせる。この事情は重電各社共同様で、『電気計算』の常連だった東芝も1980年9月号で縮小化傾向を取り上げた記事を投稿している。

Kokubu_2kan_p174175 「第13章 受変電設計器部 (1)メタクラ・キュービクル」『日立製作所国分工場史第二巻』株式会社日立製作所国分工場 1987年8月 P174-175(クリックで拡大)

また、実装されている各種の保護継電器が半導体化されていないため、後の時代の製品に比較すると耐震性で不利であることが70年代末の文献で既に指摘されている。

Denkikeisan197907p214215_2 徳光岩夫「原子力発電所の新しい保護継電技術」『電気計算 臨時増刊号 「これからの保護継電技術』 P214-215 1979年(クリックで拡大)

そういった古い配電盤が、高い場所、例えば福島第一、福島第二では事例の無かった2階より上への設置は出来たと言えるのか、ということだ。

勿論、外部電源の時と同様、古い配電盤に対して予防更新した実績はあり、福島第一もその機会を利用する手はあった。下記『国分ものづくり半世紀』他、東芝レビュー2010年12月号でもそういった記事がある。

Kokubu50nen_p149 「第3章 スイッチギヤ」『国分ものづくり半世紀』 日立製作所 2007年P149

余談だが、2014年度には原発用として水平3G(3000Gal)鉛直2G(2000Gal)の高圧配電盤が製造されている(「2014年度の技術成果と展望」『富士電機技報』Vol.88,No.2 2015年 P113)。富士電機はこの耐震仕様を従来の3倍の大きさとしている。恐らく、こういった仕様を東日本大震災前に求められていなかっただけで、仕様として与えられれば2000年代に高台増設用等の用途で製作することは可能だったと思われる。

話を戻すと、法廷では、規制の在り方などを議論する場合がよくある。前橋判決もその一つだ。そういう官僚的制度論の中では以前から参照すべき事例があるに越したことは無い。

【日本原電敦賀1号機は2階に配置】

以前某古書店で見かけた『敦賀発電所設備の解説』(リンク)という本にその答えはあった。冒頭に「発電所配置」(リンク)が載っている。同配置から、2階部分を引き延ばして赤字で注釈した図を下に示す。これもクリックで拡大するのでよく確認して欲しい。手書きで読み難い部分もあるが、周囲の関係と大きさから赤字のように書かれている。余談となるので図示はしないが非常用ディーゼル発電機は1階に配置されており、電事連~東電事故調の記述とだいぶ異なる印象を受ける筈だ。

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「1.1 全体配置 図1.2.2敦賀発電所平面図」『敦賀発電所 設備の解説』P7 1972年4月
※何故かPNGが掲載出来ないので上記はGIFである。PNG版はリンクのみ貼る。

以前の記事でも触れたように、スイッチギヤとは配電盤(電源盤)のことで、言葉の関係は次のようになる。

  • 6900Vスイッチギヤ=メタクラ=(高圧)配電盤
  • 480Vスイッチギヤ=パワーセンター=(低圧)配電盤

なお、標高(海面からの高さ)で見ると同じ1階、2階といっても、敦賀の方が福島第一より低い位置にある。しかし、耐震性の規格などを論じる場合、普通、標高では見ない。先にも述べたが、建物の上層階では揺れが大きくなるので、電気機器などは地上からの高さが問題となる。例えば、1階で200Galに耐えるように決めている場合、2階では300Galとか400Galなど、一定の倍率を掛けた値を仕様にする。しかも、国会事故調が報告書で敦賀と福島第一を比較した時指摘したのだが、敦賀の方が建設時に要求されていた耐震性(地震動)は大きかった。よって、福島第一より大きな地震動を前提に2階に設置されたという事が分かり、福島第一で配電盤を2階に設置することは極めて容易だったということになる。

【欺瞞的回答は東電子会社故か】

さて、念のため日本原電に質問してみたところ、次のような回答を得た。

質問(2016年11月3日)

廃止となった敦賀発電所1号機ですが、下記の電気設備は福島と異なり、地上階に配置されていたようです。
 ・非常用ディーゼル発電機:1階

 ・6900Vスイッチギヤ(メタクラ、高圧配電盤とも呼称):2階
 ・480Vスイッチギヤ(パワーセンター、低圧配電盤とも呼称):2階

 ・モーター制御盤(モーターコントロールセンタ):1階
 ・
バッテリー(直流用蓄電池):2階
 ・HPCI用ディーゼルエンジン:1階
 ・HPCIポンプ:1階

上記の高さに配置されていると解して良いでしょうか。

下記も2階に配置されているのか高さを御回答ください。
・バイタル電源(AC240Vもしくは120V、計装用)
・原子炉保護系電源(120V M-Gセット)

回答(2016年11月16日)

ご質問いただきました敦賀1号機に係る設備の配置・高さ等につきましては、これまで公表しておらず、原子炉設置許可申請書等にも記載はありません。現在も一般に公表している内容ではないことから、本質問への回答は差し控えさせていただきます。

ご期待に添えず誠に申し訳ございませんが、ご理解の程よろしくお願いいたします。

表に出ていないという回答自体が嘘であるのは勿論だが、仮に、過去に公表していなかったとしても、東日本大震災で被災した原発の配電盤の設置階はその後の調査で公表されている。差支えのある情報とは思えない。しかも既に廃止済みだ。典型的隠蔽体質と言えるだろう。

回答メールが言及している設置許可申請も現在は簡単に閲覧出来る。その他『日本原子力発電社報』に載った軽微な改造も可能な限り見直ししたが、建設時の配電盤配置が変更された形跡はない。そのまま40年に渡って運転されたということだ。

従って、クロニクルで紹介した1970年代~1990年代の各ターニングポイントにおいても、回避可能性に注力していれば、技術的問題も法規制上の問題も無く、福島第一の配電盤を高所(2階)に配置できた。

【結論】

もし私が準備書面を書く立場にあったならば、配電盤の配置について次のような一文を加えるだろう。

東電は電事連が保安院に提出した資料の記述を引き継ぐ形で、配電盤が地下1階や1階に配置されている理由を正当化することに終始したが、実際には同じBWR原発である日本原電敦賀1号機で2階に配置していたことを隠していた。日本原電敦賀1号機は福島第一1号機より1年先行して建設され、その後東電は日本原電を子会社化していた。従って実際には、大津波の可能性に気づいた時点で何時でも、配電盤を2階の高さに配置することが出来た筈である。回避可能性のハードルは極めて低く、最新の技術でなくても配置を改めることは可能だった。事故後の保身のための情報隠しに走り裁判を長期化させたことは原告が受けた不利益に大きく影響したと言うことが出来る。

当記事として主張したいことはまぁ、上述の通りだ。勿論、子会社となって東電を守るために唯々諾々と隠蔽工作に付き合う日本原電の体質についても、言うまでもなく問題外である。

2017年3月 6日 (月)

【平日の3.11を】『君の名は。』ティーチイン(仙台)に行ってきた【祭日に投影】

新海監督が『君の名は。』のティーチインをするというので仙台駅前のTOHOシネマに行ってきた。今回はそのレポート。当然ネタバレ前提なので未見の方は気を付けてください。また、組紐、扉、月の満ち欠け、トンビ、光と影、神話等、様々なギミックが指摘されている作品ですが、当記事で重点を置くのは殆ど災害映画としての側面です。

※本業多忙につき通常のシリーズ記事が滞っていますが、3月11日までには仕上げたいと思っています。

久しく行っていなかったティーチインを実施した理由はただ一つ、3.11から6年、想定外のロングランが遂にアニバーサリー報道の跋扈する時期まで続いてしまったからだろう。

そして、私も誘惑を押さえ切れず(大仰かも知れないが)スベトラーナ・アレクシエービッチと同じ観察者の轍を踏んでしまった。それは恐らく監督達も同じ。東宝は営業データから細かく動向をチェックできるだろうが、空気感ばかりはその場にいないと分からない。被災地の人達はどう受容しているのだろう、という疑問は当然湧いてくる。

生まれてこの方アイドルのおっかけとは縁のない人生を歩んできたので、舞台挨拶付き上映会は初めてだ。入れ込んだ理由は、よく言われているような点で高く評価しているからだけれども、私の場合、一般的ではない要因が幾つかある。まずはそこから。

【『君の名は』に入れ込んだワケ】

○倫理問題

「現実の災害を玩具にして」という倫理問題が言われることがある。『風が吹くとき』など、起こる前にディストピアを提示する映画には大きな価値があった。後追いで作られた架空の原発事故を描いた映画監督が何か言っていたそうだが、訴状作りの役にも立たない。起こってしまった後にそういうアプローチは意味をなさず、うんざりするだけ。必要とされるものは追悼や内省を促す作品である。

もしも原発事故の責任を主題に据えるのであれば、実録ベース以外に道は無い。

○郷土映画

自分の体験とシンクロし易い、現代の要素がある作品でないと私は没入までは出来ない。歴史物、SFなどどれも好みだが、時代や国が大きく異なる場合、対象にホイホイと憑依することはこれまでも出来なかった。

新宿は、今は引っ越したけれども多感な10代の頃に過ごした街で、一時期は働く場でもあった。単純に郷土が出てくるのは嬉しいし、「東京だっていつ消えてしまうか分からない」という一言は、到底無視出来ない。

新海作品を特徴付ける美しい街の風景も、「今の東京を心象風景として刻み付ける」ようにも使われている。そういった監督の意図はとてもフィットした。

ただ、地元民視点から見ると、通学で電車依存となっている瀧の有り様はちょっと違和感がある。千代田区六番町から新宿駅近郊の高校までなら、晴れの日は徒歩か自転車だよ。その方が体力もつくし。都会育ちだから歩くのは慣れている、そういう逆説がある。

○瀧と同じことをしてきた

3.11以降「知り合いがいる訳でもないのに」津波想定や原発建設の(各事故調が無視した)経緯について徹底的にリサーチし、実質的にデータマンとしての役割を果たした。これは、クロニクルの各記事を御覧頂ければお分かりの通り。興味を持たれた方は少しでも目に止めていただけると有り難い。

だから、劇中で瀧が糸守について執拗に調べるシーンがなぁ。瀧の個人的な人探しとの違いはあるが、本質で重なるものもあるから、寓意として共感出来る。焦点を合わせてる部分が人の内心だからだろう。特に「何故心を締め付けられる?」という体験。東電や津波に関係しないのでアップしてないが、双葉郡各町の広報誌、特に2000年代のものを読むのは正直きつい。絵に描いたような幸せそうな住人、特に子供達の、基礎自治体目線ならではの、自然な笑顔が多数収められている。その後、キュウイの里も、桜並木も、個人的な縁を言えば松島の市街も全部駄目になったことを知っているとね(立ち入り禁止が解除になったエリアもあるにはあるが)。

果たして監督は、子供を意図的にカットに入れているのだろうか。

○趣味は部室

重い話が続いたが、廃部室もある種の郷愁を掻き立てる。学生時代、「趣味は部室です」と自己紹介するほど部室に入り浸っており、パソコン、アマチュア無線共手を染めた。90年代から2000年代前半に正にああいう感じで。スチール製のラックや作業台替わりの会議机、古いソファ。私の友人にも勅使河原のように、自室が部室的レイアウトになってしまった人が何人かいる。

なお、糸守の高校は高台にあり、電波環境は良好そうだ。アマチュア無線にあつらえ向きだろう。

【上映中に気づいたこと】

満員となった客席の雰囲気は東京に比べて違和感は無かった。もっともこの映画、普通の娯楽映画に比べると少し違っていることが多い。強いて言えばクラシックの演奏会と彼岸に寺社内で開放された談話室を合せたような感じ。

