2017年12月11日 (月)

【今こそ皆で】東京電力が隠蔽した津波安全神話のパンフレット【宣伝しまくろう】

原発の分野では宣伝・広告のことをPA(パブリックアクセプタンス)と称し、多額の予算を費やして多くの奇妙な広報が行われてきた。

この問題については既に本間龍『電通と原発報道』『原発プロパガンダ』、早川タダノリ『原発ユートピア日本』、或いは朝日新聞が出版した幾つかの福島原発事故本で様々な検証が進められている。

だが、多くの読者、そして各種訴訟当事者にとって本質的な疑問であるのは、直球の原発安全神話、中でも津波や電源喪失に対する安全神話を断言したものである。

原発宣伝の作り手は巧妙であるため、パンフレットのような紙に残るものでは、間接的なアプローチによる安全神話の浸透が多用されてきた。

  • 有利な点のみを語り、不利な点を伝えない
  • テクノロジー、空撮、女優、ポンチ絵などをバックにイメージを前面に押し出す

などの方法である。意外にも「事故は絶対に起きません」「津波が来ても大丈夫」と断言したものは余り数が多くない(それでも放射能、地震に関しては福島事故前から関心が高かったので、直接的な断言も多く見られる)。

今回、東京電力が行った津波安全神話の広告が発掘されたので、ここに紹介する(下記画像は敢えて3MBで掲載)。

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『げんしりょくはつでん』P19-20東京電力営業部サービス課 1989年5月

上記だけでは東電とは分からない。下記が表紙である。恐らく小学生用だったのだろう。

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次に目次を示す。

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我々の受け止め方、使い方だが、まずは、東電による津波安全神話の存在を広く知ってもらうため、ツイッターなどで拡散して頂ければと思う。元が宣伝用の冊子なので、そういう目的にはある意味向いている。敵の兵器を鹵獲して使うようなものである。特に、未だに原発推進を説く業界人のツイートにリプを返す形でぶら下げるのはとても効果的だろう。目障りなツイートの減少も期待出来る。

【補論:東電の津波PAに何故そこまで拘るのか】

以下は、過去の経緯や訴訟に関心を持っている方向けに書いたものである。パンフレットの醜悪さは見れば分かるだろうから、運動家が特に無理して読む必要はない。ただし、これまで原発問題について書かれた書籍では扱いの薄い、津波とPAについて主軸にしていることだけ予め述べておく。一言で言えば、菊池健、宅間正夫、竹内均といった80年代以前に東電が用意したPA師達によって、今日の地獄に至る道は「丁寧な説明」によって舗装されたのである。

宣伝用パンフレットによる、原発の津波安全神話は、次のものが知られていた。

文部科学省:「わくわく原子力ランド」(2010年、関連togetter

福島県:アトムふくしま1990年11月号他

したがって、国や県に対しては原発広告の面からも直球の批判を加えることが出来た。だが、意外にも東京電力については、自社のHPに記載されていた簡単な案内以外に、津波に言及した宣伝は発見されていなかった。

何故発見されなかったかと言うと、福島事故後、業界をあげて消して回ったからである。

その後事故の深刻さが明らかになると共に、原発プロパガンダに手を染めていた企業や団体は脱兎のごとく証拠隠滅に走った。原子力ムラ関連団体はそれまでHPに所狭しと掲載していた原発CMや新聞広告、ポスターの類を一斉削除したのだ。

事故以前、東電のHP上には様々な原発推進広告が掲載されていたが一斉に消去され、二〇〇六年から新聞や雑誌広告と連動させてHP上でも展開していた漫画によるエネルギー啓蒙企画「東田研に聞け エネルギーと向き合おう(弘兼憲史)」もいち早く三月末には削除した(中略)。

さらに原発プロパガンダの総本山である電事連さえ、原発に批判的な記事をあげつらって反論していた「でんきの情報広場」の過去記事を全て削除した。NUMOも、過去の新聞広告やCMの記録をHPから全部削除した。そして、資源エネルギー庁も、HPに掲載していた子ども向けアニメ「すすめ!原子力時代」などを削除した。また、二〇一〇年から大量の原発広告を出稿した東芝も、自社HPの広告ライブラリーから原発に関連する広告画像をすべて削除した。

(中略)カネに魂を売って安易に作り続けてきた作品群は、カネの切れ目が縁の切れ目とばかり、あっさり闇に葬られた。

本間龍「証拠隠滅に躍起になったプロパガンディスト」『原発プロパガンダ』第4章 岩波新書 2016年4月

本間氏が書いている通り、東電や電事連は、宣伝を消して回った。用心深く事に当たっていたから、津波安全神話を作らなかったのではない。これは推測だが、むしろイメージ広告が主体の紙メディア掲載済みのものは囮として活用し、より問題ある上記のようなタイプの宣伝を最優先で削除していたことさえ疑っている。特に東電の場合、東京レコードマネジメントという自社グループ専門の文書管理子会社を持っていることは、注目されても良いと思う。

最近、ネットの質問サイトでも事故前の宣伝の酷さを知らない人が「安全神話なんて本当にあったのですか」などと書き込んでいるのを何回か見かけたが、困ったことだと感じている。添田孝史氏の最新刊『東電原発裁判』でも、福島県の計画している原発事故の展示施設が、いずれも過去の安全神話に切り込む姿勢に消極的という報告がある。恐らく、現状の県政のままでは上手くは行かないだろう。

そこで、民間の収集家の出番となるが、こういったパンフレット類は一過性のものであり、「史料」として認知されにくい。大量に消費されていてもほぼ100%近くは捨てられる。ことに原発反対派の場合、有害図書としてすぐに捨ててしまう向きも多かったのではないだろうか。実際に事故が起こって責任を問う場面になると、反対派の手元にこそ、こういった証拠の品が必要なのだが(だから原子力「情報資料」室は推進派以外にも嫌っている人がいたのだろう)。

なお、存在自体がそのまま訴訟に繋がり得る広報は、私が収集した中でも、黎明期から次のようなものがある。

【事例1:菊池健(福島民報、1976年)】

この時は、新聞社が女性向けセミナーを主催し、サービス・ホール(第一原発併設の展示施設)に連れて行った。サービスホールで案内したのは館長の菊地健氏。その様子を1面使って報告した、今で言うPR記事が載った。そこで決定的な一言が記録された。

地震にも大丈夫

発電所などの施設は、太平洋に面した標高三十五メートルの台地を標高十メートルまで掘削し、主要な建物はすべて耐震設計。わが国は地震が多いだけに不測の天災が気になるところだが、菊池さん(注:発電所展示施設の案内人)は「施設は丈夫な岩盤の上に鉄筋を縦横に組んでいるから、関東大地震の三倍の地震が起きてもビクともしませんよ。」と胸を張る。また、津波にしても延長二千八百メートルの防波堤が大抵の大波をシャットアウトしてしまうという。

「新しいエネルギー原子力 民報女性社会科教室」『福島民報』1976年11月9日6面

津波シミュレーション、堆積物調査の技術が無かったとは言え、開口部のある防波堤でシャットアウトとは随分といい加減なPR振りである。あの防波堤は外海の一発大波や暴風時の高潮には効果があるが、津波防波堤としての機能は(公開された仕様には)規定されていない。しかも津波警報が発令された際は昔から4m盤は無論のこと、10m盤からも退避するのが習わしであり、緊急時のマニュアルにも取り込まれていた。

【事例2:宅間正夫(政経人、1982年)】

これは外部電源喪失の問題なので津波とは異なるが、PAとしては外部電源の話題は殆ど存在していないので、挙げておく。それは『政経人』という、『電気新聞』のような業界誌にしか広告を出さない、電力業界向け月刊経済誌に載っていた。インターネット普及前の日本には、こういう一見怪しい提灯雑誌だが、妙に業界の内情にも詳しい定期刊行物が結構存在したのである。

一ヵ所にまとまって建っていれば、港湾や道路の他に共同で使えるものはたくさんある。(中略)送電ももちろん、発電所の中に変電所をつくり、まとめて一気に送っている。ただ、この送電線が事故や地震などでいっぺんにやられないかという心配があると 思うが、今の技術から言って、変電所や送電線は一寸した地震には十分耐えられるし、故障しても直ちに保護装置でその波及を防ぐといった設計になっている。 これは原発に限らず電源が集中的に固まっているところの送電設備や変電設備は、「保護システム」が非常に高度に出来ているので、いっぺんに全部やられると いうことはほとんどありえない。

東電・原子力発電の現況-卓越した実績を元に着々計画進行」『政経人』1982年10月号P84

彼については2014年の記事で取り上げているが、その後、2017年に書いた記事で、1982年当時でさえそのような考え方が誤りであったことを示した。しかし宅間もまた、東電OBとして、2000年代に原子力産業協会の副会長まで上り詰めた。なお、彼のこの発言を知らずに消印所沢というHNの軍事オタクが私を批判しているのは、実に傑作である。PAの術中に望んで嵌った間抜けの典型と言えるだろう。

【事例3:日米規制当局の警告を無視(1989年、福島民報)】

1980年代、深刻な原発事故が相次いだことを受けて、シビアアクシデント対策が議論されるようになった。この時に東電が示した姿勢は事故の遠因として各事故調も述べているが、証言と公式文書に頼った曖昧な物言いに終始している。しかし、シビアアクシデント対策について米NRC(原子力規制委員会)がベントが確実に出来るように改造するよう勧告を出した時、東電は次のようにコメントした。

現時点で対策不要 東京電力の話
今回の米国の動向については十分承知していた。日本の原子力発電所では事故発生防止を最優先に安全性が高められており、現実に炉心溶融など起こるとは考えられない。現時点では、そのような事故の影響を緩和する対策を講じる必要はないと考えている。

予め断っておくが、ベントすべきかどうか自体は無条件で賛成すべき見解ではない。ベントにより地元は汚染されるためである。したがって、この記事にある資源エネルギー庁のコメントは当時の回答としてはまずまずである。同じ東電のコメントを載せた、福島民友ではエネ庁の見解が「基礎的な勉強中の段階」と完全な否定ではないことも伝えている。東電がおかしいのは、理由としてリスクではなく完璧な安全神話を持ってきていることである。なお、PAというのはそれなりに巧妙に書かれており、冒頭に述べたように都合の悪い回答は避けるものである。このコメントはそうした巧妙さとは無縁で、東電技術陣の傲岸な態度がありありと刻印されているので、価値があるのだ。

その後、1990年代になって日本の原発は確実にベントすることを目的とした改造を実施し、福島事故の際はベントすることが目標となった。

このように、傲岸不遜な態度については、ストレートニュースなどの形でメディアにも記録されてきた。今回の発見で欠けていた重要なピースが嵌ったと言える。

【第二次行動計画(1989年)で強化された原発PA】

このパンフレットが作られた1989年とはどういう年だったのか。

当時電力業界の営業・広報関係者および記者クラブ関係者、代議士事務所をターゲットにして書かれたと思われる『開く見える動くいま東京電力』(マスコミ研究会、国会通信社刊 1990年)という1冊の本がある。何故か国会図書館には納本されていないのだが、当時の東電の経営戦略の概要が解説されていて非常に興味深い。

その内容をそのまま引用するとブログ記事がさらに長くなってしまうので、簡単にまとめるが、私にとって意外だったのは、当時東電原発広報が何故、前のめりになったに関しては、どうも2つの理由がある事だった。

(1)チェルノブイリ/福島第二3号機事故対策

既報の幾つかの研究に触れられているように、事故、取分けチェルノブイリ事故(1986年)による反原子力運動の高まりへの反動である。こういう事故が起こるとまともな感覚ならその技術を使うことを躊躇ったり、他の危険性などが無いか用心深く点検するようになるものだが、事もあろうに、欠陥を矮小化する動きが必ず現れる。

同書第9章などによると、1989年7月、東京電力は全社的な経営戦略として「第二次行動計画」を策定していた。平岩外四を会長に据え、社長の那須翔(彼は電事連会長も兼務していた)の下で、原子力PA活動は重点課題の一つと目された。それまで企画部の中の広報課に過ぎなかったPA担当の部署は第二次行動計画を機に、広報部として独立し、スタッフも拡充されたのである。

特に東電の場合、1989年1月に福島第二3号機で再循環ポンプ事故を起こしており、この対応にもナーバスとなっていた。このため第二次行動計画に先立つ1989年4月の人事で、福島駐在のPA担当を設置し、菊地健・送変電建設部長が就いた。同書では福島に原発を続々建設していた時期に「地元対策で奔走した」と紹介されているが、上述の通り、1976年にサービスホールの館長として語った津波PAが新聞に掲載された「実績」に注目したい。東電では、津波安全神話を騙る人物が昇進したのである。何ということだろうか。

なお、上記【事例3】で取り上げたベントの記事は、菊池健の異動後の出来事である。記事を読むと、共同田崎特派員と署名されている。つまり、米国駐在の共同通信田崎記者が書いた記事の配信を載せている。しかし、過去記事データベースで検索すると、福島の2紙だけがこのコメントを掲載している。コメントは東電本店ではなく、後述する福島PA担当の「作品」なのかもしれない。もっとも、1980年代末時点では地方紙で過去記事データベースを導入していないところも多かったので、河北新報、新潟日報、静岡新聞、北國新聞、西日本新聞などが導入済だったのかを確認しないと、確実なことは言えないが。

続いて、1989年6月には(この分野に関心のある向きには有名な)加納時男原子力本部副本部長を取締役に選任した。この人事で、当時すでに社内でも専門性を盾に、他部門から隔絶し始めていた原子力本部から加納氏を取り立て、タテ割りの弊害に意識革命をもたらすというのが名目だった(今の目線で見ると、原子力本部の方に意識革命が必要なら、何故その中から取り立てるのかは理解に苦しむが)。そして『原発プロパガンダ』でも指摘されているように、バブル期以降、広報予算は更に潤沢となったのである。

とはいえ、加納が業界誌に応じたインタビューでは「成功例」も述べられている。『電気情報』1989年3月号によると、彼が「朝まで生テレビ」に出演する度に電話での反響があり、名前を名乗ってかけてきた人とは話をするようにしていた。話を交わしたある女性は、加納が出演を繰り返す度にスタンスに揺らぎが生じ、3回目の出演後に遂に「転向」を表明したという。これは恐らく事実だろう。そのような「成果」が無ければPAに自信は持てないからだ。今でこそバカバカしく見えるのは確かだが、彼等の宣撫能力まで過小評価をしてはいけない。

また、福島事故数年経ってから、事故前に中の上辺りの層にいた幹部たちが続々責任ある立場に昇進して行った姿を見ながら、東電「通」達の一部には、あれこれと(好意的に)分析してきた人もいる。残念なことに、この本からは事故後のそれに近い空気を感じる。烏賀陽弘道『フェイクニュースの見分け方』では人間を元々二面性のある存在として規定しているが、正にその通りで、好感の持てるコメントをしていたとしても、彼等は組織人であり、一面的に評価することは危ういと感じている。

(2)電力需要の過大見積もり

バブル時代の好景気は電力需要を想定以上に伸ばし、1987年に総合エネルギー調査会が出した長期エネルギー需給見通しを上回ったことである。この結果、需給見通しは修正を迫られ、1990年に修正した新しい見通しでは、2010年までに原発40基を新規に稼動し、電力需要の4割以上を原発で賄う計画だった。一方で、電力会社は装置産業のため膨大な設備投資を迫られ、財務体質は悪化していた。その意味では、この時代は総括原価制などの保護策が手厚かったから乗り切れたという説明も正しいのだろう。