上映中は東京より真剣に見ている人が多かった。ギャグシーンで笑い声が殆ど聞こえてこない。もっとも、笑い声に関しては年が明けた頃から顕著になってきた現象で、リピーターが極めて多いことを示している。最近は初見のファミリー層が多数来館する休日昼下がり以外、笑い声を聞くことは殆ど無い。

以下、時系列順に感想を書く。パンフレット等で解説済みの話はほぼ外したつもり。ギミックに関連する人文系の知見だが、あまりマニアックなものには立ち入らない。試写会頼み?の『ユリイカ』や一見論評よりは地に足の着いた内容になったかと思う。

まず、この映画を民俗学・神話から読み解くにあたっても、監督が規定した表のテーマと裏のテーマで読みが変わってくる部分がある。三葉が弥都波能売神(みづはのめのかみ)からの引用に始まって、神話の男女逢瀬等々、表のテーマに係る解釈がネットでは殆ど。正直、設定として上手く当て嵌めた、以上の感動は無い。私が問題にするのは当然、裏テーマ。名前の話にしても「水神」と来れば津波絡みと読むしかない。

  • OP直前の「美しい眺めだった」。ティーチインの前から何となく思ってたことを思い出したので書いておく。彗星を題材にした理由の一つは、ネットでは九州の須賀神社絡みと言われているが、2つ目のテーマに沿った場合、異なる解釈が可能である。

    監督自身もどこかで言っていた気がするが、『日本書紀』などの神話を参照したものらしくネットでもそういった解釈がなされている。注意しなければならないのは、『日本書紀』はその後続刊が編纂され六国史と称されたこと。その最終巻『日本三代実録』になると神話的色彩は無くなり、現代の行政組織が発行する年史とほぼ変わらない事跡の羅列となる。そして『日本三代実録』の時代には貞観地震があり、冒頭の描写はその記述「光が見え隠れして昼間のように明るくなった」(現代語訳)に倣っていると思われることだ。なお、原文では「流光」と記される。

    表テーマは恋愛論的に解すると幻想となり、神話(国生み神話)との相性は良いとされる。しかし、裏テーマは神話というより事実を元にした寓話や実録との相性がある。ティアマト彗星がメソポタミアの海の神となっているのは当然裏テーマに沿っているが、その姿も地震に由来するということだ。

    なお、記述から分かるように貞観地震の発生時刻は夜。地震時の発光現象は幾つか目撃報告はあるが、予知の役には立たないとされ、まともな地震学者(と思われてきた人達)からはオカルト扱いされてきた、という事も本作の裏テーマに絡めるには良い材料である。恐らくこれが正解、というか災害映画としての意味になる。とは言え、当地自ら宣伝に回っているのでなければ、震災後何もしてこなかった映画ファンは須賀神社の聖地巡り程度に留めておくべきだろう。
  • なお、最初の特報CMは主に本シーンを素材にしているが、数あるCMでも台詞と音楽のテンポが最も整合している。
  • ティアマト彗星。10月2日、4日の方は「軌道が正しく描かれてない」などと言う批判に何故多くの人が飛びついたのかさっぱり分からない。全編通して地表との位置関係を考えれば「キャッチーだから」導入したとの公式発言通り、絵的にはビジュアル重視は明らか(TVニュースを見直すまで気付かないとは、何を見ていたんだろう)。むしろ適度に割り切っていて気持ちいい位だと思う。監督の認識がもう少し現実寄りにあることは、小説版の彗星描写(OPでレシプロ機並みの降下だったのが「秒速20㎞」など)から自明のことだ。
  • ニュースの模式図でもう一点。拡大図では地球、彗星、月の順に並び、作中の地表からの視点とは一致している。後半出てくる10月4日のニュースではピークが19時40分となっており、大体転ぶ時間に近い。
  • 胸の件、シーンとしてかなり配慮した跡も見られるが(ここで詳しく論じられている)、昔こんな深夜帯の萌えアニメみたいなことしてる人じゃなかったけどね。こっちだってそれ目的で来てる訳ではないし。
  • 旨そうな飯は精々50年代生まれまでの絵描きの専売と思っていたが、この朝食は美味しそうだ。良い物を見た。防災無線の個別受信機は意外にもここ2・3年で普及したものだそうで(リンク参照)、その辺りの取材もしっかりしている。
  • 登校する姉妹。オロナミンC風の広告がある階段で四葉はお米屋さんの話をしている(字幕版で分かる)。
  • テッシーからカフェと聞かされて目の色を変える二人。中京圏の喫茶店文化を知っているのだろう。北限は高山付近だから憧れもひとしおだ。自然な描写になっており実に上手い。
  • 瀧(三葉)達のカフェ巡り。ネットの一部でブルジョアとクレームが付いたが、下らない。そりゃ世の中苦学生もいるし、須賀神社周辺にもそういう学生向けのアパートはありましたよ(何十年も前の話だけど)。でもバイトしてる訳だし。小金を稼いで某高級焼き肉屋に行ったり、馬車道巡りしてる友人を身近で見てきたので、特に違和感は無いな。あの高級カフェが東京の全てでは無い位、日本で生活してたら誰でも分かる事だし。
  • レストランで奥寺に嫌がらせする山本(字幕版で分かる)。これもバイトで陥る窮地あるあるだな。私も昔、初日にこの手の揉め事に巻き込まれて、しかも被害者がお客だったのでクレーム貰ったんだよね。その後はそこそこの対応力付けたが。だから、バイト初日の三葉は、本当に凄い。
  • 導入部の締め、前前前世。107分しかない尺で、何故こんなに展開が速いのか。120分程度にしてアースバウンドに回したエピソードを映像化する道もあった筈である。最も直接的な理由は全体のテンポが乱れるからだろうが、他にも理由はあると考える。本作の表のテーマ、ボーイ・ミーツ・ガールだ。

    二人は互いを認識してから深い愛を確信するまで劇中1ヶ月しかかけてない。愛に限らず一般的に、他者と深い信頼関係を構築するには短過ぎる期間だ。それを解消したのが入れ替わり。身体感覚で互いの本音に触れるという、凡そ現実では不可能な行為の繰り返し。隠し事もほぼ不可能。だから、当人達すら意識しない内に、急速に距離を詰めることが出来た(アースバウンドでの入れ替わることなど不可能なテッシーの描写が良い対比となっている)。「リアルに」心理描写を考えるとそうなる。種々のギミックはあくまで装飾。だから導入部の展開を省略しても意味は通る。

    勿論、災害映画としては、「会えばすぐわかる」という、無くしたらPTSDレベルの信頼関係が、現実を反映するために必要だった。
  • バスケで飛んだり跳ねたりする三葉(瀧)。人の体なのだから余り無理はしない方がいいぞ。本気でバスケやってるとひざ痛めること位、中学時代バスケ部だった君なら知っているでしょう。
  • 御神体に奉納しに行く途中映る、送電線が2導体x4組の鉄塔。通常、送電線は3相交流が流れているので、3本で1回線を構成する。更に細いOPGW(架空地線)が塔頂に1本加わることもある。あの送電線にOPGWは無いので数が合わない。なお、この送電線はパンフレットVol.2表紙にも確認出来る。

    糸守変電所のモデルは新信濃周波数変換所の撤去済みの設備だそうだが、ロケハンした際に直流送電線もお遊びで入れたのか。ネットの電力設備オタクがこの送電線に興味を示さないのも謎である(なお3.11後、高山付近に新規に周波数変換所の設置が検討されている)。
  • 丸の内線の走行音がE231系以降の通勤型に置き換えられている件。エンドロールと東洋経済の記事を読むとJR東日本企画が参加しているので、それが理由だろう。裏テーマを考慮すると、登場する鉄道事業者で只のビジネスではなく社命・メセナとしての意味があったのはJR東日本だけ。
  • 最初の秋祭り。御神灯(神に供える灯火)が町の規模に比べて異常に多い。この御神灯は町長説得の失敗後も背景に登場し、停電で一斉に灯を消す。ティーチインで後述するイメージに沿った意味が与えられているのだろう。
  • 司、奥寺先輩と乗った東海道新幹線の3列シートが山側になっていると鉄道マニアがはしゃぎ、東洋経済の記事でもJR東海が絡んでいれば避けられたと示唆していたが、2冊目のパンフレットにある通り、現実の鉄道と意図的に違えている部分があり、総武緩行線でも四谷駅到着シーンは左右反転していたりする。3列シートの件も、表面的な理由は観客の視線移動にあり、裏の意味としては下り列車で3列シートが東京側を見て左になる位置、即ち東北新幹線の暗喩だろう。

    その傍証に、東京駅の乗り換え案内サイン(柱に貼られている大きなサイズのもの)で縦に2種のサインが並んでいるものは実際の東京駅では殆ど見かけない(こちらのブログにある程度)。写真展における「山陸」と同種の意図と考える。

    他にも海岸沿いに近い白砂青松の風景は映さず山、田園、トンネルを映すことで東北新幹線に近い印象を与えている。
  • 3発目が落下してひょうたん型になった新糸守湖を高校からのぞむ。新しい隕石の方が大きなクレーターを作っている(小説でも言及がある)。これは、M8.5程度と推測されている貞観地震に比較し、東日本大震災の方がM9と規模が大きいことに対応している。

    小学生向け図鑑などで、大地震の大きさを比較する時、震央を中心として円を地図上に描いたものがあった。監督の故郷の湖をモデルにしたことは明らかにされているが、大きさを違えたことに関しては図鑑からヒントを得たのだろう。