しかしこのような姿勢は安全のための、直ぐには儲けに繋がらない投資を尻込みさせる動機を生むものでもあったと考える。そこで、津波のような原発建設後に厳しく評価されるようになったリスクには、広告で乗り切った方が安く上がるというマインドが働いたのだろう。

勿論、津波対策が只の宣伝紙切れとはとんだお笑い草だ。

過去に色々書いたが(関連記事)、1980年代時点で福島沖の津波シミュレーションは公表されたものがあり、潮位を考慮すると最低でも6m程度の高さに備えなければならないことは明白であった。東電はその問題に対して最初のネグレクトを行い、後に電力業界と癒着する津波工学者、首藤信夫は『電力土木』1988年11月号で関係者に問題提起(リンク)を行っている状況であった。

また、宮城県は防災計画の参考のため県南でこれまで起きたことの無い津波を想定した(関連記事)。続いて東北電力が仙台平野で貞観津波の痕跡を探すため、堆積物調査に着手、当時建設中だった女川2号機では、津波シミュレーションを採り入れ、1号機の時採用した3mという津波想定を9mに引き上げた。福島第一1号機(1971年運転開始)で採用した小名浜港でのチリ津波実績値3mを、15年以上後の福島第二4号機(1987年運転開始)まで10基に渡って踏襲した東京電力とは雲泥の差であった。

【地震予知批判者が安全神話を説いていた皮肉】

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このパンフレットの監修者として竹内均の名がクレジットされている。まぁ、今後は原発安全神話の戦犯として記憶されることになろう。

彼は、プレートテクトニクス理論を提唱したことで知られ、過去に起きた記録が碌に見つからなかった頃から、福島沖で海溝型津波地震が予想されていたのも、この理論が大元にある。そう言う意味では、彼の存在抜きに津波想定が発展することは無かった。

それが一体何故こんな結果を招いたのか。一つ言えるのは、竹内は、地震予知批判者達が語ってこなかった、矛盾を象徴する存在だったからである。

さて、1990年代より東京大学の地球物理学者ロバート・ゲラー氏は地震予知利権を度々批判してきた。311の後その頻度は更に高まり、予知批判者と言えばまず彼の名が上がるようになった。

実は、竹内は予知批判の先輩格に当たる人物である。

この間、むろん批判者がいなかったわけではない。例えば、故・竹内均・東京大学理学部教授は、痛烈に予知研究を批判したが、その批判は特に世論に影響を与えることはなかった。竹内氏は、政府の方針を建議する測地審議会の委員ではなかったため、政策決定プロセスへの影響も皆無だった。

ロバート・ゲラー『日本人は知らない「地震予知」の正体』双葉社 2011年8月 P152

ロバート・ゲラー氏が同書で竹内に触れた個所はここだけだが、説明としては片手落ちである。何故なら、竹内は原発論争を長年ウォッチしてきた人にとっては有名な推進派の学者であり、1981年に東大を退官して以降は科学啓蒙雑誌『ニュートン』編集長として論陣を張ったからだ。テレビなど他のマスメディアへの露出も積極的にこなしていた。彼に心酔する「専門家」が書いたと思われるWikipediaの紀伝体風の記事によれば、テレビ出演回数は2000回を超えると言う。「世論に影響を与えることは無かった」とは到底思えない。

竹内均の投稿実績をciniiで確認してみる。1978年に成立した大震法と相前後して、1970年代末に『月刊自由民主』(自民党の機関誌。現在は完全な広報誌だが、当時は同時代の論壇誌と同程度の内容的なボリュームがあった)で毎月連載を持っていたことが確認出来る。一線の研究者として専ら研究誌に投稿していたのは1970年代前半頃までであり、『月刊自由民主』での連載開始の頃から、あからさまに政治に近付いて行ったようだ。

彼が地震予知利権に批判的でいられたのは、自民党と建設業界・海洋資源開発などの別の利権で繋がりを持っていたからだと考えられる。

問題は、どうも竹内は津波の脅威をあまり理解していなかった節がある所だ。「大地震は起こるか」(『コンクリート工学』1980年3月号)で彼は、大地震の揺れに東京のような大都市が襲われた場合の損害に比べれば、東海地震による被害など取るに足らないと述べた上、当時のコンクリート建築の水準を称賛していたからである。前者の主張は、原子力関係者にとってはとても都合の良いものではあった。原発は大都市から離れた地点に立地していたからである。

幸か不幸か、損害保険算定会などを舞台に1980年代から表立って行われるようになった、福島沖の津波シミュレーションは、どちらかと言うと「予知利権」がもたらした「成果」でもあった。竹内にとって、全く面白くなかっただろう。そこに東電営業部は目を付けて起用したのだと思われる。

後者の主張も、現状肯定を意味する上で、ゼネコンを筆頭とする建設業界関係者には都合の良いものであった。そもそも、建築関係者には有名な宮城県沖地震による耐震基準の引き上げが行われたのが1981年であり、当時の目線で見ても、強引な現状肯定論と言わざるを得ない。そのメッキが完全に剥がれたのは、阪神大震災であった。要するに彼は、地震の揺れにおいても、過小評価に迎合した戦犯の1人であったのだろう。

なお、『コンクリート工学』は建設業界の技術専門誌で一般人向けの啓蒙誌ではない。竹内はそういう場になると、臆面も無く愚民観を披露しているのが分かる。その根拠が都市住民が日照権を望むからと言うのも、よく分からない理屈である。日照権が確保されている都市とは、密集建築が無く防火帯が確保されていることを意味するのだから、竹内は地頭が悪い。単に再開発ビルを乱立させたいデベロッパーの代弁をしているのが透けて見える。左右中道を問わず、啓蒙に熱心な人物にありがちなことだが、こういった二面性を含め、全く同情の余地は無いだろう。無能評論家、これが竹内に相応しい肩書である。

2017年11月20日 (月)

日本学術会議で関村直人等が行った津波検証の問題点-特に福島県2007年津波想定について-

当記事は「福島原発沖日本海溝での地震津波を前提​にGPS波浪計を設置していた国土交通省」の続編と捉えて欲しい。国土交通省と福島県が一体どのような津波対策を取ったのかについて、日本学術会議の検証に反論する形で分かったことをまとめたものである。

携帯よりはPCでの閲覧を薦めるが、読めない訳では無い。

全体は【1】~【4】に分かれるが、中でも【2】は日本学術会議批判に留まらず、福島県が2007年に公表した津波想定について再考を行い、東電はもとより、福島県(そして省庁と閣僚)の過ちについて論じている。原発事故を主眼としてはいるが、2万名近くの死者、行方不明者を出した津波災害を検証する上でも、参考になれば幸いである。

【1】『原発と大津波』を無視する日本学術会議の「検証」

最近、日本の国立アカデミーで内閣府の機関でもある日本学術会議の中で、次のような検証作業が行われたことを知った。

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福島第一原子力発電所事故以前の津波高さに関する検討経緯-想定津波高さと東電の対応の推移-(日本学術会議、2017年8月1日)

 

参考資料 福島第一原子力発電所事故発生以前の津波高さに関する検討経緯(日本学術会議、2017年8月1日)

検証結果の趣旨は「東電は事前に分からなかったのだから津波想定で失敗したのは仕方がない」というもののようだ。

検証作業は18回に渡って行われたそうで、検討に当たった委員会は下記のメンバーである。

委員長 松岡 猛  (宇都宮大学)
幹事  澤田 隆  (元日本工学会事務局長)
委員 矢川 元基 (原子力安全研究協会会長)
    関村 直人 (東京大学)
    柘植 綾夫 (科学技術国際交流センター会長)
    成合 英樹 (筑波大学名誉教授)
    白鳥 正樹 (横浜国立大学名誉教授)
    宮野 廣  (法政大学)
    吉田 至孝 (福井大学、原子力安全システム研究所)
    亀田 弘行 (京都大学名誉教授)

学術団体の元締めにも拘らず、津波工学者はおろか、地震学者すら入っていない。一方で、爆破弁発言で醜態を晒した関村直人が参加している(なお、爆破弁発言の検証は無い)。また、福島原発事故の前から諸外国の過酷事故対策を知りながら、原発宣伝を優先するように策動していた原子力安全研究協会が名を連ねている(同協会の犯した罪についてはいずれ機会を見て書くことになるだろう)。

本文と参考文献一覧を見たが、添田孝史『原発と大津波 警告を葬った人々』や海渡雄一他『朝日新聞「吉田調書報道」は誤報ではない: 隠された原発情報との闘い』などの新資料を提示した文献は軒並み無視されている。

一方で、「話題」スライドが存在している。

残念だが、東日本大震災の後に津波研究を行った者達が発表した論文は震災津波の解析や今後の研究技術のあり方などに関するものが大半で、福島第一の津波想定を検証するような論文は見かけた記憶が無い。また、数少ないそうした論文があったとしても、日本学術会議が指摘するような「話題」が提起されたことも無いだろう。彼等が「話題はあくまで学術会議内でのことを指すのだ」と言い張るのでなければ、それらは、各地の訴訟や添田孝史氏、共同通信の鎮目記者等が提供したものである。

都合の悪い文献を無視すれば、東電や国に有利な結論に導くことは簡単だ。では何故、今更こんな検証を行ったのだろうか。恐らく、組織の名前を使ってオーソライズすることを狙っている。場合によっては第3者の検証事例の一環として、反論材料として訴訟で提示したかったのだろう。控訴審投入用の予備隊といったところか。

だが、重要な指摘を無視して行う反証に価値は無い。ついでに言えば、日本学術会議は初期のJEAG、小林論文、損害保険算定会から、国交省(=国家自身)が行った津波想定も軒並み無視している。大きな間違いの一つはここにある。

【2】福島県2007年想定について再考する

ただし、当記事はここで終わらない。日本学術会議が取り上げた資料の見方にも、問題のあるものが潜んでいる。例えば、福島県が行った2007年の津波想定が、東電の最新の津波想定より低いと評価した事実が証拠の一つとして書かれている。今回はこの福島県の津波想定について一度考えてみたい。

【2-1】これまで認識されてきた経緯

日本学術会議の検証結果では次のように書かれている。

Scjgojp1708011slide9 東京電力は、自治体が評価した防災上の津波計算結果を把握し、対策が不要であることを確認していた。

福島第一原子力発電所事故以前の津波高さに関する検討経緯-想定津波高さと東電の対応の推移-(日本学術会議、2017年8月1日)PDF9枚目

日本学術会議が元にしたと思しき、東電事故調の記述は次のようになっている。

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福島原子力事故調査報告書』東京電力2012年6月20日P19より。赤枠(筆者)の部分が2007年福島県想定。直前の文章では

平成19年6月、福島県の防災上の津波計算結果を入手し、福島県が想定した津波高さが当社の津波評価結果を上回らないことを確認した。

と記載されている。

政府事故調も大体同じである(『政府事故調中間報告(本文編)』2011年12月P394)。

この点については、私を含めて誰も異を唱えてこなかった。異を唱える場合は、他の津波想定を隠していただろとか、そういう文句の付け方だった。

だがこれは私を含め、そもそも福島県が何故2007年に津波想定を行ったのかについて、検証してこなかったからだ。そして、福島県自身も検証したという話は聞かない(茨城、宮城、岩手では東日本大震災の対応をまとめた記録を刊行した際、曲がりなりにも事前の津波想定について検証作業が行われた)。隠蔽で有名な集団だから、無くても特に驚きはしないが。

【2-2】スマトラ沖後、国交省の提言通りに津波想定の実施を決めた福島県

話は、2004年12月のスマトラ沖地震によるインド洋大津波から始まる。この災害は日本の防災関係者に大きな影響を与えた。学者達が議論してきた地質構造の細かな相違は、防災行政上は特に議論にもならず、同じような津波が日本近海の海溝型地震で起こったらどうなるかに関心が向けられた。

国土交通省はスマトラ沖の教訓化を急ぎ「津波対策検討委員会」を発足、2005年3月に提言をまとめ、その中で「概ね5年以内に可能な施策」を盛り込んだ。当ブログで既にふれた閘門管理システムやGPS波浪計の整備もそうした施策だが、住民が避難する際に役立てることを目的としたハザードマップも、次のように決められた。

重要沿岸域のすべての市町村で津波ハザードマップが策定できるよう、津波浸水想定区域図を作成、公表。

津波対策検討委員会 提言 2005年3月

福島県沿岸は全て重要沿岸域に包含された。1999年に地方分権一括法が制定され、以後、国と自治体は対等関係と規定されたが、これは指導だ(一概に有害とは言えない)。

日本学術会議の検証は政府事故調報告を重視しているようだ。その政府事故調は中央防災会議の「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」(2006年1月)を受け、福島県が調査を行ったと述べ、国土交通省の役割に言及していない(『政府事故調中間報告本文』P392)。

しかし、福島県議会の議事録を見ると、2005年3月に自民党杉山純一県議がスマトラ沖を引く形で「浸水予測図の作成率も、避難対象地域の指定率もともに約3分の1、避難場所は6割の市町村が指定しているが、そこまでのルートを決めているのは2割」などと日本の状況を問題提起した。県庁の職員は佐藤栄佐久知事(当時)に次のような答弁を用意している。

県といたしましては、昨年末のスマトラ島沖地震による津波を大きな教訓と受けとめ、沿岸市町に対して計画策定の指針を示し、地域住民自身が計画づくりに参画し、津波浸水予定地域や避難対象地域の設定などを内容とした避難計画を早急に作成するよう要請したところであり、今後とも、関係機関連携のもとに、迅速かつ適切な避難対策を実施できるよう、沿岸市町を積極的に支援してまいる考えであります。

平成17年2月 定例会-03月03日-一般質問及び質疑

津波対策検討委員会提言は2週間後の3月16日。与党が行う、典型的予定調和型答弁である。

なお、ネット上の情報としては県のHPがある。現在は削除されているが、当時次のように案内していた(この他、国土交通省東北地方整備局 東北地方水災害予報センターには今でも津波浸水想定区域図へのリンクが残っている)。

福島県では、平成18年度から平成19年度にかけて、県内の沿岸市町が作成する津波ハザードマップや津波避難計画の作成支援を目的として、津波想定調査を実施し、津波浸水想定区域図を作成するとともに、津波による被害想定を行いました。
福島県津波想定調査(福島県HP、アーカイブ

県の調査が2006年度に実施されたのは、自治体の場合、通年で4回定例の議会を開催するが、秋から冬にかけて行われる3回目の定例会(3定)までに来年度の予算案を作成するので、2005年度に間に合わなかったからである。また、「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」を読んで初めて調査することを思い立ったとしたら、2006年度に予算が執行できるはずがない。参考文献以上の意味は無いのである。

従って、政府事故調の福島県の津波想定に関する説明は間違い(虚偽)である。日本学術会議の委員はそれを見抜けなかったのだろう。

なお国交省、内閣府、農林水産省は2004年3月に「津波・高潮ハザードマップマニュアル」を作成し、各自治体に送付していた(リリース)。この中で「津波想定の結果をハザードマップに反映」という流れが出来上がっており、スマトラ沖の後もその方針を踏襲したことが津波対策検討委員会の記録類から読み取れる。

以上が福島県の調査(正式名称:福島県津波浸水想定区域図等調査(2006年度))が行われた背景である。上記の事情から作業分担は次のようになった。

  • 津波浸水想定区域図:県で作成
  • ハザードマップ:各自治体で作成

コラム
なお、スマトラ沖がきっかけとなり、国土交通省の方針に従って津波想定を行ったのは茨城県も同様である(当方も2014年3月に茨城県に照会して確認済み)。一方、津波常襲地帯として知られていた宮城などは99年度の津波浸水予測図に対応して先に動いていたから、スマトラ沖の前に県レベルでの津波想定は作成していた。

【2-3】推本予測を元に想定を求められたのに何故か推本予測を捨てた福島県

【2-3-1】中央防災会議と地震調査研究推進本部

ところが、福島県はここで間違いを犯した。調査報告をまとめるにあたって、中央防災会議の資料のみを参考に想定地震を決定したのである。その結果、福島県沖での海溝地震は想定から除去されてしまった。

当時、中央防災会議の見解だけを参考にすると何故不味かったのか、改めて振り返って見よう。

東電原発訴訟を追っている人は御存知の通り、2000年の省庁再編以降、国の津波想定を扱う防災組織は大きく分けて2つあると認識されていた。

  • 中央防災会議:1960年の伊勢湾台風を契機に設立。政府の防災方針を決める。内閣府運営。
  • 地震研究推進本部(推本):1995年の阪神大震災後設立。地震の研究観測を集約して防災に反映させる。文部科学省運営。

福島第一原発の沖合を含む日本海溝沿いでマグニチュード8クラスの津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生すると予測したのは推本で、2002年7月のことである。推本の地震でシミュレーションを作ると、東北地方太平洋沖地震津波を予告するような津波高さが得られる。推本はMw8.2とMw9に比べれば小振りな地震を想定していたから、一つの地震で大津波が発生する海岸線の範囲は狭い。しかし、推本はMw8.2が日本海溝の何処でも起き得るとしたので、東北地方太平洋岸はどこでも高い津波が起き得ると予想したに等しかったのだ。

しかし、中央防災会議は2004年2月に開いた専門調査会会合で推本予測を対象外とする旨を決定したのである。その2年後にまとめたのが先の「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」であった。

Mokkaijikocho20150124soetap49_2
出典:もっかい事故調オープンセミナー「原発と大津波 警告を葬った人々」発表資料P49(リンク

福島県津波浸水想定区域図等調査に戻る。正確に述べると推本予測は、調査報告書概要版(修正版)のP5,P8で、過去の地震や最近の地殻の動きを紹介するために引用されているのだが、報告書最後の「7.参考文献一覧」からは削除され、中央防災会議の方がクレジットされているのとは対照的である。したがって、調査を発注した県と受注した国際航業が忘れていた訳では無い。明確な意図を持って想定地震から除去している。なお、私が入手した報告書の表紙にはタイトルに「概要版」とあり、右上に「修正版」と書かれているので、修正前の版や詳細版にはそのあたりの事情が書かれているのかも知れない。

【2-3-2】 使われ続けた推本予測

ところが、福島県が推本予測を無視するのは論理矛盾であった。まず、津波・高潮ハザードマップマニュアルは、後述のように現用文書として扱われ続けており、次のように推本予測も考慮するように書かれていたからである。前月の中央防災会議専門調査会との整合も取っていない。

Mlitgojpkowanhazard_shiryou2slide_2 津波・高潮ハザードマップマニュアル(案)」国土交通省津波・高潮ハザードマップ研究会事務局(2003年12月)  PDF14枚目

更に決定的材料として「津波対策検討委員会」が重要沿岸域に東北地方太平洋岸を含めたのは、推本予測を意識したからであった。そう意識させたのは次の図を作成した国土交通省河川局であった。

Mlitgojptsunamisiryo1_050206slide8説明資料1 我が国における津波被害と防災認識」津波対策検討委員会(2005年2月6日配布)PDF8枚目(綺麗なものは提言発表時の閣僚懇談会資料にある。)

「津波対策検討委員会が推本予測を捨てなかったこと」は極めて重要である。2004年に中央防災会議が推本予測を「捨てた後」の出来事であり、自治体の防災行政に直接の影響を与えたからである。言い換えるならば、中央防災会議(内閣府)が捨てた推本予測を、国土交通省はもう一度拾い、3番目のプレイヤーとして躍り出たのだ。この決断のために裏で御膳立てした官僚は激賞されて良い。原発事故と言う観点からは、それ程価値のある決断と言える。

【2-3-3】災害対策基本法制に見る運用上の矛盾

災害対策基本法によれば、中央防災会議が作成した防災基本計画に基づき、省庁(指定行政機関)は防災業務計画を作り、自治体は地域防災計画を作る。ちなみに、「七省庁手引き」は地域防災計画のための資料である。それでは、この提言は国交省の防災業務計画に反映されたのだろうか。平成18年度版(2006年)を参照してみる。

第2編「震災対策編」には「津波災害に対するハザードマップ等を作成し、危険箇所、避難地、避難路の周知を図るものとする。この場合、地方公共団体に技術的助言を行うものとする。」とある。

第14編 「その他の災害に共通する対策編」には研究成果を直ちに反映する旨記載されている。第15編「地域防災計画の作成の基準」にも提言の施策が反映されている。

一方、新旧対照表を見ると、第2編第6章「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進計画」が追加されたことが目を引く。中央防災会議は「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」を現実の施策に反映するため、2月に大綱を制定、2006年3月には「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震防災対策推進基本計画」を作成した。それに応じて、国土交通省の防災業務計画に反映したものである。ここにも「津波災害に対するハザードマップ等を作成し、危険箇所、避難地、避難路の周知を図るものとする。この場合、地方公共団体に技術的助言を行うものとする。」との文言が登場する。第6章の方は専門調査会の想定に行き着くのだろう。

国土交通省の担当者がこの文言通りに、県に対して中央防災会議の想定のみを「技術的助言」した可能性はある。勿論、県や国際航業自らが調査開始後そう考えた可能性もある。

では、中央防災会議の想定はどこの災害対策の現場でもプライオリティが高いように整合していたのだろうか。答えは、NOである。

  • 【理由1】国交省の一連の動きに対し、中央防災会議が公式に(或いは表立って)他組織の想定を使わないように「指導」「助言」した記録は見つかっていない。(ただし、推本(文科省)に対しては別である。『原発と大津波』P68-70によると、推本の長期評価に対してはファックスを通じて「誤差があるので、使用上注意してほしい」旨の連絡を報道機関にも送っていたとされる。裏では長期予測自体に懸念を表明している)

  • 【理由2】福島県による調査後の2008年12月、中央防災会議は「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震の地震防災戦略」をまとめたが、P11、P25に登場する「津波ハザードマップの作成支援」には「七省庁手引き」と変わらず、多数の省庁が関与し、中央防災会議を所管する内閣府と国土交通省の名前が並ぶ。「津波ハザードマップ作成マニュアル」(「津波・高潮ハザードマップマニュアル」の誤記)を使って、市町村のハザードマップの作成支援をすると称しているのも同じである。自治体としては同じ問題で複数の官庁から見解が来ることになるだろうし、内閣府は自ら否定した推本予測を掲載したマニュアルで、何の支援を行うつもりだったのだろうか。福島県と同質の矛盾がここにある。

  • 【理由3】福島県の津波想定調査予算は、時系列上、中央防災会議の想定を前提にしようがなかった。中央防災会議の想定が専門調査会報告と言う形で外に出るのは2006年だからである。更に、茨城県が行ったように、中央防災会議の想定を墨守しなくても、罰則は無かった。

  • 【理由4】中央防災会議自体が結局は推本予測に依存していた例として、国土交通省のGPS波浪計の件があることだ。「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震の地震防災戦略」にはGPS波浪計も含まれ、「沖合波浪情報の分析・提供」を通じ防災体制の強化に資する旨記載されているのである。以前当ブログで書いた通り、GPS波浪計は推本予測を更に拡大する形で日本海溝での津波地震を前提に予算執行されたものである。また、この防災戦略には「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震の調査観測研究」という項目があるが、GPS波浪計や国土交通省は関係していない。GPS波浪計が研究設備では無く、実用的な設備と見做されていたことが分かる。結局は、各省庁施策の寄せ集めの感はある。

以上が、福島県が津波シミュレーションを行っても10m以上の水位が得られなかった原因の一つ目である。推本の言う通り福島沖に波源を置いてシミュレーションすると原発前面に10m以上の大津波が来ることは、東電自身がこの数年後に秘密裏に計算していた(事故後の報道で判明)。

したがって、福島県津波浸水想定区域図等調査(2006年度)は、津波対策検討委員会提言の要求を満たさない、欠陥調査であり、行政不作為である。震災による福島県内での直接的な死者・行方不明者は約1900名でほぼ全て津波によるが、推本予測を入れてハザードマップに反映していれば助かった人達も沢山いる筈である。これ程の悪影響をもたらした行政不作為が長年にわたり見落とされてきたのは極めて問題である。

災害対策基本法制の問題点は「地域防災計画にみる防災行政の課題」という2005年の論文で既に指摘されている。例えば、広域対応の防災計画を作っても、既存の計画に微修正を加えるケースが報告されている。その意味では、不整合は当然の結果である。被害想定の政治性も同様である。小さな津波しかもたらさない中央防災会議想定の方が社会的安心感には繋がるであろうことも、この論文が雄弁に予告している。想定には法的な効果が無いから議会の審議も経ないという指摘も重要だ。国と地方の序列化、市民排除にも言及がある。電力と言う組織が運用する原発はともかく、「七省庁手引き」本来の目的である、地域防災計画への寄与が中途半端に終わったのも頷ける。

ただし、起きてしまった災害に対して国家は責任を負うのも事実であり、今般の様に10万人位であれば、財政的にも賠償金の支払いは可能な範疇である。そのような矛盾の清算すら拒否するようでは、国家による防災には存在価値が無い。

【2-4】東電の福島県津波想定ミス解釈~そのまま当てはめてはいけない~

とは言え、福島県は津波想定を行い、報告書にまとめた。次に問うべきは、その結果を入手した東電の過ちである。

それを示す前に言葉の問題を述べる。役所は金と責任が絡むとき、言葉の使い方を揃える。スマトラ沖の後国交省が「津波浸水想定区域図」という単語を使いだしてから、関係する事業ではこの単語が使われた。

東日本大震災以降、これらの津波浸水想定区域図とハザードマップは順次更新されていったが、この単語で検索した結果、一部の自治体のデータはネット上に残っていた。まず、先程の福島県HPを見てみよう。

Preffukushimajpsaigaigtsunamisoutei

また、実際の津波は、これ以上の高さになることも考えられます。地震が発生したら、まず避難しましょう。
福島県津波想定調査(福島県HP、アーカイブ

次に、相馬市のハザードマップが残っていたので見てみよう。

Citysomahazard_map_a3_2_3 この地図は、福島県が平成19 年7 月に発表した、「津波浸水想定区域図等調査」の結果に基づいて作成したもので、予想浸水域を表示しています。
 
あくまで「想定の津波」によるものですので、到達しない場合、または、想定を越えて津波が押し寄せることも考えられます。
津波ハザードマップ 原釜・尾浜地区」相馬市2008年3月(魚拓

これが、福島県の津波想定の正しい受け取り方である。

このような一言が付け加えられている理由は、津波想定には不確実性が伴うので、「津波・高潮ハザードマップマニュアル」でその対応策を書いてあったからであろう(下記引用の他、同マニュアル4章で詳しく議論されているが、想定水位=最高の高さではない、という考え方は一貫している)。

津波・高潮ハザードマップに供する浸水予測区域の設定に際しては、現在の最先端の技術水準において、一般的に表 3.2.1に示す項目の条件設定が必要となる。

(中略)なお、設定以外の条件についてのマップへの記載は、紙媒体のハザードマップの限界を超えているが、最悪の場合に備えて対応できるよう、緩衝領域(バッファ)の設定や(4.4(3)参照)
想定を超える災害発生の危険性をマップ上に記載する等により対応する。

津波・高潮ハザードマップマニュアル(案)」国土交通省津波・高潮ハザードマップ研究会事務局  PDF45枚目

報告書本文、参考文献共に文書名として「津波・高潮ハザードマップマニュアル」は明記されていないが、報告書P52にハザードマップ作成担当者向けの説明として、

想定地震以外の地震による津波や条件が異なるときなど、シミュレーション結果と実際に来襲する津波が異なることを以下のように明記した。

「地震の震源が想定より陸地に近かったり、想定を超える津波が来襲するなど、条件が異なる場合には、ここで示した時間より早く津波が来襲したり、遡上高が高くなったり、浸水範囲が広がる可能性があります。」

と、上記記述に類する注意文のサンプルが例示されている。そのような報告書の書かれ方は、「津波・高潮ハザードマップマニュアル」と完全に整合する。

従って、県の想定水位が原発の津波想定より低いことを示したところで、原発の安全を保証する材料にはならない。何の意味も無い行為である。東電本体は元より、東電設計およびシーマス、ユニック等は津波想定のプロ集団であり、このようなミスは仕方無いでは済まされない。

ミス解釈の責任が、説明を行った福島県にあるのかは分からないが、少なくとも東電グループにあることは疑いない。各訴訟の準備書面を全て把握できていないが、この瑕疵もこれまで見逃されていたのではないか。

コラム
なお、東電も福島県も黙っているが、福島県津波浸水想定区域図等調査(2006年度)報告書概要版(修正版)のP13,41,53によれば中央防災会議,日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会資料提供のデータにより、
明治三陸の規模はMw8.6と設定している。時系列的にはこれまでの印象と異なる風景が見えてくる。

東電は2007年6月に上記の波源で追試を行ったが、その翌月に中越沖地震が発生して柏崎刈羽原発が被災した。その結果、社内組織改正で中越沖地震対策センターを設け、センターの土木調査グループは各原発の地震随伴事象である津波についても見直しを行い、2008年3月に、明治三陸の波源を福島沖に仮置きして海溝地震をシミュレーションし、各種報道で有名になった15.7mの津波高を得た。しかし、この社内試算では明治三陸の規模をMw8.3と半分以下に縮小した。Mw8.6の件を忘れる筈もない時期で、極めて悪質だが、何故か誰も指摘していない、ということである。

Scj_go_jp_170801_1slide4 中央防災会議においてもデータが不足する貞観津波や地震本部の見解については取り入れられなかった。

Scj_go_jp_170801_1slide7 地震本部は、中央防災会議や自治体などの防災機関に対して、どこまでその使命を発揮できたのか。

日本学術会議は推本を批判するため、中央防災会議を根拠にしているが、都合が悪ければ中央防災会議の波源モデルも無視するのが東電の態度である。むしろ、東電に加え、中央防災会議をも庇いたてる、この検証態度の裏にある思考は何か。『原発と大津波』でも中央防災会議の内情については完全には解明されていないので、実に興味深い。

なお、後述の「津波災害予測マニュアル」P44には、Mwが0.3大きくなると、津波の高さは2倍となる旨の記述がある。

一方、福島県津波浸水想定区域図等調査報告書概要版では、津波の高さは遡上高のみ示されており、明治三陸タイプが最も大きく、福島第一に近い下記の2地点で次のような結果となっている。

双葉町:前田川河口6.2m
大熊町:熊川河口6.7m

従って、東電の5mという水位(遡上高ではないと思われる)はまずまず妥当な追試と言えるだろう。数値面からも、安全率による割増は確認できない。

【2-5】省庁間連携と自治体の事後チェックを怠った国にも責任はある。

なお国交省は、着想と提言は良かったが、他省庁との連携(経産省の説得)、自治体の施策チェックと言う点では、失敗した。興味深いことに、検討委員会では素案を提示した後の意見で次のようなものがあった。