    なお、それまでは何気ないシーンでも雲が動いてることが多かったが、このシーンでの雲は静止画である。
  • 旅館での司と奥寺。ビールのロゴがSAKAKI?となっている。冒頭のカフェでテッシーが飲んでいたコーヒーはサントリーのBOSSと明記されていたのと対照的。様々な事情で本来の姿でコラボ出来なかった商材も多々あることを示している。
  • 口噛酒を飲んだ瀧はトリップし、二葉の死を目撃する。不治の病で死んでしまうことから、双葉郡を暗示しているのだと思う。アースバウンドでは生前の姿が描かれており、更なる現実の暗喩について思いを巡らせたこともあるが、これ以上は厳しいかな。一葉、四葉は語呂合わせだろうね。
  • 瀧がトリップ中に目にした三葉。小説だときちんとした口語文だが、映画は「ちょっと、東京行って来る」「ええ?」←参考文献は匿名掲示板ですかねぇ。
  • 作戦会議で後ろ頭を掻く。髪を切ったので地が出し易い。頭は後に面接でも掻く。前後するが肘で付いた後のあの笑い、パンフレットを読むと思い入れありそうなんだが「異界からの使者のように」と指導したのかね。
  • 小説版だと作戦会議で、瀧の内心として「生きていればどうにでもなる」との独白がある。確かに死んでしまうことに比べたら、また、東京の人間が発した言葉としては説得力がある。だが、実際の震災後、生き地獄と言って良い不遇に陥った被災者にとっては、素直に受け入れられる感情であるかは疑問だ。もっとも、それを扱うことはこの映画の範疇を超えてしまうのではあるが、私も多少は見聞してきた以上、言及しておく。瀧君は大人になったら是非そういうことも知ってほしい。
  • 町長の態度も現実の暗喩と気づく。自分の娘さえ馬鹿にして病人扱い。町長だけではなく小学生すら同じ態度を取る。社会が、3.11前に警鐘を鳴らした人達をどういう態度で相手していたかを多少なりとも知っていると、被災地を含めてかなり内省を促す表現。観客も東京より厳粛だった(気がする)。驕れる地方政治家には良い薬だろう。
  • 三葉(瀧)が思い浮かべる御神体は2016年の様子なので川は増水している。その後、1回目の死亡時から瀧の体に飛んできた三葉のシーンとなる。噛み口酒の小瓶が描かれていないミスもあるが、新糸守湖を臨む際、背景に映る川の増水は引いている。2013年10月2日から10月4日まで糸守で雨は降っていないので、片割れ時は料年共水が引いているのが正しい。ところが、片割れ時終了後のズームバックにて2013年に切り替わる際、川の水は増水したままになっている。ソフト化の際修正入るだろうか。
  • 美濃太田行きのローカル線。高山本線では2015年までキハ40が現役だったようだ。ひと昔前の地方を象徴する車両で、国鉄色に塗ってしまえば普遍性はより高まり、2013年の描写にはあつらえ向き。時期の問題も配慮があるのだな。東海道新幹線は海側が2列になっており、上記と併せて完全に反転。
  • 片割れ時。観客が感極まっているのは死者が蘇り、あるべき場所に魂を収めたことなのに、台詞上は三葉の方から「瀧君がいる」と言っている。ちょっとしたテクニックだが、場面の立体感を高め、二人の相手に対する心遣いが感じられる。夢灯篭の旋律を使用し作品の一貫性もある。いや待て。OP主題歌は当初案を差し替えて夢灯篭になったそうだが、この劇伴が先に生まれ、後から主旋律を取って作曲したのだろうか。音楽雑誌の特集記事でもその点を掘り下げた記述は無かったな。
  • なお、片割れ時のやり取りを瀧の視点から眺めた小説版では、監督が知ってか知らずか最近問題視されている「恋愛工学」を全否定してることも好評価ポイントだ。
  • 三葉につられて笑う瀧。正直変な笑いだと思っていたので、上白石氏がベタ褒めしていたのが不思議だった。よくあるスタジオの生声と録音の差かなと思っていたのだが、極音上映で聴くと神木氏の熱演が伝わってくる。
  • 「再演の日」になってキャラデザで気づいたこと。主人公二人は完全な美形としてはデザインしていないとどこかで読んだ。常時美形として描かれてるのは奥寺。三葉は瀧を「ちょっとイケメン」と形容した。それでも美形としての印象が強いのは「何かに真剣になっているシーン」での作画管理が厳格だから。そうやって顔に心を映し出したということ。逆に導入部のほのぼのシーンは記号を多用し全体的に緩い感じ。基本的な演出技術だろうけど実に上手い。
  • 自分の体に戻った三葉が夜の山道を全速で走り、停電してるのに皆が迷わず避難出来る理由。小説を読んだら彗星は月明かりより明るいと書かれていた。瀧は当然知っていた。だから停電のアイデアに同意出来たのだ。
  • サヤちん「完璧犯罪」、テッシー「ここからは冗談ではスマンで」(小説版)、「二人仲良く犯罪者」。電源を落とすことは「完璧な犯罪」であると言っている。現実では、変電所を含めて電源(これは発電所を指す業界用語でもある)を落としてしまった東電は、想定除外で裁判となっている。何となく、原発村に対する暗喩を感じる。まあ監督は毎日新聞のインタビューで「価値観訴える映画、作りたくない」と言っており、暗喩としては曖昧過ぎるからこれも厳しい解釈ではあるが。
  • スーパーカブの後ろ側に見える送電線。良く見るとなんか弛度がおかしいな。東宝はちゃんと予算を当ててやれよ。
  • 倒壊する糸守変電所の鉄塔。ところで、糸守はスタッフにより一部の場面で糸森に変えられている。つまり、糸森変電所が夜に爆破され、鉄塔が倒壊する。夜ノ森線へのメタファーだろうか。変電所なのに周波数変換所をモデルにしたのは「入替」にかけてるんだな。
  • 祭りの中、楽しそうに彗星を眺める村人たち。現実との対比で言うと、当時そこまで呑気では無かったため、観客はやや距離感を感じるシーンでもある。 何故なら、地震後はとるもとりあえず指定の避難所なり高台に向かっていたのが実際の被災地の姿だからだ。
    しかし、ここでカメラが映している人達は、避難し切れなかった、何らかの事情でしなかった人がモデルであって、
    生者たる被災者ではない。一連のシーンでのんびりしているのはそのためだ。
  • 劇中歌の歌詞は一見するとその場面で進行中の出来事とは無関係である。しかし、登場人物(専ら瀧。外から村にやってきた者としてキャラ作りされているため)の回想を歌っていると解すると全てが分かる。

    スパークルの場合、「遂に時は来た。昨日までは序章の序章で」は作戦の開始に合わせているが、実際には「再演の日」にやってきたことを思い返して語っている。
    停電の直前は「自分が電車の中などで、日頃三葉をどう思っていたか」を瀧が回想する視点。デート失敗後、糸守の絵を描いているシーンに対応し、台詞は無かった所である。敢えて台詞を消すことで、スパークルでの回想に説得力を持たせている。
  • また、人間開花版だったと思うが、フルで聞くとあの叫びには愛だけではなく慟哭も含意していることが分かる。MVとして再編集された映像からも明らかである。
  • 町が停電していく様子を空から見る。画面右上に炎上する変電所が確認できる。彗星落下後、テッシー達が日本の頑迷な官憲に逮捕されなかったのは、功績や住民の口裏もあろうが、物証たる変電所の残骸が吹き飛ばされてしまったことも影響しているのだろう。勿論停電の記録は残っただろうがね。
  • 鳴り響く警報。あの日私は現場にはいなかった。だが「トラウマになるから辞めろ」と言われつつ、実態解明のため何百回も津波襲来時の動画を見てきた。だから、あのシーンは直ぐに分かることだったが、西日本を中心にその再現だと素で分からない方もいるようである。そういう映像から目を逸らす人達も沢山おり、既に「忘れられ」始めているのかも知れない。だからここに敢えて書き残す。
  • 「知るかアホ。これはお前が始めたことや。」と叱咤するテッシ―。そう。この場面に限っては、表のテーマ「ボーイ・ミーツ・ガール」は個人的事情として封印され、裏テーマが完全な主役に躍り出るのだ(三葉は冒頭で愚痴を言っていた割には町の人達を見捨てずによく頑張ってはいる)。
  • 「こんな田舎でテロなんかあらすけ」と言ってるのは防災課の職員。宮水俊樹の前でおろつくのは防災課長である(字幕版で分かる)。
  • 彗星が落下し爆発する。高校上空から1~2秒程度の描写だが、空を見ると雲がドーナッツ状に変形している。市原悦子氏が広島、長崎を髣髴させるとコメントされており、「製作陣は流石にそこまでは意識していないでしょ」と思っていたが、あの核実験のような雲の広がり方を目にしての感想だったとしたら、絵的にそういう面はあるかも知れない。
  • ネットで議論となった話の中に、「作戦の首謀者3人はどうして逮捕されなかったか」というものがある。役場は事情を把握しているので、物証(変電所)が消し飛んでいても3人の間だけでの隠蔽は困難である。また、瀧が読んでいるネットニュースのように、写真も撮られてしまっている。

    恐らく、覚悟を決めた三葉にキーがある。つまり、彼女は隠そうとしたのではなく、目が座ったまま「爆破したのは私たち。避難してもらうためにやったの」と俊樹に告げたのだろう。あのシーンは典型的な父殺しだが、事態の本質を明瞭に告げることで、俊樹には娘の意志を尊重し、庇護する動機が生まれる。そうして、役場を巻き込んで隠蔽してしまったと考えるのが実は最も筋が通っていると思うのだが。

    監督は2冊目のパンフレットで瀧は異界の食べ物を食べて三葉になっていったと書いているが、三葉も瀧的になっていった面はあると考えるのが自然だろう。その意味でも三葉が決断力ある人物として振舞ったことは想像に難くない。
  • 瀧が就活で着ているリクルートスーツは本当に似合ってないのが素晴らしい。一方、就職後に着ている背広は板についたものだ。流石、実質的な勝負服になっただけのことはある。
  • 夕暮れ時に奥寺と瀧が眺める風景。防衛省の通信塔が印象的だが、あれ、近くで見ると結構塗装が劣化してるんだよね。塗りなおさなくても大丈夫なのかな。
  • 糸守の人々のその後。花屋の男に牛丼を食べる女。「ジェンダーをテーマにしないと決めた」と言う監督の自己認識が作品の随所に反映されている。実のところ「入れ替わりで性格が変化する」という設定を当然視している辺り、監督の無意識なジェンダー観が垣間見えて興味深い。2冊目のパンフレットにあった言葉を補うなら、思考の性差を先天的(=肉体に宿る)物と考えていないことが良く分かる。宮崎駿、引退撤回したそうだが、早逝した弟子にも抜かれていた貴方が、今から追いつくのはもう無理だな。それは罰だよ。
  • 先に、二葉=双葉郡の暗喩と書いた。最終的に糸守町の住人は助かるが、町が壊滅(一部は消滅)し、自治体として機能不全となる未来は変えられなかったことが、エンディングの上京した若者達から見て取れる。観客は結構分かっているが、あのシーンはそういう悲しみもある。監督だかRADWIMPSは「先の見えない不安な時代」と言っていたけどね。だからこそ「もう少しだけでいい」「何でもないや」という所に繋がる。
  • エンディングのボーイ・ミーツ・ガール。インテリから集客目当てと批判されたが、元の興収目標20億なのに監督が可哀想だ。生き残ることで出会いの機会に繋がるという災害映画との表裏一体の関係からすると、あれしか無かったと思う。素晴らしいのはこの二人が再度出会うことで、監督がパンフレットで言った「後は想像の範疇」に東京組と糸守組の大円団が射程内に入ること。貴樹に見せつけてやったれw
  • しかしながら、最低でも勤続4年目以降と思しき三葉はともかく、瀧はようやく見つけた就職先に振り落とされないように通ってる筈が、朝から仕事サボってデートか(西村智道風)。彼、試用期間中だよね。あの涙って「やっちまったのかー俺は」的ニュアンスかねw 5分後の醜態が見たくして溜まらない。
  • スタッフロール、英字幕版の時はいたく簡略だったが、北米公開の際は全訳した方が良い。余韻を楽しんでもらうべきだ。
  • ようやく幕が上がった。これだけやってオリンピックや現代の皇室のような、人を分断するワードを作中で一切使っていないのも大したものである。

【ティーチイン】

上映が終わり、満場の拍手で監督を迎えてティーチインが始まった。

「県外から来た人手挙げてください」は面白かった。3分の1位だろうか。安易に首都圏と考えてしまいそうになるが、東北地方は高速と新幹線が整備されるにつれて、各県間の移動が定着していったという話を読んだ記憶が蘇ってきた。行楽客は当て嵌まりそうだ。新幹線の場合、福島から20分で仙台に着いてしまう。県外からの来客も主力は東北地方の人達ではないだろうか。後述の質疑でも1人は青森から来たと言っていた。

リピート率も手を挙げて確認。4分の3位だろうか(なお最高は405回の方)。

なお、世代は広汎に分布、というか30代以降がとても目立つ。この件については公開初期にカップルを憎悪?していた「意識の高い人達」の評を信用してはならないw

動員数に話が及ぶ。2016年は邦画当たり年と言われたが、海外展開で期待できる戦略商品は本作だけ。監督はそのような意図は無かったとしつつも、多くの人に届く映画を作りたいという思いは持っていたそうだ。興味深いのは、神社周りの描写以外は、普遍的な日本の生活風景を紹介する構成にもなっていること。(社会問題の指摘はともかく)まだまだ変な日本の描写は散見されるからなぁ。改善に繋がれば嬉しいね。お互い。

【準備していた質問】

質疑応答では20名程が挙手。30分では時間的に厳しく、7~8名程で終わってしまった。製作中の苦労話、次回作のこと、趣味嗜好のこと、などなど。糸守町の中学校について、この日まで誰も設定を練っていなかったというのは、面白い検討抜けだった。