意見  38
例えば、「国土交通大臣は、すみやかに、この提言に盛り込まれた事項その他必要な事項を関係地方公共団体等に示すとともに、関係地方公共団体等で講じた措置または講じようとする措置の報告を求め、これらを集約し、分かりやすい形で国民に提供すること」といった文言を追記。

説明資料3 委員から頂いたご意見」 第3回 検討委員会(2005年3月16日)PDF6枚目

その結果、提言の最後には次のような文言が盛り込まれた。

また、地震防災対策の一環として、そのフォローが必要であるとともに、各省庁が横断的に講じるべき津波防災対策の施策で、さらに検討を要するものは、省庁連携の下に、専門的知見をもって推進すべきである。

この提言が歴史的価値を持つに至るかどうかは、行政のみならず国民及び各界各層の取組み次第である。国土交通省は、速やかに、この提言に盛り込まれた事項に関し、直接関係する事項を可能なものから実行していくことはもちろん、関連事項を関係地方公共団体等に示すと共に、関係地方公共団体等で講じた措置または講じようとする措置の報告を求め、これを集約し、分かりやすい形で国民に提供すべきである。

津波対策検討委員会 提言 2005年3月 PDF14枚目

青字の2点は明らかに未達であり、国の責任が認められる。他省庁のとの連携に関しては、歴史に残る安全神話を答弁した第一次安倍政権が、本来は経産省に連携すべしと命じるべきだったのかも知れない。それ以上の解明は、ジャーナリスト・研究者・当事者・官僚が共に取り組むべき課題である。

【2-6】割増しのヒントはあったのか

さて、それでは想定結果の何倍を提示すれば良かったのか。「津波・高潮ハザードマップマニュアル」はその答えを明示していない。下記のように浸水予測区域の外側にバッファ(緩衝空間)を設けるように指示しているが、具体的な数値は無い。割り増し比率は自治体に任されている。先の相馬市の場合は、バッファの明示は無い(避難場所の選定に当たって何らかの基準として用いられた可能性はある)。

Mlitgojpkowanhazard_shiryou2slide73 津波・高潮ハザードマップマニュアル(案)」国土交通省津波・高潮ハザードマップ研究会事務局  PDF73枚目

ただし、数値的根拠について公開文献でも参照材料はあった。以前紹介した気象庁による津波予報、および国土庁による津波浸水予測データベース作成の際、次のように述べている。このデータベースは2000年代以降のハザードマップに繋がる基礎資料として作成されたものなので、関連性は高いと言える。

「新しい津波予報」のイメージを図2に示します。一つの目安として、もしも海岸から避難する場合には、予想高さの2倍以上の高さの場所に避難すれば、危険率は1%未満にまで小さくなるはずです。

日本地震学会広報誌『なるふる』12号(1999年3月)PDF5枚目

津波予報と津波浸水予測は同じ幹「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査 報告書」(いわゆる七省庁手引き)から分かれた2つの枝であり、不確実性についても首藤伸夫が七省庁手引き別冊の「津波災害予測マニュアル」で理論化している。統計的厳密性に拘るなら、「津波災害予測マニュアル」を熟読して導けばよいが、簡略化のために、上記『なるふる』を参考に2倍の数値を当て嵌めて原発防災を考えたとしても、それはそれで1つの見識となる(『原発と大津波』読者であれば、原子力発電所の津波評価技術で安全率1倍となった経緯を御存知だろうが、そこにも通じる話)。

『なるふる』の1%以下という指摘を単純に当てはめると、IAEAが推奨する10万炉年に一度の炉心損傷確率を達成するためには、最低でも想定の2倍の津波が来ても安全な必要があった。1000年に一度の大津波で防護されている水位を超える確率が1%の場合、(1/1000)X(1/100)=1/100000となるからである。実際には、東日本クラスの津波は500年程度とのしてきもあったりするので、1000年に一度との論は現在では楽観的だが。

福島県の調査で用いた波源を使った追試では、福島第一、第二共5m程度だとされているので、『なるふる』で推奨の倍率2を掛けると10m以上となる。即ち10m盤上の構築物でも、1階にあるような開口部は何らかの対策が求められる。

なお、『なるふる』が指摘する津波予報と同じデータベースを使用している国土庁津波浸水予測図の場合、福島第一の前面は8mであり、遡上は10m盤に達していることが既に知られている。ここに倍率2を掛けると、東電が行うべきだった津波対策は16mとなる。

更に、2002年の『原子力発電所の津波評価技術』で得た数値6.1mに倍率2を掛けると約12mとなる。ただし、これは既に『原発と大津波』第2章で言及済みである。

【3】「話題」スライドの情報源についての疑問

話を日本学術会議に戻す。

彼等が唯一有効性を認めた原子力技術協会の提言だが、震災後誰も省みる人が居なかったところ、身内からの警鐘だが(組織自体が業界で傍流扱いだったためか)無視されたものとして、私がブログで再評価したものである。彼等にとっては、業界人が自ら指摘したことがとても大切なのだろう。

その傍証に、原子力技術協会が『エネルギーレビュー』2006年7月号で発表した米ウォーターフロード原発3号機の事例は全く参照されていない。基本的には提言の内容に沿った記事だが、カトリーナ来襲の3日前、パッケージ型の非常電源をレンタルして据え付けたことは、日本語文献ではこの記事しか触れていない。言うまでもなく、最短で可能な電源対策の一環として、再評価すべき内容である。

もし2011年3月7日の「お打合せ」での結論(福島沖での大津波を想定する)を吉田所長が聞いており、且つ、『エネルギーレビュー』の記事を所長や彼の部下が覚えていたら、恒久的な津波対策が完了するまで、同じようなことをやれば済むからだ(社有の電源車を配置変更したり非常電源をレンタルする)。これはブログを書いた直後に見つけていたが、別の機会を見て記事で紹介することはしていなかったものだ。

【4】何も理解していないことが分かるスライド

次のスライドの説明は意味不明である。それも1枚に3ヶ所。

【4-1】場所を限定すると最も高い津波高が得られる?

Scj_go_jp_170801_1slide5_2 狭い範囲を対象として最大津波高さを予測した方がより大きな値が算出されるはず

福島第一原子力発電所事故以前の津波高さに関する検討経緯-想定津波高さと東電の対応の推移-(日本学術会議、2017年8月1日)PDF5枚目

次の東電事故調の模式図を見て欲しい。本当にそれが導けると考えたのか。

Toudenjikochoslide39福島原子力事故調査報告書』東京電力2012年6月20日P18より。

日本学術会議の書いていることは逆である。一つの地震津波をシミュレーションする時は、津波高を計算する海岸の範囲を予め設定するが、その範囲を広く(長く)した方が、狭い範囲よりも高い津波高の地点を得ることが出来る。例えば、福島沖のケースで言えば、発電所の前後1㎞だけ計算するのではなく、南北100㎞とか福島県内の海岸全域などに対象を広げれば、「西暦何年の××地震を模擬したこのシミュレーションでは福島第二の方が高い」とか「あのケースでは相馬が最も高い」となる。逆に、福島第一での高さだけを計算すれば、求められる高さは福島第一のものだけしかなく、他の地点と比較のしようが無い。東電事故調の模式図で例示するなら、右の黒矢印の近くにある想定が、図中の海岸の範囲では最も大きな水位を与えている(赤の設計津波より僅かに高い)。

添田氏がツイートしていた千葉訴訟における「震源事件」に通じるものを感じる。

このような過ちを避ける方法の一つは、『原発と大津波』の冒頭に書かれている、55㎞遠方の地点(小名浜港)の津波観測データを持ってきたという建設時のエピソードの意味を良く考え抜くことである(仮に55㎞南ではなく100㎞程北の宮城県の値を持って来れば最初から高い想定値が得られる。理論的にはあり得る方法)。

【4-2】報告書に出てこない文献を参照したと主張

ついでに言えば、先のスライド、「津波災害予測マニュアル(1999年とあるが1997年)」を福島県が参照したように書いている。だが、福島県津波浸水想定区域図等調査(2006年度)報告書概要版(修正版)の「7.参考文献一覧」には七省庁手引きを挙げているが、その別冊である「津波災害予測マニュアル」は載っていない。また、本文に文書名として直接書き込まれてもいない。七省庁手引き自体も、前半で既往津波の被害を一覧化した際に引用されているだけである。津波の水位計算法は実用レベルでは何時も大体同じ理論が使われているので、出所が「津波災害予測マニュアル」かどうかは断定できない。スライドには証言を取ったという記述も無い。

「津波災害予測マニュアル」は計算結果の信頼性の問題を厳密に論じているので、本当に参照しているなら、本文P52で「想定以上」などという曖昧な表現をするだけでは無く、正確な統計的意味が説明されていた筈である。

それは結局想定水位を鵜呑みにしてはならず、原発の場合は何らかの安全率が必要という結論に帰着する。厳しいことを言えば、数学的には発生可能性と安全率だけが異なるに過ぎず、本質的に原発と区別する意味も無い。それが理解できていればこのようなスライドになる筈がない。

【4-3】福島県の津波想定が大きくなるのは合理的?

学術会議の資料からは、何故合理的なのかがさっぱり読み取れない。上述のように福島県の津波想定に関する部分は調査不足だったし、前の文章ともつながりが見出せない。

事実関係から言えば、福島県と茨城県では想定していた地震が別のもの(茨城県は延宝地震を含む)だから、比較不能である。仮に、推本予測のことを言っているとしても、「どの領域でもM8クラス」と書いているのであって、福島県が高くなる合理的根拠は無い。

強いて言えば、東日本大震災では、茨城より福島の方が概して津波高が大きかったと言うだけのことである。しかし、プレートテクトニクス理論から言えば、茨城沖を主たる波源とする津波地震が起きても全く不思議ではない。

【4-4】恥の上塗り集団

ここまで書いてきて思ったが、日本学術会議は単なる誤植と言うより、何も理解していないのではないか。というか、ほんのりやばい感じしかない。

関村や原子力関連団体は、只、福島事故の恥を上塗りしただけである。大方、事務局に3流役人でも当てがい、現政権へ忖度した結果だろうが、只でさえ凋落傾向にある日本の学術団体の権威を一層貶めるだけの結果に終わった。唯一救いがあるかも知れないのは、こんなレベルの低い検証作業にまともな人材は回さないという、面従腹背な役人の雰囲気も僅かに感じられるところ位、だろうか。

リベラル左翼でも学術団体の声明などに依存した主張を見かけるが、何でも忖度で簡単に信用を失うのが現代の世であることは、他山の石として、覚えておきたいところである。

17/11/22:全文適宜修正し、意味の繋がりを明瞭にする。

17/11/23:中央防災会議「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会報告」を国土交通省、日本学術会議や政府事故調がどう扱ったかを追記。

17/11/28:【理由1】に追記。

2017年11月10日 (金)

筋の悪い運動論

いつから反体制運動は数ヶ月に渡って電車でスカートの中を撮影するための方便になったのだろうか。

モジモジさんがプラカードを持ったまま駅の構内を横切っただけで警察に逮捕された上、刑事から尋問で「東日本大震災の時は北朝鮮が攻めてくると思った」などと兵站のへの字も知らない馬鹿コメントを聞いてきたのは知っている。

また、前からそう言う状況は、発生すると色々噂になってきた。例えば「満員電車で痴漢冤罪を捏造する」などのケースを元朝日記者の某氏もツイートしていたのを覚えている。

しかし、今回はテレビ局の動画があるので捏造を疑うのは不可能だし、警察は宣伝に当たって完全に正当性を確保している(冤罪事件が問題化したため、確実な案件に絞っている)。性犯罪でよくあるのは、当事者以外現場を見ていないケースだが、今回はそうではない。しかも犯人は社会部や政治部では無くスポーツ記者。正直、サンゴ案件と同じだなぁ。同情しないと言う点では。このまま筋の悪い反論を重ねても、ネット右翼に合流して行った痴漢冤罪運動家などを喜ばすだけだろう。

本間龍氏の言う通り、何かのきっかけで盗撮犯を警察がマークし、良い絵を撮るためテレビを呼び寄せたこと自体はあり得る話である。一方で、政権の匙加減ひとつでTBSの山口敬之が無罪になったり、大阪では集団暴行に参加した警察官を検察が無罪放免した事件もあった。そういう権力勾配の構造があることは事実。

だからといって、このニュースを元に警察批判を語ることが、朝日を叩いているネット右翼への対抗言論になるのだろうか。

或いは、ミソジニーを嫌って反権力を応援している女性層が、積極的に応援すると思っているのだろうか(それとも、彼女等が票にならないから捨てたのだろうか)。

そして、この対抗言論の勝利条件は何なのだろうか。色々仮定してみたが、どれも筋が悪く、性犯罪を却って助長する。特にモジモジさんのツイートは「性犯罪者の皆さんも含めて、警戒してください」と映る。そう考えたから冒頭の一文を書いた。山口敬之の逮捕などに繋がる出来事なら別だが、少なくともこの事件をきっかけにすることは不可能である。

残念だが、性犯罪に政治思想は関係が無い。この記者の信条は知らないが、リベラルでもやる時はやる。人様に危害を加え、墓穴を掘って第3者に付け込まれる。それが全てだ。もし、対抗言論を張るのであれば、この件は事実を認めて議論に深入りするのを避けること。メディア人などなら、素行の悪い体制側の人士をマークし、同じことをやり返すのも一手だろう。

そもそも、馬鹿な記者の尻拭いより、ほぼ同日に情報が流れている、辺野古で逮捕された大袈裟太郎氏の拘留を心配するとか、警察官の性犯罪を批判するとか、刑事ドラマによる刷り込みの批判(所詮作り話、という視点の徹底)をした方が良いと考える。

なお、この事件、盗撮なので犯人のカメラにもデータが残っていると思われる。従ってテレビ局を呼ぼうが呼ぶまいが、彼には冤罪の可能性が無いと言える。その意味でも警察批判としては筋が悪い。

ついでに言えば、記者の質などピンキリなので、各紙の平均的クオリティ評価も変えない。阿比留記者が盗撮したと言う話は聞いたことが無いが、今でもアヒルに書かせた方がましとしか思えない駄文ばかりなのを見れば一目瞭然である。

【余談1】

この程度のリプを思いつく人士は両陣営にいるので、どうとも思わない。逆の事態を想像すれば分かる。今では転載しか残っていないが、「日テレ・炭谷宗佑アナ、盗撮行為で書類送検される」(『サンケイスポーツ』2006年5月18日)や、「産経新聞社員を痴漢で逮捕=電車内で女性触る-千葉県警」(『時事通信』2009年2月13日)がそれだ。これが今起きたならやはり格好のネタにされ、ネット右翼はコメント欄で「朝鮮朝日の性犯罪も検挙してください!!!!」と発狂していた事だろうよ。

【余談2】
そう言えば、10数年前、JR東日本の組合の専従役員か何かをしていた社員が盗撮で逮捕された時も、組合は「陰謀だ!」との声明を発表して居直り、多数の女性を含む社員一般に冷い視線を浴びるという事件があった。醜聞合戦は攻める時はともかく、証拠が固まってる時に変な弁護を始めると傷口を大きくするだけ。ダメージコントロールも必要と考える。

2017年11月 4日 (土)

韓国の技術者が日本メーカーの図面にダメ出ししまくった話

最近、私のブログ記事「共謀罪の根底にある差別思想は必ず福島事故のような惨事を誘発する」に反論コメントが付いた。

読めば分かる通り、ファッションで原発推進を言っている者が竹槍よろしく即席で身に付けた内容で、新情報は皆無、寸分の隙も無いほどカビの生えた屁理屈で埋まっている。加えて私のブログを全く読んでいないのに上から目線で開米瑞浩の「リアリスト思考室 原子力論考 一覧ページ」124本を読めと来たものだ。思わず、開米氏本人のアクセス稼ぎかと疑ってしまった位。

だが、もっと気になったのは、その投稿者名が「韓国人と仕事して困った事スマホver.」だったことである。社会に出て仕事をする年齢になって実に程度の低いネーミングであることに改めて驚く。

※後で検索して知ったが、「韓国人と仕事して困った事」とは、ハングル板の常設スレタイトルらしい。2ちゃんねるでも指折りの屑が集まることで知られるのがハングル板。通りで頭の中味が軍クラことカタログミリオタ等と比べてさえ更に薄っぺらい訳だ。そんなもの名前欄に入れてバカだなぁ。高橋まつりさんが受けていたハラスメントの方が、余程日本の労働者にとって身近で深刻な問題だね。

ネットで出張族を自称する面々の中には、こういう無意味で有害な差別意識を持つ者が目に付く。そこで今回は、過去の仕事であった小さな経験について書いてみたい。

【図面一式を社内チェックして韓国メーカーに送信】

当時、私は、とあるメーカーの設計者をしていた。そこで、ある製品の設計を私がいる日本の某社で行い、製造は韓国の同業者に委託することになった。数年前に準同一仕様の類似品を設計し、同じ業者に製造委託していたので、その時の製作図面一式を引張り出して、手直しすることとなった。

事前の話だと、韓国側は、昔渡された図面には不備が多いと思っているようであった。ニュアンスからすると、ネット右翼が喜ぶシチュエーション、「必要以上に詳細な情報を得て技術を盗もう」と言う感じでは無く、単純にデタラメな出来栄えの図面ということらしい。『日経テクノロジー』の連載「その検図、ただの図面修正ですよ」で指摘されるような、DRと同格のレビュー会は開かなかったが、「図面をチェックし、修正することが目的の依頼」と言う訳だ(中山聡史「その検図、ただの「図面修正」ですよ 第4回」『日経テクノロジー』2017/04/07)。修正作業の時間を確保するため、一つのジョブとして独立していた。

なお、会社が世間一般に見せている姿は日本企業の御多分に漏れず、品質運動をPRしていたり、別部門では航空だ、防衛だ等、何かと品質認証に五月蠅い業界にも手を出していた。もっとも、私は他部門の製品には関与したことが無い。

上記のような書き込みでシャープは注目されているが、こういった例は稀。まぁ、ネット右翼なら「普通の広報」を見て、それが全てだと思ってしまうのではないかな。

関与したことが無い、と言う点では、数年前に類似品を設計した時も同じであった。従って、当該の製作図面を見たのは初めてである。驚いたのが、確かに細かな間違いが多い事であった。

現物を見せる訳にはいかないが、ジャンル的には職業訓練教科書にある電気製図、機械製図で学ぶこと。経験者向けの表現になって申し訳ないが、例えば、下記のような感じ。

  • 同じようなサブ組立図で注釈の表現が統一されていなかったり、そもそも誤った製作指示がされている。
  • 組立図の看板(その図面の品物を作るのに必要な部品表)に書いてある部品図の型番、図面番号、数量などが誤っている。
  • 必要な部品が描かれているのに、バルーン(風船のような円の中に数字が入ってる奴。各バルーンは看板の番号と同じ番号になっている)が飛んでいない。
  • 配線が誤って描かれている。線番号やデバイス記号の誤記やあるべき回路に線が引かれていなかったり、逆に不要な線が引かれている。

当時図面を書いて承認した人達が「絵的に合っていればよく、正確性は二の次、後年の再利用など一切考慮しない」と言う態度で作図していたことが一目瞭然だった。

更に言えば、最初に図面を書いてから数年後、私がこの案件を担当する2年程前に、よく知っている同僚が図面追加とレビジョンアップをしていた。彼は、それまでに蓄積した誤記を殆ど修正しておらず、新たに書き加えた部分にも間違いがあった。彼に直させた方が事情を熟知していて早く済みそうなものだが、彼はこの案件の時点では既に転職していた。だから私の所にチェック作業が舞い込んできたのかも知れなかった。

結局、補助者の助けを借りて数日がかりで数十枚の図面を再チェックし、相互に矛盾が無くなるように手直しした。また、新しく必要な図面も数枚発生したので、新規に作図した。

チェックとは一体何か。手書きでは無いとはいえ、全てをCAD上で済ませる類の図面では無かった。結局、直した図面は一度印刷してから蛍光ペンで看板の各行、各バルーンなどを塗りつぶしして、整合性を確かめた。製作仕様書などを正と仮り決めし、図面の相違点を探したり、組立図看板に書かれている子図面の図番が本当に正しいか、呼ばれた子図面と照合したりするのである。これが組み込み用の基板なら、正しい電子部品が載っているか、回路図に矛盾は無いかなどをチェックするのである。

修正した図面は直属の上司に検図して貰い、OKが出たらサインをして貰った。その後、更に上の、課長などと呼ばれるクラスの人に承認のサインを貰った。上司達もかなり徹底してチェックしたので、この時は文字通りトリプルチェックだったと言える。

こうして、勤め先のロゴが入った製作図面一式はレビジョンアップされて、韓国に送信された。

【朱書き、コメントをつけて図面を返される】

それから1週間もしない内に、韓国から朱書きされた図面が返信されてきた。コメントには、図面一式の矛盾点が箇条書きされており、更に、実際に製作するにあたって不足している指示まで列挙されていた。例えば、「このように板金を組み上げたら合わせ目のこの一辺は溶接するのではないか」とか、「ある電気機器(市場から既製品を買っている)に接続する電線を製作しろとの指示だが、現物は既にリード線がついている、どっちを使用するのが正しいのか」といったような類の指摘だ。

中には私の会社の図面の書き方を理解していない故の誤解もあったが、付き合いとしてはつい最近はじまった所では無い。殆どの指摘は至極もっともなことで、個々の部品の仕様を再度チェックしたり(先ほどの電気機器などは製造元の仕様書を再確認する)、指摘を受けた観点から、図面間の整合性などを見直したりした。

【修正したら、また別の個所を朱書きして返信。以下無限ループ】

そうやって直した図面を送信したら、また1週間後に数枚の図面が朱書きされて返信されてきた。そうこうして同じやり取りを何回もしているうちに私は別の案件の担当に変わったのだが、「とにかく細かいところまで見ており、チェック能力が高い」というのが印象として残った。

漏れた技術?無いよ。根本的な理由として新規開発要素が全く無かったから。事件を期待している売国ネット右翼の皆様には残念なことだが。

【欠けているのは、日本企業への内省】

ビジネスマン相手の海外進出本でも、冒頭の出張族の機嫌を取るためか、「俺が日本の緻密なものづくりをおしえてやった」という目線で書いてあるものが多い。海外の製品仕様書などを見ると似たような調子で書かれている物も散見するので、どこも同じなのだろうとは思うが、まぁ、そんなもの何時までも信じてる方が馬鹿を見る。

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中山 聡史『正しい検図-自己検図・社内検図・3D検図の考え方と方法日刊工業新聞社 2017年8月

書店の機械設計のコーナーに行くと置いてある検図本から一冊。設計者に内省を迫る技術書はジャンルとして存在しているが、外国との関係を書いた内容を示す「海外」や「日本」といった単語が書名に無いため、政治的なあれこれが好きなサラリーマンの目には止まらない。また、乗り物や有名建築物や兵器の名称が入ってないため、メカオタクの目にも止まらない。しかし、本当に社会の(日本のでも良い)製造業や技術を支える人材になりたいなら、こういった本を何度も読み返す事である。

「××国はこの20年で様変わりし、品質が向上した」といった話は方々で聞くが、バタ臭い話としては上記のようなことを指す。今回は取り上げていないが、韓国だけでなく、中国相手でも先方からミスを指摘されることは普通にある。恐らく、私の業界だけではないだろう。

【反論の余地が無い理由】

やれKTXが故障した、やれ携帯電話が壊れた等、馬鹿なネット右翼とサラリーマンが断片的なニュースを振りまかれる度に泣いて喜んでいるのがここ10数年のネットの風景である。「私、失敗しないので」とか、医療ドラマの主人公みたいなことを本気で思ってるのかな。その割には「俺の勤め先には〇〇の賞を貰った△△さんがいるんですよ」等、他人の成果に依存した発言が多いのも特徴だけどね。

恐らく、このブログ記事も将来何かの「事件」が起こる度に無能なサラリーマンたちの劣等感を刺激するのだろうが、品質工学の分野では2000年代には韓国製品のレベル向上に目が行っていた。日科技連からも本を出している品質工学の専門家が、十数年前、そう教えてくれた。だから、私の場合は、技術者倫理を知る前から韓国製品を馬鹿にする風潮に危機感を覚えていたのだが、社会に出てから、それを体験することとなったのである。

ま、他国の品質を馬鹿にする前に、国産製品の品質問題(最近なら日産や神戸製鋼がそうだ)、やりがい搾取、世界シェア喪失などに目をつぶる時点で、あの手合いは無能で只の自己顕示欲の塊なんだけどね。

更に言えば、自信を持って他社に渡した図面が朱書きされて戻ってくるという現象自体は、ものづくりでは日常的な風景でもある。日本メーカー同士でもあるし、今回と逆に、私の会社が朱書きする側であったこともしばしば。ただ、私が経験した事例は、韓国もそれが出来るレベルに到達したことを示すということだ。

【韓国人は天才でも劣等人種でもなく、ただの人】

勿論、韓国人は天才秀才の集団では無い。日本人がそうではないことを日々証明しているのと同じである。

私は、小学校の時から在日が多い地域で育った。中にはヤクザの威光や成金を笠に着てクラスで浮いていた者もいる。また、公私共に見てきた韓国人の中にいい加減な人もいる。しかし、人が皆違っているなんてことは当たり前だろう。別に、尾瀬あきらのマンガや2016年の映画『ドリーム』などにも出てくる「あなたは差別してないつもりなのは理解していますわ」的な、意識の空回りまで即日根絶しろと言っているのではない。

恐らく、件の投稿者はサラリーマンとしてもレベルが低く、そのような低レベルの日本人には適当な態度で接すれば良いと思われているか、似たような低級の人材を当てがわれているのだろう。そう思われたくなければ、私的な場で原発の是非について書き込んでいる途中に、「仕事で韓国人がどうのこうの」などというバカな反応をしたり、「こんなに批判されている」などとハングル板を引き合いにはしない事である。私は確かに批判「も」されているが、2014年頃から2016年頃までは毎日のように「こいつは在日朝鮮人で生活保護を不正受給している」などと書き込みされていた。累計では数千回あるだろうか。彼本人が書いたのかは知らないが、ああいうものを「批判」とは呼ばない。

軍クラこと盆暗が出入りしている幾つかのスレに書き込まれている「批判」なるものも(私ばかりでなく、文谷和重氏や清谷信一氏に対するものも含めて)、大同小異である。だから彼等はTwitterで幾らもっともらしいことを呟いていても、信用されることは無い。

2017年8月27日 (日)

【お理工軍クラは】ドイツの3分の2の壁厚しかない日本のPWR原発に「戦闘機が当たっても大丈夫」と断言する人達【黙ってろ】

あの晩「馬鹿は黙ってろ」という暴言を吐いて自爆したお騒がせ軍事ブロガーJSFがまた、原発のことでいい加減なツイートをしている。

もう大分話は進んでしまっているので今更だが、発端となった下記の発言はあやふやな認識が行き渡っているので、はっきりさせておきたい。その方が、原発の安全性について建設的な議論が出来るからである。

なお、その他の観点からの反論・分析については下記のコロラド氏のツイートを参照されたい(情報提供では私も協力した)。

日本の原発の航空機突入対策とミサイル攻撃について - Togetter

「原発の建屋は戦闘機を突入させても大丈夫」、3.11以降推進派を中心として広まったこの認識は、下記の米サンディア国立研究所で撮影された実験動画が元となっている。

原子力発電所の壁にF4戦闘機が突撃するムービー」2006年10月04日 14時37分16秒

しかし、どのような原発でもこの実験結果が適用できるわけではない。というより、全く適用出来る原発は無い。

後日、コロラド氏と議論していて気付いたが、この実験は衝撃力のデータをとるために壁厚を実際のサイトではありえない厚さ(3.66m)にした上でダンパーを付けているので、原発の安全性に対する安全性の証明には全くなっていないし、当該の機体は爆装もしていない(実験の背景については次の論文でおさらいされている。坪田張二「3)航空機衝突に対する原子力発電所施設の耐衝撃設計」日本原子力学会 2016年秋の大会)。

まず、コロラド氏が指摘しているように、日本の原子力発電所は航空機が衝突した場合の耐性を仕様化せず3.11を迎えた(社内的に規定しているかも知れないが公表されることは無かった)。従って、戦闘機を突入させても大丈夫かどうかは分からない、というのが正確な回答である。

また、後で見ていくが、建設された年代と国の考え方によって壁厚は異なっている。

にもかかわらず、何故漠然とした安心感が広まっているかと言えば、原発建屋(格納容器)の壁厚は1m以上という宣伝が意識の底にあったからだろう。「日本では実験していないとしても、壁厚が1mもあれば戦闘機がぶつかった位で壊れる訳ないだろ」、という素人的直感である。

業界人は安全神話を広めるために噂を放置し、或いは自らも信じ込んだ。なお、日本の場合も1970年代の時点でタービンミサイル対策仕様書は準備している(「BWR原子炉系配管の安全設計実務」『配管技術』1979年2月号)ので、外部からの飛来物と一くくりに考えて安心感を抱いていた業界人もいるだろう。なお、タービンミサイルとは、蒸気タービンが高速回転中に破損した場合、高速で飛び散った破片を指すテクニカルタームで、兵器としてのミサイルを指す言葉ではない。

この直感は半分正しく、半分間違っている。物体の衝突で最も重要と目されるのは質量と速度だが、セスナや練習機のような小型機が低速で衝突する場合から、300tを超える重いワイドボディ機がフルスピードで衝突する場合まで、様々なケースが想定出来るからだ。

前置きはこの位にして、日本では公開されなかった航空機の突入仕様も、海外では公開している事例がある。中でも注目されるのは旧西ドイツだ。統一後、東ドイツの原発は危険性を理由に軒並み廃止され西ドイツの原発だけが残ったが、2001年(恐らく9.11の後)グリーンピースが同国全サイトの航空機衝突について検討した際、その壁厚を一覧化している(下記論文P4~P5)。

Gp_ev_22745_hamburg2001pp4_2

Dr. Helmut Hirsch“Danger to German nuclear power plants from crashes by passenger aircraft“Greenpeace e.V. 22745 Hamburg(2001)pp4

グリーンピースだからと頭から否定するネット右翼もいるだろうが、この部分はドイツの規制内容を説明しているにすぎず、内容はドイツ原発について推進派が書いたものや学術文献とも整合している(文中に掲示するのは煩雑なのでリンクに留めるが例えば:TOUR OF SELECTED SPENT FUEL STORAGE-RELATED INSTALLATIONS IN GERMANY(2006)(リンク) )。