国内の観客動員を九州の人口と比べたり、自身の実家の小海町の人口を例示したり、監督は計数にも明るいようだ。小説にあった「電車に一両100人詰めて」等の表現は語呂と雰囲気重視なのだろう(通勤電車の定員は座席が50~60人程度、立席を含め140~150人。150%の乗車率なら210~225人となる。中央緩行線は朝でも空いてるが)。

なお、私は次のような質問を用意していた。

名取が放送をかける前「私、本当にやるん?」と三葉に向かって迷いを見せ、その後覚悟を決めて実行しますが、教師達に止められます。それは劇中での必然性があっての行動と結果であることは勿論ですが、見ているのは我々観客です。なので、ずっと疑問に思っていました。「本当に演るん?」て誰に向けて言ったのかなぁ、と。最初は観客だと思いました。警報からの一連の流れはそれまでの稲村の火からややスイッチし、3.11の明瞭なオマージュだと我々は知っています。でも、良く考えると我々が答える質問ではないですよね。

だから、映画館に足を運ぶことが永遠に出来なくなった人達の御霊に向けて、「宜しいでしょうか」と尋ねたのかなと。

実際の出来事をモチーフにフィクションを作ることはどなたでもやることですが、中にはこれはどうかと思うような使われ方もある。監督の場合は、一連の言行から受ける印象として、それをやったら相手がどう受け止めるか、考えて行動する方とお見受けしました。このように考えると、最後の一押しをするのは神職でもある「本物の三葉」でなければならないし、名取は「お姉ちゃん」を演じる訳ではありません。そして、町長や教師達が「普通の大人」としての役割を示すために「誰が喋っている」と止めに入り、「何てことしてくれたんや」と叱責して、放送のシーンが終わる。そうすることによりお会いしたことのない御霊への礼と謝意に代えて、お帰り頂く。祭り、つまり祭礼の中で起こった出来事(芝居)として眺めるとストンと腑に落ちる。そういうメッセージを込めているのでしょうか。もしそうであったとしたならば、演者の方達も了解済みで収録されたのでしょうか。

映画館への道中色々考えたが、仙台という土地柄、と客層を予想し上記に決めた。隕石とラスムッセン報告について尋ねるよりはマシだったと思う。もっとも、指名されたとして、最後まで淡々と話せたかどうかは、正直自信が無い。なお、小説版ではこの日を「再演」と位置付けている。テッシーが「ここからは冗談ではスマンで」と言っているのは既に紹介した通り。

【震災は平日に起きたのに、彗星は何故祭りの日なのか】

私が言いたいのは「この映画は大津波を石碑や神社仏閣で示すことで伝承した事実がモチーフ」「夢のお告げを受けた少女が人々を災害から救う」という既にリリース済みの「裏話」ではない。そんな話をここで繰り返しても今更意味は無い。また「劇中では三葉が生き返ったから再演なのは当たり前」ということでもない。

監督はあるインタビューで「全身全霊で作りあげた」と語っていたが、恐らく映画を使って本気で慰霊する気だったのだろう、という事だ。

一般的なストーリー解説では「彗星が落ちたから宮水神社で祭りを行なって伝承するようになったという設定」と理解されている。

コラム
飛騨に近い美濃地方で輪中を設けている地域では、水害のあった日を祭礼の日に指定し、水神を祭る例も見られる。和歌山県広川町の津波祭りは伝統としては浅いが、あの「稲村の火」を伝える。大津波で犠牲になった人々の霊を慰め、稲の束に火を放ち、この悲劇が二度と起こらないように堤防を築き上げた浜口梧陵の遺徳をしのぶとともに、住民の津波災害に対する啓発につながっているという。

だが、これだけでは3.11映画としてのモチーフを説明するには不十分だ。例えば、2011年3月11日は只の平日(金曜日)。祭りなど無かった。だから、入れ替わりの設定などを導入したとしても、事実に倣えば、普通の日に落とすことになる筈だし、伝承が話の過程で明らかになれば十分。祭りの日に災禍を合せることまでは必要ない。ところが、この映画では曜日はモチーフと揃えているが、わざわざ祭りの(ハレの)日としている。更に言えば、震災は月日までは予報されていなかったが、彗星(と祭り)は月日まで予告され、作中で大衆は心待ちにしているのである。寓話化としては「祭りを楽しみに待つ大衆」は余計なのだ。

要するにストーリーの中で整合を求めることは限界があり、我々の生きる3.11後の社会とのダイレクトな働きかけを考えた方が良い。それが、実際に慰霊を映画の目的とするという事。

宗教的儀式の詳細は良く知らないが、「祭り」をWikipediaで引くと「祭祀は、神社神道の根幹をなすものである。神霊をその場に招き、饗応し、慰め、人間への加護を願うものである。さまざまな儀礼・秘儀が伴うこともある。」とある。つまり、サヤちん(の演者)がある種のイタコ(これも東北は有名)として神霊を招くためには、祭りの日という設定が必須。それは人為による再演だから、「予告するもの」なのだろう。誰もいない神楽殿が開かれたままになっているのも、トラ・トラ・トラではないが、何かを暗に示しているのでは。

本格的な巫女が主役となるのも上述の一般的ストーリー解説で理解されているが、それだけなら設定過剰だろう。映画の形式をとった祭礼なので、巫女(神職)でないとダメなのだろう。もし津波のモチーフ借用に留まるなら、若い頃の宮水俊樹のような、学者など一般人による謎解きという筋書きだけでも、十分成立する。

なお、監督や主要スタッフのインタビューを幾つも読んだが、彼等が災害映画としての文脈を語る時は、生者を慰めるための話しかしてこなかった。しかし、目に映るもの、話の構成に対する素朴な疑問を整理してみると、死者に向けて語っている側面は否定出来ない。監督は広い層に作品のことを知ってもらいたかったとのことだが、よく知らない内からアニメで慰霊を公言すれば、どんな反応が返って来るか。それを予想して語らなかったのだろう。

死者に往年の人格を認め、映画館に招く気だったとして、饗応や生者への加護はともかく、どうすれば肝心の慰めになるのか。作品を観賞して台詞を言霊とし、魂にあるべき避難誘導を経験させ、未練を断ち切っていただくことは勿論だろう。東北の身代わりとして招魂に使った宮水(糸守)を祭礼の後に焼くのも自然な解釈と言える。だが、監督が見せたかったものは心を揺さぶられている生者、すなわち観客の姿だろうか。それが最も無難かつ合理的な結論に思える。

私は霊性の存在は信じていないつもりだし宗教活動も不熱心で万事形式だけだが、親族の位牌の前で一言二言話かける位はやっているし、理由も無く黄昏時に墓参りをしようとは思わない。そういう人なら結構いる。原理主義ではなく、そういう人達への映画だ。

多少は調べ物もしたが、Web上にこの問いへの答えが既にあるのかは分からない。或いは一葉婆さんが小説で語ったように、安易なテキスト化は憚られているのかも知れない。公開初期も、動員数の割に本作の反響が伝わってくるペースが全体的に遅いと言われていたから。祈念の場と感じた観客はそうなる。

従って現時点では数ある解釈論の一つに過ぎないのだが、補強材料はある。演者のインタビューで、ビデオコンテと台本見ただけで涙流してたと読んだが、音楽も書き込まれた背景も無いのに、想像力だけで本当に感涙できるかな、と。演者の人達というのは、一般の人に比べて場の想像力が高い傾向にあるから、以心伝心で了解という事もありえるが。

ただし、上記の疑問に対して、監督の思考を伺えるお答えが全く無かった訳ではない。

「幸せになりなさい」が村上春樹のオマージュではないかとの指摘があったそうだ。だが、監督に製作中そういう意識は無く、公開後に指摘されて気付き、自然に身に付いたものとして受け入れたというような話をされていた。

また、特に印象に残ったのは、自分がその場で決めたこと、あるいは逆に人に指摘されて譲ったことを後から眺めてみると、内心ではその選択が正しいと思っていたからではないか、と述懐されていたことだ。

これらの話から、半ば無意識に作品にある種の性格を付与していることが分かる。

結局、3.11絡みの話は出なかった。このタイミングで公開初期以来久々の、恐らく上映期間中最後となるティーチインを開いたことが全てと、皆了解していたからだろう。

という訳で、行ってみるものだなと感じた一日でした。

あと、片割れ時に入室してきた若い女性二人組、後で「イオンシネマ名取にもいましたね」って監督に言われてたねw イオンシネマ名取からの移動時間考えても遅すぎです。前でガサゴソされると興を削ぐんでもう少し考えてほしかったな。せめて旅館のシーンまでに来れないものか。金曜までの疲れが残っていたために東北大での取材を諦め、17時37分の下りやまびこで到着して最前列最短経路で即ダッシュ、前宣伝終了直後の41分頃に入室した私が言うのもなんだが。

【追記】監督のツイートなどにもあるように一区切りしたいという事で、3月末で公開終了を予定との映画館も現れ始めたようだ。つまり、映画通り夏にスタートして桜の季節に終わりを迎えることになる。凄いなぁ。

参考文献:小説版2冊、パンフレット2冊。および『ユリイカ』、ネットメディア上のインタビューなど。特に、17年1月1日のハフィントンポストのものはかなり踏み込んでいる。『女性自身』や『東洋経済』の記事も興味深い。個人の感想では「追悼の儀式としての「君の名は。」」(映画.com)が最も私の意見に近い感想だった。

当記事を執筆後、3月11日にはTBSにて『君の名は。』の真実を放映、同時期、銀座松屋で『君の名は。』展が3/20まで開催されていた。当記事の考察・論評部分にこれらの情報は反映していない。実は、TBSの放送では入れ替わりを導入した意味として「貴方だったらどう行動したか」というメッセージだと明かしている。この言葉を聞いて、それは読み切れなかったと思ったものだ。私も洞察力をもっと磨かなければならない。また何故、瀧が中の上レベルの生活水準なのかも得心した。それは東京に住む監督が自らに課した小さな罰なのだ。

また、『公式ビジュアルガイド』は最も製作意図を丁寧に追った文献だと分かってはいたが、記事執筆後、ある種の答え合せを兼ねて松屋で購入するまで未見だったことを付記しておく。

17年4月3日追記。なお、防災無線が鳴っていなかった件もTBSの放送後に初めて知った。当ブログ執筆時には知らなかったし、知っていたとしても関連付けて推測出来たかは疑わしい(“閖上の悲劇”の原因に「新事実」も 名取市、防災無線メーカーへの厳しい指摘が並んだ検証委報告案の全容)。

17年5月9日追記。本論を余りに飛躍していると見る向きもあろうが、東北学院大が取り組んでいる一連の社会学研究『霊性の震災学』等を参照すれば、まずまず妥当な内容と了解いただけると思う。

17年5月14日追記。下記2つを参考サイトに追加。M Sato(※名前を誤記し抗議を受けたので訂正)伊藤氏の主張に同意するものではない。あるインタビューで都市と星などSFを例示した監督は無意識にそのフレームを拝借した可能性はあるだろうが、彗星の人格性を前面に出したとしても、本作の2つのテーマからはずれ、それを強調することに、物語上の意味も、監督が意図していた社会的意義も無い。付言すればエンドロールのスペシャルサンクスに海外SF作家の名は無い。ただし描写の観察力は優れている。

伊藤弘了「恋する彗星――映画『君の名は。』を「線の主題」で読み解く」2017年1月23日

M Sato「映画「君の名は。」考察メモ 第2版」 2017年5月14日

17年5月21日追記。彗星のテーマ性の部分を見直し、加筆。

上野誠「映画『君の名は。』と『万葉集』

2017年2月22日 (水)

東海第二の非常用電源配置はBWR-5の中でも最悪だった

前回記事「日本原電が一般向けには説明しない東海第二電源喪失対策先送りの過去
」のため資料を見直していて気付いたことがある。

福島事故の直後、福島第一の非常用電源が地下に配置された経緯の解明のために、電気事業連合会が国に資料を提出した(「国内BWRプラントの非常用電源設備の配置について」2011年8月23日)。