ドイツの原発は構造上3世代に分かれる。

第1世代は壁厚2フィート(約0.6m)。10トンのスポーツ機(軽飛行機)が時速185マイル(296㎞)で衝突する条件としている。

第2世代は壁厚3.5フィート(約1.05m)。F-104戦闘機を想定し10トンの機体が時速400マイル(640㎞)で衝突する条件としている。

第3世代は1981年に新しく強化された規制に従い、F-4戦闘機を想定し20トンの機体が時速480マイル(768㎞)で衝突する条件としている。コロラド氏が良く指摘する米NUREG/CR-5042(1987年)の6年も前のことだ。なお、グリーンピースの論文には書かれていないが、壁厚は約2m、KWU社製の加圧水型炉K-PWR(Konvoi)の場合、1.8mとなっている。Youtubeにアップされた動画が時速800㎞で試験をしているのは、この規制を意識した条件設定なのだろう。

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出典:NUCLEAR ENGINIEERING AND DESIGN 1987 VOL103 No.1 pp23

なお、2001年時点でドイツには18基の原発があったが、その内第3世代は9基に過ぎない(内、konvoiは3基)。西ドイツは第3次大戦の想定戦場であり、また、西ドイツ空軍は900機以上のF-104を導入したが、300機近くを事故で喪失し、不慮の墜落の頻度が高かったという事情がある。このことが「落ちても滅多に当たらない」という確率論に頼ることを止め、原発に落ちた場合を想定する決定論に基づいた対策にシフトした理由だと思われる。しかし、その西ドイツと言えども、大型戦闘機の範疇に属するF-4の衝突に耐えられる原発は限られた割合しかなかったのだ。

世界を見渡しても、壁厚1.8mの格納容器に原子炉システムの主要機能を入れた原発はKonvoiのような一部しか見当たらない。

WikipediaのF-4記事の仕様欄は比較的しっかりしているようなので、そこから引用するが、空虚重量が約13t、運用時重量が約18t、最大離陸重量が約28tであるという。従って、20tという仕様はフルに爆装、燃料満載の状態には当てはまらないが、何も積んでいない空の状態という訳でもなさそうではある。どの重量を用いるのが適切かは、ブースカ氏のような航空専門家のコメントも参考にした方が良いだろう。

なお、JSFが論争を仕掛けた渡辺輝人弁護士は大飯原発訴訟の原告側弁護士を務めているそうだが、日本のPWRの完成形と言って良い大飯原発3・4号機の壁厚は過去に技術論文で紹介されており、胴部が1.3m、ドーム部が1.1~1.3mである。従って、西ドイツの第2世代と同レベル。壁厚はF-104戦闘機対応「相当」に過ぎない。

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出典:「大飯原子力発電所3・4号機PCCVにおけるコンクリート工事」『コンクリート工学』1991年2月号

冒頭でも述べたように日本の原発の航空機衝突仕様は公開されていないが、壁厚は判明しているので推定は容易である。一方、1980年代以降の航空自衛隊はF-4やF-15といった大型戦闘機を主力としており、1980年代以降に建設された原発にF-104の機体規模(最大離陸重量13t)を想定することは適切とは言えない。航空自衛隊でもF-104は導入されたが1986年に実戦部隊からは退役している。航空自衛隊には同レベルの規模の戦闘機として三菱F-1が80機弱あったが、これも2006年に退役済み。現在F-4以外で日本の上空を飛行する主な戦闘機は次のようになる(暫定的に最大離陸重量で比較)。
  • F15-J:最大離陸重量30t
  • F-2:最大離陸重量22t
  • F-35A:最大離陸重量32t(導入中)
  • F/A-18E/F:最大離陸重量30t(米海軍)
軽量戦闘機に属する機体を前提とするのは詐欺と言って良いと分かるだろう。しかし、JSFのような軍事マニア達は「戦闘機にも耐えられる」「F-4が衝突しても耐えられる」と軽口を吹聴してきた。大した航空評論家振りだ。

種明かしをしてしまえば簡単な話である。それなのに本当の話が何故広まっていないかというと、日本の原発宣伝では、壁厚は曖昧に表現されることが殆どだったからである。試みにATOMICAの軽水炉の解説を読んでみても、正確な数値は出てこない。こういう姿勢が、日本の原発リテラシーを貧困なものとし、原発事故の遠因に繋がっている。

(以下はおまけ。)

【補論1】圧縮強度
konvoiと大飯3・4に関してはコンクリート強度の値も入手している。konvoiについては技術者による視察報告のため「強度」としか書かれていないが、通常、強度とのみ述べる場合は圧縮強度を指すそうだ(コンクリートの強度 白鳥生コン株式会社)。

大飯3・4の圧縮強度は450kgf/cm^2(『コンクリート工学』1991年2月号)に対しkonvoiの一つGKN-2号機は350kgf/cm^2である(「第9回電力土木技術調査団報告」『第29回電力土木講習会テキスト』1987年2月)P71)。大飯3・4の方が3割ほど圧縮強度が高い。

さて、1960年代末より米独では、軍事上或いは原子力安全の観点から、飛来物に対する建築の耐久性の研究が早くから進展した。これらの研究成果は国内外の文献で公開されているため、日本の建設業界関係者なども知ることは可能であり、実用する機会も存在した。例えば、自衛隊・在日米軍の発注する土木施設や、原子炉建屋設計をべクテルのような海外のゼネコンと共同で実施する場合などである。

こういった研究の過程で、飛来物によるコンクリート板の貫通深さ評価式、貫通限界板厚評価式が種々提案された。その一覧を読むと、圧縮強度はファクターに入っているものの、平方根の形を取っていたり(修正NDRC式)、そもそもファクターに入っていないなど、余り大きな影響は与えないような印象を受ける(例:「衝撃荷重を受ける鉄筋コンクリート板の局所挙動に関する実験的研究」『FAPIG』1990年3月号)。

よって、圧縮強度については簡単のため無視している。

【補論2】航空機突入仕様を明示出来なくなった背景は、JK-PWRの挫折か

国内外の原子力プラントの壁厚を比較したがらないのは、幾つかの理由が考えられる。K-PWRについては、1981年秋から東電がJK-PWRとして導入を正式検討しフィジビリティスタディまで実施したものの、導入を中止したからだと思われる。

東電が非公式の形でK-PWRに関心を示すようになったのは1970年代後半のことで、日経や業界紙がその動向をストレートニュースやKWU社の日本駐在員へのインタビューで報じていた。

一方1970年代から80年代初頭にかけて、日本の原子力業界は航空機衝突問題に対しても取り組みを始めていた。最初期の成果として1975年に原子力安全研究協会が『原子力発電所に関する航空機事故の確率評価について』をまとめていた。その後、より直接的なテーマを与えられた文献として、学者やコンサルタントなどに依頼された『原子力構造物への航空機及び飛来物衝突問題の研究』『原子力施設並びにコンクリート壁に対する航空機ミサイル衝撃の解析』が1979年頃に相次いで刊行された。その他、航空業界では航空振興財団がICAO文書『航空機事故技術調査マニュアル』を刊行していたが、1980年代に入ると原子力業界でも参考のため買い入れる動きがあった。

この時点での遅れは欧米に比べてまだ数年程度だったと思われる。NUREG/CR-5042(1987年)の元となったと思われる論文が1972年に出ているためだ(“PROBABILISTIC ASSESSMENT OF AIRCRAFT HAZARD FOR NUCLEAR POWER PLANTS”, NUCLEAR ENGINEERING & DESIGN 1972 No2: 333-364)。

1981年になると、先述のように西ドイツが航空機衝突の規制を強化し、その背景には冷戦があった。欧州はその最も重要な正面だったが、極東も(一応)ホットスポットと見なされていたので、日本の原子力業界が関心を持つのは当たり前だった。

従って、1980年代初頭時点で、資金のメドさえクリアすれば西ドイツ並みの対応で仕様を策定するだけの素地は持っていた。もし実施されていれば、3.11前から設置許可申請書にも記載済みだっただろう。

少し、後についてのことも述べておく。

電力中央研究所で「飛来物の衝突に対するコンクリート構造物の耐衝撃設計手法」の研究が始められたのは1982年のことで、その終了・報告は1991年である。また、冒頭に掲げた、用途廃棄となったF-4戦闘機を用いて衝突実験が行われたのは1980年代末のことで、日本の武藤研究室の提案で米サンディア国立研究所で行われた。なお、武藤研究室とは、福島第一1号機建設時、BWR建屋の耐震解析などで活動していた鹿島建設の研究室であり、同社の社報や記念誌、1970年代のNUCLEAR ENGINEERING & DESIGN誌にその名を見出すことが出来る(これらの他、警察・自衛隊なども何か研究はしていたのだろうが、先行研究を当たっても触れた物は無かった)。

朝日新聞が2011年に報じた、外務省による同趣旨の研究はオシラクの影響を受けてか航空機衝突は含まれていないが、1984年のことだ(「原発への攻撃、極秘に被害予測」『朝日新聞』2011年7月31日)。

しかし、ホットスポットと自認する者が多かった割に、日本の原発は耐震以外は単なる米本国仕様のコピーとして導入が進められた。航空機衝突で日本が採用したのは、米国風味のパッチワーク規制だった。飛行場に極端に近いサイトだけ仕様を明記。1980年代後半以降計画の本格化した、六ヶ所の再処理施設にのみ適用された。しかし、速度は時速540㎞に抑制され、訴訟でも批判の的となっている(「準備書面(123) 核燃料サイクル施設に係る新規制基準骨子案に対する疑問と批判」2013年9月6日P6)。西ドイツのようにどのような場所でも実施を要求する考え方とは異なっている。

同じ極東に位置し、本当のホットスポットであった台湾、韓国が航空機衝突についてどのように検討していたのかは分からない。両国との原子力交流は原産を通じて活発だったこともあり(業界外のネット右翼は受け入れたくないだろうが、紛れも無い事実)、電事連などが情報を手に入れようと思えば容易に入手できた筈である。

一方、そもそも何故JK-PWRの導入検討が浮上したのかと言うと、当時は1970年代中盤の初期プラント低稼働率問題の影響を引きずり、「本当に米国軽水炉で良かったのか」という炉形論議が再燃していた一方、更なる建設コストの削減も求められていたからである。

そのような状況で、F-4の衝突に耐えるJK-PWRを導入したらどうなるだろうか。

まず、WH製PWRを導入済みの他社と仕様の整合が取れなくなる(横並びが崩れる)。また、コストアップの要因にもなるので、経営面からは航空機衝突仕様の明記は積極的になれなかった筈だ。

一方で、WH製PWR並に壁厚を薄くすると「反対派を刺激し」説明に苦慮することが容易に想定出来る(勿論、苦慮する方が悪いのであって、そのような倒錯思考自体が批判されなければならないのだが)。1970年代後半、航空自衛隊の主力戦闘機は西ドイツ同様にF-4であり、更に重量の大きなF-15の導入も1976年に決定していた。このような状況下、K-PWRの衝突仕様をスペックダウンして導入することはあり得ない。社会的合意が得られない。

田原総一朗が推進派的ポジションに鞍替えして『生存への契約』を著したのは1981年のことで、その中で業界関係者にインタビューしている。内容は、国費による強力な助成で成功した西ドイツの賞賛。しかし、裏を返せば「金は出さずに規制だけを強化することは認めないよ」というメッセージが込められていたのかも知れない。

K-PWRのフィジビリティスタディは商業機密による縛りもあるため、公開された技術論文は未見である。しかし公開されない理由として、衝突仕様の問題も一因として働いたのでは無いだろうか。一旦日本語論文として社外にPRしてしまうと、当時計画中だった他のサイトまで問題が波及するからである。しかも、柴野徹夫『原発のある風景』や四電窪川原発反対運動の顛末を見れば分かるように、各社では70年代以前とは比較にならない立地難にも直面しており、これ以上面倒の種を抱える余裕は無かった。

勿論、航空機衝突に正面から取り組んだ原発を建設した方が、安全の面ではプラスである。しかし、JK-PWRを、安価がセールスポイントだったABWRの当て馬として使い捨てた時に、日本の原子力産業が航空機衝突への考え方を実機に反映する機会は決定的に失われたのである。

1983年に羽田沖で人為的な墜落事故が発生し、1985年には航路を大幅に外れた形で日航機墜落事故が発生した。これらを受けてのものか、通産省は1986年春に政務次官名で、航空機衝突の際の安全確保について電力に問い合わせている。電力の回答は「安全は確保出来る」という空疎なものだった。「安全を確保出来る」程度の規模で事故を想定していることが伺える。

こういった空理空論のツケは、結局311後に支払うこととなり、原子力規制委員会は各原発の再稼動を審査に当たって、議事録非公開の形で「故意による大型航空機の衝突その他のテロリズムへの対応について」審議することとなった。しかし、具体的に壁厚を増す補強工事が行われた例は皆無である。高浜原発1,2号機はコンクリートの建屋で周囲を取り囲む工事を行っているが、あくまでも事故時の放射線を遮蔽するためのもので、航空機突入の補強が目的では無く、壁厚も元々の厚さが0.9mの所に、0.3mプラスされて1.2mにしかならない(高浜発電所1号炉及び2号炉外部しゃへい建屋の変更について)。

もし、政治環境の変化等によって、大型航空機の突入に耐える強度が求められた場合は更なる壁厚の増加工事が必要となり、その工事費用は二度手間であるがゆえに、最初から航空機突入を意識して外部しゃへい建屋を建設していた場合より遥かに高くつくと考えられる。こういった泥縄的状況は最早電力にすら旨味が無く、喜ぶのはゼネコンだけ、電力や元請が不当に価格を下げるように圧力をかけた場合、どこの組織も得をしない事態すらあり得ることも見通しておかなければならない。

最近、『新装版 怒る富士 (上)』をレビューだけ見たが、江戸時代の愚行をなぞる未来しかないということである。

関西電力は航空機突入を意図して新規に1m以上の壁厚の建屋を建設すると、他電力の原発にも同様の措置を行わなければならないので避けたのだろう。このような忌避的態度も、当補論2を補強している。

17/10/9:補論2にソース、高浜外部しゃへい建屋の件を追記。

2017年8月20日 (日)

【小池晃・米山隆一を】高須クリニックは決して薦めません。【フォローする方が遥かにマシ】

最近更新が滞っているので、時事ネタを。

主張としては記事名の通りで、特に新情報は無い。高須クリニックに行かない・行ってはいけないと今更宣言するのは技術や必要性が理由ではなく、何をおいても院長夫妻の政治活動が原因である。そういう奴等に対して、どっちもどっちもヘラヘラ笑っての追従も無い。

高須クリニックにかかる位なら、他の政治活動をしていない病院にかかるか、小野出来田医院のような反対の政治志向の町医者にかかる。また、私は医療関係者ではないが、もし、関係者として人生を歩んでいたとしたら、瀬川氏のようなスタンスの人が研究業績を上げた方がマシだと強く思っていただろうね。

例えば最近の靖国での悪ふざけ。戦没者追悼という建前すら放擲したんだなと思った。戦没者に必要以上に敬意を表する右翼の皆様、ご愁傷様といったところだ。

なお、私はキリスト教徒とか新宗教などの信徒としてシェア拡大に意欲を燃やしている訳ではないのだが、靖国に関しては311前に自民党を支持していた頃から、それ程好感は持っていなかった。それはやはり、国家神道ど真ん中の軍人翼賛専用施設だから。加えてここ数年で得た知見と、靖国自身の振る舞いは、嫌悪感を強めただけだった。

731部隊を始めとする数々の歴史修正主義的な発言も、まったく理解も賛同もできない。同じ医者で例えるなら、帚木氏の『ヒトラーの防具』でも読んでいた方が遥かにマシだろう。

更に言ってしまうと元々、私は美容整形には興味が無い。その業界の関係者には悪いが、感染症や難病の治療と比べると、一般人が受診する社会的必要性も高くないと思っているし、他の医院という代替性もある。

まぁ仮に高須クリニックが極めて社会的必要性の高い治療を一手に引き受けていたとしたら、ネット右翼がヤフーニュースコメント欄その他に湧き出し、「兵器が嫌いなら、その企業を利用しないで未開人として生きろ」的な便乗発言を放ってくるのだろうが。右翼著名人だけでなく、その周りにひっついてくるああいう連中、軽蔑しか湧いてこないねぇ。何時見てても、「かさに着て良く言うよ」という感じだ。

いずれにせよ、政治に関心のある医者達にとって、高須の存在は悪夢を体現したようなものではないだろうか。

ここ数日は病院名をもじって「ナチ須クリニック」と揶揄され、そのことに対して憤慨しているようだ。しかし、各方面からの指摘通り、日頃の右翼、ナチス礼賛の姿勢とは全く矛盾するのではないか。何せ「偉大なナチス」だもの。それとも、憤慨しているということは、ナチスのやった虐殺や数々の差別を本当は事実だと思っているのではないだろうか。もし理解した上でやっているとしたら尚のこと悪質と思うだけだがな。

院長の息子さんがナチス的な言動を一切せず、父親の言行に辟易なのは知っている。だが、クリニック関係者の中で知名度が抜群に高いのは創業者の高須克弥氏だし、TVスポンサーとしての安っぽい強権的な行動を見てても、その経済力の根源はクリニックにあることは間違いないだろう。こんな純度100%のレイシストは批判されるのは無論のこと、画面から消えるのが当然だな。私はレイシストの金儲けにこれから加担するつもりは無い。だから、身近に美容整形の希望者がいても、高須クリニックは絶対に薦めないし、逆に高須氏が右翼暴言王であることを忠告する。ああいう人物を甘やかしている報道番組関係者のようにはなりたくないからね。

【17/8/24追記】本件は外圧でマルコ・ポーロ型の解決に動きそうである。本来は、731や旧植民地関連の発言が出た時点で社会的抹殺の対象になるべきだったのだが、情けないことだ。息子さんが医療業界で生き残りたければ医院として、その経済力を笠に着る創業者の父を(思想的に)絶縁するしかない。

妻の西原理恵子、受付担当者が忠告の手紙を嘲笑していたことを高須自身に暴露された整形医療学会は、高須と一緒にまとめて追放が相応しい。折角手に入れた国辱案件だ。馬鹿な政治家、テレビ司会者、ネトウヨ体質の忖度芸人達が、一人でも多く巻き添えになってくれるとありがたいね。

2017年6月15日 (木)

自らの公共的役割を語った後に縦笛発言をしていた新海誠監督

ニュースの政治面から目が離せない状況でこんな駄文を書いていていいのかという自問はあるのだが、これまでの自分のスタンスと整合は取っておきたい。

2017年6月13日「新海誠監督が不倫」というニュースが日刊スポーツに掲載され、それから数時間もしない内に監督が否定するという一幕があった。

私は、極限られた情報を以って、当事者、日刊スポーツの意図を議論しても意味は無いと思う。多くの観客は作品を見に来ており、監督の個人生活に興味がある訳ではないからだ。

そのことより今回初めて知って不味いなと感じたのは、次の件である。

『君の名は。』公開後、新海監督は次のように発言している。

自分としては、この先、もう1本か2本はサービスに徹した作品を作りたい。映画の世界で、自分の居場所や役割、もっというと日本社会の中で、自分の公共的役割を見付けていかないといけない年齢になった気がするんです。

【君の名は。動画付き】新海誠監督が大ヒットアニメの舞台裏を語った…「1分たりとも退屈させない作品を」(1/5ページ) - 産経ニュース 2016年9月19日

結構な志である。新海監督はティーチインその他で、「万人に向けて作品作りをしたい」という考えも表明しており、そういった意図も含めて『君の名は。』を評価している人は多いだろう。

私もその口で、新海監督のことは『ほしのこえ』以来知っていたが、『君の名は。』には恋愛映画とは別のメッセージで触発されるところもあり、以前「【平日の3.11を】『君の名は。』ティーチイン(仙台)に行ってきた【祭日に投影】」という記事を書いた。

だが、産経インタビュー記事の3ヶ月後、新海監督は次のような発言をしていた。

コラ画像では無く、『ゴロウ・デラックス』という番組の2016年12月16日放送分である。

新海監督のこだわり 唾液から作る口噛み酒

小説と映画で2016年ナンバーワンヒット「君の名は。」を特集。新海監督のこだわりは唾液から作る口噛み酒だった。ラブシーンを表現する手段だとし、男子は好きな子の縦笛をなめるようなフェチ要素があるのではないかと話した。稲垣吾郎は自分のフェチは喋ってるときの口だと話した。

ゴロウ・デラックス 本邦初公開!「君の名は。」制作日誌 TVでた蔵

少し調べると分かるが、幾つか挿入されている性的シーンの中でも、口噛み酒は製作中にスタッフ達から特に「気持ち悪い」と指摘されていた。そういった批判を考慮して、設定やキャラクター達の受け取り方を工夫するような修正が加えられた、と巷では言われている。だからこそ、性的な物目当てで見に来ていない多くの観客も、「設定」としてスルーしてきた(設定、というか入れ替わりを経験していることを考えれば、口噛み酒にまつわる行為は、問題ではないとも見做せる。「見た目は幼女だけど年は成人のキャラクター」のような、やたらに使い古された「設定」と同質の逃げではあるが)。

私は男でフェミニストでもないし、そう言う人達を批判したこともあるが、十代の頃から女生徒の縦笛やら唾液を舐めようと思ったことは無いなぁ。経験上、男子生徒の多数派がそう望んでいたようにも思われない(勿論そう言う人は一定数いるだろう)。現実で人の物を勝手に舐めるのは単なる迷惑行為だろ。よくある姿格好や行動に魅了されるのとはそこが違う。ついでに言うと私の場合、小学生~女子高生に執着も無いんだよね。

『君の名は。』は何回も見ているし(見ないで批判ではない)、BDの予約を解除する気も無いし、上映の機会があればまた見に行きたいとも思っている。公式設定からは排除されており、縦笛的解釈をしなくても観賞は可能だから、この件だけで全否定はしない。しかし、一言忠告はしても良いだろう。TV局から「何か面白いこと言ってください」と煽られたのかも知れないが、今後、こういう失言はしないでほしいね。内輪ネタを人にばらされたという事情なら、同情の余地もあるが。製作スタッフに対しても失礼だろうよ。

ガンダムの富野監督にせよ、ジブリの宮崎駿監督にせよ、過去のインタビューなどを見ると公共的役割は意識して作品作りをしてきた。観客もそれは了解していて、彼等の性的嗜好(はっきり言って縦笛発言並に痛い)も既に明らかになっているが、それを最終目的にして見ている人はさほど多くは無いだろう。新海監督も諸先輩のそういう部分の真似はしないことである。

こういうことを書くと、「PCを守っていると作品がつまらなくなる」「TVで面白いことがやれないとぼやいてる芸人の問題と同じ」という指摘が必ず出てくるが、まぁそれを守って空前のヒットを遂げた作品もあるし、「お前の番組を見ていると弱者叩きを生きがいにしてるようで気分が悪くなってくる」的なコメントばかりしている芸人も多いのが実態である。万人に向けて公共的役割を意識した作品を作りたいとしているなら、このようなメッセージは発しないことである。

2017年5月23日 (火)

共謀罪の根底にある差別思想は必ず福島事故のような惨事を誘発する

唐突だが、私も本日衆議院を通過した共謀罪には反対である。

世情よく言われているように、屋上屋を重ねるだけでこの法律には意味が無く、権力者は対象から除外されている、保身のための法律だからだが、他にも理由がある。福島原発事故の教訓である。具体的には「テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した」という話を調べ上げたからだ。

上の方のツイートのような出来事が、東電福島でもあった。

共謀罪や千葉市長熊谷氏の暴言などで何かと揶揄される共産党を始めとした左翼団体。だが、彼等は福島第一、福島第二が津波に弱いことを事故前から指摘してきた。

一般的には、共産党の吉井英勝議員が国会で質問した話が有名になった。覚えている方もおられるだろう。

注目して欲しいのは、地元の市民団体も現場の重要な建屋が津波対策をしているか、視察をしたいと要望を出していたことである(下記のリンク先)。

チリ津波級の引き潮、高潮時に耐えられない 東電福島原発の抜本的対策を求める申し入れ」原発の安全性を求める福島県連絡会代表 早川篤雄 2005年5月10日(PDF

しかし東電は、「原発に反対する者は犯罪者予備軍」という妄想に取りつかれていた。以前から、原発の展示施設で見学者が安全性に疑問を呈した場合には、明るい表情で「大丈夫です」と笑い飛ばすように指導し、市民団体が上記の要望を出した時は「テロ対策上見せられない」とうそぶいた。その一方で、原発に賛成する市民達には現場の見学を許可するという、恣意的な運用を続けていた。不幸なことに、見学を許可された市民達は原発の構造に興味の無い無知な者が大半だった。

福島事故を振り返った時、右派は「あれは避けられない事故だった」と主張し、リベラルな考え方の持ち主でも、主だった事故調の説明「東電は事前に大津波のシミュレーションをしていたのにそれを活かさなかった」という認識に留まっている。つまり、専門家がしっかりしてさえいれば良かったと無意識に思っている節がある。そこに彼等が誹謗する「左翼」の意見を採り入れていたら事故を防げたという事実は全く参照されていない。

共謀罪に賛成する人々が考える『テロ対策』を施した結果、福島原発事故は発生したのである。

繰り返すが私は、以前「テロ対策を言い訳に反対派を追い出して爆発した福島第一原発」という記事を書いた。

長いが、是非読んでほしい。共謀罪のような考え方は必ず原発や再処理工場の事故を誘発する。吉井議員や市民団体の指摘が無視されたのは、ただ「左翼だから」という共謀罪に通底する発想のためである。そのような右翼的偏見が原発事故の底にはある。

そして原発事故が起こった時、政権におもねる者達は被災者を見捨てる。大衆にも棄民に加担する者がいるのは常識だが、例え潜在的には善意の持ち主であっても、都合の悪い情報は流通量を抑制され、無関心なまま「終わったこと」として受け取られる。そういった過去の悲劇をも再生産することになるだろう。

【おまけ】

なお、テロ対策について肝心の原子力規制庁は「何も話しあっていない」そうである。

昔、日本の原発は丸腰だと言われていたが、今は武装警官が詰めており、そのことは官庁のリリースや報道もされている。そんな状況で話をするのに共謀罪が必要なのか、少し頭を働かせれば済む話だ。

松本人志がMCの報道バラエティで「今、隣でミサイル上がってんすよ、これとか考えると準備しといた方がええんちゃうのっていう」とコメントがあったらしい。

飛んでくるミサイルに共謀罪でも示して帰っていただくように説諭するのだろうか。相変わらず馬鹿で権力の忖度しか出来ない奴等だ。かつて横山やすしにさえ「チンピラの会話」と言われたあの下劣な芸風は元々嫌いだったが、政治まで語って欲しくないね。

話もしない規制庁は論外だが、共謀罪賛成派にせよ、煽動者になった芸人にせよ、かつて左翼を馬鹿にする時常用していた「話せば分かる」を地で行ってるのは興味深い。活断層やミサイル相手に印籠代わりに「共謀罪」を示せば惨事が防げるという屁理屈。つくづく間抜けな話である。

※17年5月26日本文に一文追記。

2017年4月30日 (日)

【「原爆落ちろ」な】北のミサイルに過剰反応した東京メトロに関する、ある思い出【忖度上手】

2017年4月29日。起きたら北朝鮮がミサイル実験を行った影響とやらで、東京メトロが早朝6時に10分間電車を止めていたことを、ニュースで知った。

昨日の晩、通称「締め縄」こと映画館での『君の名は。』観賞(当然回数は、例のティーチイン時点で405回観賞済みだったキチ縄先生には到底及ばない)を終えて久々に気持ちよく寝たのに、ゴールデンウィーク初日から茶番かよ。現政権は相変わらずサラリーマン虐めも大好きだな。ゴールデンウィークだぞ。

ネットはメトロの正当性について喧々諤々の様相。例えば、地下駅が多いから避難者が逃げてくる前に止めることにしていた、という説。

じゃあ都営地下鉄は?と言ってやりたくなる。

それらの書き込みを眺めているうちに、10数年前、まだ就職もしていなかった頃の想い出が蘇ってきた。今日のメインはその話。

まだ営団と名乗っていた頃、最盛時に3路線の建設を同時に手掛けたことがあった。そのため、同社の建設部門は「関東軍」の異名を取り、イケイケドンドンの雰囲気だったらしい。

21世紀を跨ごうかという時代に「関東軍」かw 地下鉄博物館で見た、各線の建設記録映画で養ったイメージが台無しになったものだ(フィルムの状態は良好。フルカラーで堪能したのだ)。

そう言えば当時、ある中堅になりかけの営団幹部と話をする機会があった。当時、私も軽度のウヨだったためか、引き合わせてくれた人がいたのだ。その人達を晒し者にする意図は無いので経歴詳細はぼかすが、上層部が社外と行うゴルフ等の接待にも随行してきたのだと言う。

しかし、印象に残っているのは、法を順守しながら日々の業務に邁進すると力説する割には、随分あけすけなことを言っていたこと。

例えば、同業他社でさほど資金の無い事業者を捕まえて、「あそこは安かろう悪かろうなので車両を共通運用したくないイメージ」とか。

後で知ったことだが、大手民鉄、それも関東の各社は資金が無いと言っても相当恵まれている。JR東日本やJR東海は更に潤沢な設備投資をしているから物によっては見劣りするのかも知れないが、一部の特殊な事例ばかり取り上げて「安かろう悪かろう」などと言うほどのものだろうかと思った。それこそ、正に半可通の鉄オタが考えそうなイメージじゃないのと。幹部がそれでいいのかねと。

更に「キテるな」と思ったのが「都内××地区の住人は左翼が多いので原爆落ちろよ♪」発言。

その地区、営団も走っているのになぁ(いや、走っているからこそ、そうなるまでの用地買収とか、環境対策の過程で私怨を抱く何かがあったらしいのだが)。その人が好きそうなJRの大物や、営団の大物OBも住んでるのになぁ。あ、関東軍じゃないからOBとも思ってないのか。プライベートでのこととは言え、毎日の日野裕介記者が炙り出した「左翼のクソ共」発言の復興庁参事官と瓜二つである。

あれから十数年。その人がメトロを辞めたという話は聞いたことが無い。しかし、官邸から命令されたのかニュースを見て即断したのかは不明だが、安倍政権の作り出したビッグウェーブに「悪乗り」しても、おかしくはないなと感じた。地理的条件から、民鉄に異論を唱える社があってもマウンティングする事も出来る。当然、弾道ミサイルの基本的な特徴は、TVで見た程度の知識で判断しているのだろう。最近の劣化したエリート全般の傾向として、そう予想する。