この資料にはBWR-5の先行建設事例と後続建設事例の非常用電源配置が載っている。東海第二と同じく、原子炉建屋の周りに非常用電源の収まった部屋を配した複合建屋方式である。

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「図5 BWRプラント(先行建設サイト)の主要な安全設備等の配置例」(電気事業連合会)

上図中で議論の対象にするのはR/Bの記号で示してある原子炉建屋。T/Bはタービン建屋、C/Bはコントロール建屋だが、今回の議論には関係しない。

M/Cとは6900V用電源盤、P/Cとは480V用電源盤のこと(電源盤という単語は余りテクニカルタームとしては一般的ではない気がする。配電盤とか、メタクラ、パワーセンターなど色々な呼称や分類があるが、事故後広く使われてるので当記事では電源盤と呼ぶ)。

電源盤と非常用電源は交互に連担して配置されており、電源盤は3ヶ所に分散している。非常用電源は2台が隣同士の部屋となっている部分がある。また、電源盤は平面配置だけが工夫されてるばかりでなく、非常用電源を据え付けている階より1階上に配置されている。

20110823tsiryo311fig6bwr5kouki
「図6 BWRプラント(後続建設サイト)の主要な安全設備等の配置例」(電気事業連合会)

電源盤と非常用電源は大きく分けて2分割されており、連担した配置から更に物理的分離が徹底されている。また、電源盤だけでなく、非常用電源も3ヶ所に分散し、非常用電源同士で隣同士の部屋となっている個所は無くなった。

さて、再度日本原電東海第二の配置を見てみよう。

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「第1.2-2図 建屋内平面配置図(地階部分)」『東海第二発電所設備概要』1972年

電源盤、非常用電源がそれぞれ、原子炉建屋の外周に連担して配置されている。しかもすべて同じ階にある。そればかりでなく、電源盤は1つの部屋に集中配置され、系統別の仕切り壁すら存在していない。このような配置では、スイッチギア室(電源盤の部屋)がやられてしまった場合非常用電源が生きていても即電源喪失に陥る危険な設計である。なお、非常用電源自体もディーゼル機関のため火元足りえるが、非常用発電機機械室の中には、隣の非常用発電機機械室の階段を使わないと上の階から降りて来ることが出来ないものがあるように見える(細部不鮮明のため留保はしておくが)。アクセスルートや防火対策に注意を払っていたのか疑問である。

原子力の歴史を紐解くとGE社はとてつもない技術力を持っているように思われているが、重要な動力源を分散する発想は隣接分野では昔から見られるものである(例えば軍艦の動力源のシフト配置。アクセスルートに関しては、例えばサイドリッツがどう建造されたのかなど、この時代の小学生向け図鑑にも載っている)。それが出来てないのだから、GEも設計思想レベルでは日本と大差無い面が多々ありそうだ。後続プラントを設計した技術者達は東海第二の危険性を良く分かっていたから配置を改めたのだろうが、福島事故後、そのことを積極的に告白しているとは思えない。臭い物には蓋、ということだろうか。

建屋レベルでのプロットプランを解説した文献は『原子力発電所の計画設計・建設工事』以来複数あるが、建屋内の具体的なレイアウトを比較した論文や書籍は未見である。設置許可申請には樹木状の電気系統図(物理配置を反映していないシステム図的なもの)と、建屋内の大まかな配置の両方が載っているが、文献でよく引用されるのは前者が多いように感じる。

東海第二は運開当時、世界最初のBWR-5であると盛んに喧伝された。その後、難燃ケーブルを使用せず延焼防止剤を塗布して火災対策をしていることが問題視された。1970年代としては標準的な対応だったが、数年後に完成した原子力プラントは火災対策のための製品開発の結果、ようやく幅広くラインナップされはじめた難燃ケーブルを採用していたので、差が付いてしまったのである。この問題に加えて、電源盤室が1ヶ所に集中しているため、余計に火災リスクを大きなものとしている。

福島事故後、各原発では過酷事故に備えるため非常用電源を最低1系統分別棟に新設することとなったが、東海第二の場合、元の非常用電源の設計のまずさを考えると、電源盤と非常用電源の分散を考え、他の原発より多くの新設が必要と考える。

それにしても、こんな素人の考えたようなレイアウトを都市近郊の原発でよく認可したなと思う。ただただ呆然とするしかない。やはり廃炉が順当だろう。

2017年2月15日 (水)

日本原電が一般向けには説明しない東海第二電源喪失対策先送りの過去

川澄敏雄さんが盛んにツイートしている通り、震災後の相次ぐ初期原発の廃炉によって、東海第二発電所はいつの間にか最後に残った1970年代運転開始のBWRとなってしまった。

しかも、元原発設計者の渡辺敦雄氏が指摘するように、BWR-5はMARKII格納容器を採用しており、炉心溶融時に溶け落ちた燃料が直接サプレッションプールの水に触れる可能性が高く、固有安全の面から見ると水蒸気爆発のリスクがMARKIより高いと指摘されている。

この問題の他にも浜岡3号機計画時の公開ヒアリング記録に残っているのだが、MARKIIはMARKIに比べて建屋の重心が高く、定性的には耐震性でやや劣ることが、以前から明らかになっている(故に、中部電力は炉形は新しくしてもMARKIを4号機まで採用し続けた)。

また、原発から30㎞圏内の人口が100万を超えており、シビアアクシデントが現実のものとなって以降は都市近接型の原発とみなされている。そのため、実効性のある避難計画はどれ程法制度を充実させても作成することが出来ない。にも拘わらず、茨城県知事を支える政財界は目先の利権を目当てにした再稼働に傾斜している。また、日本原子力発電(日本原電)も敦賀2号機が活断層問題で規制側からすら見放されつつある中、東海第二の再稼働の可能性を否定しないことで、手持ちの原発を残そうとしている。

以上が、東海第二原発を巡る概況だが、当ブログとしては、福島事故と一般的な原発再稼働問題に隠れて見逃されてきた、東海第二のような古いプラント固有のリスクについて、その経緯を明らかにし、日本原電と茨城県の先送り体質上、再稼働に正当性が見いだせないことを論じていきたいと考える。

今回は、東日本大震災発生以前の経緯を中心として、電源喪失リスクの中でも交流電源喪失リスクに着目し、日本原電の態度が、同業と比較しても長期に渡って消極的であったことを示す。直流電源を論じないのは、他社とさほど差が無いからだ。

簡単な復習だが、交流電源喪失を引き起こさないためには、次の供給手段のいずれかが生きていなければならない。

  1. 発電した電力を所内に供給:スクラム時や冷温停止時には使えない。
  2. 外部電源(送電線~所内開閉所)から電力を貰う:冷温停止時は通常この方法である。
  3. 非常用電源を起動する:外部電源からトラブル等で電力が貰えない時はこの方法である。更に、非常用電源は建屋に定置している場合と、震災後原発にも配備された移動電源車の2パターンに分かれる。

以前から指摘を続けている外部電源の耐震化の先送りは2に係わる問題で、今回は3に係わる非常用電源増設(原子炉を冷温停止に導ける大容量のもの)を実施しなかった件についても述べる。

【1】外部電源

【1-1】寿命25年、安全率1倍が前提だった日本電気協会の耐震設計指針

これは前の記事「寿命25年、安全率1倍が前提だった「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003)」で述べた。初期原発の外部電源および一次変電所は25年以内に耐震強化の改修・更新工事を必要としていたことが分かる。東電福島第一も、日本原電東海第二も本来はその流れを受け入れるべきだった。

【1-2】1996年に開閉所の更新に言及

『東海発電所三十年の記録』という、日本原電が社員にのみ配布した分厚い記念誌がある(自治体図書館どころか原研にも寄贈されていないようだ)。既に廃炉になった東海第一とも通称される炭酸ガス炉(GCR)を対象にしたもので、PAについて、たった1ページしか割いていない。本来あるべきだった原子力本の在り方がどういうものかよく分かる。ところで、同書は、東海第二に関連する事項についても興味深い記述が存在している。

Tokai30nenkirokup0410 「東海発電所の保守管理 1.主要電源設備(2)屋外開閉所設備」『東海発電所三十年の記録』(1997年)

154kV系は元々東海発電所用で、廃炉になった後はガス開閉装置(GIS)へ更新した上で、東海第二の予備電源として活用することが計画されていた。しかし、以前の記事「原電東海第二は開閉機器更新の実施未定」でも触れたが、実際には遮断器だけが耐震性の高いガス式に更新された。

原子力関係で1点質問させていただきます。

御社では敦賀1号、東海第二など日本の原子力開発初期に建設されたプラントがあります。これらの外部電源は建設時いずれも気中開閉式(ABB)の機器を使用しておりガス開閉装置(GIS)ではなかったようです。

http://www.nsr.go.jp/archive/nisa/shingikai/800/28/001/1-3-1.pdf

一方上記旧保安院の報告ではABB系の機器は耐震性が脆弱とのことで、GISへの更新を推奨しています。

御社の原発の開閉所、また最初に接続する一次変電所にてGISへの更新は実施していますでしょうか。

【当社発電所の開閉所設備について(現在)】

■東海第二発電所
 ・154kV‐気中(ガス遮断器)
 ・275kV‐気中(空気遮断器)
  今後、ガス絶縁開閉装置に変更予定
(中略)

なお、当社は卸電気事業者のため、送電線は所有しておりません。一次変電所については他社の設備となりますので、お答えしかねます。

(2014年11月18日:日本原子力発電回答メール)

開閉設備一式(断路器、変成器、避雷器などを含む)の耐震化には遮断器のガス化だけでは十分ではなく、GISへの更新が不可欠である。

なお、開閉設備更新計画は、記念誌に合わせたリップサービスではない。同書の座談会で30周年時点の電気補修課長小栗第一郎氏は次のようにコメントしているからだ。

小栗‐運開以降の保守の考え方としては、当初は、予防保全を設備、機器の点検周期を決めて、それに従い点検を実施していた。
10年目以降20年ぐらいまでは、設備重要度を考慮し実施した。
20年目以降は、取替計画や経済性を考慮するようになり、診断技術を導入して先取りをした点検に移っていった。
(注:昭和)60年代に入って、将来のプラントの停止を考慮しかつ劣化の状況を見て、今後の点検、取替計画を策定するように移っていった。こうして現在のような考え方に近づいてきた。

座談会
東海発電所 安全安定運転 30年の歴史 「過去、現在、未来」東海発電所を語る 」『東海発電所三十年の記録』(1997年)

これまで私は、「日本原電は東日本大震災を見てから九州電力などが外部電源の耐震強化を進めていたにも関わらず、3年半以上設備更新を放置したと」理解していた。しかしどうやら、悪質なことに震災の15年前に遡って、1996年に設備更新の必要性を認識していたということが分かる。

小栗氏の言う「経済性」は、他社と異なる判断を下す決め手となったのだろう。それは、一体どういうものだったのだろうか。本書発行の2年後、JCO事故が東海村で発生し、日本原電もINESレベル4を間近で体験することになる。シビアアクシデントの恐ろしさを想起させるには十分だったと思われるが、それにもかかわらず当初の計画が縮小された。

一つの可能性としては、日本原電単体の「経済性」ではなく、子会社化を図った東電原発の「経済性」に支障したというシナリオが考えられる。東電はある時期から日本原電の株式を25%以上保有し、子会社とした。その経緯はWeb上では北村俊郎「巨大組織は何故大事故を起こすのか(10)」(2015.9.24 日本エネルギー会議)で説明されている。