ま、あの人のような幹部を受入れる会社なら、元々やりかねないという、ありがちな話だ。鉄道むすめの騒動でも感じたが、他社に比べても「オッサン化」が進んでいるのではないか。

どうせ乗るなら、4月25日の福知山線事故12年に乗れば良いのに。勿論、組織風土の荒廃を他山の石として受け止め、中目黒脱線のような失敗を予防するのである。

コラム
一斉停止だが、何の設備対応も無しに行っても完全に無意味な行動だ。

まず、散々指摘されているが、発射から10分で着弾するのに、30分経ってから止める意味不明さ。

シェルターとしての機能もほぼ無い。地下鉄は核シェルターとして設計されていない。身体を晒して被爆するよりはマシ、というだけである。威力にもよるが一般に高熱を伴った爆風には無力。地上と地下を隔てるのはペラペラのシャッター1枚に過ぎず、実際はシャッターによる封鎖も出来ない。丸ノ内線や銀座線のように都心部に複数の地上区間を有する路線は、トンネル開口部そのものが爆風の侵入口になる。

投下後は内部被ばくの問題があるが、構内は元々埃が多いのに対して、放射能を捕集する空調フィルターも無い。

もっとも、核戦争を扱った本にはこんなことは書いてあるだろうから、当ブログで解説するのは今更だ。

通常弾頭に対する防護としても爆撃を前提として造られていないので覚束ない。

都心部で炸薬が爆発すれば、広範囲の窓ガラスが割れる。その殺傷リスクを低減するのが限界。また、駅の中には比較的浅い位置に建設されたものも多く、直撃は無論のこと、至近にあるビルの崩壊とか、第二次大戦時の大型爆弾が有していた地震効果などに巻き込まれれば簡単に落盤してしまうと思われる。

政策として本格的なシェルターを今から建設することも、あの不完全な保険でしかないミサイル防衛以上に無駄だ。何故なら、戦争を煽る事は辞める事が出来るからだ。絶対に避けられない防災投資とはそこが異なる。対象人口が余りに多過ぎ、実現不可能と嘲笑されている東海第二原発の避難計画(半径30㎞で100万人)と比べても桁が一つ大きく、韓国や台湾のようにするだけでも数十年の歳月を要する。

「地下鉄止めるより原発止めろ」も正論だが、結局、日米からの外交挑発を控え、平和外交をないがしろにしてはいけないということだ。

業界誌はこういう時は弱いだろうなぁ。

OBなら『汎交通』に春名幹男を招聘し「ブッシュというバカな男」と断言する講演を載せる程度の鷹揚さはあったが、現役の社内中堅層以上が相手の『鉄道経営』は只の提灯に過ぎない。『鉄道建築ニュース』『施設協会誌』は巻頭言ですらこのバカ騒ぎを揶揄するか疑問。血肉の通ったコメントが比較的出る『運転協会誌』も今回の件はスルー、『SUBWAY』は決まったことを解説するだけでは。『トンネルと地下』は土建屋の領分だから、受注先の機嫌を損ねる話はしないだろう。

精々読者層の広めな『日経コンストラクション』が問題提起出来る位か。

まぁ、日本が右傾化する前から北朝鮮の独裁振りを触れないようにする人達がいたのは事実ではある。20数年前の南北危機の頃、試射映像が出てきた。「やじうまワイド」で黒田清は「あれは情報公開ですね♪」と吹聴した。どう見ても威嚇。それを受けて開戦するのは愚かというだけ。在日朝鮮人とは違い、北朝鮮という国には批判されるだけの理由がある。まぁ、平和外交路線から国交正常化、韓国に実施したのと同様の補償に繋げたい経済人にとっては、確かに言いたくはないだろうし、理解も出来るのだがね。

偶々見かけた方の一言(思想的背景は存じ上げない)だが、共感したので紹介。結局、今日の騒ぎはアメリカからの売り込みに華を添えるための儀式だったんだろう(国民保護法の運用テストを兼ねたとの指摘もあるが)。

核武装に詳しいコロラド氏、その他自衛隊の暴走に警戒してきた多くのリベラル左翼人士が数日ツイートしているように、その道で競ったところで穴を塞ぐことも、核保有国に勝つことも土台無理なのにご苦労なこった。そもそも、この手の騒動に乗せられる、ワイドショー全部信じてるような連中、偉そうに「国防に興味がある」と吹聴する反面「北のミサイルに勝てる兵器位簡単に作れるでしょ」程度の認識しかないからなぁ。話してるとすぐ分かる。

2017年4月23日 (日)

【フェミもネトウヨも】スイスの鉄道の10年以上前にPC対応キャラを登場させていた鉄道むすめ【上辺だけ】

以前、【みぶなつき】駅乃ちかこ萌え路線で炎上した鉄道むすめ【あなたは多分偉かった】という記事を書いた。

2016年秋、トミーテックが鉄道各社と打ち合わせた上で商品展開している「鉄道むすめ」に東京メトロの新キャラを登場させたところ、絵師の伊能津がエロゲー的描写を露骨に持ち込んでネット炎上してしまったという事件である。

この時は主に擁護する側が表層的で毎度おなじみPCに対して感情的に反発するだけという反応を示していたので、みぶなつきの場合はより実態に近い姿で商品化してきたことで、炎上を起こさなかった事実を紹介した。

今回はその延長戦として、スイスのレーティッシュ鉄道が萌えキャラを採用し、フェミニストとネット右翼がこぞって賞賛するという出来事があった。

スイス最大級の私鉄が欧州で初めて日本の萌えキャラを正式採用「マジか!」「スイスはじまったな」

スイスの鉄道萌えキャラは「みちかと違う」のか?「まなざし村」的には正しいのか?

一言で言えば、そこで騒いでるネトウヨは鉄道むすめを商品として購入したこともなければ愛着も無いであろうこと、対するフェミニストは過去色々批判されてきたように本質は自分を洋画に投影した名誉白人に過ぎず、舶来ブランドの時だけ珍重する傾向が露骨に出てしまったと言える。勿論どちらもTwitterではしゃいでいる人達の事で、特定の主義思想に染まっている全員に該当するとまでは思わないが。

togetterには収録されてないが、フェミニストとしては比較的マイルドなこのざまんぐ(@konozama347890)氏が積極的に引用していた。多分彼女等の間ではほぼ共通認識なのだろう。

しかし、スイスの鉄道がこのようなコンセプトで臨んでから好意的に取り上げる辺り、彼女等の日本観は歪んでいる。後からもっともらしい理論武装をしても、最初で躓いてるので無駄。何故かと言えば、マニッシュなキャラ(端的にはズボン姿)は10年以上前に登場させているからだ。そもそも、鉄道むすめは10以上のシリーズを重ね、数10名から100名前後のキャラクターが登場している。従って、容姿のバリエーションもそれなりに多様化しているのだが、それを知っていたら、スイスのデザインを見てむしろ「後退」したとすら主張していたのではないだろうか。

その後、更にマニッシュさが増した事例が下記だが、これも9年程前に登場している。

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朝倉ちはや(鉄道むすめシリーズVol.6より)

駅野ちかこにしても、姿勢を職業人らしく修正すればシリーズを展開する側から見て、事は足りることを上記の例は示している。

朝倉のようなキャラクターはPC対策を意識した面もあろうが、リアリティを持たせた結果、より現実の日本社会を反映されたことが大きい。基本的には実在事業者の制服を再現しているに過ぎない。制服がマニッシュであるかどうかは、事業者次第ということだ。特に乗務員を対象とした場合はズボンの比率が高い。

東武の場合、駅係員が登場しているが、制服刷新時にズボンに変更し、等身を見直している。

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栗橋みなみ(鉄道むすめシリーズVol.8より)

栗橋みなみ(鉄道むすめシリーズVol.2より)(旧制服)

彼女等とスイスのキャラを比較し、後者が再現性・PC上劣っている点を列挙すると次のようになる。なお、アートに係る部分は評価ポイントにしていない。

  • 何か動作をしてる訳でもないのに内股である。
  • 制服が非実在。お洒落のために制服を創作・改造するのは萌えアニメの特徴だが、それ以前から女性でもそういう願望をコメントする方をネットの内外で見聞したものだ。
  • 髪が腰まであり、服務上巻き込み危険がある。日本なら恐らく美観上も問題視され、「服装の端正」を運転安全規範10項に組み入れている西武ならば即乗務を外されるレベル(最近同社現業職と話したが、相変わらず厳しいそうでご苦労なことである)。なお、フェミニストが軽蔑するであろう『出発シンコー』には巻き込み危険について啓発した回が存在する。
  • プロとしては謎の敬礼ポーズ。二の腕が上過ぎ、親指が揃っておらず指先も内側過ぎる。何かの動作中でもないのに全体として崩れている。イベントで頭の軽い若手女優が一日駅長をしているような。事業者によっては打ち合わせ時に敬礼動作も教えるから場合によっては一日駅長以下だな。
  • 評者が考える「受け手側へのメッセージ」が時代遅れ。「女の子も車掌さんを目指していいんだよというエンパワメント」を目的とした女性鉄道員採用活動など、2000年の雇用均等法改正による深夜労働解禁以来、リクルート活動等で幾らでも行われており、昭和鉄道高校、近年では岩倉高校(いずれも専門校)も受け入れ態勢を整えている。今更人形の出る幕は無い上、出すなら朝倉や栗橋のようなスタイルが正当だろう。
  • 極初期のシリーズを除き、等身は現実に近くなるようにデザインされているが、スイスのキャラクターは概ね1等身低い。なお、初期のシリーズは等身は低かったが手足等もデフォルメされており、全体としては成人女性の印象が与えられているが、スイスのキャラクターは単なる少女のようにしか見えず、身長制限で車掌が出来ないのではないかという不安すら抱いてしまう。

特に受け手認識の件。2014~15年頃Twitterなどで批判の的になっていた、「同僚へのお客汲み」が、21世紀にはほぼ絶滅していると分かった時、一転して「あんなものはもう絶滅した」などと合いの手を入れる現象があった。雇用におけるM字カーブの犠牲者が家で騒いでいたのかなと思っていたが、この件も、それに近いものを感じる。

なお、アートな部分の評価とは「全員ではないにせよ多くのキャラクターには製作側の『本物の女性鉄道員』に対する真摯なリスペクトと期待が滲んでおり、現場での受けも私が聞いた範囲では悪くは無いこと」「3次元化した際に破綻しないようなデザインへの留意が必要であり、基礎的なデッサン力を要すること」である。

あるフェミニストによるとスイスのキャラクターは次のように見えるらしい。

ルーズな制服は警察官や自衛隊員同様、採寸の際に推奨される。軍装ゴロと仲の良い筈のネトウヨは何故突っ込まないのだろうとは思うが。だから、リアル側に振ればバストの大きな人以外は上記ツイートの通りとなる。しかし「はつらつとした表情でぴしっと敬礼」とは何の冗談だろうか。洋画のイケメン軍人はフォーマルな場であんなことやってるのか(笑)。頭の花もスイス製とくれば無視することを含めて、こういうのをダブルスタンダードという。

そういった点を考慮すると、みぶなつき氏の絵はありそうな動作を元に創作しており、リアルさも客先に応じて振り幅を持たせるなど、やはり水準が高い。スイス人が絡んだから誉めてる連中には物を見る目も、商品について理解する能力も、調べる力も無い。キャラ紹介を見ることすらしていない。

彼女等をバックアップしているインテリ連中も同様だ。例えば2016年の映画『サフラジェット』のエンドロールには女性参政権付与国リストが出てくる。だが、その出来栄えが適当過ぎ、本編での感動も興ざめであった。具体的にはアジア圏の記述がほぼ無く、当ブログ記事執筆時点でWikipedia英語版以下。ちなみにに日本語版のアジア圏の記述は英語版に無い国複数への言及がある。フェミニストに加え、英語版盲信者が目を塞ぎたい不都合な現実といったところか(どちらにも記載が無いのは北朝鮮。男女共に実態は奴隷だが、形式的な話を言えば存在している)。しかしそんな映画のリストですら、スイスの参政権付与は日本よりもずっと後だったことを明記している。スイスは日本語の情報源が少ない国だが、かの地の女性観を考える際、このことは恐らく基本認識だろう。ヨーロッパなら何でもチャラになるのだろうか。

少なくとも鉄道むすめシリーズに一円も投資したことのない私すらこれだけ指摘出来てしまうあたり、両者はつくづく無能だ。

コラム
そういえば、2000年代後半に放送されたNHK『熱中時間』の鉄道熱中人特集回も、最初に登場した女性オタクは腫物だった。どう腫物だったかというと、趣味が男性駅員の後姿撮影だったことである。鉄道マニアをギャラリーとしてスタジオ収録に参加させる番組だったので、渋谷に行った私の後輩が臨場感たっぷりにその様子を語っていたが、彼女の紹介になった途端、ギャラリーを含めてスタジオが凍り付いたという話を覚えている。確かに、ちきささ氏言うところの「公共の」番組に出すような代物ではなかったね。性別が逆だったら当時の開明的なNHKでも即ボツ企画だっただろう。

PCについては更に付け加えておこう。鉄道むすめは(少なくともみぶなつき時代は)事業者に配慮して再現性などに拘っていたが、それでも参加を見送った社は数多い。JR本州3社、大手民鉄などは参加していないか、現業職の登場を控えている社がかなりある。それはそれで、PC的にも一つの見識である、と取ることも出来る(「偉い」とまで言えるかどうかは、また別問題だ。)。

また、参加した大手民鉄を見ても、東武、小田急、西日本鉄道などは他社に比較しても現業職の性的ニュアンスが抑制されている。ここに彼等のプライドが垣間見える。それに比べると、東京メトロは社会的影響力の反面地方民鉄以下のPC対応だった訳で、確かに脇が甘い。

コラム
鉄道むすめは企画の発想自体はそこまで悪気を感じるものでもない、と思うところもある。PCの問題で炎上する前は、地域振興の件で御大層な説教をインテリから受けてきた。そういう批判を受けながら、地方民鉄や3セクが鉄道むすめとコラボレーションして集客に尽力してきた事情を多少は知っている。批判でよく覚えているのは、JTBの鉄道未成線シリーズで知られる森口誠之(とれいん工房主催)。結局関係者から「我々は収入確保に必死なんです」と反論されていた。

地方民鉄が苦境に陥っているのは大都市への人口集中、総人口の減少、新幹線開通による在来線切り離し、国庫助成の先細り、車社会等構造的要因があり、仕方ないことではある。だが、それを大都会に住む者が上から目線で小馬鹿にする醜態は見苦しく、不快なものでしかなかった。まともな萌えキャラ、ゆるキャラを使って何年かでも延命につながるのなら、それが苦境に陥ってる当の事業者にとっては、実行可能な数少ない施策となる。軍隊と結びついた連中と違って、外交や歴史に対する弊害も少ない。地方民鉄に社会制度の変革を要求するとか何を夢見てるんだろうあのバカは、と思ったものだ。

なお、同時期に炎上した週刊少年ジャンプの女性トイレロゴが過度に性的にデザインされた件については、弁護する余地は少ないと考える。大衆性のある雑誌で影響力の問題は否定出来ないし、何より社内で実用しているのはNG。下手をすると80年代にラブコメ路線へ転換する前の編集部より頭が軽くなっていやしませんか、とは思う。

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