【1-3】台湾第3原子力(馬鞍山)電源喪失事故(2001年3月)の教訓化

福島事故前に教訓化出来たチャンスとして良く取り上げられるのが仏ルブレイエ原発の洪水による電源喪失危機(1999年)である。ただし、この事故の教訓は想定外の浸水を防止するという観点から指摘されているのであって、外部電源の耐震性への問題提起としては、有力な内容と考えられていない。

主要4事故調の内、民間事故調はこの他の海外原発事故事例として、2001年に発生した台湾第3原子力(馬鞍山)での電源喪失事故に触れている。この問題もまた耐震性の観点から指摘されたものではないが、外部電源を含めた全交流電源の信頼性を見直すきっかけとなり、結果として耐震性の問題に影響を与えた可能性がある。

どういう事故なのか。

台湾の馬鞍山原子力発電所で起きたSBO(注:交流電源喪失)については原子力安全委員会等において議論がなされている。

このケースではまず、塩分を含んだ海からの濃霧による絶縁劣化により2回線ある外部電源がどちらも停止した。外部電源喪失後、本来の設計上は、2系統ある非常用ディーゼル発電機が起動する筈だったが、1つは分電盤の地絡(電気装置等と大地との間の絶縁が低下し、電気的接続が生じること)により、残る一つはディーゼル発電機の起動自体に失敗し、SBOに至った。しかし、直流電源は利用可能であったため、SBOに至った直後から補助給水系等によって炉心冷却が可能であったほか、同発電所では上記2系統のほかにもう一つ非常用ディーゼル発電機を2基で共有する形で用意しており、これを系統の一つに接続することで、約2時間でSBOを解消することができた。

(中略)台湾の事例から、発電機や外部電源系そのものが正常であっても、電源母線や電源盤の損傷によってSBOに至りうるということを、教訓として学んでおくべきであった。原子力安全委員会ではこの事例について検討が行われているが、委員からの指摘に、当時の保安院の説明者は「大体BWRの場合終局で少なくとも8時間ぐらい。それから、PWRの場合はある処置を前提にすれば5時間ぐらいはその状態での維持が可能でございますので、その間の外部電源の復旧。日本の場合大体送電系統の停電というのは30分ぐらいというような実績がございます。それから、先ほども申し上げましたD/Gの補修とかそういったものを考えて十分な余裕があるというふうな認識ではございます」と回答している。それ以上の議論は行われず、結果的に本格的な教訓は得られなかった。

「第3部 歴史的・構造的要因の分析 第7章 福島原発事故にかかわる原子力安全規制の課題」『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』 2012年3月 P277-278

一部で悪名高い東大教授の岡本孝司氏も本件を取り上げたが「日本の安全性向上に反映されたか不明」とした。氏の手になる追跡調査は見つからなかった。

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岡本孝司(東京大学)「福島第一原子力発電所事故の教訓」日本機械学会HP 2011年11月28日

民間事故調、岡本氏とも触れていないが、日本と台湾は民間レベルで「日台原子力安全セミナー」を毎年開催してきた。芸能人や文化人を呼んだ一般向けの宣伝用ではなく、プロ相手の実務会合である。2002年(第16回)では馬鞍山事故を受けて電源喪失が主要なテーマとなった。そして、日本原電からも講演者が一名参加し、パネル討論にも登壇していた(武藤直人、当時日本原子力発電発電管理室プラント運営管理グループマネージャー(副部長))。

保安院の説明は当時のAM策(過酷事故対策のこと)で新味は無い。しかし、セミナーでは武藤氏とは別の講演者から興味深い事実が提示されていた。過去20年の間に国に報告された非常用ディーゼルトラブルを集計したところ、1回辺りの平均ダウン時間が100時間を超える発電所が3ヶ所存在し、日本の全原発の平均を取っても60時間だと言うのである(「中島知正(原子力発電技術機構)「日本における外部要因による計画外原子炉停止及び非常用ディーゼル発電機トラブルの統計分析について」)。

要するに、外部電源が喪失した状態でディーゼル発電機が一度故障すると、平均を取っても再起動に2.5日から4日かかり、BWRで標準となっていた8時間現状を維持する体制では、持たないという事を意味していた。

この事実を提示した講演者の中島氏は当時の通例に従って、外部電源が故障する確率と非常用電源が全て故障する確率を掛け算し、それが10^-7(/年)以下のため、「台湾の第3原子力発電所で発生したような事象は、日本では確率的に発生する恐れは殆ど無い」と結論した。

このような事実もAM策を検討した90年代初頭には情報としては上がっており、中島氏の論法もその繰り返しに過ぎない。ただ、少数の特定の委員会内部だけで読むレポートでは無く、日本原電の講演者を含む安全セミナーにおいて「電源喪失は無い」という神話の根拠が深いレベルで説明されたのは、ポイントだろう。

興味深いのはパネル討論で中島氏が台湾の事故のようなケースを考慮せずに確率計算したため、「非常に保守的な評価となってしまった」と反省の弁を述べていることだ。

また、パネル討論でコメンテーター役が設定されており、三菱重工の米沢隆氏が務めていた。恐らく、彼のコメントと思われるが、次のように教訓を述べている部分も注目される。

長時間(注:ここでは30分以上を指す)の電源喪失事故に関しては、日本では確率的安全評価(PSA)によって原子力発電所は送電系統の信頼性が高いため全電源喪失事故は炉心損傷リスクの主要寄与因子でないことが示されているが、長時間の全電源喪失事故対応も考慮したAM策が整備され、その中で、交流電源回復手段として隣接ユニットの非常用電源を利用してバックアップする方策(号機間電源融通)が準備されている。

台湾では、長時間の全電源喪失事故発生を想定しそのための十分なAM策と必要な設備対策がとられていた。従って、台湾の全電源喪失事故事象教訓に照らし、深層防護の観点から現状の日本のAM策の更なる改善要否について検討することが望ましいと考えられる。

台湾第3(馬鞍山)原子力発電所全電源喪失事故:原因と今後の課題

東電福島第一は「AM策の更なる改善」として2000年代に追加の電源喪失対策をしなかった。日本の原発全体を概観した先行文献でも、東電の右に倣えだったように説明されている。東日本大震災以前、日本のAM策は内的事象(機器の故障)のみを対象とし、外部事象(災害、テロ等)への対策は建設当時施された内容から進化していなかった。台湾は馬鞍山当時から内的事象も外部事象も想定し、塩害は外部事象に分類されたらしい。

【1-4】PWR各社は相次いで外部電源を更新

しかし、私は先行文献の「日本は行政指導の元、横並びで外部事象への対策を強化しなかった」という見方に異論がある。

電力各社の原発外部電源-関電美浜・原電東海第二は開閉機器更新の実施未定-」で外部電源の耐震性が低い原発の更新状況を各社に質問した。BWR各社については1997年に島根1号機でGIS更新の先進例があった後は、浜岡1・2号機が廃止された以外大きな動きは無く、台湾の事故後のGIS更新も無かった。一方、PWR各社を見ると、台湾の事故の後、外部電源を更新した社が存在する。

  • 関電高浜:福島事故前にGISに更新(2001年以降かは不明、経年からは可能性高)
  • 四電伊方:1号機、2号機ともGISに更新(2004~2005年)
  • 九電玄海:1号機、2号機ともGISに更新(2008~2009年)

三菱のGIS開発研究の初期に書かれた『電力機器の耐震設計方法に関する基礎的研究』(1971年)という大論文がある。引用はしないが同論文を読むと、国内外で発生した大地震と電力設備の被害を詳しく調べるなど、当初よりGISを実用化すれば地震対策へ大きな効果を見込めるものとして、重視していたことが分かる。そのような技術的思考が後輩技術者に受け継がれていたとすれば、台湾の事故を後押しにGISへの更新提案を行っていても不思議ではない。実際、2000年代後半に入ると日立、東芝、日新など変電機器メーカーも相次いで更新提案を強化し、それを社史や技報でPRしていった。

なお、GISの特徴として耐震性の高さの他、主要機器が密閉されているので塩害に強い点が挙げられる。一般論としては、台湾の事故を受けて提案する対策として最適だった。もっとも、東海第二の主要な外部電源である275kV回線の開閉所は耐震性の低い空気式(ABB)ながら塩害対策のため屋内収容されていたので、【1-2】で紹介した154kV回線(屋外設置)の更新の場合のみ、塩害対策上のメリットがある。

電源喪失対策は、後で議論するように非常用発電機の増設も指し手の一つとしてある。しかし、1990年代に東電福島第一で増設を実施した際は、設置変更許可申請を行っている。これを前例とすると、定置式の非常用電源の増設は表立った動きとならざるを得ず、地元の刺激を無意味なまでに恐れていたらしい電力各社にとって政治的に好ましい施策では無かったようだ。

なお、設置変更許可を要しない移動電源車の常置策は、何故か採用されなかった。私が直接当事者から聞いたところによると、1990年代にAM策を検討した時、メーカーサイドから電事連に提案はしたそうだが、葬られた経緯は不明だ。規制側(当時はエネ庁)の資料には一言も触れられてない。

このように見てくると、経年を理由にした外部電源の更新は、外的事象による電源喪失への対策として、絶妙な位置にあったのかも知れない。

だが東電と、(東電の子会社化が進んでいたらしい)日本原電は、そのような更新を先送りし続けた。

【2】非常用電源

【2-1】隣接原子炉から電源融通が不可能な東海第二

ここで、【1-1】~【1-4】で議論してきた外部電源から目を転じ、非常用電源について概観する。非常用電源は事故時対応の本命であり、初期の原発でも定置式が最低2台あり、1台トラブルを起こしても、もう1台で冷温停止まで導けるだけの容量を付与している。これがその後、何の強化も無かったのか、という疑問のある方もいるだろう。福島事故前の経緯をきちんと調べると分かる事だが、1990年代にAM策として非常用電源も強化された。

どういう内容だろうか。

一つのサイトに原子炉が複数ある場合、福島のように共倒れになってしまう危険がよく指摘される。しかし、上記セミナーからの引用にもあるように、非常用電源が各原子炉に設置されていることを利用すれば多重性と限定的な多様性を付与出来るため、隣接原子炉の非常用電源から電源を融通出来るようにするAM策が1990年代に実施された。

Nsc_senmon_shidai_gensi_kentou_gens 軽水型原子力発電所におけるアクシデントマネジメントの整備について 検討報告書資源エネルギー庁199410P12 (archive.orgで閲覧可能)

1998年に東海発電所が廃止されてから、東海第二は単独立地のプラントとなったため、「隣接ユニットの非常用電源を利用」することは出来なかった(上記資料に東海第二が挙がっているのは、94年の時点で、東海発電所の廃止が見えていたからだろう)。

Amhpcsdgtepcovideo_2 「IIIアクシデントマネジメント策」『アクシデントマネジメント』東京電力、東芝、東芝アドバンストシステム(リンク

 

福島事故前に製作された東電の所員向け教育ビデオにおける電源融通の様子。隣接プラントの無い東海第二では、このような模式図は成立しない。

このような「欠点」を持つサイトは当時北陸電志賀1号機(後に東北電東通1号機)などがあり、いずれもBWR-5であった。国はBWR-5が通常の非常用電源2台の他にHPCS(高圧注水系)専用の非常用電源を1台設置してあったことに目を付け、HCPS用非常用電源を通常の非常用電源としても利用出来るように結線することで、号機間融通策の代替措置とみなした。

しかし、この代替措置は矛盾している。福島第二や柏崎刈羽のBWR-5は隣接プラントを持っているが、自プラントにHPCS用の非常用電源も持っている。もし、代替措置で十分なのであれば、これらのプラントでもHPCS用に結線するだけで事は足り、経費は節減される。隣接プラントから電源融通のタイラインを引いてくる必要は無い。

逆に言えば、隣接機からの融通が第一とされたのは、このAM策を考案した人達の頭の中で、自プラントの外から引いてくることに、物理的な系統分離(セパレーション・クライテリア)という意義を見出していたからだろう。

2017/2/20追記。NUREG-1150で解析対象となったプラントを見ると隣接機からの電源融通はBWR-4に、HPCS用非常用電源からの融通はBWR-6に採用事例があった。当時は米国でもこういった融通策が水平展開されていなかったようで、日本側はこれらを真似てAM策に取り込んだのだろう。

そういうことだ。

単独立地プラントの場合、本来は別棟に残留熱除去系(RHR、駆動に大電力を要し、最終ヒートシンク~崩壊熱を海に逃がすこと~に不可欠な系統)を動かせる大容量非常用発電機(最低でも5000kW程度は必要)の増設が必要だった筈である。この方法は複数立地の福島第一だけが採用し、5・6号機を破局から救うことにも役立った。しかし、単独立地プラントでの採用例は皆無だった。

それでも、他の単独立地プラントは、外部電源が新しいGISなので耐震性は高い。そのため、上記セミナーの掛け算の理で考えれば、発電所全体で見た所内電源の信頼性は高くなる。しかし、東海第二はそうではなく、【1】で述べたように外部電源の信頼性も低い。

日本原子力発電との質疑」でも書いたことだが、原電に施策の根拠を問いかけると、国の規制に従った技術的説明は回答するが、どういう議論をしたかについては「社内の意思決定に関する情報等については、回答を差し控えさせていただきます。」と拒否される。日本原電は、2016年秋に地元で20回程説明会を繰り返したが、そういう会社である。

前掲の『東海発電所三十年の記録 運転管理資料編』によると、東海発電所の場合、保安運営委員会を2週間に1回程度の割で開催しており、AM策は「東海発電所アクシデントマネジメント検討結果について」(第234回、1995年8月7日)で討議された。事情は東海第二でも同様だったと思われるが、BWRの場合、資源エネルギー庁の資料は1994年に作成されているので、保安運営委員会の開催はもっと前だったのかも知れない。基本方針は日本原電本社で決めたのかも知れないが、こういった議事録の開示は必要である。

なお、配電盤、非常用電源、HPCS用非常用電源は原子炉建屋の外周に並んで配置されている。

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「第1.2-2図 建屋内平面配置図(地階部分)」『東海第二発電所設備概要』1972年

日台セミナーの台湾側事故報告(日本語訳で配布)によると、非常用電源を現場に行って手動で再起動した際、スイッチギヤ室(配電盤室)で焼損した遮断器から発したものなのか、「現場は煙が充満しており操作がかなり困難であった」と記載されている。このことは、発端となるトラブルを内的事象に限定しても、火災や内部溢水を想定し?、煙に巻かれにくい隣接機からの融通を考えたAM策考案者の正しさを証明している。

したがって、日本原電はこのセミナーの後、別棟に大容量非常用電源を新設するべきだった。しかし、実際にはチャンスを全く生かしていない。

結局、別棟に新たな大容量非常用電源が設置されることとなったのは、福島事故の後であった。

【3】そして、東海第二の電源喪失対策は次々先送りされた

【1-1】~【1-4】、【2-1】と福島第一で取られた対策を踏まえて東海第二を観察すると、非常に奇妙な特徴がある。福島事故前20年ほどの日本原電は他社に比較して、東海第二での電源喪失対策に消極的なのである。

最初は、人と環境の条件は有利だった。【1-2】で見たように意欲はあり、【1-3】で見たように当事者を交えて生の知見を得る幸運に恵まれていたからである。

しかし、外部電源の更新は154kVの遮断器のガス化に留まり、【2-1】で見たように東電のような非常用電源の増設も行わなかった。

2007年の中越沖地震後に東電が免震重要棟の設置を決めると、日本原電も親会社に倣って同様の設備を建設し、小容量(500kW)のガスタービン発電機が屋上に設置されることとなった。このガスタービン発電機は震災に間に合い、仮設ケーブルを原子炉建屋に引いて補助的に運用された(「地震・津波被災を乗り越えた東海第二発電所」『エネルギーレビュー』2013年1月)。

仮設ケーブルということは、本来そう言う使い方を織り込んで設置した物ではないのだろうが、土壇場になって最小限の交流電源喪失対策が奏功したとは言える。例の津波対策同様に評価すべきことではある。しかし長期的な観察結果からは、電源喪失対策に対する日本原電の態度は、ある意味東電以上に原発を運転する事業者としての資質を疑わせる行動が散見される。

なお、日本原電はプラントの安全投資をサボる反面、PR施設東海テラパークを拠点に女性や子供への蔑視思想を根底に置いた啓蒙活動を、他社同様熱心に推進した。「げんでんスマイルフェア」や小中学生をターゲットにした「げんでんe学びクラブ」などが該当する。無駄な活動に費やす余力は持ち合わせていた。

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「日本原子力発電が開催した「げんでんスマイルフェア」」『電気情報』2006年1月(冒頭リンク

一般的に日本の原発は安全とリスクのバランスに欠けているが、日本原電は追加の電源喪失対策を外部電源は20年以上、非常用電源も台湾の事故から10年近くも放置した。無能な原発推進者や司法関係者によくある思考として、結果オーライという発想があるが、このような適切な設備投資の感覚を喪失している事業者に、老朽原発の運転を任せて良いとはとても思えない。

2017年2月12日 (日)

寿命25年、安全率1倍が前提だった「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003)

【前書き】

地震で壊れた福島原発の外部電源-各事故調は国内原発の事前予防策を取上げず」から3本外部電源の問題を書いてから2年以上経過してしまった。それらの記事では、他社が福島事故前から外部電源を更新して耐震強化を図る中、日本原電東海第二、東京電力福島第二については福島事故を経ても脆弱なまま放置されていたことを批判した。

これら2つのサイトは炉形だけを見ても、固有安全性で劣るBWR‐5である。それにも関わらず、再稼働を期待する勢力によって未だに廃炉に至っていないこと、また、東電については司直の場で法的責任を否定し続けている問題がある。そこで今回は、この2年で解明した事実について、外部電源や新福島変電所のような一次変電所に適用される設計指針「変電所等における電気設備の耐震設計指針」(JEAG5003)を対象に、その問題を論じる。

東日本大震災で被災した変電設備を巡っては、「N-1基準」-送変電設備は1ヶ所の故障に対してバックアップが取れていれば良いという考え方(ただし影響が大きな場合はN-2も考慮)-を盾に「今回の震災はN-10であった」などと東電を擁護する向きがある(石川和男「「電力システム改革」を改革すべし!(その2)」『アゴラ』2013年07月18日)。しかし、N-1基準を肯定したとしても、なお問題提起するべき内容があることを知ってほしいと思っている。

【本文】

以前にも述べたことだが、1978年の宮城県沖地震では、仙台変電所(275kV回線あり)のように大きく損傷を受けた所があり、事故後電中研を交えて原因を調査し、1980年に変電設備の耐震設計指針(JEAG5003-1980)を日本電気協会から発行した。

地震動で倒壊した福島第一の外部電源設備はJAEG5003制定前の設置だったが、指針の内容は一応クリアしていた。倒壊した原因の一つは空気式(ABB)は概してガス式(GCB,GIS)より耐震性能が劣るからだと旧原子力安全・保安院は説明した。私見だが、開閉所を設置している高台などは、原子炉建屋に比べて地震動が大きかったことも理由だろう。

(参考)原子力発電所 開閉所遮断器の型式及び設置年
○今般の震災において、原子力発電所施設内の開閉所において設備の損壊等が発生した福島第一原子力発電所の大熊線1号線及び2号線はいずれも1978年に設置されたABB形式(気中遮断器(空気))であった(※1)。

※これらの開閉所は、JEAG5003-1980制定(1980年)より前に製造しているものの、福島第一1号機及び2号機の耐震性能については、開発段階から先行して動的評価を取り入れており、JEAGの要求性能を有している。

○(社)電気協同研究会による遮断器の耐震性能調査によると、タンク型遮断器(ガス絶縁開閉装置 (GIS)等)は、がいし型遮断器(気中遮断器(ABB等)等)に比べて耐震性能が高いとの結果が得られている。

○そのため、福島第一原子力発電所の遮断器が損傷した原因は、相対的に耐震性能が低いと考えられるABB形式の遮断器にあった可能性があり、今後、遮断器をABB形式からGIS形式に交換していくことが望ましい。一方、同発電所の大熊線4号は1973年設置のABB形式であっても損壊していないこと等(スライド22、23)から、今回損壊した遮断器等の解析による詳細評価の結果を踏まえ、更に検討していくことが必要。

原子力発電所の外部電源に係る状況について」原子力安全・保安院 2011年10月24日(WARPリンク

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私も、JEAG5003の2010年改訂版を参照した。256ページもある、本と言って良い厚さである。最初精読した時は特に不審な内容は見当らなかった。ところが最近、制定当時の技術的根拠を電中研の地盤耐震部が解説した専門誌の記事などを読み比べて、驚いたことが3つあった。

(1)開閉装置の寿命は25年を前提にした指針

一点目は、指針の対象となる開閉装置の設備寿命は25年と考えられていたことである。JEAG5003は確かに参考資料として河角マップの75年地震期待値を載せているのだが、その根拠として、設備寿命25年の3倍の期間を想定すれば十分であるとの考えに拠って定められたことまでは書かれていなかった。

Denkikeisan198106p40

塩見哲(電力中央研究所土木技術研究所地盤耐震部)「新しい動的設計を図解する」『電気計算』1981年6月P40

通常、設備の寿命を見込むには、その部材の劣化特性やフィールドに設置された設備の実態調査を踏まえて決められる。開閉設備の場合は、基板やリレーと言った電気電子部品から、筐体の板金や碍子に至る部材の劣化状況や、メーカーの納入仕様書を見ることになるだろう。しかし、当指針を読むと部材の劣化状況とは別に、指針が想定した耐震性能によって自動的に25年という上限が定められることが分かる。中国電力を皮切りに、東電、日本原電以外の各社が続々と外部電源を耐震性の高いGISに置き換えていったのは、単なる劣化判定や保守部品の入手難ばかりでなく、この指針の根拠に自ら気づいたか、メーカーに提示されていたからだろう。

原発の基準地震動に比べればJEAG5003の考え方は遥かに緩い内容と思われるが、そのことを横においても、次のような問題点を指摘できる。

●河角マップが古すぎて役に立たない
福島原発1号機建設期に指摘された地震想定の問題点」でも指摘したが、河角マップは1950年代初頭に作られた地震期待値図であり、各地の期待震度が低すぎる。1960年代末にはより期待震度を厳しくした後藤マップが出現し、その後も幾つかの研究機関が類似の震度期待地図を発表、現在では地震調査推進研究本部(推本)のデータを元にした地震動予測図が最新の期待地図となっている。ロバート・ゲラー氏は東日本大震災や熊本地震を例に、推本データによる地震動予測図も「外れマップ」として批判しているが、河角マップに比較すれば厳しい内容のため、予防的には河角マップよりはマシと言える。なお、河角マップは一般建築物の耐震基準にも参照されてきたため、その問題点は2016年熊本地震でも批判された。

●25年規定を明文化していない指針を制定する行為は、モラルハザード
25年を経過したら更新するか、25年以上使用する設備は、75年期待値図を使用してはならないように、JEAG5003に明文化するべきであった。

河角マップは75年期待値図の他、100年期待値図と200年期待値図が存在し、それらの震度期待値は75年期待値図より大きい。このことは最低でも経年25年~33年の設備は100年期待値図、経年33年~66年の設備は200年期待値図を使用すべきであったことを教えている。考え方としてはそのような方向で解釈すべき指針であり、実態を反映せず明記を怠り続けた指針制定の委員会には、大きな責任が生じる。

なお、1978年に設置された福島第一1・2号機用の外部電源は、2011年時点で経年33年であり、GISに更新工事中だった3号機用以外は34年目以降の使用を前提としていた。従って、例えCクラス扱いであっても、事実上河角マップの200年期待値図を最低でも前提にする必要があり、地震学の発展を考慮すれば、更に厳しい内容が要求されるのが筋だった、ということである。

JEAG5003の問題だから、新福島変電所にも、東海第二の開閉所にも、東海第二と接続する東電側の一次変電所にも上記の問題は当てはまる。しかし、1990年代に寿命40年超を迎える原発の高経年(老朽)運用が可能であるか研究された際、主に原子炉周りの機器の寿命評価ばかりに視点が集中し(意図的に寿命評価をパスし易い機器のみフォーカスされた可能性もあると思うが)、外部電源の設計指針の問題は、公開の報告書では全く取り上げられなかった。

Denkikeisan199907p35

徳光岩夫「原子力発電所は何年くらい安全運転が可能か」『電気計算』1999年7月P35
※幾つかのステップを経て高経年化対策が検討されたことが分かる。しかし、当時の文献を見てもJEAG5003の中味を議論した形跡は見当たらない。

(2)JEAG5003が前提とする地震動は震度6

先ほどの『電気計算』1981年6月号記事を読めばわかるように、JEAG5003が想定した震度は当時の階級で6に過ぎない。加速度で言えば250~400Galに相当するとされるが、後年震度が体感から地震計のデータを利用した算出法に改められ、震度6であっても400Gal以上の揺れを与えることは珍しくなくなった。なお、リアルタイムで震度7が計測されたのは1995年の阪神大震災が初めてで、2007年には新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発でも記録された。上述のようにJEAG5003は2010年に改訂されているが、このような事実を取り入れて、指針を改めることが無かったのは、到底許されることではない。

(3)想定地震力に対する安全率は東電社内規定に合わせて1倍

JEAG5003では、がいし形機器への設計地震力を「0.3G共振正弦3波」(Gは重力加速度で約300Gal相当)と規定している。

しかし、この値はJEAG5003制定以前に東京電力が社内規定で定めていた内容を色々な計算で肉付けしオーソライズしたものと考えられる。東電が社内向けに編纂した『変電技術史』には次のような経緯が書かれている。

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「第11章第1節変電所設計5.防災・安全及び環境対策」『変電技術史』東京電力1995年P557

上記のとおり、東電の社内規定では、この設計地震力は安全率との掛け算で表現されており、その安全率は1倍であった。JEAG5003の何処を見ても、地震波の入力位置(高い位置の方が振れが大きい等)による増幅率は明示されているが、安全率1を掛けた値であることは明示されていない。これが、旧原子力安全・保安院が東電の説明を受けて書いた文言「開発段階から先行して動的評価を取り入れており、JEAGの要求性能を有している」の実態だった。

加えて、1977年度に大学の研究者が東芝と共同で研究した空気式遮断器(ABB)の耐震性に関する博士論文を読むと、安全率を2倍に取っている電力会社も存在していたことが分かる。

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藤本滋(慶應義塾大大学院工学研究科)「第1章 序論」『大電力用空気しゃ断器の地震応答解析』1978年3月P1-2

電力業界は変電機器の耐震設計について社内でどのような考え方を取っているのか(JAEG5003準拠で済ませるのか、更に厳しい値を設けるか)、分かり易く纏めてネットに公開していないが、上記藤本氏の論文によると注釈(4)の「電力会社の耐震設計について(アンケート調査結果)」(中部電力社内資料1968年8月)が存在している。新しい資料ではないが、経緯解明には役立つだろう。

また、宮城県沖地震の調査でも、電気事業連合会は『変電設備耐震特別委員会報告書』(1979年)をまとめてJAEG5003制定の際に、影響力を行使していた。従って、『原発と大津波』に示されたように、津波評価技術において土木学会をオーソライズの舞台として使ったのと同様、いや先んじて、変電機器の耐震指針制定でも、実際の作者は日本電気協会ではなく、東電であった。

以上の3点から、初期原発の外部電源および一次変電所は25年以内に耐震強化の改修・更新工事を必要としていたことが分かる。東電福島第一も、日本原電東海第二も本来はその流れを受け入れるべきだった。

なお、今回取り上げた文献の内、『電気計算』1981年6月号は変電機器の耐震設計特集となっており、塩見氏の他にも投稿記事がある。その中には、非常に少ない可能性とは言え、JEAGで想定した以上の地震が起こる可能性はあると認めた上で、耐震向上、復旧対策に「各電力会社は万全を図っている」と豪語しているものがある(百足武雄(東北電力工務部)「地震におけるがいし形機器の被害」『電気計算』1981年6月P52)。細かいことだが「万全」とは、ゼロリスク論に容易に繋がる言葉でもあり、注意が必要だ。

また、藤本論文は第5章、第6章(まとめ)にて、共振正弦3波を用いることの妥当性も検証し、特定の条件下においては実際の地震動に対して十分安全側ではなく、実際の地震波を用いた解析の必要性を結論している。

更に、『変電技術史』では水害対策として、1989年以降毎年変電所周辺環境の変化(河川改修や冠水状況など)をチェックすることとした(P564)、「重要変電所における重大事故時の処置」を制定した(P686)などと、これまでの事故報告で未踏の事実が書かれている。

しかし、今回の記事ではそれらの詳細については不明な部分もあり、省略した。勿論、偉そうな態度で電力会社への愛の言葉を垂れ流すインターネット上の自称関係者達は誰一人、こういった具体的な内容に言及していない。

2017年2月10日 (金)

「社員だけが非公開の内部情報にアクセス」と自慢するあさくらトンコツ氏の見栄

前に福島第一排気筒問題で一部作業員、偽科学関係者が振りまいた安全神話を書いた時にもこの方観察して思ったのだが、11人の部下を率いて1F廃炉現場にいると称しているあさくらとんこつ氏って、身内でもバカにされてるんじゃないだろうか。

あんまり使いたくない表現だけど、地頭が絶望的に悪い。

【1】論文で勉強しろ。でも本当に重要な情報は教えないよ。
相手の皮肉は勿論、連ツイの矛盾にすら気づかない愚かさ。分からないなら、勉強する意味は無いだろう(新発見狙いの研究者やクレムノロジーとかは除く)。

この話を聞いて思い出したのは、私も勉強しようと思って電力会社や電力中央研究所の図書室に問い合わせしたところ、外部からの閲覧は受け付けていないと冷淡に回答された経験だった。あさくらトンコツ氏が居た研究所というのは、大方そういう所だろう。彼の主張は見せないと断言している図書室に来いと言ってるのと同義だが、一体何を考えているのか。

【2】ネットの喧嘩如きで守秘義務のある話を持ち出す
一般産業界を含めてほぼマナーだと思われるが、守秘義務の直接当事者なら、黙るのが普通である。内部告発や批判的研究が例外扱いされているのは、密室でのインモラルな行為を晒す事に公益があるからだ。意味も無く社内で研究中の開発品についてペラペラ喋ったり、図面の存在などを誇示するのはアホのやることだ。

勿論、分野によっては日本の情報公開のレベルが低くて、中国などの方がしっかり開示していることや、以前は詳しく説明していたが、今は表面的な発表に留まると言った時期による差もあるだろう。

規制の厳しい業界だと契約によっては、その仕事をしてることも話すなという文言もあるようだ。かつて、シャープ亀山ディスプレイに市場価値が認められていた時にも、そんな話を聞いた。

ていうか、私もサラリーマン(非原子力業界)の端くれだけど、職場にこんなのいたら…だなぁ。研究所で重要なデータへのアクセス権を持っていた人が廃炉の現場に回ってるという事は、懲罰人事を想起。口が軽いので外されたのでは?

余談だけど全体が見えない人って、細かいことでは器用って結構あるんだよね。国の言うことには何でもヒラメな一部のマニア向きの表現だけど、『レッドサンブラッククロス』にスターシステムで出演した真田中将もそういう台詞を与えられてるよ。

ある意味現場向きの楽天家。絶望の職場と思ってないのだから、雇う側からすれば使い易いのだろう。

【3】お手製企業広報の罠
「自分で語ろう」と煽っていた東電のような例外(コロラド氏のtogetter参照)はともかくとして、推進陣営の構成員をやっているなら、企業プロパガンダは広報に任せておくのが筋。意味の無い愛社精神の発露は内輪でもドン引きである。

もっと言えば、広報の外注先にしても企業の担当が決めているので、わざわざ井上リサとか、アゴラ御一行様の垂らす釣り針に食いつくのはアホだろう。原発プロパガンダにもピンキリがあり、公式系は嘘を入れたり、不都合な情報を教えないことはあっても、普通は他者への直接的な悪口は入れない。東電が嫌われる理由の一つが「慇懃丁寧だが、内容は冷淡」という態度だが、そのことを良く表している。勿論、公式系が問題無いという事では無く、彼等も原発事故の戦犯であることは、「テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した福島第一原発」で論じた。

ネットで営業してるPA業者は公式系より更に悪い。感情に任せた悪口が山盛りで、紙にも残し、広報請負人としてクオリティは最低と言って良い。在特会や日本会議のような反社と同レベルである。

【4】本質的に詐欺師の話法
「詳細は知っている。教えないけど、大したことは無いんだ」

あの事故の後、初めて会った人間にこんなこと言われて信じる人いるのだろうか(笑)。

そんな話を聞かされても「本当に見れないか試してやるから文書名教えろ。開示請求するから」で終わりである。特に原発のコストの話など、機密に指定しやすい技術の話では無く、お金がメインの話である。経済産業省お得意のモデルプラントなどという空想は止めて、各社の収支見通しをあさくら氏が見たというレベルまで細かく開示するのが筋だろう。それが出来なければ消費者や株主に対する背信である。

彼を見ていて救い難く馬鹿だなと思うのは、社員として一定のアクセス権を付与されたり、学会誌を購入していれば事足れりと思っている能天気さ。私の経験から言うと、学会誌は学会員を肉屋の豚として扱う事もあり、思ったほど有益な情報が得られない。クロニクルに並べたブログ記事を見直して思ったが、津波想定にせよ、地震想定にせよ、本当に重要な話は学会誌以外から発掘したし、他人の学会誌論文を鸚鵡返しするだけでは無理だった。

大きな本屋の科学コーナーに何冊か置いてある企業研究者向け論文の指南本を読めば分かるけど、経営判断に係わったり現状の方針を否定するような研究は社内の審査で跳ねられる。企業技報の論文がバイアスかかっていたり、深みに欠けているのは機密だから、と言うだけではない。そういうことを見越して社会への問題提起はブログなどで私的に行なえとアドバイスする本もある(例:石田秀人『はじめての「技術報告書」』工学社 2008年)。

もっとも、業界の現状を肯定するだけのあさくらトンコツ氏や、勤め人系の原発推進オタクには縁の無い話だろう。彼等が会社の方針に合わせた話を企業を通じて発表出来ないのは、憎たらしい外部の連中に自慢話が出来ないからである。企業技報は私的な自慢も禁止だから。

【追記:いい年して「ジオン軍の階級章だぞ!」】

ユーキムさんとあさくらトンコツさんの原発のコストについての議論 - Togetter

一連の流れを推進派自らがまとめている。どう読んでもあさくらトンコツ氏は「ジオン軍の階級章だぞ!図が高い」以上のことを言えてないのだが、いい年して小学生のように信じ込む奴輩が集まっている。

ま、後ろから指差されてても外向けなら「俺はエースパイロットだ。階級章大事にしろよw」位の法螺は吹けるからね。揃いも揃ってアニメ大好きな割に肝心なことが何も学べてない様で何よりだ。

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